卑劣様IN宮藤芳佳   作:古古兄(旧:フルフルニー)

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大体原作三話あたり。



第八話

いつも通りの日常だった。

朝起きて、当番だった朝ご飯の用意をして、訓練をして。

違うといえば坂本少佐が戻られる事を知ったペリーヌさんが嬉しそうにしていたことくらい。

それが主人を待つ子犬みたいだな、と私はちょっと失礼なことを思っていた。

 

そうして流れる警報のサイレン。

ネウロイが坂本さんが乗る扶桑の軍艦に現れたと聞いて、私たちは出撃した。

これもまた私の日常だ。

 

現場に到着すると、ネウロイはもう倒し終わった後だった。

坂本少佐と一緒に初めてみるウィッチの女の子が飛んでいる。

新しい仲間だ、と少佐は紹介してくれた。

 

詳しい挨拶は基地に戻ってからだと言っていたけど、訓練無しで飛ぶことができたと聞かされた。

すごいな、と思う私に向かってその子は挨拶をしてくれた。

会釈だけで終わってしまった初めての挨拶だったけれど、笑顔がとても似合う女の子だ。

 

あの子はきっと、すぐに私を追い抜いていくのだろう。

ううん。もう追い抜かれているかもしれない。

本番に実力を出せない落ちこぼれと、訓練無しに飛べた天才。

どちらが優秀かなんて比べる必要は無いと思う。

 

―――そこに恨みはないけれど。

向日葵みたいに笑うあの子が、私はとても羨ましかった。

 

 

 

口口―――――――――――――――口口

 

 

 

 

体内時計というものは人が考えているより正確で、就寝時間が同じであるとほぼ同じ時刻に目が覚めるものだ。

幼いころから朝食を母や祖母と共に作っているため、宮藤にとっての目覚めは夜明けである。

 

「……」

 

上半身を起こしてぱちぱちと二度ほど瞬きをした宮藤は大きく欠伸をする。

第501統合戦闘航空団作戦基地で迎える2度目の朝だ。

空母赤城での2ヶ月は波打つベッドだった為か、身体が陸の寝具に馴染むにはまだ時間がかかりそうである。

 

「おはよーございます、扉間さん」

 

『ああ、おはよう』

 

背伸びをしてから身体を前に倒す。

柔軟をしながらの挨拶も、もう十年以上経つ。

宮藤の身体に居ついているため朝の挨拶は扉間が最初である。

 

「そっか……。ブリタニアに着いたんだっけ」

 

窓の外を覗けば小鳥が群れを成して飛んでいるのが見える。

海の上では地平線がいつもの光景だったため久しぶりの光景だ。

波に揺られている期間が長かったためか基地に到着して早2日だというのに身体が未だ慣れていない。

短いようで、長い2ヶ月間だった。

 

「あ、朝食の準備……」

 

『当番制と説明を受けただろう。お前の出番はまだ先のことだ』

 

「そーでしたー……」

 

目を擦りながらベッドからおりてスリッパを履く。

朝食は朝七時。まだまだ時間はあるだろう。

かといって日は出ているし、二度寝するには時間が足りない。

 

そこで宮藤は当番制という扉間の言葉を口の中で反復する。

自分の担当日以外は他の隊員が料理を作っているという事だ。

扶桑の学校では弁当製だったので、家族ではない者の料理を口にするのは結構久しぶりである。

 

「んー」

 

だが病気などで自分が作れない場合はいざ知らず、誰かに作ってもらうと言うのは宮藤にとっては気が引けた。何より、料理は自分のライフワークなのである。

 

『芳佳、どうした?』

 

「手伝いに行きます」

 

『は?』

 

「これからお世話になるんだし、今日の当番の人の朝ごはんの手伝いに行こう、扉間さん」

 

『……自ら率先して苦労を買う必要も無いというのに』

 

それは呆れた声ではなく、宮藤の答えに納得がいったという返事だった。

顔が見えればきっと苦笑いしているんだろうなあ、と宮藤は思う。

手早く着替えて部屋を出た宮藤は、足取り軽く食堂に向かう。

 

「よく考えたら坂本さん以外501の皆さんって海外の方なんだよね。普段どんなものを食べてるんだろう?」

 

『扶桑では米が主流だったが、確か欧州は麦だったか。ワシもお前と同じで海外は出たことが無いからな。ついでだ、扶桑食以外の献立を学んだらどうだ』

 

「えへへ、実はそれが狙いだったりして。そういえば扉間さんってお魚が好きだったよね?」

 

『ああ、川魚は特にな。……よく解ったな? 確か好物の話題を口にした覚えはないはずだが』

 

扉間が宮藤に対して料理に文句を言ったことは、実は無い。

生前、食事に窮したことは一度や二度では無い。遠征中ならば食事が摂れない時すらあるのだ。

余程の事でも注文を付けることは無かった。

そんな扉間が好んで食べるのが現地調達が可能な川魚だ。

幼少の頃から口にしていることもあり、気が付けば好物になっていた。

 

「だって料理でお魚の話題になると口数が多くなるもん、扉間さん」

 

『ぬ……』

 

十年以上ともに暮らしているのだ。機微な感情だとしても扉間の事ならば宮藤は気が付く。

妙な屈辱感に扉間は苦虫を嚙み潰したような顔で声を漏らしていた。

 

普段表に出ているのは宮藤の方だ。

下がっている扉間は意識しない限り、痛覚や味覚といった五感は閉じている。

これは時折扉間が表に出てきた際の宮藤も同じ事だが、二人は周囲を把握するために視覚と聴覚はいつも共有している。

閉じるのは風呂や寝るとき程度だろう。

 

「もう、たまには食事の時くらい表に出てもいいのに」

 

『食事は人生の楽しみの一つだろう。ワシのことは気にせんでいい、お前が楽しめ』

 

「……意地っ張り」

 

『何か言ったか?』

 

「いーえ、別にー?」

 

扉間の恫喝じみた問いも暖簾に腕押し。宮藤の惚け振りも手慣れたものだった。

 

そうして足早に到着したのは、基地一階にある食堂だ。

ウィッチ専用に用意された食堂は簡素ながら清潔感漂う広間だった。

中央には十数人程度の大きめのテーブルが置かれており、壁の暖炉には西洋風の調度品が飾られている。

扶桑の、それも片田舎が生まれ故郷の宮藤には目にする機会もなかった物ばかりだ。

 

『料理を手伝うのではなかったのか?』

 

「……は! そうでした!」

 

調度品に目を奪われていた宮藤に、呆れながら目的について扉間は確認をした。

厨房からは小刻みに木材に何かが当たる音が聞こえてくる。包丁の音なのだろう。

顔をのぞかせればそこには長い髪の毛を三つ編みにした少女が下ごしらえをしていた。

 

――――この人は確か……。

 

厨房に立っていたのは昨日の自己紹介の時にいたウィッチの一人だった。

歳は宮藤と同じか少し上くらいだろう、大人しそうな少女だ。

 

リネット・ビショップ。

ブリタニア出身のウィッチで階級は軍曹。

宮藤より配属は早いものの、実戦経験は浅い新人のウィッチである。

 

「おはようございます!」

 

「ひゃ!?」

 

宮藤の挨拶は決して大きな声ではなかったが、リネットを驚かせるには十分だったらしい。

ビクリと身体をすくませたリネットは手に持っていた包丁を落とし、慌てて拾おうとしてまな板に頭をぶつけていた。

 

「い、痛い……」

 

「わあ! ご、ごめんなさいリネットさん!」

 

大丈夫、と片手で制しているが随分と大きな音だった。とても大丈夫には思えない。

少しばかりドジなところがあるな、と扉間が漏らした声に苦笑いを浮かべるしかない宮藤だった。

 

「おはようございます、宮藤さん。改めましてリネット・ビショップです。よろしくお願いしますね」

 

「宮藤芳香です。こちらこそよろしくお願いします、リネットさん!」

 

鼻を摩りながら頭を下げて挨拶をするリネット、そしてリネットより深く頭を下げる宮藤というよく分からない構図ができあがっていた。何をしとるんだこいつ等は、と吐息を一つ吐く扉間。

 

「ごめんなさい、まだ朝ごはんは出来上がっていないんです」

 

「違うんです。私もお手伝いに来ました。何かやれることはありませんか?」

 

目を丸くし、パチパチとリネットは瞬きを二回。ついで右往左往と目線が泳ぎ始めた。

どう見ても予想していない返答に軽く混乱状態に陥っている。

 

「あ、えと……。それじゃあスープをお願いします。

 あとは具材を入れて弱火で煮込むだけなので」

 

「任せてください! わあ、私はいつもお味噌汁だったからすごく新鮮!」

 

宮藤は料理が好きである。

それは物心付いた頃から母や祖母の手伝いをしていたからでもある。

扶桑の空母である赤城に乗船しているときも変わらなかったが、日本料理が主だったので

外国の料理は新しい発見が多いと考えていた。

 

「リネットさん、私もまだまだ分からないことだらけで迷惑を掛けちゃうかもしれないけど、どうぞよろしくお願いします!」

 

にこやかに笑みを浮かべる宮藤は、リネットが挨拶を返してくれるだろうと思っていた。

しかしリネットは目を逸らし、少し悲し気に下唇を噛むのだった。

 

「……よろしく、お願いしますね、宮藤さん」

 

嫌われている訳では無いのだろう。侮蔑や嫌悪といった感情は窺えない。

ただ、なぜか辛そうなリネットの表情に、少し悲しくなる宮藤だった。

 

 

 

口口―――――――――――――――口口

 

 

 

宮藤は新人とはいえ軍人である。

空戦ウィッチは希少である。それも訓練無しに飛べるとなれば将来が期待されるのも無理はない。

元々軍人になるつもりはなかったのだが、それでも誰かが救えるのならば、という宮藤の決意に喜ぶ坂本だった。

 

さて、朝食を終えた軍人が何をするかと言えば訓練だろう。

厳密に言えば501統合戦闘航空団の面々が訓練をする風景は、一部を除きあまり目にする機会はない。しかし、戦闘がない日は訓練を行っている、というのが宮藤が持つ軍人のイメージだった。

 

欧州に到着してから早二日。本格的に訓練が始まるんだろうなあ、と漠然とした認識こそしていたものの、二日目からここまで狼狽する事になるとは予想していなかっただろう。

 

「上達が早いな」

 

そんな宮藤を意に介さず、まるで実験結果を吐露するように坂本が感想を漏らした。

言葉の向き先は共に双眼鏡で観察していたミーナに対してである。

訓練としては初日であるにも拘らず、宮藤は既にストライカーユニットに乗っての訓練に入っていた。

 

ここは既に最前線であり、周期的にネウロイの襲撃が発生している。

実践は既に経験済みであることから飛行訓練に入ってもよいだろう、というスパルタじみた考えが坂本にはあった。

飛行訓練に合わせて射撃訓練も行うため、バルーンを複数飛ばしての模擬弾での訓練を宮藤に課していた。そしてこの訓練は他の隊員達にも現在の宮藤の実力を理解させるためでもあった。

周りを見れば、他のウィッチ達も興味深そうに宮藤の飛行訓練に目を向けている。

 

「ええ。飛行はまだまだ未熟だけど……」

 

ミーナは初日からの飛行訓練に当初こそ懸念を示した。しかし、宮藤の訓練風景を見て坂本の判断が正しかったと実感する。

速度・安定性にまだ難があるものの、飛ぶことができているだけで上出来な仕上がりだ。

射撃に関しても機銃の命中率はそれほど高くはないが、ついこの間銃を初めて撃ったことを考慮すれば十分だろう。

……そして上達が早いのは、飛行でも射撃でもなかった。

 

「ああ。行動の取捨選択が恐ろしく早い。しかも的確だ」

 

坂本が感嘆の声を漏らしたのはバルーンの破壊ではなく、バルーンを狙う順序や飛行経路といった、訓練評価外の項目だった。

 

今回の訓練に当たり、坂本は宮藤にバルーンの全破壊を指示したがその順序までは決めていない。

風に流され不規則に動くバルーンに銃弾を当てるのは決して簡単ではない。

1つ目のバルーン破壊まで時間こそ要していたが、宮藤は飛行方向の直線上にバルーンが複数個並ぶよう飛び方を工夫していたのだ。

視界に常に狙うバルーンを捉えておくことで、次のターゲットに最低限の動作で移ることができる。

二人が驚いたのは、ある種教本通りとも言えるセオリーを初心者である宮藤が実践していたことだった。

 

「素人にありがちな空撃ちもない。……凄いな、あいつ13mm機銃の弾数を把握しているぞ」

 

「ねえ美緒、あの子ここに来るまで本当に民間人だったのよね?」

 

「見ての通りだ。ほら、空中でのリロードに手間取っている」

 

「見ての、って言われても……ねぇ?」

 

銃器やストライカーの扱いは完全に素人の行動だ。しかし、状況判断は玄人の思考である。

ここまでチグハグなウィッチを、ミーナは見たことが無い。

 

「そういえばミーナ、新人紹介のときに宮藤が言った事を覚えているか?」

 

「昨日の事?」

 

「ああ、護身用の拳銃を渡そうとしたお前に言っただろう。『倒す方が早い』と」

 

「そういえば……言っていたわね」

 

あどけなさが残る少女から出た言葉にしては驚きで、記憶に残っている。

しかし本人が赤面で否定していたから言葉の綾だろう、とミーナは片付けていた。

 

「あれな、多分事実だ。こと対人戦闘なら宮藤は恐らく私やバルクホルンより強い」

 

「え?」

 

双眼鏡から外したミーナが横を見れば、口元に笑みを浮かべた坂本が此方を見ていた。

強い? あの少女がベテランの軍人である二人より?

 

坂本は銃器だけでなく扶桑刀を操る為、魔力抜きにしても男性軍人相手でも引けを取らない。魔力を込めたのならば勝敗は言うまでもないだろう。

同僚であるゲルトルート・バルクホルンに至っては固有魔法は怪力である。軍人一人どころか一個小隊でも勝てる見込みは少ない。ウィッチという存在はそれほど強大な力を所持している。

 

そんな二人より、今だあどけなさが残るあの少女の方が強いと、坂本は言ったのか。

 

「直接殴り合いの訓練をしたことはないんだがな。宮藤の身体能力を目にする機会があったんだ。

すごいぞアイツは。坂の障害物を避けながら同い年の少女を抱えて飛び降りたんだ」

 

「え? でもウィッチの魔力を使えば可能じゃない?」

 

ミーナに渡された宮藤の経歴書に書かれていた固有魔法は『固有魔法は治癒能力、若しくは身体能力の強化』だ。

つまり、先の水を操る力はともかく身体能力強化が固有魔法ならば可能だろうとミーナは考えていた。

 

「いや、固有魔法無しでだ。アイツは魔力を使わずに人一人を抱えて坂を降りたんだ」

 

一瞬、隣にいる親友が何を言っているのか解らなかった。

理解するまで数秒を要し、固まっていたミーナに坂本は笑みを深くする。

いたずらが成功した子供のような顔だった。

 

「美緒、貴女ね……昨日から思ってたけど、宮藤さん関連で私をからかうの楽しんでるでしょう?」

 

「はっはっは。……だが事実だ。お前の反応を楽しんだことは詫びるが、奴の身体能力は見事な物だったぞ」

 

笑ってごまかす扶桑軍人が、そこにはいた。

非難の目を坂本に向け、訝し気に双眼鏡を使い空を見上げる。

そこには慌てた表情で訓練に臨む新人のウィッチ。

 

「貴女が言う事が本当ならあの子、とんでもない身体能力と反射神経の持ち主よ? とてもそうは見えないけれど……」

 

冗談というわけでは無いのだろう。これでも坂本とは幼馴染というほど長く過ごしてきたわけではない。しかし坂本美緒という親友の言葉が冗句か、真実かを判断できる自信はある。その自信が、彼女は真実を告げていると言っている。

 

「大丈夫だミーナ。あいつは強い。きっと私たちの、人類の力になる」

 

「ふぅん……あの子が、ねえ?」

 

ミーナが宮藤の……否、千手扉間の実力を目にするのはもう少し先の話である。

 

 

 

口口―――――――――――――――口口

 

 

訓練を終え、日も陰れば夕食となる。

当初は晩御飯も作ることを考えていた宮藤だったが、訓練を終えたころには料理を作る力が残っていなかった。

気力だけではどうしようもない、という経験は病気で床に臥せていた時以外では初めての経験である。

 

早々に食事を終えて風呂に入り、残りは自由時間である。

ベッドに倒れこむ宮藤を後目に、扉間は今後の自分の在り方について考えていた。

 

即ち、自分を表に出すか否か。

もし宮藤に危険が迫れば自分が表に出る事は是非もない。

しかし、だからといって普段から自分が表に出て行動しようとは全く考えていなかった。

 

自分は存在だけでなく、思考・思想についても常識的ではないと扉間は理解している。

為政者としては正しくても個人としては受け入れ難い考えというものは得てして存在するものなのだ。

あくまで身体は宮藤芳香のものであり、自分が主となって行動する事は間違っている。

忍として生き、人として死んだ身。

ならば己が宮藤の人生を邪魔するべきではない。

 

―――やはり、極力表に出るべきではなかろう。

 

扶桑にいた頃と同様の結論となった。

とはいえ、ここは最前線の基地。何が起こるかは予知能力を持たない扉間には判らない。

しかし、備えることは可能なのだ。そして考えを提案し、宮藤が是とするならば己が行動することに否はない。

 

『芳佳よ。この後1時間程で良い。寝る前にワシが出ても良いか』

 

「ふにゅー?」

 

疲労によりベッドにうつ伏せで倒れこむ宮藤から動物の鳴き声のような音が返ってきた。

人が真面目な考えをしているのにこの娘は、と扉間はため息をつく。

 

『……変な声で返事をするな。此方まで気が抜けてくる』

 

「もうくたくた。坂本さん厳しすぎるよー……。

 この後って言っても、もう消灯時間だよ?」

 

時刻は夜9時を回っている。

既に消灯時間は近い。自由時間とはいえ、廊下の電気も間もなく消えるだろう。

 

『一度この辺りの地形を把握しておきたい。建物内については内側からでも見えるのだがな』

 

「地形把握って、何の為に?」

 

『基本、敵であるネウロイは海を渡って攻めてくる。坂本やあのミーナというお前の上官の

 固有能力で事前に襲撃を察知できる関係上、奇襲を受ける確率は低いかもしれんがな。

 最悪この基地が襲撃された場合の逃げ口は知っておくべきだろう』

 

「え、縁起でもないこと言わないでよぅ…」

 

『無論、先の戦いを見ればお前たちがそう易々と負けるとは思えん。

 だが何事も万が一と言う場合はある。いいか芳佳、戦争というのは何が理由でひっくり返るかわからんのだ。

 命が掛かっている以上、用心に越したことは無い』

 

そこまで言われてしまえば否もない。

命の危険は先の戦いで経験済みなのだ。扉間のアドバイスを聞かないと言う選択肢は

宮藤には存在しなかった。しかし懸念があることも事実だ。

 

「替わるのは全然良いけれど、でも扉間さん。消灯時間もう直ぐだよ?

 坂本さんやミーナさんに見つかったらお説教されちゃうと思うけど」

 

あの厳しい上官達のことだ。

夜間無断外出などした場合どのような仕置きが待っているか判らない。

 

『少し替われ』

 

意に介さない扉間に訝しげに首をかしげつつも、宮藤は体の操作を委ねる。

人懐こい雰囲気は鳴りを潜め、鋭い気配が宮藤から発せられる。

入れ替わった扉間は床に指を置き、目を瞑って意識を集中させた。

 

「……足音と呼吸音、魔力の気配から坂本は自室だな。

 ミーナという娘は先の事務室だ。筆記音からして事務処理の最中だろう。

 夜遅くまでご苦労なことだ」

 

『……』

 

人数だけじゃなくてペンの音までわかるんだー、この人。

扉間のびっくり人間ぶりは今に始まったことではないので

呆けた感想しか浮かばない宮藤だが、驚くのはまだ早かった。

 

「では行くとするか」

 

『へ? 行くって扉間さん、そっちは窓……ちょ、飛び降りる気なのっ?

 ここ一階じゃないんだよ!?』

 

「問題ない。まあ見ていろ」

 

窓を開けて縁に足をかける扉間に宮藤は焦るが、扉間が意に介した様子は無い。

まさか飛び降りるのかと思いきや、扉間は雨どいに飛び移った。

そして上の階の窓枠に手をかけ、さらに勢いをつけたまま屋上までするすると登り始める。

 

「一番高い建築物は……あれだな」

 

『屋上に着いたのは良いけれどこれからどうす……え、ちょちょ、今度は跳ぶのぉ!?』

 

屋上に到達するや否や、今度は30メートル程距離が離れた建物に助走もなしに跳び移り、そのまま壁を駆け上がる。

本来ならば落下をするところだが、足の裏はまるで壁に吸着するように張り付いている。

 

扉間の扱う力はチャクラといい、魔力とは似て非なる性質を持つ力である。

その応用は様々で、水を操る事もあれば瓜二つの分身体を作ることもできる。

壁に張り付くのもチャクラコントロールの応用なのだが、もちろん宮藤が知る由も無い。

 

 

――― 戦艦での戦闘以来、加減しなくなってきたなー、扉間さん。

 

 

自分の事を思って行動してくれる為、喜ぶべきか呆れるべきか。

昔から己の体で規格外なことをやらかす同居人だったが、最近それが顕著になってきたのを感じる宮藤だった。

 

監視塔の天辺まで上り詰めた扉間は辺りを見渡す。

周囲を海に囲まれた天然の要塞。

ドーバー海峡に設置された人工の小さな島に佇み、ネウロイに占拠されたガリアを望むことができる。

遠く対岸に見えたであろう人の営みを示す明かりは、今は無い。

 

『本当に誰もいないんですね……』

 

「向こうはネウロイのテリトリーだからな。最早生活する人間は居ないだろう」

 

悲し気な声を漏らす宮藤に、扉間は事実だけを告げる。

しかし、あえて扉間は「死」を連想する言葉は使わないでいた。ネウロイの襲撃にあった街や村は悉くを焼き払われたのだ。死者は大勢いるだろう。しかし、それは宮藤が持つべき苦痛ではないのだ。

 

『あれ?』

 

ふと、目を伏せた先に見えるものがあった。海へと突き出た滑走路、その先端だ。

人工の崖に腰掛ける一つの影があった。よく目を凝らしてみれば、それは宮藤が知る人物の一人だった。

 

『あれは……リネットさん?』

 

 




Q.人を抱えたままこれほどの体術を、いったいどうやって!?
A.体術。……体術とはいったい…うごごご!

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