卑劣様IN宮藤芳佳   作:古古兄(旧:フルフルニー)

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明けましておめでとうございます。


第九話

リネット・ビショップには姉がいる。

同じくブリタニア空軍に所属しているが、表彰されるほどの目立つ戦果は出していない。

しかし、バイタリティの高さは突出しており誰とでもすぐ仲良くなれる部隊のムードメーカーの役割を果たしている。

これは戦績として残る事はないが、非常に有用な能力である。

内気な自分とは正反対だ、とリネットは思う。

 

姉の事は大好きだし、誇りに思っている。

姉妹の仲も良く、文通も行っているし互いの基地がそう遠くない事もあり時間があれば会いに行くこともある。

それでも、やはり劣等感は感じてしまうのだ。

 

吐息を一つ吐いて夜空を見上げる。

501統合戦闘航空団が属する基地の滑走路は南に伸びており、その先には欧州が広がっている。

その先端、崖に位置する滑走路先でリネットは座りながら空を見上げていた。

夜空と海の境界に欧州の陸地が映える、お気に入りの場所だ。

 

空は雲一つない星空なのに、自分の心には暗雲が立ち込めている。

置いていかれるような焦燥感。どうしてこう自分はドジなのだろうか。

 

「あの子みたいな才能があれば……」

 

思うのは新人のウィッチ。

訓練無しでストライカーユニットを動かし、実践まで行えた天才少女。

 

昼の訓練でもそうだ。

バルーンを用いた模擬戦闘の訓練など、自分の時はストライカーユニットを履いてから一ヶ月は要している。

大空を自由に翔ける他の先任ウィッチ達から見ればその飛行は未熟であるが、リネットからすれば十分衝撃な光景だった。

虚しさから膝を抱えた両手に力が入る。

 

「リネットさん、こんばんは!」

 

そんな、暗い気持ちが立ち込めたときだった。闇夜に良く通る明るい声がリネットの耳に届く。

振り返ると、そこにはリネットの心をかき乱す渦中の少女が立っていた。

 

「宮藤さん?」

 

えへへ、と笑いながら駆け寄ってくる。

リネットは頭を振って呼吸を一つ。暗い気持ちを心奥にしまい込んで宮藤へと向き直った。

 

「今日の訓練、お疲れ様でした」

 

「宮藤さんこそ……その、お疲れ様です。身体は大丈夫ですか?」

 

「あはは……実はその、結構くたくただったりします…」

 

宮藤は両手を広げて大の字に寝転がる。ペタリ、と掌が鳴らす音が可愛らしく見え、リネットはくすくすと笑う。

宮藤の才能に劣等感は抱いても、宮藤芳香という人物をリネットはとても好ましく思えていた。

 

「うわぁ、雲一つない。とっても綺麗……」

 

「ここは私のお気に入りなんです。見上げれば一面の星空、見下ろせば海に浮かぶお月様。

そして光にはさまれた欧州大陸……本当なら、欧州にも光が灯るはずなのに」

 

「ネウロイに占領されちゃったから、見えないんですね……」

 

暗い話題に会話が途切れる。少しの間の後、話題を切り出したのは宮藤だった。

 

「リネットさん、いつも今日みたいにいっぱい訓練してるんですね。すごいなぁ……」

 

「私なんて、全然すごくないです。ストライカーユニットに訓練なしで飛べた、宮藤さんの方がすごいですよ」

 

「でも昼間の訓練で見せてもらった狙撃、とてもすごかったですよ。私なんて―――」

 

それは励ましの言葉だった。事実、武器が狙撃メインのライフルであることを除いても部隊内でリネットに勝る狙撃手はいない。

しかし追い詰められたリネットにとって、それはとても軽はずみな言動に聞こえた。

 

「訓練も無しに飛べた宮藤さんには分からない!」

 

徐に肩に置かれた宮藤の手を、リネットは腕を振るって叩き落とす。

反射的なものだった。宮藤に非がない事はリネット自身が理解している。

だが皆より劣っているという『誤った』認識は宮藤が来る前から持っていた思いである。そこに現れた、訓練無しで空を飛ぶ天才ウィッチ。

心にたまった鬱憤は宮藤に触発され、ついに爆発したのだ。

 

―――悪かったとすれば、爆発するタイミングだろう。

 

「―――え?」

 

宮藤を払いのける事で身体を重心が崖側に移ってしまい、リネットは浮遊感に包まれる。

落ちる感覚だということは直ぐに理解できた。

人工的に作られた誘導路は海の上に立っているとはいえ、岩肌が所々で露出している。

しかも高さは数十メートルもあるのだ。落ちてしまえば助からない。

 

ストライカーユニットを持たずに飛ぶ術をまだ知らないリネットは、重力に逆らう事はできないのだ。

 

「リネットさん!」

 

宮藤は咄嗟に手を伸ばす。が、間に合わない。宮藤の叫び声が、リネットの耳に響く。

数秒後の死を予期した心は、リネットの身体の動きだけでなく思考さえも奪っていた。

 

自分はあまり社交的ではない、という自覚はある。

内気で相手の顔色を伺い意見の一つも言えやしない。

軍人としても運動能力が高いとは言えず、魔力も空戦ウィッチとしてなんとか皆についていけるくらい。

唯一取柄の狙撃も、実践では緊張して役に立つことができないでいる。

 

……そんなリネットだからこそ、宮藤が羨ましかった。

無邪気の体現が同僚のフランチェスカ・ルッキーニを表すならば、天真爛漫という言葉は彼女の為にあるのだろうとリネットは思う。

明るく元気で、誰に対しても優しくて。ウィッチとしても才ある彼女。

見上げれば、そこには宮藤の顔。狙撃手として培った瞳が、驚愕と動揺で眼を見開いている彼女の表情を捉えていた。

 

―――その宮藤芳佳の表情が、一瞬で狩人のように変化した。

 

「え?」

 

リネットが驚いている時間は、迫る地面との衝突よりも少なかった。

宮藤があろうことか、リネットを追って飛び降りたのだ。

そして両足で滑走路の壁を蹴り、落下速度を超える速さで駆け降りる。

コンクリートの崖は大地となり、重力がまるで垂直になったようにリネットは錯覚する。

 

追いついた宮藤はそのまま両腕でリネットを抱きかかえ、地面の岩肌に激突……することは無かった。

海水が意思を持つようにせり上がり、足場となって宮藤を助ける。

 

そして海面を蹴りあげた宮藤は、今度は崖を蹴り上っていく。

見上げれば水面の水平線と欧州が目に映る。

 

宮藤の動作からは足音はおろか、物音一つ生まれない。舞い降りる木の葉のように、静かに滑走路に降り立った。

地面に降ろされたリネットはペタリとへたり込む。突然の命の危機に直面したことから腰が抜けてしまったのだ。

危機が去れば思考も戻ってくる。助けてもらったことを冷静になった頭が思い出し、リネットは口を開こうとした。

 

「あの、ありが―――」

 

「この莫迦者」

 

「と……え? いたっ」

 

しかし、礼を言い終える前にコツリという音が、さざ波の音に紛れて鼓膜に響いた。

宮藤に額を軽く小突かれたのだ。額に手を当て、宮藤を見上げる。

 

そこに先ほどまでの少女は存在しなかった。

腕を組みながらリネットを見下ろす姿は自信にあふれ、睨まれると身体がすくむ。

ネウロイと対峙した時の恐怖とは違う感情に、リネットは即座に気が付いた。

これは畏怖だ。坂本美緒やゲルトルートといった、軍人との初対面で感じたものだ。

 

「自信というものは戦場に出始めたばかりの新米が持つものではない。

順序が逆なのだ、お前は。自信というものは言い換えればただの『慣れ』よ。

戦場に立って幾ばくも無い小娘が持つには分不相応というものだ」

 

容赦ない指摘。だが、そこに憤りや侮辱は含まれない。まるで教官のようだと、リネットは思った。

 

「不安はあるのだろう。国の期待に応える為の焦燥感、優秀なウィッチ達と比べた劣等感、そして死への恐れ。

それは誰しもが抱えているものだ。お前だけではない」

 

リネットの瞳が驚愕に開かれる。

その感情は、まさしく自身が抱いていた負の感情だったからだ。

誰にも悟られないように心の奥にしまい込んだ思いを、数日過ごしただけの少女に暴かれるとは思っていなかった。

だが不思議とリネットは怒りの感情は芽生えなかった。それは言葉の端々に、此方を慮る意思が見えるからだろう。

 

「なまじ芳佳の奇行を見た事で己の劣等感を加速させてしまったようだが、ワシから言わせればどちらも雛鳥の様なものだ。戦力差、地形、彼我の力量を考慮することをまず仲間から学び――――」

 

パチン、と。乾いた音が宮藤の言葉を止める。良く響く音は、宮藤の右手が自らの頬を叩いた音だ。

それは蚊を叩く行為によく似ていたが、当の本人は痛がる様子もなく目を細めてため息をついていた。

 

「……芳佳よ、何をする」

 

叩いた右手を睨みつける。言葉には怒りではなく呆れが多分に含まれていた。

混乱するリネットを他所に宮藤は独り言を続ける。それはまるで電話を掛けているようだ。

 

「そも事実だろうが。後先考えずに行動するお前の後始末をするのは周りの人間だぞ。

先のネウロイとの戦いで美緒がどれほど心を砕いていたか理解をする事だな、この馬鹿者。

遠く扶桑から離れてもお前の心変わらずか。……言葉が冷たいのではない。お前に対しては遠慮をする必要を感じぬだけの事よ」

 

おや、とリネットは首を傾げた。……何故だろう。リネットに対しての指摘のはずが途中から自身の罵倒に変わっている。

 

「しかしな、ワシが出ていなければ こ奴は死んでいたぞ? ……言い方といってもな、口を出さずにはいられん。才ある者が劣等感で潰れるのはお前も本意ではあるまい。……いや待て、何故そこで美千子が出てくる」

 

電話越しの親子喧嘩みたい。

宮藤をみていたリネットは、そんな失礼ながらも言いえて妙な感想を抱いていた。

 

「わかったわかった。ワシは下がる。後はお前たちで好きにせい」

 

独り言を終えた宮藤はリネットに視線を向けた。

その瞳は静かで鋭い視線だったが、どこか暖かみを感じる。

少なくとも、リネットに恐怖を感じさせる目ではなかった。

 

「自信が無ければ場数をこなせ。叱られる事を恐れるなど以ての外だ。

失敗を恐れるのならば、失敗をした場合の対処を考慮すればよい。戦いとは、戦術とはそういうものだ。

……尤も、この『なり』で説教など受けても取るに足らぬ戯言かもしれんがな」

 

目を瞑り、宮藤の肩から力が抜ける。脱力するように揺れながら一歩、前に出た宮藤は次の瞬間、リネットの両肩を掴んでいた見開いた両目はリネットを凝視している。

 

「―――リネットさん、ケガはない!? 大丈夫だった!?」

 

「……え? へ? え?」

 

まくし立てるように、矢継ぎ早に宮藤は喋る。

先ほどまでの氷のような冷たさはそこにはなく、自分を心配する宮藤芳佳がそこにいた。

まるで人が替わったような切り替えぶりにリネットは困惑を隠せないでいた。

 

「ごめんね、扉間さん口が悪いけどリネットさんのことを思って言ったことだから許してあげて!」

 

「え? 扉間さ……ふえ?」

 

訳が分からずがっくんがっくんと揺れる頭で思考をする。

この状態で考えがまとまるはずもなく、宮藤が落ち着くまで頭を揺さぶられるリネットであった。

 

 

口口―――――――――――――――口口

 

 

先ほどと同じように滑走路の崖に座る二人の間には、沈黙があった。

それは気まずさからではなく、互いに呼吸を整える為である。

 

「私の中には『もう一人の私』がいるんです」

 

互いにしばらく雲一つない夜空を見上げている中、沈黙を破るようにぽつりと宮藤が呟いた。

 

「それって、さっきの宮藤さん?」

 

「うん。扉間さん。普段は内緒にしてろーって言って表に出てこないから皆さんには内緒にしているんですけどね」

 

照れるように宮藤は髪の毛を弄る。

リネットは似たような存在を、以前小説の登場人物で見たことがあった。

薬を飲んだことで善と悪の人格に分かれたある男の物語。

 

―――悪というよりは軍人さんと女の子だけど。おかしいな。宮藤さんが軍人な筈なのに。

 

そんなアンバランスな考えが思い浮かび、リネットはクスリと笑う。

 

「水を操ったりできるって坂本さん達には誤解されちゃってるけど、あれは扉間さんの力なの。私の固有魔法は治癒魔法だけ。リネットさんは本番だとダメになっちゃうって言ったけど、私も一緒なんです。扉間さんがいなかったら、私なんて本当に何もできないから」

 

自嘲気味に笑う宮藤に、それは違うとリネットは思う。

宮藤の始めて自己紹介を終えた後、501統合戦闘航空団の面々と話す姿をリネットは見ている。

まだ名前も満足に覚えていない中でも宮藤は一生懸命相手の事を理解しようと色々と話をしていた。

 

今日の朝だってそうだ。

当番制の朝食作りを担当ではないのに手伝いに来てくれた。自分が同じ状況だったとしても、人見知りな自分はそんなことは出来ない。

 

「それでも、やっぱり宮藤さんは才能があります。ストライカーユニットを飛ばしていたのは宮藤さんなんでしょう?」

 

「それは、そうですけど……」

 

「だったら、やっぱり宮藤さんはすごいですよ。もう一人の宮藤さんが出来ない事を、宮藤さんは行う事ができるんですから」

 

「そ、そうかな。えへへ……『あまりこやつを褒めるなリネット・ビショップ。木を登る猿のように調子に乗るからな』」

 

同口異音が宮藤の口から生まれる。

もう一人の宮藤……扉間が話に割り込んだのだろう。

その言葉に頬を膨らませてぶぅ、と遺憾の意を示す宮藤。

それがおかしくて、リネットはくすくすと笑いを堪えることが出来なくなっていた。

 

「もう、みっちゃんといいリネットさんといい、なんで私と扉間さんの会話を見て笑うんだろう?」

 

「どうせお前の百面相にだろうよ」

 

「……百面相は扉間さんも含む癖に」

 

「何か言ったか?」

 

「いーえー。何も言ってませーん」

 

ぷい、っと明後日の方向を見る宮藤だった。

ただ、リネットには美千子という友人の気持ちが少し理解できる。

この二人は口喧嘩をしているというのに、そこには信頼が見えるのだ。

互いに軽口を言っているのに、互いの心を認めている。だからこそ、先ほど扉間から宮藤に変わったときに、宮藤は言ったのだ。

扉間の言葉はリネットの事を思っての事であると。

 

「リネットさん。扉間さんの言い方は厳しかったけど、間違ってないと私も思うんだ。だってリネットさんは訓練であれだけ凄い狙撃が出来てるんだもの」

 

憧れの眼でリネットを見つめる宮藤に、一瞬呼吸をすることを忘れる。

自分はそういった尊敬の念を抱かれる人間ではないと、リネットは思っていたからだ。

 

「一緒にがんばろう、リネットさん! 私たちにできることを精いっぱいやっていこう!」

 

劣等感が無くなったわけではない。自信が持てるようになったわけでもない。

しかし、宮藤への苦手意識は薄まっていた。

 

そして、リネットはもう一人の宮藤の言葉を思い出す。

自信が無ければ数を熟せ。叱られる事を恐れるな。

それはとても厳しい言い方だったが、リネットの心に深く残る言葉だった。

 




扉間偉業布教委員会 会長M・Y氏「芳香ちゃんが仕事している気がする……っ」

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