1隻の船があった。
『ファータ・グランデ』と呼ばれる空域を飛ぶこの船の名前を知らぬ者は、今や数少ない。多種多様な種族、身分、力を持つ者達を乗せた騎空艇───『グランサイファー』。
時には依頼を。
時には星晶獣を。
時には世界の危機を。
その翼は場所を選ばず、この空域で起きるありとあらゆる出来事に干渉し、解決してきた船である。
始まりは1人の少年と1匹のドラゴン⋯そして、蒼い髪の少女から始まった。
風を切り裂くグランサイファーの甲板で、蒼い髪の少女───ルリアが遠くを見つめている。遥か向こう⋯嘗て守り神として存在していた、星晶獣『リヴァイアサン』の暴走により沈みかけた島々、アウギュステ列島の方角である。
「どうした?ルリア」
「⋯何か、変なんです。」
そんな彼女に声をかける少年が居た。彼こそ、この騎空艇グランサイファーの所有者であり、この騎空団を若くして纏めあげる団長⋯グランである。
1度は命を失った身だが、星晶獣の力を借りる事が出来るルリアと繋がった事により、奇跡的にその命を繋ぎ止めた少年だ。人並外れた身体能力に剣術、魔術、錬金術と、あらゆる方面において才能を開花させた天才気質の人物として、団員の一部からは尊敬の念を。ある一部からは敬愛の念を。無論それ以外のその他諸々も向けられている。
「変って言うのは⋯?」
「その⋯私の中のリヴァイアサンの力が薄くなってると言うか⋯何だか落ち着かなくて⋯⋯」
「薄くなってる?そういう事って結構あったりするものかい?」
「分からないけど⋯今回が、多分初めてです」
「そっか⋯なら1度、アウギュステに顔を出しに行ってみよう。何か分かるかもしれない」
「⋯⋯だと良いですけど⋯」
グランはルリアの頭に手をやり、踵を返して操舵室へと向かって行った。元々働き詰めだった団員達に休暇を出すべく、どこの島に降りようか悩んでいたところではあった。彼にとっても、アウギュステならば海もあるし顔馴染みも居るという事で特段困るものでも無かったからだ。
だが⋯ルリアは未だ浮かばぬ顔をして再び目の前に広がる空へと瞳を戻す。
「───私は、怖いです」
ポツリと漏らした言葉は、ファータ・グランデに吹く風と共に流れて行った。
──グランサイファー:一室──
「27、28、29⋯⋯30。これで全部っ!」
「うぅ⋯流石に疲れやがるです⋯⋯」
「すまないな、クムユ。ククルもありがとう」
「良いって良いってこのぐらい!」
「シルヴァ姉の為ならどーってことねーです!」
グランサイファーのとある一室では、銃工房三姉妹と呼ばれる3人組が、各々武器の整備をしていた。1番年上のシルヴァ。それに続くククルと、ドラフ族であり1番年下のクムユ。
彼女達は三姉妹と言っても、本当の姉妹では無い。元々は銃工房を営む家に産まれたククルの元へ、クムユが養子としてやってきた。シルヴァは店の常連だったのだが、ククルとクムユが姉の様に慕い、本人も銃工房のお世話になってる事もあり、今の関係になったのだ。因みにシルヴァも、悪い気はしていない。
「私が自分で色々出来れば、2人の手を煩わせる事も無いのだが⋯」
「それ以上言ったら怒るよー」
「うっ⋯」
「クムユもククル姉ちゃんも、好きでやってるです!シルヴァ姉ちゃんが1人で全部出来たら、クムユ達がいらなくなっちまうです⋯」
「⋯そうだな。すまない2人共。これからも、手伝ってくれるか?」
「もっちろん!」
「えへへ⋯ぴぃっ!?」
2人の方へとシルヴァが向き直った時、クムユが声を上げた。
「どしたの?クムユ」
「ま、ままま⋯⋯窓の外に何か居やがったですぅっ!!」
その言葉を皮切りに、目つきの鋭くなった2人はすぐさま銃を手にした。
ここは空を飛ぶグランサイファーの室内。窓の外には勿論空が何処までも広がるばかりである。普通ならばそんな筈無い、見間違いだと疑うものだが、シルヴァは整備済みのスナイパーライフルを窓の方へと照準を向けた。ククルも愛用の二丁拳銃を手にし、すぐさま窓の傍に張り付き、様子を伺う。この3人は強い信頼で結ばれていた。それこそ『嘘をつく筈が無い』、『絶対に信じられる』と⋯⋯盲目的になる程には。
「⋯⋯何も居ない⋯?」
「あぁ。気配もしない。だが───」
シルヴァが言葉を続ける寸前、乾いた音が鳴った。
小さな、されど確実な迄の破裂音。
彼女が膝をついたのは、ほぼ同時であった。
「⋯⋯⋯え?」
「なっ、に⋯⋯?」
立ち込める火薬の匂い。
膝をつき、腹部から血を流すシルヴァ。
ククルも、シルヴァも、理解が追いついていなかった。
「どう⋯して⋯⋯何してるの、クムユ⋯?」
「⋯⋯っ!っ!!」
怯えながら。今にも泣き喚いてしまいそうな表情をしたクムユが、その銃口をシルヴァへと向けていた。
引き金を引いたのは他でも無い───クムユだった。
「ねぇ、嘘だよね⋯?何かの間違いだよね⋯?」
「⋯⋯⋯⋯!」
「何か答えてよ!クムユッ!!」
「下がれククルッ!!」
シルヴァに突き飛ばされたククルは、床へと倒れ、入れ違いのように2度目の発砲音が鳴った。
部屋には、鮮血が飛び散った。
──グランサイファー:廊下──
「⋯⋯おい、馬鹿弟子。次は何やりやがった?」
「冤罪だよっ!ウチ今回は何もしてないって!!」
魔法による爆発と共に、煙の中を走る2人組が居た。錬金術の開祖であり、2000年以上を生きる者⋯カリオストロ。その子孫であり、開祖に対抗し得る遺伝子を持った弟子⋯クラリス。突如として現れた襲撃者の攻撃から逃げながら、2人は何とも言えない小競り合いをしながら船内を駆け回っているのである。
それもその筈、襲撃者はクラリスの姿をしていたのだ。
「姿形だけじゃねぇ。使ってくる魔法もお前と同じだ。威力は段違いだがな」
「うぅ⋯ホントに何もしてないのに〜⋯⋯!!」
「じゃあ昨日『カリオストロの猿でも分かる特別錬金術講座♡』をサボって何してたのか、教えて欲しいな〜☆」
「うぇっ!?え、えっと⋯グ、グランとお出掛け⋯してました⋯⋯」
カリオストロは、深い深い溜息を吐いた。
「兎に角まずは此処から離れるのが先決だ。あの爆発が団員の部屋や機関室にまで届けば最悪の事も有り得る。開けた場所まで行ったら、お前はグランを呼んでこい」
「師匠はどうするの!?」
「あぁ?分かり切った事を───なっ!?」
カリオストロが気づいた時には、既に床に描かれた魔法陣が輝き出していた。
設置魔法⋯それもクラリスの爆破魔法を1種のトラップにしたそれは、2人をゼロ距離で飲み込むには充分だった。爆発の衝撃で壊れた床から下の階へと落下した2人は、勢い良く地面へと叩き付けられた。
「ぅ⋯いったぁ⋯⋯」
「ゲホッ!厄介な事しやがるぜ⋯」
降り立った偽りのクラリスは不敵な笑みを浮かべ、動けない2人へとジリジリと歩み寄る。
「おい、クラリス⋯アイツを呼びに行け」
「だ、だから師匠は───」
「ここで食い止めるに決まってんだろ!良いから急げッ!!」
「っ、わ、分かった!絶対無事で居てよね!!」
走り出したクラリスの方を振り返ることは無く、カリオストロは地面に手をつき、ゆっくりと立ち上がった。その瞳は力強く、ただ目の前のクラリスを睨み付けている。
軽めの魔方陣を展開するが、彼女は違和感を覚えていた。
(⋯⋯あの時と同じだ。上手く魔法が使えねぇ。賢者の石、ってわけでも無さそうだが⋯クソっ、アイツの顔でやられんのが余計に腹立つな⋯)
思考する猶予を与えない為にか、偽クラリスは再び魔方陣を展開してカリオストロを仕留めようとする。彼女は防御魔法を展開したが、いつもの半分程度の魔力で作った防御壁には倍近く威力を増した爆発魔法は止められない。再び爆風で飛ばされた彼女は落下ダメージも響き、とうとう満足に動く事が出来なくなった。
「ぅっ⋯く⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯っ!」
コツコツと、ゆっくり歩いてくる偽クラリス。だがその時、彼女の足元が大きく輝き出した。
「く⋯くくく⋯⋯!あっははははは!!マジで来やがったッ!!」
発現した魔法陣⋯その中から現れたウロボロスに腹部を噛み砕かれた偽クラリスは、その身体をバラバラにされた。
高笑いするカリオストロは腹を抱えながら、ピクピクと動き続けるクラリスだったものへと手を翳す。
「アイツに似せているとは思ったが、頭の足りなさまで似せて来るとはなぁ?オレ様の知らない技術でグランサイファーに攻め込んで来たって事は本気でオレ様達を潰そうとしてる奴がいるって事だろうが⋯御生憎様」
翳した掌の先には巨大な魔法陣が現れ、今のカリオストロが出せる全ての魔力が注ぎ込まれていた。
それは、言ってしまえば彼女の十八番。
「真理の一撃を喰らいやがれッ!『アルス・マグナ』ッ!!」
錬金術において『循環』と『完全』を司るウロボロス。2匹のウロボロスとカリオストロ自身の力による力の奔流は、バラバラになった襲撃者の姿を完全なる塵と化した。
「錬金術のれの字も知らない。愚直なわけでも無い。ただ力に特化しただけの偽物に、オレ様は倒せねぇ。まぁ何より⋯アイツに似せるなら愛嬌の1つでも覚えてきな」
普段クラリス本人には絶対に言わない事を呟いたカリオストロだったが、すぐさま言い様の無い気恥しさに襲われ、頭に手をやった。
ふっ、と口角を上げた彼女だったが、そのまま仲間の元へ向かうべく、その場を後にしたのだった。
だがこの時の団員、そしてグランはまだ知らなかった───これが、全空を巻き込んだ新たな戦いの発火点でしか無かった事に。
どちらが本編と思うかは、皆様次第でございます。
取り敢えず古戦場、頑張りましょう。
お前も働くんだぞ⋯グリイィィィィイムニル。