あの一件の直後、よりにもよって遅めの夕食を取る私のすぐ側で横になり、そのまま無防備に寝息を立て始めた黒歌に絶句し、若干の恐怖を覚えながら私は食事を終えた…食器を片付け、さすがにそのまますぐに黒歌とアーシアのいる部屋で眠る気にもならず、私はそっとドアを開け、部屋を出た。
さっきと変わらず人気の無い廊下を今度はゆっくり歩く…なぁ?
『何だ?』
アレは一体何なんだ?私の方が気後れしてしまったよ…
『分からん…と言いたいが、推測は出来る…アレは…そうだな、親が子供に向けるそれだな。…多少過激だが。』
……どういう意味だ?
『…幼い時に家族を亡くしたらしいお前には分からなくても無理は無いし、実は私も親の記憶が無いから理屈しか分からないが…多くの、特に母親は仮に自分か子供、どちらかしか助からないという状況に陥った場合、迷わず子供の方を優先するそうだ。』
……私には理解不能か。…だが、黒歌は生きて来た年月、クレアに接した時間もそれなりに長いから分からないでも無いが、アーシアは…
『母性本能は幼い時に目覚める事も多いらしいし、クレアが相手である事を考えればそれ自体は不思議じゃない…問題は、明らかに度を過ぎてるという事だ…天秤に乗ってるのが赤の他人なら、子供を選べるかもしれないが、乗ってるのが他の家族だった場合、普通は迷う筈だ…だが二人はその状況で躊躇わない。』
これは…ギャスパーとも話す必要があるな…
『お前はギャスパーを信じていないんじゃないのか?』
…この状況でそんな事言ってられるか。あいつにはクレアとアーシアの事を任せてある…守る対象に生き残る気が無ければ守りたくても守りようが無いんだ…!
『それを伝えてどうする?ギャスパーにはどうしようも無い。』
それだけの為じゃないさ…ギャスパーが今、クレアにどんな想いを抱いているのか…確かめておきたい…
「あの…そんな話されても僕にはどうしようも無いです…申し訳無いですけど…」
「だろうな…そう言うだろうとは思っていた…」
ギャスパーの部屋に行き、私の事を心配するギャスパーに先の一件を話すと、予想通りの返事が帰って来た…にしても…
「お前は取り乱さないんだな…」
「え?…あー…僕も色んな人を見て来ましたし、それにあまり面識の無い黒歌さんはともかく、アーシアさんに関しては一目見て危ういのは見て取れましたから…」
「そうか…」
私もギャスパーを過小評価していたのかもしれないな…
「取り敢えず分かりました…僕はテレサさんに頼まれた通り、クレアちゃんとアーシアさんを守るだけです…アーシアさんがそれを望まなくても。」
「…なぁ?お前は何でまともなんだ…?」
私は思わずそう口にした…先の一件、引き金を引いたのは私だ…あの時余計な事を言わなければこんなにも悩む必要は無かった…そう思っているのに聞かずにはいられなかった…
「…あの…?もしかして、テレサさんもテレーズさんも僕の性別忘れてます…?」
「『ん?』」
「僕男ですよ?母性本能は女性の方が芽生えやすいんじゃないですか?」
「『あ…』」
「何かショックなんですけど…まあとにかく…僕、確かに女の子の格好しますけど…完全な女性化願望は無いので…クレアちゃんには現状、友だち以上の気持ちは無いです。一緒に暮らしてれば家族と思ったりもするでしょうけど…どちらにしてもそこまで行くとは考えにくいですね。」
「私は…どうしたら良いと思うギャスパー…?」
「…クレアちゃんが大事なのは二人と一緒なんでしょう?なら、そんなに気にしなくても大丈夫だと思いますよ?」
「そうだろうか…?」
「テレーズさんは強いんでしょう?守れば良いじゃないですか、二人が何言ってもちゃんと三人とも。もちろんテレーズさんも、テレサさんも一緒に生き残れば良い。」
そうか…簡単な事だったんだな…
「そうだな…ありがとうギャスパー…お陰で私のやるべき事が分かった。」
私は守れば良い…そうだ全員、もちろん私自身も。
「序に僕も守ってくれたら幸いです。」
それを聞いて椅子から転げ落ちる。
「お前なぁ…」
「いや、だって僕戦えないですし。」
「……決めた、会談が終わったらお前を優先的に鍛えてやる…私とあいつとオフィーリアの三人でな。」
狼狽え始めたギャスパーを無視して紅茶を飲み干し、部屋を出た。