仕事が漸く片付き、帰り支度をしているとカバンの中で携帯が鳴った…取り出し、画面を見る。
「…珍しいな。」
そこには"近藤"の名が表示されている。俺の記憶通りなら、コイツが連絡して来てたのは大学時代までだ…こうして社会人になってからはお互い違う会社に務め、それでも関係こそ切れなかったから…以前会った時お互いの番号を交換したが…こうして連絡して来るのは初めてだ…何か有ったのか?……このまま画面を眺めていても仕方無いな…取り敢えず出るか。
「…もしもし…どうした?電話なんて珍しいじゃないか。」
『…相談が有る…一度会って、話せないか?』
「…ふむ。」
これまた珍しい…コイツが俺に相談とは…基本、聞いて貰うのは大体俺なのにな…腕時計を見ながら考える…ここ最近、ウチは繁忙期が続いていて正直俺は疲れている…何なら明日も早いし、出来る事なら断りたいとも思う…ただ、何だかんだこいつとも長い付き合いだ…平坦な声を出していても、俺には分かる…
今、こいつは本気で悩んでいるのだな…と。さて…
「分かった…それなら、今日でも良いか?…いつもの店で良いだろ?」
『…ああ、それで良い。』
「…良し、じゃあ切るぞ……ふぅ…」
誰も居ない社内で俺は溜め息を吐く…やれやれ…あいつの相談ってのは一体何だろうな?…ま、行けば分かるか。
終電よりは早いが、帰宅ラッシュの時間は既に過ぎている為か席は空いている…俺は腰掛け、自然と目を瞑りながらあいつとの事を思い起こした。
あいつとの出会いは中学まで遡る…と言っても、当時はお互い存在を認知こそしていても…特別、仲が良かった訳じゃない。
言ってしまえば、本当にただのクラスメイト…中学三年間の三回全てでクラス替えが有ったのに、いざ新しいクラスに足を踏み入れれば顔を合わせてしまう…ただ、それだけの間柄…さすがに顔を合わせれば挨拶くらいはするが、深い付き合いをした事は無い。ま、だから…結局は"クラスメイト"以外、当時のあいつと俺の関係性を示す言葉は無い。まぁ、ほぼ毎日の様に顔を合わせる上…お互いの家も近かったのに、特別友人関係を構築しようと思う事は無かったのが…今思えば不思議と言えば不思議では有るが…所詮は今考えても、仕方無い話だ。あいつに聞いても、理由は分からないと答えそうだしな。
とは言え、高校は別になったからそれであいつとの関係は完全に切れるだろうと思っていた…実際、あの頃のちゃんとした友人も高校が別になって以来は疎遠だ…今は何処で何をしているのかも知らない。今日に至るまで、同窓会の話とかも出てない様だしな…これから先も、再会は無いと思って良いだろう…結局、学生時代の友人なんてそんなもんだ…昔は時折思い出す事は有ったが、今となっては特別不便は感じないし…俺もそれで良いと思っている。
仲の良かった相手ですらそうなんだ…ただのクラスメイトでしかないあいつの事なんて、ろくに意識もしてなかった…その後、特にドラマチックな事が有った訳でも無く俺は普通に高校を卒業…大学に進んだ。
転機が訪れたのはその時だ、酒を飲める歳になり…初めての経験になると言う事も有り、何処か緊張しながらろくに調べもせず…フィーリングで店を探していたらあいつと再会した…完全に忘れていたと思っていたし、あいつの見た目も多少変わっていたが…それでも、その時の俺はすぐにあいつに気付き…名前まで自然と俺の口から出て来た。
名前を呼ばれたあいつは俺に目を向け、あいつも俺の名前を呟いた…驚いた事に、あいつも俺の事を忘れてなかった…友人では無かったと言っても、一応…見知った相手では有る…俺たちはそのまますぐそこの店に入り、一緒に酒を飲んだ…ま、そこでお互い実は同じ大学に通っている事を知り…更に驚く事になるんだけどな。
それからは、俺もあいつも時々…自然と時間を合わせて、二人でその店に行く様になった…それでも、友人かと聞かれるとお互い首を傾げる様な…そんな、微妙な距離感の付き合いでは有ったけどな。とは言え、そんな俺たちが…最終的に同じ屋根の下で暮らす様になるのだから、人生とは本当に分からないものだ…
まぁ、切っ掛け自体は本当に些細な物だ…大学に通う為実家から俺が引っ越した一年住んだボロアパートが、老朽化の為取り壊される事が決定。当然俺は出て行かなければならなくなり…あの店で飲んでいた時、酔っていたせいかポロッと口からその事が零れた…別段困ってると言う程でも無い、多少遠くなるとは言え…別に実家に戻っても俺は良かった…が、きっとあいつも酔っていたんだろうな…一言…
『なら、ウチに来るか?』
俺のアパートからはそう遠くないし、大学とも近い…まぁ、行けなくは無いとは言え大学は実家からは遠い…自然と、俺は頷いていた。
そのまま結局、卒業するまでの間同棲…って言うと、何か聞こえ悪いな…要はルームシェアってやつだ。家賃は折半、家事も出来るだけ分担…基本、お互いのプライベートには必要以上に踏み込まない…って言う取り決めでな…まぁ、丸っきり事務的だった訳じゃなく…何だかんだ一緒に飲んだりとかも多かったがな…と言うか、当時俺なんていつも金欠だから…食事なんかは大抵金出すのはあいつだ…その分、俺も家事を代わったりとかはしたが。
とまぁ、そんな…決して仲が悪い訳じゃないが、特別良いとも言えない奇妙な関係性は大学を卒業、お互い就職先も決まって少しした所で自然と終わりを告げる…別に好き同士の異性とかでは無いし、二人とも同性に欲情とかはしないから別れもさっぱりしたものだった…それこそ逆に、三年間一緒に暮らしたとは思えない程に。
…まぁ、お互い親友って感じでも無かったから結局そんなもんだろう。
そこから四年間全く連絡は取らず、俺も最終的に携帯の番号も変わった…それこそ、本当にもう会う事も無い筈だったんだが…結局、また再会したんだよな…あの時の様にばったりと。
…で、今でもあいつとたまたま会った時に…大学時代行っていたあの店で飲むと言う関係が今も続いてるって訳だ…考えてみたら、空白期間も多いが…それでも間違い無く、あいつとの付き合いは長い…だが、だからこそ驚いている…本当に今まで一度も、あいつからの相談なんて受けた事が無いからな…こうして身構えてしまうのは仕方無い、と言うものだ…
「…と、着いたか。」
電車内に響くアナウンスが聞こえて俺は我に返る…ハァ…やれやれ…やっぱり少し気が重い…俺から、あいつにしてやれる事なんて有るのか?相談されても、何も言えない様な気もする…てか、何でよりにもよって俺なんだ…他に適任な友人くらいあいつには居るだろうに…
「…と、いかん…」
俺は携帯を取り出し、妻に遅くなる事をメールで伝える…そう言えば、妻との結婚に関して…背中を押してくれたのもあいつだったな…借りは腐る程有る…ま、返せるので有れば、少しは返すべきなんだろう。あいつは、どうせ気にもしてないと思うけどな…
店前で既に待っていたあいつと合流…店内に入る…ここは個室が使える…さすがに声は漏れるが、それでも顔は見えない分…大事な話はしやすいだろう。
店員がやって来たので、二人で適当につまみとビールを注文…あの頃から何も変わらない、俺たちのスタイル…とは言え、普段感情を表に出さないように見えて、実はふとした時にフッと…静かに笑う事も多いコイツが今日は完全に無表情なのを見ると…改めて、今回は本当に深刻な話なのだと思えて来る…ハァ…気が重い。
「…具体的な話は注文した品が揃ってからでも良いか?」
「ああ、それで構わない。」
簡素なやり取り…だが、これだけはいつもと同じだ…こう言うのが一番、俺たちらしい。
…注文したビールが来たので、二人でグラスを合わせる…そのまま無言でお互いの顔や、部屋の中を眺める…俺もあいつも、元々あまり口数の多い方じゃないからな…傍から見たら異質なのかも知れないが、これが普段の俺たちだ…それに、悪くない空気だとも俺は思っているしな…会社の同僚や上司相手だと、何となく気を使ってしまう俺にとって…あいつと居る時は心地好く感じる事は多い。しばらくは浸っておくことにしよう…
つまみも出揃い、店員が出て行く…そろそろ良いかと思い、俺は切り出した。
「…で、相談ってのは?」
「…もう少し後でも良いか?」
「…まぁ、別に構わないが…」
どうやらある程度飲まないと話せない内容らしい…正直帰りたくなって来たが、大抵同じ手を使うのは俺だった事も有り…新鮮さも感じる。こいつがそこまで躊躇う相談の内容が気にならない訳でも無い…そうまで言うなら、待ってみるか…
テーブルの上のつまみも無くなり、店員の持って来てくれた瓶も既に空…酒に弱い方では無いつもりだが…それでも、さすがに二本目の瓶が来た所で…俺も我慢出来ずに切り出した。
「…いい加減話してくれないか?一体何を悩んでるんだ?」
「…そうだな…そろそろ良いか…実はな、今の会社…辞めようと思ってるんだ…」
「…また重い話だな…お前確か独り身だったか?好きにやれるとは言え、辞めてどうするんだ?転職って言ってもこのご時世、俺たちの年齢だとキツイだろ?」
俺たちも既に三十路も半ば…辞めて転職とかになると厳しいものが有るだろう…
「いや、会社起こそうかと思っててな…」
「…金は?」
「貯金が有るからな…そこは問題無い。」
「…何をする会社なんだ?」
「まだ、そこまでは決めてない。」
……普通なら、この場で止めるべきだろう…ただ、コイツには関しては悩む…正直、コイツには昔から何かやりそうな雰囲気が有ったからな…
「そうか…ま、お前なら大丈夫じゃないか?」
「…そう思うか?」
「もちろん、確約は出来無いがな…」
「…実はもう一つ相談が有るんだが…」
「何だ、言ってみろ。」
「…お前も俺と来る気は無いか?」
「…共同経営者って事か?」
「要はそう言う事だな…お前なら、信用も出来る。」
そこまで言うか…ま、正直悪い気はしない…ただ…
「すまないな、俺には家族が居る…もうすぐ、子供も生まれそうなんだ…今は、乗れない。」
俺は博打を打っている場合じゃない…とてもじゃないが、無理だ…
「…そう、か…ま、そうだろうな…」
話はこれで終わり…そう思ったのに、俺の口は自然と言葉を紡いでいた…
「お前の会社の経営がある程度軌道に乗った時…その時、まだ俺の力が必要だったなら…また声を掛けろ…ちゃんと話を聞いてやる。」
「…分かった、その時が来たら…な。」
……どっちに転ぶにしても、俺とコイツの関係は今度こそ終わり…そう思い、グラスの中のビールを飲み干し…財布から出した金をテーブルに置いて席を立つ…外に出ようとした時…
「なぁ?」
「…ん?」
「…また…"ここ"で会おう。」
「…ああ、また飲もう…その時は…お前の会社の経営が安定して、改めて俺を口説きに来る時だと信じている。」
そんな事を本気で信じている訳じゃない…だが不思議と、そう遠くない内に実現する未来の様な気がしてならなかった…どうやら当分俺たちの関係は切れないらしい…案外、次は一蓮托生かもな…ま、最終的にはそれも良い…本来は今の平凡だが、幸せな人生を守り続けるべきなんだろう…だが、少々退屈だと感じている俺も確かに居る…奴と肩を並べて、茨の道を歩いて行くのも悪くは無いだろう…
ここまでで力尽きました。