そうして閻魔亭初日の夜は過ぎ…朝、私は紅ちゃんに起こされ、従業員用の着物を着せられ、ある場所に連れて来られた。
「えっと…私はここにいれば良いんですか…?」
「ちょうでち…誤解ちない様に言っておくとこれも大事なち事でちよ?」
「……」
それはまあ…分かる…旅館閻魔亭の入り口からすぐの場所にあるここはどう考えても受付だしね…
「あの…就業初日の私がこんな重要なポジションで良いんですか…?」
「…お前ちゃまの身体では事務ち事以外任ちぇられまちぇんので。」
あー…うん、そりゃそうだよね…まぁ客商売で一番重要な事務仕事は経理だから…そっちよりはマシかな…事務仕事自体はカルデアに行く前に私が良くやってた仕事でもあるし…
「分かりました。精一杯頑張ります。」
「…良き心掛けでちが、もうちゅこち肩の力を抜いた方が良いでちね、お客ちゃまの前以外ではアチキに敬語も使わなくて良いでちから。」
「…うん、分かった…ありがとう紅ちゃん…」
そうして気楽にやろうと思ってた私は早々に心折れそうになっていた。
「フン…お前はここを舐め過ぎだな。」
「いや…だって…紅ちゃんには悪いけどもう少し楽だと思ってたんですよ…」
私は勘違いしていた…人間が滅多に来ない=お客は少ない…だと思ってたのに…
「聞いてませんよ…人間以外の客が主流なんて…」
漸く客の波が途切れ、受付に突っ伏していた私はちょうど休憩を取り、やって来た巌窟王さんに話しかけられていた。
「来てる奴の大半は要は俺の同類だ。今更お前はそれ程プレッシャーも感じんだろう?」
「冗談じゃないですよ…普通の英霊なら未だしも…神霊の人たちが来るんですよ…?万が一粗相でもしたらって、不安になりますよ…」
私は名簿を開き、改めて書かれた名前を目で追って行く…
「そもそもだ…英霊なら素を出しても問題無い、という考えが間違いだとは思ってない訳か。」
「そういう訳じゃ無いですけどね…でもやっぱり神霊ってだけで全然違うんですよ…」
名簿に乗ってる名前は一見すると普通の人名(多分お忍びで来てるみたいだから偽名)だったり、中にはそもそも読めない、なんてのもあるが…そんな中に紛れて…一度でも神話を読んだ事があれば確実に目にするとんでもない名前がチラホラ…正直こうして勝手に名前をマジマジと眺める事すら恐れ多いと思っちゃうよ…日本神話の関係者は特に。
「というか、これは最早本能的な物みたいだし、どうしようも無いですよ…貴方だって自分の出身国の神話の神なら畏れを感じたりするでしょう?」
「フン…今更俺が神ごときに態度を変えると思うか?」
傲慢な返事が返って来た…確かにこの人はそう言うの無縁そう…でも…
「いや下手に出て下さいよ…大半がお忍びで来てるとは言え、皆お客様なんですから。」
「フン…俺の勝手だろう…」
私の為にここで働こうとしてたみたいだから強くは言えないけど…どう考えても旅館の従業員の態度じゃないよね…というか…
「携帯灰皿使ってるだけマシだとは思いますけど…ここ、禁煙みたいですよ。」
「フン…俺はそろそろ戻る…精々励め。」
そう言ってタバコの火を消さずに向こうに行ってしまう…ここに来るお客様の中には神霊なのに俗世に染まってる人(?)が多いみたいでちゃんと喫煙所が設置されてるし、従業員用の喫煙所だってあるのに(雀さんが吸うのかな?)でも…
「ありがとう…巌窟王さん…」
知り合いが全然居ない中、こうして私の様子を見に来てくれるのは結構嬉しい…何で復讐の代名詞とも言える物語の主人公が復讐を投げ出して、私の事なんか気にかけてくれるのか分からないけど…紅ちゃんは忙しいみたいで中々ここには来てくれないしね…雀さんたちは自分の仕事の合間に来てくれたりはするけど…やっぱり人の姿をしてる方が…あ!
「いらっしゃいませー!閻魔亭にようこそ!」
私は思考を打ち切り、やって来たお客様に声をかけた。