「…立香ちゃん。」
「武蔵さん?仕事は?」
「……休憩中。」
武蔵さんが形だけ、私のサーヴァントとして閻魔亭への滞在を許された日から数日…私は死んだ目をした武蔵さんから話しかけられていた。
「そもそも私は君に仕えるって言ったよね…?」
「…私は武蔵さんのマスターである前に、今はここの雇われ従業員です。……つまり私の雇用主である紅ちゃんは私のマスターです。武蔵さんにとってはマスターのマスターになりますね、武蔵さんがどちらの命令を聞かなきゃいけないのかは明白でしょう?」
あの日…紅ちゃんが武蔵さんの閻魔亭滞在を認めるのに私に課した条件は一つだけ…それは、簡単に言えば武蔵さんに私ではなく紅ちゃんの命令を優先して聞かせる事だった。
「…妥当な処置だと思いません?」
「何で!?だから私は君に「仮に武蔵さんが私からの命令だけ聞きたいなら、改めて言いますよ?『私ではなく紅ちゃんの指示を最優先で聞いて下さい』」…ズルい…」
「紅ちゃんが武蔵さんの滞在を認める条件がそれですから飲んでください…紅ちゃんの期限を損ねたら多分、出禁に逆戻りですよ?」
元々今の私はマスターじゃないし、こんなにマイペースな武蔵さんの手綱を握っておく自信は私には無いから…紅ちゃんに任せる方が都合が良いのも確か。
「というか、四六時中武蔵さんに付いて貰う意味が無いんですよ…ほら、見ての通り私の仕事は私一人入れば十分なんで。」
「だから…ほら…!トイレに行きたくなった時とか「私、そんなに頻繁に行きませんし。」う…」
その場合はあくまで手の空いてる誰か(と言っても、雀さんか、紅ちゃんか、武蔵さんしかいないけど…巌窟王さんは私の介助役やってくれないし…というか雀さんに至っては一羽では私を運べないから割と大騒ぎになるし、本当はあんまり頼みたくないんだけど…)に頼むだけだし…
「ハァ…もう良いや…分かったよ…それにしても…」
「はい?」
「何か…立香ちゃんって思ってたより押しが強いんだね…もう少し気が弱いのかな、なんて思ったりしたんだけど…」
「……英霊ってだけで変に萎縮してたりしたら、誰も私を信じてくれませんし…」
私の見て来た限りでは自分で自分を英雄、と称した人はそう多くは無かった。彼、或いは彼女たちはあくまで自分の戦いをしただけ…後の人たちが彼、彼女を英雄として定義したから英霊として存在しているだけで、あくまで等身大の自分を見て欲しがる"人"が結構多かった様に思う…
「対等であるなんて…烏滸がましい事は思ってません…でも、真っ直ぐ自分の事を見ない人を信じてはくれないんですよ…」
私がいくら自分の方が下だと思っていても、皆はマスター…というか、主としての私だったり…友人だったり、或いは…家族の様に私を見ようとして来る……完全に私の事を玩具か何かだと思っているとしか思えない人たちもいたけど…
「私、本を読むのが好きなんです…だから私は最初、物語の登場人物と同じ名前の皆を英雄として…自分とは違う世界の人たちとして見てたんです…でも皆は私に線引きを許してはくれなかった…伝説を知るからこそ眩しく見えて仕方無いのに、私に"自分たち"をしっかり見ろ…ありのままをその目で…と言ってくるんです…私が一歩前に出ないと…皆は指示どころか、話も聞いてくれませんからね…」
「立香ちゃん「良い機会だからはっきり言いますね」…え?」
「今の私はマスターじゃありません…私は…貴女に頼み事はしても"命令"はしたくありません。」
「そっ、か「という訳で紅ちゃんの命令をきっちり聞いて下さい」…え…?…えええええ!?この話そういうオチなの!?」
「そうですよ?でも、今までのは嘘じゃありません…武蔵さん、私の頼み…聞いてくれますよね…?」
「う…もう…分かったよ…」
「良かったです…ところでそろそろ仕事に戻らないと紅ちゃんに怒られるのでは?」
「分かってるよ…行ってくる…何か私、とんでもない子をマスターに選んだ気がして来たよ…」
そう言って踵を返し廊下の奥に消えて行く武蔵さんを見送る…
「……私は…ただの凡人ですよ、武蔵さん。」
武蔵さんの姿が完全に見えなくなってから私はそう呟いた。