「さて、奴の話だが…」
壁にもたれかかった彼は、胸の前で腕を組みながら少し上の方を見上げ、目を閉じ…そのまま黙り込んでしまった…しばらく待ってみたけど…それきり彼は口を開こうとしない…焦れったくなった私は声をかけた。
「どうしたの?」
「いや、何…何処から語れば良いのかと思ってな…奴とはそう長い時間を過ごしたわけじゃないが…こうして思い起こして見れば、色々と奴に関するエピソードが多くてな…」
彼は…笑っていた…今まで何処か刺すような雰囲気を纏っていた彼が…今は警戒を完全に解いている…それきり、私は何も言えなくなり、彼の顔を見詰めていた…やがて彼が目を開いた。
「…そうだな…先ずはここからか…奴との出会いだが…正直第一印象は最悪だったな…何せ奴は寝ている俺を無理矢理起こしたのだからな…」
「無理矢理起こした?寝ていた?」
どういう意味かしら?
「俺は基本的に普段は眠りについている…俺の存在は世界を悪戯に混乱に貶める事にしかならないからな…」
「……」
「奴はそんな俺を起こした…そして自分はベルモンドの者だと言い、俺に力を貸して欲しい、と。」
「それで貴方は彼に力を貸す事に?」
私がそう言うとクックッ…と笑い始めた…
「そんな簡単な話じゃないな…そもそも仮にもベルモンドを名乗る者として、俺の様な者に力を借りたいなど言うのは本来前代未聞だ…どう取り繕ったところで、俺も吸血鬼なのだからな…更に言えば、問題はそれだけじゃ無かった…」
「問題?」
「俺の様な吸血鬼は血の臭いに敏感だ…特に出血などなくても分かってしまう程に…そして…奴にはベルモンド特有の血の臭いが無かった…」
「え?じゃあ…」
「…こいつはベルモンドでは無い…それが当時俺の下した判断だった…」
「……」
「俺は奴を問いただした…どう言うつもりだったにしろ、俺を起こしたのだ…きちんとした理由が無ければ、俺はその場で奴を殺すつもりだった…そして奴は自分の素性を語り始めた…」
「結局彼は何者だったの?何故ベルモンドと偽って?」
「ベルモンドの名は英雄の名だ。騙りたがる者は多い…だが、結論から言うと奴は名を偽ってはいなかった。」
「奴は養子だ…ベルモンドの家に迎え入れられた孤児だったんだ…」
「養子…」
「奴の家はそもそも、ベルモンドに限らずハンターの使う装備を作っている職人の家だった…そして幾人ものハンターと懇意にする中、奴の父は当時のベルモンド…つまり後に奴の義理の父親となる者と特に付き合いが長かった…」
「そしてそんな家に産まれた奴も本来そうなるのが筋だったのだろう…だが、奴には物心ついた時点で既にその気は全く無かった…奴は子供のうちからベルモンドの家に入り浸り、戦う術を学んでいた…ベルモンド家の正式な嫡男と共にな。」
「自分の友人の家に行き、自分の家の仕事とは正反対な技術を学んで行く息子をどう思っていたのかなど、今となっては分からん…とにかくだ、奴の家は強盗に入られ、父親も母親もその凶刃にかかり死亡…奴だけが生き残った…その強盗を殺害してな…それが俺の聞いた奴の幼少期の話だ…」
「強盗を…殺した…?」
「そうだ、子供だった奴が大人の男数人をな…」
「そんな…そんなの「信じられないか?」ええ…とても信じられないわ…」
「そうだろうな…俺も奴と剣を交えて見るまで信じられなかった…だが、俺が奴と戦って分かったのは…純粋な剣での勝負なら吸血鬼としての膂力があって漸く互角に持ち込めるレベルだったと言う事だ…時間をかけて磨いた俺の剣がまるで通用しなかったんだ…納得もしよう。」
「ただ…その癖、俺に頼るのも合点がいった…俺が吸血鬼としての膂力を振るえば、耐えていた奴も何れは疲弊する…ベルモンドの者は身体能力もそもそも人を超えている者が多い…その上で更に修行を積む…並のハンターではどれ程努力しても追い付けまい…そしてそんな凡百なハンターにしかなれない奴がベルモンドの名を背負ってしまっている…」
「同情はした…だが、だからこそ分からない事もあった…」
「……彼にはいるはずよね?兄か、弟か分からないけど、正式なベルモンドの血を引く兄弟が…」
「それも聞いた…奴の兄は奴と共にドラキュラでは無い別の吸血鬼を狩りに行って、奴を庇って死亡している…」
「そんな…」
「ここまで来ると最早滑稽にすら感じたな…だから聞いた…俺や君の様な者と違い、奴に血の縛りは無い…身内を片っ端から失い、それでも人の為に戦うのは何故だ?何故逃げ出そうとしない?」
「彼は…何て答えたの?」
「『託されたから』…奴はただそれだけ答えた。」
「……」
「異常だ…こいつは間違い無く人間として何処か壊れている…」
「俺にこんな奴に手を貸す義理は無い、が…ある程度は見守るくらいはしよう…そう考えた俺は奴に名を聞き、俺は結局最後まで見守る覚悟をした。」
「え?名を聞いただけで…だっ、だってそれまではそんなつもり無かったんでしょう?」
「奴とあの時した会話はこうだ…」
『良いだろう…では、行こうか?ベルモンドの者よ…』
『…その呼び方は止めてくれ。俺にその名は重い…』
『ほう…では何と呼べば良い?』
『…ラルフだ、ただそう呼んでくれれば良い。』