私の目の前には暗く澱み、およそ自然界ではまず嗅ぐことが出来ないだろう異臭を放つ液体の満ちた鍋があった…。
「…千冬、これ…何?」
「……寄せ鍋だ。…知らないか?」
「……」
別に知識として寄せ鍋を知らないわけじゃない、どころか母さんは家では日本料理を作る事の方が多いので良く知っている…フランスは冬場でも日本ほど寒くは無かったりするので食べる頻度は少ないが…現実逃避はこれくらいにしておこうかな…。
「…■■さん、本当に食べるのか…?教えた俺が言うのも何だけど…どうなっても責任持てないぞ?」
小声でそう言ってくる一夏君…一般的に料理下手な人は習っても改善されないパターンが多いけど…それは多くが講師役の指示を聞かず勝手な調味料や食材を使うから、というパターンが多いとか。……私も不器用な方だけど、私の初料理でもこんなに酷くなかったよ…。
「…食べるよ…。千冬がせっかく作ってくれたんだから…。」
……私に断る選択肢は存在しない。…だって…
「惚れた弱みって奴か。本当に罪作りだよなぁ…でも…だからって■■さん、嫌なら嫌ってはっきり言わないと…千冬姉は落ち込むかもしれないけど今更■■さんを嫌ったりしないって。」
「…大丈夫。……多分。死にはしない…筈…だから…。」
強がってはみるけど…私は別に俗に言う人間ポリバケツなんて言われる人種じゃない…。極々普通の人間である…内蔵が特別丈夫な訳じゃない…。
「…あの…出来れば一緒に食べて「あ、俺出かける用があったんだ!■■さんゆっくりしてってよ!じゃあ!」…薄情者…。」
物凄い勢いで家を飛び出す一夏君に恨み言を呟く…いくら大好きな人の料理でもこれを一人で食べるのは辛いよ…。
「…どうした…?食べないのか…?」
「……ううん…食べるよ…。」
そんな顔しないで。ちゃんと食べるから…完食出来そうに無いけど…。
鍋の中身を皿によそってもらう……凄い…。お玉が中に入っても澱んだまま…中身が全く見えない…。割と距離があっても感じてた異臭が私の顔に…!
「……ジーザス…」
思わず祈りたくなった…別に信心深い訳じゃないけど…父さんも母さんも支持する神はいないし私も無神論者だ…でも、これは…!
「…Au secours…」
「…ん?何か言ったか…?」
「……何でもない。」
思わず助けを求めた…誰に?この場には私と千冬しかいない…あー!もう!
「……頂きます…。」
私は液体の中に箸を突っ込み中の物を摘むと見ないようにしながら口に運んだ…!
「……あれ?私…?」
「気がついたか、■■さん?」
「…一夏、君?」
そこには床に座った一夏君が…横にタライが置いてあってタオルが入ってるのが見える…?
「…何があったか分かるか…?」
「…?何があったの?」
「…マジで覚えてないのか?千冬姉が作ったもん食って倒れたんだってさ。携帯に焦った千冬姉から電話来たから慌てて戻って来たんだよ…。」
「…そうなんだ…千冬は…?」
「……リビングで落ち込んでるよ…。呼んで来ようか?」
「…うん…」
一夏君が部屋を出ていく…千冬には何て声をかけようかな…普通で良いか。
「…■■、目が覚めたのか?」
「…うん、おはよう千冬…」
「…おはよう、もう夜だがな……すまなかったな、まさか倒れるとは思わなかった…。」
「…良いよ…また練習して作ってよ…私は食べるから…。」
「…しかし、その…良いのか?」
「…うん。私はまた千冬の料理が食べてみたい…。」
「…物好きだな。なら今度こそ美味い料理が作れる様に練習しよう。待っててくれ。」
「…うん、楽しみにしてるね?」
それから何度も千冬の料理を食べさせられてその度に私が寝込み、最終的に千冬は何があっても料理を作らなくなってしまった…。残念だなぁ…。一夏君の料理は確かに美味しいけど私は好きな人の料理を食べたかったなぁ…。