「本当にあの時は驚きましたねぇ…隠れて見ていたら、貴方がバケツに頭を突っ込んで、すぐに頭を上げたと思ったら泣き叫びながら甲板を転げ回り始めたんですから…」
「お前その話何回すれば気が済むんだよ。」
雑談の内容は俺が今朝、こいつとの出会いを夢に見たと言ったせいか、その時の話へ…最初は爺さんと海軍の膿出しをやった時以来、疎遠になっちまった俺と同じく爺さんに協力した提督連中の近況の話だったんだがな…
「いやぁ…だって、久しぶりに大声上げて笑ったんですよ、あの時は。」
「お前来る度にその話してるじゃねぇか…」
お陰で当時ここにいなかった艦娘まであの時の話を知ってしまっている…当時軍内でもあからさまにクズだった連中がいなくなった後、爺さんとこいつが俺の悪評の大半が嘘だった事もバラしてくれた為、今は艦娘連中から睨まれる事も無い。…が、こいつがこの話を面白おかしく語ってくれたせいで連中からは生暖かい視線を送られる事も多い…
「マジでそれが本題なのか?」
「ああ…大事な事を忘れてましたね…」
そう言って赤城が手に持ったままだった湯呑みを机の上に置く…中身は茶では無く、酒だ…出したのは失敗だったか?こいつがこの程度で酔うとは思えないんだが…
「あの方は、近々退職を考えています。」
「っ!?」
驚きのあまり、口の中に入れた物をそのまま吹き出しそうになる…ギリギリで堪え、ゆっくり嚥下して行く…
「……マジか?」
「ええ。マジです。」
「…この状況で辞めるってのがどういう事か分かってんのか?上の粛清はまだ終わってないんだぜ?」
「現在残ってるのは全てこの国の事を憂いていてあの方が"使える"と判断した方々ばかりです…貴方を冷遇する人ももう居ないでしょう?」
「面倒な仕事回して来る奴ばかりだがな…」
赤城の言に一応頷いては置く。確かに今いるのは"比較的"まともな連中ばかりだ…この国を第一に考える行き過ぎた愛国者共…それが今上にいる連中だ…
「こっちで抱えてる艦娘にすら見られたら終わる書類を回して来る馬鹿共だ「それでも…あの頃よりはマシな待遇では?」…チッ…かもな…」
今自分がいる執務室を見渡す…建っている場所と建物そのものこそ変わらないが、今、俺のいる部屋は荒れ果てていた頃から一転して、最低限仕事をし、来客を迎える事が出来るぐらいには体裁が整えられている…
「…まあ良い…それで?どんな心境の変化だ?一生現役とか言い出すタイプだと思ってたんだが?あの爺さんは?」
「あの人の役目は本当はもう終わっていたんですよ…自ら前線に立てなくなった時点で。」
「艦娘がいるんだから当然だろ?そもそも人間の兵器はほとんど奴らには効果がねぇんだからな。」
「それでも戦場に立っていたのがあの方です。だから丁度良くもあったんですよ…今のポストに追いやられ、戦場に出なくて済むようになったのは…身体はやっぱり衰えてましたから…」
「休むどころか、今度は人間相手に色々やってたみてぇだがな。」
「…あの人に"休む"なんて選択肢はありませんから…」
「じゃあ尚更分からねぇ。何で今になって辞める?今の上の連中に任せるのが本当に良いと思ってんのか?」
連中は確かに愛国主義だが、見てるのは国そのものであり、"人"を見ていない。それが奴らと接してる俺の意見だ。
「艦娘を一兵器や、鬱憤を晴らすサンドバッグ代わりに思っている方はいませんので。」
「兵士として馬車馬の様に使われるのがお前の好みか?」
「私は元々そういう性格ですから…ただ、ドンパチやってるより他人を出し抜く事の方が好きですけど。」
「強かだものな、お前。」
あの爺さんでさえ、こいつの手綱を握れていなかった…いや…本当はハナから縛る気は無かったのかも知れないが。
「後継者は見つけてるのか?」
「将来有望な若者は多いので。」
「下から選ぶのか…荒れそうだな「何を他人事みたいに言ってるんですか?」あ?」
「貴方も候補の一人ですよ…ちなみに私は貴方を推しています。私は…貴方の下に着くなら悪くは無い、と…そう思っています…」
「冗談じゃねぇ。」
俺は机の上の湯呑みを掴み、口を付けた。