仮面ライダーエグゼイド ~M in Maerchen World~ 作:コッコリリン
運命とは誰が決めるのだろうか?
ある人は言う。それは神が決めることだと。
ある人は言う。そんな曖昧な物なんて信じないと。
ある人は言う。それはその人自身が歩む道筋なのだと。
千差万別、多種多様な意味として捉えられる言葉、“運命”。人は自らに待ち受ける運命をその日が来るまで知らず、日々を生きていく。
しかしてその運命が、その先の未来に自身に何が起きるか知っているとしたら。
自身の運命の行く先が、一冊の本として記されているとしたら。
その人たちはどのように生き、何を思うのか。
定められた運命を受け入れるのか、絶望するのか、抗うのか。
これより語るのは、そんな定められた運命から外れ、定められていない『空白』の運命を持つ者たちの物語。
究極の救済の名を冠する仮面の戦士が彼らと邂逅し、運命を変えるために共に戦う物語。
日本某所、聖都。かつてこの街で、壮大な戦いがあった。
人間に感染する未知のコンピュータウィルス、バグスターウィルスによるパンデミック『ゼロデイ』により、大勢の人間が犠牲となった。そこから始まる、バグスターによる侵略。未知なるウィルスによる感染症に抗う術を持たない人々は、恐怖に震えるしかなかった……かに思えた。
聖都大学附属病院に所属しているドクターたち、衛生省管轄組織『電脳救命センター』通称CR。ゲームの力を借り、ゲームの力を駆使して、バグスターウィルスから人々を、患者を救ってきた者たちがいた。
『仮面ライダー』……仮面を被った正義の使者。
人類、もとい仮面ライダーVSバグスターとの戦いは熾烈を極めた。尊い犠牲があった。理不尽な出来事もあった。それでも尚、彼らは人々を救うために戦い続けた。
そして最終的には、一般市民をも巻き込んだ死のサバイバルゲームを止めるため、大手ゲーム会社であると同時に、仮面ライダーを生み出した『幻夢コーポレーション』社長と対峙し、勝利を収めた。
相手は自害し、消滅し、ゲームは終わりを告げ……長きに渡る戦いに、終止符が打たれたのだった。
聖都大学附属病院内科病棟。待合室のベンチには多くの人が診察を待ち、病室には患者の人々が医療を受けるために入院している。
「んー、脈拍も異常なし、術後の経過も良好……」
そんな内科病棟のとある病室。ベッドが四つある大部屋で、カルテ片手に項目をチェックしていく青年と、そんな彼をベッドの上で寝そべりながら見つめる高校生頃の少年と、彼のベッドの横に立つ女性。やがて青年は、ベッドの横に身を屈めて少年と向き合った。少し派手めのシャツの上に白衣を羽織り、首に変わった形をした聴診器をかけた茶が混じった黒髪の青年は、童顔と言えるような顔に笑みを浮かべた。
「うん、異常はなさそうだね。もう少ししたら学校に通えるようになるよ」
人を安心させるような、穏やかな笑顔。その笑顔に安堵すると同時につられたかのように、少年もまた笑顔になった。
「先生、ありがとうございます!」
「本当に、息子がお世話になりました」
少年の隣に立っていた女性、母親も青年に向けて頭を深く下げた。
「いえ、卓也くんも頑張ったからですよ。けど、術後はまだ油断できないから、あまり無茶したらダメだよ?」
「はい!」
「では、僕はこれで。お大事になさってください」
「先生、ありがとうございました」
青年は白衣を翻して病室を後にする。去り際、青年が振り返ると、こちらに向けて少年が頭を下げ、青年もそれに応えて見送った。
病室から出て、一段落ついてため息を一つつく青年。その胸は、少年の病気がほぼ治ったことによる安堵と、彼を笑顔にすることができたことによる充足感に満たされていた。
そんな彼が歩いていく先に、見慣れた人物の姿が目に入った。
「回診、お疲れ様! 永夢」
「明日那さん! お疲れ様です」
笑顔で永夢に歩み寄って来たナース、仮野明日那に労われた青年、宝生永夢は快く彼女を迎え入れた。
「もうすっかりドクターとして板についてきたねー。もうちょっとで研修も終わるし、これからますます忙しくなるね」
カルテを胸に抱えたまま笑顔でそう話す明日那に、永夢も照れて頭を掻く。彼がまだ駆け出しの時に出会ってから今まで、よき同僚兼よき相棒として、これまで色々とサポートをしてきてくれた彼女に、永夢は頭が上がらない思いだった。
「いえ、やっぱり僕はまだ未熟です……早く一人前のドクターになって、より多くの患者の笑顔を取り戻したいから」
そうはにかみながらも、その目は決意に溢れていた。
彼の行動理念と、医師を志した信念は、今も変わっていない。一人でも多く、この手の届く限り、永夢は人々を救いたいと思っている。ゆえに、毎日が勉強でもあり、試練でもあると、永夢は日々患者と向き合っている。
「……変わらないね、永夢は」
そんな彼をずっと見てきた彼女は、いつまでも変わらない、愚直なまでの彼のひたむきさを好ましく思うと同時、羨ましさにも似た感情を覚える。そんな彼だからこそ、明日那はずっと彼を支えてきた。険しい道のりや、高い壁にぶつかっても、決して投げ出さず、いつも前を向いてきた彼を。
多分、否、きっとこれからも、彼を支えていくのだろう。明日那はそう予感した。
「さ、そろそろ次の患者さんの所へ……」
まだまだ患者はいる。小休止を挟んでから、彼は次の病室へ赴こうとした
――――PiPiPi PiPiPi PiPiPi PiPiPi PiPiPi
瞬間、彼が首にかけている聴診器のような装置『ゲームスコープ』から、断続的に電子音が鳴り響いた。その瞬間、永夢は先ほどまでの穏やかな表情から一変、驚愕し、ゲームスコープを手に取る。
「緊急通報……!」
言って、彼は明日那へと目を向けた。
当の明日那は、永夢をしっかり見て頷く。「ここは任せて」という意思を永夢は汲み取り、同じく頷いて返した。長い間、ずっと互いを信じあってきたからこそできるアイコンタクトである。
「よし、行ってきます!」
言って、明日那にカルテを預け、緊急通報があった場所まで彼はひた走る。
場所は、病院から走ってすぐ近くの公園だ。病院から飛び出してからしばらく走ると、通報があった場所に辿り着いた。
そこでは、子供たちが和気藹々と遊ぶ、平和な光景が広がっている……はずだった。
シェフのような服装の、しかし奇怪な形をしたオレンジ色の頭部という、およそ人間とは思えない者たちが、鍋やお玉、泡だて器といった調理器具を手に持ち、人々を襲っている。家族連れや散歩に来ていた人たちは皆、悲鳴を上げながら化け物から逃げまどっていた。
永夢は、化け物のことを知っている。それはかつて、幾度となく彼の前に現れた存在。
「バグスターウィルス……!」
ゲームから生まれ、人類を恐怖に陥れた、脅威のコンピュータウィルス。それが実体化し、人々に害を為そうと暴れ回っている。
しかし、永夢は慌てない。何せ、彼にとってこれが初めての遭遇ではないのだから。
「数はそこまで多くないな……よし」
ましてや、目の前にいる連中は、今の永夢にとって取るに足らない、所謂雑魚敵でしかなかった。
「行くよ……“パラド”」
小さく呟き、彼は左手にある物を手に取り、持ち上げた。
蛍光グリーンの本体と、蛍光ピンクの大きなレバーが付けられた、左側には何かを差し込む穴がある装置。永夢にとっては馴染みのある、彼にとって最大の武器。
バグスターに対抗するため、人類が生みだした英知の結晶とも言うべきそれ……『ゲーマドライバー』を、永夢はガシャリと音をたてながら腰に当てる。すると、側面部からベルトが射出、彼の腰にフィットするように自動で巻かれた。
そして、今度は懐から取り出し、右手に持った物。グリップが付けられたピンク色の掌サイズの機械に、カード状の透明な基板が付けられた、見た目はゲームソフトのカセット、名称“ガシャット”と呼ばれる物を顔の横に掲げた。そして、親指でガシャットのスイッチ部分に触れる。
手慣れた仕草で行われた、一連の動作。それもそのはずだった。
「さぁ……」
かつて、バグスターによって人々が感染症、『ゲーム病』を発症した際、“手術”のために駆け回った、数人のドクターたち。
死のサバイバルゲームが世間で行われた際、それを止めるために、ボロボロになってでも戦い抜いた彼らのうちの一人。
「ゲームスタートだ」
その戦いの立役者である彼は、躊躇いなくガシャットのスイッチを押した。
≪MIGHTY ACTION X!!≫
彼の名は、宝生永夢。人々の運命を変えるため、そして笑顔にするため、多くの困難を乗り越えてきた若きドクター。またの名を、
「ノーコンティニューで、クリアしてやるぜ!!」
ゲームの力で戦う戦士(ヒーロー)、仮面ライダーエグゼイド。
~ 第1話 迷い込んだdoctor! ~
聖都大学附属病院の地下にある電脳救命センター、通称CR。仮面ライダーに変身するドクターたちにとって、時にゲーム病で苦しむ患者を搬送して一時的に隔離して治療するためにミーティングを行ったり、時に憩いの場として集まる場所である。限られた人間以外には知られていない、極秘部署となっている。
かつて起きたバグスターのパンデミック『ゼロデイ』を切っ掛けに、政府の衛生省による命で、病院と大手ゲーム会社『幻夢コーポレーション』が協力して立ち上げた部署。最初は驚き戸惑っていた永夢も、仮面ライダーとして活動していくうちに、やがてもう一つの居場所として認識していた。
「ただいま戻りましたー……」
そうして、先ほどまでバグスターウィルスと戦い、勝利してきた永夢は、疲労した様子でCRの入り口を潜る。さすがにゲームモチーフとして現れるバグスターと違い、所謂戦闘員のような存在相手に苦戦することはなかったが、やはり戦うことは大変な労力がかかる。それも診察を終えてすぐだったため、休憩もなかった。重い足取りで、永夢はCRのテーブルまで歩き、椅子に座り込んだ。
「おっかえりー永夢!」
そんな彼を出迎えたのは、明日那……ではなく、ピンクのボブカットヘアーをした、派手でコミカルな服を纏った女性だった。顔立ちこそ明日那そのものであったが、性格が全く違う。落ち着いた出来るナースという印象が明日那であるならば、目の前の彼女は天真爛漫な少女のような性格をしているように見える。
だが、永夢はそんな彼女を前にしても狼狽えることなく、寧ろ旧知の仲のように軽く笑った。
「ただいま、ポッピー。ごめんね、後を任せちゃって」
「いいよいいよ! 永夢は永夢にできることをしてくれたらいいんだから! 私は永夢の相棒でもあるんだから! ね?」
ポッピーと呼ばれた女性は、朗らかに笑った。永夢も出会った当初こそ、本来の彼女のキャラには戸惑ったものだが、今はすっかり慣れてこうしてよき友として接している。
ポッピーこと、本名ポッピーピポパポは、仮野明日那と同一人物であり、バグスターでもある。普段勤務している間は基本明日那として過ごし、CRでは本来のポッピーの姿で過ごしている。基本敵として相対しているバグスターではあるが、彼女のように善良で人々のために働くバグスターも存在していた。
『おいおい、何言ってんだよポッピー』
そんなポッピーを否定するような声が聞こえ、突如として永夢の体から青と赤が入り混じった粒子が飛び出してきたかと思うと、
「永夢の相棒は、この俺だぞ?」
永夢の隣で人の姿を形作り、黒いコートと派手めのズボンを履いた青年が姿を現した。
「えー? でも永夢の戦いをサポートしてきたのは私だよ、パラド?」
「それを言うなら、俺は永夢が子供の時からずっと一緒だったんだぞ? つまり俺の方が相棒歴は長い。つまり永夢の相棒は俺だ」
「何それー!? そんなの横暴だよ、おうぼー!」
ポッピーと言い争う青年ことパラド。目の前で子供のような口喧嘩を繰り広げる二人を、永夢は微笑ましそうに見守る。
パラドの言う、子供の時から一緒というのは、何も二人は幼馴染というような間柄という訳ではない。幼い頃に永夢はバグスターに感染し、ゲーム病を患ってしまった。それも、世界で初めてのバグスターウィルス感染者ということを、最近になって知った。
そのバグスターこそが、パラド。仮面ライダーとして戦い始めた時は、互いに敵同士として死闘を繰り広げ、ある日を境に二人は和解……もとい、これまで遊び感覚で罪なき人々を消滅させてきた贖罪から、パラドは永夢と共に仮面ライダーとして今日まで背中を預け合う戦友となっていた。
あの頃の殺伐とした関係が嘘のようだと、永夢はぼんやりと考える。頬杖を着き、いまだギャーギャー言い合う二人を見ていた。が、ふと思い出したことがあり、永夢は立ち上がった。
「そうだ、ポッピー。黎斗さんは?」
「え? 黎斗? 黎斗ならいつもの場所に」
ポッピーが永夢にそう答えた時、
『檀! 黎斗! 神だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
そんなエキセントリックな絶叫が、部屋の片隅から轟いた。周囲が医療関係の器具やPCといった作業用の道具が設置されている中、その空間にはぬいぐるみや風船といったファンシーな物の囲まれているゲームの筐体が置かれており、誰の目から見ても場違いにも程があった。筐体の画面上部には『ドレミファビート』の文字が踊っており、ポッピーの本来の居場所でもある。
その画面の向こうのさらに紫に光る檻の向こう、殺風景な部屋にPCのみが置かれているテーブルの前で、不遜な態度を隠そうともしないまま椅子に座っている、黒い服を着た成人男性が一人。
『宝生永夢ぅ! 何度も言わせるなぁ! 私のことは、檀! 黎斗! 神と呼べと言っているだろぉ!!』
そう叫ぶ画面の向こう男、檀黎斗が憤慨しているのに対し、永夢は
「あ、はい。すみませんでした黎斗神さん」
ものすごい無表情で返した。どことなくうんざりしている感じにも見えなくもない。
永夢としても、彼の才能は認めている。何せ、彼の力である仮面ライダーエグゼイドに変身するためのゲーマドライバーとガシャットは、彼が開発した物なのだから。元は『幻夢コーポレーション』の社長だった彼は、ゲームクリエイターとしての才能がずば抜けており、有名なゲームを数多く世の中に輩出している実績もある。永夢も、彼の作ったゲームのファンでもある。
だが、以前の彼とは敵対関係にあった。それとも言うのも究極のゲームを作るためのデータ収集という名目で、一時期はバグスターと協力関係にあり、幾度となく彼とは敵対してきた。結局、一度彼はその報いを受けるかのように消滅した……したのだが、永夢の窮地を救うためにと、ポッピーの手により元人間のバグスターとして復活。永夢たちも色々思うところもあったにせよ、紆余曲折あって現在は贖罪という名目で協力関係にある。
と言っても、人間だった頃に色々やらかしたせいもあり、衛生省の許可なく動き回ることはできず、CRの監視の下、こうしてバグスターの特性を利用してデータ化させて筐体に閉じ込めているのだが……。
『何だその態度はぁぁぁぁ! 神に対する態度じゃないだろぉぉぉぉ!』
とても贖罪をするような人間の態度とは思えず、檻の向こうから画面に歪んだ顔を押し付けて来るかのようにどアップで迫る様は、小さな子供だと一発で泣くことは確定だろう。見ようによっては滑稽にも見えるのだが、すっかり慣れてしまったCRの面々には、面倒くさい以外の何物でもない。たまに筐体から出て何らかの騒ぎを起こすたびに、ポッピーの手によって強制収容、もとい折檻を受けるのだが、毎度反省する気もないらしい。
「もう、黎斗うるさいよ!」
「相変わらずうるさい奴だな……」
バグスター二名からもうるさい認定される自称神。実際うるさいのだから、誰も否定はしない。
「そんなことよりも黎斗さん」
『檀! 黎斗! 神だ!!』
「ハイパームテキガシャットのことなんですけど」
「永夢、強引に進めたね……」
有無を言わせず要件を話す強かな一面を見せる永夢に、ポッピーは少し引きつった笑みを浮かべた。
「以前言われていたムテキガシャットの調整、お願いします」
言って、永夢は懐からガシャットを取り出す。それは金色に輝く角ばった見た目をしている上に星の形を象った基板という、見た目からして特殊なガシャット。通常のガシャットと形状の違うそれに書かれているのは、金色に輝くキャラと『HYPER MUTEKI』の文字。永夢にとって、かつての強敵を幾度となく撃ち破ってきた最終兵器でもあるそれは、黎斗が才能の集大成を言わしめる代物だった。それだけに永夢が言わんとしていることを察した黎斗は、一旦怒りを鎮めた。
『ああ、そうだったな。ポッピーに渡してくれ。後は私がなんとかする』
「調整って……ガシャットの調子が悪いの?」
「いや、以前から黎斗さんからガシャットのメンテナンスがしたいから預けるように言われてたんだ。僕としても、ガシャットがいざという時に使えなくなっても困るからね」
『私の才能の集大成であるガシャットが壊れるなど、到底認められんからな。私からの恵みに感謝するがいい』
「……なぁ、大丈夫なのか永夢? そいつに大事なガシャット預けて」
「一応、他のガシャットもメンテナンスしてもらった後だけど、今のところ問題はないから大丈夫だよ……多分」
これまでの彼の悪行から手術(バグスターウィルスと戦うこと)に支障が出るような細工を施される可能性も考えたが、黎斗にメリットがないため、一応永夢は信じていた。飽く迄も一応だが。
『特にハイパームテキは時間がかかるからな。私の才能をいかんなく発揮して開発したガシャットだ。高性能な分、他のガシャットよりも後回しにして調整に専念しなければいけない』
「そういうことだから、ポッピー」
「……まぁ、永夢がそこまで言うなら」
永夢はムテキガシャットをポッピーに手渡す。ポッピーとしても、黎斗に任せるのに不安がある。何か怪しいことをしでかさないように、しっかり見張っておくことを密かに決めた。
「なぁそれよりも永夢! バグスターも倒したことだし、次の仕事始まるまでにゲームでもしようぜ!」
椅子の背もたれに顎を乗せる形で座り、無邪気な子供のように永夢を遊びに誘うパラド。この性格は敵対していた時から、というよりも、永夢の子供の時からずっと変わっていない。
しかし、永夢は申し訳なさそうに頭を掻いた。
「あぁ……ごめん、パラド。今日はゲーム機持ってきてないんだ」
「えぇぇ!? 何だよそれ~!」
ゲーム好きであるはずの永夢が、ゲームを忘れる。そのことにひどく落胆し、先ほどのハイテンションから一転、ガクリと力なく両腕が垂れる。
普段は患者である子供たちとの交流にも使うゲームを肌身離さず持ってきている永夢だったが、今日は朝から珍しく寝坊しかけ、結果としてゲーム機を家に置いてきてしまっていた。それに気付いた時の落胆は、パラドのようにガクリと項垂れてしまった程だった。
「ちぇ、せっかく対戦しようと思ったのに……」
「ごめんってパラド」
不貞腐れるパラドに、両手を合わせて謝罪する永夢。それでもパラドの機嫌は治らない。どうするべきかと考えていた時、話を聞いていたポッピーが掌を叩いた。
「あ、そうだ永夢! スマートフォンのアプリゲームはどう?」
ポッピーが提案したものは、携帯端末でゲームをダウンロードするという方法。普段は携帯ゲーム機を持ってきている永夢だったが、過去に『ハテサテパズル』というパズルゲームアプリをダウンロードしていた。以来、今でも幾つかアプリゲームをやっている。その話を聞いて落ち込んでいたパラドも顔を上げる。
「それ、いいな! 新しいゲームも見つかるかもしれないし!」
「アプリゲームかぁ……」
最近は目ぼしいアプリゲームも見つからず、すでにダウンロードしているゲームもほぼ攻略してしまい、マイティアクションXといった幻夢コーポレーション製のゲームを中心にやってきたが、今なら何か最新作のゲームがアプリストアにあるかもしれない。漠然とそう思った永夢は、ポケットからスマートフォンを取り出した。
『フン、アプリゲームか……まぁ、どこの誰が作ろうが、私が開発したゲームに比べれば塵にも等しいがな!』
「も~! 水差さないでよ黎斗!」
「そうだよ、白けること言うなよな!」
アプリゲームは馴染みがないポッピーとパラドが、筐体の中でドヤ顔する黎斗に文句を言う。その間、永夢はスマートフォンのダウンロードストアにアクセスし、ゲームの一覧を開いた。
「おぉ、新しいのがいっぱいある」
有料ゲームだけでなく、課金しない限り無料ゲームまで無数に存在しているアプリゲーム。前に見た時よりも数が増えていることに喜色の面を浮かべながら、指で画面をスライドさせていき、幾つかのアプリゲームに目を通していった。
「アクション、RPG、パズル、カード、アドベンチャー……やっぱり一口にアプリといっても色々あるなぁ」
「どれも面白そうだなぁ! 全部ダウンロードしちゃおうぜ!」
「いやいや、それだと容量オーバーになっちゃうよ」
永夢の両肩越しから画面を見るパラドとポッピー。両肩にかかる負担を気にしつつも、永夢はゲームを探し続けた。
「……ん?」
ふと、スライドをする指が止まる。幾つもあるうちの一つに、永夢は注目した。
アプリのアイコンは、何の変哲もない、閉じられた一冊の本が描かれているだけ。他のゲームのアイコンのように、主役のキャラクターが描かれている訳でもないそのゲームのダウンロードページを開いてみる。
カテゴリは、RPG。基本無料のゲームだが、詳細までは書かれていない。他のゲームにあるはずの世界観の説明や、どういった内容のゲームなのかがわからない。
しかし、ゲームのタイトルはちゃんと書かれていた。
「……『グリムノーツ』?」
そう大きく、ゲームタイトルが書かれていた。グリムというと、あの有名なグリム童話のグリムのことなのだろうか? 永夢は首を傾げた。
「なんだ? そのゲーム?」
「変わったアイコンだねー」
パラドとポッピーも、そのゲームに関心を向けた。ただ、他のゲームと色々違うという点で、何か得体の知れなさを覚える。それは永夢も同様だった。
しかし、彼の中にある好奇心が、それを上回った。
「……これ、ダウンロードしてみるか」
「ええ!? RPGみたいだけど、よくわかんないゲームだよ!?」
「いいじゃないか、たまにはそういうゲームも。心が躍るなぁ!」
「パラドまで……」
永夢とパラドは一心同体でもある。その感覚は通じている部分もあり、未知なるゲームに対して興味を覚えたというのも一緒だった。ポッピーは反対したが、二対一ではどうしようもない。黎斗? 筐体の中で意気揚々と、もといハイテンションでPCのキーボードを叩いている自称神のことは当てにはしていない。
そうこうしているうちに、永夢はゲームのダウンロードボタンを押す。しばらく待つと、ゲームがダウンロードされた旨が通知で来た。
「よし、ダウンロード成功だ!」
「いいねぇ! 早速やってみようぜ!」
スマートフォンのホーム画面に戻ると、今しがたダウンロードしたゲームのアイコンが新たに追加されていた。
「よし、それじゃぁ」
永夢は人差し指で、
「ゲームスタートだ!」
ゲームのアイコン……グリムノーツを押した。
その瞬間だった。
「え」
永夢には、何が起こったのかわからなかった。突然、タップした指先が白く発光したかと思うと、永夢の目の前が真っ白に染まっていく。
「永夢!?」
すぐ横にいたパラドが、肩を掴んで引っ張る感触があった。しかし、その甲斐もなく、永夢の意識は徐々に薄れていき……。
「永夢!? パラド!?」
ポッピーも手を伸ばして叫ぶが、時すでに遅し。永夢と、永夢の体を掴んでいたパラドは、一際大きく輝いたかと思うと、次の瞬間には姿を消していた。
カツンと、永夢が持っていたスマートフォンが床に落ち、硬質のある音が虚しい音をたてる。ポッピーはただ、その光景を見ることしかできなかった。
「……え、永夢と、パラドが、消えちゃっ……た」
それも目の前で、前触れも何もなく唐突に。誰が見ても異常事態としか思えない現象だった。
「……ピ」
そんな大事件を目の前にして、彼女の頭は、
「ピピピピピプペポパニックだよぉぉぉぉ!?」
容量をオーバーしたことで、CR中に彼女の叫び声が響き渡ることとなった。
そして、気付かなかった。
永夢のスマートフォンの画面に浮かぶ、一冊の本。その本が、パラパラと音をたてて捲れていく様を。
―――――――
――――
―――
『――――! 早く仕――終わ―――!』
霧のように朧気な光景。遠くで鳴く小鳥の囀りのような声。聞き取ろうにも声は小さく、途切れに途切れ、全てを聞けず。
『――――! 私――舞――へ―――ら!』
霞む光景の中、僅かに見えたのは三角頭巾をかぶった青い髪の少女を怒鳴る女性。深い皺を化粧という仮面で誤魔化すも、その醜さは隠しきれず。彼女の後ろで笑う二人の少女も、また同じく。
『何――!? 何で―――――!?』
広い広間。煌びやかな服を身に纏った人々が集まる中心で、手と手を取って踊る一組の男女。一人は長身の、高貴な雰囲気を纏う男性。もう一人は、見覚えのある青い髪を煌めかせ、美しいドレスによって一輪の花の可憐さを彷彿とさせる少女。そしてそれを人々の中から恨めし気に見ている、少女を怒鳴っていた女性と笑っていた二人の少女。
『お――!? ―――!?』
『―――――! 許―――――!! ――――――い!!! こんな――認め―――!!』
女性が吼える。化粧が剥がれ落ち、醜い素顔が露わになる。壁際に追い詰められ、怯える少女の前に立ち、迫るその姿。
その手に持っていた冷たく光るナイフが、少女目掛けて振り下ろされ―――――
「……ん」
妙な夢を見た気がする。そう思いながら、永夢は目を覚ました。目に飛び込んで来たのは、板張りがされた天井。見慣れない天井に違和感を覚えながら、永夢は上体を起こした。
「……あれぇ? 今、何時だろ……」
時計が見つからず、いまだ半分夢の中な永夢は周りを見回す。本棚にテーブル、ペンとインク壺が置かれた机。これらもまた見慣れない物ばかり。しかし、テーブルの上には畳まれた状態の彼の愛用の白衣とゲームスコープ、そして目立つ色のゲーマドライバーと各種ガシャットと、見慣れた物が置かれていた。
そこまで見て回って、はて、どうして自分は寝ていたのだろうかと、永夢は考えた。
先ほどまで、CRにいたはずだった。しかし、スマートフォンでゲームを起動しようとした瞬間、白い光が視界を覆って……。
「……え?」
寝ぼけていた頭が一瞬で冴え渡った。
そんな永夢の耳に、ガチャリという音が入った。音がした方へ顔を向けると、僅かに開かれた扉から、こちらを覗き込むように見つめる二人分の視線。
ドアノブよりも下の方で、髪の短い利発そうな少年と、反対に髪の長い大人しそうな印象を受ける少女が、永夢を見つめていた。
「……き、君たちは……?」
永夢は思わず声を掛けた。しかし、二人から反応は返ってこず、少年からは警戒のこもった視線を、少女からは怯えを含んだ視線を感じた。
どうしようか途方に暮れる永夢。しかし、そんな彼に救いの手が差し伸べられた。
「これこれ、お前たち何をしているんだい?」
しわがれた声が聞こえ、同時に扉が開かれる。中に入って来たのは、長い白髪の老婆だった。
「おぉ、これは。目を覚ましたようだねぇ」
永夢の姿を見て、顔を綻ばせる老婆。その老婆の背後に隠れるかのように、少年と少女がじっと永夢を見つめていた。
「え、えっと、すいません。僕は、一体……」
お礼を言う以前に、現在の状況がさっぱりわからない。見れば、三人とも身なりが現代日本の物とは違う、どこか中世的な……ゲームで言うところの『タドルクエスト』の登場人物たちのような服装をしていた。そう思いながら永夢は老婆に、動揺しながら聞いた。
「アンタはな、家の入り口の前で倒れておったんじゃ。ワシがそれを見つけてな、こうして家の中に運び込んだんだよ」
なるほど、どうしてここで寝ているのかはわかった。ただ肝心の、『どうやってCRからここに来たのか』がさっぱりわからなかった。
「変わった格好しているのを見る分、アンタ旅の人のようじゃが……しかしまぁ、随分と間が悪い時に来なさったなぁ」
「え?」
旅の人、という言葉を否定しようとしたが、間が悪い時に来た、とはどういう意味か。その言葉の意味を察せず、思わず素っ頓狂な声が出た。
「この街は今、誰も彼もが王様の圧政に苦しんでおる。一旅人でしかないアンタにゃ、暮らしにくい場所だよ、ここは」
「いや、あの……僕は」
よくわからないワードが幾つも出てきて、混乱する永夢。そんな彼に気付かず、老婆は彼に問うてきた。
「ところでアンタ、名は何というんじゃ?」
「え? ほ、宝生永夢、です……」
「ホージョーエム? 随分変わった名前なんじゃな。そこに置いてあるアンタの私物しかり、他所の国じゃそういうのが主流なのかの?」
「……え、えっと、お婆さん、その」
「まぁ、アンタ見たところ悪い人間にも見えんし、しばらくここにおればいいじゃろう。なぁに、気にするこたぁない。事情も聞かんよ。世の中助け合いだよ」
ホッホッホと笑いながら出て行った老婆に、永夢はただ茫然と見送るしかできなかった。その後を追いかけるようにして出て行った少年は、去り際にムスっとしながら永夢を睨みつけ、少女もチラリと怯えた目で永夢を見てから扉を閉めて出て行ってしまった。
本人を置いて話がトントン拍子で進んでしまったことで、状況をすぐに理解できずに永夢はしばらくベッドの上から動けなかった。せめてこちらの事情を聞くなり、あの少年のように怪しむべきではないのかと、色々思うところはあった。しかし、それよりも今は……。
「……ここは」
ベッドの横から見える窓の外。そこに広がっているのは、本でしか見たことのない、石造りの町並み。
「一体……」
これこそ、まさしく前述した『タドルクエスト』の町並みそのもので……。
「一体どこぉぉぉぉぉっっっ!?」
どう見ても日本とは違う景色と、自らが置かれた訳のわからないこの状況に、両頬に手を当てて絶叫する永夢の声が、異国の街に轟き渡った。
衝動書きがこうなるとは……。
あ、「このキャラこんなんか?」といったコメントもあればお願いします。