仮面ライダーエグゼイド ~M in Maerchen World~   作:コッコリリン

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第2話 空白のtravellers!

 どんな人間にだって、運命がある。

 

 善人も、悪人も。

 

 町で暮らす町人も、城で暮らす貴族も。

 

 世界から英雄と認められた者も、気高きプリンセスも。

 

 その運命は全て、ある存在によって一冊の本によって定められ、その通りに生きていく。

 

 希望も、絶望も、全てがその筋書き通りに書かれている。

 

 そして人は、その書の通りに生き、泣いて、笑って、怒って、死んでいく。

 

 想区を作った運命の管理者『ストーリーテラー』が綴りし『運命の書』

 

 ストーリーテラーが作り出した、物語の世界、想区。

 

 想区に住まう人々は運命の書の、与えられた筋書き通りに生きていく。

 

 それが、当たり前の世界。

 

 されど、筋書きが書かれていない、真っ白なページの運命の書を持つ者たちもいる。

 

 『空白の書』

 

 役割を持たず、運命に縛られず、ただ自らの運命を選択できる書を持つ者たち。

 

 数多ある想区を渡り、彼らは歩き続ける。

 

 自らに降りかかる絶望を、希望へ変えるために。

 

 苦しい思いや、悲しい出来事にぶつかっていきながらも。

 

『再編の魔女』一行は、ただひたすらに、足掻き続ける。

 

 

 

 

 

~ 第2話 空白のTravellers! ~

 

 

 

 

 

『物語とは、作者が描けば完成ではない。それだけではなんの意味もなさない。誰にも読まれない物語など、白紙のページと何も変わらないのだからな』

 

『書き手が紡ぎ、読み手が受け止め、読み終えたその瞬間、初めて完成する』

 

『君は“もみの木”の最後に憤った。“人魚姫”の最後に悲しんだ。“マッチ売りの少女”の境遇を見過ごせなかった……』

 

『その思いだ……その思いを呼び起こすことが、僕が物語を紡ぐ理由だ!』

 

『真の救いなど、人には与えられないのかもしれない。神様くらいしか、人を救えないのかもしれない。だがどんな運命の中でも、人は、輝きを尊いと信じ生き通せる……!』

 

『それを証すことが、僕の、おほしさまなのだ……』

 

『レヴォル……君は僕の、理想の読者だ。憤りのあまり、作者を怒鳴りつけ、殴りかかろうとするなど……ははっ』

 

『作者冥利に尽きる話だ』

 

 

 

『レヴォルー! エレナー! 生きろ! そして――――』

 

 

 

「――ル? レヴォル!」

 

「え……あ」

 

 周囲が白一色の霧に覆われた、視界がゼロという空間の中。ブロンドの髪を逆立てた身なりのいい少年の思考を、声が現実へと引き戻した。

 

 レヴォルと呼ばれた少年に声をかけたのは、革紐で通した大きな本を肩に下げた、通した黒くて長い髪を白いヘアバンドで纏めている少女。まだあどけなさが残る少女は、クリッとした丸い瞳に少年を映し、心配そうに見つめる。

 

「大丈夫? ボーッとしてたけど」

 

「あ、あぁ。すまないエレナ。少し、考え事をしてた」

 

 そう言って、眉間を指で抑えながらレヴォルは何てことのないように言った。しかし、そんな彼をいまだ見つめる少女、エレナは、ぽつりと呟いた。

 

「……ハンスのこと?」

 

「っ……」

 

「やっぱり……」

 

 図星のあまり、一瞬だけ肩がビクリと震えるレヴォルに、自身の考えていたことが当たっていたことを確信するエレナ。答えに詰まったものの、気を取り直し、エレナに向き直った。

 

「彼は……アンデルセンは、僕たちに『生きろ』と言ったんだ。だから、立ち止まっていられないことは、わかっている」

 

 レヴォルは、“彼”がレヴォルに向けて語った己の信念を思い返していた。

 

 幾つもの悲しい物語を生み出し、それに憤っていた己自身。しかし、そんなレヴォルのような人間が、“彼”にとって理想の読者だと言っていた。

 

 レヴォルの生まれ育った想区、『人魚姫の想区』は、まさしく“彼”が紡ぎ出した悲恋の物語。そして、その町で出会い、寒空の中で出会った『マッチ売りの少女』もまた、“彼”の物語。

 

 悲劇を哀しみ、慈しむ心を育む物語を作ることを信条としてきた“彼”……ハンス・クリスチャン・アンデルセン。

 

 アンデルセン童話の作者にして、物語を紡ぎし者、所謂想区の元となる物語を作り上げる『創造主』であった彼は、以前訪れた『アンデルセン童話の想区』にて、忌まわしき敵と相対し、レヴォルたちを逃がし……結果、自身を混沌の源とみなし、想区から消えた。

 

 比喩なしに、文字通り……『再編の魔女』エレナの物語を作り直す力、『再編』によって。

 

 彼には言いたいことが山ほどあった。ひどい言葉を投げかけた。彼の信念に気付かなかった……悔いは、多い。

 

 それでも、彼は決死の覚悟で戦い、レヴォルたちを逃がした。『生きろ』という言葉を遺して。

 

「でも……」

 

「だから大丈夫だ。僕はなんともない」

 

 なおも言い募るエレナに、レヴォルは安心させようと微笑みかける。いつもなら、優しい彼の笑顔に安堵を覚えるのだが、いつもの笑顔よりも力が無いように感じた。

 

「さぁ、もう行こう。早く“沈黙の霧”から出ないと」

 

 エレナに背を向け、歩き出すレヴォル。今いる場所、“沈黙の霧”による視界0の空間は、彼らにとって居心地がいい場所ではない。それはエレナにもわかってはいる。

 

 わかってはいるのだが。

 

「……レヴォル」

 

 それでも、無理をしているようにしか見えないレヴォルに、エレナは居た堪れない気持ちになる。アンデルセンのことを気にしているのは、エレナも同じ。しかし、彼の描いた悲劇に激昂していたレヴォルにとって、彼に対する負い目が心の内にまだ残っているのが、今のレヴォルの枷になっているのは目に見えていた。

 

「やっぱ、前の想区のこと気にしてんのか? 王子サマは」

 

 エレナの背後から声がかけられ、エレナは振り返る。緑の髪と力のない目つきが特徴の青年と、彼の隣に立つ大柄の青髪の、顔立ちの整った男性がそこにいた。

 

「ティム……パーンさん」

 

「無理もないな。彼のような優しい性格の人間にとって、あのような別れ方は悔いが残るだろう」

 

 男性、パーンが穏やかな口調でレヴォルの背中を見る。

 

 フォルテム学院と呼ばれる学術機関に身を置く彼ら、とりわけ教師という若者を見守り、育てる立場であるパーン。故に、その人のことをよく見ている彼にも、レヴォルが抱えている重石がどれほどのものか、想像に難くなかった。

 

「……レヴォル、やっぱりハンスに言ってきたことを後悔してるみたい」

 

 エレナが思い返すのは、彼がアンデルセンに言ってきた言葉。時には彼の人格すらも否定していた。

 

 気付いた時にはもう遅い。謝ることも禄にできないまま、彼は消えた。アンデルセンは彼のことを『理想の読者』と呼び、喜んでいた。アンデルセンにとっては、それで十分なのだろうが……。

 

「ま、こればっかりはな。王子サマもそのうち乗り越えていくだろうよ」

 

 パーンと同じく、レヴォルの背中を見るティムは素っ気なくそう言った。口調からして、どうてもいいと思われても仕方がない。しかし、エレナはティムのその言葉の真意をわかっていた。

 

「……」

 

「……なんだよ、おチビ」

 

「ううん、ティムなりにレヴォルを見守っていくつもりなんだよね?」

 

「んなこと一言も言ってねぇだろうが」

 

「はは」

 

「先生まで笑わないでくれよ……」

 

 半ばキレ気味に返す彼だったが、それが彼の照れ隠しであることは、仲間内の共通認識でもあった。誤解されがちだが、根は面倒見のいい兄貴分でもある。

 

「でも……うん、そうだよね」

 

 エレナたちにできることは少ない。ならば、ティムの言う通り、レヴォルがアンデルセンのことを吹っ切れるのを待つしかない。

 

「なに、彼は決して弱い人間なんかじゃない。大丈夫さ」

 

 エレナを元気づけるため、パーンは彼女の肩に手を置く。そんなパーンの励ましの言葉に、エレナは大きく頷いた。

 

 

 

「アリシア、感知計の様子は?」

 

 エレナたちがそんな会話をしているとは露知らず、レヴォルは前に立つ眼鏡をかけたオレンジの髪の女性に声をかける。

 

「う~ん、この反応だと……うん、もうすぐ霧を抜けられそうね」

 

 女性ことアリシアはそう語る。彼女もまた、フォルテム学院に所属している生徒であり、ティムと同じ学生。そんな彼女が手にしている機械、感知計はある存在を感知し、その方角を指し示す。レヴォルたちが目指すのは、その先だった。

 

「毎度同じことを言いますが、くれぐれも気を付けなさい。次の想区も前と同じく、いきなりとんでもない環境に放り出されることもありえますから」

 

 アリシアの隣、そう注意を促すのは、レヴォルより一回り身長の低い、一見すると15歳程に見える長い黒髪を一本に束ねた、髪同様黒い和装の少女。しかしその見た目とは裏腹に、妙に貫禄があるようにも感じる。

 

「はい……わかっています」

 

「……レヴォルくん」

 

「はい?」

 

 答えるレヴォルに、少女は彼の名を呼んだ。

 

「……あまり、考え込まないことです」

 

「え」

 

 それだけ言って、少女は背を向けた。そしてレヴォルよりも先を歩く。

 

「……シェインさん?」

 

 レヴォルは、シェインと呼ぶ少女の背中を見つめる。一瞬、何を言っているのかわからなかったが、すぐに理解をする。しかし、今の彼には、その一言だけで揺れ動くことはどうしてもできない。

 

「私からも、言っておくわ。みんなも心配してるんだから」

 

「……」

 

 そんなレヴォルに、アリシアも言いにくそうではあるが、言葉をかける。仲間なのだから、頼ってくれてもいい。言外にそう伝えた。

 

「……すまない」

 

 レヴォルはただ、そう一言だけ呟くのだった。

 

 

 

 想区と想区を隔てるように広がる、沈黙の霧。普通の人間ならば歩くどころか、入るだけでも危険地帯でもあるそこを、一行は歩き続ける。

 

「あ、見て! 霧が晴れてく!」

 

 やがてしばらくすると、エレナの言う通り、徐々に霧によって白に染まっていた視界に色が付き始めていく。

 

 やがて、霧を抜けると、彼らは建物に囲まれた、人通りのない路地裏のような場所に出た。彼ら全員がそこへ出ると、幻影のように霧は宙へ霧散していく。

 

「あぁ、やっと抜けれたぁ!」

 

 エレナは体を伸ばし、解放感を噛み締める。いつまでも景色の変わらない霧の中は、やはりいつ歩いても気分のいいものではない。想区を渡り歩くのに通らなければいけないというのは百も承知ではあるが。

 

「ここは……町の中か」

 

「前回みたく、いきなり雪原に放り出される、なんてことにならなくてよかったぜ」

 

 パーンが周りを見回して呟き、ティムは前回の想区での体験を思い出してホッとした。少し肌寒いが、あの時の凍える寒さに比べれば、天地の差である。

 

「とりあえず、ここから抜けましょうか」

 

 シェインに促され、一行は路地裏から出る。そして、改めて町の景色を目の当たりにした。

 

「おぉぉぉぉ! 広いねぇ!」

 

「ああ。それなりに栄えている場所のようだ」

 

 目を輝かせるエレナに、レヴォルも町を見て顔を僅かに綻ばせる。レンガ造りの家々が立ち並び、人々が行き交う光景。前回は異変によって、多くの人々が氷漬けになっているという悲劇の最中だったが、ここは違うようで、内心ホッとしていた。

 

 が、その顔も、すぐに陰る。

 

「しかし……町の人たちの顔が暗いような気がする」

 

 前を横切る人々の顔を見て、レヴォルは一人ごちる。一人どころかほとんどの人間が、顔に影を落とし、俯き加減で歩いている。店らしき建物から呼び込みの声がするものの、どこか覇気が感じられなかった。

 

「……町の状況はあまりよくないようね」

 

 隣でそれを見ていたアリシアも、この町が住みやすいとは到底思えない程、町の人たちから活気という物が失われていることがわかった。

 

ふと、手元にある感知計を見てみる。

 

「反応は……うーん、薄いわね。今は情報を集めるしかないわ」

 

「……毎度思うけど、たまには楽には行かしてくれないもんかね」

 

「ボヤいても仕方ないでしょう、ティム坊や。それに人生なんて、そんな甘いもんじゃありません」

 

「わぁってるよ姐さん……」

 

 面倒臭いという気持ちがありありと出ているティムに、シェインが説教じみた言葉を放つ。そんな小言をティムは僅かに顔を顰めながら聞き入れた。

 

「ふむ……話を聞くなら、やはり店を切り盛りしている人間に聞くのがいいだろうね」

 

 闇雲に町人に話を聞いて回るよりも、買い物客と多くの情報を交換している可能性のある店員から聞いた方が効率がいい。そう考えたパーンはそう口にする。

 

「そうですね。空腹を満たすついでに、話を伺いに行きますか」

 

「キャッホー!」

 

「エレナ、あまりはしゃがないで……」

 

 シェインがパーンの提案に乗った直後、諸手を挙げて喜ぶ歩き続けで空腹のエレナ。そしてそんな彼女を窘めるレヴォル。一行にとっては相変わらずのやり取りだったが、町の人は誰も気に留めない。せいぜい、「なんだこいつら」といった風な視線を向けるだけだった。

 

 さて、ではどこで聞き込みをしようかと、一行は店を探す。いち早く見つけたのはエレナだった。

 

「あ、パン屋さんがあるよ! あそこでいいんじゃない?」

 

 指さした先には、広場の片隅にある、店内に幾つものパンが並んだ小さなパン屋。今は客はいない様子だが、他に目ぼしい店もないし、一行に異議がある者はいなかった。

 

「そうだな、あそこでいいと思う」

 

 レヴォルが同意するやいなや、目を輝かせてタタタと駆け出すエレナ。見た目も相まって、完全に童女のそれだった。

 

「くーださーいなー!」

 

 ドアベルを鳴らしながら店内に入り、無邪気な大声を上げて店員を呼ぶエレナ。その声に、すぐに応答がきた。

 

「あ、いらっしゃいませ!」

 

 店の中で作業をしていたのは、黒い髪をした青年だった。客として訪れたエレナに対し、エプロン姿の彼は笑顔で頭を下げて歓迎した。活気のない町の中にあるパン屋の店員にしては、優しそうな面持ちな上に、威勢がよかった。

 

「うわぁ、おいしそう!」

 

「はい! この店のパンはどれもおいしいですよ!」

 

 棚に陳列されたパンは、確かにどれも温かみを感じられた。小麦の香ばしい香りが、エレナの鼻孔をくすぐる。そんなエレナを、青年は微笑ましそうに見ながら笑顔で言った。

 

「エレナ、あんまり店の中ではしゃがないでくれ……すまない、店の中を騒がしくしてしまって」

 

 遅れてレヴォルが入店し、静かだった店内が騒がしくなったのを察し、その元凶を叱りつつ店員に謝罪した。

 

「いえ、全然気にしていませんよ。妹さんですか?」

 

「あぁ、いや、そういうのじゃなくて……」

 

「これお願いしまーす!」

 

「ちょ、エレナ……」

 

 仲間と返答しようとしたが、並べられた幾つかのパンを見繕ったエレナによって遮られた。この空間は完全にエレナのペースだった。

 

「はい、ちょっと待っててくださいね」

 

 青年はそれに気分を害した様子もなく、笑顔を崩さずに指定されたパンを紙袋に詰めていく。愛想もよく、穏やかな性格の青年に、レヴォルは内心ホッとしていた。

 

「本当にすまない……あぁ、それと、重ねて申し訳ないんだけど、聞きたいことがあって」

 

 ここまで騒がしくしておいてあれだが、ここに来たのは買い物のためだけではないことを忘れていない。レヴォルはエレナが青年に代金を支払っているのを確認してから、声をかけた。

 

「はい、なんでしょうか?」

 

 紙袋をエレナに渡して、青年はレヴォルへ向き直った。

 

「実は僕たちは先ほどこの町に来たばかりで、この町のことをよく知らないんだ。何か知っていることがあれば、教えていただけないだろうか?」

 

 この町の惨状について、何か一つでも情報が手に入ればと考えていたレヴォル。しかし、そんな彼の意に反し、青年は困ったような、申し訳なさそうに頬を掻く。

 

「えぇっと……すみません、僕もよくわからないんです」

 

「え?」

 

「もぐもぐ……あれぇ? でもこのお店の店員さんだよね?」

 

「ちょ、エレナちゃん店の中で食べるのはちょっと……」

 

「そうだね……さすがに行儀悪いな」

 

 アリシアたちも店内に入り、紙袋から柔らかいパンを一つ取り出して頬張るエレナに、レヴォルが窘めるより先にアリシアとパーンが注意した。そんな中、青年は続ける。

 

「実は僕も昨日ここに来たばかりで……途方に暮れてたところをこの店の人に拾っていただいて、恩返しに店の手伝いをしているんです。ですからこの町のことに関しては、ちょっと……」

 

「そうだったのか……」

 

「力になれず、本当にすみません」

 

「あ、いや、いいんだ。昨日来たばかりなんだから、知らなくてもしょうがない。僕こそ唐突に質問してすまなかった」

 

 彼の事情はわからないが、少なくとも力になれないことに対して謝罪する彼を責める気などレヴォルたちには無かった。

 

「……」

 

「ん? どうした、ババァ」

 

 ふと、そんな青年の顔をじっと見つめるシェインにティムが気付く。ただ、その表情はどこか訝しんでいるようで、若干眉間に皺が寄っていた。

 

「……少し、私からもお尋ねしてもいいですか?」

 

「え? あ、はい。いいですよ」

 

 相も変わらず穏やかな笑顔を向ける青年。しかし、シェインの表情は変わらず。

 

「あなたは……」

 

 そして胸に抱いた疑問を問おうと口を開いた時、店の奥にある扉が音をたてて開いた。

 

「アンタ、ちょいといいかい?」

 

 店の奥から、三角頭巾をかぶった老婆が顔を覗かせ、青年を呼ぶ。

 

「はい! どうかしました?」

 

「アンタ、子供たちを見なかったかい? 二人揃って遊びに出て行ったんだけど……」

 

「いえ、見てないですけど……まだ帰ってきていないんですか?」

 

「そうなんだよ、帰ってくるように言っていた時間をとっくに過ぎてるっていうのに。何かあったのかねぇ……今こんな状況だし、心配だよ」

 

 そう言って、物憂げにため息をついた。

 

「……じゃあ、僕が見てきます! きっとそんな遠くには行ってないはずです」

 

 そんな老婆を見ていられなかったのか、青年はエプロンを脱いで笑顔で言った。

 

「ええ? そりゃ、ありがたいけれど……いいのかい?」

 

「大丈夫です、すぐ戻って来るんで!」

 

 エプロンを脱いで畳んでから、ふとシェインの方を向いた。

 

「あ、そうだ。さっき僕に何か……」

 

「……いえ、大した用事ではありません。それより、子供たちを探しに行くんでしょう? 早く行ってあげてください」

 

 そう青年に行って、シェインは一歩下がる。先ほどまで見せていた怪訝な顔は消え、いつもの済ました顔に戻っていた。

 

「すいません、ありがとうございます!」

 

 言って、青年は畳んだエプロンを手に店の奥へ。一分も経たないうちに、白い上着? のような服を羽織って出てきた。

 

「じゃあお婆さん、行ってきます!」

 

「ああ、気を付けて行くんだよ?」

 

「はい!」

 

 一歩、店から出て足を踏み出した。

 

 が、その足が宙に浮く。

 

「って、うわぁ!?」

 

 ドベシャン! そんな音と共に、青年が石畳の地面に顔から突っ込む形で倒れ込んだ。

 

「だ、大丈夫お兄さん!?」

 

「すごい音がしたぞ!?」

 

「うわぁ……今、顔から行ったなぁオイ……」

 

 何もないところで躓いてこけた青年を、店から出たエレナとレヴォルが助け起こした。その横でティムがあまりにも綺麗なフォームでずっこけたのを目の当たりにし、顔をしかめながら呟く。

 

「ら、らいじょうぶれす……ありがとうございまひゅ」

 

「いや声からして大丈夫じゃないでしょ!?」

 

「いえ、割とあるんで、こういうの……慣れました」

 

「慣れるほど!?」

 

 鼻を抑えながら起き上がる青年に、アリシアが思わずツッコんだ。そもそも何もないところで躓くとはどういうことか。ドジのレベルが高すぎる。

 

「ほ、ホント大丈夫なんで。じゃあ、行ってきます!」

 

 今度こそ青年は駆けだす。鼻を抑えながら。

 

「あ……行っちゃった」

 

 町の中へ消えていく青年を、一行は見送る。優しい性根の持ち主のようだが、人が困っていたらすぐに駆け出すという熱い性格の持ち主でもあるようで、それでいてドジな部分もある。何とも不思議ではあるが、好感の持てる青年だった。

 

「……僕たちも手伝った方がよかったか?」

 

 ふと、レヴォルはそう呟く。肝心なところでドジをやらかしたのを見ると、少し不安にもなる。しかし、それはシェインによって否定された。

 

「私たちは私たちのやるべきことがあるんです。迷子探しは、彼に任せておきましょう」

 

「……ところでシェイン。君は彼に何を聞こうとしていたんだ?」

 

 パーンが尋ねると、シェインは腕を組んで考え込む。少し唸ると、青年が去って行った方角を見つめた。

 

「いえ、まぁ、ホントに些細なことかもしれませんが……彼の服装が気になって」

 

「服装、ですか?」

 

 シェインの疑問に、レヴォルが意味を問う。

 

「ええ。この町の人間をざっと見てみましたが、服装はこれまで訪れた想区と大差がありませんでした。しかし、彼の場合は服装が他の人と違います」

 

「……えっと、どゆこと?」

 

 シェインの説明に、エレナが首を傾げ、頭に疑問符を浮かべる。

 

「つまり、この想区の住人にしては彼は浮いた存在であるということです」

 

「それって、別におかしくねぇんじゃねぇの? ここが『挟界(はざかい)の想区』って可能性も否定できねぇだろ」

 

 ティムが連想したのは、過去に何度か訪れた、いくつもの物語が組み合わさったことで生まれた想区。そのために様々な文化や思想が入り混じり、トラブルに発展していったこともしばしばあった……その度に何度も“女神”もといトラブルメーカーから呼び出しを受けて解決してきたが、今回は割愛。

 

 ともあれ、確かに彼の服装は少し派手めのシャツに赤いズボン、そして純白の上着という出で立ちは目立つものの、特に不思議には思わなかった。

 

「まぁ、確かにそうなんですが……長いこと生きてきて、ああいう服を目にしたことはないんですよね……」

 

 特に、あの白い清潔感のある衣のような服。この町に来たばかりだと言っていたが、それでもあの服はどうもこの町に……寧ろ、この想区にそぐわないようにしか見えない。

 

 考えすぎか……訳あって伊達に長い時を生きてきただけではないが、それと共に何事も考えすぎるようになってきているかもしれない。

 

「まぁ、最初あの兄ちゃんに姐さんが声かけた時、もしかしてナンパか? とも思ったけどな」

 

「……それ、本気(マジ)で言ってます?」

 

「さすがにそういう類の冗談はいただけないな、ティム」

 

「わ、わりぃ、冗談だから……」

 

 おどけてからかうティムに、僅かばかりの怒気を込めて半目で睨むシェインと小言を言うパーン。それにあっさりと尻込みするティムに、レヴォルたちは苦笑せざるを得なかった。

 

「もし、お客さん?」

 

「あ、はい?」

 

 と、そんな彼らに声をかける人物が一人。振り返れば、パン屋で青年に子供たちを訪ねた、店の主らしき老婆が立っていた。

 

「アンタらも、この町に、もといこの国に来たばかりなのかい?」

 

「ええ、そうです。それで何か、この町に関することを聞いて回ろうとしていました」

 

 老婆の質問に、レヴォルが応対する。しかし、そんな彼に老婆は気の毒そうな視線を向けた。

 

「そうかい……あの子と同じく、アンタらも間が悪い時に来たねぇ」

 

「え?」

 

「間が悪い……とは、どういう意味でしょう?」

 

 パーンも話に入り、老婆に問う。老婆は、周りを見回して、まるで細心の注意を払うようにしつつ、一行に顔を近づけ小声で話し出した。

 

「最近なんだけどね……この国の王が、どうも様子がおかしくなってしまったんだよ」

 

「王が?」

 

 レヴォルが聞くと、老婆は頷いた。

 

「ああ、以前はとても心の優しい方だったはずなんだけど、急に重い税金や、王の悪口を言うと問答無用で投獄されるようになってしまったんだよ。そのせいで、この町は今やかつての活気は無くなってしまったのさ。私の古い知り合いも、何人か連行されちまった」

 

「そんな……」

 

 この町が暗い原因が国民の上に立つ存在であるということに、同じ王族出身であるレヴォルにとっては許容できない話だった。かつて訪れた想区でも、そういった上の立場の人間によって無辜(むこ)の民が苦しむ光景を目にしてはきた。しかし、だからといって慣れるはずもなく、憤りを覚える。

 

「王がそのような暴挙に出られた原因に、何か心当たりはありますか?」

 

「いんや、それがさっぱりさ。私たちも最初は信じられなかったけど、どう足掻いたって現実であることには変わりゃしなかったよ」

 

 パーンが聞くも、老婆は悲し気に首を振った。王妃が善政を敷いていた時期を覚えている身としては、これほどつらいことはないのだろう。

 

「けど、一番辛いのは……」

 

「え?」

 

「あぁ、いや、何でもないよ」

 

 何かを言いかけた老婆の言葉がレヴォルの耳に入るも、本人は手を振って誤魔化した。あまり深入りされたくない話なのかもしれない。そう思い、それ以上聞くことはしなかった。

 

「……お嬢、もしかすると」

 

「ええ……まだ確証はないけど」

 

 ティムが言わんとしていることがわかり、アリシアは頷く。一行が想区に訪れる切欠でもあり、倒すべき相手。それは、放っておけばこの想区そのものが、比喩表現なしに消滅してしまう可能性を秘めた、危険な存在。

 

「その王が、『カオステラー』である可能性が高いわね」

 

 ストーリーテラーが異常をきたし、自らの運命を否定した者に憑りついた、エレナたち再編の魔女の敵、カオステラー。それは想区を混沌に陥れ、想区に生きる全ての存在を消し去る。

 

 今の段階ではまだ憶測でしかない。しかし、老婆の話す内容からすれば、件の王が最有力候補だ。

 

「けど、やはり情報が足りませんね」

 

「ですね……せめてここがどういった想区なのか知っておきたいな」

 

 顎に手を添えるシェインに、レヴォルも同調する。カオステラーと断定するには、もっと情報を集めなければいけない。カオステラーを探すための感知計が反応していた以上、ここにカオステラーがいるのは確定している。そもそも、ここがどういった想区なのかすらも把握していない。今後この想区を動き回る以上、それらの情報を集めて対策を練る必要があった。

 

「ねぇ、お婆ちゃん。その王様の名前はなんていうの?」

 

 エレナは、この想区の活気がない原因が王ならば、物語の中心も恐らくその王かもしれないと当たりをつけ、老婆に尋ねた。

 

「王の名前かい? 王の名前は……」

 

 質問に答えようと、老婆がその名を口にしようとした。しかし、その言葉は途中で遮られる。

 

「……なんだか騒がしくなってきたわね?」

 

 一行の耳に、悲鳴混じりの声が聞こえてくる。アリシアが口にし、騒動の方へ目を向けた。

 

 アリシアたちだけでなく、広場にいる人たちも騒ぎの原因に訝し気に目を向ける。やがて、一気に視線を集め、注目の的となっている人間が叫ぶ。

 

「大変だー! 化け物が、また化け物が出てきたぞー!」

 

 化け物。そのワードに反応するのは様々だった。驚愕する者、恐怖に怯える者。中には悲鳴を上げ、建物へ逃げ込む人々もいた。

 

 しかし、違う反応をする者たちもいる。再編の魔女一行である彼らは、化け物と聞いてある姿が脳裏に浮かんだ。

 

それは人間ではなく、ましてや動物といった生き物でもない。

 

 黄色く光る妖しい目をした、子供ほどの体格をした五体の黒い化け物。鋭利な爪で獲物を切り裂かんと振りかざすそいつらを、レヴォルたちは知っている。

 

「まさか……『ヴィラン』!?」

 

 カオステラーの下僕にして、想区に混沌を撒き散らす存在。幾度となくレヴォルたちの前に立ち塞がってきた、人々に害なす化け物たち。

 

 早い話が、“敵”だった。

 

 




グリムノーツは世界観が深いゲームです。なので結構長いことプレイしていても、なかなか世界観を把握するのが大変です。

無論、設定を間違えないように書いていますが、何か間違っていたら申し訳ありません。

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