仮面ライダーエグゼイド ~M in Maerchen World~   作:コッコリリン

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最終話です。最早まえがきでは何も言いますまい。

ではどうぞです。


最終話 笑顔のConnect!

 クロノスが倒されたことにより、役目を終えたように先ほどまでいた闘技場の空間がピクセル状に霧散していき、気が付けばエグゼイドたちは元の玉座の間に戻っていた。ゲームエリア内を覆っていた淀んだ空気はさっぱり消え、あれだけいたB-ヴィランも消失しており、あの激闘がまるで嘘のよう。

 

≪ガッシューン≫

 

 エグゼイドがマキシマムマイティXとハイパームテキをゲーマドライバーから抜くと、その身が一瞬だけ金色に輝き、そしてスーツが粒子となって消え、元の永夢の姿に戻る。その隣に、永夢の中に入っていたパラドも具現化されて並び立った。

 

 レヴォルもまた、空白の書から栞を抜くと、コネクトが解除されてアンデルセンの姿から元のレヴォルへと戻った。

 

「……あ」

 

 抜いた栞から、青い光の粒子が浮き出てきて、宙へ舞い上がっていく。同時、レヴォルの栞の中に宿っていたヒーローの魂が消えていく気配を感じた。

 

 やがて光が完全に消えると、栞からも魂が……アンデルセンの気配が、最初からいなかったかのように消え失せていた。

 

「アンデルセン……」

 

 自らのプライドを、物語を守れたことで、役目を終えたと判断したのか。レヴォルは天を仰ぎ、天へと召されたかのように消えたアンデルセンへ思いを馳せる。

 

「……ありがとう」

 

 共に戦ってくれたこと、その戦いに勝てたこと……運命を守れたこと。それら全てに対する念を、彼に送るように一言、ただそう呟いた。

 

「レヴォルー!!」

 

 と、彼の背中に衝撃が走る。「うわっ!?」と小さく悲鳴を上げたレヴォルは、咄嗟に踏ん張って前に倒れ込むのをなんとか防いだ。

 

「やった! やったね! 私たち勝ったよ!」

 

「ちょ、エレナ、やめ、傷が、いたたたた」

 

「エレナちゃんちょっと待って! レヴォル君怪我してるんだから!」

 

「まぁ、気持ちはわかるけどな」

 

 レヴォルに抱き着いて大はしゃぎするエレナに、先の戦いで傷だらけのレヴォルは痛みに顔を顰めて呻き、永夢が慌てて止めようとし、隣でパラドが心底愉快だとばかりに笑う。

 

「おーいおチビー。んなことしてたら王子サマぶっ倒れるぞー」

 

「エレナちゃんほどほどにねー」

 

「いや二人も見てないで!?」

 

 コネクトを解除したティムとアリシアがエレナを窘める……風に言っているが、その顔はニヤついており、とても止める気が無いのがわかる。思わず永夢は抗議した。

 

「ったく。怪我人に無茶させてんじゃねぇよ」

 

「こんなところで患者を増やすのはノーサンキューだ」

 

「まぁまぁ、あれだけ苦戦したんです。喜びも一入なんでしょう」

 

「大丈夫だ。さすがに危なくなったら止めるから」

 

 同様、元の姿へ戻った大我と飛彩が呆れ、シェインとパーンが微笑ましそうにその光景を見る。彼らもまた、厳しい戦いに勝利したことで、内心安堵していたため、エレナのはしゃぎようもわかる。

 

「ご、ごめんレヴォル」

 

「いや、いいさ。大したことないから」

 

 はしゃぐエレナを永夢がようやく落ち着かせた頃には、レヴォルは先ほどよりもちょっとダメージが入ってフラフラになりつつもぎこちなく笑う。

 

「おーい永夢ー。はしゃぐのもう終わったかー?」

 

「いやはしゃいでませんよ貴利矢さん!」

 

 そんな中、貴利矢がヘラヘラ笑いながら永夢を呼ぶ。こっちは何気に必死だったというのに、そんなことを言われたらさすがの永夢もツッコまざるをえない。

 

 しかし、貴利矢は表情を崩さない。より一層、楽しそうに笑っている。

 

「んなことよりも、ほら」

 

 言って、貴利矢は自身の後ろを親指で指す。一瞬、何を言っているのかわからなかった永夢は、指の先を見やる。

 

 そこで、貴利矢が何を言わんとしているのか把握した。

 

「エムさん……」

 

 その先にいたのは、シンデレラだった。キュベリエが横に付き添う形で立つ彼女の顔色は、血色もよく、どこから見ても健康そのものだった。

 

「エラちゃん!」

 

 永夢は思わず駆け寄る。この場にいる中で誰よりも彼女の身を案じ、彼女を救うために尽力してきた。こうして再会できたことに、永夢の顔が綻んだ。

 

「よかった……怪我はないみたいだね」

 

「はい……けど、エムさんが……私のせいで、そんな怪我を……」

 

 対し、シンデレラは僅かに顔を曇らせる。永夢の姿は、白衣も煤だらけでボロボロな上、顔や手といった肌が見える箇所が怪我だらけ。どう見ても無事というには程遠い姿をしていた。それは永夢だけでなく、レヴォルたちも同様だった。

 

 意識が混濁していた彼女には、戦いの激しさはほとんどわからない。しかしそれでも、朧げな記憶の中で永夢が、彼らが必死になって戦っていたのだけは知っている。この世界のため、そして自らのために傷ついてしまった彼に、シンデレラ申し訳なく思い、罪悪感に駆られる。

 

 謝ろうと、口を開きかけたシンデレラ。が、永夢がそれを遮る。

 

「エラちゃん、僕たちがこんなになったのは君のせいなんかじゃない。謝る必要なんてないんだ」

 

「けど……」

 

 尚も言い募ろうとするシンデレラ。そんな彼女に、永夢はただニコリと。いつも見せてくれる安らぎを与える笑顔をシンデレラに向けた。

 

「君の笑顔を取り戻すためだったから。こんなの平気だよ」

 

「っ……」

 

 たった、本心から来るその言葉だけでシンデレラは沈黙してしまう。

 

 そして思う。ずるい、と。そんなことを言われてしまえば、彼に対して何も言えなくなってしまう。なのに不思議と嫌悪はない、暖かい気持ちに支配されてしまう。湧き上がる感情を、抑えきれなくなりそうになってしまう。

 

 その感情を抑え、再び口を開く。謝罪をしようという考えは消え、その代わりに現れたのは、

 

「……ありがとう、ございます……エムさん……!」

 

 ただ、自身のために必死になって戦ってくれた、彼に対する感謝だった。

 

「おいおーい、ちょっとちょっと~? お熱いんじゃないの~お二人さ~ん?」

 

「ですよねですよね! 熱いですよね! しかもエムさんのあれが口説き文句じゃなくって本心から言ってるってこっちもわかる程なんですからもうすごいの一言ですよね!」

 

「……っていうか、俺らも戦ってたんだがな……」

 

「さすがは天才ゲーマー……そういったゲームもすでに攻略済みだったかぁ……!」

 

「ちょ、お前どっから湧いてきたんだよこのゾンビ野郎!?」

 

「檀! 黎斗! 神だぁぁぁぁっ!!」

 

「あの、私すぐ隣にいるんですけど……え、ずっと空気じゃないですかこれ」

 

 永夢とシンデレラのやりとりを少し離れた位置で聞いていた貴利矢とアリシアが囃し立て、ついでに黎斗とティムがコントのようなものを繰り広げた。ついでにキュベリエが二人の間に立っていながら寂しそうに呟く。

 

そんな何とも浮かれている空気の中で、

 

「う……ぐ、ぉ……」

 

「むぅっ、その声は……!?」

 

 ドサリと、何かが倒れる音が響く。いち早くパーンが気付き、音の方へ振り向いた。

 

 音の主は、クロノスの変身が解除された檀正宗。スーツはボロボロになり、身体中傷だらけ。もはや立っていることすらままならないという程のダメージをその身に負った正宗は、呻きつつも尚立とうとする。

 

「檀正宗……」

 

 怯える表情を見せたシンデレラを庇うように立つ永夢。最早戦うことは不可能と見られるまでになった宿敵のその姿は、どこか哀れに映る。

 

「……お前の負けだ。もう諦めろ」

 

「これがあなたのおしまいだよ!」

 

 レヴォルが正宗に向けて言う。エレナもまた、大勢の人間を苦しめた正宗に、その暴虐の終わりを告げる。

 

 しばし、二人の言葉を聞いて無言となる正宗。

 

「……フフフフ……クハハハハハ……!」

 

 やがて、彼の口から飛び出してきたのは、ボロボロになって尚も狂気を滲ませた笑い声。その身体に鞭打ち、無理矢理立ち上がった正宗は、

 

「君たちは……大きな間違いを犯した……」

 

 笑い声と同様、どこまでも深い闇を滲ませた笑顔を浮かべる。どこか哀れみすら含まれたその笑みは、レヴォルと永夢へと向けられていた。

 

「私が示した運命ではなく……先のない悲劇の運命を選んだ……!」

 

 わかりきった悲劇を止めることなく、ただ流れに身を任せて運命を辿っていくこの世界。正宗はそれがどれだけ愚かなことであるかを、永夢たちに語る。

 

「愚かな君たちには……最早、ゲームオーバーの未来しか訪れない……ッ!!」

 

 笑う。嗤う。未来のない運命を歩む彼らを。どんな悲劇も受け入れるとのたまう彼らを、嘲り笑う……そんな彼の身体から、粒子が散っていくかのように浮かび上がっていく。

 

 それに伴い、正宗の身体が消えていく。火に炙られた紙のように、端々から穴が開いていくかのように、消えていく。

 

 訪れようとしている死を前にして、正宗は笑い続ける。

 

「やがて後悔するだろう……その運命を選んだことを……」

 

 そして、正宗は大きく腕を広げ、

 

 

 

「私の作る運命こそ……絶対だ……」

 

≪GAME OVER≫

 

 

 

 その身を、完全に粒子となって消滅させていった。

 

 

 

「……」

 

 消えた正宗が立っていた場所を見つめ続ける永夢。永夢たちの世界の正宗の人格データを元にして作られた、もう一人の正宗。別人とも言うべき存在ではあったが、記憶を共有し、同じ思考を持っていた。その彼が、消滅した……実質、二度目の死を、正宗は迎えた。

 

 永夢はやるせない思いを抱く。残酷で、倫理などない、狂った人間ではあった。しかし、ドクターとして、彼の死を防ぎたかったというのが本音でもあった……彼を倒さない限り、この世界は仮面ライダークロニクルに染められてしまっていたが故に、それは不可能なのもわかっていた。

 

「……運命に絶対なんて、ない」

 

 沈黙の中、口を開いたのはレヴォル。強い意思を宿した目をして、レヴォルは言う。

 

「そして後悔もない。僕たちは、僕たちの運命を歩むだけだ……その先に何を見出すかは、僕たち次第なんだ」

 

 運命を歩むという意味を、レヴォルは以前に訪れた想区で知り、学んだ。

 

 それを糧に、人々は今日も先へ進んでいく。

 

 

「……これで、本当に終わったの?」

 

 エレナが、不安気に呟く。レヴォルはそれに頷いて返した。

 

「今度こそ……終わったと、思う」

 

 正宗という諸悪の根源が消えた。カオステラーもいない。それが意味することは、この事件は解決したということに他ならない。

 

 正宗の死をもってして、悪夢は終わった……レヴォルはそう確信している。

 

「……これで、ゲーム病に苦しんでた人たちも、ルイーサも元に戻ったんだよな?」

 

「ああ。ゲムデウスウィルスに感染していた患者なら、確実に治っているだろう。俺が保証する」

 

 ティムに向けて頷く飛彩。専門家である人間からのお墨付きほど、安堵するものはない……ティムは改めてそう思い、肩の力が抜けていくのを感じた。

 

「そうか……それが聞けただけでも、安心だな」

 

「ええ。よかったですね、ティム坊や」

 

「ホントよかったわ! これでめでたしめでたしってとこね!」

 

 彼の姉貴分であるシェインにも安堵の笑みが浮かぶ。アリシアも手放しで喜びを表し、うんうんと頷く。

 

 が、それに待ったをかける者がいた。

 

「いや……まだやるべきことが残ってるだろ」

 

 大我が呆れながら言う。横で飛彩も眉間に眉を寄せていた。

 

「ああ。俺たちがどうやって元の世界に帰ればいいのかという問題がな」

 

「あ」

 

 全部解決したと思っていたところ、アリシアは失念していたと小さな声を上げる。考えてみればCRのドクターたちは、この世界の人間ではない。カオステラーとクロノスを倒したとしても、彼らが帰れなければ意味がなかった。

 

「フッフッフッフッフ……それなら」

 

「ああ、それなら大丈夫っしょ」

 

 待ってました! とばかりに笑う黎斗……を、遮って貴利矢が何てことのないように言う。

 

「永夢が持ってるグリムノーツってガシャットあるっしょ? それ使えばいいんだよ」

 

「え……これ、ですか?」

 

 言われ、永夢は懐からガシャットを取り出す。何の変哲もないガシャットであるこれをどう使えばいいというのだろうか。永夢は疑問符を浮かべた。

 

「そ。神が説明したように、それは世界と世界を強制的に繋げる力を持ってる。自分らがここに来れたのも、そのガシャットの機能ってわけ」

 

 で、ここから本題、と貴利矢は一区切り入れる。

 

「実は自分たちの世界にももう一つ、同じガシャットがあんだけど、あっちのガシャットとこっちのガシャットが連動すると、世界に穴を空けれる。その穴を通って帰ればいいってわけよ」

 

「……えーっと」

 

「なるほど、ようはそのガシャットは命綱というわけか」

 

 貴利矢の説明に、エレナがきょとんとする。その横で飛彩がわかりやすく補足を入れてやると「ああ、なるほどぉ!」と掌をポンと叩いた。

 

「んでもってさらに重要なことがあんだけど、その穴を通るには爆発的な力が必要なんだよな」

 

「爆発的な力?」

 

 どういうことだろうと、永夢が聞く。と、今度は貴利矢の横で「はい!」と挙手する者が現れた。

 

「そこから先は私が説明します!」

 

「キュベリエ?」

 

 何故、この世界の女神である彼女が……レヴォルの疑問を余所に、キュベリエはこほんと咳払いを一つしてから口を開く。

 

「その爆発的な力というのは、世界、つまり想区一つに影響を及ぼすような力のことなんです。それで、その力を行使できる人というのが……」

 

 言って、キュベリエはチラと、その人物を見る。視線の先にいた人物……エレナは「へ?」と声を上げる……が、すぐに合点がいったとばかりに顔を綻ばせた。

 

「そっか、私の『再編』の力!」

 

「そういうことです! そこのエムさんがガシャットを起動してからエレナさんの再編を発動させれば、皆さん元の世界に帰ることができるんです!」

 

 エレナの想区を作り替える力、『再編』……それとガシャットの力。二つの力、つまりエネルギーを使えば、永夢たちは元の世界へ戻れるかもしれない……そうキュベリエが締めくくった。

 

「なるほど……確かに再編ならば可能かもしれません」

 

 パーンが顎に手を添えながら言う。再編には謎がまだ多いが、世界を作り替える程となると途方もない力が発動される。それを利用しての方法ならば可能というのも、確かに不思議ではない。

 

「でも……大丈夫なんですか? それ」

 

 が、一人不安気なシェインが聞く。何せ、再編の力はいまだ未知な部分が多い。それを利用しての方法が、果たしてうまくいくのかどうか……その心配はシェインだけではない。この場にいる誰もがそう思っているだろう。

 

 それでも、貴利矢は言う。ニカッと笑いながら。

 

「なぁに、大丈夫だろ。何せ、神の頭脳なんだからな」

 

 ここに来るまで様々な確執はあったが、ガシャットの開発者である黎斗の才能を貴利矢は信じている。それゆえの発言だった。

 

 

 

「…………おい」

 

「あ?」

 

 

 

 と、そんな中で、

 

 

 

「私の説明を遮って……なに勝手に説明してるんだああああああああああああああっ!!」

 

 

 

 開発者である神の頭脳の持ち主、檀黎斗の咆哮が轟いた。

 

「うひゃぁっ!?」

 

 すぐ近くにいたエレナは驚いて飛び上がり、思わずレヴォルもエレナを庇う形になった。その顔はエレナ同様、驚愕で強張っていたが。

 

 

「九条貴利矢ぁぁぁぁぁぁぁ! ガシャットの説明は私がしようとしていただろぉ!! 何をさも自分が作ったとばかりに説明してるんだぁぁぁぁぁっ!!」

 

「いや~だってお前の説明回りくどいし途中で絶対自慢入るじゃん。手っ取り早く説明した方がいいっしょ?」

 

「えぇいうるさいっ! 神の説明を遮るなど言語道断! そしてその流れでちゃっかり説明するなキュベリエえええええええええええ!!」

 

「ひゃうっ!? で、でもだってほら、再編とかの説明とかは女神である私がした方が」

 

「私の前で神を名乗るなぁあああああああああああ!!」

 

「ひぃぃっ! ごめんなさいごめんなさぁぁぁい!!」

 

 顔面崩壊という言葉をそのまま表したような顔で叫びまくる黎斗と慣れた感じにヘラヘラする貴利矢、そして黎斗に矛先を向けられて涙目で謝り倒すキュベリエ。何とも言えない光景に、永夢たちは思わず後退る。

 

「あ~……ちょっと気になってたんだけど、もしかして今までキュベリエちゃんが『すーぱー女神ぱわー』って言わなかったのって……」

 

「……そういう、ことだろうな。きっと」

 

 駆け付けた時と回復してくれた時に、いつも使っている力の名称が変わっていたことに気が付いていたエレナは、その原因がわかって顔が引きつる。レヴォルも、永夢も、そして周りの仲間たちも同様の表情をしていた。

 

「ちょっとちょっと神、女の子泣かせちゃまずいっしょ~。ポッピーに怒られっぞ?」

 

「黙れぇぇぇぇぇぇぇっ!! そもそもお前たちが神である私に対する態度を改めぉぉぉぉぉぉぉ!! ブアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

「えい」

 

「あふん」

 

 パタリ。いつの間にか黎斗の背後に回り込んでいたシェインが黎斗の腰辺りをプスっと親指で思い切り突くと、黎斗が変な声を上げて身体を垂直にしたまま倒れた。そのまま浜に打ち上げられた魚の如く痙攣して動かなくなる。

 

「黎斗さん!?」

 

「ご安心を、普通に動けなくしただけです。あんまりうるさかったもんなんで、思わずツボ、押しちゃいました。すみません」

 

 さすがに驚く永夢に、しれっと悪びれなく言うシェインの黎斗を見る目は、どこまでも冷めていた。

 

「うわぁ、シェインさん容赦ない……あ、いや、これはしょうがないわよね……うん」

 

「だな……あれ、口開くのも億劫になるほど痛ぇからなぁ……」

 

 アリシアとティムも黎斗の奇行に顔を顰めていたため、シェインのやり方を内心称賛した。特にティムに至っては、過去に何度も受けて来たためにその苦痛は理解できるため、黎斗に同情した。

 

 気を取り直したシェインは、改めて周りを見やった。

 

「まぁ、これでしばらくは静かに話を進めて」

 

 

 

「ブアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

 

「「っ!?」」

 

 が、突然足元から轟く絶叫もとい奇声に、さすがのシェインも驚愕して飛び退いた。

 

「おのれぇぇぇぇぇぇ!! 神である私に対して何をするかぁぁぁぁぁぁぁ!! 治せぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!! 今すぐこの痺れを治せぇぇぇぇぇぇぇぇ!! ブエェアアアアアアアアアアア!! ンブアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 相変わらず顔を歪めながら絶叫、そして動けない四肢に代わって身体をグネングネンさせながら悶える姿は、まるで真っ黒い芋虫。見るに堪えないというのはこのことかという光景そのものだった。

 

 とりあえず、この光景を前にした一行は、

 

「レ……レヴォル……私、この人怖い……」

 

「エレナ、それは失礼……いや、すまない。僕も同感だ」

 

「あ、あのツボ押されてあんな動けんのかよ……逆に尊敬するわ」

 

「…………」

 

「ああ! あの善人で有名なパーン先生の顔が思いっきり引きつってる!? でもすっごい気持ちわかります!!」

 

「これは……予想外ですねぇ……ある意味この人ヴィラン以上です」

 

 全員が全員、ドン引きしていた。

 

「……キリヤさん……私、一瞬だけ女神であることやめたくなっちゃいました」

 

「いや大丈夫だよ~女神ちゃん? 女神ちゃんはちゃーんと女神やれてるからさ。あんな神はあいつしかいないからさ。な?」

 

「……何だか、ごめんね?」

 

「あ、いえ……もう慣れました。アハハ……ハ」

 

「いや、アンタ笑えてねぇぞ? ホントに大丈夫かよ」

 

 キュベリエの目からまた光が消えかけ、貴利矢が焦ってフォローする。何となく、彼女が一番黎斗に振り回されたんだろうなと感付いた永夢は、やるせない気持ちになって思わずキュベリエに頭を下げて謝罪した。力無く笑うキュベリエに思わずパラドも同情する。

 

「……今更だけどよ。ホントにこいつに頼らねえと帰れねぇのかよ」

 

「言うな。恐らく俺たちだけじゃない、この場にいる誰もがそう思っている」

 

 大我と飛彩も、この光景を可能な限り視界から外して不安を口にした。無理もなかった。

 

 

 

「……けど、これで帰ることができるんだな、エム」

 

 とにもかくにも、元の世界へ帰る手段が確保できたことがわかった。黎斗の絶叫が響く中、レヴォルは永夢へ向けて笑う。

 

「うん……そう、みたいだ」

 

 対し、永夢も笑う。しかし二人とも、その笑顔はどこか寂し気だった。その理由は、お互いにもうわかっている。

 

 永夢が元の世界へ帰るということ……それ即ち、今生の別れとなる可能性が非常に高いということだった。

 

 正宗が復活するために作り上げられたゲームとレヴォルたちの世界が融合して作られたこの世界。永夢たちが住まう世界とこの世界は実質、正宗のゲームによって繋がっていたようなものだ。その正宗が消え、やがて正宗のゲームも消滅するだろう。

 

 つまり、二つの世界の繋がりが無くなる……行き来することすらできなくなる。

 

 無論、そんなことわかりきっていたことだ。世界が違う以上、本来ならば出会うことのなかった運命にあった彼ら。そんな彼らが離れるということは、元の運命に戻るだけの話だ。

 

 だが、それでも。この世界で共に戦い、語り合い、そして笑い合った……そんなありきたりなことが、もうできなくなる。

 

 それは、嫌が応にも別れを惜しみたくもなる。

 

「……短い間だったけれど、何だか随分長い時間一緒に戦ってきた気がするな、僕たち」

 

「あはは、そうだね。僕も同じ気持ちだよ」

 

 笑い合うレヴォルと永夢。出会ってから、そこまで日数は経っていない。しかしながら、仲間たちと背中を預け合い、傷つきながらも想区のために、人々の運命にために立ち上がり続けてきた……最早、彼らは戦友と言ってもおかしくなかった。

 

「……でも、僕たちには僕たちの戦いがある。君たちが旅を続けていくように……僕も、患者のために戦わなきゃいけない」

 

 永夢はドクターだ。ドクターは患者のために、病魔と戦い続けるという使命がある。それを投げ出すことなど、永夢にはできない。

 

「ああ……そうだな」

 

 だからこそ、ここで別れなければいけない。永夢たちとレヴォルたちが進む道が違う以上、その別れが永遠のものになることを覚悟の上で。

 

「何だか、寂しくなっちゃうね……もっとエムさんたちと色々お話したかったなぁ」

 

「そうね……ここまで来れたのも、エムさんとパラドさんのおかげだしね」

 

 エレナもアリシアも、これが別れと知ると寂しげな顔を見せる。短い間でも、共に戦ってきた仲間との別れは、彼女たちにとっても辛いものがあった。

 

「人生には出会いもあれば、その別れもある……我々には我々の目的があるし、エム君にはエム君の戦いがある。ならば、僕たちはそれを応援する意味も込めて、ちゃんと送り出そう」

 

「ええ……それが、一番です」

 

 そんな二人の肩を、パーンは優しく叩く。長い時の中を生きて来た二人だからこそ、出会いの喜びも、別れの悲しさも知っている。だからこそ、永夢を引き留めることはしなかった。

 

「あ~……お医者さん……」

 

 そしてティムはと言うと、目を逸らし、頬を掻きながら言い淀む。言葉を探しているようで、しばらく唸るように悩んでいたが、やがて永夢と向き直った。

 

 かつて、妹をゲーム病に感染させた正宗に対する怒りで、碌に動かない身体を引きずってでも敵を迎え撃とうとした時、永夢に諭される形で思い留まるように言われた事を思い出す。あの時、自分にとって何ができるか……どうすべきかを、気付かせてくれた。

 

 その時のことも含め、ティムは言う。

 

「……色々と、ありがとな」

 

 そう、一言。その一言に、皮肉屋で素直になれない彼の永夢に対する感謝の念全てが込められていた。

 

「ほぉ、素直になれない坊やにしては、珍しい光景ですねぇ」

 

「ホント。明日は大雨でも降るんじゃないかしら?」

 

「あぁ、そうかもしれないな」

 

「それよりも槍が降ってきちゃうかもねー!」

 

「まぁまぁ君たち、いつも皮肉ばかり言うティムがこうやって自分に素直になったんだから、あまり言うものじゃないよ。先生としては、とても嬉しいことだけどね」

 

「テメェらうるせぇよ! こっちが真面目に言ってんのに!」

 

 そんな彼らしくない姿を見て、レヴォルたちがからかうことでティムが顔を赤く染める。彼ららしい、そんなやり取りを前に、永夢は吹き出すように笑った。

 

 湿った別れは、似合わない。暗にそう言っているかのような光景だった。

 

「…………」

 

 しかし、そんな光景を見て顔を曇らせる人物がいるのも事実。からかわれるティムを見て笑う永夢を見つめる者……シンデレラの顔は、晴れない。

 

 己の運命を生きると決めた彼女は、永夢に何も告げずにいようと決めていた。そうでもしなければ、余計苦しくなるし、彼を困らせることになるかもしれないと、そう思って。

 

 もう、会えないかもしれない。だからこそ告げてはいけないと思う反面、溢れ出そうな思いを口に出したいという気持ちも、彼女は否定できない。

 

(……私、は……)

 

 胸の前で、手を重ねるように握る。溢れる気持ちを抑えようと、無意識に。

 

「……あの~、シンデレラさん?」

 

「っ、は、はい」

 

 唐突に声をかけられ、声が驚きで上ずりそうになるも堪えて返事をする。声の主はキュベリエだった。

 

「何か、彼に伝えたいことがあるんですか? ずっと見てますけど……」

 

「……」

 

 図星。心配そうにシンデレラの顔を覗き込むキュベリエから僅かに目を逸らし、シンデレラは頭を振った。

 

「そ、そんなこと……ないです」

 

「……ん~……」

 

 否定する声に力がない。キュベリエは少し考え込んでから、シンデレラに言う。

 

「……エレナさんが再編をすると、皆さん、記憶が無くなっちゃうんです」

 

「……え?」

 

 記憶が無くなる……それを聞いて、シンデレラは顔を上げる。

 

「ですから……何かを伝える、伝えないにしても、あなたから彼の記憶は無くなっちゃうんですよ」

 

 再編は、云わば新しい運命を紡ぎなおす力……その力が発動すれば、今のシンデレラの運命は書き直され、それまでの記憶は消えてしまう……無かったこととなる。キュベリエはそのことを、簡潔に説明する。

 

「そん、な……」

 

 記憶が消えてしまえば、シンデレラが抱いているこの気持ちも、彼のことも、全てが無くなる……それに気付き、愕然とする。

 

 永夢と離れることは、覚悟していたつもりではいた。だが、彼に対する気持ちが消えてしまう……それは、シンデレラにとって、何よりも耐え難いことであった。

 

 どうしたらいいのか……シンデレラは思い悩む。

 

「……何を悩んでいるかは、私には存じません……けれども」

 

 そんなシンデレラに、キュベリエは笑みを浮かべる。慈愛の込められた、女神と称して差し支えない笑顔で、シンデレラの背中に手を当てる。

 

「例え忘れてしまうとしても、その思いを伝えないのは……きっと、とても悲しいことですよ?」

 

 言って、シンデレラは彼女の背中をそっと押し出す。さして強くないにも関わらず、シンデレラは足をもつれさせながら永夢へと向かっていき、

 

「え? うわ」

 

「きゃ」

 

 すっぽり、咄嗟に受け止めた永夢の腕に収まった。

 

「うぉ、永夢!? お前まさ、むご」

 

「静かにしていろ」

 

 思わず叫びそうになった貴利矢だったが、咄嗟に飛彩が片手で貴利矢の口を塞いだ。それに倣い、他の面々も口を閉ざす。まだ叫び続けていた黎斗に関しては、大我が黎斗の背中に乗る形で抑え込んで黙らせた。

 

「エ、エラちゃん?」

 

「あ、ぅ……」

 

 全員が黙り込み、場は静寂に包まれる。意図的でないにしろ、困惑している永夢の腕に収まったシンデレラは状況を理解し、頬を紅潮させていく。

 

 言葉に詰まる。しかしそれでも、何か言わないといけないと思いながら、永夢の腕から離れた。

 

「ご、ごめんなさいエムさん」

 

「いや、気にしないで。やっぱりまだ調子悪い?」

 

 ここに来て永夢がシンデレラの身を案じているのを知り、より顔が赤くなるシンデレラ。

 

「え、えっと、その……」

 

 せわしなく指を動かし、言葉を探す。何と言えばいいのか。何を伝えればいいのか……悩みに悩み続ける。

 

「エラちゃん」

 

 早く伝えないといけないのに、伝えられない……そんな彼女の名を、永夢は呼ぶ。シンデレラがはっとして顔を上げると、笑いかける永夢の顔が映り、そしていつものように柔らかい口調でシンデレラに伝える。

 

「大丈夫だよ。僕は君が何かを伝えられるまで待ってるから」

 

「っ……」

 

 どこまでも真っ直ぐに、シンデレラと笑顔で向き合う永夢。色眼鏡で見ず、そして誰かの為ならば己の身を呈してでも立ち向かう……そうして、シンデレラは救われた。義母とのことも、運命も……今、この瞬間も。

 

 そして……その笑顔は、彼が守るべき者全てに向けられているということを。それがわかってしまっている以上、シンデレラは……。

 

「……エムさん」

 

 それでも、伝えたいという気持ちが強く出て来た。先ほどまでは抑えなければいけないと必死になっていたものが、永夢のその優しさに触れ、決壊して溢れ出す。

 

「私は……運命の書の通り、王子様と舞踏会で出会いを果たします」

 

「うん」

 

「12時には魔法が解け、私はガラスの靴を落とします」

 

「うん」

 

「そして……私は、王子様と結婚します」

 

「うん」

 

 一つ一つ、シンデレラの言葉を親身になって永夢は聞く。少し回りくどいかもと思いながらも、シンデレラは必死に言葉を紡ぎ出していった。

 

「だけど……忘れてしまうとしても……魔法が解けたとしても……」

 

 キュッと、ドレスを掴む。俯いていた顔を上げ、永夢を見る。

 

 潤んだサファイアのような瞳に、永夢が映る。光に煌めくその瞳を見て、永夢は不覚にもドキリとした、その瞬間、

 

 

 

 唇に一瞬、柔らかい物が当たる。

 

 

 

「…………え?」

 

 何が、当たったのかと、永夢は混乱する。シンデレラが意を決したかのようにこちらを見つめたかと思うと、顔を近づけて……。

 

「……ごめんなさい、エムさん……」

 

 何に対しての謝罪なのか、しばしの沈黙の後、シンデレラが顔を離して永夢に言う。唐突に接吻をしたことか、それとも一方的に思いを告げようとしていることか……それともどちらともか。

 

 それをわかっていても、シンデレラは伝える。伝えまいとしていた、伝わることがないこの思いを。

 

 

 

「あなたが、好きです」

 

 

 

 たった一言の、シンデレラの思い。他に言葉なんていらない。ガラスの靴のように飾り気のない、澄んだ言葉。

 

 それだけを、永夢に伝えたかった。

 

「エラ、ちゃん」

 

 いまだ困惑から抜け出せない永夢。だが彼女からの思いは、確かに永夢に届いていた。

 

 そして……目を伏せた。

 

「……僕は」

 

「わかっています……何も、言わないでください」

 

 永夢が言いかけ、それをシンデレラは止める。彼が何を言わんとしているのか。何を言おうとしているのかを察したから。

 

 永夢の瞳には、確かにシンデレラは映っていた。けれどそれはシンデレラだけでなく、より多くの弱き人々の姿も映っている。それは彼がドクターであり、永夢という人間だから。

 

「あなたは……あなたの運命を、生きて」

 

 そんな彼だからこそ、シンデレラは思いを告げようと決心し、これからもより多くの人を守っていくために戦う彼を見送ろうと決意することができたのだった。

 

 別れたくない、彼の傍にいたい、彼の笑顔をずっと見ていたい……彼の枷になってしまうであろう、そんな思いに蓋をして。

 

「……エラちゃん」

 

 彼女の思いに、元の世界へ帰る永夢は応えるわけにはいかない……それは、紛れもない事実。

 

 永夢は、言うべき言葉が見つからない。思いに応えることができないことに対する謝罪か、思いを伝えてくれたことによる感謝か……何を言えばいいのか、わからない。

 

 やがて、永夢は言葉を紡ぐ。それは、謝罪でも感謝でもない。そっと、シンデレラの手を取り、目と目を合わせ、

 

「……君も。君の運命がずっと……物語が終わった後も幸せであるようにって、僕も祈ってる」

 

 ただ、心から思っていることを伝えた。

 

「……はい!」

 

 再編されてしまえば、忘れてしまうかもしれない。それでも、シンデレラが彼に抱いていた思いは嘘偽りのない、本物の思い。例え全てが巻き戻されたとしても、この思いだけは絶対に消さない。ずっと感じていたい永夢の手の温もりの中、固く、固くシンデレラは決心した。

 

「……さすがに、茶化すのは悪乗りがすぎるかなぁありゃ」

 

「ったく。こっちの気も知らないで……」

 

「言ってやるな開業医……こっちの世界でも、あいつは変わらなかったんだろう」

 

 いつもならここで囃し立てたりするのが貴利矢なのだが、どうもそんな気持ちにはならず、さりとて暖かい目で永夢とシンデレラを見守る。対し、大我は行方不明になった永夢を案じていたというのに、という気持ちもあって軽くぼやいていたが、飛彩によって窘められた。永夢の人柄ならば無理もないと思っている飛彩もまた、自身の口の端が緩んでいることに気が付いていないが。

 

「…………」

 

「……って、パラド? お前どうした? 何か泣きそうになってるけど」

 

 パラドの様子がおかしいことに気付いた貴利矢が声をかけると、パラドは片手で顔を覆って蹲った。

 

「何だろう……心が、震える……」

 

「……あ~、そういう……」

 

 永夢とパラドの心は、繋がっている。つまり今の永夢の気持ちは、パラドの気持ちでもある。それによって、行き付く結論は……貴利矢は、パラドが初めて感じる感情に対して、何とも言えない気持ちになりながら彼の肩を軽く叩いた。

 

「……え、もしかしてそういう意味だったんですか? え、ホントに? え、えぇ!?」

 

「女神様知らずに背中押したんですか!?」

 

「さすがに、引きますね……」

 

「ポンコツが過ぎるだろ……」

 

「キュベリエ様……」

 

 そして、シンデレラに思いを伝えるように促した張本人であるキュベリエが、その内容に驚愕。アリシアからは鈍感すぎると驚かれ、シェインとティムからは信じられないというジト目をもらった。まさかのパーンからも呆れた視線を喰らった当のポンコツ女神は「はぅ」と胸を抑えてまた精神的ダメージを負った。

 

 穏やかで、和やかな空気が流れる。しかし、そんな空気にいつまでも浸ってはいられない。

 

「さて、んじゃそろそろおいとまするか?」

 

 言って、貴利矢が足元に転がる黎斗の襟を掴む。

 

「そうだな。俺たちの仕事が待っている」

 

「さっさと戻らねえと、あいつがうるせえし」

 

「おい! 神である私をぞんざいに扱うな! というより私をこのままにするなぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 飛彩と大我も同意し、永夢の近くへ。身体の痺れはそのままにされ、貴利矢に引きずられながら黎斗が絶叫するも、誰も耳を貸さなかった。

 

「じゃあ……エレナ」

 

「うん」

 

 別れの時が来た。その実感を抱きながら、レヴォルがエレナを促し、エレナもまた寂しげな気持ちを隠さないまま、肩に下げていた本を手に取った。

 

「それじゃ……エラちゃん」

 

「はい……」

 

 そっと、永夢とシンデレラの手が離れる。温もりが残った手を名残惜しみながら、シンデレラは潤む瞳を真っ直ぐ、永夢へ向け、

 

「……さようなら。エムさん」

 

「さよなら、エラちゃん」

 

 互いに別れの言葉を告げ、そして後ろへ下がっていく。

 

 永夢たちCRのドクターたちと、レヴォルたち再編の魔女一行。それぞれが一つにまとまり、そして離れ、その間を境界線にするように立つ。

 

 あるべき世界へ戻る、準備が整った。

 

「エム!」

 

 最後……レヴォルが、永夢を呼ぶ。

 

「君と出会えて、よかったと思っている。君のおかげで、僕たちは救われた。だから……ありがとう」

 

 永夢がいたから、世界は救われた。永夢がいたから、救われた人々がいた。

 

 それは、レヴォルたちも同様……彼によって、運命を救われた。

 

 だからレヴォルも伝える。限りない、感謝の気持ちを。

 

「……僕も、君たちと出会えてよかった。僕がするべきことを、もう一度見つめ直すことができた……ありがとう!」

 

 永夢も伝える。運命を歩むという意味を、人は運命を切り開く強さを持っているということを……この世界に来て、永夢は間近で見て来た。

 

 永夢もまた、伝える。この世界で出会った旅人たちに、感謝の念を。

 

「また会うことがあったら、一緒にゲームしようぜ!」

 

「またな~女神ちゃん! ちゃんと女神の仕事、全うしろよ~?」

 

「さらばだ」

 

「じゃあな」

 

「いい加減私を解放しろおおおおおおおおおおお!! ブアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

「空気読め神ぃ!!」

 

 パラドと貴利矢が笑いながら手を振り、付き合いこそ短かったものの、飛彩と大我もまた軽くそう言って別れを告げる。いまだ叫ぶ黎斗は頭を貴利矢に叩かれた。

 

「エムさん、パラドさん! 皆も、またね!」

 

「今度会ったらゲーマドライバーとかバイクとかについて色々教えてもらうからね~!」

 

「いやだからやめろって……ったく。じゃあな、お医者さんたち」

 

「……君たちの雄姿、私たちは絶対に忘れないだろう。私たちはこの世界で、君たちの武運長久を祈る」

 

「お達者で。私も、あなたたちのことは絶対に忘れません」

 

「キリヤさん、本当にお世話になりました! それからクロトさんも……お世話になりましたぁ……」

 

 エレナが手を振り、最後まで好奇心を隠そうとしないアリシアにティムが苦笑して窘めつつ別れを言う。パーンとシェインもまた、今後も戦い続ける永夢たちドクターの今後の活躍を願う。そしてキュベリエは、貴利矢には普通に礼を言い、黎斗に対しては何故か解放されたような、そんな印象を受けるようなスッキリした表情を向けながら礼を言った。

 

 シンデレラは、最早何も言わない。寂しげだが、しっかと永夢を見つめていた。

 

 互いの挨拶は済んだ。もう、言い残すことはない。

 

「じゃあ永夢、頼むぜ」

 

「……はい!」

 

 貴利矢に促され、永夢はガシャットを取り出す。今回のためだけに作られた、特別なガシャット。そのスイッチを、永夢は押した。

 

 

 

≪GRIMMS NOTES!!≫

 

 

 

 戦場でも響いたゲームタイトルの音声と共に、永夢たちの背後にホログラムが現れ、そしてゲームエリアが広がっていく。

 

「エレナ……」

 

「うん!」

 

 エレナの本、箱庭の王国が開かれ、自動的にページが捲れていく。そしてあるページで止まると、エレナは瞳を閉じ、意識を集中させる。

 

「『混沌の渦に飲まれし語り部よ』」

 

 エレナの身体が淡い光に包まれて行く。カオステラーを倒した直後と同じ光景だ。

 

「『我の言の葉によりて』」

 

 今回は、遮る物は何も無い。強まっていく力の中、エレナの長い黒髪がざわつき、そして詠唱が完了されようとする。

 

 詠唱が完了すれば、世界は元の姿へ戻る。そして、永夢たちも……。

 

 永夢は、レヴォルは、心の中で言う。もう会えないであろう、この世界で出会った友たちへ向けて、同じ言葉を。

 

 

 

((さようなら))

 

 

 

「『汝の運命を再編せし』」

 

 

 

 本から溢れ出た光が、視界を覆っていく。そして……。

 

 

 

~ 最終話 笑顔のConnect! ~

 

 

 

「エラ?」

 

 ハッと、シンデレラは目を覚ます。耳に届いた、優しさを含んだ男の声。シンデレラは、寝ぼけ眼のまま振り返った。

 

 そこに立っていたのは、白衣を纏った優しい面持ちの青年

 

「どうかしたのかい? 我が妃よ」

 

 ではなく、凛々しさと威厳を兼ね添えた、シンデレラの夫にして、この国の王だった。

 

「あ……ごめんなさい、私ったら居眠りをしてしまって……」

 

 一瞬、別の人間が重なり、目を擦りながら座っていた椅子から重い腰を上げる。場所は、シンデレラの寝室。窓際に椅子を寄せて外を眺めていたら、いつの間にか眠っていたらしい。

 

「いや、いいさ。最近の君は働き詰めだったからね。疲れていたんだろう」

 

「そんな、私は全然……」

 

 あることを進めていたシンデレラの努力を、王は知っている。理知的な面持ちに柔らかい笑みを浮かべた王は、そんな彼女を労った。

 

「……少し、夢を見ていました」

 

「夢?」

 

 ふと、誰かに話したくなったシンデレラが語る。王は、彼女の言葉に耳を傾けた。

 

「最初は、辛くて悲しい、そして怖い夢でした。暗闇の中で、まるで自分が否定されるような……そんな気持ちになりながら、私は逃げていたんです。けど……」

 

 小さく微笑む。冷たかった胸の奥が、少しずつ暖められていくかのような、そんな感覚を抱きながら。

 

「誰かが、手を差し伸べてくれたんです。暗闇で泣いている私に、まるで光が射し込むように……ずっと傍にいてくれるような、そんな暖かい手の人でした」

 

 胸にそっと手を当て、シンデレラは思い出す。誰かが、ずっと傍にいてくれて、泣き続けるシンデレラに寄り添い続けてくれた夢の中の人物。どこの誰なのか、名前すらもわからない。

 

「そうか……なんだか、嫉妬してしまうな。君の夢の中の人物に」

 

 なのに、彼女が愛している夫と先ほど夢の中の人物と、姿が重なったような気がした。寝ぼけていたからかもしれないと、シンデレラは自分に言い聞かせた。

 

「フフ、ごめんなさい……ええ、あなたの言う通り。そんな夢を見ていたのは、多分疲れていたからかもしれません」

 

 優しい彼の冗談交じりの言葉に対し、シンデレラは悪戯っぽく笑った。そして王は、シンデレラの笑みに得意げな顔で返す。

 

「なら、その疲れを吹き飛ばす意を込めて、君に伝えたいことがあるんだ」

 

「伝えたいこと?」

 

 何だろうかと、シンデレラは首を傾げる。そんな彼女に、王は両手を広げた。

 

「喜べ、我が妃よ! 君が提案した法案が、正式に可決されたぞ!」

 

 王の言う言葉の意味。それを知っているシンデレラの顔は、喜色による笑顔で溢れた。

 

「まぁ! 本当ですか!?」

 

「ああ! 時間はかかったが、国の重鎮たちを説得し続けてきた君の努力が結ばれたんだ。私も嬉しいよ」

 

 彼女が嫁いで来てから、ずっと願い出てきた法案。国の予算や他国の状況を鑑みると、今すぐには難しいとなかなか通らなかったが、今の状況ならば可能であると判断され、可決に至った。王はそのことを、我がことのように喜ぶ。

 

「よかった……本当によかったです」

 

 安堵のあまり、少し泣きそうになるシンデレラ。王は、微笑みながらシンデレラの肩に手を置いた。

 

「しかし、私も正直盲点だったな」

 

 言って、窓の外を見る。そこからは、この国の民が住まい、生活を営んでいる町が見えた。

 

「医療や福祉。国の柱たる民のためにできることを思いつけなかったとは……王として、恥じるばかりだ」

 

 シンデレラが提案した、この国に不足している医療、福祉の充実を図るための法。この国には医学に携わる医師が少なく、毎年病や怪我で命を落とす者も少なくない。どうにかしなければいけないと考えていたが、他国のことに頭が回り過ぎて、考え付かなかったことを、王は情けなく思っていた。

 

「そんな……私は、庶民の出です。そんな私の意見を聞いてくれた王には、とても感謝してもしきれません」

 

 シンデレラ一人ではどうすることもできなかったものを、王が最大限にバックアップしてくれたからこそ通った法。いまだ力の弱いシンデレラがここまで来られたのは、夫のおかげだった。

 

「やはり、君の意見は何よりも重要だな。国のため、民のために、君の視点はこれからも必要だ……」

 

 言って、王はシンデレラの前で膝を着き、そっと手を取る。そして、シンデレラを見上げながら言った。

 

「これからも、私と共に国をよくしていけるように、よろしく頼んだよ。我が妃」

 

「……はい。喜んで、我が王」

 

 この国の幸せは、シンデレラの幸せ……そして、夫の幸せも、彼女の幸せ。そのためならば、シンデレラはこの身を惜しまない。

 

「そうだ、もう一つ。君の義母の話だが……」

 

 それを聞いて、シンデレラの表情は一変、緊張の面持ちとなる。王の言葉を待つシンデレラだったが、王は残念そうに頭を振った。

 

「すまない、やはりまだ君との面会を拒んでいるそうなんだ……」

 

「……そう、ですか」

 

 何となく、シンデレラにはわかっていた。運命の書の通りに生き、幸せを掴んだシンデレラ。それを義母は妬み、そして今でもシンデレラのことを嫌っている。故にシンデレラに対し、ひどい仕打ちをしてきた。

 

 他の姉妹二人には、シンデレラに伝手によって結婚し、幸せとなったことで、現在は和解しているが、義母だけは頑としてシンデレラを受け入れようとしない。彼女がしてきた仕打ちは、周囲の人間にとって到底許されるものではない。シンデレラの願いで、今は屋敷に幽閉されてはいるが、本来なら国外追放されてもおかしくない。

 

「……けど、私は諦めません」

 

 それでも、義母はシンデレラにとって大切な家族の一人に違いはない。例え彼女が何度シンデレラを拒絶し、否定したとしても。

 

「お義母様は……私にとっての家族なんですから」

 

 シンデレラは、義母と家族として向き合えるその日まで、彼女と関わり続けていく。

 

「そうか……わかった」

 

 そう言うと思っていた王は、呆れ半分、感嘆半分といった風にため息をつく。そして立ち上がると、部屋の出口まで歩いていく。

 

「君の義母の話は、私に任せておいてくれ。きっと君と話し合えるようにするから」

 

「ええ……ありがとうございます、王」

 

 フッと笑い、王は部屋を出て行く。これからまた、政務に明け暮れるのだろう。国のためを思い、必死に働く夫を、シンデレラは大切に思っていた。

 

「…………」

 

 シンデレラは、窓へ手を着く。窓の外に広がる、澄み渡る青い空と城下町。そこには大勢の国民が、自分たちのため、この国のために汗水を流し働き、そして子供たちは元気に外を駆け回っているのだろう。

 

 かつてシンデレラもその中の一人だった。義母と義姉たちに虐げられながらも、幸せを夢見てすごし、そして王子に見初められ、この国の妃として迎え入れられた……運命の書の通りに。

 

(……王には、言えないわね)

 

 だが、シンデレラには言えない秘密があった。

 

 王のことは心から愛している。その気持ちに偽りはない。しかし、彼女が提案した法も、義母と向き合い続けるという意思の強さも……全て、教えてもらったものだ。

 

 教えてくれたのは、王に話した夢の人物。名前も知らない、会ったことすらない筈の人間。なのに、その人はシンデレラだけでなく、誰かが泣いていれば寄り添い、誰かが迷っていたら手を取り、誰かが傷ついたら走り、誰かが危ない目に合っていたら守るために戦う……そんな優しい、暖かい人だったのを、はっきりと覚えている自分がいる。

 

 そして……そんな人に、シンデレラは惹かれていたのだということを。

 

(……夢の中で出会ったあなた。私に勇気をくれた、あなた)

 

 きっと、これからも出会うことはない。そう確信するシンデレラ。

 

 それでも、シンデレラは忘れない。例え名前を覚えていなくとも、シンデレラは記憶し続ける。日の光のように全てを受け入れてくれる、優しい笑顔の人を。どこまでも真っ直ぐで、人のために仮面を被り、鎧を纏って戦うその人を。

 

 

 

(ありがとう……私の、光)

 

 

 

 魔法が解けても、この思いは消えない。

 

 

 

 青い空の下、胸に宿った思いを抱きながら……シンデレラは微笑んだ。

 

 

 

 そこには虐げられ、泣き続けるだけだった少女はもういない。部屋の隅で彼女の幸せを願い、見守っていた妖精の魔法使いもまた、小さく微笑んでから姿を消していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待て待てー!」

 

「あははは!」

 

 城下町のパン屋の前。数人の少年と少女たちが、追いかけっこをしたりしてはしゃぎ回る。道行く人々はそんな子供たちを見て穏やかに笑うか、或いは素通りしていく。

 

「これこれ、お前たち。もう少ししたらお店が開くから、ほどほどにするんだよー」

 

「「はーい!」」

 

 パン屋の中から老婆が出て来て、子供たちを窘める。子供たちは元気な返事を返し、そしてまたはしゃぎ始めた。

 

「全く、元気が有り余ってるわね」

 

「ははは、いいことじゃないか。子供たちが元気だと、未来は明るいぞ!」

 

「そうね……それに、これからは医療も充実していくっていうし、この国も安泰かもね」

 

「ああ! きっとそうさ!」

 

 パン屋の主である男性とその妻である女性が、子供たちを見て笑いながら言い合う。優しい王家に、活気ある町。今後この町はさらなる発展をしていくことだろうと、町の人々はそう思っている。今の王家がある限り、それは揺るぎない。

 

 笑い合う夫婦。町のそこかしこでも、穏やかな人々が笑顔を浮かべながら暮らし、仕事の精を出す。そして子供たちは元気に遊ぶ。

 

 このかけがえのない日々を大切にしていくため……人々は、今日も生きていく。

 

「よーし、それじゃいっくぞー!」

 

「いくよー!」

 

 追いかけっこから戦いごっこへと移った子供たちの一人、パン屋の少年が幼い妹と一緒に並ぶ。そして目の前で対峙する敵役の子供たちに向かって、二人は同じポーズを、掌を上に向けたまま指を指すようなポーズを取った。

 

 そして、叫ぶ。いつかの夢に出てきた、仮面の戦士の決め台詞を。

 

 

 

「「のーこんてぃにゅーで、クリアしてやるぜ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで、ちょっと違うけれど元通りだね」

 

「ああ……」

 

 エレナとレヴォルが、林が群生する小高い丘の上から国を見下ろす。再編によって想区の運命は書き換えられ、町は平和となって笑いが溢れている。城の王も、カオステラーに操られていた王ではなく、聡明な人物になっているようだ。もとい、彼は元々そういう人柄だったため、戻ったとも言える。

 

 シンデレラは彼と結婚し、この国のために動いていくのだろう……義母との件と、向き合いながら。

 

「……あれ? なぁ、あのポンコツ女神どこ行った?」

 

 さっきまでそこにいたキュベリエの姿が見当たらない。見回して探すも見つからない彼女のことが気になったティムが疑問を口にした。

 

「ティム、口を慎みなさい……彼女なら、一足早く祠に帰ると言って行ってしまったよ」

 

 ティムを叱りつつ、パーンは苦笑しながら説明した。去る直前に

 

『じゃあ、私帰って休みますね~……もう疲れましたぁ……』

 

 と、心底辟易している様子で、トボトボと去って行ったという。

 

「キュベリエ……そこまで疲れていたんだな……」

 

 救援に駆け付ける前までどんなことに巻き込まれていたのか……あの騒がしい男と一緒に行動していたのかと思うと、どれほど大変だったのか想像に難くない。一行は心の内で、キュベリエを労いの意を込めて合唱した。

 

 一人、アリシアはずっと城を見つめる。そこは、この想区の主人公のシンデレラが住まい、夫である王と共に生活している家でもあった。

 

「……なんかちょっと、切ないかもね」

 

 複雑な顔を浮かべるアリシア。シンデレラは、永夢に対して熱い思いを抱いていた。それが無かったことになるのは、何とも言えない気持ちになる。

 

「仕方ありません。元々彼とシンデレラさんは出会う運命にありませんでしたから」

 

 ドライな物言いだが、シェインの言う言葉もまた事実。本来ならばありえない筋書きが、元に戻っただけのこと……それだけの話だ。

 

「うん……そう、だよね」

 

「……」

 

 話に上がった、彼こと宝生永夢……エレナの再編の後、目を覚ましたレヴォルたちの中に、永夢の姿はどこにもなかった。彼のみならず、パラドも、貴利矢も、飛彩、大我、黎斗も消えていた。

 

 まるで最初からそこに……この世界に存在していなかったように。

 

 寂しい気持ちが、エレナとレヴォルの胸中を覆う。短い間とはいえ、永夢を仲間として迎え入れ、そして共に語り合い、笑い合い、背中を預けて戦ってきた。文字通り、住む世界が違う彼とは、恐らく今後会うことはないだろう。

 

 沈黙が、一行を包む。何とも言えない空気の中、誰も口を開かない。

 

 そこを、ガサリと草むらが揺れ動く音によって破られる。

 

「誰だ!」

 

 いち早く反応したのは、草むらのすぐ近くにいたティム。遅れて他の面子も身構える。

 

 もしやヴィランか? そう予感し、栞を手に取る……が、現れたのはヴィランではなく、

 

「……」

 

「ル、ルイーサ……!?」

 

 再編する前まで、ゲーム病によって苦しめられていたティムの妹であるヘカテーだった。

 

 が、どこか様子がおかしい。いつもならティムが本名で呼ぶのを嫌い、悪態をつきながら訂正するが、何も反応せず、ただ無言でそこに佇んでいる。

 

 ただ、ゲーム病による影響は消えているのは間違いないようで、顔色も悪くない、健康体そのものといった風に見えた。

 

「……何しに来たんですか?」

 

 シェインが警戒しながら問う。ティムの身内でも、今の彼女は敵だ。身構えるのは無理もない。

 

 対し、ヘカテーは周りを見る。しばらくきょろきょろしていたかと思うと、ティムへと向き直った。

 

「……あいつは?」

 

「へ?」

 

 あいつ……一瞬誰のことだと思ったが、若干イラついたようにヘカテーが再度聞く。

 

「だから、あの白い服を着た……なんか、変な恰好になる奴よ」

 

 白い服に変な恰好……それを聞いて、一行はピンときた。

 

「……もしかしてエムのことか?」

 

 この場にいない人間……白衣を纏い、仮面ライダーに変身する永夢のことかと当たりをつけたレヴォルが聞くと、ヘカテーは頷いた。

 

「あぁ……あいつは……」

 

 言い淀み、頭を掻くティム。レヴォルたちも同様、何と言えばいいのかわからず、言葉に詰まった。

 

「……そう。ようは、いないってわけね」

 

 それだけで、彼が消えたことを把握するヘカテー。しれっと言って、何の興味も示していないとばかりの態度だった。

 

「一体、彼に何の用だったんだい?」

 

 しかし、何の用事もないのならば、彼を探すことはしない筈。そう思ったパーンは、ヘカテーに尋ねた。

 

「え……それは……」

 

 今度はヘカテーが言い淀む。視線を逸らし、言うか迷っている様子だった。

 

 やがて、イラついた態度はそのままに。ティムたちへ向け、ヘカテーはため息をついてから言う。

 

「……お礼」

 

「あん?」

 

「だから! お礼言おうと思ったの!! それだけ!! じゃあね!!」

 

 叫ぶように言ってから、ヘカテーは踵を返して走り出した。

 

「あ、おい! 待て、ルイーサ!!」

 

 慌ててティムが呼び止めようとするも、もはや脇目も振らずに彼女は走り去っていく。やがて彼女の姿は、林の木々の中へと消えて行った。もう追い付けはしないだろう。

 

「……何だったのかしら?」

 

 突然現れて風のように去って行った彼女に対し、ポカンとするアリシア。しかし、そんな彼女にティムは苦笑しながら言った。

 

「まぁ……あれだ。あいつも素直じゃねぇんだよ」

 

 最初に会った時、ヴィランから守ってくれたのは永夢だった。その後、ゲーム病によって苦しんでいた彼女を診ていたのも、他ならない永夢。そのことで一言、彼女なりに礼を言おうと思ったのだろう。ティムはそう確信した。

 

「え~、素直じゃないのはティムも一緒でしょ?」

 

「さも自分は違うとばかりに言って、やっぱり兄妹ですねぇ」

 

「いやうっせぇよおチビ! ババァ!」

 

 そしてどう足掻いても弄られるティム。

 

「ははは……」

 

 それを見て、レヴォルは笑う。先ほどまでの寂しい気持ちは、ほんの少し和らいだ。

 

 そして、一つ気付いた事があった。

 

「……ねぇ」

 

「ん?」

 

 エレナがレヴォルの服の裾を引く。その顔は、どこか不安気だった。

 

「エムさんたち、ちゃんと帰れたかな? 私、失敗しちゃったりとか……してないかな?」

 

 永夢たちは、エレナの再編を使って元の世界へ帰った……そう考えられている。しかし、実際に帰れたかどうか、確認のしようがない。故にエレナは、成功したかどうかが気になっていた。

 

「……それは、僕にもわからない」

 

 それは、レヴォルにだってわからない。レヴォルだって知ることができるなら知りたいところだ。

 

 それでもレヴォルは、

 

「けど、きっと大丈夫だ」

 

 そう、確信を持って答えた。

 

「あん? 何でそんなことがわかんだよ、王子サマ」

 

 胡散臭そうに聞くティムだったが、レヴォルは変わらない微笑みを浮かべる。

 

「確証なんてない……けど」

 

「けど?」

 

 首を傾げるエレナに、レヴォルは答える。脳裏に、いつだって諦めない、真っ直ぐに走り続ける彼の顔を浮かべながら。

 

 

 

「僕は信じている。どんな運命だって切り開ける、彼ら仮面ライダーを……だから、大丈夫さ」

 

 

 

 自信を持って、そう言った。

 

「……何だそりゃ。答えんなってねぇぞ?」

 

「でも、私は何か納得しちゃった。そういうもんかもしれないわね」

 

 呆れるティムに、うんうんと頷くアリシアという対照的な反応を見せる二人。

 

「……うん、きっとそうだよね!」

 

「ああ」

 

 そしてエレナもまた、レヴォルの答えを聞いて曇っていた顔が晴れる。

 

 根拠なんてない。だけど、彼らはちゃんと元の世界へ戻れた……レヴォルは、そう信じている。

 

「……そうだな。私たちも、そう信じようか」

 

「ええ」

 

 パーンもシェインもまた、レヴォルと同じ。いつだって誰かのために走り続けてきた仮面ライダーである彼が、元の世界でも同じように人を守るために戦い続けていくのだろうと思っている。

 

 だからこそ、小さく笑う。心配することなんて、何もないのだと。

 

「……さ、そろそろ出発しましょうか」

 

「ああ。我々の旅は、まだ終わらない」

 

 気を取り直したシェインとパーンが、レヴォルたちに呼びかける。いつまでもここで足を止めているわけにはいかない。これからも彼らの旅は、続いていくのだから。

 

「やれやれ、随分と長居しちまったなぁ」

 

「まぁいいじゃない! その代わり、いい経験ができたんだし!」

 

 頭の後ろに手を組みながらぼやくティムの背中を、アリシアが軽く叩きながら笑う。そうして一行は、歩き始める。

 

 これから先、さらなる過酷な旅を続けるために……霧を歩き、別の想区へ向かうために。

 

「レヴォル、行こ!」

 

 エレナが元気にレヴォルを呼ぶ。レヴォルは微笑みながら、小さく頷いた。

 

「ああ!」

 

 エレナと共に、レヴォルも歩き始める。やがては白い霧に飲み込まれ、そして新たな地へ足を踏み入れるだろう。

 

 ふと、レヴォルは足を止める。そして、空を見上げた。

 

 空は快晴。青い空に浮かぶ白い雲が、悠々と泳ぐ。柔らかな日差しを受けながら、レヴォルは思いを馳せる。

 

(エム……僕たちは忘れない。君と共にすごした日々を。君と共に運命を掴み取るために戦った事を)

 

 様々な出来事があった。ヴィランと戦い、時に笑い合い、そして信じ合った、この想区での日々。

 

 この世界から仮面ライダーは消えた……それでも確かに繋いだ絆は、壊れない。

 

(もう会うことはできないかもしれない。けれど、僕は信じている。君といつか再会できる日が来ることを)

 

 不可能を可能とするまで、抗い続けてきた永夢。どんな悲劇にも絶対に挫けない、彼の正義。

 

 そんな彼と、再会できる運命が来るその日まで。

 

 

 

「また会おう、エム…………仮面ライダーエグゼイド」

 

 

 

「レヴォルー!?」

 

「すまない、今行く!」

 

 立ち止まったレヴォルを訝しんだエレナが、少し遠い位置から彼の名を呼ぶ。気付いたレヴォルは小走りで、仲間たちの下へと向かっていった。

 

 

 

 これから待ち受ける絶望、悲劇を、彼らはまだ知らない。それでも彼らは、希望の運命を掴み取るまで足掻き続けるだろう。

 

 

 

 どこまでも澄み切った、蒼穹の空の下。再編の魔女一行の(物語)は、続いていく。

 

 

 

 

 

 

―――

――――

―――――――

 

 

 

 

 

 

 

「運命が最初から決められている世界、か……ぞっとしないな」

 

 聖都大学附属病院の屋上にあるヘリポート。遥か向こうまで続く青空の下、聖都の街を一望できるそこから、CRのドクターたちは、強く吹く風に白衣を靡かせながら街を眺めていた。

 

 元の世界へ戻って来られた彼ら。まず最初に何もない空間から現れるようにして帰還してからの洗礼を受けたのは、永夢だった。永夢の姿を視認するや否や、帰りを待ち続けていたポッピーが「永夢ぅぅぅぅ!!」という声と共に突撃をかまし、永夢は肺の中の空気が全部抜ける感覚と共に吹っ飛んだ。その次に同じく帰りを待ちわびていたニコによって、大我は「遅い!」と説教を喰らった。

 

 そこからは二人の喧嘩、もといじゃれ合いが始まり、永夢が無事だったことによる安堵から咽び泣くポッピーをあやす永夢という、いつもの騒がしいCRへと戻って行った。因みにその際も黎斗は痺れが抜けない身体のまま「ヴェアアアアアアアアアッ!!」と叫んでいた。

 

「同感だ。生まれてから死ぬまで誰かの筋書き通りに生きる生き方なんざ、俺は御免だぜ」

 

 街を見下ろしながら、大我は永夢から聞いた話に対する飛彩の意見に同意する。二人共、かつてバグスターを巡って悲劇に見舞われてきた。そんな出来事が最初から誰かが作った一冊の本に記され、そしてその通りに生きて行かなければいけないなど、想像したくもないというのが、二人の正直な気持ちだった。

 

「だな……自分も、そんな人生には乗りたくねぇ」

 

 言って、貴利矢はサングラスをかける。貴利矢もあの世界に永夢の次に長居したことで、運命の書というシステムを間近で見てきたが、誰もがその人生が当たり前であるように暮らしていた。価値観の違いというものがあるということは、理解している。けれどもやはり、貴利矢にとっても受け入れるのは、正直難しい世界だったことに違いはない。

 

「……それでも、あの世界の人たちは、一生懸命生きてました」

 

 そんな長い期間、あの世界に身を置いてなかったとはいえど、無性に懐かしい気持ちになるヘリポートからの景色を眺めながら、永夢は言う。

 

「どんな運命にも、そこから自分の生き方を見出そうとしてたんです。どれだけ辛くても、悲しくても……悔いのないように、生きようとしていました」

 

 手元の携帯端末の画面を見る。あの世界へ行く切っ掛けとなったアプリのアイコンが、いつの間にか消えている。端末内のフォルダを探して見ても、どこにも見当たらなかった。

 

 エレナの再編が発動した影響か、正宗のゲームが消失した影響か、原因はわからない。わかるのは、これで彼らの世界へは行くことは、会いに行くことはできなくなった、というわけだ。

 

「運命の書は、あの世界にとって必要なのかもしれない……けど、それが全てなんかじゃない」

 

 もう会うことはできないかもしれない。それでも、永夢はあの世界で出会った人々を絶対に忘れることはない。

 

 

 

「運命に意味を見出すのは、その人なんです。筋書きなんて、関係ないんだ」

 

 

 

 家族の無事を願って、妹の手を握り続けた少年も。

 

 傷つき、一度は絶望しながらも、運命と向き合い続けようと決意したシンデレラも。

 

 罪悪感で苦しみながら、それでも主人公を救おうと尽力したフェアリー・ゴッドマザーも。

 

 そして、空白の運命を持ち、己の運命を見出すために旅を続けてきた旅人たちも。

 

 運命と向き合い、戦い、生きていく……そこに世界の違いなんて、ない。

 

「……お前らしい考え方だな、研修医」

 

 相変わらず青臭い永夢の考え方に、冷たくそう言う飛彩。だがその顔は、どこか穏やかにも見える。

 

 大我も貴利矢も笑う。あの世界で永夢が見て来たものは何なのかは、永夢から聞いた程度で詳しくは知らない。それでも、彼があの世界でもいつも通りだった、ドクターと仮面ライダーとして走り続けてきたのは確かだった。

 

 ――――PiPiPi PiPiPi PiPiPi PiPiPi PiPiPi

 

 と、突如彼らの首に下げたゲームスコープから電子音が鳴り出す。それが意味することは、ただ一つ。

 

「永夢ー! 大変! またバグスターが現れたってー!」

 

「ほら大我! アンタも行くよー!」

 

 屋上に上がって来たポッピーとニコが、彼らを呼ぶ。彼らを纏う雰囲気が、変わった。

 

「ったく、休ませてくんねぇなぁ」

 

「ぼやくな監察医。これも仕事だ」

 

「ああ……とっととぶっ潰しに行くぞ」

 

 ぼやく貴利矢を窘める飛彩。大我も白衣を着直し、元々鋭かった目に光が走る。

 

「行けるかぁ? 永夢?」

 

 貴利矢が永夢に声をかける。帰ってきて早々の永夢を労っての言葉だったが……。

 

「勿論です! 早く行きましょう!」

 

 愚問だったか。そう貴利矢は苦笑する。永夢は、胸に手を当てる。そして、そこに確かにいるパラドへ向けて言う。

 

「行こう、パラド」

 

『ああ! 心が躍るな!』

 

 パラドも気合十分。一つとなっている二人の心は、患者を救うという思いの下、より強くなる。

 

 

 

「患者の運命は……僕たちが変える!」

 

 

 

 永夢は駆け出す。今もなお苦しんでいる患者のために、かならず運命を切り開いてみせるという決意の下に。

 

 今日も、仮面ライダーエグゼイドは走る。CRのドクターたちと、あの世界で繋いだ仲間たちとの絆と共に。

 

 いつかまた、彼らと再会できる日が来るように……そう願いながら、青空の下を駆ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新たな旅路へと歩き出す旅人たちの世界と、人々を守るために走り出すドクターたちの世界。

 

 二つの世界の空の色は、同じ澄んだ青だった。

 

 

 

 

 

 

 

―――――See you Friends

 




これにて、完☆結!!

たった21話、されど21話。皆さま、ここまで読んでいただいてありがとうございました。

正直、反省すべき点は多々あります。例えば、グラファイトの登場シーンはもう少し伏線張りなどをしておくべきだったなとか、地の文をもう少し削ればよかったかなとか、描写が足りなかったかなとか。他にも色々。これらは全て、次の作品を書く時の反省点として活かしていきます。

ここまで書き続けられたのは、読んでくださった皆様のおかげです。本当に、本当に一年弱の間ありがとうございました。これにてこの作品は、完結となり……


って、思うじゃん?


あるんだなーこれがー! 番外編がぁぁぁぁぁぁっ!!


とゆーわけで、本編は完結しましたが、この作品はもうちょっとだけ続くんじゃ。番外編+おまけを少々という形で。

さすがに長くはなりませんが、皆さま、何卒お付き合いくださいませ。

それではでは~

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