仮面ライダーエグゼイド ~M in Maerchen World~   作:コッコリリン

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遅くなりました、第4話です。キャラ同士の会話がメインなので、キャラの口調がおかしいと思われるかもしれません。申し訳ありません。


第4話 疑惑のlost child

 リーダー格のメガ・ヴィランが爆散した。一番の強敵がこの場から消えた以上、最早周りのヴィランはただの烏合の衆にすぎない。

 

「これでっ!」

 

 一体、また一体と確実に数を減らしていき、そしてレヴォルは目の前にいた一体のブギーヴィランを切り捨ててから、周囲を見やる。

 

 道一杯にまで集まっていたヴィランの姿が消え、先ほどの戦闘とは打って変わって、周りは静寂に包まれていた。

 

「……なんとか……退けたみたいだ」

 

「ふぇぇ……疲れたぁ」

 

 ヴィランが消え、レヴォルたちは一息つき、自らの書を虚空から取り出す。そしてそこから栞を抜き取ると、コネクトする時と同様の光を放ち、全員元の姿へと戻った。

 

≪ガッチョーン≫

 

≪ガッシューン≫

 

 と、気の抜けるような音がし、そちらを見る。エグゼイドがドライバーのレバーを戻し、ガシャットをホルダーから抜き取っていた。すると、その身を纏っていたスーツがピンクの光と共に消失し、白衣を着た青年、永夢がそこに立っていた。同時に周辺に置かれていた、あるいは漂っていたブロックも、空間を覆っていたかのような雰囲気と共に同じピンク色の光を放ちつつ、粒子となって跡かたもなく消失する。

 

「消えた……」

 

 周囲の空気が元通りになったことを感じ、レヴォルは呟く。そして、そんな空間を作り出していたと思われる永夢もまた、今まで戦っていた相手について顎に手を添えて考え、戸惑いを隠せずにいた。

 

「……あの黒い奴らは一体……」

 

 まるで存在していなかったかのように消えうせたヴィランたち。しかし、破壊された建築物の壁や石畳、そこかしこに争いの爪痕が残されている。

 

 エグゼイドの力が通用したのは僥倖だったが、バグスターウィルスとも違う未知の存在。彼らが一体何なのか、考えていても永夢の中では答えが見つからなかった。

 

「あ、あの……」

 

 考え込む永夢に、レヴォルは恐る恐ると声をかける。先ほど姿が変わる前に見た、優しさとはかけ離れた永夢の好戦的な笑み。それを思い出すと、どうも声をかけるのが躊躇われる。

 

「あ……そうだ!」

 

 そんなレヴォルの不安を余所に、永夢はレヴォルたちへ駆け寄ってくる。思わずレヴォルは、無意識に身構えた。

 

「あの、大丈夫ですか!? 誰か怪我とか……痛むところとかある人は!?」

 

 が、レヴォルの両肩に手を置いて、我がことのように心配し、怪我がないかどうかしきりに問うてくる永夢。その姿は初対面の時と同じお人好しを絵に描いたかのような青年で、先ほどまでメガ・ヴィランを一人で相手取って翻弄し、撃破した人間とは思えない程、戦闘には向いていないと誰から見てもわかる人間そのものだった。

 

「え、いや……僕たちは、大丈夫、だが……」

 

 レヴォルはそれに対し、戸惑いながらも体に異常がないことを伝える。レヴォルだけでなく、エレナたちも永夢の変わり様を見ていただけにそのギャップの差についていけていないが、それでもレヴォル同様に怪我がないということを頷いて示した。

 

「そうですか……よかったぁ……」

 

 心底安堵した、と言わんばかりにレヴォルから手を離し、ホッと安堵する永夢。ドクターとして当然の性だが、永夢のことを知らないレヴォルたちからしてみればあの変化は何だったのかという疑問の方が大きい。いや、性格の変化よりも、先ほど見せたあの姿、そしてヴィランを退ける力について等、聞きたいことが山ほどあった。

 

「あなたは、一体……」

 

「ストップです、レヴォル君」

 

 質問しようとした矢先、レヴォルはシェインによって遮られて出鼻を挫かれた。

 

「さすがに気持ちはわかりますが、今ここではまずいです」

 

「確かに……これ以上長居すると、またヴィランが現れるかもしれない。一旦この場から離れよう」

 

 ヴィランは一掃したものの、また増援が現れないとも限らないし、カオステラーにも注目される危険性もある。パーンはそう懸念し、そう提案した。

 

「そ、そうですね……どこか落ち着ける場所を探さないと」

 

 考えてみれば、ここに来てまだ間もない。宿を探そうにもどこにあるのか皆目見当もつかない。しかし、今ここを動かないと危険である以上、移動しなければいけない。誰かに宿がどこにあるか尋ねるかと、レヴォルは考えた。

 

「な、なぁ」

 

「え?」

 

 と、そんな一同に声がかかる。というよりも、永夢の足元から、彼の白衣が引っ張られる感触と共に聞こえてきた。

 

 永夢が振り返り、声の主を見る。

 

「君たちは……」

 

 そこにいたのは、先ほど永夢が連れて逃げ、物陰に隠れさせた少年と少女の兄妹。二人が永夢を見る目は、これまでの警戒心と不安が入り混じった物とうって変わり、どこか熱意を感じる物があった。

 

「あ、あのさ……」

 

「ん?」

 

 言いにくそうにしながらも、何かを伝えようとする少年。そんな彼に、永夢は膝をついて目線を合わせた。

 

「その……そこの人たちが行くところに困ってんだったら、その、一度俺たちの家に来たら、いいと思う」

 

「思う……」

 

兄妹からの提案。それは、宿の当てがない彼らにとっては、願ってもない申し出だった。

 

「え……それは」

 

 魅力的な案だが、レヴォルは渋る。何せ、この大人数。それにヴィランがいつ襲ってきてもおかしくない状況に、無関係な人間を、ましてや子供たちを巻き込むわけにはいかない……そう考えた。

 

「……その申し出、受けましょう」

 

「シェインさん!?」

 

 が、レヴォルより先にシェインが判断してしまい、思わず抗議の声がレヴォルから上がる。対し、シェインはしれっとした態度を崩さない。

 

「考えてもみなさい。この町はカオステラーの息がかかっている可能性が大いにあるのですよ? そんな町をうろつく、おまけにそんな町の宿を、そう簡単に信用できますか?」

 

「そ、それは……」

 

 確かに、カオステラーが王で、先ほどの戦闘で目を付けられたとするならば、宿一つ一つを虱潰しに探す可能性もある。王の命令には、宿の人間は逆らえない。そうなると厄介なことになるのは明白だった。

 

「それならばいっそ、確かに危険に巻き込むかもしれませんが、まだ信頼のおける人間に頼った方が幾分か安全だというものです。町の状況を見てから、情報を集めに町に出ても遅くはないはず」

 

「まぁ……一理あるわな」

 

 シェインの考えに、ティムも同調する。それに、もう宿を探すにも、さすがに疲労が蓄積されているこの状態で町を歩き回るのは少々辛い。

 

「……わかりました」

 

 まだ思うところはあるにせよ、シェインの言っていることは的を得ている。レヴォルは渋々ながら、兄妹の案に乗ることにした。

 

「それに、そこの彼からも色々と聞きたいこともありますし、ね」

 

 シェインはそう言って、ジロリと……傍から見ればジトっとした目で見つめる。

 

「……え?」

 

 見つめられている対象(えむ)は、ただきょとんと呆けた顔をするしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 その頃、某所にて。

 

「下僕が退けられた、と?」

 

 壁にいくつもの肖像画がかけられた、豪華絢爛な室内。天井に吊り下げられた煌めくシャンデリアが照明の、一軒家が一つ入る程の広さを持つ部屋。その中央の奥まった部屋、高座に位置するこれもまた豪華な装飾が施された椅子の上に座る、一人の若い男。しかし、その若さに見合わない威圧感と威厳がこの場を支配している。部屋に負けず劣らず立派な服を纏ったその男の前で恭しく膝を着いている一人の兵士。

 

「はっ、どうやら反乱分子にも厄介な者がいるようでして……」

 

 目の前の、高い位置に座る威厳溢れる主に対し、忠誠を誓っている部下が報告をしている図。一見するとそう見える……が、兵士の床を着く手は震え、頭を垂れて床を見つめるその顔は強張り、冷や汗が垂れ落ちる。

 

 そして、報告を受けた当の男は、兵士をじっと見つめる。その目には人としての温かみというものが感じられず、かといって侮蔑といった感情すら感じられない。ただただ無機質に、無感情に、兵士を見る。

 

「おかしいな……」

 

「は……?」

 

 突然の男の発言に、兵士は思わず顔を上げた。相変わらずの男の瞳に、兵士は気圧される。

 

「お前は兵士の身でありながら、王であるこの私の機嫌をそこまでして損ねたいというのか?」

 

「い、いえ、そんなことは……!」

 

 ねっとりとした言葉に、兵士は肩を震わせ、一層頭を垂れる。それこそ床に頭頂部が付くか付かないかという程。

 

 頭上から押し寄せて来る威圧感。兵士は恐怖によって、無意識のうちに体を震わせた。

 

「……まぁ、いい。次はしくじらないようにしたまえ」

 

「は、はっ!」

 

「ただし」

 

 許しを得られたと安堵した瞬間、王から付け足された言葉に恐怖する。

 

「二度目は、ない」

 

 ゆっくりと、兵士の心にしみ込ませるように紡がれた言葉。

 

 兵士は思い出す。かつて自らと同じミスを二度もした同僚の末路を。あれは、処刑だ。いや、死というような生易しいものではない。理性を奪われ、知能すら消し去る。あの光景を思い出し、兵士は震えた。

 

「ひぃぃ……し、しし、失礼しました!」

 

 一刻も早く王から離れたい。その一心で、兵士は謁見の間から飛び出して行った。

 

 それを何の感情もないかのように王は見送る。無機質な程に光のない瞳には、報告をしている最中の兵士の姿すら映ることはなかった。

 

「陛下」

 

 そんな彼に声をかける者が一人。彼の座る玉座の横の深紅のカーテンの影から、一人の女性が姿を現す。純白のドレスを纏い、煌めく水晶のような靴。蒼穹の空のような透き通る髪と大きな瞳。整えられた顔立ちと立ち振る舞いは、気高さと美しさを両立させていた。

 

 兵士が慄き、誰もが畏怖する王は、女性へと振り返った。

 

「おお……我が妃」

 

 その目は、先ほど兵士に向けられていた光無き眼とは打って変わり、慈愛に満ち溢れた優しさを湛えた瞳だった。

 

「陛下……先ほどの報告を聞いてましたが……城下に反乱分子がいると」

 

 言って、女性は王の玉座の横に膝を着き、そっと王の手を握る。その声と瞳は恐怖に揺れ、握る手は小さく震えている。その姿ですら、あらゆる男性を魅了してやまない程の美しさがある。

 

 そんな彼女の手を、王は優しく握り返す。そして微笑みながら言った。

 

「案ずることはない。君を脅かす輩は全て、私がかならず捕えてみせる……だから」

 

 そうして、そっと女性の頬を羽毛のように撫でた。

 

「笑っておくれ。君が笑顔でいることが、私の活力になるのだから」

 

「あぁ……陛下」

 

 撫でられ、女性は王の腕に心の底から信頼する飼い主にすりよる猫の如く摺り寄せる。王もまた、その姿を愛おしげに見つめていた。その瞳には、彼女の美しく煌めく空色の髪が映っていた。

 

 

 

 だからこそ、女性の口の端が、小さく吊り上がったことに気付かない。

 

 

 

 

~ 第4話 疑惑のLost Child ~

 

 

 

 

「本当に、お邪魔してしまってすみません」

 

 城下町の一軒家。パン屋と家が併設されているその家にて、レヴォルたちは家に招き入れてくれた老婆に感謝と謝罪の念を伝えた。

 

「いいんだよ。アンタたちは孫の恩人なんだから。なのに悪いねぇ、なんせお客なんて随分久しぶりだから、空き部屋の掃除が済んでないんだよ。なんせ私の『運命の書』にはそういうの書いてないから」

 

 レヴォルたちがいる部屋は、この家にある客人向けの部屋。多少埃が積もっていた程度以外、居心地は決して悪くはない。パン屋自体がそれなりに儲かっているおかげか、豪勢という程ではないが家は割と大きく、部屋は男女別々という風に分けて貸してくれるという、レヴォルたちにとっては至れり尽くせりな境遇だ。

 

 しかしそれでも、こんな大人数で押しかける形となってしまって申し訳ない気持ちがある。対し、老婆は客人が来てくれて喜んでいた。

 

「しかし、我々もあまり長居することはできませんから……明日中にはお暇しますので」

 

「別に遠慮なんかせんでもいいのに……まぁ、アンタらにも事情があるんじゃ、しょうがないね」

 

 申し訳なさそうに言うパーンに、老婆もそれ以上は言わなかった。

 

「けど、何か必要なことがあれば何でも言っておくれよ? 可能な限り手助けはしていくからね」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 そう言って夕食の準備をするために背を向ける老婆に、レヴォルは改めて礼を言った。久方振りに大勢に料理を振る舞うことが楽しみらしく、鼻歌混じりに部屋を出て行った。

 

「さて……これで心置きなく始められますね」

 

 部屋の窓の外の様子を伺っていたシェインが老婆が出て行くのを確認するや否や、窓から視線を外して部屋の中央に立っている人間へ目を向ける。

 

 そこには、どこか肩身が狭そうに立つ永夢の姿。彼の前にはテーブルが置かれており、その上には彼のゲーマドライバーとマイティアクションXのガシャットが鎮座している。

 

「えっと……何だか、すごく責め立てられてるような気が……」

 

 さながら罪人を裁く裁判官とその被告、といったような立ち位置の永夢は、何故ゆえにこんな雰囲気なのかわからず頬を引きつらせる。

 

 裁判官ことシェインは相変わらずジト目で永夢を見、その横に立つパーンは腕を組みつつ目を閉じて傍観する立場を取っている。ティムは同情するような目で永夢を見ているが、それ以上は何も言うつもりはないようだ。エレナはこの部屋の雰囲気に「えっと、えっと」と呟きながら混乱しており、アリシアはと言うとテーブルに置かれたゲーマドライバーとガシャットを興味深そうに膝を着きながらグルグル移動し、時折「へぇ」やら「ほぉ」といった声を上げながら、360°あらゆる角度から観察している。

 

「だ、大丈夫だ……と、思う」

 

 不安気な永夢の後ろで、レヴォルが彼をフォローしようと応える……が、シェインが放つ威圧感によって、どうも自身の言葉も信用できずに、尻すぼみになっていった。

 

「……色々聞きたいところですが、まずあなたは誰ですか?」

 

 鋭さを含んだ口調で、永夢に問う。見た目は幼いのに、どこか貫禄を感じさせるシェインに、若干怖気づきつつも、永夢はしっかりと答えた。

 

「……僕は、宝生永夢。聖都大学附属病院に所属しているドクターです」

 

「ドクター……医者なのか、君は」

 

「へぇ、お兄さんお医者さんなんだ! すごいなぁ」

 

 まだ若い見た目をしている永夢の職業に感心するパーンと、純粋に尊敬の眼差しを向けるエレナ。

 

「いえ、まだ研修医なので、正式なドクターではないんですけど」

 

 それを受けて少々照れる永夢。が、和気藹々とした雰囲気になりかけたところ、シェインが咳払いをして場を元に戻した。

 

「……まぁ、あなたが医者だというのはわかりました。では、次の質問です」

 

 何だか、面接をしているみたいだ、と永夢は場違いに思った。

 

「これは、一体何ですか?」

 

「あぁ……」

 

 テーブルに置かれていたゲーマドライバーを手に取り尋ねる。その際、触れようとしたアリシアがシェインに先を取られて情けない声を上げた。

 

「えっと、それは……」

 

 正直、永夢もどう答えるべきか悩む。別に仮面ライダー自体、すでに衛生省によって公表されているため、隠すことはない。ただ、ゲーマドライバーの仕組みやライダーシステムの構造を説明するのは、開発者である檀黎斗以外では不可能なため、いくら変身者である永夢でも難しかった。

 

「それは、ゲーマドライバー。僕が仮面ライダーに変身するために必要な物です」

 

「……仮面、ライダー。それが先ほどの姿ですか」

 

「は、はい」

 

「ふむ……」

 

 手の上で確かな重みを感じつつ、ゲーマドライバーを軽く振る。

 

 外見からして完全な機械。左側に二つ、何かを差し込む穴があり、一際異彩を放っているのが中央に付いたピンク色の大きなレバー。先ほどの襲撃の際、穴にはゲーマドライバーとセットで置かれている透明の板がついた掌サイズの機械を差し込んでから姿が変わり、その後にあのずんぐりとした体からスマートな八頭身へ至るためにレバーを引いていたように見受けられる。操作自体は簡単なようだ。

 

 シェインはチラとパーンを見る。『仮面ライダー』という存在を知っているのかどうかのアイコンタクトだが、パーンはそっと頭を振る。フォルテム学院の秀才と自称しているアリシアは、ゲーマドライバーに対して激しく興味を抱いているのを見る限り当てにはできそうもない。

 

(長い間生きてはきましたが、仮面ライダーですか……聞いたことがありませんね)

 

 シェインだけでなく、教師として教鞭を振るうパーンですら知り得ない、仮面ライダー。機械一つで人間がヴィランと戦える程の強力な力を手にすることができる存在。空白の書に導きの栞を挟み、英雄の力を借りる『コネクト』にどこか似ている……が、関連性はわからない。

 

 ここで、一つの仮説が生まれる。

 

「まぁ、仮面ライダー云々についてはまた聞くとして、です」

 

「は、はい」

 

 ゲーマドライバーをテーブルに置き、仮面ライダーについて気にはなりつつもシェインは次の話へ進めた。そして仮説が正しいかどうかの質問を投げかける。

 

が、この質問には永夢自身もどう答えればいいのかわからなかった。

 

「……できればあなたの持つ『運命の書』に何と記されているのか確認させて欲しいところなのですが……どうでしょう?」

 

 彼が、永夢が物語上でどういった役割を果たす人間なのか。仮面ライダーの力を目の当たりにした以上、恐らくその物語の主要人物である可能性が高いとシェインは見ている。

 

 故に、それを知ることは、この想区がまだ見ぬ物語を元にして生まれた想区なのであるということに繋がる。

 

 その上で、彼がどういった人間なのか、そしてどのような生き方をするのか。それらが記された運命の書について確認する必要があった。

 

 が……そんな彼女の思惑とは裏腹に、永夢は一瞬呆けた顔をしたかと思うと、頬を掻いて困ったように唸った。

 

「あの……すいません。僕からも聞いていいですか?」

 

「……何でしょう?」

 

 質問を質問で返すのは礼儀違反であるとは永夢もわかっている。シェインの眉間に皺が寄ったのを目にしても、これだけは聞きたかった。

 

「『運命の書』って……何ですか、一体?」

 

 先ほどの少年も言っていた『運命の書』という言葉。永夢は、聞き慣れない言葉について聞いただけにすぎない。しかし、その質問はこの場にいる面子からすれば予想外なものだった。

 

「……え?」

 

「運命の書を知らない……?」

 

 レヴォルとエレナからは呆気に取られたような呟きが、ティムとパーンからは予想外なものを見たと言わんばかりの目を向けられ、シェインもまた驚きで目つきが変わった。アリシアは相変わらずゲーマドライバーの観察に夢中。

 

「……え? あの、僕、何かまずいことを……」

 

 予想外の反応に、永夢は居た堪れない気持ちになり、内心焦る。もしかして、知らなければいけないことだったのだろうかと不安になる。

 

「……運命の書を知らない……ですか」

 

「あ、はい……すいません、なんだか、知ってないといけないのかと思うんですけど……」

 

 わからないが、それでも謝るしかできない。そんな永夢に、シェインは小さくため息をついた。

 

「まぁ……そうですね。運命の書は誰しも生まれた時に与えられる物ですから、持っていないという事例は聞きませんね」

 

「……生まれた、時から?」

 

「ええ。それがこの世界における常識……ですが、あなたは持っていない、それどころか存在すら知らない。あなたの言っていることに嘘偽りがないのなら、あなたの存在は奇妙以外の何物でもないんですよ」

 

 以前、シェインがかつての仲間たちと旅をしていた時期、運命の書が存在しない世界に迷い込み、小さな勇者と魔法使いと出会ったことがある。そういった事例もあるにはあるが、今回の場合は、彼は運命の書を知らない、しかしこの想区の住人は運命の書を持っている。

 

 以前の事例とは逆。想区という概念がない世界から、こちらの世界に迷い込んできた……シェインはそう考えた。

 

「……あなたは、本当に何者なのですか? 一体どこから来たというのです」

 

 ジト目が、鋭い目へと変わる。運命の書を持たず、それでいて得体の知れない力を操る青年。ヴィランを倒したとはいえ、敵か味方か判別がつかない存在。シェインは決して疑り深い性格ではない。しかしそれでも、自身らに害を為す存在であるかどうかわからない以上、警戒をするにこしたことはなかった。

 

「……僕だって、正直なところわからないことだらけなんです。ただ、ゲームアプリをダウンロードして起動させただけなのに、気が付いたらこの町にいて……」

 

 そんなシェインの警戒に気が付きつつも、永夢もどう答えればいいのかわからない。答えられる範囲のことは答えてはきたが、それでも納得がいくような説明ではないということが雰囲気からしてわかる。しかし永夢自身がよくわかっていないのに、それを説明することは難しい。

 

「一体……どうなってるんだ……」

 

 肩を落とし、項垂れる永夢。ここでは彼は、再編の魔女一行以上の異邦人。突然のことで右も左もわからない。幸いとして親切な人間と出会い、衣食住はどうにかなってはいるものの、いつまでもこの家に甘えるわけにはいかない。今後のことを考え、途方に暮れた。

 

「……ねぇ、シェインちゃん」

 

「はい?」

 

 そんな永夢を見ながら、事の成り行きを見守っていたエレナがシェインに声をかけた。

 

「私、この人のこと信じてもいいと思うんだけど……」

 

「エレナ?」

 

 エレナの申し出に、シェインではなく横にいたレヴォルが驚く。シェインも片眉を上げ、突然そんなことを言い出した彼女を訝し気に見つめた。

 

「……理由を尋ねても?」

 

「えっと、そりゃ確かにシェインちゃんが疑うのもわかるよ? 素性もわからないし……って言ったら、今の私たちもこの町の人たちからすればよくわからない人間だとは思うけど」

 

 シェインの厳しい視線を受けて僅かながらにたじろぎつつ、言葉を探しながら話すエレナ。しかし、その目は真っ直ぐシェインへ向いている。

 

「でも、さっきの見たでしょ? 私たちにはよくわからない力を持っていたとしても、私にはこの人が悪いことするような人とはとても思えない」

 

「……そう、だな。僕もエレナの意見に賛成です。悪い人間なら、子供たちを助けたりしない」

 

 力説するエレナに同調し、レヴォルもシェインを見る。先ほどの襲撃で助けてくれたという理由ももちろんある。しかしその前に、ヴィランに襲われていた兄妹を身を呈して庇っていた光景から、永夢の人となりを彼なりに感じ取っていた。

 

 運命の書を持っていないばかりか、仮面ライダーというレヴォルたちからすれば未知の力を持つ彼。だからといってそれがイコール悪人にはならない。

 

「まぁ、俺から見てもこの兄ちゃんを丸っきり信用はしないにしても、悪人にゃなれねぇとは思うな」

 

 レヴォルたちの話を聞いていたティムも、今の永夢からは迷子と似たような雰囲気を感じ取っていた。故に、怪しむよりも哀れみの方が気持ち的に勝っている。

 

 パーンの方も、傍観者としての立ち位置を保っているものの、永夢に疑いの目を向けてはおらず、ティムと同じような視線を向けている。彼の中にある若者を見守る教師という立場からくる物もあるのだろう。

 

 一方のアリシアはというと、

 

「これホントすごいわね……こんな物、フォルテム学院の技術でも作れるかどうか……」

 

 永夢、もといゲーマドライバーの方に強い関心を示しているのを見るに、問題はないと思われる。

 

 一部は言葉にしていないが、永夢に対する印象は悪い物ではない。唯一疑っているのはシェイン一人だけ、という状況だったが。

 

「……やれやれ、これでは私一人だけが悪者ですね」

 

 呆れ半分、しかしもう半分は予想していたと言わんばかりの口ぶり。そしてシェインは再び永夢へと視線をやった。そこには先ほどのような剣呑とした物は感じられない。

 

「まぁ、あなたの出自については色々謎が残りますが、あなた自身のことは信じますよ。私とてそこまで狭量ではありませんから」

 

「皆さん……ありがとうございます!」

 

 見ず知らずの、それでいて彼らにとっては異様な力を持つ永夢を信じてくれたレヴォルたちに、永夢は感極まって彼らに頭を下げた。

 

「名乗るのが遅れた。僕はレヴォルという者だ」

 

「私、エレナっていうの。よろしくね!」

 

 一先ず永夢に対する疑念が晴れたところで、改めてレヴォルとエレナが自らの名を名乗った。

 

「よろしくお願いします。改めて、僕は」

 

「私アリシアっていうんですけど、このゲーマドライバーとガシャットについて色々聞かせて欲しいんですけどいいかしら!?」

 

 改めて永夢も名乗ろうとした時、アリシアがズイっと身を乗り出して両手にゲーマドライバーとガシャットを持って永夢に顔を寄せる。その目は好奇心と探求心でギラついていた。

 

「うわ! ちょ、あの」

 

「アリシア……いくらなんでも唐突すぎやしないか?」

 

「うわぁ、こんな嬉々としたアリシアちゃん見るの久しぶりな気がする……」

 

 思わず仰け反る永夢と、少し引き気味なレヴォルとエレナ。四人、もといアリシアが騒ぐ横で、呆れたティムがため息をついた。

 

「おーい、俺らの自己紹介がまだなんですけどーお嬢サマー?」

 

「やれやれ、彼女らしい……落ち着くまで少し待とうか」

 

 対し、そう言ってパーンは微笑みながらその光景を見つめていた。

 

「まったく、打ち解けるのが早いことで……」

 

 ティム同様、騒ぐ彼らを呆れたように見るシェイン。そんな彼女に、パーンはそっと耳打ちする。

 

「すまないね、シェイン」

 

「ん? 何がです?」

 

「いや、こういう損な役回りをさせてしまったと思ってね。本来なら僕がやるべきなんだが」

 

 パーンとて、性分的に人を無暗に疑いたくはない。しかし、得体の知れない人間が自身だけでなく、レヴォルたちに敵意を向けないとも限らない。だからこそ、永夢のことを疑う人間が一人でもいた方がよかった。その役目は年長者であるパーンかシェインのどちらかが負うべきなのだが、シェインが進んでその役目を負ったことに、パーンは少なからず罪悪感があった。

 

「なに、こういうのはパーンさんよりも私の方が向いてると思ったまでなので。苦手でしょう? こういうの」

 

「ハハ、手厳しいな」

 

 歯に衣着せぬ物言いに、パーンは苦笑する。

 

「……けど、別に私とて彼のことをそこまで疑ってはいませんよ」

 

「そうなのかい?」

 

「ええ」

 

 言って、シェインは未だアリシアに詰め寄られてゲーマドライバーについての説明を求められてしどろもどろしている永夢を見やる。

 

「似てるんですよね……どこかの誰かさんと」

 

 我が身を顧みず、誰かの為に危険に飛び込んでいった永夢の姿。同じような光景を100年前にも見たことがあるシェインは、地味な見た目をしていたその誰かさん(・・・・)の困ったような優しい微笑みを彷彿とさせる永夢を、どこか懐かしそうに見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ? ここは……」

 

 どこかの建物の明かりの灯されていない室内にて、暗闇の中をのそりと蠢く影があった。声の高さから少女であることがわかるが、姿は闇の中であるがゆえに全貌までは把握できない。

 

「私は確か……()と霧の中を……」

 

 少女は先ほどまでの行動を思い出す。これといって何か変わったことをした覚えはない。

 

 しかし、ふと以前に()から教わったことを思い出す。あの霧の中では、どんな些細なレベルでも『その想区に僅かな縁があればそこに牽かれる可能性がある』ということを。

 

 そして……それによって、一度その想区に牽かれたことも思い出す。

 

「……まさか、また……?」

 

 一度しでかしたというのに、また同じことをしてしまった……己の迂闊さを呪った少女は、ガクリと闇の中で項垂れた。

 

 落ち込みそうになる少女。しかし自身を奮い立たせ、顔を上げる。

 

「落ち込んでる場合じゃない、か……早く戻らないと」

 

 少女は部屋から出るべく、歩き出す。

 

 

 

「こんなこと何回も続けていたら、クラウスに叱られちゃう……」

 

 

 

 見た目の怪しい、しかし自分にとっては恩人でもある男の下へ戻るため、少女は歩き出した。

 

 

 

 そんな彼女を、暗闇のさらに奥から見つめる存在がいるとは知らず。その存在は、誰にも認識されることなく、ニヤリと笑っていた。

 




グリムノーツキャラの口調がイマイチ定まってない感があります……気を付けます。

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