仮面ライダーエグゼイド ~M in Maerchen World~   作:コッコリリン

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ガシャットのサウンドは癖になる物が多くて脳内再生されまくって困ります。


第5話 動き始めるgear!

 聖都大学附属病院。その廊下を足早に歩く、水色のシャツの上に白衣を羽織った一人の医師。整えられた茶髪、そして端整な顔立ち。鋭い目つきも相まって、クールな印象を与える。彼の姿を見た看護婦と女性患者の一部は黄色い声を上げるが、彼はそんなこと眼中にないとばかりに相手にもせず、真っ直ぐ目的地へ向けて歩いていく。その彼のいつも以上に発されている近寄り難い雰囲気に押され、誰も彼もが彼に声をかけることができず、ただ歩き去っていく彼の姿を見送っていた。

 

 目的地は、彼が所属しているもう一つの部署、CR。医局へ繋がっている螺旋階段を駆け足で昇ると、まず目に入ったのは派手な服装をした女性が途方に暮れているかのように項垂れて椅子に座っている姿。彼が現れるのを目にするやいなや、女性は立ち上がった。

 

「飛彩!」

 

「研修医が消えたとはどういうことだ!?」

 

 女性ことポッピーピポパポに彼、天才外科医と称される鏡飛彩(かがみひいろ)は詰め寄る。

 

 事の始まりは、飛彩が他の大学の医学部の学生を相手に講演会を開き、それが終わった後にポッピーから連絡を受けたことだった。ただ、『ケータイが永夢のゲームを起動からダウンロードしてパラドも一緒に突然ピプペポパニックでそれからそれから』と、言っていることが支離滅裂で訳がわからず、冷静に諭して落ち着かせる。これがポッピーではなく別の誰かならば有無を言わさずに通話を切るのだが、彼女が何も理由もなしに連絡をしてくるはずがないし、相当な焦り様から異常事態が発生したと見ていた飛彩は、ようやく落ち着かせたポッピーから事情を聞いた。

 

 その内容に、飛彩は驚愕する。そして迷わずタクシーを拾い、白衣もそのままに真っ直ぐCRへ向かい、そして今に至る。

 

「それが、私にもよくわからなくって……私、どうすることもできなくって……」

 

 今にも泣き出しそうな顔をしながらそう言って、差し出したのは永夢の携帯。その液晶画面には、羊皮紙のような紙の本が開かれたままの状態で止まっている。ポッピーがいくら画面をタッチしてもスワイプしても、微動だにしない。画面を変えようにもどのスイッチを押しても全く変化がない。ポッピーにはお手上げ状態だった。

 

「……ゲーム病によって消えた、というわけではないのか」

 

 飛彩は、最悪なパターンを考え、それをポッピーに聞いた。ゲーム病が進行すると、患者はバグスターに体を乗っ取られて消滅する。永夢はそうなってしまったのかと飛彩は考えるも、ポッピーはそれを頭を振って否定した。

 

「そんなんじゃないと思う。ゲーム病が発症する兆候は無かったし、本当にその中に吸い込まれるように消えちゃった」

 

「そうか……」

 

 バグスターであるポッピーから否定され、ひとまずの安堵を覚える飛彩。かつては互いの信念とぶつかり合い、反目しあった永夢と飛彩だったが、今ではCRで共に戦うドクターライダーとして、かつての確執は消えている。そんな自身の心境の変化を改めて自覚したが、今はそれどころではないとすぐに思考を切り替える。

 

 しかし、ゲームに吸い込まれるとは……過去の事件でも、解決するためにゲームの世界に入って戦ったということはあるにはあるが、今回の場合は永夢自身が望んでゲームに入って行ったというわけではなさそうで、本当に事件に巻き込まれたようだった。

 

「他に、何かわかったことはないのか?」

 

「それなんだけど、飛彩に連絡する前に大我と貴利矢にも連絡を取ったの。それで今、二人も色々調べてくれている」

 

「開業医と監察医か……」

 

 彼らもまた、互いの確執から、特に開業医こと花家大我(はなやたいが)には憎悪を抱いていた程に深い溝があったが、今はその確執は取れ、互いに背中を預けて戦えるような間柄となっている。そんな彼らが今回の突然の永夢の行方不明という異変のために動いている中、自身も何もしないわけにはいかない。

 

「……聞いた話では、ゲームを起動した瞬間に二人は消えたと言っていたな。なんというゲームだ」

 

「えっと、『グリムノーツ』……ってタイトルだったと思う」

 

「グリム、ノーツ……」

 

 永夢と違ってゲームに疎い飛彩であったが、幻夢コーポレーションと関わっている今、今では多少なりともゲームに関する知識は持ち合わせているつもりだ。しかしそれでも、そんなゲームタイトルは聞いたことが無かった。

 

「この本のページが開かれたままになっている映像が、そのグリムノーツとかいうゲームなのか」

 

 言って、飛彩は永夢の携帯を手に取り、改めて映像を見る。まるで変化がない、本が開いたままの状態の映像。書かれている文字は薄いが、どうにか読めそうだった。

 

「……これはドイツ語か?」

 

「うん、飛彩ならわかるかと思って……」

 

 かつて飛彩はアメリカの病院へ留学をしていた経験があるが、それより前には医学のためにとドイツへも留学した経験がある。そのため、他のドクターと比べても知識は豊富であり、英語同様に話すことも読むことも可能だ。

 

「なるほど、ここから何かヒントが得られれば……」

 

 ポッピーの意図を察し、本を解読しようとした。と、その時、飛彩が昇って来た螺旋階段から硬質な音を二人分響かせながらCRの医局に入ってくる者がいた。

 

「ブレイブ、戻っていたのか」

 

「よ!」

 

「開業医、女子ゲーマー!」

 

 現れたのは、白いメッシュの入った髪をした男と、片手を上げて軽い挨拶をする黒髪の少女。黒いシャツと迷彩柄のズボンという出で立ちの上に白衣を羽織った、ゲーム病専門の開業医である花家大我。そして赤い服にカラフルなミニスカートを履いている少女は、大我といつも一緒に行動している天才ゲーマー少女の西馬ニコ。かつては衝突し、今では激闘を共に戦い抜いた戦友となっている彼らは、情報収集を終えてCRへ戻って来た。

 

「大我、ニコちゃん! 何かわかった!?」

 

 ポッピーは二人に駆け寄り、どのような情報を手にしたか問う。事情を聞いた二人は、自分たちの伝手を使って永夢が取り込まれたというゲームについての情報を貴利矢とは別方面で集めると言って動いていた。

 

 しかし、そんなポッピーの期待を余所に、大我とニコはというと、あまり明るくない表情を見せる。

 

「……すまねぇ。昔の伝手を頼ったんだが、エグゼイドが起動したっていうゲームについての情報は得られなかった」

 

「私も昔のゲーマー仲間から聞いて回ってたんだけど、そのグリムノーツっていうゲームについて知っているのは誰もいなかった。ゲームについてなんでも知ってるっていう子からも聞いたけど、そんなの見たことも聞いたこともないって……」

 

「そんな!? 永夢が見つけたのは大手のダウンロードサイトからだよ!? 誰の目にも留まらないって、そんなの……!」

 

 広い情報網を持つ大我とニコですら知り得ないゲーム。特にゲーマーであるニコですらわからないと言われ、ポッピーは愕然とした。

 

「それだけじゃないぜ」

 

 と、そこで別の人間からの声が医局に響く。大我たちの後ろの螺旋階段から聞こえてきた声の主は、黒い髪をオールバックにした男。サングラスをかけ、派手なアロハシャツという軽そうな服装の上に袖を通さずに羽織った白衣から、かろうじてドクターであることがわかる彼は、監察医兼CRのメンバーである九条貴利矢(くじょうきりや)

 

「貴利矢!」

 

「ポッピーの言っていたゲームについて、自分なりに色々調べてたんだが……」

 

 サングラスを外し、襟元に引っ掛ける形でぶら下げつつ話す貴利矢。その顔からは、事は深刻であることを物語っているかのようだった。

 

「幻夢コーポレーションを始めとしたゲーム会社でも、そんなゲームを開発してはいないらしい。大手だけでなく、マイナーな会社。あるいは個人で開発したゲーム。全てってわけじゃねえが、各方面について調べてみた……が、結果は白髪先生らと同じだ。情報はゼロ。検索エンジンにすら引っかかりゃしない」

 

「そんな……なんで」

 

「しかも、だ」

 

 貴利矢は自身の携帯を取り出し、絶句するポッピーに画面を見せるように振った。

 

「自分もそのダウンロードサイトにアクセスして、件のゲームを探してみたが、そんなゲームはどこを探しても見つからなかった。知り合いにも頼んで探してもらったけど、引っかからなかった。サイトの会社に問い合わせてもみたが、ご存知ないようだったぜ」

 

「つまり、エグゼイドの携帯にだけそのゲームが表示されたってことか?」

 

「何それ? そんなんあり得んの?」

 

 補足する大我と、胡散臭そうに言うニコ。しかし、それが事実であることはポッピーの証言と、永夢とパラドがいないという現状が証明している。

 

「まだ調べ足りてないかもしれないけど、恐らくこれ以上はどこの会社かどうか調べても無意味だと思うぜ? 個人で作ったゲームならばまだ調べようはあるかもだけど、誰も知らないゲームを作った人間を探すなんざ、どだい無理な話だ」

 

「じゃあどうすればいいの!? 私もうピプペポパニックだよぉ!」

 

 打つ手なし。そう言われて混乱するポッピーを、貴利矢は窘める。

 

「落ち着けって。何も諦めろって言ったわけじゃない」

 

「でも、手がかりは……」

 

「そうだな……自分らにはない」

 

 言って、貴利矢は足をCRの一画へ向ける。そしてその手前で足を止めた。

 

「で? ……何か知ってんのか? 神」

 

 神。そう声をかけた先には、ドレミファビートの筐体。その画面の中の檻にて、悠々自適とPCのキーボードを叩くやせ型の一人の男。

 

『フ、やはり私に聞いてきたか……』

 

 不遜な態度を隠そうともしない男、檀黎斗は、小ばかにしたような笑みのまま立ち上がった。

 

『生憎だが、私とてそんなゲームは知らない。故に今回の騒動については無関係だ』

 

「さすがに自分が疑われんじゃねぇかっていう自覚はあるんだな」

 

『なぁに、私のこれまでの行いを許せないと言っている君たちなら、真っ先に私を疑うというのは自然な話だからな』

 

「あぁそうかい」

 

 これまでの悪行を一切反省しない彼に、貴利矢は半ば諦め、半ば感心の思いで口にする。ここまで堂々としていると、いっそ清々しいものだ。

 

「そんじゃ、その神は今回は関わっていないとして、だ……何か知っていることはないか?」

 

 彼に頼むのも癪ではある。しかし、ゲームに関しての知識は神を自称するだけあって、彼の右に出る者はいない。それをわかっているからこそ、貴利矢は自身の感情に蓋をし、質問をした。

 

『詳しくは知らない……しかし、どうにかすることはできるかもしれないな』

 

「ホント!? 黎斗!」

 

 貴利矢を押しのける勢いでポッピーが筐体に詰め寄る。「あいて!」と貴利矢が呟くも誰も気に留めなかった。

 

『当然だ。私を誰だと思っている……が、こんな状況では手助けしたくてもできないなぁ?』

 

 フフ、と笑いながらCRの面々を見る。それに対して嫌な顔をする飛彩と大我、そして「うぇ」と気味悪そうに呟くニコ。しかし、ポッピーだけは真面目な顔をして、黎斗を見つめた。

 

「……本当に何とかできるんだよね?」

 

『無論だ。私は心を入れ替えたのだからな』

 

 どの口が言うんだ。CRにいる全員がそう思った。

 

「……今回の件を、日向審議官に説明したら、責任は私が取るって言ってくれた」

 

 予め、ポッピーは幼少の頃の永夢を手術し、そして彼をドクターの道へ歩ませる切欠となった、現在は衛星省の審議官である日向恭太郎に連絡をした。彼にとっても永夢は特別な存在であり、彼の一大事と聞いて目の色を変えた。組織に所属する者として賛否は分かれるだろうが、永夢の救助のためならばと、彼は独断ではあるが決意をしてくれた。

 

「だから……お願い、黎斗」

 

 檀黎斗の一時的な釈放。衛星省の許可なく出すことはできない彼の拘束を解放するため、ポッピーは筐体のボタンを押した。

 

 画面に映っていた紫色に光る格子が消え去ると、黎斗は一瞬、画面いっぱいに映る。次の瞬間には、筐体からオレンジ色の粒子が飛び出し、それが筐体の前で人型となって形を成す。

 

 黒のジャケットに黒いズボン、スラリとした体型の長身の男、檀黎斗。元人間であり、今ではバグスターとしての生を謳歌している人物。危険な思想を持った彼が、ゲームの世界から現実の世界へ顕現した。

 

「それで? 何の策があるんだよ、神」

 

「ただ出たかったから、と言うのであれば、問答無用で切除する」

 

 黎斗が釈放されたとしても、彼らは一切油断をしない。対し、そんな視線を意に返さず、黎斗は笑みを絶やさぬまま医局の中を靴音を鳴らしながら歩く。

 

「今回、永夢が消えた原因は間違いなくゲームアプリだ。しかしそのゲームは誰もが知らない、さらには開発者も謎とされている未知のゲーム……ここまではいいかな?」

 

「あぁ、自分らが集めた情報だからな」

 

「しかし、結局はゲームだ。それが意味することはただ一つ」

 

 ピッと右の人差し指を立てる。それが妙に様になっているが、逆にどうにもそれが癪だった。

 

「データの解析さえすれば、どのようなゲームであるかといった情報を知ることは容易だ」

 

「知って、どうすればいいの?」

 

「簡単だ。我々が連れ戻せばいい」

 

 あっさりと、ポッピーの疑問にそう答えた。

 

「……は? 何だって?」

 

「何度も言わせるな。我々もゲームの中に入って連れ戻せばいいだけの話だ。データ解析さえできれば、ゲームの中に潜り込めるかもしれない」

 

「いやいや待て待て。簡単に言うけど、そんなことができんの!? いや自分とアンタならできるかもだけどしれないけどよ!?」

 

 何を隠そう、黎斗に抗議して叫ぶ貴利矢もまた、黎斗同様にかつて消滅し、バグスターとして復活した存在である。そんな彼らならば、バグスターの特性を利用してデータ化し、ゲームの世界に入ることは容易いかもしれないが、問題はそこではない。

 

 要は、今いる場所に、元の世界に戻ることができるのか。そう貴利矢は言いたかった。幻夢コーポレーションが開発したゲームならば問題ないかもしれないが、相手は出処のわからないゲーム。データ解析ができたとしても、中に入れば何が起こるかわからない。最悪、自分たちも閉じ込められるかもしれない。

 

 そんな懸念を抱く彼に、フッフッフと気味悪く笑う黎斗。

 

「私は檀黎斗神だ」

 

 言って、ポケットからある物を取り出す。それを一同に向けて見せびらかすように、掲げた。

 

「神の才能に、不可能はない」

 

 その手に持つのは、茶色と白のカラーリングがされているだけで、ラベルも貼られていないだけでなく、データすら入っていないまっさらなガシャット。それを音をたてながら軽く振り、黎斗は不敵に笑った。

 

 

 

 

 

 ~ 第5話 動き始めるgear! ~

 

 

 

 

 

(運命の書……その人の運命が、その一冊の本によって定められている世界、か……)

 

 翌朝、まだ日が昇って間もない時間帯。石造りの町の通りを朝日を浴びながら歩く人々を二階の窓から見下ろしながら、永夢は昨日の話を思い返していた。

 

 レヴォルたちから聞いた、この世界のシステム。人は生まれた時から一冊の本が与えられ、その本の筋書き通りの人生を歩む。そこには生まれてから死ぬまでの間、何があるのか、何が起きるのか……所謂、舞台劇の台本のような物。この世界の人々は、その台本に沿って生きていくのが当たり前であると認識している。

 

 永夢は複雑な気持ちになった。人がどのように生き、どのように死ぬか……そんなことが予め知らされている人生。文字通り運命そのものが書かれた本の通りに生きていく人生……永夢からすれば、それは果たして人生と呼べるのだろうか。

 

 何が起こるかわからない。それでも人は悩み、苦しみながらも、明日を思って今日を生きていく。

 

 たった一つしかない自らの命の重さを感じながら。

 

 それが人生というものではないのか。どこの誰かが、ストーリーテラーという聞き慣れない神のような第三者によって決められた筋書きを歩むことを、人生と呼べるのだろうか。永夢にはそう思えてならなかった。

 

「エム? どうかしたのか?」

 

「……え?」

 

 そう思っていると、後ろから部屋に入って来たレヴォルが声をかけた。

 

「エムさん、何か考え事?」

 

 レヴォルと共に入室してきたエレナも、レヴォルと同じような視線を向けられ、永夢は頭を掻いた。

 

「あ、いや……なんていうか、運命が予め決められてるっていうのが、やっぱり信じられなくって」

 

 心配そうな顔を向ける二人に、運命の書について考えていたことを正直に話す。最も、それについて否定的な意見を持っているとはあえて口にしなかった。

 

「あ、そっか。エムさん、運命の書がない世界から来たって言ってたよね?」

 

「うん……やっぱり、それっておかしいのかな?」

 

 この世界の常識に当てはまらない自身の境遇について尋ねる永夢に、エレナはうーんと唸ってから答えた。

 

「おかしいって言うより、あんまり違和感ないかなーって。私たちも空白の書の持ち主だから、書があるかないかだけの違いしか感じないなぁ」

 

 エレナの語る空白の書についても、昨晩のうちに説明を受けていた。

 

 レヴォルたちが持っている、本来なら辿るべき運命が記されているはずなのに、何も書かれていない運命の書、空白の書。そういった人間がごく稀に生まれて来るらしく、レヴォルたち再編の魔女一行は、様々な理由から世界を、細かく言えば『想区』と呼ばれる場所を次から次へと渡って旅をしているという。

 

 再編の魔女、というのはエレナのことを指し、彼女を中心としていることから再編の魔女一行という風に自身たちをそう呼んでいる。再編というのはよくわからなかったが、特別な力があるということだけは把握した。

 

「あ、でも! エムさんの住んでいた世界のみんなが運命の書を持ってないんでしょ? それはちょっと変わってるなーって思う」

 

「うーん、やっぱりそう思われるのかぁ」

 

 子供のように思ったことを口にするエレナ。それに少し微笑ましい物を感じつつ、文字通り住む世界が違うというものを嫌が応にも感じてしまう。この世界では運命の書によって進む人生が当たり前なのであり、自身の世界の価値観はこの世界の人たちにとっては異常なのだ。

 

 否定的な意見は変わらない。しかし、世界が違えば考え方も違って来る。それをわかっているからこそ、彼らに自身の意見を押し付ける気は永夢には無かった。

 

「……運命の書がない世界、か」

 

 と、ふとレヴォルからポツリと言葉が漏れ出る。感慨深げなレヴォルの物言いに、エレナは首を傾げた。

 

「レヴォル?」

 

「……ようは、エムが住んでいる世界の人たちは全員、空白の書の持ち主というようなものなんだろうな」

 

「多分……そんな感じだと思う」

 

 昨晩のうちに、互いの世界等についてある程度を交わした永夢とレヴォルたち。その永夢の話を聞いたレヴォルは、永夢が住まう世界を『住人全てが空白の書の持ち主』という風に解釈していた。あながち間違いではない永夢は、それを否定しなかった。

 

「エムも、自分からドクターになろうと決めて今も働いているんだろう?」

 

「うん……僕は、小さい頃からドクターになろうって決めていたから」

 

 頷き、そう答える。その表情は明るく、心の底から今の仕事に誇りを持っているということが、レヴォルとエレナにも伝わる程。

 

「へぇ……何か切っ掛けとかがあったの?」

 

 エレナに聞かれ、幼少の頃に雨の日に交通事故に遭い、生死を彷徨っていたところを、当時の担当医であった日向恭太郎に救われたことを思い出す永夢。

 

「昔、事故に遭ってね。その時に命を救ってくれた人がいたんだ」

 

「そっか! その人の影響なんだね?」

 

「うん……今はドクターとは違うけど、それでも大勢の人たちのために尽力している人だよ」

 

 ドクターでなくても、衛生省の人間として、人々のために奔走している恩人。入院していたあの時の彼との思い出は、永夢にとってかけがえのない物であり、同時に永夢にとってのドクターとしての信念の礎となっている。

 

「だから僕も、あの人みたいに……患者さんの病気を治すだけじゃなく、笑顔を取り戻すような、そんなドクターになりたいと思ってるんだ」

 

 心の底からそう願っているのがわかる、永夢の笑顔。他人のために精一杯になれる彼の人柄はわかっていたが、ドクターとして立派な志を持っている彼を、エレナとレヴォルは感心の面持ちで見つめた。

 

「……あ、ごめん! なんか自分語りしちゃって……」

 

 少し気恥ずかしくなった永夢は、自分のことばかり話したことを謝罪した。そんな彼に、エレナは頭を振った。

 

「ううん……寧ろすごいなぁって。後かっこいいなぁって思ってた」

 

「ああ、志が高いだけじゃなく、ドクターの仕事を誇りに思っているのが伝わってくるよ」

 

「うんうん! それに、仮面ライダー、えっと、エグゼイド、だったよね? にもなれて戦えるんだから、ホントにすごいよ!」

 

 レヴォルとエレナから称賛を受け、そこまでべた褒めされるようなことではないと思っている永夢は、ただただ頭を掻いて「い、いやぁ……」と必死に照れ隠しをするしかなかった。

 

「でも、君たちだって僕からしてみれば、世界を渡り歩いて旅をしているだなんて、僕よりも若いはずなのに信じられないよ。すごいね」

 

 昨晩聞いた彼らの話は、小さい子供が聞いたら何とも胸躍る冒険譚に聞こえた。幾つもの世界、彼ら曰く想区を渡り、時には過酷な環境を歩き、強敵を相手取って人々を救ってきたという彼らの旅……もっともこれらを語っていたアリシアが、テンションに任せていろいろ脚色しているかもしれないが。

 

 ともあれ、それでもそんな旅をしてきたとは思えないような年代の彼らに、永夢もまた称賛した。

 

「えへへ、そうかなぁ? やっぱりすごいかなぁ?」

 

 永夢に褒められたエレナは、少し赤面してはにかむ。そこには、年相応の少女の可愛らしさがあり、ますます彼女が旅の中心を担っているとは到底思えないと、永夢は感じる。

 

 と、そんなやり取りをしている横で、レヴォルは小さくため息を吐いた。

 

「……でも、少し羨ましいな」

 

「え?」

 

 と、ポツリと零すレヴォルに、永夢は聞き返した。

 

「運命の書で生き方が定められていない世界……僕たち空白の書の持ち主だけじゃない、世界中の誰もが自分の生き方を、エムのように選択できるそんな世界だったら、僕も……」

 

 伏し目がちに語るレヴォル。脳裏に過るのは、海へ向かって飛び込んでいく最愛の人、そして伸ばしても届かない自らの手。運命の書によって定められたことによる悲劇の光景を、ただ見ているしかできなかった自分自身。

 

 もし運命の書が無かったら、彼女はどう生きたのだろうか? もし自分自身の運命の書が空白でなく、周りの人たちと、大切な人たちと同じ運命の書を持っていたら、どう生きていたのだろうか? 

 

 もしそうなったとしたら、悲劇の筋書きを描いたあの人(・・)の信念のように、命の尊さを知ることができたのか? ……ふと、そう考えてしまった。

 

「レヴォル……」

 

「っ、すまない、どうでもいい話をしてしまった」

 

 エレナの声で思考が戻り、場の空気を少し悪くしてしまったことを微笑みながら謝罪する。しかしその笑みは、やや固いものが感じられた。

 

「レヴォル君、君は……」

 

「さ、そろそろ下へ降りよう。シェインさんたちが待っている」

 

 気を取り直し、二人に促しつつ部屋を出るレヴォル。その場に残された永夢とエレナは、彼の背中を見送った。

 

「……定められた運命、か……」

 

 レヴォルが、運命の書にまつわる何かがあったことは想像に容易いが、何があったのかまでは本人の口から語られない限り知り様がない。それでも、運命を自身で決められるはずの彼が、自分以外の運命の書に翻弄されたと永夢は察した。それに、旅立つ切っ掛けとなった理由も詳しくは語られていなかったが、運命の書関連であることは彼の口ぶりからは明らかだった。

 

 この世の理でもある運命の書。しかして、永夢は自分の手でドクターとしての道を歩むことができただけに、そのシステムに複雑な思いを抱く。

 

『永夢……』

 

 永夢の中で、心を共有しているパラドもまた同じ気持ちを抱く。しかし、かける言葉が見つからず、ただその名を呼ぶだけしかできない。

 

 怒りとも寂しさとも捉えられるような表情を浮かべる永夢の横顔を、エレナもまた何とも言えない気持ちで見つめていた。

 

 

 

 

 

 

「さて、全員集まったところで、本題へ入りましょうか」

 

 一階。大人数が入るにはやや狭いながらも、窮屈さはさほど感じられない広さのダイニングにて、老婆含めた全員が集まり、シェインが口を開く。永夢を含めた再編の魔女一行は、朝食の片づけを終えた老婆が休息に入るのを見計らい、改めて話を聞くことにした。

 

「昨日、この国の王の名前を聞こうとした時、トラブルが発生して聞けず終いでしたね。改めてお聞きしますが、この国の王の名前はなんというのですか?」

 

 トラブルとは、永夢たちがヴィランに襲われた時の話だ。その時にエレナが王の名を聞こうとした矢先、そのトラブルが発生。結局聞けずに終わってしまっていた。あれからも落ち着いてから話をしようということで、この時間に改めて老婆に質問をしようと決めていた。

 

「あぁ、そうだったね」

 

 三角頭巾を取りながら、老婆が答える。

 

「王様の名前は本当は長いんだけど、善政を敷いていた時は皆からフィリップ王って呼んでいたよ。今じゃ誰も気安く呼べないけれどねぇ……」

 

 過去を思い出し、どこか寂し気な顔になる老婆。それをその場にいる全員が気の毒に思うも、その中でシェインが難しい顔をしていた。

 

「フィリップ……何か該当する人物に心当たりある人います?」

 

「いや、心当たりというよりも、よく聞くような名前だな」

 

 シェインの質問にパーンが顎に手を添えながら答える。他の面子もシェインは見てみるも、全員芳しくない表情だ。

 

「うーん、フィリップって名前の人がいるお話って何かあったっけ?」

 

 エレナが腕を組み、首を傾げて考え込む。その横で話を聞いていた永夢は、レヴォルに耳打ちする。

 

「さっきから話を聞いてたんだけど、王様の名前を知ってどうするの?」

 

「ああ、昨晩話していた強敵についての情報を集めているんだ」

 

 永夢の質問に、レヴォルは答えた。

 

「強敵?」

 

「……昨日僕らを襲ったヴィランの親玉で、放っておいたら大変なことになる。僕らはそれを防がなければいけないんだ」

 

 化け物……ヴィランという名を昨日の夜に初めて知った永夢。その化け物を率いている存在。その存在の情報を、今レヴォルたちは集めている最中だという。

 

「大変なことって……?」

 

 あの悪意を具現化したような連中の親玉を放っておくことは悪い予感しかしない。永夢がその大変なことについて具体的に聞くと、レヴォルは一瞬だけ答えあぐねるように口を噤んだ。

 

「それは……」

 

 普通に答えると、不安を煽るかもしれない。そんな心配からレヴォルが迷っているのが、永夢には感じ取れた。

 

 そんなにまずいことなのか……永夢がそう思っている間、シェインは話を進めた。

 

「……他にこの国で有名な人がいればいいんですが」

 

 もしシェインたちの中で該当する名が挙がらなかった場合、それはシェインたちも知り得ない、未知なる想区であるかもしれない。そうなれば、もっと別のアプローチで情報収集をしていく他ない。

 

 と、そのシェインの呟きを聞いた老婆が「ああ」と、何か思い出したかのように声を上げた。

 

「そう言えば、最近王がご結婚されてね。国中で盛大に祝ったんだよ……けど、ねぇ……」

 

「けど?」

 

 言い淀む老婆。先を促すシェインに答えたのは、老婆のすぐ側に座っていた少年だった。

 

「王様が変になったのは、結婚してから少ししてからなんだ。城と町を区切るような高い壁を作ったり、兵士たちが国の人たちに威張り散らすようになったり……」

 

「……お父さんとお母さんも、他の人たちも……みんな連れてっちゃった……」

 

 当時を思い出し、辛そうな面持ちで語る兄妹。それを見るだけで、永夢は居た堪れない気持ちになる。

 

「なるほど、以前は善政を敷いていた王が、急に圧制で国民を苦しめるようになった、と……」

 

「それも結婚してから……ということはつまり」

 

 シェインが話し、アリシアも続ける。アリシアが言うことは、永夢を除いた一行が考えていることど同様だった。

 

「その結婚相手……王妃が怪しいってことだな」

 

「……うん」

 

(ん?)

 

 ティムの言う言葉に、力無く頷いた少年。その顔は、先ほど見た両親が連れて行かれたことを思い出していた表情とは、また違う物を永夢は感じる。

 

「それで、その王妃のお名前は? 国民全員が祝福したくらいなのですから、誰でも知っていますよね?」

 

「あ、ああ……王妃の名前はね……」

 

 シェインに尋ねられ、言い辛そうに口を開く老婆。何故にして言い淀むのか、疑問に思ったシェインは眉を上げた。

 

 そのことについて尋ねようと、シェインが口を開く……その瞬間だった。

 

「た、大変だぁ! また化け物が出たぞぉ!!」

 

「って、またかよ!?」

 

 外から聞こえてきた悲鳴と叫び。またも話を遮られる形となってしまったことに、ティムが苛立たし気に吐き捨てる。

 

 ともあれ、化け物……つまりまたもヴィランが現れたという報せを聞いて、動かない訳にはいかない。そんな中、誰よりも早く部屋から飛び出していく人物がいた。

 

「エム!?」

 

 脇目も振らず飛び出して行った永夢は、白衣を翻して悲鳴の下を目指して走り出す。背後からかかるレヴォルの声にも応えずに。

 

(これ以上、誰も苦しめさせはしない……!)

 

 化け物の元締めがどこの誰だかは知らないが、誰かが傷つけられているのであれば、それがバグスターであろうとなかろうと永夢には関係ない。己の信念に従い、永夢はただただ走って行った。

 

 

 

 

 

 どうしてこうなってしまったんだろう。少女の胸の内は、そんな後悔で一杯だった。

 

 最初は、自分は悪くない、咄嗟の判断だったから仕方ない……そうして自己を肯定し、心を蝕む罪悪感を薄めようとしていた。

 

 が、それと同時にそんなことを思えること自体が醜く、卑しく感じてしまう自分の良心によって、自らがした行動を否定され、熟れすぎて腐った果実のようにジクジクと罪悪感がナイフとなって沈み込むように突き刺さっていく。

 

 肯定、否定、肯定、否定……延々と回り続けるループ。悪循環。二つが繰り返されせめぎ合い、少しずつ少女の精神を削っていく。

 

 そんな少女を責めるかのように、世界は少女に味方しなかった。だからこうして、少女は走り続けている。胸を抑える手は、走り続けたことで悲鳴を上げる肺を落ち着かせるためにあるのか、あるいはいつまでも突き刺さる罪悪感による痛みを抑えるためにあるのか。それすらも少女にはわからなかった。

 

 思えば、あの日にあった出来事からの記憶がない。錯乱していたのか、気付いた時には町のどことも知れない場所に蹲っていた。それ以来、ただただ隠れ続け、そしてツケが回って来たかのようにこうして追われている自分がいる。

 

 本当ならば、良心に従って捕まらなければいけないかもしれない。けれど彼らに捕まってはいけないと、少女の心が叫ぶ。それは罪から逃れたいからといった物ではなく、もっと別の何か。

 

 捕まってしまえば、取り返しのつかないことになる……何故か、そう確信した。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……!」

 

 頭の頭巾を深く被りながら走り続ける。肺が苦しくとも、底の薄い靴のせいで足裏が痛んだとしても、少女はただただ逃げる。後ろから追って来る気配を感じ、路地裏を駆ける。

 

 やがて少女は路地裏から飛び出す。表通りを歩く人々が驚き、少女を見る。

 

「あ、あぁ……!」

 

 それだけで彼女は恐怖する。誰もが自分を責めている。誰もが少女を恐れた目で見ている。

 

 無論、それは緊迫した精神状態が引き起こす被害妄想だ。唐突に現れた少女を見る人々の目には恐れはないが、妙な物を見る目をしていた。

 

 そんなことを知る由もない少女は、より深く頭巾を被り、顔を覆い隠す。そしてその場から逃げ出した。その直後、少女の背後から悲鳴が上がる。

 

 逃げなければ、逃げなければ……連中から、人の目から。

 

 しかし、目深に被りすぎた頭巾のせいで、視界が先ほどよりも狭まってしまっていることに、無我夢中の少女は気付かない。そして、

 

 

 

「あいだぁっ!?」

 

 

 

 正面から、誰かにぶつかってしまった。

 

「ひゃっ」

 

 短い悲鳴が口から洩れる。そのまま前のめりに倒れ込んだ……が、硬い地面の感触がしなかった。

 

 何故なのか、少女が疑問に思って倒れ込んだまま顔を上げた。

 

「ってぇ……」

 

 痛みに呻き、顔をしかめる一人の青年が、少女の目に飛び込んで来た。

 

 これは、本来なら起こりえない出会いであり、そして少女の運命の歯車が動き出す切っ掛けであるということには……誰も気付かない。

 

 

 

 

 

 

「エム!」

 

「エムさん!」

 

 飛び出して行った永夢を追って、レヴォルたちが走る。そしてすぐにその姿を見つけることができた。

 

 家から出てすぐの表通りで、目立つ白衣を着た永夢が仰向けに倒れている。その上には、頭巾を被った少女が抱き着くようにして倒れ込んでいた。

 

 状況だけ見ると、どう言葉にして表せばいいのかわからない。が、痛みに呻く永夢を見ると、レヴォルたちはすぐに何があったのか理解することができた。

 

「おいおい、今度は正面衝突かよ……いや、今回ばかりは役得か? お医者さん」

 

 昨日は躓いて倒れ、今度は人にぶつかって倒れる。何とも不幸というかドジというか、しかしぶつかってきた相手は見た限り女性のようで、そんな永夢にティムは半ば呆れつつ皮肉を言う。

 

「いや、わざとじゃないんだけど……それより、怪我はないですか?」

 

 打った頭を擦りながら、永夢は胸の中で倒れ込んでいる少女を起き上がらせる。咄嗟のことで混乱しているようで返事はできなかったが、少女は首を小さく振って怪我がないことを示した。それを見てホッとする永夢は、少女の手を取り、少女と一緒に立ち上がった。

 

「よかった。僕も慌ててたので……すいません」

 

 ひとまず、少女に謝罪する永夢。少女もまた、永夢に対して小さく頭を下げた。

 

「私こそぶつかってごめんなさい、それじゃ……」

 

 言って、永夢の脇を通り抜けようとする。が、一歩足を踏み出した瞬間、足をもつれさせて永夢の方にまたも倒れ込んでしまう。

 

「わっ!? だ、大丈夫ですか!?」

 

 やはり先ほどぶつかった時に怪我をしたのか。永夢がそう心配していると、か細い声が少女の口から漏れ出て来るように聞こえてきた。

 

「早く、逃げなきゃ……じゃないとあなたたちまで……」

 

「え……?」

 

 その言葉の意味がわからず、永夢が問い返す。何のことかと、永夢が聞こうとした。

 

「エム!」

 

「っ!?」

 

 突如、レヴォルが永夢の名を呼ぶ。同時に、辺りに悲鳴が響き渡った。何事かと振り返ると、その光景に絶句する。

 

 人々が蜘蛛の子のように逃げ回る中、煙のように現れた黒い怪物。子供程の大きさの者から、大きい腕に鋭い爪を持った者。それらがわらわらと永夢たちへ向かって来ている。

 

「ヴィラン……!?」

 

「ひっ……」

 

 昨日襲い掛かって来た化け物と同様の存在。化け物を目の当たりにし、永夢の腕の中で少女が怯え、震え出した。

 

「白昼堂々、また現れましたか……!」

 

「エムくん、彼女を!」

 

 シェインが鋭い目つきでヴィランを睨みつつ、自らの空白の書を取り出す。その横で、パーンが少女の避難を永夢へ促す。

 

「はい! 彼女をお願いします!」

 

「みんな、栞の準備を!」

 

 少女をパーンへ預け、永夢もまたシェイン同様、ヴィランと対峙する。空白の書を取り出すレヴォルたちのように、永夢もまたゲーマドライバーを手に取り、腰に当てる。するとベルトが飛び出し、永夢の腰に巻き付いた。

 

「お前たちの好きにはさせない! 一気に片付ける!」

 

 言って、懐からマイティアクションXガシャットを取り出し、スイッチを押した。

 

≪MIGHTY ACTION X!!≫

 

 音声と電子音と共に、永夢の背後にゲームスタートのホログラム映像が現れ、そしてゲームエリアが展開される。チョコブロックが飛び出し、戦闘の前準備が整った。

 

「……これ、ホントどうなってるのかしら。あんな小さな機械一つで空間を生成できるのも不思議だけど、この空中に浮かぶ動く絵とか。ブロックを実体化して放出できたりするし……仕組みが知りたい……」

 

「今それどころじゃねぇだろお嬢サマ……」

 

 アリシアがマイティアクションXのゲームタイトルの映像に手を振って触れようとするが、案の定ホログラムには触れられず、それがますますアリシアの探求心を刺激させた。その横でティムが彼女を窘める。

 

「大・変身!」

 

 永夢は腕を左へ大きく振るい、叫んだ。そしてガシャットを半回転させてから左手に持ち替え、ゲーマドライバーのスロットへ。

 

≪ガシャット!≫

 

≪ガッチャーン! レベル・アーップ!!≫

 

 挿入してからすぐさまレバーを開く。そして、

 

≪マイティジャンプ! マイティキック! マイティマイティアクション・X!!≫

 

 回転しながら現れたセレクト画面。その正面にエグゼイドの顔が来たところをタッチ。昨日同様、永夢の体とエグゼイドの画面が重なり合うが、セレクト画面と同時に現れたエグゼイドのレベル2の姿が描かれたパネルもまた同様に重なる。

 

 ピンクの光が散ると、そこには等身大の姿である仮面ライダーエグゼイド・アクションゲーマーレベル2が立っていた。

 

「あれ、今回はいきなりおっきくなったね?」

 

 昨日のようなずんぐりむっくりの姿であるレベル1から始まるのではなく、いきなりレベル2になったエグゼイドに、エレナが首を傾げた。

 

「連中はのろまだからな。昨日は様子見も兼ねてだったけど、こっちの方があいつらを翻弄できると思って」

 

≪ガシャコンブレイカー!≫

 

 答えつつ、武器を召喚するエグゼイド。ガシャコンブレイカーを手に取り、レヴォルたちへ振り向いた。

 

「ほら、さっさとお前らも変身しろよ。早くしねぇと、俺一人で片付けちまうぜ?」

 

 言ってから、ハンマー片手に駆け出す。その姿に、レヴォルは引きつった笑みを浮かべた。

 

「なんというか……普段のエムを見てると、やっぱりあの性格は違和感があるな……」

 

 普段はお人好しで穏やかな性格の永夢が、仮面ライダーになると好戦的な上に口調すらも変わるという真逆の変化に、どうも違和感が拭えない。が、戦いながらでも一般人を襲おうとするヴィランを優先的に倒し、「早く逃げろ!」と言って避難を促す辺り、根っこは変わらないようだった。

 

「普段は穏やかな人間が、何らかがスイッチとなって気性の荒い人格へ変わる、という話を聞いたことがある。彼の場合がそうなのかもしれないね」

 

 少女を安全な場所へ避難させたパーンが、そんなレヴォルの疑問に答える。そして自らも空白の書と栞を構えた。

 

「さぁ、私たちもヴィランから町の人たちを守ろう!」

 

「は、はい!」

 

 永夢にだけに戦わせるわけにはいかない。少し慌てつつ、レヴォルたちも書を栞に挟み、コネクトを開始する。

 

 光が散ると、昨日と同じ人物(ヒーロー)へと変化する一行。それぞれ散りつつ、襲い来るヴィランに肉薄する。レヴォルはヴィランの攻撃を避けて切り返しつつ、ナイトヴィランをハンマーで殴り飛ばすエグゼイドへと接近した。

 

「はっ!」

 

 呼気と共に、エグゼイドへ爪を振り下ろそうとしたビーストヴィランを切り飛ばす。それに気付いたエグゼイドが振り返り、ロミオ扮するレヴォルに気付いた。

 

「サンキュー! 助かった!」

 

「油断するな、動きは遅いがヴィランはそこまでバカじゃない!」

 

 忠告するレヴォル。が、そんな彼に飛び掛かるようにエグゼイドが宙高くジャンプする。

 

「え……」

 

 突然何を……そう思ったレヴォルの頭上で打撃音。レヴォルの頭上から奇襲をかけようとしていた羽根つきのウィングヴィランを≪HIT!≫のエフェクトと音と共にエグゼイドがハンマーを薙ぐように殴り飛ばした。

 

「よっと」

 

 スタッと華麗に着地。ハンマーを肩に担ぐようにし、レヴォルへ向き直る。

 

「ヘヘ、油断大敵、だな?」

 

 やり返してやった。そんな意図を込めているのか、仮面の向こうで得意げに笑っている顔が目に浮かぶような物言い。なのにどこか爽やかさをも感じさせるような彼に、レヴォルは憤慨することなく笑みを返した。

 

「ああ……ありがとう」

 

 素直に礼を言うレヴォルに、エグゼイドも仮面の中で軽く笑って返す。そして再び、ヴィランへと向かって行った。レヴォルもそれに続く。

 

 振るわれるハンマーと細剣が、打撃音と斬撃音をBGMに踊る。観客のヴィランはその舞踏にただただ圧倒されるかの如く吹き飛び、または切り裂かれ、次々と消し飛んでいった。

 

「はぁっ!」

 

「せやぁっ!」

 

 振り上げたハンマーでビーストヴィランの盾を弾き飛ばし、その隙をついて剣が薙ぎ払われる。二人の連携の前に、ビーストヴィランは断末魔も上げずに消滅した。

 

「ナイスプレイ!」

 

「そっちこそ!」

 

 互いを称賛するエグゼイドとレヴォル。昨日今日と出会って間もない二人は、息を合わせてヴィランを撃退していく。

 

「おお、二人とも息ぴったりだね!」

 

「波長が合うんでしょう。二人とも、なんとなく性格が似てる気がしますし」

 

「あぁ……納得」

 

 即席のコンビながら、見事な連携を披露するエグゼイドとレヴォルにエレナの目が輝く。それを冷静に分析するシェインに、同意して頷くティム。彼らも彼らで攻撃の手は休めず、ヴィランを倒し続ける。この程度の相手ならば、これまで数多くの戦いをこなしてきた彼らにとっては敵ではなかった。

 

「みんな、下がってくれ! 一気に決める!」

 

≪ガッシューン≫

 

 そうして、エグゼイドはガシャットをゲーマドライバーから抜き取りつつ叫ぶ。それに異議を唱えることなく、全員その場から飛び退いた。

 

 フッとガシャットの端子に息を吹く。そしてそれを、ガシャコンブレイカーの側面にある黒いスロットへと差し込んだ。

 

≪ガシャット!≫

 

≪キメワザ!≫

 

 音声と共にガシャットを認識するガシャコンブレイカー。エネルギーがハンマーへと集まり、カラフルな電流のように輝く。

 

「はっ!」

 

 そして高く跳躍し、ハンマーを振り上げる。その際、ガシャコンブレイカーの柄にあるトリガーを引いた。

 

 

 

≪MIGHTY CRITICAL FINISH!!≫

 

 

 

 武器を用いた必殺技が発動。エネルギーを蓄えたハンマーが落下による重力を乗せて振り下ろされる!

 

「おりゃぁぁぁ!!」

 

 地面に叩きつけられたガシャコンブレイカーから波紋状に広がるエネルギーが、爆発のような衝撃に乗ってヴィランの集団へ襲い掛かる。その暴力的な波は取り囲んでいたヴィランたちの悉くを吹き飛ばし、壁や地面へ叩きつけられ、次々と消滅していった。

 

「す、すっご……」

 

 相変わらずの威力の前に、アリシアが半ば呆然と呟いた。昨日の蹴りによる必殺技もさることながら、今回の武器による必殺技もまた凄まじい。

 

「ヘッ、大したことねぇな!」

 

 立ち上がり、ガシャコンブレイカーを軽く宙へ放ってからキャッチ。ガシャットをスロットから抜き取り、レバーを戻して変身を解除しようとした。

 

「っ! まだです! 新手が来ますよ!」

 

 が、それをシェインの叫びが止める。その視線の先をエグゼイドはレバーを戻さずに追った。

 

 先ほどよりは規模こそ大きくないものの、決して少なくはない数のヴィランが現れる。しかし、その姿はこれまでの物とは違っていた。

 

「あれは……」

 

 ヴィランの中でも弱いブギーヴィランも混じっているが、羽根もないのに宙を浮く、まるで布を被ったようなヒラヒラとしたような姿のヴィランを中心に構成された増援部隊。手に剣を持っている者、とんがり帽子を被って杖を持っている者の二種類。しかし、それらよりも目を引く存在がいた。

 

 他のヴィランよりも大きく、細長い腕にボロボロの布、そして宝石のネックレスを首にかけた異様な姿。こちらもまた、フワフワと宙を浮いていた。それがまた外見と相まって得体の知れない不気味さを醸し出している、いわば幽霊を彷彿とさせる姿だった。

 

「なぁ、もしかしてあれも……」

 

「ああ、メガ・ヴィラン……それも、今度はゴースト型だ」

 

 案の定、ヴィランのボス格。さしずめ、昨日がゴーレム型といったところか。

 

 ふと、エグゼイドの脳裏に、過去に共に異変を解決するために奔走した仮面ライダーがよぎったが、彼と目の前にいるゴーストとは全く違う。思い出に浸るよりも、今はあのヴィランを倒すことが先だ。

 

「よし、それなら第二ラウンド開始だ!」

 

 怯むことなく、ガシャットをゲーマドライバーへ戻してから新手のヴィランへ飛び掛かっていく。ハンマーを振るい、手近にいたヴィランへ叩きつけた。

 

「はっ!」

 

≪HIT!≫

 

 エフェクトと共に吹っ飛んでいくヴィラン。これまでのヴィランはこの一撃で倒してきた。が、今回はそうではなく、吹っ飛ぶ最中に宙を回転し、手に持つ杖を振るって光弾を放ってきた。

 

「うわっと!」

 

 まさかの反撃に面食らうも、軽く避ける。疑問を感じつつも、再び近くのヴィランを殴り飛ばす……が、こちらもまた大きなダメージはなく、エグゼイドに剣による反撃をした。それをハンマーの打撃面を盾にするようにして受け流す。

 

「なんだ、こいつら手応えが違う……?」

 

 これまでのヴィランと違い、どこかゴムボールを叩いたような感触に戸惑う。硬いと言う感じでもなく、ノーダメージという訳でもないはずだが、攻撃が効いているとは言い難かった。

 

「だったら!」

 

≪ジャ・キーン!≫

 

 攻撃手段を変更、ガシャコンブレイカーのAボタンを押し、ブレードモードに切り替える。

 

「せやぁっ!」

 

 そして呼気と共に袈裟懸けに振り下ろした。ピンク色の軌跡と共に、斬撃がヴィランを襲う。

 

 が、エグゼイドは手に伝わる感触に内心で舌打ちした。

 

「これも……ダメか!」

 

 吐き捨てるように言って、すぐに飛び退く。直後、光弾がエグゼイドのいた場所を襲った。

 

 打撃もダメ、斬撃もダメ。エグゼイドの攻撃を嘲笑うかのように大小のヴィランは次々と光弾を撃ってくる。それをガシャコンブレイカーで弾きながら、エグゼイドは後退していった。

 

「クッソぉ、どうすりゃいいんだ!?」

 

 闇雲に戦っていてはどうにもならない。しかし手立てが見つからない。エグゼイドは歯噛みしつつ方法を模索する。

 

「はいはーい! 私らのこともお忘れなくっと!!」

 

そんな時に、声と炸裂音が同時に響き渡り、エグゼイドのすぐ横を背後から飛んできた何かが通過していった。

 

 何だ? そう思った瞬間、ヴィランの集団の一部が爆発。爆炎の中から数体が吹っ飛んで消えていく。

 

「連中はゴーストヴィラン! 大砲、または杖といった魔法系の武器が有利よ!」

 

 驚き、振り返るエグゼイドに、赤ずきんとコネクトしているアリシアが、砲口から煙を出している大砲を構えたまま説明する。心なしかドヤ顔だった。

 

「ま、魔法!?」

 

 ここにきて、ファンタジーな用語が出てきたことに驚くエグゼイド。そんな彼に、ブギーヴィランを倒しながらレヴォルが叫んだ。

 

「それか、爆発的な威力を持った攻撃なら通用するはずだ!」

 

 爆発的な威力……ようは一撃の威力が強い攻撃があれば、奴らに通用するということか。

 

「それなら……!」

 

 エグゼイドは、左腰のキメワザホルダーに付けられた、オレンジ色の上下二段に分かれた『サブガシャホルダー』の二段目に差さっている赤いガシャットを手に取った。そして、それを迷うことなく起動させる。

 

 

 

≪GEKITOTSU ROBOTS!!≫

 

 

 

 マイティアクションXガシャットとは違う音声とサウンドが響き、そして赤い光が広がる。そしてエグゼイドの背後には、これまた違うゲーム画面のホログラムが浮かんだ。

 

「さっきの物と違う……?」

 

 これまでとは違う光景に、レヴォルが驚く。が、そこで終わりではなかった。

 

「うわ、何か出てきた!?」

 

 ホログラムから何かが飛び出し、エレナが目で追う。宙を舞うように動き回る、腕を生やした円柱状の形をしたコミカルな見た目の赤い物体。それがエグゼイドに迫ってきていたゴーストヴィランを回転しながら弾き飛ばしていった。

 

 これもまた、レヴォルたちは初めて見る。そんな彼らの驚きをよそに、エグゼイドはゲーマドライバーのレバーを戻した。

 

≪ガッチョーン≫

 

≪ガシャット!≫

 

 そしてすぐさま、赤いガシャットをマイティアクションXガシャットの隣、すなわちもう一つの方のスロットに差し込んだ。

 

 そして、

 

「大・大・大変身!!」

 

 エグゼイドのもう一つの姿へ変わるべく、右腕を風車の如く大きく三回転。そして勢いよくレバーを開いた。

 

≪ガッチャーン! レベル・アーップ!!≫

 

 ゲーマドライバーのハイフラッシュインジケータから飛び出す、エグゼイドのパネル……と、もう一枚、何かの模様が描かれた赤いパネル。それら二枚が合わさったまま、エグゼイドと一つとなった。

 

≪マイティジャンプ! マイティキック! マイティマイティアクション・X!!≫

 

 エグゼイドがレベル2へ至るためのサウンドが鳴る。いつもならそこで終わるが、

 

≪アガッチャ!≫

 

 今回はまだ終わらない。さらなるレベルへ上がる際に鳴るサウンドが続く。

 

 

 

≪ぶっ飛ばせ! 突撃! ゲ・キ・ト・ツ・パンチ!≫

 

 

 

 どこか熱いサウンドと共に、ホログラムから召喚された何か……『ゲーマ』と呼ばれる仮面ライダーの追加装甲となる存在が、空中で逆さまとなり、両腕が外れ、まるでエグゼイドの上から覆うかのように展開する。そして、

 

 

 

≪ゲ・キ・ト・ツ・ロボッツ!!≫

 

 

 

 外れた両腕が合わさって一つの巨大な腕となり、エグゼイドの左腕に装着された。

 

 エグゼイドの上半身を覆う赤と白のカラーリングが施された鎧のようなパーツ、額に付けられた金色のVのマークが光るヘッドギア、そして何より一際目立つ左腕の巨大な黒い三本指のごついアーム。

 

 仮面ライダーエグゼイド・ロボットアクションゲーマーレベル3への変身が完了した。

 

「うわ、すごいすごい! 合体しちゃったよ!? 今度はなんか左腕が強そうなのになった!!」

 

「わ、わかった。わかったからエレナ。興奮しすぎだ……」

 

 レヴォルの肩をバシバシ叩き、鼻息荒くするエレナ。レヴォルはそんな彼女を自身も驚きながらも窘めた。

 

「これは……また何とも奇天烈な光景ですね……」

 

 シェインもまた、ダイナミックな変身シークエンスを見て呆れればいいのか驚愕すればいいのか、反応に困っていた。

 

「っしゃあ! こいつで攻略(クリアー)してやるぜ!!」

 

 左腕の『ゲキトツスマッシャー』を構え、エグゼイドは再びゴーストヴィランへ向けて走る。前衛組であるレヴォルたちもまた、気を取り直してエグゼイドに続いて駆けて行った。

 

 そんな彼らを見守るように、先ほどの少女が物陰からそっと顔を覗かせる。深く被られた頭巾で表情こそ伺えないが、その視線はヴィランへと勇猛果敢に立ち向かっていくエグゼイドへと向けられていた。

 




エレナは特撮とか知らなくても実はそういうの結構好きなんじゃないかなと思う。完全偏見ですが。

次回、判明するstory

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