ALT.01『フランカー』
「随分な城築いてくれやがったな、ザイのヤツラ」
某国空域。スカイグレイのSu-35Sが空を飛ぶ。同じ色の空は紫電を迸らせ、雷鳴を轟かせていた。
機体のコックピットから少女が地上を見下ろす。ドーターと呼ばれる特殊な機体の特徴となる装甲キャノピーのカメラ越しに、敵性存在であるザイの前線基地が見えている。クリスタルのように綺麗な結晶体で形作られたそれは、見た目に反して凄まじい威圧感と緊張感で少女を見上げていた。
(ふうん……今のところは行けそうだけどな)
少女に与えられた任務は偵察だった。最低限の武装と回避用のジャミングポッドを搭載するだけで、基地破壊は任務に入っていない。
ザイの反応も無いまま、少女はただ前線基地上空を旋回し続ける。楽な仕事だと思った。しかし、少女は違和感を感じ始める。
「楽なのに越したこたぁないけど、あまりに無反応が過ぎるな」
ザイが出てこない。通常の挙動であれば、少女は瞬く間に囲まれるだろう。特にジャミングを掛けている訳でもない。
グレーフレームの眼鏡の向こうで、少女は目をしばたたかせる。彼女は少なからず困惑していた。
「おい、攻撃はしないのかよ。アタシがやるぞ」
〈基地攻撃用の装備じゃないだろう。暫く待機しろ〉
「むう……」
空中管制機が少女を制止する。指示とあっては聞かないわけには行かない少女は口ごもった。
早く吹き飛ばすなりすればいいのに、と少女は思う。ただ自身が所属する部隊でもザイの反応がない事に困惑しているのか、なかなかアクションが起きない。
(焦れったいな……)
少女は燃料のデータを探る。アフターバーナーは控えているが、空域に留まってそれなりに経過していた。タイマーが無情に時を刻んでいた。
彼女にとって、何もせずに燃料切れで去る事などあり得ない。ただ逃げ帰るような真似はしない。
(一機でもいい。出てこい、そうすりゃ飛び込んで――)
とにかく防衛させるように祈った刹那だった。レーダーが複数の機影が上がってくるのを捉え、警告を鳴らす。
「ようやくか」と少女が呟く。浮かぶ笑みも隠す意味はなくなった。
「いいよな、行っても」
〈仕方ない……間も無く爆撃が始まる、恐らく奴等はそれに気付いていたか。制空権を確保しろ、フランカー〉
「ヘッ! リョーカイッ!」
前線基地から上がってくる複数のザイへ向け、真っ直ぐに降下していくSu-35S。バレルロールで放たれる機銃を巧みにかわし、地上付近で急激に角度を変える。
「楽しくなってきた。もっと盛り上げなよ、てめぇらッ!」
グレーの髪が強い光を帯びた。フランカー――Su-35S改めSu-35SKのアニマは稲妻を彷彿とさせる鋭敏な機動で大軍と化したザイを翻弄する。
ミサイルアラート。フランカーがレーダーを見るまでもなく次の操作へと移る。
「ディセプションジャミング!」
自機位置欺瞞が開始された。Su-35SKの位置が欺瞞され、本体から別な位置に自機がいるとザイに誤認識させる。『ドーター』となったSu-35SKのディセプションジャミング能力は、単なるレーダージャミングだけではなく対ザイにおいてより強力な欺瞞性能を持っていた。
一種のEPCM発生器であり、ザイ本体ですら見破るのは難しい。機体とは真逆に誘導されたザイはその先でようやく「騙された」と気付く。網にかかった魚のように逃げ惑ったとしても、気付く頃には手遅れだった。
「ちゃんと上も見ときなよ、雑魚」
フランカーが不敵に笑んだ。ザイが気付いた時には、機体はバレルロールと共に機銃掃射で降下してきていた。
ザイの大軍を貫いた矢は再び角度を変え、硝子の建造物による谷間を切り抜けていく。
「いいね! 上から見てていい隙間だと思ったんだ!」
〈フランカー! 無茶はするな、機体を壊すぞ!〉
「あ、なんだって!?」
〈繰り返す、無茶をするな!〉
「無線不調だ、聴こえねーよ!」
ぶつっとやや乱暴に通信が切れた。フランカーは相も変わらず機動を変えず谷をすり抜けて行く。
背後にザイの群れが迫っている。谷は複雑な建造物の塊で構築されていて、自然のそれよりも歪に狭くなっていた。
再びミサイルアラートが鳴り響く。回避するためのスペースもなく、背後からミサイルだけが迫っていた。
(考えたな。アタシと同じく追い込み漁のつもりかよ。あ、あれは誘い込みだっけ?)
「どうでもいいけどな」――呟いて、フランカーは笑った。
ザイはとっくに離脱していた。フランカーは機体をさらに低く飛ばし、ミサイルを限界まで引き付ける。着弾まで時間はない。一発目が間も無くエンジンを捉える、というところでSu-35SKは急激に上昇する。
ミサイルは数発が前線基地の建造物に突き刺さって損失、更に残ったいくつかは倒壊する建造物に巻き込まれた。だが無事だったミサイルは瓦礫を駆け上がるようにして、上昇を続けるフランカーを複雑に曲がりくねった機動で追い掛けていた。
「だよな。そうじゃなきゃ面白くない」
フランカーは鳴り響くミサイルアラートにも眉ひとつ動かさない。機体はそのままクルビットで反転し、背後に迫っていたミサイルと正対。GSh-30-1機関砲が唸りを上げた。
「ヒュウッ!」
機銃で撃墜したミサイルの爆発を置き去りに、Su-35SKはフランカーの操縦で再び谷へ戻っていく。落としきれないと判断したザイは追跡を再開し、狭苦しい谷底でドッグファイトを始めていた。
〈爆撃機が到着する。五分後! 制空権を確保しろ、フランカー!〉
(無茶すんなって言ったりコイツら五分で始末しろって言ったり、どっちなんだよ)
様々な機動を駆使しながら戦ってきたフランカー。ミサイルは幸いまだ打っていないが、ザイ相手では後ろを取るだけ無駄だった。
それならば、とフランカーはより狭い隙間を目指して谷を全速力で飛行する。複雑に入り組んだ谷は、ぶつからないように飛ぶだけでザイの射線から外れるほどに左右へ揺らされる。
(あった。上で見たエリアだ)
迫り来るそれは、水平飛行では間違いなく主翼が引っ掛かる狭い隙間だった。機体を地面と垂直に飛ばさない限りは、確実に待っているのはクラッシュ。
しかし、その奥はザイによる建造物が道を塞いでいるようでスピードを殺さずに飛べばどちらにせよ激突する。
(じゃあ、奥の手行くか!)
間も無く“デッドエンド”に差し掛かる。気の向くままにテンションを上げるフランカー、合わせてコブラ機動で真上へ機首を向けるSu-35SK。刹那、機体がそのままロールする。
エンジンを地面へ向けたまま、駒のように90度ぴったり回転したSu-35SKはそのまま隙間をすり抜け、建造物の寸前で垂直に上昇。ザイですらかわしようがないスピードで谷を抜け出し、退避する。
フランカーが後ろを気にするが、ザイは建造物に激突。残ったザイも潰されたか、堪らず退避したかのどちらかだった。
「おせーよ! 行け行け、働け!」
上昇を終えたフランカーとSu-35SK。その眼下を、爆装した複数の攻撃機が通過した。
次の瞬間、基地が火の手を上げ崩壊し始めていく。フランカーの所属する部隊が持つ、大型爆弾の全弾投下だった。衝撃波に機体が揺らされ、フランカーは帰投していく攻撃機を睨み付ける。
「ったく、あっぶねーな!」
攻撃機を見送るようにして、フランカーも帰投する。
充分楽しめたのか彼女は何処か清々しい顔をしていた。無論戻った先ではこってり絞られたが、それでもフランカーは特に気にしていなかった。
Su-35SK-ANMフランカー。とあるPMC基地で、彼女が胸に着けるネームプレートには『ルフィナ』と名があった。所属する民間軍事企業によって作られたアニマ、それが彼女という存在だった。
腕は立つが無茶が過ぎて頭痛の種である。しかしザイが存在する間は、少なくとも『お役御免』は有り得ない。彼女はザイ相手の戦闘でPMCの数少なく収入を持って帰る事の出来る隊員であり、兵器なのだから。