「やあやあ、こっちこっちー!」
太陽のように明るい声が響く。
ソレイユ部隊の緊急避難としてアメリカへやってきたルフィナ達。
補給こそ出来たが、整備は漸く行われるところだった。Su-35SKに関してはエンジンオーバーホールで済むかすら分からない。
ひとまず機体を整備員に預けた三人は、トムキャットいわく事務員の補佐であるらしい少女に連れられて検査へ向かっていた。
「それにしても災難だったねぇ。原因は今、社長達が調べてるらしいけど。危うく殺されかけたんでしょ?」
興味深々に目を輝かせる少女。ワイシャツの襟でサジタリウスのピンバッジが金色の輝きを見せた。
ビゲンは少々訝った目で彼女を見ていた。ざっと歩いただけで、会社はソレイユ部隊のあったロシアより遥かに活気があった。規模も大きく、道楽や人付き合いで人を使えるとは思えない。
つまり、ミドルティーンかそのくらいの少女が『事務員補佐』という役職に就けるとは考えにくかったのである。
「なぁに、その目? もしかしなくてもあたしの事疑ってる?」
むぅ、と膨れた少女は黒いショートカットを揺らしてビゲンを見上げた。
「そりゃあね。ステラとは知らない仲じゃないけど、アンタの事は知らないわけだし」
「あー、そっか。そうだね! じゃ、名前教えたげる! ジェーンだよ、よろしくー!」
まるでマシンガンだった。次々に畳み掛け、名乗ったかと思えば満面の笑顔で手を差し出している。
白けたような目でその手を見つめるビゲン。ジェーンはその手を奪い取ると、強引に握って上下に振り回した。
「よろしくね! そっちの子たちも!」
「え、ええ。よろしくお願いいたします、ジェーン」
「よろしく」
ルフィナはやはり、眉根を寄せてジェーンを睨んでいた。先の虐殺めいた現場を見てしまった時から、驚くほど平静を取り戻した彼女だったが、休めていないのか目にはクマが出来ている。
しかしそれもジェーンからすれば何の障害にもならなかった。ビゲンにそうしたように、ルフィナの手を取って振り回す。
「何かあったら相談して! あたしはずっと出てるから」
「考えとくよ」
「おっと、ここだよー。ソレイユの――エイベルか。彼と社長いるから、あとは引き継ぐねー! またね、アニマのみんな!」
オーバーアクションぎみに手を振って、ジェーンは走り去っていった。
嵐のような少女と言うべきか、圧倒的なパワーはソレイユのアニマには無かったものだ。三人はそれぞれの顔を見合わせて、首をかしげる。
今はまだ、テンションの上がる頃ではなかった。
□
「よう、ルフィナにクフィルにビゲン。心配掛けたな」
研究室で、見覚えのある白衣が三人を出迎えた。少しぼさついた髪に、眠たげな目がアニマ達をまっすぐ見つめている。
「エイベルさん……!」
部屋に入り、真っ先にクフィルがエイベルの元へと駆け寄る。彼を呼ぶ声は少しだけ、上ずっていた。
「おう。悪かった、ずっと通信入れてたんだがな……」
「通信? そんなもん来てねーぞ」
ルフィナが口元に指を当てて天を仰ぐ。通信と言われると、ビゲンには心当たりがあった。暫し唸って、彼女はエイベルへ訊ねた。
「通信って、もしかしてずっとノイズだったあれ?」
「ノイズ? まあお前らに直接通信寄越すのは、ソレイユか俺かだが……タイミング的にそれか?」
「なんて送ったの?」
「『帰ってくるな、ソレイユは攻撃を受けた』みたいな感じだ。ソレイユについたらしいって聞いた時は、どうなるかと」
検査器具を準備しつつ、エイベルは語る。彼はずっと警告していたようだった。
だが伝わることはなかった。何かが原因で、三人には届かなかった。
「恐らくは、ソレイユ側の反抗だろうな。クーデターみたいなモノだ」
機材の影から、また別な男が現れる。年はまだ若く見えるが、ひどく落ちついた雰囲気も同じく持っている。
その声に三人は聞き覚えがあった。
「もしかして、あなたがアルナスル?」
クフィルが問うと、男は頷いた。
「紹介が遅れたな。民間軍事企業ステラ、社長のセイイチ・ミキだ。TACネームは『アルナスル』――そのままコードネームにもなってる」
「日本人?」
「一応な。アメリカに来て長いが」
セイイチは軽く息を吐いてビゲンの問いに応える。
「あー、そろそろ検査始めてもいいかな? そろそろ限界な筈なんだよ、みんな」
申し訳なさげに話に割り入ったエイベル。セイイチはすまないと一言謝罪し、部屋の外に出ていった。
□
先に検査を終えたルフィナはあとでステラの寮に案内される事になり、クフィルとビゲンが終わるまでは敷地内を回れる事となった。
トムキャットの姿は見かけないが、ふとドーターが気になって駐機したエプロンを目指す。
「すげえ」
広大な飛行場はソレイユのそれと違い、完全に一から作られている。元民間のような痕跡は何一つ無く、軍用飛行場めいた光景が広がっている。
戦闘機も様々で、米国機を中心にロシア機からヨーロッパ、果てはイスラエルなどの中東系の機体もある。
クフィル-ANMのベースである、通常機クフィルも見かけた。
今は特に動きがないのか、近くで機体を観ることも出来た。ふと、その中に自分と同じように機体を見上げる少女の姿を確認する。
「ジェーン?」
ルフィナが名を呼ぶと、少女は振り返って手を振った。
「検査終わったのー?」
「ん、まあな。アンタは何してんだよ」
「んー、なんだろ。わかんないや!」
にこやかに答えたが、ルフィナにははぐらかされたように感じた。ジェーンの居た位置に近付くと、一機の戦闘機が佇んでいた。
左右に開いた垂直尾翼が良く見える。大柄なLERXがエラのように張っていて、四角形のインテークが口を開いていた。
「F/A-18Eだよ。アメリカはボーイングの艦上戦闘機。ステラにこれは一機しか無いんだよ」
「ふーん。なんでコイツをみてたんだよ。他にもいっぱいあるんじゃねーのか?」
腕を後ろ手に組みつつ、ルフィナは右手側にいるジェーンに視線を合わせる。
んー、と暫し悩んで。
「憧れだから、かな」
ジェーンは少し強くなった風に髪を靡かせ、目を細める。
ルフィナには眠そうな目が、少しだけ寂しそうに見えた。
「憧れね。戦闘機に乗れる一般人はそういねーよな。特にこの時勢じゃな」
ザイ。空を脅かす存在。彼らが空を飛ぶ限り、安全はない。ただでさえ危険と隣り合わせだというのに、ザイのせいでいつ死ぬかも分からない状態になっている。
アメリカはザイの前線からは遠く、ルフィナが昔話を軽く聞いた所に依れば、録な準備も出来ていないという話らしかった。
その割りには、単なる民間軍事企業が万全の準備を整えているのには少々違和感を覚える。
「なあ……あれ?」
ジェーンが消えた。辺りを見渡しても、姿がない。
帰ったのか。特に気にするわけでもなく、ドーターを見に行こうと再び歩みを進めた矢先だった。
「おーい」
ジェーンの声が、再びルフィナを呼び止める。
「なんだ――って、なんだそりゃ!?」
「えー? 今お昼でしょ? だから、ピザとかフライドチキンとかーあと、フライドポテトもあるよ」
「一人で食う気かよ?」
「イヤだなー。食べれないこともないけど、それならわざわざ持ってこないよ。一緒に食べない?」
ジェーンが抱えるジャンクフードの山。軽い胸焼けを覚えながら、しかし空腹であるのも事実で。
仕方なくルフィナはその誘いに乗った。食べれば気も紛れるかもしれなかったし、いざとなったらクフィルが喜んで食べるに違いなかった。
10話!
今回の章は『光る星を繋げて』を読んでいただけると、少し楽しめるかもしれません。
ただし、読まなくても楽しめるように向こうであった設定などはまた説明しますし、クロスネタはやりません。
登場人物と組織のリサイクル的なヤツです。
次回もまたよろしくお願いいたします!