ガーリー・エアフォース-カラフルアロウズ-   作:鞍月しめじ

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ALT.14『星との別れ』

 “それ”は、ソレイユ隊が緊急的にステラ社へとやってくる以前から、何度となく起きていた。

 

「ふざけるな!」

 

 応接室の豪奢な造りのテーブルが、セイイチの拳で殴りつけられた。あまりの怒気に同席していたスタッフの顔が一瞬強張る。それに対して、痩せぎすの白衣の研究員はあまりに余裕の表情を見せている。

 

「ふざけてなどいない。そもそも、この会社に反応したF-14とアニマのノウハウの一部を渡したのは私たちだろう?」

 

 元DARPAの研究員、ウィリアム・シャンケルがにやりと意地の悪い笑みを見せる。

 

「君が隠した気になっているF/A-18E-ANMライノか、それともF-14D-ANMトムキャットか。それとも両方を我々に引き渡すか。何も迷う話じゃない」

 

 そうだろう?

 ウィリアムはそう問いかけて、テーブルの上のコーヒーを静かに口元へ運んだ。

 

「あんたらはアニマを単なる操縦機械程度にしか見てない! ライノの過去のデータがどうなってるか、さすがに俺でもわかってるぞ。めちゃくちゃなプロテクトかけやがって、彼女の意思は!?」

 

 意思? とウィリアムはオウム返しに訊ねる。

 

「彼女たちはいくら人の姿をしていても、所詮はザイのパーツだろう。プログラムで動いている。そんなものに意思や個人での決定権が必要だと言うのかな?」

「あんたらは何も分かってない。アニマも、ザイも」

「君もだろう? 今の立場を何も分かっていない。一国が持つべきドーター、アニマを単なるPMCが持つべきではないんだよ」

 

 話はいつまでも平行線だった。何時間かかって話をしても、ウィリアムはアニマとドーターを渡せとしか言わないし、セイイチは渡さないの一点張り。

 それがそのまま数週間続いて、ステラ社はロシアでクーデターを起こされ逃げたソレイユ社を受け入れ、今に至っている。

 シュペルエタンダールは全てを知っていた。ずっと物陰から口論を見ていたし、何が起きようとしているかもわかっていた。そこに現れたのが、まさしくソレイユのアニマたちだったのだ。

 

 □

 

「ねえルフィナ」

 

 ある日のハンガーで、ジェーンは自身のドーターを眺めるルフィナに声をかけた。

 あん? といつもの調子で振り返る。珍しく、ジェーンはどこか落ち込んでいるような雰囲気を纏わせて、それでも気丈に振る舞おうと無理な笑顔を作っている。

 

「夜さ、少し星を見に行こうよ」

「星? なんだってそんなつまんねーことをアタシが……」

「いいからいいから! キャンプしようなんて言ってないでしょ~? 少し、夜に空を見上げるだけでいいから」

 

 ね? お願い!

 ジェーンは両手を合わせて、その陰からちらりとルフィナを見つめる。突然何を言っているのか、ルフィナ自身にもさっぱり理解はできないが、断る意味もなかった。空を眺めるのは好きだったし、それが昼から夜になるだけだった。

 緊急で仕事でも入らない限りは、明日もまた待機のはずで、予定も問題はなかった。

 

「わかったよ。あとでまた呼びに来な、付き合ってやる」

「やった! あ、これ内緒にしてね? ちょっとあまり知られたくないんだ」

 

 内緒にしろとはどういうことか。あまり騒がしいのは好まないのか、とにかくそれも無暗に突っぱねる理由があるわけでもなく、承諾する。

 ジェーンはその話だけを終えると、ぱたぱたと走り去っていってしまった。何だったんだろうかと首をかしげていると、今度はトムキャットが辺りを見渡しながらハンガーへやってきた。巨大なシャッターの入り口で立ち止まって、暫し立ち止まる。

 

「いないか……」

 

 トムキャットはそう呟くと、踵を返す。今日のステラ社は妙な雰囲気だった。

 それもシュペルエタンダールがアニマへの接触を図り始めてから、一気にステラ社で起きている事象が目に付くようになっていった。

 何が起きていて、この先何があるのか。誰にもわからないまま、時間はただ無情に過ぎていく。

 

 日は沈み、ステラ飛行場も静かになった。唯一多数あるハンガーがいまだに整備中の戦闘機のために明かりを発しているだけで、すでに航空機の離着陸はない。滑走路からは誘導灯も消えていた。

 スカイグレイの髪色が暗闇の中で光っている。ルフィナはジェーンを捜して、飛行場を歩いていた。いつもの黒髪を探すのは、この暗闇では骨が折れる。そう思っていた矢先、視界にサファイアブルーの灯りが飛び込んだ。夜風にさらさらと揺れされて、青い光は優しく夜に溶けていく。

 

「ジェーン……か?」

 

 サファイアブルーの髪。その持ち主である少女に、ルフィナは恐る恐る声をかけた。

 くるりと振り返って、少女はぺろりとお茶目に舌を出す。まるで悪戯をしたような雰囲気で。

 

「そだよ。本当の名前はね、ライノ。F/A-18E-ANMライノっていうんだ」

「ライノ……!」

 

 “ライノ”――シュペルエタンダールが攻撃訓練の終わりに送ってきたメッセージに含まれていた名称だった。

 少女はそう名乗っている。今までの黒髪でもなく、だが特徴は間違いなくジェーンと同一だった。

 

「アニマだったのか、お前も……」

「そだよ。ジェーンは偽名で、髪も染めてただけ」

「なんでそんな……」

「セイイチが、あたしをアメリカから隠すため。なんでも、アメリカのやり方だとあたしはすぐにダメになるみたいでさ。使い捨てになんてさせたくない、生まれてきたなら権利があるって必死に言い寄られちゃってさ」

 

 ジェーン――否、ライノは哀しげに笑う。

 

「結局その話に乗っちゃったから、今度はセンパイに迷惑が掛かってる」

「センパイ?」

「F-14D-ANMトムキャット。今ここは、アメリカからあたしかセンパイを引き渡すか、それとも両方引き渡して会社を潰すか、その選択に追われてる」

 

 たくさんの戦鳥が明日に備え眠りにつくその敷地の中で、ライノは満天の星空を見上げた。今日は天気にも恵まれて、綺麗な星が漆黒の空で瞬いていた。

 

「社長はどうするって言ってんだよ、ソレ」

 

 すでに国際問題ではないのか。ルフィナはそれをなんとか心に押しとどめて、横で星を見るライノへ訊ねた。

 

「『どっちも渡さない。アメリカの運用方法はアニマの寿命を激しく縮める』っていうのが、セイイチの答え。要するに、彼はあたしたちを人間と変わらなく見ちゃってるってこと」

「いいじゃねえか。アニマ好きが増えれば、アタシらもやりやすくなる」

「それで彼や仲間が不幸になっちゃいけないでしょ? 今回は、あたしが行かなければ、センパイが連れていかれる。あの人は断らないだろうしね、社の危機ってなったら」

 

 それにさ。

 ライノはルフィナへ向き直って、更に続けた。

 

「シュペルエタンダールは、あたしも含めて家族だって言ってくれてる。ルフィナも見たでしょ、彼女が攻撃訓練の時に何をしたか」

 

 ルフィナの脳裏に、訓練時のシュペルエタンダールがフラッシュバックする。

 静止も何もかもを振り切って、ただ『家族を奪うものを許さない』とばかりに攻撃的になった彼女。

 もしライノか、トムキャットか、そのどちらかが失われれば、彼女はいったいどうするのだろう?

 想像など出来ようもなかった。下手をすれば、人間に反旗を翻しかねない。それではザイと変わらない、間違いなくシュペルエタンダールも処分される。

 

「だからね。あたしは、黙って行こうと思うんだ」

「全員がお前を捜すぞ。そこまでやってきて、みすみす手放すと思うか? 大事な家族を」

「うん。だから、センパイも呼んだんだ」

 

 ライノが言うと、暗がりからバレヌブルーの灯りが交じる。トムキャットはひどく不機嫌だった。

 

「キミがそういうと思ったから、私はずっと探していたのに」

「あはは! ごめんごめん、でもウィリアムは君よりまずあたしを欲しがるだろうし、そうすれば暫くはここに彼らも来ない。成果を出せば、ここのことも忘れるでしょ? きっとね」

「だが、奴らは間違いなくキミを今の状態のまま運用はしないぞ。もっと厳重にプロテクトをかけられる、感情を封印される」

 

 トムキャットの言葉に、ライノはハッキリと頷いた。

 

「忘れるなんて思いたくないけど、でもあたしはこの選択に後悔はしない。向こうには連絡したんだ、『あたしが行くから、社には手を出さないで』って条件を付けてさ」

「奴らがそんな口約束を守るとでも!? 考え直せ、セイイチのやってきたことを無駄にしちゃ駄目だ、ライノ!」

 

 否定。ライノはかぶりを振って、トムキャットの言葉を否定した。考え直す気はないと言葉も無しに頑なになった。

 ライノのスマートフォンがバイブレーターの音を鳴らす。メッセージを受信したらしく、彼女はそれを確認すると、小さな笑みと共にルフィナとトムキャットを見回した。

 

「お呼びだってさ。じゃあね。最後に、ここで星が見れてよかったよ。『ステラ』を見れた、一人じゃなくてルフィナ達とさ」

 

 ルフィナ達に背を向け、ライノは歩き出す。彼女を呼び止める言葉など、ルフィナには出てこなかった。単なる部外者である自分になぜそこまで話したのかもわからないまま、暗がりに消えていくライノを、彼女はただ見送っていた。

 

 □

 

「ライノが……?」

 

 社長、セイイチ・ミキは全てを喪失したような、絶望に満ちた表情で問う。対面にいるのは、ルフィナだった。

 伝えれば絶対に彼は動く。だが、伝えないままいれば間違いなく事態はもっと重くなる。だからこそ、彼女はセイイチへライノがなぜ、自らステラを出たのか伝えねばと考えた。

 

「すぐに助け出したくなる気持ちはわかる。シュペルエタンダールだって、下手すりゃペンタゴンに爆弾落としに行きかねない。けどな、社長。ライノは間違いなく、アンタらのために選んだんだ」

「だけどな……」

「ライノの選択だけは、無駄にしないでやってくれよ。アイツだって、簡単な気持ちで選んだわけじゃないハズなんだよ。人の気持ちはわかんねーけどさ、メモリを消されるかもって……忘れるかもって、アイツだって考えてるはずなんだよ」

 

 ルフィナは真正面のセイイチへ身を乗り出しつつ、必死に説得していた。目元を手で覆って、嘆息するセイイチ。ライノは確かにそう考えていたのか、ルフィナの言葉だけでは確信することができない。

 ライノの覚悟は確かにあったのだろう。彼のスマートフォンにも、ライノからのメッセージは届いていた。ただ一言『ありがとう』と。ネガティブな感情はほとんどなかったのだろうと思うには充分だった。

 

「わかったよ。ただ、少し一人にしてくれ」

「……わかった。アンタはここの社長なんだ。アタシが言えたことじゃないんだけどさ、自分だけだと思うなよな」

 

 ルフィナはそれだけを言い残して、セイイチの部屋を後にする。

 扉が背後で閉まって刹那、何か叩きつけられて割れたような音がした。

 

(後味はよくねえよ、ライノ。こんなのって、やっぱ無いよ……)

 

 社屋の廊下を歩く。まるでまっすぐ歩けない。ふわふわとした感覚で、意識が定まらなかった。

 心が焦って、穴が開いたような感覚が急に襲ってくる。ライノとしての交流は無かったばかりか、ジェーンとしてもさして付き合いが深かったわけではない。しかし、あんな風に別れられては気分も晴れやかに、とは行かなかった。




今回はPC使いました。いつもはスマホから入力してるんですが、やっぱりはかどりますね……。ちょっと腕つかれるけど。
次からはこっち使おうかな……。

さようなら、ライノ……。
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