顔合わせもほどほどに、技本棟の会議室では挨拶も終わったところで真っ先に小さな手が上がった。
「一つよろしいですか?」
緑髪の少女が問う。眉根を寄せ、怪訝そうに細めた目をルフィナへ向けた。
「偽名を使うような者と、翼を並べろと?」
少女――RF-4EJファントムⅡこと、ファントムはそう言って、鼠色の髪を指さした。
「アタシのこれはPMC用のカバーネームだよ。最近空でもこう呼ばれるようになってっけど、フランカーでいい」
指し示された当人であるルフィナは、特に何を考えるでもなく返すが、ファントムを納得させるには至らない。
「人に本名を伝えられない事情のある者に、背中を預けることが問題だと言っているんです」
「ファントム、ストップ」
ファントムは冷静に、熱くなることなくルフィナの名前に苦言を呈していたが、ビゲンが唐突に止めに入った。
「カバーネームって、PMC流儀でね。クフィルはそういうことなかったんだけど、アイツも地上の仕事手伝う時の名前で『ルフィナ』って呼ぶようになってるの。まさか『私はフランカーです』なんて、一般人に言えないでしょ?」
それに、とビゲンは呟くと席から立ち上がって、ファントムのもとへ歩み寄った。
「リースベット・アルヴェーンでっす。よろしくってな具合で、私にもあるのよ。偽名」
ビゲンがファントムに差し出したのは名刺だった。ぱちり、と可愛らしくウィンクを一つ飛ばすビゲンにファントムの表情は確かに凍っていた。
「まあ、これで一つは解決か。呼称に関しては、どちらにせよ空じゃ編隊名で呼び合うんだ」
紫煙をくゆらせて、事の顛末を傍観していた八代通は灰皿にたばこを押し付けつつ語る。
「問題はシュペルエタンダールだが……」
八代通の小さな目が、小さな身体を見つめる。見透かすような視線に、シュペルエタンダールは傍らに座っていたトムキャットの袖をつかんむ。
「意思疎通にワンクッション挟むのは面倒だ。しかも向こうはフランス語でしか意思を示さないと来た。バイパーゼロ以上の厄介娘だが……なんだって、こんな状態で生成されたんだ?」
声のない少女。八代通の脳裏に浮かんだのは、似たような紫色を持つアニマだった。現在も所属基地で防空にあたっているためこの場にはいないが、シュペルエタンダールの存在はまるでそのアニマそのもので、それ以上に厄介だった。
「技官、それ以上は」
トムキャットが八代通のぼやきに制止をかけた。彼ははっとした様子で「すまん」と一言返し、シュペルエタンダールに小さく頭を下げる。それでも、とうの彼女はまだ警戒している様子だった。
色とりどりに彩られた会議室。バービー01『JAS-39Dグリペン』、バービー02『F-15Jイーグル』、そして先ほどの一件からルフィナを見る目が厳しいバービー03『RF-4EJファントムⅡ』。八代通いわく、まだ手は欲しいらしい。
そして、その手は新兵器の実地試験を含めたアメリカ海軍がすぐに反応をしたという。そう言われて、皆に真っ先によぎったのはライノの姿だ。間違いなく、彼女が来る。
だが迷ってもいた。再会を喜ぶべきか、どうなのか。『同じ空で繋がっている』とは言ったものの、果たしてそれをおおっぴらにしてよいものか? 逆に、覚悟を決めて出ていったライノを不安にさせないだろうか?
一番複雑なのはトムキャットだった。ライノは彼女を庇うために出ていったのと変わりはなく、もう一度会うとなると声のかけ方もわからない。
「えっと……トムキャット、だよな? 大丈夫か?」
ふと視線を上げると、目の前に青年が立っている。バービー01パイロット、鳴谷慧。優しい目をしていた。アニマだと知っても、何も特別な感情を抱いていない――同じ存在として扱っている。
「ああ、うん。少し米海軍とは訳アリでね」
「F-14っていったら、有名な海軍機だもんな。その辺か?」
「それだけじゃない。――まあ、時期にわかることを話してもしょうがない。ナルタニ君だったね?」
「ああ。気軽に、慧でいいぜ?」
「じゃあ、ケイ。この辺りに、腕の立つサムライは居るかい?」
会議室はすでに自由な空気に包まれていたとはいえ、トムキャットの発言に場が再び凍った。アニマの付き添いで参加していた船戸は、笑いを堪えきれずに後ろを向いてしまっている。
八代通もどこか面白いものを見るような目だった。
「あっ! スシ! スシですよ! トムさん!」
会議にはまじめに参加していたクフィルが、弛緩した空気になだれ込む。アメリカで話したことを、しっかりきっちり覚えている。
む、とトムキャットが唸る。
「そうか、スシ屋に行けば居るかもしれないな!」
「いやいやトムキャット、いないからな? サムライはいないからな?」
「すまないな、ケイ。私はこの目で見るまで信じられない質なんだ」
にわかに騒がしくなる会議室。ファントムはその光景を後目に、ぽつりとつぶやいた。
「これでは先が思いやられますね……」
スマートフォンを取り出し、操作を始めた彼女。様々なセキュリティをくぐり、開いたページはソレイユ社の社員用個人端末だった。
□
「信じられない!」
回転寿司屋の自動ドアを出て、トムキャットは開口一番に叫んだ。
彼女が信じていたのはいわゆる『回らない寿司屋』で、100円寿司ではなかった。端末で注文をして、少しすると自動的に運ばれてくる。しかも侍も忍者もいない、一般人ばかりだった。
「今のニッポンはこんなに進歩していたのか……」
「これでわかったろ? しかし八代通さんも無茶いうぜ……」
慧の脳裏に、数刻前の八代通の言葉がよぎる。
『ちょうどいいから、親睦会を兼ねて寿司屋に連れて行ってやれ。回転寿司ならあいつらも面白がるだろう、金はこっちが出すから心配はいらん』
実際は面白がるどころではなかった。イーグルは騒ぎ、トムキャットは侍を探す、クフィルはひたすら注文してグリペンと張り合う。ビゲンが足りない分を出してくれなければ、無事に店からは出られなかっただろう。
慧の横を涼しげな顔で歩くビゲンへ、彼は礼の言葉を述べた。
「ありがとな、ビゲン。助かった……。正直、八代通さんになんて言い訳すればいいのかわかんないけど」
「別にいいわよ。グリペンも幸せそうで、楽しそうだったしね。最近こっちも嫌なこと続きだったから、気が紛れたわ」
スラックスのポケットに両手を入れつつ、ビゲンは返す。夜の小松にアニマの声が響きわたる。
夜の帳はすっかり下り、時間は過ぎていく。ザイ基地及び空中空母型への攻撃まで、時間は然して残されていない。ここから先は休み無しの調整が繰り返される。
楽しめるのは、今日が最後だった。ビゲンの運転するワンボックスに乗るころには皆静かになって、ドライバーであるビゲンも最後のナイトドライブを楽しむ。少なくとも、ケーニグセグ レゲーラを乗り回す暇など無いだろう。何であれ、窓を開けて涼しい風に髪をなびかせていれば、彼女は満足だった。
あれ……また字数いってないな。
まあ、そこまで引き延ばすようなものでもないからあれかな……。
次は……飛ぶ!
次回もよろしくお願いします。