ガーリー・エアフォース-カラフルアロウズ-   作:鞍月しめじ

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ALT.19『ビゲン』

 それは、突然のアラートから起きた。

 ザイの接近を報せる緊急警報が鳴り響く。スクランブルにはファントム、グリペンが上がった。それから通常のF-15J。

 日本へやってきてほんの数日であるソレイユ、ステラのアニマ両者にも日本という地がいかにザイの脅威に近いものなのか、現実味を帯びて理解出来てきていた。

 

「くそ……相手もかなりの数をそろえてやがるな。こっちが作戦に出る前に潰す算段か」

 

 管制室から戦闘をモニターする八代通は唇を噛んだ。

 モニターには、十を超えるザイが映っていた。ドーターは二機、通常機では相手にならない。ドーターとの連携でも難しい数だった。

 考えに考えて、後ろを振り返った。ヘルメスブルーのロングヘアが揺れる。クフィル、ルフィナ、トムキャット、シュペルエタンダールは調整、都合がつかない。そして、残されたのはビゲンだけ。

 

「ビゲン、頼めるか。仕事だ」

 

 絞り出すように、八代通は残されたビゲンに声をかけた。

 仕事とあっては、ビゲンは一切の手抜かりは無い。追加の請求でもされるかと八代通は心中身構えたが、ビゲンは小さく笑みを漏らす。

 

「私一人でいいなら」

 

 意外にも、要求はそれだけだった。追加の金銭も要求されず、ただ『単機』で出撃するだけ。

 

「正直、金に触れられると思ってたんだがな。だが、いいのか?」

「すでにファントム、グリペンが落とし始めてるし、あの二機を陸地近くまで下げて。あとは私がその向こうにいる奴らを落とす。味方から敵をかすめとる真似して、追加料金なんて取らないわよ」

 

 そう言い残して、アニマの灯りは管制室から去っていく。

 管制室はいまだ、騒然としていた。

 

 技本棟から、それもスクランブル用ハンガーでないJA-37-ANMのおさめられた格納庫へは相応の距離がある。

 すでにドーターは格納庫から引き出されて、準備されつつあったが歩いて渡るには遠すぎる。着替えを終えたビゲンが走ったのは、駐車場だった。誰かの助手席に、など考えられない。端末でドアを開け、エンジンをかける。

 走り出した愛車の向かう先は、そのドライバーの器。ドーターの足元だ。

 

 □

 

 既に発進準備直前までの工程は終えられていた。エプロンを走り抜けたレゲーラはフルブレーキングと共に、JA-37-ANMのノーズギアめがけてまっすぐ滑り込む。

 

「遅れ無し!」

 

 時計を確認しつつ、整備班に許可を取り特別に車を格納庫へ。ロックをかけて、今度はドーターを駆け上がる。

 コックピットに飛び込んで、座席に背中を預ける。ドーターでありながら、一部に一般機の面影を持った計器盤を残す機体。特異なカナードと、同じような形をした巨大なデルタ翼。機体にはソレイユ社のマーキングである、太陽を横切る戦闘機のロゴだけでなく、スウェーデン空軍のマークも残されている。インテークには、スウェーデン語の『FARA(危険)』というマーキングも施されたままだ。

 HiMAT改造、装甲キャノピー以外はスウェーデン機のそれと差は無い。

 ダイレクトリンク、エンジン始動。現実的な計器盤も動き出しはするが、ビゲンは見ない。全周モニターが情報を表示してしまうためで、計器盤のメーター類はあくまでも『機体提供側の条件』で、改造が許されなかった部分でしかないのである。

 システムオールグリーン、管制塔からもタキシングの許可は出ていた。というよりは、早く飛び立たなければビゲンの目論見自体がふいになる。

 モニターにタイマーセット。5分で到着出来るよう、セットする。武装は問題なし。昇降舵、方向舵問題無し。

 

〈ソレイユ03、クリアード・フォー・テイクオフ〉

「ラジャー。ソレイユ03、クリアード・フォー・テイクオフ」

 

 スロットルを開いて、ブレーキを外す。エンジンの改良も施されたJA-37-ANMは、単発とは思えないほどの加速力で滑走路を駆け抜けて、空へ舞い上がった。

 ギアを上げ、戦闘空域へ向けて機体をバンクさせる。

 

〈頼んだぞ、ソレイユ03。久しぶりにお前の実力も見たい〉

 

 小松基地から離れる間際、八代通がビゲンへそう呼びかけた。

 

「似合わないわよ、おじさま。私が出るのは、次の作戦の前の損耗を減らすため。久々に編隊飛行外れたかったしね」

〈上手くやってくれれば、こちらとしては何も問題は無い。アイツらは下げても大丈夫か?〉

「あと1分待って。まだ到達すらしてない」

 

 全速力で飛んでいる、とはいっても距離はある。速度はみるみる増していくが、それでもすぐに迎撃機が離脱すれば戦域はそれだけ本土に近づく。

 八代通は「急げ」とだけ語り、以降は静寂に包まれた。

 

(さて。最近ルフィナばっかり目立ってるし、私も暴れますか――私らしくね)

 

 レーダーに味方の表示が現れる。向こうにも伝わっているだろう。

 

〈あら、援軍はあなただけなんですね〉

 

 到着早々、飛んできたのはファントムからの冷たい一言だった。

 

「はーいはい、いいから。バービー各機、後退せよ。ここは私が引き受けた」

〈こちらバービー01。まだ四機のザイがいる。単機では攻略不可能〉

「そこはほら、私だから。とにかく下がって! この先の作戦に、機体の損害は出せない。通常機のイーグルさん、少し手伝ってくれるだけでいいわ。もう少しだけ残って」

〈おい、奴らは逃がして俺たちに残れと!?〉

「大丈夫。死なせはしないわよ。おとりにも使わせない。ただ、ミサイル何発か残した機にはいてほしいのよ」

 

 無線が暫し騒がしくなった。だが少しして、了承の言葉が返ってくる。引き換えに、兵装を使い切った機は逃がすよう提示してきた。ビゲンはそれを了承し、戦闘行動に入る。

 その機動はまさに稲妻だ。ザイの直角機動にすら、微塵の遅れもなくついていく。通常機時代の計器盤が想定外の機動に暴れまわっても、ビゲンはもちろん知らん顔だった。いくつかの計器は既に狂ってしまっているが、ドーターには必要のない機材故すでに直されてすらいない。

 その存在は、あくまでも『機体提供側へのポーズ』に過ぎないものだった。

 

「フォックス2」

 

 JA-37-ANMの翼下からミサイルが撃ち出された。ほうき星めいた軌跡を複雑に描きながら、ザイを撃破。刹那、カウンターを行うかのようにミサイルアラートが響いた。

 レーダーでミサイルの位置を確認、真正面から突っ込む。機銃を使おうとビゲンは用意するが、寸前でやめた。ミサイル着弾直前、JA-37-ANMが大きく右にバンクした。ザイのミサイルはその持ち上げられた翼の下を抜けて、通り過ぎて自爆する。残された通常機パイロットたちも思わず目を疑った。近接信管があるだろうに、ミサイルは目標で炸裂しなかったのだ。

 

「ふう、久々に頭使ったわ」

 

 ザイのミサイルが飛来する直前、ビゲンは機銃の異常に気付いた。発砲に頼ると被弾する。代わりにザイのミサイルへアクセス、侵食を承知でミサイルの近接信管を潰してかわした。

 アニマ自身もルフィナのアクセスブロックで意識を飛ばしてから、長らく複雑な演算は行っておらず、このまま作戦に投入されては不安も残ると、実戦で試験的に演算したのが事実だった。

 

「通常機パイロットへ、ミサイル借りるわ。対ザイ用にはなってるでしょ?」

〈なってるが……。借りるってどうするつもり――!?〉

 

 パイロットの一人が言い切る前に、F-15Jのミサイルが次々に発射されていく。操作などしていない。

 ミサイルはJA-37-ANMを通過、ヘルメスブルーの輝きを得て、あたかもUAVのようにザイをそれぞれ狙って飛翔する。

 蛇のように複雑な軌跡を交差させながら、瞬く間に残された三機が堕ちる。レーダーを確認、さらに広域レーダーへ。ビゲンが確認した限り、異常は無かった。

 

「っ! ザイのミサイルにアクセスしたのはやりすぎたか……」

 

 ダイレクトリンクが強まる。妙な感覚だった。モニターに映し出された味方機が敵と識別され、再び戻る。ノイズだらけのHUD。

 

「私はこんなところで、アンタたちに戻ってやる気はないのよ……」

 

 目を瞑る。ぎゃんぎゃんとうるさいルフィナが初めに浮かんだ。次にそれを制するクフィル。

 トムキャットは相変わらずサムライを探して、シュペルエタンダールはいつかのように、自分の服の裾を引っ張ってくる。

 だが、それよりも強い思いを乗せた声がビゲンに届いた。

 

〈ビゲン。そっちに行ってはダメ、まだ私たちにはやるべきことがある。だからあなたも出てきたはず〉

 

 クリムゾンレッドのJAS-39D-ANMが横に並んだ。ノイズのように輝きを明滅させるビゲンが、その声で覚醒。同時に侵食地点を発見、ブロッキングする。

 

「はぁっ! はぁっ――! バービー01、サンキュ。敵の反応無し、RTB。基地に精密検査の用意をさせて。今はあいつらの侵食はブロックしてあるから」

〈わかった。飛べそう?〉

「モチよ。任せなさいな、私はあなたのお姉さまですから」

 

 脂汗を流し、苦痛に顔を歪めながらもビゲンはグリペンへ気丈に返していた。

 二機のサーブ製戦闘機は、極東の基地へと引き換えしていく。

 

 □

 

 夕日に染まった小松基地。技本棟の休憩室で、ビゲンはグリペンに勧められた飲むヨーグルトを片手に黄昏ていた。

 彼女いわく、『これでモテモテのダイナマイトボディになる』らしいが、ビゲンがそんなもの必要と思うわけもなく。しかし妹に勧められては飲まないわけにもいかず。

 

「ザイの侵食部分は何とかなったからよかったけど……」

 

 ストローに口をつけ、ヨーグルトを飲む。気付けば、その傍らにはシュペルエタンダールがいた。

 ビゲンと共に夕日を眺めて、スケッチブックに何か絵を描き始めていた。

 

「何かいてんのよ? また夢か何か?」

 

 ビゲンの言葉に、シュペルエタンダールはかぶりを振った。そうじゃない、と。

 まだ途中であろう絵を、彼女はビゲンへ差し出した。今度はクレヨン画ではない。色鉛筆で繊細に描かれていた。

 それは、今まさに自分が見ている景色。夕日に染まる小松基地――その滑走路と、空だった。

 

「綺麗に描けてるじゃない。続き、頑張んなさいよ? じゃ、私は遥に会ってくるから」

 

 片手を振り上げて、ビゲンは去って行った。その背中をシュペルエタンダールはじっと見送る。

 相変わらず表情は無いが、どこか安堵したような雰囲気を漂わせて、彼女はまたスケッチブックへ視線を戻す。

 明日には米海軍との打ち合わせも控えている。大規模作戦まで、ほんの数日と迫っていた。




今回は19話にして、初めてビゲンメインの空戦でした。
彼女もやるのよ? どちらかというとお金が好きなだけで。

それから、明後日より一か月ほど諸事情で更新ができないかもしれません。
スマホは使えるので、そこから更新かな……。

どうか次回もまた、よろしくお願いします!

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