米海軍との打ち合わせを控えたその日に、ソレイユのアニマたちの専用端末に連絡が入った。
全員共有のテレビ電話で、発信者は『社長』とある。
ルフィナたちは顔を見合わせ、頷くと通話開始ボタンをタップした。
『久し振りだね、皆。無事で何よりだ』
画面に写し出されたのは、初老の男性だ。優しげな瞳が、画面の向こうから小松にいるソレイユ社のメンバーを見つめている。
「なんか用か? おっさん。アタシたち、これからアメリカと――」
『それなんだが、ルフィナ。いや、皆も聞いてくれ。戦力を拡張できる見込みが出来た。ミスター八代通にも、既に連絡は通してある』
戦力を拡張? ルフィナは首を折れんばかりに傾げた。
ロシアのソレイユ社がどうなったかは知っているだろうに、何を言っているのかと彼女は頭を抱える。
『私達は今、ソレイユ北米本部にいるんだ。ようやく、アニマ三体の作戦遂行能力が認められてね』
「待ちなさいな。アニマを六体も維持する気でいるの? 維持費だけで会社が潰れるわよ」
ビゲンが噛みつくと、ソレイユ社長は小さく笑む。
『ならばその分、稼ごうじゃないか。それが傭兵というものだ』
「機種は? ドーターのベースは何になるんです?」
クフィルの問いに、社長は傍らに二人の少女を呼び寄せる。
片やレイヴン・ブラックの黒髪を伸ばし、襟足を跳ねさせたセミロングヘア。目付きはキツく、眼をカメラ越しに合わせただけで凄まじい威圧感を感じるほどだった。
もう一人は綺麗なコメットブルーのロングヘアを綺麗に整えた、礼儀正しそうな少女だった。
『レイヴンの固有色を持つアニマはF-4。中でも、F-4X相当の改修機だ。日本のRF-4Eとは運用思想が違う。君から、何かあるかね?』
少女に社長が問うと、レイヴンの少女はカメラに顔を寄せて。
『期待は出来そうだな。せいぜい稼ぐとしよう』
あまりにハスキーな声が、日本にいるソレイユメンバーの耳に突き刺さる。
冷たく突き放すような、それでいて戦闘経験を感じさせる自信を見いだすには充分だった。
『お前からは無いのか、ヴィゴラス』
『私からは特にありませんわ。作戦開始までに日本へ向かわねばなりませんし、支度して参ります』
F-4Xから呼び掛けられると、ヴィゴラスと呼ばれたJ-10のアニマはツンと顔を背けて立ち去っていく。
『ハッ……まあ、こういうヤツだ。宜しく頼むぞ』
F-4Xからの話は終わったらしく、一歩下がって社長の後ろに立つ。
しかしここで違和感を皆が抱いた。
「そういえば、三機って言ってなかったか? もう一機は?」
『あ、あぁ……彼女はMiG-35ファルクラムだ。ただ、当人がな……』
言い淀む社長。すると、通話に突如割り込んでくる通信が入った。なぜか、ルフィナにだけ。
怪しく思いながらも、通信を開く。
刹那、画面一杯に藤色が映し出された。
『おっねえさまぁぁ!!!』
あまりの大音量に端末のスピーカーがビリビリと音を立てる。
『あぁ! ルフィナお姉さまだぁ! 本物がもうすぐそこにいる!』
「待て待て! お前は何者だ!? アタシはお前を知らねーぞ!」
鼻息も荒めに捲し立てていた藤色の髪をした少女は、ルフィナにそう制されてカメラから離れ、座席に深く寄り掛かった。
ドーターの中にいるらしい。少女は今度は荒い息を必死に抑えながら、自己紹介を始める。
『私は、MiG-35-ANMファルクラム。お姉さまにお会いするのを、ずっっっと! 楽しみにしてて、いよいよ出られるって聞いたら居ても立っても居られなくて、もう日本の領空に入った所なんです!』
「ちょ……おまっ!」
言うまでもなく、小松基地のSCが喧しく上がっていく。
撃墜される事はないだろうが、これでは領空侵犯者だ。
『あーもう! せっかくお姉さまとお話してるのに! なんかいっぱい上がってきたー!』
「あたりめーだバカ! お前は今領空侵犯してんだっつーの!」
『えー!』っと騒ぐファルクラムの声。全くそう言ったことは頭に無かったらしい。
唸りつつ両手で頭を抱えるルフィナに、ビゲンはそっと背中に手を添えた。面白くなりそうだ、とでもいいたげな笑みを見せながら。
「ちょっとちょっと、もうすぐ作戦なんだからあんまり雰囲気乱さないでよ?」
『うるせぇんだよ、ババァ』
「アア!?」
あまりの態度の急変にも驚いたが、何よりビゲンへの罵詈を、受けた当人は目を見開いてルフィナの端末を引っ付かんで、噛みつかんばかりに画面を睨み付けた。
「ファルクラム、仲間にそんな口を聞くんじゃねー。いいか?」
『はーい。ごめんなさい、仲間だと思わなくて』
「チッ……。まあ、分かったならいいわ」
端末をルフィナに渡して、ビゲンは椅子に座り込む。
画面に映るファルクラムの顔にはどこか影が落ちていたが、すぐにそれも無くなった。
『じゃあお姉さま! 待っててくださいね!』
「待たねーよ。これから米国様と会議だ」
『えー!? やだやだ! 私も一緒に行きますぅ! コイツら全部落としてすぐに着陸しますから~!』
「バカ! んなことしたらアタシらまで日本追い出されちまうよ! 呼び掛けてるスクランブルに、丁重に応えて従え! あとは八代通のおっさん通じて何とかしてくれる」
『はーい。それじゃああとで、お姉さまー』
ファルクラムはウィンク一つ、ルフィナへ飛ばして通信を切った。
『やはり、先に日本へ向かってしまったか……。話してみて分かったと思うが、彼女が一番の曲者だ。レーベン……すまない、F-4Xらが到着するまで、上手く受け流してくれ』
「嫌な予感しかしねーけど、もう出掛けていいんだな? アタシらは」
『もちろんだ。向こうもお待ちかねだろう、ゆっくり話してくるといい』
通話終了。深いため息と強い疲労感がソレイユ一同を襲った。
しかし休んでいる暇もない。次に向かう場所は、厚木基地だ。ソレイユメンバーも八代通らの案内で飛行機に乗り、一路神奈川県へ向かう。
綾瀬市、大和市を跨ぐ巨大な敷地を持つ米軍厚木基地、米海軍厚木飛行場が次の目的地だ。
□
アイリスパープルのMiG-35-ANMは多数のSC機に追われていた。
通信の終わったモニターは、もはやなにも面白いものは写していない。
「お姉さまとはまた後で、かぁ」
背後に接近するイーグル一機。
ファルクラムは機首を上げ、気だるげな表情を変えずにクルビットを決める。
推力偏向ノズルが動き、動きがずれる。まるで滑るようにSC機をオーバーシュートさせたファルクラムは、玩ぶようにドッグファイトを開始。
シザースで必死に逃げ惑うイーグル一機を相手に、ファルクラムは余裕の機動で追い掛け回す。ギリギリまで機体を寄せ、衝突寸前まで近付けては離れる。
ドーターに追い掛けられるなど、一般のパイロットでは相当なプレッシャーに違いない。だが、ファルクラムにはそんなもの関係なかった。
〈これ以上の敵対行動を取れば、貴機を撃墜する! 至急ギアダウンし、我々の誘導に従え!〉
仲間を追い掛け回され、SC機のパイロットたちの語気が強まっていた。
だが総じてファルクラムには喧しく、同じことばかりを繰り返しているようにしか聴こえない。
ファルクラムは心底つまらなさそうに座席に体重を預けたまま、ギアダウン。戦闘機動を止めた。
「めんどくさいなぁ、こういうしがらみは。国なんて面倒くさいだけだ」
SC機のF-15Jに引き連れられ、アイリスに輝くMiG-35-ANMはゆっくりと小松基地へとアプローチしていった。