ガーリー・エアフォース-カラフルアロウズ-   作:鞍月しめじ

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ALT.23『代償』

「すまないな、ソレイユ」

 

 作戦決行前、八代通はルフィナたちに頭を下げた。そんな質ではないだろうに、彼は深々と頭を下げる。

 F-4X-ANM、J-10-ANMの到着を待つ余裕が無くなったと八代通から聞かされたのはそのほんの数分前だった。

 というより、ファルクラムの到着すら想定外だったのだ。ヴィゴラスは『作戦開始に間に合わせる』と支度をしていたようだったが、離陸前点検でドーターに異状が認められ出発が見送りになった。

 レーベンだけは向かっているが、ザイ前線基地の動きを観測した小松基地が作戦開始を早める決断をしたのはつい先ほど。

 

「戦線が混乱するが、まーしゃあない。不調機出されて堕ちたんじゃ寝覚めもわりーしな」

「あんだけ大口叩いてたくせに、ヴィゴラス来れないんだ。ざまーないっての」

 

 ルフィナの傍らから離れることもなく、ファルクラムはいつも通りの恨まれ口を叩く。

 ルフィナに後頭部を叩かれながら、だが作戦開始は押している。米海軍が用意するF/A-18E-ANMとは、途中で合流。そのまま基地へ向かう算段になっていた。

 

「まあ、これだけアニマが出るんだから大丈夫じゃない? いくわよ」

 

 ビゲンは既に離陸準備に入り始めたドーター達を眺め、自らもまたJA-37-ANMへと向かっていく。

 確かに、独飛からすればかつてないほどに大勢のアニマが集まった。対地を得意にするアニマも、対空に秀でたアニマも全てが揃った。

 不安は抱くものではないと、八代通も考えてはいた。しかし、胸中のざわめきが消えない。この作戦は成功するかもしれない、だが何かを失う。

 彼にはそんな気がしていた。だが、それだけで作戦の延期は出来ない。むしろ前倒しだ。

 今はただ、空へ上がっていくアニマ達を彼らしく見守る。ただそれだけしか、出来ることはなかった。

 

 □

 

〈ハイ! サフィール01、合流するよ!〉

 

 独飛、ソレイユ、ステラ。そしてそこへサファイアブルーのドーターが滑り込む。

 これで11機。アニマを使用した作戦としては、最も大規模と言えた。

 

「よし。ソレイユ06、そろそろラインを超える。全機、ザイタワーからのレーザー照射は10km圏内に入った飛行物体に行われる。アタシとソレイユ06で、レーザーの軌道をシミュレートしたデータを送信する。発射確認はアタシが取る、合図したら全機ブレイク」

 

 ルフィナの言葉に、次々と了解の返答が飛び込む。

 データリンク開始、レーダーマップの表示がルフィナ、ファルクラムのものと全機のものが同期する。そこから自機位置情報などを引き抜き再計算、攻撃目標と共に広域マップには安全圏も表示された。

 強行した偵察でルフィナ達が見つけた、ザイタワーの根本――レーザーの届かない唯一のエリアだ。

 

「レーザー始動準備を確認! まもなく発射される、全機赤いラインからすぐに離れろ!」

 

 まるで境界を作るように、全機のレーダーマップに赤い線が走る。全機それぞれ散開し、レーザー予想地点から離脱する。

 青白いレーザーはすぐさま海を割り、走った。被弾した機は無し。だが、このままでは到着も遅れる。

 

〈こちらバービー03。ミサイル発射器がある以上、たどり着いても安全が確保できませんよ。攻撃機を先に行かせますか?〉

 

 ファントムの声はルフィナに届いていた。素早いロールから海面近くで姿勢を戻しつつルフィナは答える。

 

「そうしてーのはやまやまだけどな……。ステラ02、確か今日の作戦に合わせてなんか積んでたよな? 共有してくれ」

 

 レーザーをかわしつつ、マリーヌ・ディヴェールのシュペルエタンダール-ANMへ視線を向ける。胴体下に吊り下げた巨大な爆弾が明らかに機動を制限している。

 

『C'est une sorte de bombe souterraine. Avec bunker buster(これは一種の地中貫通爆弾。バンカーバスターとも)』

〈すまないな、こっちも後手後手なんだ。武装については今日ぎりぎりに装着が完了した。あとはステラ02が撃てるかだが、私も保証はできない〉

 

 トムキャットの謝罪が飛ぶ。すでにザイ前線基地は見えていた。共有が無かったことを責めている場合ではなくなった、破壊できる手があるならそれに賭けるしかない。今回はバービー04、バイバーゼロも爆弾を装備してやってきている。

 攻撃機二機が、それぞれアプローチに入る。さらにエスコートのグリペン、イーグルが先行。

 上がってきたザイをライノ、トムキャット、ビゲンで迎撃しつつ、入れ替わるようにクフィル、ファントムも参加していく。

 

「レーザー塔が邪魔だ……。手の空いた機はアタシを援護してくれないか? 天辺にレーザーの発射器が見える。あれをぶち壊しに行く」

〈私が行きます、ソレイユ01〉

〈06、あなたの機体は空戦により向いています。私と変わってください、02が行きます〉

 

 交わるカメリアレッドとアイリスパープル。どこか威嚇しあうような雰囲気。

 

「あーもう! こんなことしてる場合じゃねーだろ!? とにかく上る、ついてこれる奴は頼むぞ! いがみ合いで作戦を潰すな!」

 

 レーザーを根元でやり過ごし、そこから直角に機首を上げる。垂直上昇するSu-35SK-ANM、そのコックピットから見える視界の先に、レーザーを発射する出力結合鏡がある。近づけば近づくほどに巨大なそれは、ルフィナの接近に気付き方向を変える。

 

「ちっ! ロックオンは難しいか?」

 

 油断すればすぐさまレーザーが飛んでくる。そうなる前に、発射自体を止めなければ。

 短射程AAMを準備し、ロックオン。そのあとに、MiG-35-ANMが続いていた。クフィルはザイとの交戦を続けている。結果として、素直にルフィナに従った形だった。

 

〈行けます! あの部分は激しい衝撃を受けることを前提としていない。ミサイルの爆発を受ければ、破壊できるはずです〉

 

 証拠を見せようとしたのか、ファルクラムが機体を塔の天辺に向かわせる。機銃で鏡を打ち抜き、すぐさまクルビットで下降、安全圏へ離脱。

 少なからず正しくレーザーを出力できなくなったのか、ルフィナに狙いを変えていたレーザーは途中でかき消える。

 

〈レーザー発射器は基本的にデリケートだと調べました、ミサイルを撃ち込めば、間違いなく停止させられます! お姉さま!〉

 

 ファルクラムの言葉を信じるか、迷っている場合ではなくなった。機体を上昇させ、クルビットで反転。スライドするテールを推進力で無理やり前へ進めながら急降下する。

 ロックオンカーソルに鏡が収まった。まだ発射の合図はかからない。射程が足りない。

 

「うぉぉ!」

 

 衝突寸前、ルフィナは発射と共に機体をひねる。

 ミサイルは鏡に突き刺さり、塔に激突しかけたドーターはロール操作によって軸をずらされ、主翼をこすりそうなほどの近距離を下る。

 

〈レーザー沈黙! 残りはクラスターミサイ――〉

 

 ルフィナが体勢を立て直すのに合わせ、ファルクラムが機体を並べた。刹那、彼女は言葉を途切れさせる。

 ずずん、と地鳴りがした。瞬間、島の中央部付近から巨大な土埃と共に爆炎が上がる。

 

『STELLA02 détruit la cible. La bombe explose en toute sécurité(ステラ02、ターゲット破壊。爆弾の起爆も確認)』

『BARBIE04, target destruction complete. Redo the threat assessment(バービー04、ターゲット破壊完了。脅威査定のやり直しを求める)』

 

 主に爆撃を担当していた二機からも、爆撃完了のメッセージが全機に届けられる。

 では、今の地鳴りは爆撃によるものか。ルフィナがそう考え、だがやめた。

 

〈EPCM濃度急上昇! 全員、シールドを!〉

 

 ファントムの声と共に、全てのドーターがバランスを崩す。苦しみにうめく声が無線を走り抜けた。

 EPCMシールドを張りなおした機体はバランスを取り戻したが、ビゲンとライノのドーターだけは様子がおかしかった。ダイレクトリンクの光はぼやけ、明滅している。

 

「う……冗談じゃない――トドメがこれなんて」

 

 LEDモニター、HUDの表示がJA-37-ANMの中で乱れていた。F/A-18E-ANMでも同じだ。

 周囲の味方を敵と認識しながら、また表示は味方に戻る。それを幾度か繰り返す。ビゲンにとっては、内側に抑えていた何かがいよいよあふれ出ようとしている感覚。

 

〈ソレイユ03、サフィール01! まさか、ザイに!?〉

 

 気づくのはルフィナが早かった。スカイグレイのドーターは二機の合間に入り込み、ビゲンとライノの内部データへアクセスを開始する。

 そんな危険な手段を講じたのに真っ先に気付いたのは、ファントムだった。

 

「何をしているんです!? ザイに侵食されたアニマのデータに入り込むなんて――あなたは一体、どういう神経を!?」

〈うるせー! アタシはどうとでもなる。でも、ビゲンはアタシのために泣いてくれた。ライノを死なせると、シュペルが悲しむ。少なくとも、侵食は止めて見せる!〉

「無理です! あなたまで侵食されますよ!?」

 

 ファントムがどれだけ怒鳴ろうと、叫ぼうと、最早手遅れだった。どうやって止めるのか? そんなことすら想像もつかない。

 今のビゲン、ライノにはリンクするだけで()()()()()()危険すらあるというのに。

 だが何より、この強烈なEPCMはどこから来ているのか。ファントムは自らの頭脳を働かせる。

 

〈ザイの大剣だ。レーザーが機能しなくなった際、EPCMで妨害するようにできている。あれはレーザー防衛システムを持った、大規模EPCMアンテナだ〉

 

 ファントムが結論を出すより早く通信に割り込んだのは、ハスキーな女性の声。EPCMの妨害すらかいくぐり、黒い鴉は超高速で空域に迫っていた。

 ファントムが見たのは、自らの器と同じF-4の姿。だが、漆黒のそれは自分のとは違う。

 

〈到着が遅すぎた。謝罪する。だが話は聞いている――ソレイユ01、何をしている!〉

 

 漆黒の亡霊――否、鴉。F-4X-ANMレーベンはソレイユ01へと無線を飛ばす。だが、何も返ってはこなかった。チャンネルウィンドウもオフラインになっている。

 結晶を纏うSu-35SK-ANM。引き換えに、JA-37-ANMとF/A-18E-ANMには弱弱しいながらもダイレクトリンクの光が戻りだしている。

 

「お姉さま……まさか――」

 

 ファルクラムの目が驚きに見開かれる。

 Su-35SKはその場でクルビットし、仲間の機体をスルーしてレーベンが『ザイの大剣』と呼んだレーザー塔へとその機体を飛ばす。

 その瞬間、一瞬だけ、ソレイユ01――ルフィナと思しき少女から無線が入った。

 

〈……コイツのEPCM発生源がわかった。地下、だ。上等だよ――飛び込んでくる。ビゲンとライノは退避させるんだ〉

「お姉さま、何を!?」

 

 Su-35SKの飛行するルート上には、巨大な地中爆発で地形が変わり、基地内部に向けて開いた穴があった。ちょうどザイの大剣の根元から飛び込む形だ。

 ファルクラムが後を追おうとするが、レーベンが機銃を撃って彼女を止める。

 

「何すんだクソカラス! お姉さまが!」

〈お前まで行ってどうする。ルフィナには、アニマを繋ぐ機能がある。その機能で二機を救った。引き換えにどうなるか、彼女もわかっているんだろ〉

「やっと会えたんだぞ! 死なせるわけにいかないんだよ!!」

 

 言い合いもむなしく、Su-35SKが地中に消える。

 数十秒後、ファントムが告げた。

 

「EPCM、消失。前線基地はまもなく崩壊します。行きましょう」

 

 無情な帰還宣言。ファルクラムだけは、納得がいかない様子で反論する。

 

「お姉さまがいるんだよ! まだ中にいるんだよ! みんな助けてもらったのに、見捨てるっての!? もういい!」

〈ファルクラム、あなたはまだルフィナの選んだ結末がわかっていないようですね〉

「あ!?」

 

 ファントムは叫び散らすようなファルクラムへ、ただいつもの冷静さを保ったまま語る。

 

〈彼女は、ザイとして死ぬ運命ではなく、アニマとして我々を逃がすために命を捨てたんです。あなたまであの穴倉に飛び込んで、死ぬ。それは勝手ですが、間違いなくあなたの『お姉さま』は望んでいませんよ〉

「くっ……」

 

 MiG-35-ANMの動きが鈍る。崩れ始めた前線基地上層部分を見下ろして、作戦参加メンバーは口数少なく帰還した。

 

 □

 

 EPCM停止数分前。基地地下へ飛び込もうとした時だった。すでに半分自我がない。まるで巣穴に戻るような気分すらあった。

 ルフィナは誰に宛てるでもなく呟く。

 

「ちょうどいい……隙間だったんだ」

 

 ザイの大剣、そのコアをミサイルが認識する。

 発射すれば終わる。戻り道などあるかわからない、いや戻れない。ルフィナはミサイルをリリースしてコアを破壊、続いてその横にあった空間に逸れ、さらに奥へと飛行する。

 

〈堕ちるなんて許さねえぞ、ルフィナ〉

 

 突如、不通の筈の無線に聞き覚えのある声が割り込んだ。

 

「あん……? あんた、ジュラーヴリクか? 作戦には――」

〈わりい、作戦とはハナから関係ねえんだ。一度死んだことにしてもらう。いや、なんにせよこのままじゃ死ぬけどな〉

「ハッ、ザイになりかけのアタシでなにがしてーやら……。コアの再利用か何かか」

〈あたしはお前で、お前はあたしだ。ロシア政府がそれに気づいて、開発を進めてるんだよ。Su-30SM-ANMをな。勿論、今までのドーターとの関係はそのままであたしらを乗せようとたくらんでる〉

「何考えてるか知らねーけど、もう無駄だ。こうして話してるのも難しい」

〈なるほど。お仲間は全員帰投したらしい。今から引き揚げに行く〉

「出来るモンならやってみなよ、マヌケ」

〈ああ、やってやるぜ売国奴。そう簡単に死ねると思うなよ〉

 

 コックピット内に、ルフィナの渇いた笑いが漏れる。タダでは死ねない。だが、逃げ場はない。じきに基地も崩落する。

 そんな中奇跡でも起こして、自身を助け出せたのなら。その時はジュラーヴリクの話に乗ってもいいとは思った。だが、それだけだった。

 彼女が意識を保っていたのは、その時までだった。暗闇に沈むその瞬間、彼女が見たのはクロームオレンジの閃光だった。

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