ALT.24『北へ』
色味の無いソレイユ基地に立って、辺りを見渡す。
いつも見た喧騒も、仲間の声もない。
Su-35SK-ANMフランカーこと、ルフィナはハッカのように綺麗すぎる空気に違和感を覚えた。だがそれもすぐに消え去り、脳内を一つの単語が過る。
「……使命」
頭の中で、何かに問い掛けられた気がした。
人類の、救済。それが使命。だから、今は人間を間引くしか……。
(違う、違う違う!)
ぶんぶんと頭を振って、アタシを呼び掛ける何かを振り切る。
いや、覚えている。覚えているんだ。アタシは死んでいる筈だ。
Su-35SK-ANMフランカーは、ザイ侵食直前に自身を使って『ザイの大剣』が発するEPCMを止めた。
あれからどうなった? 空中空母型は? 知る由などあるものか、自分はもう退場したんだから。
「アタシの世界、か……」
呟いて、目を瞑った。なぜ自分のだと思ったかはわからない。
けれどなんとなく、この空間は居心地がいい。溶けていきそうな、何もかもに身を任せてもいいような感じだ。
ここはアタシの世界なんだ。好きにしても、いいよな。
「駄目だ。そんなのあたしが許さねえ」
よく聞いた声が響いた。振り返ると、クロームオレンジの輝きを纏うアニマがいた。
ジュラーヴリク。Su-27M-ANM、ロシア一番最初のアニマで、恐らくアタシの半分。
彼女はつかつかとこちらへ歩み寄ると――
「フッ!」
――アタシの頬を盛大に張った。
痛いなんてモンじゃない。危うく首が吹っ飛ぶかと思った。
「いいか! あたしが倒すまで、お前は死なせない。思い出せよ、ついさっきのことだ」
「助け出した、か? ザイになったアタシを?」
「ああ。不思議だなぁ? お前、どうやって侵食を抑えた? いや、うちのスタッフすら分かってねえ。お前なんなんだ」
なんなんだ、とは失礼なヤツだな。
しかし侵食を抑えた? そんなことはしていないし、もう死ぬ気でいた。だから突っ込んだのに。
しばらく悩んで、昔エイベルに言われた事を思い出した。
『お前はうちが作った、特別なアニマだ。アニマとアニマを繋いで、深く深く溶け込めるんだ』
何を言ってるのかさっぱりだった。
だから右から左に聞き流して、とにかく機動を究めた。最近はからっきしだったけど。
エイベルの言葉通り、ビゲンとライノに繋げて、アイツらを助けられたなら良かったが。
ああ……そういえばファルクラム。アイツ、『ザイの大剣』を上った時、似た機動をしてたな。
今、アイツはどうしてるんだろう。次々と仲間の顔が浮かぶ気がした。クフィルもきっと、今まで通り食えてないかもな。
「戻ってこい、ルフィナ。お前が必要なんだよ。あとMiG-35-ANMとやらが、やたらうるせえ」
ジュラーヴリクが口を尖らせる。
「ハッ! ハハハ!」
ファルクラムには、流石のジュラーヴリクもお手上げか。アタシも思わず腹を抱えて笑った。
だけど、必要とされるのは悪くない。どういう風の吹き回しか……それはあとで訊くとするか。
□
一定のタイミングで、電子音が鳴っている。
何かに座っている感覚と、機械に繋げられた感覚。気持ちがわりーったらありゃしない。
「目が覚めたかよ、売国野郎が」
薄目を開けると、ジュラーヴリクが前屈みになってこっちを覗き込んでそんな事を言ってくる。
体にろくに力は入らないけど、これだけは出来た。
ヤツに中指を突き立てて見せる。
「Su-35SK-ANM、覚醒しました……。異常無し、意識の混濁はありますがザイ化の傾向はない……奇跡だ」
男の声がする。研究員だろうか?
「当たり前だろうが。あたしのライバルが、こんなんでくたばるかよ」
ジュラーヴリクは得意気に返した。
ライバルねえ。まだ決着は着いてないが、今やっても勝てそうに無いな……。
「おい、機械外せよ……気持ちわりー」
意識がはっきりしてくると、余計に自分を繋ぐ医療機器のケーブルが鬱陶しくなってきた。
座っているのは車椅子。ずっとこのままモニターされてたのかと考えると、もっと待遇を考えろと言いたくなる。
「今やってやるから待ってろ。ったく、減らず口ばかり叩きやがって」
文句もそこそこに、ジュラーヴリクと入れ換えに研究員たちが医療機器を取り外しだす。
あんまり気にしたことはないけど、一応アタシも女なんだけどな。容赦なく男どもが心電図のパッチだのに手を掛けて外していきやがる。
そうして医療機器から解放された頃に、ジュラーヴリクは戻ってきた。
「本当なら今すぐ話を進めたいんだがな。本調子じゃないお前には出来ない実験でな、一日休め。世話はベルクトに頼んでおく」
「待てよ、オレンジ。ここは? アタシは小松から出たんだぞ?」
「いつかお前を回収、もしくは金払って借りるつもりだった。それがPMCだろ? あいにく、死にかけのお前を引っ張る形になったがな。ここはノヴォシビルスク、お前の本当の生まれ故郷だよ」
ノヴォシビルスク……またロシアか。
アタシの生まれ故郷、分からなくはない。スホーイの工場がある。
PMCの生まれでも、ドーター候補機までもがそのPMCで作られる訳じゃない。しっかりと工場でロールアウトしたものが入ってくる。軍隊から買うにしたって同じだ。
アニマとしてのアタシは確かにソレイユの生まれだけど、ノヴォシビルスクは言うなれば実家というべきかな。ソレイユにいるアタシはさながら、親戚の家にいるかそんなところだろう。
「車椅子、押しますね?」
ふと、別な女の声がした。
柔らかくて、優しそうな声だ。ゆっくりしていて、でも芯はある。ジュラーヴリクとは真逆だな。
車椅子のロックが外される時に、その姿が見えた。
スノーホワイトの髪、真っ白な肌。こっちをちらりと見遣った時に見えた紅い瞳。アルビノってやつか。
「Su-47-ANMベルクトといいます。お気軽に、ベルクトと呼んでくださいね」
「う、うん?」
なんだか調子が狂う。いつもなら何かしら反抗したくなるけど、そんな気が起きない。
ベルクトはゆっくり、振動も起こさず車椅子を押し始めた。ある意味不思議な感覚だ。そりゃ、ビゲンのスーパーカーに詰め込まれて走り回られた事はあるけど、地上をドーターへのダイレクトリンク無しに、自分の足で移動しないのはちょっとした不安を感じた。
「意識不明のまま、一週間昏睡していたんです。そのまま侵食が放置されれば、廃棄すらされる可能性もあって」
ベルクトが心配そうに語った。
待てよ? 一週間? アタシはそんなに寝てたのか?
じゃあ戦線は? それこそ空中空母型はどうなった?
それに、ジュラーヴリクは『ついさっき』と言っていた筈なのに。現実じゃないからか? アレはアタシの夢なのだろうか?
「空中空母型ザイに関しては、まだ脅威ではないようです。ただ、独飛の皆さんもルフィナのお仲間も、出撃は明らかに増えていると、ステラ社の御木さんから聞いています」
「あ? 何であの社長の名前が?」
純粋な疑問だった。確かにステラもPMCだが、ロシアと関係があるのか?
「私たちバーバチカとは、何度かお仕事をしているので。姉様方も、あの方とは知り合いなんです」
「そりゃ初耳だ。ベルクト、ひとつ訊いていいか」
「はい?」
車椅子はゆっくりと進む。ベルクトはいつ問いが来ても良いようにか、話を止めている。
「ジュラーヴリクの言う実験ってなんだ?」
最大の疑問だ。あんな極東で散りかけたアタシを助け出して、奇跡みたいな確率に賭けてまでやりたい実験ってのはなんなんだ?
それをハッキリさせたかった。
「Su-30SM-ANM――貴方の存在と、ジュラーヴリク姉様の関係、リンク率を知った政府が開発した試験ドーターです。コアの適合は関係なく、姉様とルフィナ、二人のデータを取るために実験を立案したんです」
ベルクトはハッキリと答えていく。
確かにアイツはアタシで、アタシはアイツだ。どこか同じところはある。
だからってなんでタンデムする必要があるんだ? どちらにせよ、アタシのドーターは無事とは言えないだろうから、帰るにも帰れないけど。
「その実験で、納得いくデータが取れりゃ帰れんのか? アタシは」
「はい。いえ、それよりも先にファルクラムが乗り込んできそうですけど……」
「ちげーねー。って、いやいや。いくらなんでもそれは……」
――無いとは言い切れない。
アイツならやりそうだが、居場所を掴むなんて流石に無理だろう。高を括っていると、ベルクトが告げる。
「それが、ルフィナのバイタルサインがずっと追跡されているんです。無事だと言うことは、もうわかっていると思います」
「冗談だろ……」
「それから、何度かドーターが日本からロシア領空を……」
頭痛がしてきた。
ファルクラム。アイツがアタシを気に入ってくれてるのは知ってる。想いも聞いた。
応えられない、って言った筈なんだけど諦めていないのは明らかだった。
一日に二回も領空侵犯するようなヤツだし、そのうちマジで押し掛けてきそうだな。
「まず、こっちがお部屋です」
気づけば、宿舎に案内されていた。
二人部屋……なのか? ベッドが二つある。
殺風景なようで、生活感はありつつ物はきっちり整頓されていた。ベルクトが全部やったのか?
「暫くは私が、貴方の看護担当です。何かあったら、言ってくださいね」
「待った」
「はい?」
待ったを掛けて振り返ると、ベルクトが小首をかしげている。
「アンタは迷惑じゃないのかよ? こんな満足に歩けもしないヤツの世話係なんて」
「全然」
即答かよ。むしろちょっと嬉しそうだったぞ。
駄目だ、調子が狂わされる。
(そうだ)
無事じゃないのは知ってる。だけど、確かめなきゃいけない。
ベルクトへ振り返り、告げる。
「アタシのドーターは?」
「見に行きますか?」
軟禁、という訳でもないらしい。ハンガーに行かなきゃならない筈の提案に、ベルクトはあっさりと応えた。
車椅子は部屋を出て、そして建物を出る。コートは着せられたが、身を切るような寒さだった。
「ここですよ」
巨大な格納庫は、その口を開けている。
車椅子が止まって、その中身がハッキリと見えた。
スカイグレイ……アタシの器で、身体で、自身で。
車椅子を押されて、機体の周りを回る。
墜落した訳じゃないようだ。不時着程度の損傷だろうが、自分で見て後悔した。
右から堕ちたのか、右主翼は無惨に叩き折られたように削げ落ちている。水平尾翼も無い。
衝撃か、他の場所に当たったのか、垂直尾翼は根本を残して損失。エンジンも抜かれたのだろう、何もない。
左主翼も無事という訳じゃなく、折れかけていたものを、外したような跡だ。
アンテナ類は全滅、ギアも。ノーズコーンは無く、レーダーは外されていた。身体をバラバラにされた現場を、自分で見てしまうなんて。
「いよいよビゲンたちに顔向け出来ねーな……」
いや、ビゲンはこれで怒ったりはしない。自分を助けた方に怒る筈だ。
リーダーが犠牲になることに、彼女は否定的だった。飛行隊の在り方、商売のやり方をよく分かってる。
一番機を失えば、隙を見せる。ビゲンはそれを由としないんだろう。
自分の機体はわかった。これでは当面、帰れないことも。
次にアタシが気にしたのは、その横に並んだフランカーだった。ドーターらしいが、ジュラーヴリクのものではない。
全体は黒だが、翼に明るいオレンジ。実験機めいた、目立つカラーリングだ。
「ベルクト、アレか?」
「はい。アレがSu-30SM-ANM――ジュラーヴリク姉様と貴方が乗る、実験機体です」
ベルクトに告げられて、改めてその存在を強く意識した。
新しい器じゃない。ロシアが何を企んでいるかは知らない。興味もない。
助けられて感謝はしている。だが、それなりの物は貰う。アタシはまた、ベルクトへ振り返っていた。
アタシはロシアの軍隊所属じゃない。金次第で動く、傭兵だ。民間軍事企業といえば聞こえはいいかもしれない。
だがソレイユは、それ以前に傭兵だ。助けられて感謝はする。だが頼んでもいない。
だからアタシはベルクトに告げた。
「実験の主導者に会わせろ。ここからは、感謝云々は抜きにする。アタシはPMCソレイユ所属、アニマ飛行部隊ソレイユ01、Su-35SK-ANMフランカーとして、報酬の交渉を行う」
自分でつくっといてなんだけど、ファルクラムちゃんが恐いです(