ガーリー・エアフォース-カラフルアロウズ-   作:鞍月しめじ

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ALT.25『自らの価値』

「はい! では、まずは身体を洗いましょう!」

 

 Su-47-ANMベルクトは、ぱんっと両手を合わせて語る。

 

「話聞いてたか? 主導者に会わせろって……」

「だからです!」

 

 思わず首をかしげた。Su-35SK-ANMことルフィナは、いまいち納得のいかない様子で眉を潜めた。

 

「要するに、まずは身体洗えと」

 

 アタシの問いに、ベルクトは「はい!」と明るく答える。

 まあ確かに、一週間寝てたんだから最低限身体拭かれてたりしかされてないだろうとは思う。

 いや待てよ、それはそれで何だかダサいな。思わず顔を手で覆った。意識もせずに溜め息が出る。

 

「まだ歩くのは難しいでしょうし、身体を拭きましょう」

「いや、大丈夫だ! もう歩ける!」

 

 冗談じゃない。そこまで露骨な介護サービスを受ける気は、アタシにはない。

 歩けると思って両手に力をかけ、ステップから脚を下ろす。腰を浮かせた瞬間、アタシの身体は車椅子に引き戻されていた。

 

「あれ?」

 

 足に全く力が入らない。何度試しても駄目だ。

 恐る恐る振り返ると、ベルクトははらはらとした顔でアタシを見ていた。そして遂に痺れを切らせたのか、肩を押さえ付ける。

 意外と力あるぞ……。いや、多分ベルクトの押さえ付けに抗う体力がアタシに無いのも原因だろう。

 

「無理しないでください。私は姉様方から任される以前に、ルフィナのお姉さんなんです。危ないことは許しません」

「お姉さんって……」

「実際そうでしょう?」

 

「ね?」とベルクトはこちらに問い掛ける。

 確かに間違ってはいない。アタシはフランカーファミリーでは末も末だ。同じスホーイで、第5世代を目指して作られた試作機、Su-47よりも新しい機体になる。

 要するに、末っ子ってことなんだが。

 

「まずは部屋に戻りますよ」

「むう……」

「はい、ふてくされない!」

 

 初めてベルクトが声を張った。優しいイメージから一転して声を張られると、思わず身が引き締まるような感覚に襲われる。

 もう言い訳はできなさそうだ。諦めるしかない。

 

 □

 

「流石に全部脱いでくださいなんていいませんから、協力してください。ルフィナ」

 

 部屋に連れ戻されて、ベッドに座らされる。

 タオルを絞るベルクト相手に、アタシは必死のガードだった。女同士とはいえ、嫌だ。

 コイツ、意外とスタイル良いし。劣等感が湧いてくる。

 

「手は動くから……」

「背中は?」

「う……」

「大丈夫ですから、ね?」

 

 優しく微笑むベルクトが、今は全くそうは見えない。

 上着を脱がされつつ、アタシは心底今の状況を恨んだ。

 

「もう、ルフィナはもう少し自分を大事にしないと駄目ですよ」

 

 優しく、だけどほどほどに力強くベルクトは背中を拭いている。不快感は無い。むしろマッサージされてるようで、気持ちが良かった。

 

「こんなにお肌も綺麗なのに、自分はどうでもいいなんて考えはダメです」

 

 気持ちはいいが、こんこんと説教が続く。

 恥ずかしいやら気持ちいいやら、反抗したくなるやら。まあ、四面楚歌じゃないだけ増しも増しだろうが。

 

「前は拭けるんですよね?」

「ん、うん。ていうか、それは同性でも恥ずかしいからな」

 

 ベルクトが濡らし直したタオルを受け取って、唯一自由の利く両腕で身体の前面を拭いていく。

 このあとにはそこそこ気合いのいる交渉が待っている筈なんだが。なんとも言えない感覚だった。

 

 身体も清め、次は主導者に会いに行く。既に覚醒から半日は経過している筈だが、変わらずベルクトは車椅子を押してくれていた。

 主導者……いや、第972親衛航空戦隊『バーバチカ』の副官であるらしいが、ほぼ実権を握っているようだ。

 名はニキータ・カジンスキー。階級は中佐。

 

「無事目が覚めたようで、何よりです。フランカー……いえ、ルフィナですか?」

 

 小柄な年老いた男は杖を鳴らして立ちはだかる。

 ちょうどいい所に、というよりは先回りされたように感じた。気味すら悪く思える。

 

「カジンスキー中佐、こんばんは」

 

 ベルクトも佇まいを直しつつ、彼へ挨拶していた。

 実権が彼なのは間違いないらしい。カジンスキーも、ベルクトへ挨拶を返す。

 

「こんばんは、ベルクト。休んでいいですよ」

 

 カジンスキーが言葉を掛けると、ベルクトは再び車椅子に手を掛けたらしい。小さな振動を感じた。

 カジンスキーは言葉遣いこそ優しい感じだが、アタシにはよく見てきたタイプだった。

 こういうヤツほど、組織としての在り方を重視する。情というものは持ち合わせず、必要としない。

 

「話がある、カジンスキー」

「そのようですね。交渉ですか? PMCらしく」

 

 カジンスキーは杖をかつん、と鳴らしてアタシを見つめる。

 危うく畏縮しかけた。相応に雰囲気はあるらしい。

 だが、考えろ。ビゲンならこういう時、どう条件を持ち出す? 利益か? それとも融通を利かせるか?

 

(クソッ! 交渉なんてからっきしだからな)

 

 どうすればいいか纏まらない。カジンスキーも時間は取れない、と言いたげに圧力を掛けているように見えた。

 アタシがここを出るのは間違いない。皆に金を持ち帰ればいいのか? いくら? いや、違う。アイツらは、アタシに関して金じゃ納得はしてくれない。

 なら、アタシはアタシの願いを告げればいい。

 

「交渉じゃない。アタシを使う条件だ」

「ほう? なんですか?」

「まず、Su-35SK-ANMの修繕を急ぐこと。それから、アンタのコネでロシアの特殊部隊教育隊でも動かしてくれ」

 

 二つ目の要求を述べた時、カジンスキーは明らかに首をかしげた。

『なぜ、特殊部隊?』と言いたげだ。

 

「アニマは戦闘機から降りれば無力だ。そのせいで、アタシは仲間が何千人と殺されても震えてるだけだった。少しでいい、護身術を知りたい」

「……それは、あなたにとって重要なのですか? ルフィナ」

「まだソレイユを襲った奴等にはたどり着いていない。この先、ビゲンだけに頼るわけにはいかねーんだ」

 

 真っ直ぐ。カジンスキーから一切目を逸らさない。

 意思を伝えて、彼の反応を待つ。

 答えはすぐに返ってきた。こつん、と杖が床を叩く。佇まいを直し、彼は語る。

 

「わかりました。では金銭の要求はないのですね?」

「それは実験の成果が出た時の、そっちの誠意だな」

「なるほど。傲慢なPMCらしい。当たっては見ましょう。ただし、あなたの足が動くようになり次第、すぐ実験を開始しますよ」

 

 上等だ。アタシはカジンスキーにそう言い放って、笑って見せる。

 要求はとにかく伝えた。カジンスキーは忙しいらしく、杖をならしつつ立ち去る。

 気付けば、外はもう暗い。夜が来た。

 

「そろそろ夕食ですね。食堂に行きましょうか?」

「バーバチカの奴等も来るな」

「勿論……というか、私もですよ?」

 

 忘れてました? とベルクトがアタシの顔を覗き込む。

 綺麗に透き通るような肌、飲み込まれそうな紅の瞳。思わず目を背けた。

 

「わりー。アンタは、アイツらとは違う気がしてな」

「いえ。最初は私も困ってましたから」

 

 困惑ぎみにベルクトは笑った。コイツ、苦労してるな。

 まあバーバチカも癖は強い。ベルクトと出会ってまだ数時間だが、真っ直ぐに素直すぎるベルクトでは少し相性も悪いか?

 それでも上手くやってるんだから、流石姉妹だとアタシは感心する。

 車椅子は食堂に向かって進む。そろそろ自分で動かせそうだったが、ベルクトが頑なに押し続ける。助かるけど、あまり迷惑も掛けられないような。

 

(アタシらしくねーな)

 

 ベルクトの前では、いつものアタシではいられない気がする。

 我ながら気持ちが悪いのは分かっていても、癒されるのがわかる。全く気持ちを急く必要がないからか、安心出来た。

 

「ここが食堂です。車椅子から降りたら、ルフィナも一人ですから道に迷わないように気を付けてください」

「はいよ。で? 席は決まってるのか?」

 

 問うと、ベルクトは一直線に食堂を突き進んだ。

 一ヶ所、椅子がない場所がある。車椅子はそこに止められ、タイヤロックが掛かった。

 

(なるほど、用意が良いな)

 

 ベルクトは食事を取ってくる、とだけ言って離れていった。

 次第に騒がしくなっていく食堂。ふと、前の席の椅子が引かれた。座ったのは、クロームオレンジの色を放つアニマ。ジュラーヴリクだ。

 その隣にすかさず座ったのはラーストチュカ。眉無しのヤンチャしてそうな顔が、警戒心最大の様子でこちらを睨んでいる。

 ジュラーヴリクを挟んで反対に座ったのはパクファ。相変わらずどこでもエプロンドレス姿で、微笑んでいやがる。

 ジュラーヴリクを壁にするようにしながら、全く正反対の反応がアタシに向けられていた。

 

「調子はどうなんだ? まだ足は動かねぇか」

「わりーかよ」

 

 不機嫌も隠さずに返すと、ジュラーヴリクはくすりと小さく笑って。

 

「いや? 実験について、上からせっつかれてるからな。これ以上抑えが利くか分からなくてよ」

 

 笑いながら言うことじゃない気もしたが、とにかく圧力は掛かっているらしいことは分かった。

 

「実験、実験。ドーターは見たけど、結局アンタらは何をさせたいんだよ」

 

 アタシが問うと、ジュラーヴリクは呆気に取られたように目をしばたたかせる。

 まだ分からないのか、と言いたげな空気が彼女を包んでいた。

 

「あの機体で色々データを取るんだよ。何せ、あんたはアニマのルールから少し外れた生まれ方をしてるからな。Su-27派生でありながら、あたしがいても何も異常が起きない」

「そりゃ、35Sじゃ中身はほぼ別だからな。アンタとは違うさ」

「だからだよ。直接的な姉妹を乗せて、そのデータを取りたいのさ。お上は。こんな機会、今を逃したら来ねえからな」

 

 なるほど。

 フランスはバックアップにアニマを搭乗させる予定だったと聞いたけど、ロシアはそんなアプローチを取る必要はない。

 単純にアニマの研究と考えるべきだろうか。ジュラーヴリクは軍属だし、上からの命令には逆らえない。アタシも条件を突きつけた以上、今さら引くわけにはいかない。

 

「分かったよ。なるべく早く身体は治す」

「そうしてくれると――」

 

 ジュラーヴリクが言い掛けたその刹那、工場内に放送が流れた。

 かなり焦った様子で『領空侵犯機確認、バーバチカ隊は至急集合』と叫んでいる。

 単なる領空侵犯機に、アニマ部隊を出すだろうか。いや、必要ない筈だ。

 

(冗談だろ……)

 

 嫌な予感が止まらない。食事も途中のまま、ジュラーヴリクたちは走り去る。

 ベルクトもアタシへ食事を持ってくると、集合に応じるために駆けていってしまった。

 

(ヤバイ)

 

 アタシの読みが当たれば、領空侵犯機は間違いなく『ヤツ』だ。

 未だに実力を読みきれていないが、ザイ前線基地戦ではアタシにきっちり付いてきた。

 本気でやりあえば、双方被害ゼロでは済まない。

 

「クソッ!」

 

 車椅子のタイヤロックを外し、自分も食堂を後にする。必死にタイヤを回しながら向かったのはハンガーだ。

 自分のドーターは駄目だ。だが、実験に使うSu-30なら?

 

(動かせなかったら、地上からチャンネルに割り込むしかねー)

 

 今はバーバチカにも、そしてヤツにも被害を出すわけにはいかない。

 ハンガーは騒がしい。ドーターが空を飛び回っていると、整備員が騒いでいた。

 間違いなく、ファルクラムだ。既に二機、スクランブルした通常機が損傷して戻ってきたとも言っている。

 

 行かないと。あの空へ。

 例え目の前に佇むのが自らの器じゃなくても、血は変わらない筈。多少無理してでも飛ばなくては。


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