ガーリー・エアフォース-カラフルアロウズ-   作:鞍月しめじ

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ALT.26『ずっと会いたかった』

 ロシアの空は騒然としていた。いや、厳密には空だけではなかった。

 地対空ミサイル(SAM)は常に上空へ向けられ、空域の管制官は侵入してきた敵機を怒鳴る。

 アイリスのドーター、MiG-35-ANMは舞う蝶のようにふらふらとした機動で背後のスホーイを追い抜かせると、転じて刀を思わせる鋭い軌跡を描いて追撃、機関砲で撤退に追い込んでいく。

 

「……」

 

 ミサイルアラートを認識し、ファルクラムは瞬時にレーダーを認識。背後から迫るミサイルに対し急降下する。

 追尾してくるミサイルに、追われる機体。間も無く近接信管も作動するかと思われる距離で、機体は突如稲妻めいて角度を変え、水平飛行へ切り替わる。

 航跡雲すら直角を描くその機動にミサイルはついていけず、地面に叩き付けられた。

 更に急上昇、続く機動で二機のスホーイの間をロールしながら抜け、上方向への慣性は残したままクルビット。くるりと翻ったその流麗な機体側面から、発砲炎が上がった。

 

 既に迎撃機を撤退へ追い込んだ数は五機を数えようとしている。そうでありながら、まだ翼下にはミサイルを満載したままなのだ。

 バーバチカ隊に話が回るのも、考えるには難しくない話。実際、彼女たちはすぐにやってきた。

 クロームオレンジのSu-27M-ANM、アクアマリンのMiG-29SMT-ANM、そして第5世代機――『対アニマ特化』のアニマの器、フレンチベージュのPAK FA-ANMが綺麗な航跡雲を引きつつ、MiG-35-ANMと対峙する。

 

「アレがアイツの仲間か」

 

 通常機をまるで玩具を追い掛ける子供のように無邪気に、そして容赦無く撃破するMiG-35-ANMを見たジュラーヴリクは呟いた。

 その言葉に恐怖こそ有りはしないが、撤退したパイロットから報告は既に上がってきている。

 

『あのアニマはマトモじゃない。まるで何かに取り付かれている』と。

 ふん、とジュラーヴリクは不敵に笑った。眉尻を吊り上げ、アイリスのドーターを見据える。

 

「上等だ。ヤツの妹ってんなら、丁重にもてなさねえとな! 各機、単独戦闘は禁止する! 適宜サポートを受けながら戦え!」

〈了解〉

〈了解しました、ボス〉

 

 バーバチカの機体が二機一対でジュラーヴリクのレーダーから離れていく。

 いくら最新型とはいえ、MiG-35-ANMの扱いは第4.5世代。まだパクファにマージンはある。

 ラーストチュカも、自身の新型に負けるような半端な実力はしていない。

 

(よし、追い込めてる。悪いな、ルフィナ――祖国ナメられて、あたしは黙っていられるほど甘くはねえんだ)

 

 MiG-35-ANMは二機のドーターに撹乱され、機動こそ相変わらずのデタラメだったが攻撃の手は緩んでいる。

 ここぞとばかりにジュラーヴリクは指示を飛ばした。

 

「空対空ミサイルを使え。ただし、爆散させるな。不時着程度は出来るように――出来るな、02、03?」

 

 たった数分の戦闘。その中で、ジュラーヴリクはただ見ていた訳ではない。

 MiG-35-ANMの機動、実力、回避への反応。全てを計算しつつ、同時にバーバチカ隊の戦闘力で可能な判断を下した。

 MiG-29SMT-ANMの翼下からアクアマリンに輝くミサイルが放たれる。アニマの制御下で誘導されるミサイルは、通常機のミサイルとは全く挙動が異なる。単なる機動回避は不可能に近い。

 だが同時に、MiG-35-ANMの翼下からもミサイルが放たれた。しかしバーバチカ隊のどのアニマも、アラートは聞いていない。

 

 ミサイルは、真っ直ぐに()()()()()()()()()()()()()()()()と突っ込んだ。

 空中で花が咲いたように、爆発が起きる。どちらのミグも、その圏内にはいなかった。

 

「ミサイルでミサイルを撃墜した……? 何者なんだ、あいつは……?」

 

 正気じゃない。アクアマリンのショートカットを輝かせ、ラーストチュカは目を驚きに見開かせる。

 バーバチカ隊にとって完全に想定外。明らかに異常ななにかが、アイリスのドーターを覆っている。

 

〈私が行きます〉

 

 動いたのはパクファだった。色覚ステルスによる『ニンジャ戦法』ならば、裏をかける。彼女はそう判断していた。

 姿が消える。EGGの反応もなくなった。クロームオレンジとアクアマリン、相反する色調の二機が交差しながらMiG-35-ANMを捉え続ける。

 だが、突如ターゲットはその機首を背後へ向けて機体を翻すと機関砲弾を虚空へ放つ。

 

〈うっ!?〉

 

 虚空へ放たれたはずの機関砲弾は空中で火花を散らし、バーバチカ隊の無線にパクファの呻く声が飛び込む。

 色覚ステルスが一瞬解かれ、大柄な機体はMiG-35-ANMの上を飛んで離脱。ジュラーヴリクが舌を打った。

 

(なんでだ、なんでパクファのステルスを――まさか)

 

 さぁっとジュラーヴリクの血の気が引く。

 彼女はもっと違うものを見ている。パクファのEGGはシールドされているし、レーダーにも映らない。ならば、あのミグは何を見ていた?

 

(あいつまさか……IRSTとFLIAの情報からパクファを見つけ出しやがったってのか……!?)

 

 疑念ではなかった。それしか有り得なかった。戦闘機のアビオニクスそのものであるアニマが使えない手では確かに無い。

 だが、まさかアニマに備わるEGG探知やレーダー情報を捨て、色覚ステルスの弱点であるともいえる熱放射を探し当てるとは、よもや思わなかった。

 周囲に熱源はたくさんある。その中で、的確に背後を狙ってきたパクファにカウンターを決めるなど、少なくともジュラーヴリクは見たことの無い相手だった。

 確かに色覚ステルスを破った相手は一人いる。それにしても、予想は出来なかった。

 

(マズいな)

 

 短期決戦を決めていたジュラーヴリク。しかし、相手に手の内を晒しすぎた。

 退くべきか? 思考する。ラーストチュカも、パクファも、そして自らですら弄ばれている。

 だが退けば、相手により深くへの侵入を許す。なんとか撃退しなくては。しかしどうやって?

 

 完全に手詰まりかと思えた。しかし、間髪入れずに全ドーターの無線がハウリングを起こす。

 きぃん、と耳をつんざく音に身体を縮こまらせ、ジュラーヴリクはレーダーに目を向けた。

 

〈アンノウン接近! いや、この方角は……〉

 

 ラーストチュカの声に、ジュラーヴリクはレーダーを確認する。IFF応答無し。だが、アンノウンが来ている方角は()()()()()からだった。

 今飛べる機体は通常機しかいないはず。しかしあれだけ撤退に追い込まれ、ジュラーヴリク達を送り込んだ。今更通常機を送るとは考えにくい。

 考えられる可能性は、一つに収束した。

 

「Su-30……! ソレイユ01、お前!」

 

 機体が見えた。全体的に丸みを帯びた、フランカーシリーズそのものの機体。だが複座故に、コックピット周りは少しずんぐりとしている。

 スカイグレイに輝くSu-30SM。翼端には塗装のオレンジがうっすらと見えている。

 

〈なにやってんだ! ソレイユ06!〉

 

 Su-30SM-ANMはバーバチカ隊をカバーするように機動を変えたかと思うや否や、オープンチャンネルで激を飛ばす。

 

「お姉さま……?」

 

 聞きなれた声を聴いた。ファルクラムが正面を飛び回るスカイグレイのドーターを視認する。

 そして、すぐに彼女は考えを改めた。

 

「お姉さまはもっと鋭く飛ぶッ! 名前を騙るなッ! クソ野郎がァッ!」

 

 MiG-35-ANMの敵意が、武装さえしていないSu-30SM-ANMへ一気に向けられた。

 

(ダメかよ。アイツ、どんだけ我を見失ってんだ……)

 

 操縦するのは確かにルフィナだった。しかし、本来は自らの器とは違う機体。まるで身体の感覚が変わってしまい、思うように飛ばせない。

 

〈ソレイユ、足はいいのかよ〉

 

 ジュラーヴリクの声がした。心配する素振りはないが、気にはかけているらしい。

 ルフィナは小さく笑う。

 

「ダイレクトリンクしちまえば、肉体の感覚はどうとでもなる。この足じゃ機体に乗るのも一苦労だったんで、BA04はまだ暫く掛かる。――だが」

 

 ルフィナは自らを追い掛けるアイリスのドーターをバックミラー越しに視認する。

 

「アイツにまで手間はかけさせねー。ファルクラムは、アタシがやる」

 

 巨大な機体を翻し、MiG-35-ANMと前後を入れ換える。近年まれに見る、見事なドッグファイト。

 左右に揺さぶられようが、Su-30SM-ANMは適切な距離感と判断で追尾していく。

 

「ソレイユ06! ファルクラム!」

〈黙れッ! お姉さまの声で私を呼ぶなッ!〉

「そうかよ。ならアタシを殺すか、ファルクラム!?」

〈言われなくても!〉

 

 MiG-35-ANMがクルビットで前後を入れ替え、再びSu-30SM-ANMを追う。

 ルフィナは機体をほぼ直角に急上昇させ、MiG-35-ANMを誘い込んだ。続き、急降下。速度計は瞬く間に数字を増やしていく。

 

「お姉さまの声、お姉さまの機動……! お姉さまを、返せッ!」

 

 背後からルフィナに突き刺さるのは殺意だ。冷たく、どんなナイフよりも鋭い殺意。

 

『Предупреждение о высоте(高度に注意せよ)』

 

 Su-30SM-ANMが警告音声でもってアニマへ告げる。

 地表まで時間は無い。上空で見守るジュラーヴリク達でさえ、ソレイユ二機の急降下には冷や汗が止まらなかった。

 ルフィナが小さく息を吐いた。刹那、彼女の周囲から音が消える。

 

 あるのは、Su-30SM-ANM (今の自分)の感覚だけだ。

 急降下していた機体はその場で180度反転し、推力を全開にする。高度は下がり、速度はそれでも低下していく。

 だがまっすぐ、ルフィナはファルクラムに向き合った。

 

「いいぜ、撃てよファルクラム。それでお前が満足するなら」

 

 ロックオンアラート。すぐにそれはミサイル警告へと変わる。

 コックピット内のHUDが赤く明滅した。

 

「うらぁッ!」

 

 推力全開のまま後退しながら高度を下げていたSu-30SM-ANMは機首を引き上げ、ミサイルを誘導限界へ誘う。

 ミサイルは背面飛行するドーターのエンジンを掠めるように飛び、真っ直ぐに地面へ突き刺さり爆発した。

 

「ファルクラム」

 

 ルフィナが今度は優しく、名を呼んだ。

 

「敢えて誘導をそらしたな?」

〈……〉

「ずっとアタシを捜してたんだよな」

 

 バランスを取り直したSu-30SM-ANMは、戦闘機動を止めたMiG-35-ANMへ寄り添うように飛ぶ。

 

〈お姉さま……私は、本当にあなた以外要らないんです〉

「覚えてる。だけど今回は限度を超えすぎだ、わかるな?」

 

 ファルクラムからの返答はないが、高度を上げジュラーヴリクたちに帰順するような機動を描く。

 

〈肝が冷えたぜ、ソレイユ01〉

「アタシもだよ。機体はなんとか飛ばせた、もうすぐ実験出来る。ファルクラムは任せた」

〈ああ、言われなくても。機体は無傷で持ち帰れよ?〉

「遊びたくても遊べねーよ。自分の身体じゃねーからな」

 

 Su-30SM-ANMも一気に高度を上げ、バーバチカ隊の編隊に加わる。

 騒がしかった無線は一転して静かになっていた。ファルクラムは投降したと、ジュラーヴリクが告げていた。

 五機のドーターは見事に揃った航跡雲を引きながら、ノヴォシビルスクの工場へと戻っていく。

 

「お姉さま……」

 

 ファルクラムが自分の背後を飛ぶSu-30SM-ANMを振り返る。

 すっかり冷めた頭は、背後の機体を姉と認識している。実際、HUDに備え付けられたルフィナのバイタルサイン発信源は背後からだった。

 彼女はぽつりと呟く。

 

「私は、ちゃんとあなたに会いに来ました」

 

 彼女の声は、凶暴なジェット機のサウンドにかき消された。




今回は三人称です。
次はまたルフィナ視点に戻ります。

ファルクラムちゃんのデタラメさをちょっと強めに描きました。
……大変だな、これ。

次回もまたよろしくお願いいたします!
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