ガーリー・エアフォース-カラフルアロウズ-   作:鞍月しめじ

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ALT.29『本心』

「ルフィナ、これはあたしらだけの話だ。いいか」

 

 間も無く試験も始まるだろうに、ジュラーヴリクは自身のドーターをチェックし終えるなりアタシにそう声を掛けた。

 隣のハンガーでは、アタシのドーターが修復中になっている。Su-35SK-ANMが直されていく。

 それをまるで遮ろうかとするように、目の前のジュラーヴリクは真剣な眼差しで歩み寄る。

 

「お、おい……」

 

 アタシに抱きつかんばかりの距離まで来ると、彼女は背中に手を伸ばし、アタシの服から何かを取った。

 摘ままれるようにして取られたのは、妙に小さい虫……にしては機械的だ。足も見当たらない。

 ごくごく小さな集音マイクのような形に見える。

 

「……」

 

 ジュラーヴリクはそれを床に落とすと、足ですぐさまに踏みつける。

 ばり、と固いものが砕ける音がした。地面を擦るように入念に破壊する。

 足をどけると、砕けたパーツに基盤らしいものの破片が見えた。

 

「盗聴器だ」

 

 憎々しげに破片を見つめるジュラーヴリクが言う。

 

「は? 盗聴器って……」

 

 そんなもの、一体いつ付けられる?

 付けられる道理もない。アタシの話を盗聴して何が楽しい?

 

「さっきドーターの調子見てる時に緑色から秘匿で連絡があった。ルフィナには関係ある話だ、もっと厳重な場所で――」

 

 ジュラーヴリクがアタシを――いや、その視線は自分より後ろだ。

 振り返る。資材の陰から、ファルクラムが此方を覗いていた。見張りがいない。一体どうやって出てきたんだ?

 それよりも、ファルクラムがアタシたちに向ける視線。それは何よりも強い、憎悪だった。

 

「嗅ぎ付けやがったか」

 

 身構えるジュラーヴリク。

 だが、瞬きする間に藤色の輝きは消えていた。

 なんだったんだ? 理解を拒む以前に、理解が追い付かない。

 

「もうバレてる。ここで話す」

 

 ジュラーヴリクはアタシの肩を押さえ付け、真っ直ぐに視線を向けた。

 吐息を感じる距離。彼女の大きな緑色の瞳に、自分の姿が映っている。間抜けな顔をさらしていた。

 

「ソレイユはクーデターによって窮地だったな? 緑色が警戒してお前らを調べたらしいが、その時にクーデター連中のデータを追えたらしい。何が見つかったと思う?」

 

 頭が理解を拒んでいる。半分答えのようなものじゃないか。嘘だ、嘘だと頭では怒鳴っている。

 アタシを捜して一日に二回も領空を侵犯して、抱き付いてきて……。

 ジュラーヴリクは自分の両頬を手で挟み、自身と無理矢理に視線を交わさせる。逃げ場がない。

 

「ファルクラムはクーデター連中にコアデータを改竄されてる。いや、厳密には『目標から逸らされている』か」

 

 頭が真っ白になるような感覚がした。だけどすぐにそれがアタシの想定した事態ではない事に、笑いがこみ上げてきた。

 

「は、ははは!」

「なに笑ってんだよ!? あいつは、お前らの敵だったんだ。スパイだ、わかるか!?」

「はははは! 分かる、分かるさジュラ。アイツはスパイだ」

 

 ジュラーヴリクの両手を振り払う。気付けば松葉杖無しに自立出来ていた。

 彼女は言った『ファルクラムはデータを改竄されている』と。目標から逸らされている、と。

 つまり根っからクーデターを起こした側に付いている訳ではないということになる。

 ファルクラムの想いがクーデター連中に歪められたものなのか、それとも本当に心の奥底から改竄を乗り越えて溢れ出すものなのか。それはわからない。

 今が危険なのも同じだ。それは変わらない。でも手がない訳じゃない。彼女は根っからのスパイじゃないんだから。

 

「ジュラ、ビゲンに連絡を取りたい」

「ダメだ。いや、許してやりたいが、あたしも上からあんたの味方には連絡させるなって通達されてるからな。流石に逆らえねぇよ」

 

 ジュラーヴリクは機嫌悪そうに地面を蹴った。

 こういう時に手を借りたいのはビゲンだ。ザイ前線基地戦最後の通信に紛れた、妙な女も味方の気配がするから話を聞きたかったが。

 

(自分でなんとかしなきゃな)

 

 心に決めた。ここで実験に協力するのは、自分をより強くするためだ。のんきに休んでいる為じゃない。

 なら部下の不始末をなんとかするのも、アタシの役目だろう。

 

「ジュラ、アタシが前席。いいか」

「今実験の話すんのかよ? 仲間がスパイだったんだぞ?」

「いいのか? アタシが前席で」

 

 ジュラーヴリクの視線が険しくなっていく。『現実から目を逸らしやがった』とでも言いたげな目だった。

 

「好きにしろ。いつ飛ばせるんだ」

「いつでも。ファルクラムの監視も解いてくれ。泳がせたい」

「テメェ、血迷ったのか!? クーデター連中の手先が、今にもナイフの切っ先が届くような距離から見てるんだぞ!?」

 

 かっと目を見開いたジュラーヴリクが、勢いよく掴みかかった。

 今度は彼女に無理矢理させられるでもなく、真っ直ぐに見つめる。

 

「殺すチャンスだけなら何度もあった。ファルクラム自身に何かある。それを空で調べたい」

「……お前、まさかあのイカれたミグを空に炙り出すってのか?」

 

 ジュラーヴリクの怒りが驚きに変わった。信じられないそんな危険人物を、とでも言いたそうに見える。

 

「アタシの機能、もう分かってるだろ」

 

 告げる。ハッキリと、作業音に負けないようにしっかりとジュラーヴリクに告げる。

 

「アニマを繋ぐ力……。ザイ侵食さえ移したお前なら、確かに多少のウイルスやらブロックは直接取っ払えるかもしれねぇけど……」

「けど?」

 

 問うと、ジュラーヴリクはゆっくりと視線を落とす。

 

「ザイの侵食を消した訳じゃない。自分に移しただけだ。もしヤツが本当に手を加えられてるなら、ファルクラムを元に戻したらお前が……」

「無い。あんなクソどもには絶対に負けねえ。手先になってやるつもりもない」

「言うだけは簡単だろうが! 実際は!? 実績はあんのか!?」

「ねーよッ! 突貫だ! いつもアタシはそうやってきたッ!」

 

 互いに声を張り上げる。気付けば、整備員たちの気すら引いていた。

 作業音が減っている。少しの静寂の後、音はまた増えていった。

 

「協力してもらえないなら、それでもいい。一人で考える」

「いや、駄目だ。もうあたしとお前は繋がった仲だ。ダイレクトリンク中に伝わったよ、『願い、救い、痛み、恐怖全部分け合う』って」

 

「だから」ジュラーヴリクは続けた。

 

「やるなら一緒だ。あのピンク色共以来だよ、バーバチカの奴等以外にここまで入れ込んだのは」

「よし。早いうちに飛ぼう、連絡は頼んだ」

 

 ジュラーヴリクはこくりと頷くと、ハンガーの外へ駆けていく。

 

「私を落とすつもりですか? お姉さま」

 

 ジュラーヴリクの姿が消えると、今度は冷たい声が自分を呼んだ。

 腰に硬い何かが当たって、左からファルクラムが自分の横顔を覗き込んでいた。

 思わず背筋が伸びる。冷や汗が頬を伝った。

 

「私はお姉さまを愛してます。例え殺しても、ずぅっと傍にいます」

 

 突き付けられているのは拳銃だ。どこから調達したんだ?

 いや、見張りも無しに出歩いてる時点で確定している。恐らく、抜け出した時にどうにかした見張りから拝借したんだろう。

 

「アタシをここで殺すのはお前の本意か、ファルクラム」

 

 敢えて彼女の顔は見ない。ハッキリ言ってしまえば、今にも崩れ落ちそうなほどに怖かった。

 だから顔は見なかった。アニマとして――ただアニマとして話をしていくしかなかった。

 

「……」

「空でザイを落とすのが使命だ。それは変わらないんだろ。アニマとドーターは空に在るべきだ」

 

 静かにだが、撃鉄が起きた。周りが気付く筈もない。ここは作業中のハンガー、些細な音は何一つ周りに聴こえやしない。

 

「地上のイザコザで自分を見失って本望なら、引けよ」

「お姉さま……」

「殺せって言ってるんだ」

 

 垣間見える猟奇的な雰囲気からいって、引き金を引く可能性は充分にあった。

 都合良く銃を下ろす展開の方が、確率が低い。

 時間はどれだけ経った? 一秒? 一分? それとももっとか。

 

「強気なお姉さま。私、大好きですよ」

 

 ぐりっと腰に強く銃が押し付けられる。

 目を瞑る。いつ銃弾が体内を突き抜けてもいいように、歯も食いしばって。

 

 ――パチン!

 

 そんな気の抜けるような音がした。

 異物感が腰から消えている。ファルクラムは笑いながら――

 

「弾なんて入ってませんよ。でも、そうですね。空で会いましょう、お姉さま」

 

 ――そんな風に言うと、彼女の気配は煙のように消えてしまった。

 

「ああ。アタシ達が相手だ」

 

 いるかも分からないファルクラムに、アタシはそう告げた。と、同時に身体から力が抜ける。

 

「ルフィナ!」

 

 入れ替わるようにやって来たのはベルクト。傍らには珍しく、パクファがいた。

 床にくずおれたアタシに、ベルクトは優しく手を差しのべてくれた。いつも笑顔のパクファも、眉尻を下げて何処か心配そうにしている。

 

「何があったんですか? 今日いきなり試験飛行が決まったと、ジュラーヴリク姉様も言っていますし……」

 

 話は纏まっていたらしい。そうとなると、ファルクラムも気付かれないように支度している筈。

 ベルクトの手をとって、アタシは少しふらつきつつも立ち上がった。

 

「悪いな。ここにもウチの問題を持ち込んじまった」

 

 ぽん、と軽くベルクトの肩を叩いてすれ違う。

 エプロンには、既にSu-30SM-ANMが用意されていた。ファルクラムの姿はないが、必ず後を追うだろう。

 アタシはパイロットスーツに着替えるため、建物へ戻った。

 

 □

 

「おせぇぞ!」

「わりー! 手間取った!」

 

 Su-30SM-ANMの後席に腰掛けるジュラーヴリクは、ルフィナがタラップを駆け上がるのを見て怒鳴る。

 まだダイレクトリンクは行われていない。機体にはハッキリとウィングのオレンジ色が見えていた。

 

「よし、アタシお得意のぶっつけ本番だ。行けるか、ジュラ」

「おうよ! 祖国の実験ついで、ってのは納得がいかねぇが……ついでに助けてやるよ、お前の会社――家も!」

 

 二人は目を瞑り、NFIパネルに手を置く。

 ドーターのシステムは、二体のアニマをしっかり一体として読み取った。

 機体にハニカムパターンが浮かび、そして二色の発光現象が起きる。スカイグレイとクロームオレンジ――敵同士だった二体のフランカー。

 固有色は混じり合い、そしてドーターのカラーパターンに合わせるようにして変化する。スカイグレイのメインカラー、クロームオレンジのウィング。

 

「具合はどうだ、ジュラ」

「すこぶるいい感じだな。具合が悪い感じはない」

「アタシもだ。一人で飛ばした時より、ずっといい」

 

 キャノピーが閉じ、すぐに全周モニターが景色を映す。

 メインの操縦はルフィナが担当する。ジュラーヴリクは武装の管制に全力を注ぐ。

 左エンジン始動。電力が行き渡り、垂れ下がっていたエンジンノズルが起き上がる。右エンジン始動、左エンジンの排気音に共鳴して甲高く凶暴な音が響き渡った。

 

「よし、システムオーケーだ。まさかあたしが、こんな地味なことやるとは思わなかったよ」

「何事にも初めてはあるさ。アタシもそうだ」

 

 くすりとルフィナは笑って見せる。

 各動翼が上下に動き、エンジンノズルも合わせて生き物めいて動いた。

 エンジンノズルがしぼられ、そして開く度に鈍い動作音が鳴る。

 エンジンチェックも完了、ルフィナとジュラーヴリクはもはや会話すら交わしていない。一機のSu-30SM-ANMとして、ただ繋がっている。それだけで二人は全てを理解できた。

 

(来い、ファルクラム)

 

 空を見上げ、目指す先を確認する。

 管制官からの指示と共に、機体はゆっくりと進み始める。

 にわかに無線が騒がしくなる。タキシングするSu-30SM-ANMの後を追うように、アイリスのドーターが付いていた。

 動翼をチェックしながら、ぴったりと彼女は後をつけている。

 

〈今まで私はお姉さまを超えたくなかった。でも今日でおしまい。ANM-S2、ファルクラム――任務の障害と判断しフランカーを撃墜する〉

「飛んでから言いなよ、ファルクラム」

「地上で粋がるアニマは単なる負け犬だ。粋がるなら、空でも強くないとな」

 

 二機のスロットルがほぼ同時に全開に開かれる。

 排気炎を引きながら、二機のドーターは蒼空へと舞い上がった。




やっとSu-30SM-ANMが飛んだ……。
ひとつの決着を着けるため、もっと強くなるため、ルフィナは『フランカー』として空へ向かいます。
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