ガーリー・エアフォース-カラフルアロウズ-   作:鞍月しめじ

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ALT.31『灯火』

 ロシア、ソレイユ社ランウェイ。

 MiG-35-ANMファルクラムに引き連れられて、Su-30SM-ANMに接続したアタシ――ルフィナと相棒であるSu-27M-ANMジュラーヴリクはランディングアプローチに入っていた。

 

(おかしい)

 

 モニターから見えるソレイユ社の飛行場は、クーデターに巻き込まれたあの時から綺麗になっている。

 制圧したステラ社が掃除する訳もない。あれからどれだけ経ったか。無人になるはずであろう敷地は、不気味なほど綺麗だった。

 

「まずいんじゃねえか、こりゃあ」

 

 ジュラーヴリクが周囲を見渡しているのが感覚として伝わる。

 前方で停止するMiG-35-ANMに合わせて、機体を停める。エプロンに運ぶ必要もない、というのだろうか。

 

「ルフィナ、下だ。歓迎パーティーでも開いてくれるかな」

 

 ジュラーヴリクに言われて足元を見渡す。

 小銃を構えた男が六人ほど、機体左右から挟み込むようにこちらを狙っていた。

 

「ファルクラム……」

 

 戻らなかったのか? 奴はアタシ達を嵌めたのか? 疑念が湧いては消えていく。

 無駄だったとは思いたくない。でもこの手際は、まるでファルクラムが手土産を持ち帰ったかのように思えた。

 

〈降りてください。タラップを用意します〉

 

 無線から聴こえるファルクラムの声からは、先程の狼狽が消えていた。

 冷静で、有無を言わさぬ雰囲気がある。機体を止められた以上、従うしかない。装甲キャノピーとはいえ、ビゲンのドーターであるサーブ37と違ってコイツは逆噴射なんて器用な真似は出来ない。

 撃たれながら逃げようにも、既に退路は絶たれている。

 

「ルフィナ、もう諦めろ。どこかでヤツを始末するしかねぇ」

「クソッ……」

 

 悪態ついても無駄か。

 ダイレクトリンクを解除、両手を上げつつキャノピーを開ける。懐かしい風も、今はそれを堪能する余裕が自分にはない。

 

「歩け」

 

 コックピットから地上に下りるなり、小銃の銃口を向けられてアタシとジュラーヴリクはそう指示された。

 ファルクラムも下りてきたが、拳銃を手渡された以外は見張り無し。その様だけなら、完全にクロだった。サプレッサーの装着までひどく手慣れている。

 

「ファルクラム、後ろから来い」

「了解」

 

 無駄だった。こんなに悔しい思いをしたのに、怒鳴り、喚き散らす気力すら湧かない。

 仲間は本当にスパイだったのか。その事実で頭が一杯だった。

 翼を並べて飛んで、想いを告げられて。あれも嘘だったのだろうか?

 改竄が解けないとなると何処からが嘘だったのかすら、もう分からない。

 

「処分するの? そのアニマ」

 

 後ろからファルクラムの声がする。

 

「処分だと? コケにしやがって……」

 

 ジュラーヴリクの恨み言が聴こえる。

 幸い、周囲には単なる負け犬の遠吠え程度にしか思われていないらしい。暴行を受ける事もなかった。

 ドーターから離れて、しばらく歩いたその時だった。

 

 カメラのシャッターを切ったような、カシュッという軽い音が聴こえた。

 次に何かが倒れたような重い音。軽い噴射音のようなそれと共に、アタシ達を囲んでいた屈強そうなオペレーター達は頭から血を吹き出して倒れた。

 次々と、瞬く間に。

 

「ごめんなさい、お姉さま。ジュラーヴリク。どうしてもすぐには助け出せなくて」

 

 振り向いた先に、硝煙を上げる拳銃を構えたファルクラムがいた。

 彼女の足下には金色に輝く薬莢が転がっている。

 

「お前がやったのか、ファルクラム?」

 

 思わず問い掛ける。ファルクラムは静かに頷いて、小銃を一挺拾い上げた。

 

「詳しい話は安全を確保してから。ジュラーヴリク、銃の扱いは?」

「AKなら多少はな」

 

「よし」ファルクラムは確信したように頷いて、小銃をジュラーヴリクに手渡す。

 

「AK-12自動小銃。使い方は古いAKと同じ、これは替えのマガジン……」

「待て待て! 本当にお前、信用していいのか?」

 

 倒れたオペレーターから弾倉を奪って押し付けるファルクラムの手を、ジュラーヴリクは押し返す。

 彼女の問いは尤もだろう。ついさっきまで敵のように振る舞っていて、しかもスパイの事実まである。

 アタシのコネクションが上手くいったかも確認のしようがない。

 

「仮に敵だとして、今一番私を撃ち殺すのに抵抗がないアニマに銃を渡すと思う? それに、敵ならあんた達ごと撃ってるっての」

 

 口を尖らせながら、ファルクラムは押し返すジュラーヴリクよりも更に強く弾倉を押し付けて渡すと、自身の拳銃のチェックを始める。

 弾倉を抜いて、また戻して。その行動もビゲンなら意味がわかるんだろうが、アタシには理解のしようがなかった。ただ、ひどく手慣れている印象だけが焼き付けられる。

 

「ジュラーヴリクは後ろ、私は前。お姉さま、間に入ってください。お守りします」

「え?」

 

 一瞬間の抜けたような声が漏れた。

 守られるだけなのか? ただ、何もせずに歩くだけ?

 

(……)

 

 強くなりたい。だからノヴォシビルスクの工場では色々やってはみた。

 なのに、また守られるだけ? アタシの行動はことごとく自分を犠牲にするしかない。

 

(そんなの、イヤだ!)

 

 眼前に聳え立つソレイユ社屋が嫌でも思い出させる。

 味方一人守るのに精一杯で震えていた自分が蘇る。普段は強気に振る舞って、少し命の危険を感じれば自分で死ぬか、怖くて震えてるしかない。

 

(アタシは弱い……)

 

 空で強くあるのがアニマだ。だけど、地上で震えていては意味がない。

 アニマの使命はザイの殲滅。そして、人類を救うこと。人という種を守ることだ。

 

「ッ!」

 

 地面に転がっていた小銃を拾い上げる。

 引き金に指をかけないことくらいは初心者でも理解は出来る。慌て食ったようにファルクラムが止めに来たが、アタシはそれを手で遮った。

 

「アタシも、少しくらいは役に立たせてくれ。地上に降りたら足手まとい、なんてゴメンだからな。ジュラ、コイツの使い方と注意点はあるか?」

 

 ジュラーヴリクも少し迷ったように視線を泳がせて。だが決心したのか、歩み寄ってくる。

 

「引き金に気を付けろ、もう撃てる状態になってるからな。弾が切れたら根元からパドルを押しながら弾倉を前に抜き取れ。AKはずっとそうだ――ほら、こんな感じ」

 

 ジュラーヴリクも同じ銃で助かった。彼女は自分で実演しながら、この小銃の最低限の操作を教えてくれる。

 

「お姉さま、本当に……危なくなった時だけですよ」

「わかってる。アタシも、なるたけ殺したくはない」

「バカか、お前は。初心者が人に当てられる訳無いだろ? あたしも小銃はからっきしだ、適当に弾をばら蒔いてヤツを援護してやればいい」

 

「敵に会わないのが一番だがな」ジュラーヴリクは小銃を抱え直しつつ、呟いた。

 前進開始。ファルクラムは正面から乗り込む気は無いらしく、社屋の地下入り口へと向かう。

 

「ソレイユ社屋地下には、この施設を維持するため広大なパイプラインが走っています。要は地下トンネルなんですが、お姉さまはそこの地理には?」

「わりー。地下なんて、アタシは行ったこともない」

 

 存在は勿論知っていた。一種のメンテナンス区画もあるし、かなり広くて骨が折れると愚痴る社員の話は聞いたことがあった。

 ただ、メンテナンスの雑用よりもアタシ達アニマにはやることがあったし、立ち入った事は数年ここで暮らしてきて、一度もない。

 

「外から中へ通じる入り口がひとつあります。そこから侵入、社長室に行きましょう」

 

 社長室?

 ファルクラムの提案に、思わず首をかしげる。そもそも彼女は自分達に話があるからここに呼んだのではないのか。

 それなら中に入る必要すら無い。それが社屋一番奥の社長室まで、なぜ行く必要があるのか分かりかねた。

 

「私はずっと彼らの指示に従っていましたが、リーダーのことは知らされていません。社長は私がスパイだとも知らなかった筈です。あの人のパソコンを使って、その事実を通達します」

「なんだって!?」

 

 敵がいるかもしれない中で、思わず声が漏れた。慌てて口を塞ぐ。

 ファルクラムの事実を社長に伝えたら、彼女は一体どうなる? リセットか、最悪廃棄。それこそANM-S2最悪のシナリオ、『Su-35SK-ANMもしくはMiG-35-ANMどちらかの破棄』だ。

 

「ルフィナ、ヤツの提案にノーは無い。正直、廃棄のカードを切られても仕方ねぇ事をコイツはやったんだからな」

「その通り。でも、私にはまだ記憶がある。出来うる限りの情報を、社長に伝える」

 

 決意したファルクラムの表情は、普段自分に構ってくる彼女とは真逆で、とても凛々しく見えた。

 

「中に入ります。全員警戒、静かに動くように」

 

 ファルクラムがこちらを振り返る。ジュラーヴリクと共に頷いた。

 ソレイユ地下への入り口が、ゆっくりと開かれた。

 

 □

 

「地下は抜けたな」

 

 ソレイユ社内に上がって、ジュラーヴリクは構えていた小銃を下ろしつつ呟く。

 地下に敵は居なかった。かなり慎重に進んだから時間は掛かったが、おかげで一度も引き金を引かずに済んでいる。

 

「ここはステラ社が制圧したあと、無人になってソレイユ社が権利を有したまま、立場を利用したクーデターチームが占拠、以降は本拠地になってるの」

 

 見慣れた廊下を歩きながら、ファルクラムは現状を説明してくれた。

 外も中もやけに綺麗な理由はそれか。ずっと無人だった訳じゃない、アタシ達が戦ってる間ずっと彼らは居座っていたらしい。

 

「アニマの研究チームにも、裏切り者がいる。だから私を改竄できたの」

「セキュリティ甘過ぎだろ、この会社」

 

 ジュラーヴリクの言葉にはぐうの音もでなかった。不穏な動きを一切察知出来ずに、結局反乱を許した。

 だけど目的は何なんだろう。反アニマなら、アニマを利用してアニマを殺すとは考えにくい。

 手としてはありだろうが、もっと直接的に殺した方が確実だ。専門の研究者だろうが手に余る部分が多分にあると、皆が口を揃えていた。

 

「ファルクラム」

「なんです?」

 

 分からないなら、素直に疑問を彼女にぶつけるしかない。

 今彼女がどうなっているかはともかく、クーデターチームの内情を知る唯一の手懸かりだ。

 

「奴等の目的はなんなんだ? アンチアニマでも無い、アタシには奴等が何かの理由を持ってお前を利用した気がしてならない」

 

 そうだ。アニマは他にもいた。レーベン、ヴィゴラスが。

 彼女達はANM-Sプログラムを取り込んでいないような口振りをファルクラムはしている。『ANM-S2』とまで銘打たれた機動データを利用したファルクラムだからこそ、奴等は利用したのではないか? そんな気がした。

 

「単純、単調。人間の本質そのものです」

「なんだよ」

 

 勿体振るファルクラムに、アタシは少し苛立ちぎみに返した。

 

「金です。アニマを間引いて、本当に強い者だけを残す。それを商品に今度は人間の争いにアニマを高値で貸し出す。その為に、なんでも屋状態の現状は邪魔だった。それだけです」

 

 愚かとはこういうことか。ファルクラムの口から出た言葉には、ただただ馬鹿らしいと思うしかなかった。

 そしてその為に、わざわざこの会社に身を置いていた人間達を殺し回ったことに怒りが沸き上がる。

 結局、人間は人間相手にしか争わない。ザイの恐ろしさを目の当たりにしてもなお、財や地位が手に入ればそれで良しとする。

 

「クズだな。生かしとく価値もねぇ」

 

 ジュラーヴリクが舌を打つ。その気持ちは良く分かった。

 人間の本質は一言では語れない。社長やエイベルのように、信頼できる人間もいた。今回はその悪い面にぶち当たった、ということか。

 

「待った」

 

 不意にファルクラムがアタシ達へ手をかざし、動きを止める。

 耳を澄ませると、騒がしい声と重々しい靴音が複数近付いていた。

 銃を握る手に力が入る。身体が一気に緊張する。

 

「力抜け。それで撃ったら身体痛めちまうからな」

 

 ジュラーヴリクが優しく、アタシの肩に手を置いた。

 微かに彼女も震えている。実戦が近い。空でならともかく、地上ではただの女と変わらない。

 操縦装置といえど、ターミネーターのようなロボットじゃない。撃たれれば死ぬし、人並み外れたパワーもない。手に持っている小銃さえ重くて、腕が上がらなくなってきている有り様だ。

 ビゲンや、今目の前で敵を待ち構えるファルクラムのように、まるで映画のヒーローのようにスマートに戦うことなんて出来やしない。

 

「ギリギリまで出てこないで。姿勢は低く」

 

 ファルクラムに言われ、頭を下げる。

 彼女は一度振り返って確認すると、廊下の角から屈んだまま飛び出し、二発撃った。

 呻き声と共に、足並みが崩れた音がする。

 

「アイツ、当てたのかよ? まだ結構な距離あるぞ」

「地上戦、ビゲンとどっこいかそれより上か――」

 

 激しい銃声が声を掻き消した。銃弾の嵐に、ファルクラムもこちらの壁に隠れる。

 壁に背中を預け、祈るように拳銃に額を寄せる彼女は何処か儚く映った。

 靴音が更に近付く。どちらも攻撃が止んでいる。ジュラーヴリクは挟み撃ちを警戒し、後ろへ小銃を構えていた。

 ただそれを見ているしかない自分に苛立つ。靴音はすぐそこだった。

 

「フッ!」

 

 カーゴパンツがちらりと角から見えると同時に、ファルクラムが躍り出た。

 左手で小銃を自身から逸らし、顎下から銃口を突き付け敵を撃ち抜く。

 崩れる男をかわし、更に四発。二人が床に崩れ落ちた。

 

(すげえ……)

 

 思わず見入るような戦い方。

 ナイフで掛かってきたオペレーターの腕を掴み、銃口で喉を突いてから更に頭に一射。

 身を翻し、ファルクラムの左の敵へ一発。敵を正面に捉え直してから、更に頭に二射。

 鮮やか、としか言いようがない手際だった。ビゲンがいればなんて言っただろう?

 重たい小銃を持ち上げつつ、自分も用意はしておくものの、ファルクラムは敵を仕留め損なわない。二射一殺、必ず敵に致命傷でも二発は撃ち込んでいる。

 低いところから順に、最後は頭。

 

「ファルクラム!」

 

 ファルクラムの拳銃が弾切れを起こした。弾の切れた自動拳銃がどういう状態になるかくらいは知っている。

 自分の叫び声と共に、ファルクラムは転がった死体からナイフを抜き取ると、敵の下から腹を目掛けて突き刺しに掛かった。敵も同じだった。

 ナイフは双方とも、空いた腕に止められる。

 

(クソッ)

 

 小銃を構え、動きの止まった敵へ銃口を向ける。ダメだ、手振れが大きすぎてファルクラムまで撃ちかねない。

 下からナイフを振り子のように振ったファルクラムは、力が入りにくいようだった。

 しかし、小銃を軽く扱う敵と対等にやりあっている。ノヴォシビルスクでも彼女は自主トレーニングをしていた。筋力はそこそこあるのかもしれないが、敵のナイフの切っ先がぐっと彼女に近付いた。

 

(収まれ! 震えるな!)

 

 焦れば焦るほど、余計に狙いが定まらない。

 ファルクラムが動く。自分の右腕を右膝で蹴り上げ、強引に敵の腹にナイフを突き入れた。

 後ずさるオペレーターから飛び退いて、ファルクラムは構える。

 

(今だ! 当てなくたっていい!)

 

 距離が離れた今ならファルクラムを巻き込まない。

 引き金を思いきり引き絞る。頭を殴り付けるような銃声と、肩に強く銃がめり込むような痛みが走る。

 

「ナイスアシスト、お姉さま!」

 

 弾の切れた拳銃を拾い直し、弾倉を入れ換えてスライドを引くファルクラム。

 銃口は真っ直ぐに敵へ伸び、眉間に弾丸は撃ち込まれた。

 

 ――静寂。

 五人か、六人はいた敵をファルクラムはたった一人で倒した。

 全員、死んでいる。見ることさえ出来ないが、あの撃ち方をされれば助かりはしないだろう。

 

「社長室に急ぎましょう! 弾が幾らあっても足りなくなります!」

「わ、わかった! ジュラ!」

「おう!」

 

 三人で駆け出す。道中迫る敵を、ファルクラムは確実に仕留めていった。

 まさに映画のような世界、映画のような動きだった。

 

「後ろ!」

 

 背後から銃声。ジュラーヴリクが小銃で追ってきた敵を無力化している。

 生死は不明だが、動けなくはなったらしい。敵影が消える。

 

「何が『小銃はからっきし』だ! きっちり当ててるじゃねーか!」

「これでもこちとら軍属だぞ! 慣れてないが、撃ったことがない訳じゃねぇ! 的に当てるくらいは出来る!」

 

 社長室は目の前。ファルクラムが扉を蹴り開け、中で更に数発発砲した。

 

「お姉さま、ジュラーヴリク! そこのソファでバリケード!」

 

 ファルクラムに従うまま、二人でソファを移動させ扉に立て掛ける。

 ついでにテーブルで押さえ付け、ドアから離れた。

 

「あった……。少し待って」

 

 ファルクラムはパソコンを操作すると、拳銃をチェックして何かを待っていた。

 

「やべえな、外から狙われてるぞ」

 

 ジュラーヴリクに言われ、遠くから外を見る。

 ドーターからは離れていたが、何台か重厚なSUVが停まっている。仮にロケットランチャーでも持ち出されたら、ひとたまりもない。

 

「よし! 出来うる限りのファイルは社長に送れた! さて、お姉さま」

 

 ファルクラムはアタシを呼ぶと、拳銃を置いて代わりにその手を突き上げる。

 意味がわからない。彼女が何を考えているのか、突拍子も無さすぎて分からなかった。

 

「敵さん消失マジックです」

 

 ぱちん。

 突き上げた右手で、彼女は指を鳴らす。

 同時に甲高いエンジン音が響いた。

 

(これは……)

 

 間違いなく、ジェットエンジン。次いで、立っているのも難しいほどの揺れと耳を突き破らんばかりの爆風が襲った。

 窓ガラスが何枚か割れ、破片が散らばる。

 

「爆弾か!?」

 

 ジュラーヴリクの声さえ、耳鳴りがして聞き取りにくかった。

 ファルクラムはパソコンの画面をこちらに向ける。画面には、見覚えのある言語の文章が綴られていた。

 

『Aidez à protéger votre famille/STELLA 02(家族を守るよ)』

 

 窓の外に見えたのは、マリーヌ・ディヴェールの高貴な輝きに包まれた、痩身の後退翼機だ。

 

「シュペルエタンダール!?」

 

 思わずその名を叫ぶ。間違いなく、彼女の爆撃だ。

 爆発に巻き込まれた敵は、残らず消えていた。まるで、包囲など無かったかのように。

 

「待て、アイツらまで来たのか!?」

 

 高貴なブルーに交差して、フレンチベージュのなだらかな大型機が飛んでいる。

 平たく、突出部分がないステルス機特有のデザイン。あの常にニコニコ微笑んでいた、パクファの固有色だ。

 更にアクアマリンのMiG-29。ファルクラムと瓜二つの流麗な戦闘機が旋回し、スノーホワイトの前進翼機が稼働中のレーダーを破壊。Su-47-ANMベルクト、彼女のドーターを見るのは初めてだ。

 バーバチカ隊が全機揃っている。いや、それは納得できた。Su-30SM-ANMから反応が消え、無線にも応答がないとなれば航空宇宙軍は血眼で探すだろう。それは想像に難しくない。

 ドーター、アニマの確保のためバーバチカ隊をフル稼働、障害があれば排除する。いかにもロシアらしい。

 だが、シュペルエタンダールは何故来たのだろうか。まだ彼女たちは日本にいるはずだし、仲間には連絡出来ていない。

 

「唯一、あの子だけは純粋に私を信用してくれそうだったんです」

 

 ファルクラムが轟くジェットエンジン音が遠くなったところで呟いた。

 

「本当に来てくれた。純粋です、あの子は。唯一敵意も湧きませんでした」

「いつ連絡を……」

「ここに向かっている間に。『きっと敵が沢山いるから、助けて』と」

 

 ファルクラムは目を伏せ、力無く笑った。全て諦めたような――そんな表情だった。

 

「ここがゴールです。社長が、あとは奴等について調べてくれる筈。私の役目もここまで、あとはバグを排除するだけ」

 

 ファルクラムの手が拳銃に伸びた。グリップを握り締め、そしてその銃口はあろうことか自身の口の中へ入れられる。

 

「ケジメ付ける気か、紫――ややこしいな。ファルクラム、か」

 

 ジュラーヴリクが囁いた。彼女に止める気はない。

 だけど、自分は嫌だ。ここまで来た彼女は間違いなくもう敵ではない。接続はあの時に上手く行っていた。

 

「やめろって言われてやめないよな、お前」

 

 自分も、持っていた小銃を顎下に突き付ける。

 引き金には親指を乗せる。

 

「お前が引き金を引いたら、アタシも引く。前に言ったよな、ファルクラム。アタシが死んでいようが、傍にいるって」

 

 真っ直ぐに、ファルクラムと視線を交わす。

 

「アタシ達は人間じゃない。一緒に死んで、来世に期待だとか天国で会おうとか、そんなものない」

 

 アタシ達アニマは、単なる操縦装置。

 いくら人の姿をしていようが、結局成り立ちは人工のそれだ。ロボットと変わらない。

 無機物が壊れて天国に行くとか、人間は言わない。

 

「あるのは無だ、ファルクラム。永遠の別れだ」

「……」

「よせよ、ルフィナ。お前まで付き合うことはねぇ」

 

 冷静に、だが力強くジュラーヴリクが声をかけてくる。

 絶対に離さない。少しでもファルクラムから目をそらしたら、彼女は躊躇い無く引き金を引く。

 

「頼むよ、ソレイユ06。一緒に行こう」

「無駄だ、アイツはやる気だぞ」

「それでも! やる気でも、アタシはファルクラムと一緒に――みんなで飛びたい!」

 

 ファルクラムが目を丸くする。

 瞳が潤んでいるように見えた。

 

「頼む……一緒に来てくれ。一度だけでいいなら、デートでもなんでもするからさ。死ぬなんて言うなよ」

「……!」

 

 ――カシュッ!

 引き金が引かれた。銃口は床に向いていた。

 ファルクラムは直前に口から離して、床を撃っていた。

 

「ズルいですお姉さま。私の想いには応えられないって言っておきながら、こんな時にそんな条件出されたら……死にたくなくなっちゃうじゃないですか」

 

 ファルクラムの目頭から、涙がこぼれた。

 思わずこちらの目頭まで熱くなる。小銃を下ろし、ファルクラムに向き合う。

 ファルクラムは拳銃を捨て、静かに敬礼した。

 

「MiG-35-ANMファルクラム。これよりソレイユ社アニマ飛行隊、ソレイユ06として復帰します……!」

「ああ。ソレイユリード、了解した。頼んだぞ、六番機」

 

 今までのファルクラムからは想像もつかないような、柔らかな笑みを見た。

 呆れたように肩をすくめながら、でもジュラーヴリクも何処か安心したようにため息をついていた。

 綺麗な夕陽が、四機のドーターと共に見えた。

 

「ジュラ」

「あん? なんだよ」

「アンタ言ったよな。アタシが国無しアニマの灯火になるかもって」

「ああ……まあな」

「何となく、意味分かったよアタシ」

 

 傍らに寄り添うファルクラムに視線を向ける。

 彼女はまるで甘える猫のように、アタシの右腕に絡み付いてくる。

 

「アタシは弱いけど、アタシにしか導けないものもきっとある。多分、アタシは地上じゃ弱いままだ。だけど、この『力』とアタシなりの考えで、コイツらを引っ張っていくよ。ソレイユ――アタシは、太陽なんだ」

「カッコつけてるけどよ、まだドーターも直ってねぇし実験は続いてるぞ? これから帰ったら取り調べと始末書の山だ。付き合ってくれるんだよな?」

 

「うっ……」自分の軽い口を今、少しだけ後悔する。

 締まらないグッドエンドはきっとあってもいい。後悔する反面、少し晴れやかな気持ちだった。

 仲間に合流出来たなら、ライノも導ければいいが。

 

「そういや、ファルクラムはどうするんだ? 今日本に戻っても、正直肩身狭いぞ」

「だろうな。よりによって、緑色にバレてるしな。実験に付き合うって言うなら、あたしから上手くやってみるぜ? どうするよ」

 

 ファルクラムは少し悩んで、そして笑顔で答えた。

 

「付き合いますよ! お姉さま無しでは帰りません。私は、()()()()0()1()()ついていきますから」

「分かった。まあ工場でも結構やってくれたから立場は保証しねぇが、少なくともあたしの仲間からとやかく言われることはねぇだろ。そうと決まりゃ、とっとと帰るぞ」

 

 バリケードをどかし、社長室を後にする。

 奴等はどうやら撤退してしまったらしい。また社内は無人に戻っていた。

 ランウェイに停められたドーターを見守るように、上空を旋回するドーター四機。

 離陸してバーバチカに合流するアタシ達と、日本へ向けて旋回するシュペルエタンダール。

 帰り際、彼女からメッセージが送られてきた。

 

『Reviens tôt. J'attends(早く帰ってきて。待ってるから)』

 

 そのメッセージに目を通し、去っていくシュペルエタンダールのテールを見送る。

 

「もう少し、凌いでくれよ。アタシも必ず帰るから」

 

 バーバチカ隊、そしてファルクラムと共にノヴォシビルスクの工場へ向かいながら、アタシは極東の仲間たちへ誓った。




スマホで9600文字も書いたの久し振りですね。
銃撃戦やっちゃったけど……うちの二次は大体こんなんです。うちのガリエアでは、あるんです!((
ファルクラムの戦い方を描写するの、かなり大変でした。しかもルフィナ視点から。

まだまだ、ロシア編は終わりません。
これからもどうかよろしくお願いいたします!
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