「今からお姉さまに教えるのは、護身としての銃の扱いですからね!」
ノヴォシビルスクに戻ってから数日。
戻ってからはアタシも大変な目に遭った。Su-35SK-ANMとして同じモノであるジュラーヴリクを裏切る訳にもいかず、気が遠くなるような始末書の山と眠くなるような取り調べの連続。
主に無断訓練空域離脱と、実験機損傷の始末だ。まともに寝たのは果たして、帰ってきてから何日経ってからか。
ファルクラムについては、軟禁時における脱走行為としか工場内では広まっていないらしい。
それから滑走路の無断使用。彼女とのドッグファイトは、カジンスキー自ら『データ取り』として扱ったらしい。
実際、あのMiG-35-ANMと飛んだデータなら試験飛行としては十二分なものが取れただろう。戦闘機動まで披露したわけだし。
その後は監視が少し強化されはしたが、アタシの訓練教官代わりになることで定期的に外に出ている。
彼女の戦闘能力には、ロシアの特殊部隊ですら何人かは驚きの声を漏らしていた。
まあつまり、カジンスキーが手配してくれた護身術の訓練に、彼女は特殊部隊に交ざりながら教官をやるという結果になっている。
「敵を殺すことは考えず、無力化だけに主眼を置きます。返事!」
「は、はい!」
そしてもう一つ、ファルクラムについて分かった。
彼女は上に立つとがらりと態度が一変する。態度こそ然して変わらないが、訓練となれば容赦無しに怒鳴りつけてくる。
「マガジン、マガジン! 遅いッ!」
正直、地上戦で強くなりたいという願いを口にしたのは間違いだったと思う。
時既に遅しではあるが。
それから空。Su-30SM-ANMは幸いにして軽い傷と点検で済むレベルだった。
飛行試験と機動試験を纏めて行った扱い故、次は兵装を搭載しての実験。
「敵機、方位0-3-0! 間も無く捕捉する!」
「任せろ!」
ヒートシーカーがトーンを高ぶらせる。
ゴン! とランチャーが音を立ててミサイルを打ち出す。クロームオレンジに染まったミサイルは、標的を撃ち抜いて爆発。
ロシアでの仕事は、正直怖いくらい順調に進み始めていた。
Su-35SK-ANMの見た目も、エンジンが抜かれている以外は元に戻りつつある。
「やっぱり落ち着くな、自分の機体は」
コックピットにもいよいよ座れるようになった。試しにダイレクトリンクを試みる。
電源が入らない。繋がろうとして、無理矢理切断されるような感覚。拒絶感は無い。エンジンには更に強化を加えると話をされたため、また慣れていくには時間が掛かるだろう。
もう少し。もう少しで、極東での戦線に復帰できる。そう考えて、アタシは機体を下りた。
□
訓練、実験と何度も繰り返して二週間。
ドーターの修復はもはや異常な勢いで進んでいる。
ある日、アタシはファルクラムから呼び出され彼女の部屋へと向かった。厳密には彼女を閉じ込めている部屋、だが。
見張りに許可を取って、中に入る。彼女はいつもとは違った、深刻そうな表情で出迎えた。
右手に握られているスマートフォン程度のサイズの端末は、ソレイユの携帯用連絡端末だ。自分達が使うのはタブレットサイズだが、非常用連絡程度に機能を限定した小型端末がファルクラムが握るそれだった。
それこそ携帯電話と出来ることはさして変わらないレベルだが、それをどうして持ち出すのか分からない。
「向こうが少し、ごたついているみたいです」
ファルクラムはそう言って、携帯端末を指先で操作してから画面をこちらへ差し出した。
緊急連絡用とはいえ、連絡先さえ分かれば外部の人間でも送信は出来る。送り主は八代通だった。
『ビゲンの行方が分からなくなった。車も消えている。ソレイユリード、生きているなら至急連絡されたし』
焦りというよりは業務連絡。
だが、内容が尋常ではなかった。
「ビゲンが行方不明!? 本気でいってんのか、あのオッサン!」
画面に顔を寄せ、間違いがないことを確かめる。確かに文面に間違いはない。
ビゲンが仕事の途中で消えるなど、絶対に有り得ないことだった。彼女は仕事人間――いや、アニマであり、受けとる金をふいにするなど絶対に有り得ない。
これは断言できることだ。それに、車ごと消えたというのも気になる。突然彼女だけ消えたのなら、拉致なども考えられなくはない。
拉致されるほど軟弱ではないにしろ、車が残っていたなら考えられただろう。
「なんでビゲンが消えるんだよ……」
「さあ? 逃げる方とは思えませんが、何か事情があったのでは」
ファルクラムの言葉はあくまでも『余所で起きた事象の一つ』程度の無関心さを感じさせる。
「端末貸してくれ、ファルクラム。ビゲンに連絡してみる」
「そちらからキスしてくれたら貸します、といったらどうしますか?」
意地悪く、彼女は端末を自身の後ろへ隠してしまった。
そんなことをしている場合じゃない。
「貸せッ!」
ファルクラムをベッドへ突き飛ばし、組み敷いて背中を探る。端末が手に触れた。一息に取り上げる。
少し上がり気味の息を調えつつ、ビゲンの持っている端末に連絡。
彼女の返事は基本的に早い。業務に関わるとあっては、秒速で返事を寄越すくらいだ。
一分、二分。返事は無い。都合が悪いのか?
(クソッ! なんだってこんなときに!)
これ以上は無駄なような気がした。ベッドに押し倒したままの体勢で横たわるファルクラムへ、携帯端末を返す。
「まあ、ビゲンは頭が働きますから。私が裏切ったことを知ったクーデター側が日本に潜伏して期を狙っている事に気付いた……とかでは?」
「日本に? なんでそんなに展開が早い?」
「そりゃ、ソレイユを離脱してから向こうだってどんどん規模を広げているんです。最終的にはソレイユすら呑み込むPMCを立ち上げるのでは?」
衝撃が収まらない。焦燥感に襲われる。
今すぐ日本に駆け付けたいが、ドーターが無い。Su-30SM-ANMで向かえば、間違いなくロシアに勘づかれる。
ジュラーヴリクも認めないだろう。アタシが戦線離脱して長い、それでも彼女は平気な顔をしている。実験に付き合うと言った以上、出来るならこちらも途中で投げ出したくはない。
(と、なると……)
ファルクラムに視線を向ける。スマートフォンを指先で弄びながら、何かを見ているようだった。
彼女に偵察を頼むか? ロシアから出られなくとも、ファルクラムがひそかにソレイユとの連絡手段を隠している事が分かった。頼れるのは彼女だけか。
「ファルクラム」
「なんですー?」
興味無さげに、スマートフォンから視線を逸らすことなく彼女は返した。
いや、ファルクラムらしくない反応だ。いつもはすぐに飛び起きるなりするのに、この反応は妙だった。
「仲間に連絡をとってくれ。ビゲンが消えた理由を探るぞ」
「私に何の得があるんです? 私はお姉さまだけが欲しい。マインドコントロールを外してもらっても、これは私の本心です」
ファルクラムはやはり動こうとはしなかった。
「リーダーの命令でもか」
「それ、命令なんです?」
ああ言えばこう言う。
しかし分かった気がする。彼女は待っているんだ。アタシがリーダーとして、ファルクラムへ命令することを。
初めから興味がなければ聴こえないふりなり出来たろう。返答があるのは、何かを待っている証拠な気がした。
「ファルクラム、ソレイユのアニマに連絡しろ。ビゲンに何があったか調べるんだ」
「……それで、命令なんですか?」
「……やれ。命令だ、ファルクラム」
ついついとスマートフォンの画面の上を滑っていた指がピタリと止まる。
身体を跳ね起こして、ファルクラムはこちらを真っ直ぐに見つめて言った。
「了解しました、お姉さま。少しだけ不本意ですが、調べてみますよ。リーダーからの命令ですから」
「頼む。もうすぐ次の実験だ、あとは任せる」
「お任せを。どちらにせよ、デートはロシア以外がいいですし、なるべく実験は早く終わらせていただきたいので」
デート?
そういえば、ソレイユ社屋で口を滑らせた事を思い出す。彼女を救えたなら、自分の時間など安いくらいだが。
どちらにせよ、今は彼女を信じて任せるしかない。焦ったって事態は好転しないし、むしろ失敗が増える。それではいつまでも戦線復帰など不可能だ。
(今は目の前の事に集中だ、アタシ。よし!)
少し、気を入れ直す。
ファルクラムの部屋を後にして、アタシは研究室へと向かった。
色々あって更新予定のものを放置していたら大変なことに。
今回はロシアでの色々と、また起きる事件の話です。
時間もまた宜しくお願いします。