「ふぅん……」
ルフィナたちの乗った機体が離陸していくのをハッキングした監視カメラから眺めつつ、ファルクラムはマルチタスクでビゲンについて調べる。
彼女がビゲンについて知ることは多くないが、様々な依頼の結果を見ていくうちにルフィナの考える通りの人物だと悟り始める。
「頭はやっぱりよく回る。向こうももう気付いたとは思ってたけど、ビゲンは更にその奥を調べてる……」
Su-30SM-ANMが離陸したのを確認して、別な監視カメラに接続。
接続先は小松市だった。
(ケーニグセグは日本で三台くらいしか走ってないはず。レゲーラなんて一台も走ってない)
道路監視カメラやコンビニ入口監視カメラと、時間を遡りながら確認する。
ふと、日本では馴染みの無い丸みを帯びた平たいボディの車が横切る映像が流れた。
(ビゲンは拉致られた訳じゃないか。やっぱり何か突き止めてる)
猛スピードで走り抜けたビゲンの愛車、レゲーラを確認しつつ最近の事件や事故を調べ上げた。
少なくとも、消えた段階でビゲンが危険な目に遭った訳ではないとルフィナには伝えられそうだった。ルフィナにしか興味の無いファルクラムにとって、この作業も不本意ではある。
しかしここで役に立つこともアピールしたいし、何よりルフィナに命令されるのも悪くないと気付いた自分がいた。押し倒されるのも悪くはないと思った自分がいた。
少し考えがぶれてしまったが、それでも手は動く。日本、小松でのスピード違反を調べると興味深いものが目に入った。
「ホク、リク……? 自動車道、小松インターチェンジ、オービスに時速340km/h……車体は黒、車種は不明」
恐らくは日本でぶっちぎりの速度違反が記されていた。ナンバープレートは撮影されたものの、はっきり映らなかったとも追記されている。
状況としては、あまりにピンポイント過ぎた。
「カーボンブラックに、馴染みの無い車種……。チェック」
画面データを保存し、次に進む。空は少々騒がしいが、彼女には関係ない。
問題はビゲンが何を考えたかにシフトする。
ビゲンはファントム経由なりでファルクラムが『クーデター側のアニマ』であったことを知り、そして更にその先を調べている。
日本にも伏兵がいる事に気付いていると仮定すれば、彼女がやりそうなことは一つだった。
「まさか、直接乗り込んだ? うーん、でもアクセス先が分からないし……」
元々クーデター側に操作されていたファルクラムでも、日本に伏兵がいると知りこそしても何処にいるかなどは知らされていない。
あくまでも、全体の状況として漠然と知っていただけだった。
クーデター側の現在の戦闘理由は一つ。『アニマを間引く』こと。それは軍属、自衛官関係なしだ。
最強のアニマだけを残し、手に入れ、莫大な金にする。それが目的だ。小松基地の状況を知ることが出来る位置には潜伏しているのだろうが、やはり場所は分からない。
「……」
ファルクラムの指が携帯端末のアドレスを呼び出した。とはいえ、彼女の持っている他者のアドレスといえばルフィナとシュペルエタンダール、そして社長だけ。
ビゲンの状況を把握出来、且つ素直に反応を示すのは恐らくシュペルエタンダールだけだろうと推測する。
「『ビゲンの状況は?』……っと」
メッセージを打ち込み、シュペルエタンダールの端末へ送信。
直接通信などはルフィナの持つようなタブレット側の端末に頼るしかない。ドーターとのアクセスも制限された今、隠し持ったこの端末だけが外部連絡手段だった。
返信はすぐには来ない。一旦調べ物を切り上げ、ベッドに倒れ込む。
「うーん……!」
身体を伸ばすと、関節がくきくきと音を立てる。
今日はルフィナの訓練課程が無い。ファルクラムもゆっくり出来る。
そこへ、ノックの音が飛び込んだ。
『少しいいか?』
聴こえたのは珍しい声だ。接触を一度図ってからはジュラーヴリクに警告でもされたのか近寄ってすら来なかった、ラーストチュカの声。
「殺す気がないならどうぞ」
ベッドから身を起こしつつ、ラーストチュカを呼び入れる。
武器は無いが、もし暗殺でも目論むなら体術で何とかする。ファルクラムは油断することなく、アクアマリンの少女を受け入れた。
「何? 私の正体知って、ジュラーヴリクから警告されてたんじゃないの?」
ラーストチュカがファルクラムの正面に椅子を置き、座ったのを確認しつつ彼女はラーストチュカへ問う。
眉の無い少女の眉間に、しわが寄った。
「された。でも戻ってきたんだ、ジュラにも認められたんだろ? じゃなきゃ、お前はジュラに殺されてる」
殺される? ジュラーヴリクに? ファルクラムは心中で笑う。
ソレイユで先陣を切ったのはファルクラムで、ジュラーヴリクが援護だった。
ファルクラムが得た印象では、ジュラーヴリクはあれでも喧嘩慣れしていないだろうといった雰囲気。
「まあまあ、随分と盲信されていること」
嘲笑うように言い放つ。だが、ラーストチュカは同じように返した。
「お前もあの銀色を盲信してるだろ」
「違います。私は彼女を愛してます、ただ信じるだけじゃないから」
む、とラーストチュカが唸る。
椅子を鳴らして立ち上がると、ベッドに腰かけるファルクラムへ詰め寄った。
「私だってジュラが好きだ! ジュラ以外に何もいらない! 私の行動、私の時間全てジュラの為にあるんだ! 同じだろ!」
「ならパクファを殺せますか?」
即答かつ冷たい返し。ラーストチュカは虚を突かれたように押し黙る。
「二人きりになるにはバーバチカを破壊するしかない。ベルクトを殺し、パクファを殺し、基地を破壊し尽くす。貴方にそれが出来ると?」
「お前だって……。お前だって、ソレイユの部隊を破壊しなかった! アイツと一緒になるなら、お前こそ仲間を殺すべきだ!」
ファルクラムを指差し、叫ぶラーストチュカ。
ラーストチュカを見上げつつ、彼女は語った。
「結局同じ結果ですよ。私も、貴方も、『好きな者が望む、今ある何かを壊せない』――それだけで、全部一緒」
結った髪を下ろしつつ、ファルクラムは自分を指差すラーストチュカの手を右手で掴む。
「本当に必要なのは、もし望まれたなら本当に破壊できる覚悟。私にはありますよ、元より他に興味など無い」
「わ、私だって……ジュラさえ望めば……」
「本当に?」
掴んだ手に力が入る。
「貴方が武器を取り、驚くままに血を吹き出して倒れていく家族を想像しても、それが出来ます?」
「くっ……!」
ラーストチュカがどれだけ逃れようと手を振っても、ファルクラムがしっかりと繋ぎ止めた手は離れなかった。
「まあ、そんな血生臭い話を今したって仕方ありません。要は、アプローチが弱いんです。もっとグイグイいって、ジュラーヴリクに印象を残すべきですよ」
ぱっと手を離し、威嚇したラーストチュカも気にせずにあっけらかんと話すファルクラム。
「例えば押し倒してみたり、壁ドンしてみたり。少しでも意識させるんです」
「意識……」
「傍を彷徨いたって、戦闘でカバーに回ったって、向こうからすれば『良い戦友』の域を出ませんから? もっと本能に語りかけるんですよ」
「本能」
「そう、本能。キス出来ないなら、もっと簡単で意外なアプローチをするんですよ。『まさかお前が……!?』って、思わず記憶に焼き付けてしまうようなアプローチを」
髪を直しつつ、ファルクラムは立ち上がりラーストチュカを壁へ追いやる。
「どれだけメッセージを送ったって、どれだけ長く話したって、意識が変わらなきゃ単なる家族です」
「お、おい……」
ラーストチュカの背中が壁にぶつかる。もはや逃げ場など無いのに、ファルクラムは少しずつ歩み寄ってくる。
「だから、意識改革をするの」
ファルクラムの右手が、ラーストチュカの顔の横で壁をつく。
思わず身を縮こまらせるラーストチュカ。少なからず高鳴る鼓動が、恐怖か興奮かすら分からない程度には彼女は混乱していた。
「や、やめ……」
「同じミグ同士、いいじゃない?」
ファルクラムの左手が、怯えるラーストチュカの頬を優しく撫でる。
「まあ、随分とうぶだこと……」
くすりとファルクラムは笑った。
震えるラーストチュカから離れ、ファルクラムは肩を竦める。
「今のは冗談。こんなこと他人にやったなんて、お姉さまに知られたくないし。ともかく、こんな感じでジュラーヴリクにも――」
言い掛けて、ファルクラムは止めた。ベッドの上に放ったままの端末がメッセージ受信を告げる。
「シュペルエタンダール……」
固まったままのラーストチュカを放って、メッセージを確認するファルクラム。
送り主はシュペルエタンダール。内容に目を通す。
『Viggen est de retour avec du sang. Elle ne se réveille pas. Pourquoi(ビゲンが血塗れで帰ってきた。まだ目を覚まさない。どうして)』
少なからず衝撃を受けるファルクラム。興味がないとはいえ、もはや他人とは考えていない。
クーデター連中には少なからず恨みがある。何かあるとすれば、許すことは出来ない。
『冷静に。彼女は何か持っていなかった?』
感情という機能を持ち合わせないシュペルエタンダールにとって、向こうで起きた事件は彼女にも分からない不思議な感覚だろう。
焦りながら、でも理解出来ない。文章からそんな雰囲気が伝わって、ファルクラムは努めて冷静に且つ短文で返す。
「何やって……まさか、仲間に連絡を!?」
「黙って! 大丈夫、向こうももうロシアがお姉さまを確保したのは知ってるから」
返信を待ちながら、ラーストチュカを押し留めるファルクラム。
次の返信は早かった。
『Elle tenait un périphérique USB ensanglanté. Maintenant, d'autres personnes étudient le contenu(血まみれになったUSBデバイスを握っていた。今は他の人が内容を調べている)』
ファルクラムが舌を打つ。思わぬところで自分の被害が出てしまっていた。
油断していた。まさかビゲンが勝手に調べあげ、日本に潜んだソレイユクーデター連中の居場所へ乗り込むなど想像もしなかった。
ルフィナに伝えるなど、ファルクラムにはとても出来ない。
(どうする……。ビゲンが重傷だとすれば、お姉さまは実験さえ放棄しかねない。それは不味い、自分のドーターがないのに……。空で最初にアレと対峙して分かった、一人でアレを飛ばしちゃいけない)
親指の爪を噛む。今さら仲間の窮地だと言っても、ファルクラムでは信用がない。
どちらにせよロシアから出る手段がない。
(そうだ)
送られたままの八代通のメッセージには、向こうが使用した端末のアドレスが残っている。
恐らく、疑われているであろうソレイユの端末ではない。
推測の粋は出ないが、燻っているよりましだとメッセージを打ち込んだ。
『ビゲンが持ち帰ったデータの内容は?』
同じ内容をシュペルエタンダールにも送った。どちらが早いか。
八代通が隠し通す可能性もあったが、ビゲンの蒸発を迷うことなくファルクラムへ送った彼のことだ、突っぱねはしないだろう。
『ヘリオスについて知っていることは?』
返ってきたメッセージに、ファルクラムが疑問符を浮かべる。
まず浮かんだのはギリシャ神話だったが、八代通がこんなときに謎掛けをするような人間とは感覚的に考えられなかった。
『知らない。私はそこまで知らされていない』
八代通に送ると、すぐさま返信があった。
『出てきたのはY-1戦闘機、コードネーム“ヘリオス”。見たこともない戦闘機の三面図と、ドーターとしてのデータだ』
「ドーター!?」
「な、なんだいきなり!?」
まだ部屋に残っていたラーストチュカが驚いて後ずさる。
「有り得ない……。ザイのコアが自作の戦闘機に反応するなんて、ある筈がない」
ファルクラムの視線が泳ぐ。動揺を隠しきれない。
仮にクーデター連中が戦闘機を作ったとして、それにザイのコアが反応する訳はない。だからこそ、自身のデータを弄ったのではないか。
ファルクラムは髪をくしゃりと掴み、歯噛みして悩む。
「何が起きたんだ?」
「ラーストチュカ……。貴方は、有り得ない戦闘機にザイのコアが反応すると思う?」
「なに? 有り得ない戦闘機って?」
「いや、なんでもない。さっきのアドバイス、大事にして。少し集中したいから、見張りするんじゃないなら出てってくれない?」
ファルクラムに言われ、小首を傾げつつラーストチュカは部屋を出る。
ぱたん、と音を立ててドアが閉まり鍵が掛かる。
無音。戦闘機のジェットエンジン音が近付く以外に、音はない。
『何も分からない。ソレイユを占拠していた奴等以外は何も』
八代通に送信し、すぐに社長へ宛ててメッセージを打ち込んでいく。
戦闘機など、一朝一夕で出来上がるものではない。何十年もの研究開発から、更に何年間、何千回にも及ぶ飛行試験や改良を経て、完成に至る。
あるとすれば、本社側が何かを開発していて、それをクーデター側が盗んだパターン。
『実験戦闘機Y-1、コードネーム“ヘリオス”について何か分かりますか?』
社長からの返信も早い。
『昔、ルフィナが完成しなかった可能性を視野に入れ、自社で補おうとして飛行試験まで漕ぎ着けた機体だ。クーデター後に盗まれていたが、まさか何か分かったのかい』
予想が的中する。
ヘリオスは既に飛行試験に漕ぎ着けていると判明した。一応は飛行可能な実機があると分かった。
だとすれば、まだ訊くことがあった。
『ドーター化は?』
『有り得ない。ザイのコアが反応する筈がない。あるとするなら、既存のアニマを改変して無理矢理乗せるくらいだろう』
『使いきり?』
『もし向こう側が、専用にアニマを仕立てでもしない限りはね』
社長へは礼のメッセージを送信し、八代通へ社長に聞いた内容を送る。
アニマ研究の専門家なら、何か分かるかもしれないともファルクラムは考えた。
『不可能だ』
返ってくる返事は社長とほぼ同じ。だが、すぐにメッセージが更新される。
『自作の戦闘機にコアが反応するとは思えないが、逆にいえば研究の自由度がある。万が一、それをねじ曲げられるなら可能性はゼロじゃない。もっとも魂を創造するなんて出来れば、我々も苦労はしないが』
内容が重大だから故か、八代通からのメッセージも長文になっていく。
『とにかく、これで空中空母型を落として終わりじゃないことは分かった。協力感謝する。リーダーには早めに実験を終わらせるよう伝えておくように』
メッセージはぱったりと止んだ。
シュペルエタンダールからの返信は止まったままだ。恐らく、緊急で会議でも行われているのだろう。
再び、ドアがノックされる。
『ファルクラム。何か分かったか?』
一番来ることを望んで、それでも今は一番来てほしくなかった人物。ルフィナが扉の前にいた。
ビゲンが無事だと少々事実を隠し、綺麗に伝えるべきか? 今ある事実をそのまま告げるべきか?
少なくとも、ヘリオスはルフィナの製作とほぼ同時期か前に作られている戦闘機だ、彼女が知るとは思えない。
ビゲンが重傷で帰ってきて意識不明などとと伝えれば、ここまでやってきたことも意味がなくなる。
「ビゲンは帰還して、取り調べ中だそうです。今は連絡も出来ないと」
ファルクラムは静かに、嘘をついた。
ルフィナの今を守るしかないと考えた。仲間が傷ついたと知れば、彼女はどこか壊れると。
また自分を責めだすだろうと思った。
『無事なんだな。分かった、ありがとうファルクラム。少しアタシは休む』
「はい、お姉さま」
足音が遠退いていく。
扉についた右手を握り締めるファルクラム。足音が消え、ルフィナの気配も消えた。
「アァッ!」
扉を殴り付け、叫んだ。普段の自分は何処にいったのか。
ルフィナ以外はいらないと言った自分が、こんなにも気持ちを揺すられている。
(お姉さまと会って、私は変わったの?)
そう考えて、すぐに否定する。
行動の根幹はルフィナだ。事実を伝えられないのも、ルフィナの為。
彼女を壊さないように、ファルクラムは事実を伏せたにすぎない。
「とにかく、実験を急がせないと……」
ファルクラムは呟いて、ベッドに再び腰掛ける。
工場に灯りが点くのを眺めながら、彼女は唯一外に出られる食事の時を待つ。
お久しぶりです。
RINAさんがウィークデーライブに出ると聞きつつ、朝にガリエア二次を書くスタイルです。
もちろん聴きに行きますです。
今回も少し空の要素は少ないですね。
いよいよ自分でも封印していた『オリジナル戦闘機』を解禁しました。一応まだ出ていないですし、不明点なのでタグ追加はお待ちください。
まあ、原型の元はあるんですけど。
『いやいや、そもそも歴史から外れた戦闘機に魂があるわけないやん』ってのはもっともなんですが、じゃあザイと共に繰り返した歴史の中にそいつが飛んだ時間がなかったのか?となれば、また少し面白いですよね。
XF-108なんて実機が無いのに、強い意思だけで具現した訳ですし。
コードネームは『イカロス』と悩みましたが、クーデター側がルフィナを太陽と認めたくないなら太陽にするかな?ということで『ヘリオス』になりました。
八代通ボイスでヘリオスっていうと、どうしてもACE7 M19の無線ですけど。
時間が無いのに時間をそこで消費するしかないアニマたちの苦悩と、ちょっとしたファルクラムのやり手っぽさを記しつつ次回に続きます。
またよろしくお願いいたします!