ガーリー・エアフォース-カラフルアロウズ-   作:鞍月しめじ

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ALT.34『蘇る太陽』

 ファルクラムが見上げる先に、完成したSu-35SK-ANMが堂々とした佇まいで駐機していた。

 スカイグレイの機体はより綺麗に、そしてより攻撃的な構造変更が行われた。垂直尾翼にV字型に角度を付け、エンジンTVCノズルはヨー方向にも対応したという。

 水平尾翼の下部にはベントラルフィンが追加されていて、後部から見た際の攻撃性はより増していた。

 

「今日で実験は終わる」

 

 自分が姉と慕うアニマは、今日もまた空へと上がっていった。

 より実戦的な試験を終え、結果次第で解放される。それが今日という日だった。

 ファルクラムが本当の事を告げなかったために、ルフィナは特に何も気にしない様子でドーターに乗り込んだようだったが、それが尚更ファルクラムを苦しめる。

 戻った先で彼女に嫌われたら、いよいよファルクラムに居場所は無くなる。だがなにより、ルフィナが壊れてしまうのではないか? そう思うと、妙な焦りが生まれる。

 

 自身につく見張りに許可を取りつつ、ハンガーの外から空を見上げた。航跡雲が複雑に絡み合い、空で糸が絡むような模様を作り上げていた。

 

「お姉さま……」

 

 藤色の髪色は、祈るように手を握った彼女の心を写すように輝きを増したようだった。

 

 □

 

「よーし! 終わった終わった! 終わりだー!」

 

 Su-35SK-ANM改めアタシ、ルフィナは長い長い永遠に続くかのような実験を乗り越えた。

 ロシアには相当な成果を見せた筈だ。カジンスキーのしけた顔も少しは増しに見えた。

 

(しっかしまぁ……)

 

 完成した、と聞いていたドーターを見上げる。

 大きく見れば然程違いはないが、垂直尾翼がV字型に開いて、少々スホーイのフランカーシリーズとは違った印象にこそなった。

 水平尾翼の下にも無可動の安定翼が増えている。まるで水平尾翼が四枚あるようだ。

 ここまで気軽に変えられると、今度は上手く繋がれるか不安になる。とはいえ、大まかな中身はそのままだ。

 サイズを変えたとか、設計思想を新たにしたとか、そういうことじゃない。元あるドーターを、よりドーターとして活動しやすくする『改良』だ。製造でも、ましてや改装でもない。

 

(今思うと、機体残るように落ちたのは奇跡だな)

 

 死ぬ気であそこに突っ込んで、ドーターが形を残したのは運が良かった。爆発炎上して木っ端微塵になった挙げ句に生き残っていたら、それこそ生き残った意味がない。死んだ方がマシというヤツだ。

 だからといって大破した機体をそのまま修復するのも本来は不可能だ。叩けばパーツの出る、本家であるスホーイの工場を抱えたバーバチカに拾われたのはそれを含めて奇跡だろう。

 

(やっと、空いた穴が塞がったみてーだよ)

 

 掛けられていたタラップからコックピットに駆け上がり、腰かけた。

 一息ついて、NFIパネルに触れる。呼吸を止め、ドーターからの一種の“波”を捉える。

 

(ダイレクトリンク)

 

 次は繋がった。違和感もない。ドーターが、全部でアタシを迎え入れてくれる。

 電源類も異状無し、ソフトウェアバージョンは置き換えられたらしい。文字化けしていた画面がずっとあったが、『Su-35SK-ANM ver3.50』の表示に変わっていた。

 エンジンチェックと行きたいが、まだ火を入れる訳にはいかない。格納庫から出てから、新しいエンジンとやらも存分に回してやろう。

 

「ん?」

 

 ふと、システムに奇妙なログを見つけた。

 勿論表示されている訳ではなく、繋がってデータの中に入り込めるからこそ判明した事だが。

 

(え……)

 

 内容はメッセージ。あの緑色、ファントムからだった。

 内容を知って、絶句する。

 

(ビゲンが重傷? どういうことだよ。だって、ファルクラムは……)

 

 ファルクラムは『ビゲンは無事に帰還し、取り調べのため連絡は出来ない』といった。

 しかし、ファントムはメッセージ中で『どうせ後で嫌でも知るのだから』と前置きした上で、ビゲンは重傷で意識不明であると送ってきていた。

 

「ウソだ」

 

 口が乾く。早く確かめなくては。

 この真意がどちらなのか、アタシは確かめなくてはならない。

 

「おーい、ルフィナ!」

 

 固まったアタシの名前を、ふと誰かが下から呼び掛けた。

 はっとなって身体を動かすと、ジュラーヴリクがタラップを上がってきていた。

 手摺に手を掛けたままこちらを見つめる彼女は首をかしげ、不思議そうにしている。

 

「どうしたんだよ、世界の終わりでも見たみたいな顔して」

 

 怪訝そうな瞳がこちらを射抜く。

 世界の終わり、世界の終わりか。

 

「本当にそうかもしれない。すぐに日本に帰る」

「あ? オイオイ、実験が終わったんだぞ? 祝杯くらい上げようや、ウォッカ辺りでさ」

 

 ジュラーヴリクはまだ状況を知らないのか。

 ファルクラムが自分に隠したのだから、部外者が知る筈もないのか。しかし、冗談でもジュラーヴリクの誘いに乗ることは出来なかった。

 

「わりー。それは次に回してくれ、今は一刻も早く帰りたい。実験は終わりなんだよな?」

「ああ。中佐も満足してた。けどよ、何を急いでるんだよ?」

 

 タラップを上りきって、ジュラーヴリクはコックピットを無理に覗いてきた。

 メッセージはコックピット内に表示されている。それを目にしたのか、ジュラーヴリクはアタシに頬を寄せたまま固まった。

 

「ビゲンって……あの青色だよな。何したんだ、アイツ」

「アタシが知りてーよ。ただ、ファルクラムが何か知ってる。だから聞きに行く」

「途中まで付き合うぜ。そういうことなら、あたしもお前を長く拘束したくはない。そっちの仕事は終わってるしな」

 

 ジュラーヴリクがタラップを下りていく。続けざまにタラップを下り、工場へ戻る。

 途中でジュラーヴリクと別れ、アタシはファルクラムの部屋へと向かった。

 

 □

 

 見張りはいなくなっていた。実験終了で彼女もまた、閉じ込めておく理由が無くなったんだろう。

 だが気配はある。ドアをノックして声をかけると、一瞬の間を置いてからファルクラムがドアを開けた。

 

「あ、お姉さま。実験無事終了、お疲れ様――」

「ビゲンが重傷ってどういうことだ」

 

 いつもの調子で接してきたファルクラムに、有無を言わさず切り込んだ。

 彼女はしばらく目を丸くして、それから下を向く。

 

「ビゲンに何があったんだよ。知ってるんだよな? 知ってて嘘ついたんだよな?」

「嘘だなんて! いえ、確かに嘘はつきましたけど……。でも、これはお姉さまのために!」

「アタシの!? 仲間が死にかけで、アタシは呑気に空を飛んでた! 駆けつける筈のリーダーがこんな有り様で、何が――」

「じゃあお姉さまは!」

 

 とにかく責め立てた。それを、ファルクラムは声を張り上げて遮る。

 

「じゃあ、お姉さまは……ビゲンが重傷だって知ったら冷静でいられましたか? 今ここにいるのは、貴方がカジンスキーと契約したからです。それを満了してから日本に帰ることが出来たんですか? ソレイユのオペレーターとして!」

 

 誰もいない廊下に、ファルクラムの悲痛な叫びが反響する。

 

「ビゲンには確かに、私もお姉さまが生きていたとは伝えていません。クフィルにも、他のアニマにも。けど、ファントムが突き止めたはず。シュペルエタンダールが知っていたように」

 

 ねえ、とファルクラムは続けた。

 

「貴方は、貴方の職務を全うできましたか? ビゲンが自分に課した任務を全うしたなかで、貴方は!?」

「アタシは……」

 

 言葉につまる。確かにビゲンは無駄なことはしない。特に今は自衛隊で仕事の真っ最中だ。

 彼女は仕事に対して手抜きはしない。そんな彼女が、わざわざ自分が任務に出られなくなる可能性を踏まえて危険を冒すとは確かに考えられなかった。

 彼女は、彼女に必要な事をした。じゃあアタシは? ビゲンが重傷だと知らされたら、冷静に仕事が出来たか。

 

(ムリだ。出来っこない)

 

 今知ってすら、すぐに飛び立ちたい気持ちに駆られているのだから絶対に出来ない。

 人間にはついていい嘘と、いけない嘘があるらしい。優しさの嘘とその逆の嘘だ。

 

(コイツは……)

 

 目の前で涙を溢しながらこちらを睨み付ける小さな同僚は、妹は、アタシに優しい嘘をついたのかもしれない。

 もしかしたら死ぬほど悩んだのかもしれない。でも、それでも嘘をついた。

 確かにファルクラムは嘘だらけだったけど、からかう嘘は分かりやすい。

 

(コイツは……)

 

 ファルクラムはビゲンと天秤に掛けるまでもなく、アタシを選ぶかもしれない。それでも泣いている。

 少なくともバカなアタシにも分かるとすれば、迷いなくビゲンを切るならこんな本音は必要ない筈だということ。

 

「ビゲンは、何の目的で?」

 

 訊くことは決まっている。『ならば、何故?』だ。

 

「日本にいるクーデターチームのセーフハウスに単身乗り込んだようです。お姉さま、貴方にいた腹違いの姉妹の情報を持ち帰ったと」

「は?」

 

 腹違いの姉妹、と聞いて間の抜けた声が出てしまった。

 ファルクラムはソレイユの携帯端末を指先で弄ると、メッセージを呼び出した。

 八代通や社長のメッセージが目に入る。

 

「Y-1? ヘリオスって、なんだよコレ」

 

 謎の戦闘機、ドーター。オリジナルのドーターなんて信じられない。

 いや、それよりもその戦闘機がもしかするとアタシの代わりだったかもしれないということ。

 とっくに盗まれて久しいこと、大体の状況は理解できた。

 空中空母型ザイも気にはなるが、それを落としたから終わる話でもなさそうだった。

 

「……とにかく皆のところへ帰らないと。ファルクラム、出られるか」

「はい、私はドーターの燃料さえあればすぐに」

 

 ロシアに運ばれてロシアで過ごして、まさか今度はさっさとロシアから立ち去らなければならないとは。

 ファルクラムの手を取って、アタシはドーターの元へ駆けた。

 

 □

 

「よう、急ぎなのは分かってる。機体出すまでに聞いてくれ」

 

 ハンガーに居たのは、バーバチカのメンバー。ジュラーヴリクからベルクトまで勢揃いだった。

 

「あたしたちは手を貸せないが、今回の実験の報酬でいくらか資金は渡した。振り込んである。それと――次会うときはライバルか、もしくはまた翼並べよう。ルフィナ」

 

 ジュラーヴリクが珍しく手を差し出した。

 アタシはその手を取って、固く握り締める。

 

「そっちも頑張れ。空中空母も、こっちの問題も飛び火はさせねーから」

「もう、またルフィナは無茶をしようとしてますね」

 

 頬を膨らませ、珍しく眉尻を吊り上げるベルクト。

 相変わらずラーストチュカはそっぽを向いているが、ファルクラムをちらりと見遣ると呟いた。

 

「アドバイス、大事にする」

「ええ、頑張って。ラーストチュカ」

 

 何があったかは知らないが、仲良くはなれたのだろうか。ミグ同士だし、どこか波長は合うのかもしれない。

 相変わらずパクファはニコニコ微笑んでいるが、少々心配してそうな雰囲気があった。

 

「頑張れよ、パクファ」

「はい、ありがとうございます」

 

 アタシの声には、彼女も控え目に答えてくれた。

 ハンガーから引き出されたドーターへ駆け、タラップを上がる。コックピットに腰掛け、続いてダイレクトリンク。

 今度は迷いなくエンジンに火を入れた。ファルクラムも自身のドーターとリンクしたらしい、遠くのエプロンにアイリスに輝くMiG-35-ANMが見える。

 

「よし、エンジンも良く回るな」

 

 今までのエンジンが悪かった訳じゃない。それでも、かなりスムーズに回転が上がっていく感じだった。

 ランウェイにファルクラムと機体を並べ、見送るバーバチカ隊に視線を向ける。

 

〈よう、ソレイユ01。ろくすっぽ訓練できなかった詫びって訳じゃないが、空中給油機を回す。奴等の基地まで燃料の心配いらねぇから、直したドーターを思いきりブン回してやれ!〉

 

 ジュラーヴリクからの無線に、アタシは笑いながら答える。

 

「ラジャー、BA01! 感謝する、またな!」

〈次は落ちんなよ! 代わりはいねぇんだからな!〉

「任せろ、テメーとSu-30を飛ばすにはアタシが必要だからな!」

 

 ファルクラムが先に機体を発進させた。離陸していくアイリスの輝きを追うように、こちらもブレーキを外す。

 勢い良く加速していく。よく伸びるエンジンだ、不具合も無い。

 離陸も非武装故かもしれないが、気持ち早くなったような気がする。

 

「機体が軽い。やっぱり最高だな」

〈こちらソレイユ06、ラジオチェック〉

「オーケー。聴こえてる」

〈空中給油機まで距離は然程ありませんが、燃料も半分程度しか入れていません。まだスロットルは控え目に〉

「わかってるよ。下手打って、起きたビゲンに笑われたくねーしな」

 

 空中給油はどうあれ、とにかくまずは日本に帰る。

 小松基地にいる仲間たちへ交信を試みながら、アタシ達は空を進んでいった。




ロシア編ラストは嵐のように。
次は新章、いよいよ空中空母型とY-1の話になっていきます。

次回もまたよろしくお願いいたします!
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