訓練飛行、とはいうもののルフィナのドーターは修復整備中。よって専用のシミュレーターによる、疑似戦闘訓練が一先ず行われる事となった。
ルフィナにとっては楽しくもない、自身の『身体』であるドーターを模しただけの『データ』を操る感覚。シミュレーターではある程度の機動データを利用してはいるが、ルフィナが空で行うような超機動は想定していない。
思うように機体を操ることが出来ない苛立ちは、なおさらルフィナを不機嫌にさせていった。
〈シミュレーション強制終了。無謀な機動をするな〉
ルフィナの眼前で、モニターはシミュレーション終了を示している。勿論、強制終了させられたもの。
エイベルによる解析で、機体限界に近い機動を行うよう操縦していたことが判明してしまっていた。
「うるせえな。アタシのドーターなんだ、アタシの身体だぞ。自分の身体にどうこう言われる筋合いはねーぞ」
〈それを直すのは会社だ。また飛べなくなるぞ?〉
「ナメんな!」
〈嘗めてない。ただ少しは会社の事も考えろって、一人で飛んでるんじゃないだぞ〉
毅然とした対応でルフィナへ切り返していくエイベル。それが更にルフィナを苛つかせる。
彼がルフィナたちに付いてそれなりに長いがルフィナはまだ認めきっていない。思うように飛ばさせない“意味”も、理解などしていなかった。
「……少し休む」
〈わかった。その方がいいな〉
シミュレーターから降り、専用の研究棟を後にするルフィナ。直近の依頼では、間違いなくジュラーヴリクと当たる。敵が何であれ、規模はまだ分かっていない。
彼女にとっては負けられない仕事になる。今さら普通の飛ばし方などかったるくて、とてもではないが出来なかった。
「ったく……」
研究棟の近くには自販機がある。そこで飲料を買って乱暴に煽ったルフィナ。乱暴に握り締められてひしゃげたペットボトルが、彼女の苛立ちを偽ることなく真っ直ぐに現していた。
「イラついてるわねー?」
そこへビゲンが通り掛かり、ルフィナの背後から声を掛けた。
「んだよ。見世物じゃねーぞ」
「怒んないでよ、仲間じゃない」
「あーもう、うぜえ……」
ペットボトルを放り投げると、綺麗な弧を描いてゴミ箱に吸い込まれていく。
「ドーターを壊したのは自分でしょうに。何をイライラしてるの、アンタは」
「だー! もう、んなこたぁ分かってんだよ!」
「分かってるなら、何にイラついてるのよ?」
ビゲンの問い掛けを耳にして、ルフィナの動きがぴたりと止まった。暫し俯いて、それからビゲンには何も答えず踵を返して歩み去る。
答えられなかった。彼女には、何を理由に苛立っているのかうっすらとだが理解は出来ていた。
(わかってる。自業自得だってわかってんだよ。でも……アタシはもう、ああやって飛ばすしかないんだ。それがSu-35SK-ANMなんだよ)
身体の動かし方をあとで直せと言われたところでどうしようもない。一方で、それが認められないことも分かってはいるつもりでいる。
地上に下りて冷静になれば、ルフィナも多少は周りが見えた。ただ実際に空に上がった時は彼女自身もどうしようもない。首輪を外された犬とでも例えられるもので、自由に駆け巡り、飛び回るのが彼女だ。
(行くか。逃げてもいられないし)
軽く眼鏡を直してから技術棟へ戻る。その日の訓練は、深夜まで続いた。
――それから更に数日。ドーターはようやく、飛行可能レベルに修復された。
塗装の剥がれや、無理を越えた機動による細かい破損なども全て直されている。その上で、ルフィナたちのPMC『ソレイユ社』が専用の新装備をテストする為にステルスウェポンポッドを翼下ハードポイントに搭載した、異色の外観となった。
「なんだこれ、箱?」
それを見たルフィナには、そのボックスが何かはよく分かっていなかった。既にフライトスーツを身に付けて準備万端ではあるものの、試験飛行前に新兵装の説明を受ける。
単純にステルスを重視しながら搭載量を増やすものではなく、ドーターとしての改修を活かし多量のミサイルを搭載する目的のものである、とルフィナは説明される。実際の飛行時に出る影響を知るためにも模擬弾を目一杯に搭載、飛行することになっていた。
(不安だな……。つっても、確かにいつもの搭載数じゃ不安なのもある。ECMポッドなんて積んだら、なおさら積めなくなるしな)
ルフィナにとって、ステルスポッドの存在は正体不明の重りを身体にくくりつけて走り回るのと変わりはない。正体不明の不安は解決しようもなく、とにかく飛んでみるしかない状態だった。
機体に乗り込み、ダイレクトリンク開始。シールドと装甲キャノピーが閉じきると、外周カメラの映像がすぐさま投影される。システムチェック、兵装の確認を行う。特に異常もなく、ステルスポッドもしっかり認識可能で問題は何一つ無い。
「タワー、こちらフランカー。通信は?」
〈フランカー、こちらタワー。通信良好。オーケー、タキシングを許可〉
「了解。フランカー、タキシングを開始する」
ゆっくりとエプロンから発進するSu-35SK。柔らかな揺れが機体を振動させ、荘厳な外観を持った戦鳥はソレイユスタッフの見守る先で滑走路へ向かっていく。
滑走路に進入し、スタンディングテイクオフの為に一度停止。その間に動翼を確認する。ぱたぱたと上下する水平尾翼に合わせて、推力偏向エンジンノズルも動き回る。
〈大丈夫か、フランカー〉
「問題ないよ、人形遣い。ちょっと不安になっただけだ」
通信を送ってきたエイベルに軽く返し、スロットルを開く。ブレーキが外れるとSu-35SKは弾かれたように加速し、ノーズを持ち上げた。
「よし。違和感無しだな」
上昇。合わせてギアを格納し、更に加速していく。
スロットル開度を調整しながらあらゆる速度域、旋回でステルスポッドの影響を確かめるがルフィナが感じる違和感もなく、順調に事は進む。
コンテナ開閉も問題なく行えた。
「ん?」
空を楽しむルフィナだったが、ふと自身の視線の先で何か空間の揺らめきのようなものを感じとる。
刹那、管制塔からの連絡が彼女の耳を貫く。
〈EPCM確認! フランカー、至急着陸せよ! 現在そちらに対空装備は無い!〉
その報告が示すのは、ザイの出現だった。管制官の言う通り、Su-35SKに武装はない。機関砲もエンプティ、ステルスポッドこそ着いているが、中身は全て模擬弾でザイに撃ち込む物としての効果はあまりに期待できなかった。
しかし一方でルフィナは着陸を拒んでいた。降りるつもりなどないと、むしろザイに対する迎撃位置まで一気に加速していく。
〈フランカー! 指示に従え! いくらアニマでも、武装無しじゃ無理だ!〉
「じゃあどうすんだ! おとなしく爆撃でもされろってか!?」
〈
「どのくらい掛かる!?」
〈……なんとか十分――いや、五分だ〉
「ダメだ。アイツらはそれより早くここを通る、基地が見つかったら襲われる!」
「時間を稼ぐ、だから早く上げろ」――そう言葉を繋いで、ルフィナは無線を切った。ドーターSu-35SKは突如現れたザイの飛行隊へ向けていっそう増速し、更に距離を詰める。
機体は直ったばかりだが、ルフィナとしても退くわけには行かなかった。地上を守るために、彼女は決死の覚悟でザイと会敵。一瞬にして角度を変え、90度急上昇。
発見したザイも追い縋ってくる。しかし、数日前の作戦と異なるのは武装していないこと。このまま切り返しても、ザイを武装で落とす事が出来ない。
(くっそぉ。どうしたもんかな……)
ミサイルアラート。いつものように鋭敏な機動で回避し、とにかくザイをソレイユ社屋のある基地から引き離す。
しかしながら、いくらドーターとはいえ落とせなければ機動性の高い航空機にしかならない。ミサイルをいくら引き付けても、一歩間違えれば被弾する。
耐えしのげるのは、フランカーことルフィナの普段の戦い方があったからだった。
「くゥ!」
ミサイルを機動だけで回避していく。ルフィナには最早言葉を発する余裕はなかった。
(あまりに確率が期待できねーからやめてたけど、こうなったら一発勝負だ)
眼前のMFDが、ステルスポッドリリースの準備を開始した事を告げる。あとはルフィナが行動さえ起こせば、ステルスポッドをリリース出来るようになった。
ザイを引き付けていたルフィナだが、ここで180度機体を翻し更にロール。ザイとすれ違うその瞬間、ステルスポッドを翼下ハードポイントから切り離した。
未確認飛行体であるザイであっても、少ないながら各国で撃破を確認出来ている以上は物理攻撃も有効だ。重量物を仮にぶつけられたなら、バランスは間違いなく崩れる。
結果として、ステルスポッドは制空型ザイ二機にヒット。攻撃を受けたザイは主翼をもがれ、成す術無く地面に叩き付けられた。
しかし、まだザイは三機を残していた。Su-35SKには文字通り武装がなくなる。
(早く来い!)
再びミサイルアラート。ロール、急降下で高度を落とし飛来するミサイルを回避しようとすると、背後のミサイルが爆発する。
続いてスカイグレイのドーターを庇うように、カメリアレッドのクフィルC7とヘルメスブルーの輝きを放つJA-37がザイの進路を断ち切った。
〈オッケ! 間に合った! いいよフランカー、ここはうちらに任せなって〉
〈行ってください。三機程度、相手になりませんから〉
「……ありがと。あと頼んだ」
〈お? 今、レアな台詞聴けた? もっかいお姉さんに言ってみ?〉
「うるせえ! 来るぞ!」
少なからず諦めていたルフィナのテンションが持ち直す。しかし武装がなくては手を出すわけにもいかず、着陸して様子を見ていた。
場合によっては、Su-35SKも武装しなければならない。しかしそれも杞憂で、滑走路から待避していたルフィナの前でクフィルとビゲンは無事に帰投する。
「全く、肝が冷えたなぁ……久し振りに」
非武装状態のままでいくら自分の意思だったとはいえ、敵中に突っ込んで無被弾だった安心感からかルフィナはドーターのシートに背中を預け深く息を吐く。
本来ならば機体から降りるところではあるものの、なかなかルフィナはシートを離れる事が出来なかった。
ややあって、バーバチカとの任務がいよいよ目の前に迫る。ルフィナのドーターも無事ダメージ修復を終えて、待機するだけとなった。
格納庫に駐機するドーター三機は、次の任務を静かに待っている。騒がしめな自身の魂にかわって。
やや強引にステルスポッド。
ドーターって、そのままでカタパルト射出可能な程度には強化されてたりアニメじゃ瞬時に機首上げしたグリペンが一瞬の滞空と共に飛び上がったり(あくまでも、表現の一つなんだろうけど)するから多少離陸重量増えても誤差なのでは、と思ったりしてます。
ちょっと小説捻るには苦しい状態でしたが、