車庫を捜し、歩き回るファルクラムとルフィナ。ラファールから指定を受けた車庫を開けると、紺色のスポーツサルーンが姿を見せた。
一目見ただけでは、どちらかといえば『高級車』と言われるようなセダンめいた車体。ファルクラムがデバイスのスイッチを押すと、解除アラームと共にドアロックが解錠される。
「運転出来んのか、ファルクラム」
肝心なところをルフィナはよく知らなかった。ファルクラムとは徒歩の付き合いしかしていないし、出会った時期は車に乗る用事どころではなかった。
車の様子を探りながら、ファルクラムが答える。
「ビゲンほどじゃありませんが、多少は」
車体下部、エンジン内部に至るまで彼女は探りを入れていた。ラファールとは互いに協力関係ではあったが、ファルクラムは彼女を信用していなかった。
一通り探り、爆弾などトラップの異常が見当たらなかったのか、ファルクラムは助手席のドアを開けてルフィナを誘い入れる。
「頼むから厄介ごとは起こすなよ。アタシが言えたことじゃねーけど」
「それは向こうの出方次第ですよ、お姉さま。パーティーになるか、大人しく出国か――ドーターを欲しがる側と、ただ私たちを使いたがる側か」
まるでつい先日のソレイユだ、とファルクラム。
一歩間違えば軍部が一気に混乱する。あとはラファールの動きに期待しつつ、ファルクラムは北極星の名を持つセダンに火を入れた。
荒い唸りに反して、車内は豪華。シャンパンクーラー等こそないが、ちょっとしたリムジンのような乗り心地。
「行きましょうか」
ドライブレンジにギアを入れ、ファルクラムはアクセルを踏み込んだ。車体は四輪で駆動し、車庫からロケットめいて飛び出した。
□
「余計なことするなっていったろ!」
数分も車を走らせると、ファルクラムの車をアンチソレイユの追っ手と地元警察が追跡し始めていた。
ルフィナが珍しく悲鳴をあげている。運転席では銃撃をかわすためにファルクラムがステアリングを回し続ける。
「飛行場には軍が張っています。少なくとも、反ソレイユだけはそこで足止めです」
「それまで車が持つのかよ!?」
銃撃を受け、リアガラスが飛散した。身を縮こまらせて、ルフィナはただ頭を低くする以外に無い。
暫く車を走らせ、車は封鎖されてる飛行場へ全速力で向かっていた。
立っていた歩哨が慌て食った顔で停止を呼び掛けるよりも早く、車は段差でジャンプしながら飛行場へ文字通りに飛び込んだ。
リアタイヤを滑らせ、一直線にSu-35SK-ANMの元へ。しかし刹那、車のエンジンが停止する。電力が無くなり、ブレーキが踏み込めなくなる。
「くっ……! お姉さま、掴まってッ!」
「マジかよォ!」
時速160km/hを超えるスピードからファルクラムはパーキングブレーキを踏み抜いた。
パーキング用のブレーキならば電力が無くとも人力で作動できる。しかし、構造は単純にリアタイヤを固定させるだけのものでしかない。
容易くスピンした車体はルフィナの悲鳴を引き摺りながら格納庫へ向かい、Su-35SK-ANMのノーズギア直前で停止する。
「フゥ……」
危うく大事故だ。流石のファルクラムもシートに深く寄りかかり、息を吐く。
「よし、動くなよ」
だが、事態は待ってなどくれなかった。
車両を囲むフランス軍。運転席へはラファールが自ら拳銃を構え、二人を牽制している。
「ラファール……」
車内からファルクラムが、恨めしげに銃口の向こうにいる女性を睨み付けた。
「今はブーランジェと呼べ。車から降りろ、私が連行する」
周囲を小銃を構えた軍人に囲まれ、更にラファールまで銃を向けている。ファルクラムにさえ状況を脱する手段が見当たらないのだ、ましてやルフィナに脱出出来るわけもなく。
両手をあげて車を降りた二人は、ラファールに連れられて、PMC基地内の一室を利用した取調室へと移動する。
質素な部屋だ。テーブルに椅子。それ以外は出入り口しか見当たらない。
二人の前で椅子を引き、腰を下ろしたラファールが最初に口にしたのは意外にも謝罪だった。
「すまないな。軍で私に、君たちを匿っていたと嫌疑が掛かり始めていて、君たちを捕らえたという事実が必要だったんだ」
金属製のチープな机の上を、ラファールは指で叩いて音を鳴らす。
ルフィナは不機嫌さを隠すこともなくラファールを睨み付けた。
「テメーのショーに付き合ったせいで作戦が台無しだ。ドーターに近付けたのに」
そんなルフィナの抗議を、ラファールはたった一言で否定する。
「いや、あのままではどちらにせよ始動までは無理だ」
どれだけの見張りがいたと思う、とラファール。
「今、軍側でも二つに割れている。ドーターを返し、素直に協力を仰ぐべきだとする側」
ラファールの語りを引き継ぐように、ファルクラムが口を挟む。
「あくまでもドーターは無いとして、アニマを使うだけ使おうという側……でしょう?」
ファルクラムの問いに、ラファールははっきりと頷いて見せた。
やはり同じ軍内部でも意見の相違があるらしい。ファルクラムの読みは大まかに当たっていたようだ。
しかし、やはり時間は残されていない。ドーターは間も無く軍に接収される。ラファールはどうする気なのか、ルフィナが彼女へ訊ねた。
「どーする気だ? アタシらを閉じ込めたって、これじゃドーターに近付けないだろ」
問い掛けに対し、ラファールは壁にかけられた質素な時計を眺める。
十秒ほど眺め、腕時計と比較。それから彼女は問いに答えた。
「間も無く交替時刻だ。一部の見張りを除いて、歩哨の数が減る。そこを突く」
空気が一気に凍りつくようだった。
強行突破よりは気が楽かもしれないが、時間との戦いは少なからずプレッシャーを増大させる。
ラファールを先頭に部屋を出るルフィナたち。途中歩哨の一人とすれ違うも、ラファールやアニマ側に与する側であるようで、見ない振りをして歩き去っていった。
「本当に割れてんのか、内部で」
すれ違った歩哨の背中を眺めつつ、ルフィナは語る。
制服が違うわけでも何でもない。それが本当に意見の相違で割れているのか、不思議でしようがなかった。
「まあアニマ本体にはどっちだって手は出さんさ。ドーターに手を出さないよう、閉じ込めはするだろうが」
語りながら、ラファールは手を挙げる。間も無く格納庫だった。
三人は寄り集まり、段取りを確認する。
「歩哨は減っているが、機体付近にはそれなりの人数が張っている。Su-35SにAPUが搭載されているのは救いだ、始動さえ出来れば手出しは出来ないからな」
「どうやって近付く?」
ファルクラムが格納庫へ身を乗り出すが、ドーターは囲まれている。先程の騒ぎもあってか、機体周辺への警戒は強められているようだ。
それでも、減っている方なのだろう。やり方次第ではルフィナをコックピットに送ることくらいは出来そうだった。ドーターはフランスにとって研究対象。破壊しようとするとは考えづらく、ドーター特有のアーマーキャノピーさえ閉塞すれば、仮に銃撃されたとしても問題ない。
「ラファールは立場があるでしょうから、ダーティな手段は私がやる」
ピストルを抜き取り、素早く翻しつつファルクラム。
銃身を堅く握り、打撃武器として使うように構える。
「私は出来るだけ注意を逸らすが、タラップはどうする?」
ドーターには昇降用タラップなど掛かっていない。元より誰かが操縦する予定がないものだったのだから当然か。
「それはそちらの軍人さんに動いてもらいましょう?」
ファルクラムの視線が数人の整備員に向けられた。敵意はなく、たまたま話を立ち聞きしてしまったようだった。
協力も惜しまないようで、ソレイユのアニマとラファールはそれぞれ格納庫へと入り込む。
タラップを連結する前に、ラファールが数人の歩哨を集め気をそらす。残された人間は乱暴ながらファルクラムが拳銃殴打で気絶させると、意外にも危なげなくタラップは掛けられた。
次はルフィナだ。素早くそして静かにコックピットへ掛け上がると、整備員がタラップを外した。音に気付き、軍人たちはたちまち機体を囲む。だが既にキャノピーは閉鎖され、ダイレクトリンクも直前だ。
「よし。燃料はラファールに賭けるしかねーが、状態は大まかに以前のまま」
ダイレクトリンク。機体が発光し、APUが燃料を巡らせる。だらしなく垂れ下がっていた推力偏向エンジンノズルはまっすぐに持ち上がり、狭い格納庫内で爆音が共鳴した。
既にラファール、ファルクラムと整備員は外にいた。巻き込まれたのは尚も囲み続けたフランス兵たち。
「わりーな。利用されるのは慣れてるが、やられっぱなしってのはキライなんだ」
トーイングカー無しでは格納庫内でエンジン出力を上げるしかない。フランス空軍の施設なら問題もあったろうが、ここはソレイユの敵地に過ぎない。
出力を上げてやると、ジェットエンジンは格納庫内の機材を次々に吹き飛ばしながらドーターを滑走路へと推し進めていった。
時間は夜。漆黒の闇に染まる飛行場に誘導灯の灯りは無い。
〈お姉さま、機首向きを右に10度修正してください〉
「見えてるよ。アタシはドーターの本体だぞ、感覚で分かる」
強がってはみたが、ファルクラムの指示も間違ってはいなかった。ラダーを動かし、機体向きを調整。ギアのタクシーライト、機体各部で点灯する灯火類が幻想的に見える。
出力を上げると、灯りにジェットエンジンの灯火が加わる。排気炎を引きながらSu-35SK-ANMはようやく、フランスの地を離陸した。
「問題なし。ギアアップ」
ギアが仕舞われ、左バンクと共にドーターは夜闇の向こうへと消えていく。
それをファルクラムたちは見上げ、そして同時に抵抗した歩哨たちへ銃を向け威嚇する。
太陽は昇る。再びアメリカの地へ向け、ルフィナは飛んだ。途中、空中給油機が待機すると話を聞き彼女もほっと胸を撫で下ろす。海水浴はせずに済みそうだと。
しかし、全てはまだ始まってすらいなかった。
ルフィナは感覚的に感じ取った。空中給油機まで距離はないが、ドーターに戦闘機が近付いている。
レーダーとは神経、感覚だ。ルフィナの感覚、レーダーが戦闘機の接近を告げていた。方位はまっすぐアメリカの方向。
次第に機影が見えた。ペールブルー、フェニックスレッド、カナリアイエロー。夜の空には目立ちすぎる光。ドーターを意味する色彩豊かな輝きが、三機編制でまっすぐにルフィナの元へ向かう。
IFFの応答は、一切無かった。
やっと年を越したカラフルシリーズです。
お待たせしました……。まあ、その間に何作書いてんだって話なんですが。
やっとややこしい部分も終わり、次はちょっとした新キャラと新部隊が登場です。
次回もまたどうか、長い目でゆっくり待っていただけたらと思います。