アメリカにはステラ社、ソレイユ社というPMCが所有する飛行場以外にもう一ヶ所、アニマ専用とも言える飛行場が存在していた。
『先進飛行実験研究所』と名乗られれば堅苦しくも感じるが、要するにルフィナたちの前へ立ちはだかったイーグルプラスたちの所属組織で、その飛行場だ。
東西の隔たりも捨て、全てをザイ撃滅のためと手を組んだ人類の二つ目の盾。しかし、国際的な問題により、つい最近までこの研究所の活動は露呈していなかった。
誰かは言う。所詮ザイの脅威に直面していない者にとっては、アニマとドーターさえ自身の卓に配置した駒に過ぎないのだ、と。
研究所の活動表面化にはロシアからの口添えが主だった。一体の試作アニマのデータをアメリカに渡し、アメリカはそれでライノに続く自国産アニマを製造すれば良いと。
実際、民間軍事企業に先を越され面子を潰されていた米国にとって、それは願ってもない申し出だった。だが、送られてくるアニマのデータにはとてつもない要求が幾つも記されていて。
F-22-ANMプロジェクトなども発足はしたが、結局機体数が満足に揃わず凍結。その間も、PMCはなおも国に構わずザイを撃墜する。
ちょうどアメリカにやってきていたザイを撃墜され、米空軍研究部は二つのコアを回収した。PMCにはその事実は知られず、そしてそれがF-15S/MTDとNF-16という機動実験機に適合、ロシアの試作アニマに記された要求も満たしていた。
そうして生まれ、デモンストレーターを脱したのがF-15S/MT-ANMイーグルプラス。それから、NF-16-ANMビスタという存在だ。
データとして米国と接していた試作アニマ、1.44-ANMミグもこの研究所へ身柄を渡された。ここにはロシア人もいれば、アメリカ人もいる。皆が同じ目的のために戦っている。
研究所の外周。並木道になっている通路は、絶好のランニングスポットだ。
早朝の涼やかな風の吹く中を、一人の少女が走っていた。
「だいぶ走ったか」
足を止めると、ペールブルーの髪から汗が滴った。フェイスタオルで汗をぬぐい、F-15S/MT-ANMイーグルプラスは研究所へ視線をくれる。
彼女はアクティブなタイプだ。姉妹ともいえるF-15J-ANMとは別な方向性でも、そこはやはり同じ『F-15』なのだろう。
「ミーティングまで時間はあるな」
腕に着けたタグホイヤーのクロノグラフを見つめ、イーグルプラスは呟く。
ストップウォッチを止め忘れていた。スイッチを押し、更にリセット。文字盤の上でニードルが踊る。
呼吸を整えつつ、腰に取り付けたホルダーからスポーツドリンクを取り出して喉を潤した。
「今日は何だったか……。全く、あちらこちらで問題が起きすぎだ」
左こめかみを人差し指で押さえ、悩ましげに唸る。タイフーンはともかくにしろ、PMCまで絡むとは思っていなかった。だがSu-35SK-ANMという存在を、ずっと気にしていなかったのかと問われると、肯定はできない。
だからこそ、悩ましい。
「全く。とにかく、煮詰まったら走るに限るな」
イーグルプラスは再び駆け出した。とんとんと跳ねるような足取りで、彼女は薄明かりの並木道を走り抜けていった。
□
「疲れたー……!」
真紅のサイドテールを揺らし、部屋に籠ったままのビスタはゲーミングチェアに腰掛けたまま大きく伸びをした。
彼女の視界には立派な水冷式ゲーミングPCが威風堂々と鎮座する。サイドパネルをクリアボード化し、グラフィックボードやタワーにLEDを配して見た目にも気を配った、超強力モンスターPCだ。
大半のPCゲームなら最高画質で苦なく動かせる。つい先程まで、対戦型FPSに熱中していた彼女も、いよいよ休憩タイムだ。
「ふぁ……やっばー、今日朝からミーティングだっけ。完徹しちゃった」
眠たげに目をしばたたかせるビスタ。座り心地に優れるゲーミングチェアに深く身体を埋めると、程好い眠気が彼女を迎え入れようとする。
眠っちゃってもいいかな。ビスタはそんな風に思考を走らせ、そのまま身を任せようとする。そんな折、ミグがノックの後に部屋へ入り込んだ。
「ビスタ、また徹夜しましたね?」
「うぇ。仕方ないじゃん。ザイも出てない、研究所としての方針も出せないんじゃ、私たちなんてゲームか自主トレくらいしかすることないもん」
詰め寄るミグから逃げるように、ビスタは足でゲーミングチェアを回す。勿論そんな小細工など意味もなく、背もたれごと押さえつけられて止められる。
ビスタには少々眩しい明るい黄色の髪をした少女は、くどくどとすっかり説教モードだ。
「研究所の方針を決めるのがこの後なんです。ビスタには居てもらわないとダメなんですよ」
「めんどくさーい。あとでメッセンジャーに連絡してよ、逆らう気はないし」
「だ、め、で、すっ!」
ビスタの正面にまわったミグは相手の限界まで顔を近づけ、全力で拒否する。
「あーもうだるいだるい! 分かったって! イーグルプラス戻ってきたら行くから、少し休ませてよ。頭疲れてるの」
「自業自得でしょう? 水とチョコレートバーを買ってあげますから、行きますよ。このまま放置したら、どうせ寝るんだから」
ぎくり。ビスタが身体を強張らせる。
どうやらミグにはお見通しだったようだ。確かに寝落ちしてしまう気でいた。鋭い読みに、ビスタは頬をかいて視線を明後日へ向ける。しかしそれを先回り。
ミグの整った顔立ちも、ビスタの往生際の悪さには少々苛立ちに歪んでいる。
結局、ビスタはミグに引っ張られ、自室を後にする他無かった。
□
意外にも外をランニングしていたイーグルプラスがビスタ達よりも先に、会議室で腕を組んで壁に寄りかかっている。
「遅いぞ、ビスタ」
「ごめん……って、私だけ!?」
抗議の声をあげるビスタ。しかし、その声はあまりにも脆く切り捨てられる。
「ミグが遅刻するなんて、それこそ大問題だからな。ビスタを起こしにいくとは言っていたし」
片目を瞑りながら、怪訝な瞳をビスタへ向ける。
「でも遅刻は遅刻だよね!?」
「お前は言うな」
イーグルプラスのチョップがビスタの脳天に突き刺さる。
次第に場が騒がしくなってきた。所員も集合し、次第にビジネスムードが漂う。
椅子に身を投げ出したビスタ。軋んだ椅子の音が、ある意味スタートの合図だった。
議題は実に簡単。ソレイユ、ステラ各社の反応だ。
結果として、両社ともに従うことはないというものだった。
「タイフーンについてのデータは送ったのか? ヤツが今どうなっているか」
イーグルプラスが議長へ問いを投げる。
「無駄だ。向こうには何らかの手段があるらしい。助かる命があるなら、助けて見せると突き返された」
手指を絡ませ、悩ましげに議長は語った。
詰みだった。話を素直に聞かないのなら、最早やることはない。
手段を切り替えるか。議題はそちらへずれ込む。
「タイフーンのデータや、ドーターを先回りして破壊すべきでは」
当たり前の意見が会議室に響く。しかし、それはイーグルプラスが遮った。
「私は反対だ。それこそ国際問題になる」
「しかし……」
返す言葉に詰まるスタッフへ、イーグルプラスは真っ直ぐ視線を結んで答えた。
「二社は何とかする。その為の私たちだ、そうだろ?」
確かに。肯定のムードが会議室を包んだ。
実力誇示も出来ている。次はSu-35SK-ANMも警戒するだろう。簡単には行かないのは間違いない。だが、それがなんだ。
彼女たちを超えるために、イーグルプラスたちは居るのだ。
「……致し方ないな。ポールスター隊、任せるぞ」
議長のスタッフはイーグルプラス、ビスタ、ミグへそれぞれ視線を投げる。
三人はそれに合わせ、敬礼で返した。
今回はポールスターを少し掘り下げました。
とはいえ、本来はライバルなのでここまで。彼女たちがいよいよ始動する話になります。
次は緋弾、神姫の更新後になると思いますが、どうかよろしくお願いいたします。