(どうして来て早々こうなったのでしょう)
ロシアにてバーバチカと合流後、ザイの影響からすっかり寂れてしまった空港を利用した、臨時の作戦基地でクフィルは椅子に座って固まっていた。
耳を澄ませる必要も無く、ブリーフィングルームはルフィナの怒鳴り声が反響してまわる。
ビゲンは唯一仲良くやれているらしいパクファと共にその光景を微笑みながら見つめている。もっとも、ビゲンの方は少し含みのあるどこか嫌らしい笑みだったが。
「やっぱり気に入らねぇ! なんでアタシがテメーなんかと!」
スカイグレイの髪が激しく揺れる。すらりとした白い指先は、クロームオレンジの光を湛える少女へまっすぐと向けられる。
「はっ! あたしこそ売国アニマなんざ居なくたって構わないからな。帰ってもいいんだぞ!?」
クロームオレンジのアニマ、ジュラーヴリクは叫び散らすルフィナに臆することもなく、真っ直ぐに睨みを返していた。
「なんだと……!」
「おい! ジュラが百歩譲って受け入れたんだぞ! その口の利き方はなんだ!」
アクアマリンのショートカットがジュラーヴリクを庇うように割り入る。
まるで火に油、そしてルフィナとジュラーヴリク、更にアクアマリンの固有色を持つアニマ、ラーストチュカの関係は水と油そのものだった。
当然のようにクフィルが口を挟む余裕も無く、彼女はただ黙って椅子に座っているしかない。ルフィナ単体なら抑えも出来たが、そこにジュラーヴリクが加わるとなると、もはやただただ胃に穴が空かないようひたすらに耐える以外無かった。
「ちくしょう。やっぱ後悔した」
ブリーフィング後、ソレイユ社に割り当てられたハンガー内でルフィナはごちる。足下に転がる小さな石ころをひたすら蹴り転がしつつ、それでも小言はやめない。
「まあまあ、来ちゃったものはしょうがないって。帰ったらなんか奢ったげるから、今は――」
「割り切れるほど甘くねぇぞ?」
割り切れ、と発言しようとしたビゲンを先回りするルフィナ。まさか先回りされるとは思わず、出掛けた言葉は飲み込んだ。
しかし既に仕事が決まっている以上は、いつまでも駄々をこねる訳にもいかないのも事実で、それはルフィナも理解できない訳ではない。仕事が嫌なわけでもない。
「まあ、分かってるよ。大丈夫だろ……多分」
納得がいかないながらも納得はせざるを得ないルフィナは視線だけをビゲンから逸らす。だがどこか息があがっているようで、興奮は覚めていない様子だった。
「釈然としないわねぇ……」
跳ね回る髪を掻くビゲン。半ば疲れ気味に彼女は瞑目する。まだ到着して一日も経っていないというのに、このような調子で良いのか。否、良いわけは無い。
なんとか調子を取り戻さねばと、身体的にも精神的にも姉を自負するビゲンは悩む。
「……いや、待って? そもそも仕事でしょうに。これって」
しばらく悩んで、ようやく自分が妙な空気にあてられかけていたことを思い出すビゲン。
旅行だったらどれほど楽かと思ったところで、時すでに遅し。結局は仕事で来ているにすぎず、今さら楽しむ余裕などあるはずもない。
「なんだ、もっとギスギスしてるかと思ったが」
そこへやってきたエイベルは不思議そうに目をしばたたかせる。彼には少なくとも、バーバチカとの関係ですら悪くは見えていなかった。
アニマであっても、好意の反対は無関心であり嫌悪ではないのだ。そういう意味では、ルフィナもジュラーヴリクを心底嫌いという訳ではない――と、そう考えている。
「くだらない世間話しにきたわけじゃねーだろ、エイベル。何か用か?」
無論ルフィナにそういった精神的な話は通用する訳もなく、不機嫌そうにエイベルを睨む。
刺さるような視線に困惑しながら彼はようやく敵の情報が出たと話を切り出した。
「ブリーフィングでは色々濁されたけどな。どうも今回は、でかい獲物みたいだぞ」
「どういうことです?」
クフィルが首をかしげる。エイベルは会社の端末を操作してファイルを読み込むと、三人へ画面を見せた。
表示されているのは図面めいたザイの情報ファイルだった。内容は『制空権維持型大型ザイ』とされ、少なくとも一般的な制空タイプの十数倍のサイズと記されている。
「冗談だろ。こんな巨体を撃ち落とせってか」
「あれ、ルフィナは自信無いのかしら?」
「うっせーぞ、ビゲン!」
「おー、こわ!」
わざとらしく身体を震わせたビゲン。ルフィナの握った拳は震えていた。
「まあでも今回は単体じゃない、バーバチカもいる」
「私としてはそれが一番不安なんですが」
「なんでアタシを見ながら言うんだよ、クフィル」
「はいはい! 話が進まないわよ!」
ビゲンが手を叩きながら声を張り上げると、ルフィナは心底機嫌悪そうに言葉を飲み込んだ。
ブリーフィングを終え、改めて敵の情報まで出揃ったとなればあとは出撃指示があるまで待機しかない。
にわかに騒がしさを増すソレイユ社ハンガーに、不意にクロームオレンジの光が射した。
腕組みして立つジュラーヴリクを見つけたルフィナは、外敵を認識した猫のように睨みを利かせる。
「ジュラーヴリク、テメエ何しに――ぐえっ!?」
つかつかとジュラーヴリクへ詰め寄ろうとしたルフィナの襟首をビゲンがひっつかで、軽く自身の後ろへ引き下げた。
「うちの一番機が失礼」
制御しきれない一番機に代わり、小さく頭を下げたビゲン。少なからず意表を突かれたのか、ジュラーヴリクは静かに腕組みを解く。
「いや……まあ、別に良いけどよ。話は聞いたか?」
「ザイの話かしら?」
隊の先頭に立ってジュラーヴリクと話すビゲン。その後ろで、ルフィナはじっと二人を睨んでいた。
ふと、ハンガーに電子音が鳴り響く。
「おっと! すまない、続けてくれ。外に出てるよ」
スマートフォンを片手に、エイベルは自分に向いた視線を振りほどくようにハンガーを後にした。去り行く白衣の背中を眺めながら、ジュラーヴリクから気を逸らしたルフィナは訝しげにエイベルをその視線で追う。
「なあクフィル」
「なんです?」
「嫌な予感がする」
ルフィナの発言はあまりに唐突だった。呆気に取られるクフィルは、そう語る彼女へ返す言葉を見つけられずにいた。
□
「んー……いくら仕事中とはいえ戦闘糧食かよ」
今日に限ってしまえば、ルフィナは常に不機嫌だった。夕食としてレーションを食べている今でさえ、彼女はしかめ面を隠そうとすらしていない。
火の気の無い屋外で小さな火を囲みながら、ソレイユのアニマたちはレーションを口にする。ルフィナのぼやきは日の沈んだ空にむなしく解けていく。
「どうせならロシア料理がよかった……」
「ボルシチとか?」
「それウクライナ料理じゃねえの……って、いやいや、なんでもいいんだよ!」
ルフィナの発言を聞きながら、ビゲンが火の始末を行う。柔らかな灯りで三人を照らしていた炎は黒い煙へと変わり、そしてそれも消える。
「そういや、エイベルは?」
周囲を見渡すルフィナ。三つ編みにしたうしろ髪が合わせて尻尾のように揺れる。
「そういえば見てないけど……クフィル何か知ってる?」
「んぐ……ん?」
「いや、ゴメン。食べちゃって良いわ、ソレ」
とにかくありったけを頬張ろうとするクフィル。体躯で言えばもっとも小さいクフィルだが、食欲は三人に比べれば旺盛な方だった。
リスのように頬を膨らませながら食べ、それを飲み込む。さらに水で強引に流し込むと、彼女はようやく質問への回答を行った。
「エイベルさんなら用事があると、こちらに来た人員へ仕事を引き継いで先に帰りましたよ」
「は? 用事?」
「はい。緊急で呼び戻されたみたいですね」
放り込んだ糧食をけろりと平らげて、クフィルは何気なしに語る。
「ちくしょう、ズルいなエイベルのヤツ……」
ルフィナが少し離れた場所で話をしていたバーバチカへ視線を巡らせる。自分の仕事はまだまだ終わらず、むしろまだまだ始まったばかりで。それでいて次の相手は天敵とも言える存在で、気はさほど休まらない。
(引っ込もう。空で決着着けてやる――それがアタシらっぽいだろ)
ビゲンに荷物を押し付けられながら、ルフィナは静かにそう誓う。
夜闇に染まった空に輝く月が綺麗に映った。まるでザイの存在など信じられない綺麗な空を見上げるルフィナ。
「置いてくわよ、ルフィナ?」
「あ、ワルい。すぐ行く」
恐らく明日には騒がしい空に変わるのかと。そう考えようとして、両腕の重量物に気付いた。
背中越しにバーバチカを見て、ルフィナはソレイユメンバー用のパーソナルスペースへと消えていった。
ボルシチってウクライナ料理だったんですね(
今回は食ってるだけでした。
しかしアレだぁ、こういう会話だけって苦手……アクションしたい。私の脳内はハクスラ。
でも物語では大事だし、やらなきゃならないよね。
クフィルに大食い属性が(