研究所に来てまだ数時間。しかし、アニマたちに休む時間はそれほど与えられない。
自室に戻る暇もなく、フランシーヌと交代した研究員によって皆は現在地点からエレベーターに乗り、下へ下へと下っていく。
「う……。なんだ……? 随分冷え込むな」
寒さに身体を震わせるルフィナ。単なる寒さだけではない、何かに呼ばれる感覚もエレベーターが下れば下るほどに強くなっていく。
「薄着というわけじゃないですよね?」
ルフィナを見つめつつクフィル。
勿論、環境に合わせた服装で揃えている。着飾らないルフィナの数少ない上着の一着であるソレイユ社のジャケットには、それ相応の保温性が確保されている。
それに何より、ルフィナが見る限り寒さを訴えているのは彼女自身だけのようだった。
「風邪でも引いたのですか? 是正すべきですわね」
ヴィゴラスは呆れたようにルフィナを見つめるが、現実問題寒気がするのだ。彼女には珍しく、噛みついてまで否定することは無かったものの、視線では訴えかける。
「どうぞ、こちらです」
チャイムと共にエレベーターが停止、ドアが開くと研究員が手で示しながら先導する。
ルフィナがS.I.A.S.では先頭で、アニマたちを引き連れながら後に続いた。
物々しいセキュリティを抜けてしまえば、あとは良くある研究施設のようだ。しかし、そうではないとルフィナたちを案内する研究所は言いたげに、通路にあるドアの前に立つ。
厳重な電子ロック端末が目についた。研究員の手にはプラスチックカード。端末にはカードスロットがあり、そこへ読み込ませるようになっているようだった。
「皆さん、これから目にすることは内密に。あなた方はフランス軍でもなければ、イギリス軍でもない。他国に漏らされれば大変だ」
「いいから見せろよ。これでも傭兵稼業で食ってきて長い。多少の常識は知ってるさ」
少々過剰とも言える警戒をする研究員に対し、ルフィナが吐き捨てる。信用されない職に就いてはいるが、仕事に関して信用されないのは癪だった。仕事に対しての責任感くらい、渡り鳥である傭兵にだって存在する。
「では……こちらが、アニマ研究室――我々の仕事場です」
物々しい自動ドアが開き、内部が明らかになる。
「これは、また……」
ビゲンが真っ先に嫌悪感を露にした。
内部は薄暗く、カプセルの中で液体に浮かぶ
「マジかよ……」
ルフィナが一つのカプセルに視線を結び、固まった。
中に入っているのは、間違いなく少女だ。眠っているようだが、服も着せられずにただ研究員の観察対象になっている。
ふと、不意に彼女の上着の裾を何者かが引っ張った。思わずルフィナが飛び上がる。
「……! なんだよ、シュペルか。どうかしたのか?」
「……」
「どうした?」
シュペルエタンダール。梅紫色の髪をした少女には声を出す手段がない。
今まで感情さえ露にすることがほぼ無かった彼女だが、今回は様子が違っていた。
頻りに辺りを見回して落ち着かず、ルフィナから見ても、明らかに何かを気にしていた。
彼女はラファールのアニマ製造過程での事故により生まれたアニマだから、もしかするとこの光景にも見覚えがあるのかもしれない。
「気分悪いか?」
ルフィナが問うと、シュペルエタンダールは首を振って否定する。否定はするが、いつもは無感情な彼女が、脂汗をかいて苦しげにしている様子は、明らかな異常と言えた。
「クソ……アタシは気分最悪だ。誰が叫んでやがる?」
ルフィナに聴こえるのは、助けを求める声。
助けて。気付いて。ここから出して。幾重にも、幾重にも重なってルフィナには聴こえていた。他のアニマには聴こえていないようだが、シュペルエタンダールの異常といい、明らかに気のせいではすまないものだった。
「まぁ、我々の研究はこういうものだと、ご理解頂ければ幸いです」
案内役の研究員がアニマたちへ振り返って説明すると、これ以上この部屋は見せられないと言って今まで来た道を引き返す。
(フランスはアニマの製造に対して非人道的、か。間違ってねーようだな)
研究室を出て、案内に従いつつルフィナは思案する。
シュペルエタンダールも元々は廃棄される予定のアニマだった。ラファールプログラムの為に産み出されたが、肝心のラファールには適合しなかった為だ。
結果、彼女は中途半端に姿は与えられたがそれ以外は放棄されていた。だからシュペルエタンダールは喋れず、感情さえ理解できていない。ただ自身が何かに突き動かされて行動することはあるにせよ、だ。
もし見たものがシュペルエタンダールの異常と関係あるのなら、彼女が感じたものは恐怖だとかそう言ったものを超越している。
ルフィナが聴いた声にも、ただならぬ恐怖が込められていた。シュペルエタンダールもまた、同じかも知れなかった。
「ルフィナさんにはすぐに仕事に取りかかってもらいます。それから、シュペルエタンダールにも」
研究員が告げる。何にせよ彼女たちも仕事なのは間違いなく。しかし、何をするのかはハッキリとしていない。
そうとなると、残されるのは他のアニマだ。ルフィナとシュペルエタンダールに用があるなら、そもそも二人だけでよかったのだから。
「他のアニマの皆様には、飛行データ収集に協力してもらいます。ああいった研究ですから、実戦に近いデータに興味がありまして」
聞けば、やることは大して変わらない。シミュレーターを使い、ビゲンたちはフランス軍のアニマ研究所にデータを渡す。アニマがどういった挙動を示すのか、それが彼らにとって大事なのだろう。
無論だが、既に契約済みである以上拒否権は無い。拒否はイコール契約破棄になる。そうなれば、S.I.A.S.加盟のソレイユとステラ各PMCの評判は地に落ちる。
「行ってこい。アタシらは上手くやってみるからさ。何にせよ、こりゃ仕事だからな」
ルフィナはそう諭して、シュペルエタンダールと共に別な研究員の後に続いた。
残されたクフィルたちはそのままシミュレーター室行きだ。彼女たちには少々退屈な仕事が始まる。
「さて、ルフィナさん方にはまずNFIを利用したダイレクトリンクをお願いしたい」
クフィルたちが去り、残されたルフィナとシュペルエタンダール。研究員は二人に告げると、再び案内を開始する。
初っぱなからダイレクトリンクの任務とは気分は良くない。航空機に繋がる機材があるとは思えず、ルフィナにはロシアで行った、アニマ同士のダイレクトリンクが思い返された。
「何をするんだ。アタシが必要だって話は聞いてるけどさ」
「いえ、大したことでは。ルフィナさんの特殊なダイレクトリンクにシュペルエタンダールを巻き込み、そして研究室のアニマたちに話を訊きに行って欲しいのです」
単純明快、お使いですよ。研究員はルフィナへそう言った。だが、当のアニマからすれば、当然そんな単純な物ではない。言うは易しと言ったところか。
シュペルエタンダールも怯えているのかどうか、ルフィナにピッタリとくっついたままだ。
「タイフーンのデータを捜すんだよな。なんでアイツらに話を?」
依頼内容を確かめるルフィナ。今回の依頼は『EF-2000-ANMの残されたデータの集積、載せ換え』――つまり、アニマのデータをフランスが作ったアニマのコアに無理矢理詰め込むといったものだ。可能かどうか、それはこの際気にしない。
どちらにせよ、その後はフランス軍からイギリス軍に売りでもするのだろう。EF-2000ことタイフーンはフランス機ではない。仕事に関しては、ラファールが根回ししたと考えるのが現状だった。しかし、そこはS.I.A.S.の任務ではない。彼女たちの知るところではない。
「それを知るのは仕事ではないでしょう? さぁ二人とも、こちらへ」
研究員に案内されたのは、仰々しい機械が繋がれたモニタールームだった。ドーターのシートに似た椅子、配置されるNFIパネルの位置も似た雰囲気だ。モニタールームの重苦しい雰囲気は、単なる椅子を、まるで処刑用の電気椅子かのように見せる。
「椅子に座って、ダイレクトリンクを。シュペルエタンダールを受け入れたら、あとはあなた次第です」
「あいよ」
ルフィナは気のない返事を一つ返し、椅子の一つに腰かける。物々しさの通り、座り心地はお世辞にも良いとは言えなかった。クッションはあるのだろうがやや硬く、身体のやり場に困る。
幸いなのは、ルフィナの特殊ダイレクトリンク発動中は少なくとも当人の意識がなくなること。眠ってしまえば、座り心地など関係ない。
シュペルエタンダールも椅子に座り、ルフィナと視線を結んで頷いた。
「ダイレクトリンク」
NFIパネルを通じ、接続機器の電源が次々に入っていく。ルフィナのスカイグレイの髪は発光し、シュペルエタンダールの長い髪にも輝きが差した。
「接続モード」
ルフィナの言葉と共に、まずシュペルエタンダールが意識を失った。まさか失敗したのか。しかし、刹那にルフィナ自身も意識を刈り取られる。
□
「なんだコリャ」
次にルフィナが見たのは、輪郭の曖昧な世界だった。
建物の体を成していることだけは分かるが、触れようとすると、まるで避けるかのように構造体が動き回った。
周囲は真っ黒で、構造体が作り出す道を辿る事さえ難しい。こんな世界はルフィナも見たことはなかった。ザイが作り出す世界とは違う。明確なサイバー空間と言える。
「シュペル? 来てないか?」
もし上手く行っているなら、シュペルエタンダールの意識もある筈だ。ルフィナは声を上げるが、無常に声が反響するだけだった。
リンクに失敗しているのかもしれない。そうであれば、この接続行為自体に意味がない。一度覚醒すべきなのだろうが、問題は覚醒の仕方が分からない事だった。
どこに歩けばいいのか。そもそもシュペルエタンダールをどうすればいいのか。そして、他のアニマはどこなのか。ルフィナには何もかもが分からない。由々しき事態だ。思わず頭を抱える。
「ルフィナ」
不意に、紫色の光が射した。ルフィナが顔を上げると、そこに居たのは間違いなくシュペルエタンダール。しかし、明らかに現実で出会った彼女ではない。
明確な身体的成長が認められ、彼女は少々ミステリアスな雰囲気を持った立派な女性に姿を変えていた。
「お前、シュペルだよな」
「うん。ただ、私は声の出し方も知らないから……この声はきっと、貴女のイメージなのね」
鈴の鳴るように静かながら、どこか凛とした声。静けさなら確かにルフィナもイメージしていたが、予想外でもあった。
「ていうか、お前そんなにデカかったか?」
「現実での身体的成長は無い。アニマのルール。だけど、本来の私はこっち。現実の私は、きっと不完全」
「マジかよ……。ビゲンもビックリだな」
まじまじとイメージ体のシュペルエタンダールを眺めるルフィナ。ビゲンほどグラマラスな雰囲気ではないがスマートでいて、しっかりとバストもヒップも主張があった。現実の少女の身体とは全く逆だ。
服装はハッキリとしない。恐らくはワンピースだろうが、やはり全景がぼやけて掴めない。
「とにかく、研究室のアニマに話を訊かないと。これはルフィナにしか出来ない」
「タイフーンのデータを集めるのに、なんでヤツラに訊く?」
「……この行動に、クライアントから交わされた依頼内容は含まれていない」
ルフィナを僅かに見下ろしつつ、いつもの無表情のままシュペルエタンダールは告げた。
「と、いうと?」
当のルフィナは彼女の伝えようとすることが理解できないらしく、首をかしげる。
シュペルエタンダールは少々視線を真っ暗な空へ向けて泳がせると、静かに語る。
「利用された。フランスのアニマ製造に関するデータを取るために」
「ハァ!? 冗談じゃねーぞ! 仕事にならねーじゃねぇか!」
「そう。仕事じゃない。でも、こなさなければ覚醒も出来ない」
シュペルエタンダールはそう言って、暗闇の向こうまで広がる構造体の通路を眺める。行くしかない、とでも言いたげだった。
「閉じ込められたってワケかよ。上等じゃねーか。だったら、フランス軍がなに考えてるか徹底的に炙り出して帰るぞ」
ルフィナは自身の平手に拳を打ち付け、気を張り直す。
何が待ち構えているか分からないが、やるしかない。シュペルエタンダールの案内と共に、ルフィナによる対話作戦が開始された。
久しぶりの更新です。
ガリエア、忘れてないよ……!
今回からまた会話のテンプレートを昔に戻し、行間を詰めました。
以前のものに関しては随時修正して参ります。