ルフィナが歩く先は、どこまで見ても漆黒だ。建物を思わせる青白いドット状の構造体が道を作っているが、輪郭がはっきりせずに真っ直ぐ歩いているかすら分からない。
傍らを歩くシュペルエタンダールに視線を配らせるが、彼女は意に介することなく歩みを続ける。
「なぁシュペル」
ルフィナがシュペルエタンダールを呼ぶと、彼女は音もなくルフィナへ顔を向ける。
「この先に何がある?」
漆黒の闇。不気味な輝きだけが見える空間に、ルフィナは少なからず不安を覚えている。
何が待っているのか。シュペルエタンダールは知っているように振る舞っている。
「この先はユジーヌ。工場と呼ばれる場所、その概念のようなエリア」
「噂に聞いた、あの『工場』か」
「そう。ラファールの誕生で体制は少し変わって『研究所』と呼ばれている。皆が見たあの場所――そこが、私たちの居た場所」
自身の辛い生い立ちもあるだろうが、シュペルエタンダールは気にする素振りもなく話し終えた。
ラファールが生まれ、そしてその事故でシュペルエタンダールが生まれた場所。そう聞けば、あの研究所の怖じ気立つような雰囲気にも合点が行った。
人の形をした何か、人の形すらしていない何かがいたあの空間がそこなのだ。
「つまり、あのアニマ共と話すのか」
そして、これからそのアニマたちと話をしなければならない。平静を装うが、ルフィナの頬を汗が伝う。
「そう。それがルフィナの役目。私は案内役にされただけだから、干渉できない」
でも、やるしかない。シュペルエタンダールは淡々と告げる。
逃げ場はないのだ。ルフィナは固唾を飲み込み、果てなく広がる空間を見据えて拳を握る。それから重たく、一歩を踏み出した。
□
暫く歩むと、不定形の人形が視界に映った。周囲の構造物と同じく、ぼんやりと形が分かるだけだ。
「アンタ、アニマか?」
人形に問う。脳内に肯定が返ってきた。どうやら喋ることはできない個体のようだ。
「色々あって、話を聞きに来た。タイフーン……EF-2000-ANMについて何か知らないか?」
良く分からない。否定にも困惑にも似た返答が、ルフィナの頭を過る。
この不定形のアニマはタイフーンを知らないようだ。先に進んでも良いだろうが、ふとアニマはルフィナを呼び止める。
――空を飛びたい。
ただその願いをルフィナに託し、アニマは姿を消した。
「反応消失。異常に気付いた研究員が
「クソッ! 空を飛びたい……か。気持ちはいてーほど良く分かるけどな」
どうにもしようがない。ルフィナは姿を消したアニマの意思を背負い、更に工場の奥深くへ進む。
また少し歩くと、アニマとおぼしき人影がさ迷っているのを見つけた。
「なぁ、そこのアンタ」
ルフィナが声をかけると、アニマは少々驚いたように体を仰け反らせた。
『誰……? どうやってここに?』
今度は話が通じるようだ。少々ぼんやりとした声ではあるが、言葉はわかる。
「それについては後だ。EF-2000-ANMについて分かることがあったら話してくれ」
ルフィナの問いに、アニマは少々戸惑い気味に右往左往した。
十秒ほど迷うような素振りを見せて、アニマは語りかける。
『もう、彼女は起きてる。もっと近くにいる。貴方を見て、貴方を探ろうとしてる。彼女は何も知らないから』
「なんだって? どういうこと――」
『ごめんなさい。私は消えたくないの。どんな形でも、私は空に居たい。だからこれ以上、研究員にイレギュラーを見せる訳にはいかない』
頭を下げて、アニマは逃げるように走り去っていく。ルフィナが手を伸ばすが、届く事はなかった。
「……反応消失。恐らく、バイタルの変化によって気付かれた」
「クソが……! アニマたちを飛ばしてやれって伝えるために、どうやって帰る?」
『少し待ってください。
帰る方法もわからずに燻るルフィナに、声が語りかけた。空間中に響き渡るような声は、優しい語調で二人を待機させる。
すぐに、ルフィナの意識は概念の海から引き上げられた。
□
「う……。戻ってきたか?」
周囲を見渡す。椅子に座った自分自身、モニタールームの景色が広がっている。
シュペルエタンダールが座っている機材へ目を向けるが、彼女はまだ目を覚ましていなかった。
「……シュペルはどうした?」
「現在反応を探っていますが、戻ってきません」
傍らにいた一人の研究員にルフィナが訊ねるが、研究員自身困惑しているようだった。
「不正なアクセスを検知したのちに、シュペルエタンダールANMの反応をトラッキング出来なくなりました。……疑似空間からのサルベージ、不可能です」
シュペルエタンダールが帰ってこられなくなった。ルフィナの身体を、冷たい何かが走り抜けた。
「どうにかなんねーのか?」
「ムリです。反応が……」
「反応反応うるせーんだよ! どうにかしろッ!」
「やってますよ! とにかく、貴方は一度休んでください。じきに次の仕事があります」
「クソッ! 一刻も早く助け出せ。じゃなきゃ契約は破棄だッ!」
手近にあったNFIパネルを殴り付け、ルフィナは椅子から立ち上がる。
安らかな寝顔を見せるシュペルエタンダール。死んだ訳ではない。バイタルを示す心電図などは正常を示しているようだった。
だが、仕事が終わった訳でもない。シュペルエタンダールを置いてはいけない。ルフィナは通りすがりにあったモニター台を蹴りつけ、モニタールームを後にする。
仲間に会わせる顔が無い。ルフィナは右手で目元を覆い、背後で閉まったドアに力無く背中を預けた。
久々に文章書きました……。
ちょっと短いですが、今回はここまで。