ソレイユ社屋に普段の喧騒はない。しかしそれが味方であるかは別としても、人の気配だけはあった。
電源が復旧されないままの真っ暗な廊下を歩くクフィル。右手には鈍い輝きを放つ拳銃がしっかりと握られていた。
幸いにしてまだ引き金を引いてはいない。人間を救う使命を持ったアニマが人命を奪ってはいけない――それがクフィルの考えでもある。
靴音が気味悪く反響する廊下の曲がり角を曲がって、また歩く。何度もそうして進んだ。
(本当に広い。今は少し、それが憎いけれど)
普段は広さも比較的有効に使えた。今となっては、逆にそれが煩わしかった。
ふと足を止める。話し声が彼女の耳に届いた気がした。ぼそぼそと小さいものだが、遠くはないように思える。
足音を潜め、静かに発生源に歩み寄る。敵の可能性も捨て去らず、最悪は拳銃を使うことも想定し準備しておく。
声は備品室からだった。小さく扉が開いていて、覗く事も出来た。そっと覗き込むと、段ボール箱が高く積まれた部屋にスカイグレイの影。
ゆっくり扉を開き、クフィルはその影に声を掛けた。
「ルフィナ? そうですよね?」
ゆらりと動いた影。クフィルは正体を確信し歩み寄る。不意に重く風を切る音がした。
ルフィナはスタッフの一人を庇うように立ち、バールを手にクフィルを睨んでいた。その手は震えていて、クフィルを認識するなりバールは手から滑り落ちた。
「クフィル……」
緊張が一気に解けたのだろう。崩れ落ちたルフィナは、弱々しくクフィルを呼んだ。
クフィルは横たわるスタッフを確認するが、意識は残っていた。生きている。これだけの殺戮を生き延びていた。
「アタシが運んだんだ……」
「ルフィナが?」
ルフィナは小さく頷く。彼女は力無い笑みを浮かべ、語った。
「アタシさ、動けなくなってたんだ。恐くて。その時、助けてくれたんだよ。でも傷すごくてさ……ここまでなんとか運んだんだ」
ルフィナは状況を語り、だが次にはクフィルに訊ねていた。
「エイベルは?」
問われて、クフィルは斜を向く。長いまつげを伏せて、彼女は静かにかぶり振った。
「少し、いいか?」
スタッフが痛みに顔を歪めながらも身を起こし、二人のアニマへ語る。
「エイベルは生きてる。上手く行っていればだが……俺も行く筈だったけどな。アニマの航空管制が出来る味方が――俺しかいなかったんだ」
「だから残った、と?」
クフィルの問いにスタッフは頷いた。航空管制のために残って、だが負傷して管制塔には居られなかった。
何があったのかはともかく、人間の悪意が働いているのは間違いなかった。
「動くな」
冷たい声と共に扉が開かれた。慌てたクフィルとルフィナがそれぞれ武器を構えたが、そこに居たのはビゲンと暗いブルーの髪色をした少女だった。
□
「なるほど。エイベルたちは脱出済み、トムはその関係で援護のためここに来たと?」
真っ暗の食堂に集まったアニマ達と生き残った管制スタッフはF-14のアニマ、トムキャットの持つ無線機でアルナスルと呼ばれる人物と会話する。
ビゲンが問うと、アルナスルは無線機の向こうで確かに肯定した。
『トムキャット先導でウチのオペレーターがそっちに向かってるから、間違いなく突入準備をしている頃だろう。外にいる奴等は任せていい』
場馴れしているのか、それとも冷静を作っているのかアルナスルは淡々と述べていく。
それよりも、とアルナスルは話を切り替える。
『ルフィナは大丈夫なのか。状況を聞くに、相当ショッキングな光景にやられたみたいだが』
「正直危ないかと」
クフィルは横でうなだれるルフィナの背中を優しく撫でた。何一つ反応がないが、眠ろうとすると飛び起きる。
今までの強気さなど微塵もなく、今の彼女は誰よりも小さく、壊れやすい存在だった。
『なるほどな……』
ふむ、と小さく唸るアルナスル。彼は暫し悩んだ後、静かに切り出した。
『本当に辛かったら、メモリキャッシュ削除って手もある。正直こんな事は言いたくないけどな』
「アルナスル――いや、セイイチ。それはキミの考えに反するんじゃないのかい?」
『当たり前だ。アニマが単なる機械やロボットなんて思っちゃいないさ。ただ、最悪はそうした方が本人も辛くないと――』
「待てよ……」
アルナスルが言い切る前に、ルフィナは消え入りそうな声で割り入った。
しん、と静まり返る食堂。アルナスルも、その場にいる全員がルフィナの発言を待っていた。
「これを忘れたら、アタシは単なる機械に成り下がる。あの光景を忘れるってことは、この会社のために倒れたアイツらを忘れるって事だろ?」
ルフィナは手で目元をぬぐうと、ゆっくりと起き上がり無線機を睨む。
「それはアタシ的には無しだ。ツラくても、背負っていく」
『わかった。じゃあ俺から言うことは何もない。まもなく此方の部隊が突入するから、トムから離れるな。出来るなら現在位置に留まれ』
それぞれがアルナスルへ了解の意を返す。
それから長く待つこともなく、銃声が遠くで響いた。どかどかと靴音が押し寄せて、食堂のドアが勢い良く開かれる。
ライフルを構えたオペレーター達はトムキャットの姿を確認し、頷くと去っていった。
「直に電力も戻るだろう。アルナスルの話では、明日にはここを出られる。エイベルにも会える」
「本当ですか?」
クフィルの顔に、微かな安心が浮かぶ。
「ああ。詳しい話は、向こうでしよう」
拳銃をしまいながらトムキャットが言うと、ビゲンがすかさず訊ねた。
「向こうって?」
突然に電力が復旧する。音を立てて電気が点き、明るくなっていく食堂でトムキャットは髪をかき上げつつ語る。
「アメリカだ。次はキミたちもアメリカに行く」