一週間後、ボーンアロー隊は日本とロシアの国境付近を飛んでいた。日本国からアローズ社に依頼された内容は国境付近での哨戒飛行。5年前に始まった第三次世界大戦以降、ヨーロッパと戦争状態にあるロシアは日本の国境をたびたび侵犯し、敵対関係にある西側諸国の中では例外的に中立を宣言した日本との緊張が高まっていた。しかし、大災害の際に島から漏れ出した危険物質『コーラップス』による二次被害を大きく受けた日本は人口と生存圏を大きく減らしていた。この事態に日本政府は民間軍事会社へ一部業務を委託し、手の届かない場所を担当させていた。
「定時報告、侵犯機は認められず。機体に不調なし」
《こちらサンダーオウル、了解。引き続き任務を継続せよ》
「ウィルコ」
よく晴れた空をヴァイパーのフィッシュヘッドとオメガのタイフーン、エージェントのストライクイーグルが駆ける。遊覧飛行にもってこいの空だとはオメガの弁だが、同じ思いをエージェントも抱いていた。
《それにしてもあれは本当に変えなくて良かったのか?》
突然オメガがエージェントに話しかける。
「あれとは?」
《尾翼のエンブレムだよ。お前のエンブレムはこれだ!って言ってヴァイパーが勝手に決めちまったが、鉄血工造のマークそのままじゃねぇか。おかげで整備兵からは鬼火みたいだって言われて…。お前はどう思ってるんだ?》
「どうと聞かれましても…。別に私は気にしていませんが」
《ならいいさ。しかし、早く終わんねぇかな~》
オメガがぼやくのも無理はない。ボーンアロー隊はかれこれ一時間は飛んでおり、人形のエージェントはともかく人間であるオメガには疲労と退屈の色がにじみ始めていた。
《それにしても今日は一機も来ないな。今までは1日一回は飛んできてたのに》
「他の空域から侵入しているのかもしれません。楽に任務をこなせるならそれにこしたことはないのでは?」
《違えねぇ》
その後、更に15分飛び続けもうそろそろ帰投しようかという時だった。
《ボーンアロー隊、アンノウンインバウンド。方位340、高度二万六千フィート。対領空侵犯措置を行い、退去させろ》
《ボーンアロー隊、了解》
《今更かよ。玄関でお出迎えだ》
旋回して機首を指定された方位へ向ける。しばらく飛ぶと報告にあった不明機が二機見えた。
「ボーンアロー3からサンダーオウル、不明機を目視。Su-57、機数4。国籍はロシア連邦。これより対領空侵犯措置を行う」
すれ違った一瞬で不明機を識別し、報告する。サンダーオウルからは何の返事も返ってこなかったものの、エージェントは気にせず侵犯機を追い越し、翼を振りながら無線を開いた。
「警告。貴機は日本領空を侵犯している。速やかに領空から退去せよ」
無線機から雑音が響く。十秒待っても侵犯機が引き返す素振りは見られなかった。
「警告。貴機は日本領空を侵犯している。我の指示に従え」
今度も侵犯機は反応しない。その後、英語で同じ内容を繰り返すものの侵犯機からの応答は無く、ならばとロシア語で警告すれば遂に侵犯機が動いた。
《エージェント、ブレイクしろ!こいつらは敵機だ!》
ヴァイパーの声に機体を急旋回させた途端、機関砲弾が右翼ギリギリを掠める。
《ボーンアロー1からサンダーオウル、侵犯機から攻撃を受けた。交戦許可を求む》
《ボーンアロー隊、交戦を許可する。敵機を全て排除せよ》
その無線が聞こえた瞬間、エージェントは人間離れした急旋回でSu-57の後ろにを取り、マスターアームスイッチを入れた。交戦距離が近いので武装はサイドワインダーを選択し、敵機を正面に捉える。HUDに表示されたサークルが必中距離を下回り、ロックオンを報せるアラームが鳴った。
「ボーンアロー3、FOX2」
コールと同時に発射ボタンを押す。放たれたミサイルは寸分違わず命中し、敵機はエンジンから火を噴いて墜ちていった。
《エージェント、怪我はないか?》
ヴァイパーがエージェント機と機体を並走させながら確認するように聞いた。遠くではヴァイパー達に撃墜された敵機が破片をばら撒きながらくるくると海に墜ちていく。
「大丈夫です。機体にも損傷はありません」
《良かった。ボーンアロー1からサンダーオウルへ、敵機を全て撃墜した》
《サンダーオウル了解。あとはこちらが引き継ぐ。基地へ帰投し、報告せよ》
《ボーンアロー1了解。RTB》
機体を基地の方角に向ける。三分足らずの空戦ではあったが、エージェントの初仕事はこうして無事に終わった。
*
数日後、基地司令に契約満了を伝えに行ったヴァイパーを待っていた二人が出会ったのはエージェントの製造元である鉄血工造株式会社に所属する技術者だった。鉄血が拠点を置く東欧から遠路はるばる何の用かと訊ねるとエージェントのデータを回収したいという。仕事中なので手短にと頼めば、技術者はエージェントのうなじにケーブルを挿し、持っていたパソコンにデータをインストールして帰っていった。
「何だったんだ?」
「人形研究に使いたいのでは?私は実験機ですし、今後も来るでしょう」
「実験機?おまえがか!?」
エージェントの口から飛び出た衝撃的な言葉にオメガはひどく驚いたようだった。
「そうです。ヴァイパーやグッドフェロー代表からお聞きになってないんですか?」
「あー、そういえばヴァイパーが言っていたようないなかったような…」
誤魔化すように笑うオメガをエージェントが呆れた目で見ているとヴァイパーが戻ってくる。その顔は満面の笑顔だった。
「お前ら、喜べ!エージェントの初撃墜を祝って司令官が回転寿司店を予約してくれたぞ!」
「おーし、今夜はパーティーだ!…ところで人形って魚食えるのか? 」
「食べられますよ。魚でも肉でも。何でしたら勝負しますか?」
「勝負?」
普段は寡黙なエージェントからの珍しい提案に、オメガはきょとんとした顔で訊きかえした。
「寿司を多く食べた方が勝ちでどうでしょう?負けたら代金を払うということで。まぁ、人間が人形に勝てる訳ありませんが」
エージェントはそう言うと薄ら笑いを浮かべ、挑発する。無論、これに黙っていられるオメガではない。
「言うじゃねぇか。良いぜ、受けて立ってやる。大食いで負けたことは一度も無えんだ」
その後、寿司屋にてエージェントとオメガによる大食い勝負が行われ、激戦の末に僅差でエージェントが勝ったのだがそれはまた別のお話。
主人公のエージェントは本編に登場するハイエンド達の基になった人形という設定です。
ただし、あくまでも実験機なので人間のように通信機を使わなければ通信できませんし固定武装もありません。第一世代人形と第二世代人形の中間に位置する第1.5世代人形だと思ってください。
2020/12/25…改稿しました。