Doll fighter   作:佐野

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三話にしてこの投稿ペース…。次はもう少し早く投稿したいです。


目覚め

 ウクライナ西南部オデッサ州。南が海に面し大半を草原に覆われたこの土地には現在、ロシア軍に敗走したウクライナ軍の残党が最後の抵抗とばかりに集結していた。その中心都市であるオデッサ市に存在するリマンスク空軍基地へ3機の戦闘機が着陸する。

 

「東の果てから今度は西の果てかよ!」

 

 ヴァイパー達だった。日本での仕事を終えて早々、グッドフェローから次の仕事を告げられた彼らは12時間かけてこの基地へ飛んできたのだ。そんな彼らを大勢の兵士と基地の司令官が出迎える。

 

「司令のトロプチン大佐だ。オデッサへようこそ」

「ありがとうございます、トロプチン大佐。私はアローズ社のヴァイパーと申します。契約書のほうはご覧いただけましたでしょうか?」

「ああ、条件通り部屋とハンガーは用意してある。好きに使ってくれ」

 

 司令官と話したあと、用意された部屋に荷物を置いて一息つく。ヴァイパーとオメガの二人がそれぞれ自室で時間を潰す中、エージェントは一つのケースを抱えて外に出た。

 基地へ降り立った時に高く昇っていた太陽は既に水平線の向こうに消え、辺りを静寂と闇が包む中ひたすら歩く。しばらくしてエージェントは基地の明かりも遠くなった平原のど真ん中で足を止めた。

 

「ここなら問題無いでしょう」

 

 そう呟きつつ持ってきたケースを開ける。中に入っていたのは初めて得た報酬で買った黒と赤のギター。エージェントはチューニングを手早く済ませると、ケースから楽譜を取り出して弾き始める。

 

「Tonight I'm gonna have myself――」

 

 それは昔に存在した世界的バンドが歌った有名な曲だった。日本の基地で何度も聞いた為に自然と覚えたその曲をエージェントは歌い上げる。普段の、物静かで慎ましやかな振る舞いからは想像できない力強い声で。

 突然、背後から拍手が起こった。

 振り向くと一人の男が感服したという様子で拍手を贈っていた。

 

「ありがとうございます、トロプチン大佐」

「いや、こちらこそ良い曲を聴かせてもらった。お礼に一杯奢らせてくれないか?」

 

 大佐がボトル片手に誘う。エージェントとしては断る理由もないので了承すると、懐からプラスチックコップを二つ取り出し酒を注いだ片方をエージェントに渡した。

 乾杯して酒に口をつける。夜風と月光を浴びながら飲む酒は妙に美味しく感じられた。

 

「戦争が始まった時、私は家族の居るキエフにいた」

 

 酔いが回ってきたのか突然大佐が話し出す。

 

「ここには単身赴任でね。娘の誕生日くらいはと思って帰っていたんだ。突然、召集がかかって…以降は会っていない。それどころではなかったんだ。開戦当初から我が軍は押されていたから…」

 

 しばしの間、平原に虫の声が響く。

 

「……ご家族は無事なのですか?」

「分からない。だが私は生きていると信じている。帰ったら誕生日パーティーを開こうと約束したから」

 

 ボトルが風で倒れる。お開きの時間が近づいていた。

 朝のリマンスク基地に空襲警報が鳴り響く。パイロットだけでなく整備兵までもが走り回り迎撃態勢を整えている中、ヴァイパー達はダッシュで機体に乗り込むと素早く離陸した。

 

《こちら基地司令部。敵機は3グループに分かれて接近中。ボーンアロー隊は北東から来る奴らを頼む。何としてでもこれを迎撃し、基地を守ってくれ》

《任せろ。報酬を楽しみにしてるぜ》

 

 離陸から約10分後、攻撃機編隊をレーダーに捉えた。先行した機体が既に交戦しているのが見える。ちなみに中距離ミサイルはまだ基地に届いていなかったので三機とも装備していない。

 

《ボーンアロー各機へ、俺達の力を見せつけてやれ!》

 

 ヴァイパーが真正面、オメガが下方から攻めるのに対応して上から仕掛ける。機体を上昇させ、十分に高度を上げたことを確認すると機体を反転させて、呑気に直進していた敵機へ真っ逆さまに突っ込んだ。

 

「ボーンアロー3、FOX2!」

 

 サイドワインダーは設定された目標に寸分違わず命中し、敵機を鉄屑に変えた。ついでに、離れた所で被弾した味方を追いかけていた別の敵機にもサイドワインダーを放って撃墜する。

 

《傭兵か!助かった、恩に着る》

 

 離脱していく味方機を見送って空域に戻ると攻撃機は全て墜とされており、護衛の戦闘機だけが残っていた。近くにいた敵機が二機向かってくる。恐らく向こうは護衛対象がやられた仕返しにこちらを殺るつもりなのだろうが、生憎そんなつもりは毛頭ない。愚かにも真正面から向かってきた一機を機銃で屠ると、残ったもう一機が後ろに回り込んで追いかけてくる。食いついてくる敵機に右旋回のフェイントをかけてみると、相手はあっさりと引っ掛かった。最初に墜とした敵もそうだったが単調な動きをする敵が全体的に目立つ。

 

「もしやルーキーが多い?全く無茶苦茶な」

 

 とはいえ、彼らを憐れみはしても見逃しはしない。こちらの背後を再び取ろうと左に旋回する敵機の腹に潜るように機体を動かすと、相手の無防備な背中にサイドワインダーを発射。敵機は慌てて回避機動をとろうとしたが、間に合わず爆散した。

 

《基地司令部から迎撃隊へ、敵攻撃部隊の撃退に成功。逃げ帰ったロシアの連中が上に戦果報告する様を見てみたいもんだ。》

 

 それより早く帰ってギターを弾きたい。

 そう思いながらヴァイパー機に近づいて編隊を組み直した。

 爆撃を阻止してから数週間後、リマンスク空軍基地にて。

 

「なぁ、どうして俺らはゲートで突っ立てるんだ?」

「朝のブリーフィングを聞いていなかったのですか?今日は会社から人が来るんですよ」

「お前らうるさいぞ。集会の小学生じゃないんだ、もう少し静かにしろ」

 

 食堂で昼食が出される時間まで残り一時間を切ったなかで直射日光にじりじりと焦がされながらある人物の到着を待っていた三人は、こちらに向かってきた車が停車すると背筋を伸ばした。

 三人の前で止まったその車にあしらわれている鏃のエンブレムは、車にアローズ社の人間が乗っていることを示している。そしてここは戦争の最前線。このような危険地帯に来るような者は多くの社員を擁するアローズ社の中でも少数しかいない。

 まず整備士。彼らは機体の全損や半壊といった依頼元では対応できない修理の場合に出張ってくる。しかし今回は誰も被弾や事故を起こしていないので除外。

 次に航空管制官。管制が整っていない地域に彼らは派遣されるが、ここには管制官が五人居るのでこれも違う。となると、いよいよ分からない。一体誰が来るというのか。

 車のドアが開かれ、車内から人が降りてくる。その光景を緊張の面持ちで見ていた三人は、その人物に目を見開いた。驚愕の表情と共に。

 

「「グッドフェロー!?」」

「どうして…」

「指揮官としてだ。次の仕事は正規軍との共同作戦になるからな。爆撃があったと聞いたが無事でよかった」

「当たり前だろ。俺達を誰だと思ってやがる。そこらの雑魚にやられてたまるかってんだ」

 

 グッドフェローの言葉にオメガは不敵な表情を浮かべて返した。そんな会話を交わす頭上の空はいつもと変わらない澄んだ青だった。




2020/12/25…改稿しました。

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