孤独な悪魔は友達が欲しい   作:塩崎廻音

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第二話 鍛冶屋での初仕事

 ザナーラットの街は割と辺境である。それは、この国の首都から遠いから、というだけの意味ではない。海端で大きな森に囲まれている街、という条件だけ聞くと資源が豊富に思える。だが、実情を鑑みると案外そうでもないのだ。

 確かに海産物は取れるのだが、遠浅で複雑な沿岸がたたって大きな船は港に入れない。広大な森林は材木の供給源にはなるものの、畑を広げる際の妨げになる。本格的に開発が進めば話は違うのかもしれないが、根本的にそれほど住みやすい環境ではないのだ。

 そして、そんな辺境に優秀な奏術師は集まるはずもなく、余計に街の開発は遅くなる。この世界の技術は基本的に奏術に依存しているため、奏術しなくては街の発展は望めない。

 例えば、火種のないところから火を起こすこと。例えば、水の浄化。例えば、五穀豊穣への祈り。

 奏術は、出来る現象の規模自体はそれほど大きくないものの、生活のあらゆる部分に組み込まれている。異世界人である僕からすれば便利に過ぎる奏術の存在により、『人の技術』の発展は酷く遅れているのだ。だから、人力だけで社会生活を営むことはほとんど不可能だ。

 もちろん、奏術それ自体は素晴らしい技術であり、用途によっては既に元の世界よりも発展している面もある。豊穣への祈りが具体的な結果につながるところなんかはその代表例だろう。

 だが、それ故に格差の広がりは元の世界の比ではないのだろうと思う。曲がりなりにも資源に恵まれたこの街はまだましな方で、山奥の村が飢餓や狼の襲来で文字通り全滅するなんてよくあることらしい。

 

 で。

 実は僕はかなり優秀な奏術師である。

 奏術の腕前は楽器の腕前に比例する。そして、僕は元の世界では落ちこぼれであったものの、それは長い歴史の中で演奏技術が高度に発達した現代での話である。この世界のトッププレイヤーと比較するならともかく、在野の一般的な奏術師に比べればずっと演奏技術は高い自信がある。

 そして、基本的に辺境であるこの街に優秀な奏術師はほとんどいない。いたとしても領主代行の部下として働いているなど、庶民の仕事に関わるような立場にいない。

 

 つまり、ちょうどよく手元に転がってきた奏術師は待望の万能即戦力であるはずなのだ。

 

***

 

 拝啓、ハルミアさん。

 澄み渡る青空とポカポカとした陽気が心地いい今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。お元気ですか?元気ですよね、さっき会った時は元気でしたもんね。

 僕は今、全く元気じゃないです。

「…お前、ここに何をしに来た、悪魔(フィーブル)!」

 鍛冶屋のお弟子さんである青年、カントルさんがそう言って僕を強く睨み付ける。

 ハルミアさん、さっきは頑張るって言ったけど前言撤回です。無理、これは無理。だってどう見ても警戒を超えて敵意とかあるでしょう、これ。

 

 事の発端は僕が鍛冶屋に着いた頃に遡る。すがすがしい朝の日差しの中、僕は工房の入り口から控えめに、かなり控えめに声をかけた。

「…こんにちは。歌の宿のマコトです。ご依頼の件で参りました」

 しん、と静まり返った工房の中からは何の返答もない。

 …あれ、もしかして何か間違えた?そう思って依頼書を取り出して確認するが、やはり時間は仕事始めと指定されている。だったら、早く来過ぎたのだろうか。

 この世界では正確な時間というものは定められていない。時計がまだ発明されていないからだ。なので、どうしても依頼の指定時間があいまいなものになってしまう。仕事始めの時間、昼、日が沈む前など。今日は仕事始めに、と言われて来たのだが…

「あの、すみません。どなたかいらっしゃいますか?」

 もう一度、さっきより気持ち大き目の声でそう呼び掛ける。やはり返答はない。予想していなかった事態に体が少し震えてきたのを感じた。

「どうしよう、どうしよう、困った…」

 途方に暮れた僕は、工房の入り口付近に座り込む。

 僕には依頼書以外の情報がないから工房の主、ゴナさんに会わないと何もできない。それ以前に、勝手に工房に入るのはダメだ。前にそれをやって盗人扱いされかけたことは忘れていない。

 つまり、今のこの状況は僕にはどうしようもないという事だ。

 ため息をついて、空を見上げる。ああ、空はあんなに青いのに、僕の心はどんより曇り空です。

 道行く人が僕の姿を見てぎょっと道を変えていくのが悲しい。

「…おい、あんた、何やってんだ?」

「ふわっ!」

 不意に、背後から声をかけられた僕は飛び上がった。

 声の方向に目を向けると、訝し気な表情の青年が工房から顔を出していた。

「え、あ、その…」

 急なことに上手く声が出ず、僕はワタワタと手を振ってそんな言葉にもならないような声を漏らした。

 そして、そんな僕の様子を見た青年の表情が一気に険しいものに変わっていく。

「お前、悪魔(フィーブル)!」

 青年は、叫ぶようにそう言った。

 悪魔(フィーブル)というのは僕の奏術の腕前が知れ渡ってからよく言われるようになった呼び名だ。意味合いとしては悪い魔法使いとか、悪さをする怪物とかそんな感じらしい。なるほど確かに、何処から来たのかもわからない、奏術の腕前だけは群を抜いている怪しいやつを呼び表すのには最適な言葉だ。

 やめて。

 彼の目つきはよく見た覚えがある。自分たちとは違う、異質な存在を見る時の目。前の世界ではよくクラスメイトにそんな目で見られていた。

 彼のそのまなざしに、思わず体が萎縮してしまう。くしゃり、と握りしめた手の中で依頼書が丸くなる。混乱した思考のなかで、僕は半ば無意識にその依頼書を彼に突き付けていた。

「あ、あの、これ、依頼で…」

 その瞬間、彼はわずかに怯えた表情を見せ、大きく後ずさった。その反応に、僕は今さらながら自分の行動が失敗であったことに気付いた。

 つい元の世界の基準で考えてしまうが、この世界の識字率は低い。ハルミアさんは例外だが街の人のほとんどは文字を読むことができなかった。この依頼書も、内容を聞いたハルミアさんが代筆したものだ。

 つまりこの状況は彼にとって、悪魔と呼んだ相手がなんだかわからないものが書かれた紙を突き付けてきたという事である。

 呪いをかけられるとでも思ったのだろうか、彼はビクリと震えて表情をこわばらせた。

「…何をする気だ」

 じりじりと後退しつつ、彼はそう言って僕を責める。どうしよう、僕自身は何もする気はないのに、何を言ってもそれが伝わる気がしない。

「お前、ここに何をしに来た、悪魔(フィーブル)!」

 彼のその叫びに、僕は思わず泣きそうになってしまった。どうして、僕は何も悪いことしてないはずなのに。

 その時である。

「…おい、カントル。何を騒いでやがる」

「オ、オヤジ…」

 工房の中から厳つい風体の男性が一人現れた。恐らく彼は、鍛冶屋の主人、そして依頼主であるゴナさんであろう。

 ゴナさんは怯えた様子の弟子、カントルさんを見た後、僕の方に視線を向ける。そして、得心がいったという風にため息をついた。

「…カントル、こいつは俺が呼んだ。警戒しなくていい」

「はあ?!オヤジ、悪魔(フィーブル)を呼ぶなんて何考えて…」

「こいつはこれでもハルミアの宿の一員だ。無駄に波風を立てるんじゃねえ」

「でも…」

 カントルさんはまだ納得してなかったようだが、ゴナさんはそんな彼を放って僕の方に向き直った。

「おいあんた、突っ立ってないで中に入りな」

「…あ、はい。分かりました」

 ゴナさんに連れられて工房の中に入る。依然として僕を睨み付けてくるカントルさんが怖いけど、務めて無視することにした。

 …うう、ハルミアさん、助けてください。

 

 こっちに来てから数か月、この世界についてもそれなりに詳しくなったと思う、多分。

 元の世界と違って『奏術』という不思議パワーのあるこの世界は僕の目から見たらとても不思議だ。ただ、その不思議さは最初に僕が思っていたのとはちょっと違っていた。

 確かにこの世界の技術は奏術に依存している。料理などはいい例だ。火を奏術で操ることができるため、火加減に関しては元の世界よりずっと繊細に調節することができる。一方でそれは、火加減という基礎的な技術が奏術に大きく依存するという事でもある。味覚だったり味付けのセンスだったりが優れていても奏術が十分に使えなければ一流のシェフにはなれないということだ。これは鍛冶屋なんかも同じらしい。

 つまり、その道の一流になるにはある程度の奏術が使えなければ話にならないのだ。

 尤も、奏術がなければ何もできないと言う訳ではない。料理だって火を操ることが出来なければ火種だけ用意して薪を燃やす選択肢もある。水を汲み上げるのに奏術は使うが、桶が作られないわけではない。

 だから、優秀な奏術師がいない場所ではどうしようもない部分だけ奏術を使い、後は手作業でやりくりするというのが一般的みたいだ。奏術が得意な人は本当に少ないが、使えない人間もまたほとんどいない。親が子に真っ先に教えるのは歌の歌い方であり、祈りが届かないほど歌がヘタな人間は少ないのだ。

 そんなわけで、奏術というファンタジックな現象がある割にはこの世界のあり方はそこまで元の世界とかけ離れているわけではない。少なくとも日常生活では、そしてこの街みたいな辺境では、「何でもかんでも奏術!不思議!」みたいな感じではないようだ。

 

「あんたに頼みたいのはここの掃除だ。適当にやっといてくれ」

「……」

 ゴナさんが指定した工房の一角には、おそらく製錬した鉄鉱石の屑と思しき岩石の山があった。しかも、その山の高さは僕の身長を超えるくらい。

 この世界では、鉄鉱石は高炉ではなく奏術で製錬する。だから、基本的に専業の製鉄業というものは存在しない。大体が、鍛冶屋の仕事の一部として行われるものらしい。この屑石の山はその時の製錬屑だろう。それがここにあるのはおかしいことではない。

 ただ、量が多すぎる。多分これ一回もこの製錬屑を処分してないでしょ。

「…えっと、どこかに運び出せばいいのでしょうか?」

「好きにやってくれ。この屑石が無くなればあとはどうでもいいさ」

「どうでもいいって…」

 一番困る返答だ。まさか工房の裏に運び出せばそれでいいと言う訳でもあるまい。

「じゃ、あとは頼んだ」

「あ、あの、ちょっと…」

「仕事の邪魔だけはしないでくれよ」

 そして、ゴナさんはそれだけ言って工房の奥へと戻っていった。結局どう処分すればいいのかも、いつまでにやればいいのかも指定はない。

 さらに言うと、これは奏術師向けの仕事ではない。というか、屑石なんて荷車でも何でも使って人力で運び出せばいいわけで、わざわざ奏術を使うまでもない。まあ、重量軽減で運びやすくはするかもしれないが。

 いや明らかにこれ、体のいい厄介払いでしょ。

 ゴナさんはさっき僕はハルミアの宿の一員だから無碍に扱うな、みたいな趣旨のことを言っていた。多分この依頼もハルミアさんの顔を立てて必要ないのに出したものだろう。一応、依頼自体は本物であるためハルミアさんへの申し訳は立つ。僕の心情は全く勘案されていないけど。

 依頼をこなしているのは街の人たちと仲良くなるのも目的の一つであるため、この扱いはちょっと悲しいものがあった。

「…と言っても、どうしようもないんだけど」

 ここで仕事に文句を言っても始まらない。いくら無体な内容とは言え依頼は依頼だ。いきなり文句を言ったらますます不興を買ってしまうだろう。

「うう、何とかやるだけやってみるしかないかなあ…」

 これだけの量の屑石を運ぶとなると、重量を軽減しても大仕事だ。荷車がどこかにあるといいのだけど、あいにく工房には置いてないし借りる当てもない。

 だったら、奏術で浮かせて運ぶか。ただ、これだけの量を操るのはそれなりにしんどいし、もし街中で奏術の演奏が途切れて屑石をばらまいてしまったら大問題だ。量の問題は小分けにすれば解決するが、演奏を途切れさせずに移動するのは大変だ。

 そもそも、これをどこに運び出せばいいのかという問題もある。

「…いや、問題しかないよ」

 考えるほどに頭が痛い。思わず、現実逃避のように空を見上げてしまった。

 晴れ渡る、青い空。憎らしいほどい、雲一つない。

 その澄んだ空の遥か高くに、鳥よりもはるかに大きな生き物が飛んでいるのが見えた。

 (オーゲル)だ。

 山のごとき巨体を自在に操り、巨龍は風のように空を飛んでいく。

――ぅるおおおぉぉぉぉぉぉおおおお……

 歌うような、長い長い咆哮が聞こえる。いや、聞いたところによると実際にあれは歌っているらしい。

 空に浮くというのはとても大変なことである。鳥が空を飛べるのはその体が非常に軽いからであって、翼があるからではない。仮にクジラに翼が生えてもクジラは飛べないだろう。

 もちろん、クジラよりもさらに大きいあの巨龍は本来であれば飛べるはずがない。

 ただ、この世界には奏術という不思議パワーがあって、(オーゲル)もこの奏術を使うことができる。物理的に不可能な事象であっても、奏術の祈りの力によって叶えることができる。(オーゲル)は、常に歌い続けることで空を飛んでいるのだ。

 途方もなく聞こえる話だが、実際のところ奏術で空を飛ぶことだけを考えるとそう難しい話ではなかったりする。少なくとも、自分と同じ重量の荷物を奏術で持ち上げるのと奏術で空を飛ぶことを比べると飛ぶ方が圧倒的に楽なのだ。即物的な願いよりも夢見がちな願いの方が祈りの力で叶えるのに向いているのだろうか。

 ただ、飛び続けるためには歌い続ける必要があって、少しでも歌が途切れれば即座に墜落してしまう。流石にそんな命がけの飛翔を真似する度胸はない。(オーゲル)の本当にすごいところはそれを可能にしてしまうところだ。

「…でも、良いな。ああやって自由に空を飛び回れるのは」

 ただ飛ぶだけなら簡単に真似できる。でも、あんな風にしがらみもなく自在に空を飛び回ることなんて到底できそうにない。前の世界にいたときから、ずっとそう。

 屑石の山に目をやって、ため息を一つ。今だってそうだ。こんな石の山一つに四苦八苦して、街の人から悪魔(フィーブル)なんて呼ばれて。全然自分の思い通りに生きることができない。

 本当、つまらない。

「君たちも、勝手に空に飛んでいっちゃえばいいのに」

 思わず、屑石の山に向かってそんな言葉を投げかける。もちろん、ただの石ころにそんなことを言っても意味ないことは分かってるんだけど。

「…って、ん?飛んでいっちゃう?」

 そこで、僕は一つの可能性に気付いた。屑石を奏術や荷車で運ぶよりもずっと簡単な回答に。多分、これがうまくいけば今日中に、それどころか午前中にでもこの石の山は片付けられるだろう。

 そうと決まれば、善は急げだ。僕はケースからヴァイオリンを取り出して、調弦を済ませる。必要なのは、舞い踊る風のような一曲だ。そしてそれは、ヴァイオリンの得意とする曲調でもある。だったら、これが成功しない理由はない。

――あっと驚かせてやる!

 さっきまで落ち込んでいた自分が嘘のように、僕は自信に満ちていた。この石の山をとっととかたずけてしまえば、ゴナさんも僕の手腕を認めざるを得ないだろう。そうなれば次の仕事は貰えたも同然だし、また一歩街の一員に近づけるだろう。

 だから、この演奏を全力で神さまに届けて見せる。

 そう意気込んで、僕は風のような祈りの一曲を弾いた。

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