孤独な悪魔は友達が欲しい   作:塩崎廻音

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第三話 悪魔(フィーブル)

 ゴナにとって、マコトの存在は少々不愉快なところがあった。

 マコト自身が何か悪さをしたわけではない。だが、その姿を見ていると忘れたかった昔の悪い思い出を掘り起こされるような気分になるのだ。

悪魔(フィーブル)

 カントルに対してはむやみに呼ぶなと言ったものの、それはゴナにとっても無視できない呼び名だった。何しろ、かつてゴナ自身が本当の悪魔(フィーブル)に出会ったことがあるからだ。

 もう二十年以上も前のことになる。この街に一人の少女が現れた。彼女はその歌でもって街の人間を惑わし魅了し、多くの若者を自らの傀儡としてしまった。ゴナも、その時に魅了され操られた一人であった。

 少女はその姿も歌も本当に魅力的だった。月下に歌う彼女の姿を見たゴナは、たった一度で完全に魅入られてしまった。操られた後の記憶はほとんどない。ただ、ふわふわと心地よい感覚に浸っていた気はする。

 最終的にその少女、悪魔(フィーブル)は街の皆によって力を封印され、海辺の洞窟に閉じ込められた。そして、魅入られていた若者たちも全員が解放された。だが、いつの間にか歌に魅入られ操られてしまったという事実は彼らの心に言いようのない恐怖として残った。

 ゴナ自身、それからしばらくは他人の歌を聞くとめまいがして逃げ出したくなったし、自分の歌にすら恐怖を感じることもあった。今でこそその恐怖は克服したものの、当時は炉の火力を調整するのに必要な歌をうまく歌えないという事で鍛冶の修行に支障が出て大変だった。

 ゴナと同年代の男性の多くは彼と同じような過去を抱えている。だから、どこかあの悪魔(フィーブル)の面影を感じるマコトの存在は彼らにとってあまり愉快な存在ではないのだ。奏術が巧みであることも、むしろ不愉快さに拍車をかけていた。

 屑石の掃除、なんてとってつけたような仕事でマコトを遠ざけたのもそんな事情があってのことだ。別に出来ない仕事を与えてケチをつけようなんて考えていない。ただ、マコトが自分の周りに居続けるのは御免だった。

「…あの、ゴナさん、ちょっといいですか?」

 だから、屑石の掃除をしろと言って遠ざけていたはずのマコトがゴナに話しかけて来たときは苛立ちを隠せなかった。確かに出来もしない仕事を与えたのだから最終的には諦めて自分に声をかけるだろうとは思っていた。ただ、そのタイミングはゴナが予想していたよりもずっと早かったのだ。

――ったく、根性のない…

 根気、根性というものが仕事をするうえで最も大切であるというのがゴナが生きてきた中での教訓だった。悪魔(フィーブル)によって自身の歌が奪われたときも、根気強く恐怖に向き合うことで克服できた。その「根気があったからこそ、あの事件があってもこうして一人前の鍛冶屋になることができたのだ。

 だから、出来そうにないからと言って早々に諦めたマコトに対してゴナは失望のような感情を抱いた。無謀な仕事を押し付けたのはゴナ自身であるが、それでも与えられた仕事に根気よく立ち向かうのが一人前の証だと考えていたからだ。

――…頑張り次第じゃあ、少しは認めてやっても良かったんだがな。

 ゴナは自分のその考えが身勝手なものだとは思っていなかった。自分がかつて身に染みて体感したように、世界は往々にして理不尽なものであるのだ。これくらいの試練はむしろかわいいものだ。そう思っていた。

 ただ、ゴナはその理不尽が今自分に向かって降りかかる可能性を考慮していなかった。

「なんだ、もう諦めたのか?いくら奏術が達者でも根気強さがなけりゃあ…」

「あの、終わりました、掃除」

「…はあ?いやちょっと待て、理解できなかった。もう一回言ってくれ」

「えっと、その、製錬屑の処分が完了したので、報告に参りました」

「……嘘だろ」

 予想だにしていなかったマコトの言葉に、ゴナは愕然とした。

 信じられない、というのが最初に抱いた感想だ。屑石は滅多に処理しないので、あの山の処分にどれだけの時間がかかるかはゴナ自身正確には把握していない。ただ、一日二日で簡単に終わる量でないことは確かだ。

 記憶が正しければ、荷車を牽いて街の外の廃棄物置き場まで持って行く、その一往復だけで半日くらいはかかったはずだ。仮にロバまで借りて牽かせたとしても何倍も速くなったりはしない。

 だから、こんな短時間であの屑石の山が無くなるはずがない。だが、そんなことは確認すればわかることで、そんなすぐわかる嘘を付く意味はない。

「…確認させてもらう」

「あ、はい。お願いします」

 ゴナの目から見てマコトが嘘をついているようには見えなかった。確認すると言っても動揺した様子はない。だが、だったら処理が終わったというのが事実なのだろうか。ゴナの混乱は頂点に達していた。

 

***

 

「…嘘だろ、おい」

 屑石置き場を確認したゴナさんの口からそんな言葉が漏れる。思わず、と言った感じだ。無理もない。僕もついさっきまではこんなすぐに屑石を片付けられるとは思っていなかった。

 ゴナさんは呆然と言った感じで屑石があった場所に足を踏み入れ、何かが隠れているんじゃないかとでも言うかのように宙に手をさまよわせる。そして、きょろきょろと周りを見回した後、工房の外に出ようとした。屑石の行先を探しているのだろう。

「…ゴナさん、そちらにはないですよ」

 一応、控えめに声をかけておく。ただ、あの様子だと聞こえてないかもしれない。実際、ゴナさんは僕の言葉を意に介すこともなく工房の外に出て行ってしまった。

――驚かせてやろうとは思ったけど、効きすぎちゃった。

 あそこまで呆然とされると流石にしてやったりという気にはならない。それどころか、別に悪いことはしていないのに申し訳ない気さえしてくる。まあ、元はと言えば無体な仕事を投げてきたゴナさんが悪いんだけど。

 しばらく待っていると、周囲をあらかた確認し終えたらしいゴナさんが戻ってきた。まだちょっと呆然としている。驚きすぎではないだろうか。

「これで言われていた分は終わりですが、他にすることはありますか?」

 一応、そう聞いておく。元々厄介払いのための仕事だったろうし、終わった後のことは考えてないだろうな、とは思うけど。

 ただ、ゴナさんはそんな僕の疑問を無視してこう問いかけてきた。

「…一体どうやった?」

 なるほどその疑問はもっともだと思う。僕だってあれを思いつくまでは絶対無理だと思ってたし。そして、それを説明することに抵抗はなかった。どうせ大した技でもないのだ。

「ああ、それはですね、鳥にして飛ばしちゃいました」

「は?」

「いやその、奏術で屑石を鳥に変えて、裏の塀の上から、ササッと」

 身振り手振りを加えて説明するが、ゴナさんは何を言っているのか分からないといった感じだ。どうしようか、ちょっと実演してみた方が早いだろうか。

「…ちょっと待ってください」

 そう言って、もう一度ケースからヴァイオリンを取り出す。適当に調弦した僕は、さっき屑石を取りに変えた曲をもう一度演奏した。ちょっとしたサプライズも込めて、ゴナさんが作業着に入れていた小さめのハンマーを鳥に変える。

 突然自分の作業着から鳥が飛び出したゴナさんはびくりと身を固くして後ずさる。その驚きように気を良くした僕は、鳥を操って傍らの机の上に着地させた。

 演奏を止めると、鳥は元のハンマーに戻る。ゴナさんは再び呆然としてその様子を見つめていた。

「こんな感じで、屑石を全部変身させました」

 石を生物に変える、なんて言うと何処の魔法使いだよって感じだが、実はそんなに難しいわけではない。やってみたら意外と普通にできてしまった。

 よく考えたらそれも当然のことだ。何せ、物を運ぶことを表現した曲なんてものはまず存在しないが、鳥や獣を表現した曲はごまんとある。中には、物を生物に変える魔法使いの話をテーマにした曲だってあるだろう。

 つまり、物を運ぶより物を生き物に変えるほうが奏術にとって自然な使い方と言えるはずなのだ。やはり、夢見がちな願いほど奏術には向いているのだろう。

 ちなみにもちろん、人間を変身させるのは無理。他人を害する願いは聞き届けられないのだ。

 そんなわけで、屑石自身に移動してもらうことで僕は大量の屑石の山を簡単に運ぶことができた。ちなみに、運び先は街中で見かけたハルミアさんの宿の宿泊客に聞いた。あの人たちは肉体労働が主な仕事なので、こういう廃棄物の処理方法には詳しいのだ。

「――という感じです。嘘ではないですよ?」

 一通り説明を終えた僕は、ヴァイオリンをケースにしまってゴナさんに向き直った。これで納得してもらえただろう。そう思っていたのだが、僕の説明を聞いたゴナさんは信じられないようなものを見る目になっていた。

 あ、あれ?

「あ、あの、ゴナさん…」

「…悪魔(フィーブル)

 ゴナさんが呟いたその言葉に、僕は自身の失敗を悟った。

 カントルさんへの対応でゴナさん自身は僕に何の隔意も持っていないと思っていた。だけど、たぶん実際にはゴナさんも僕を強く警戒していたんだ。そして、そこで僕は物を鳥に変える奏術を披露した。しかもご丁寧に、ゴナさんの身に着けていたハンマーを対象にして実演までしてしまった。

 多分ゴナさんにとっては、僕は他人を動物に変えて楽しむ悪魔(フィーブル)に見えているのだろう。

「あ、ち、ちが…人は、その…」

 僕は慌ててゴナさんの認識を否定しようとする。でも、動揺した頭は上手く言葉を紡いでくれない。さらに、そんな僕の様子を見てますますゴナさんは警戒を露わにする。

 どうしよう、どうしよう、誤解されてるよ。

「あ、あの…」

「…依頼は終わりだ。報酬は色を付けておく。だからもう帰ってくれ」

 それは、明確な拒絶の言葉だった。

 ゴナさんから感じる強い警戒と恐怖の感情に、僕は説得を諦める。多分、誤解とかそういうのは今は関係ない。ここで食い下がってもますます怖がられるだけだ。

「…分かりました。失礼します」

 そう言って、僕は工房を後にする。

 馬鹿だった。浮かれていた。驚かしてやろうなんて意気込んでいた自分が恥ずかしい。そうやって余計なことをして、ゴナさんを怖がらせてしまった。悪魔(フィーブル)なんて呼ばれるのも自業自得だ。

 気がつけば僕は、何処へとも知れず無我夢中で走り出していた。とにかく今は、どこか別の場所へと逃げ出したかったのだ。

 

***

 

「くふ、やった、やった!」

 何処とも知れぬ暗い空間で、その少女は歓声を上げた。

 大の大人が小さな子供に恐怖し、有無を言わさず工房から追い出す。その光景の何と心地のいいことか!

 望んでいた筋書き通りに事が運んだ嬉しさに、少女は愉快そうに笑った。

「ふふふ…これでまた一歩、堕落が進むわね」

 そう言って、少女はもう一度ゴナに視線を向ける。彼はマコトを冷たく突き放して追い出したことに何の罪悪感も抱いていないように見えた。マコトに明確な非はなかったというのに。

 恐らく、彼にとってマコトが悪魔(フィーブル)にしか見えていないからだろう。悪魔(フィーブル)であれば排斥しても良心が咎めることなんてない。

 

 ああ、何と愚か。あんな小さな子供が悪魔だなんて。

 本物の悪魔(フィーブル)はここにいるというのに。

 

 悪魔(フィーブル)の少女はくすくすと笑う。

 ゴナがマコトに恐怖し追い出した原因は少女にもあった。少女は悪魔(フィーブル)の力でもって街の人間の警戒心や猜疑心を煽っていたのだ。尤もそれは、元々あった敵意を少し強める程度の物でしかなかったけど。でも、それだけでも街の人間がマコトの排斥を進めるのが少女には愉快で仕方なかった。

「でも仕方がないわよね。だってあなたたちはこんなにも、愚かで醜いもの」

 そう言うと、悪魔(フィーブル)の少女は楽しそうに歌う。人々の負の感情を操り、自らの望みどおりにしてしまおうという思いを込めて。そしてその思いは祈りとなって世界に伝播していく。

「さあ、もっともっとあの子を疑いなさい。恐れなさい」

 無邪気な悪意が少女の歌にのって拡がっていく。そしてその歌声が、街の人々の心をより暗い方向へと導いていく。

「そしてあの子を排斥なさい。それが私の願いだもの」

 少女の瞳が夢中で走るマコトを捉える。ああ、あの子がああやって泣きながら街を去るのはいつになるのだろうか。その日が待ち遠しくて仕方がない。

「知ってるわ、その日がもうすぐだって」

 そう言って、悪魔(フィーブル)は再び楽しそうに笑った。

 まるで星に夢見る少女のような笑顔で。

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