孤独な悪魔は友達が欲しい   作:塩崎廻音

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第四話 月下の歌姫

 本当に、最悪。

 ゴナさんに拒絶されたことは僕の中に深い爪痕となって残っていた。あの後もレストラン、肉屋と二つの仕事があったのだが、鍛冶屋での出来事を引きずっていた僕はそのどちらでも細かい失敗を重ねてしまった。

 レストランのシェフも肉屋の主人も比較的僕に好意的な人たちで、僕の失敗に関してもむしろ体調を心配してくれたくらいだ。だけど、その優しさに僕は自己嫌悪で泣きそうになってしまった。

 だって結局は、自業自得だから。

 違う世界に来て、凄い奏術師だなんて言われているうちにきっと思い上がっていたんだ。そもそもの話、凄いのは元の世界の発達した演奏技術であって、僕自身の才能や努力なんてそう大したものじゃないのに。なんて不遜。

 だからあんな風に自分の力を見せびらかして、結果としてゴナさんを怖がらせてしまった。僕が警戒されて悪魔(フィーブル)なんて呼ばれるのも当たり前、身から出た錆なんだ。

 そんな風に、思考がどんどん暗い方へと沈んでいく。

「これじゃあ、ハルミアさんに合わせる顔がないよ…」

 ハルミアさんはきっと認めてもらえると言ってくれた。なのに、結果はこのザマだ。愚かな思い上がりのせいで、僕はハルミアさんの期待を裏切ってしまった。

 そんな思いが宿へ向かう足取りを重くする。僕が宿に帰り着いたころには既に日はほとんど沈む直前だった。

 入り口から顔を半分だけのぞかせて薄暗い宿の中を伺う。取り敢えず、見える範囲にはハルミアさんの姿はない。今のうちに、見つからないように、さっさと自分の部屋に戻ってしまおう。

 そう思って一歩踏み出そうとした僕の目の前に。

 厳つい毛むくじゃらの顔がぬっとあらわれた。

「ふぎゃあぁぁぁぁぁああああああああっ!!」

「うぉっ!なんだなんだ?!」

 予想していなかった事態に思わず叫び声をあげて飛び上がってしまう。

 びっくりしたよ。すごくびっくりした。

 よくよく見てみるとその顔は見知った人の物だった。僕と同じくハルミアさんの『歌の宿』に泊っている客の一人で、毎日のように誰かと喧嘩している酒癖の非常に悪いおじさんだ。名前は確か、ハポルテナさん。

「…びっくりした。驚かさないでくださいよ、ハポルテナさん」

「いや、それは俺のセリフなんだが」

 そう文句を言ったところで気付いたのだが、彼にしては珍しくお酒を飲んでいない。酔った時のハポルテナさんは本当に粗暴で話が通じないのでとても助かる。

 とはいえ、ちょっと不思議に思う。ハポルテナさんは無類の酒好きで、周りが止めるのも無視して呑んでは問題を起こす厄介者だ。少なくとも、理由もなく酒断ちをするような殊勝な人では断じてない。

「…お酒、呑んでないんですね。どうかしたんですか?」

「おうよ。それはな、お前を待ってたからだよ」

「僕?え…いや、なんで?」

 ハポルテナさんの言葉に思わずそんな言葉を返してしまう。だって、彼が僕を待つ理由が思い浮かばなかったからだ。

 基本的に僕は他の宿泊客との親交はない。というのも、宿で会うときの彼らは皆大抵は酔っぱらっていて、そういうときの彼らは基本的に粗暴で手に負えないのだ。よく殴り合いのケンカもしているし。たまに上機嫌な時もあるけど、僕は酒は飲めないし特技も奏術以外にないのでそういう時には歓迎されない。

 つまるところ、彼らから見た僕は、真面目腐ったつまらないおチビ程度の物だったはずなんだけど。

「…また何か企んでいるんですか?」

 一度だけ、奏術で酒をちょろまかそうと企んだ彼らに引き留められたことはあった。すぐに断ってハルミアさんに通報したからけど。珍しく激怒したハルミアさんにこってり絞られてもう懲りたもんだと思っていた。

「いやいや、ハルミアに頼まれてたんだ。坊主をよろしくって。だから、今からお前を楽しいところに連れてってややるよ」

「坊主じゃないって言ってるでしょ!ちゃんとマコトって呼べ!……って、楽しいところ?」

「おうよ。とっておきだぜ」

「とっておき」

 申し訳ないが彼らがそんなに素敵なところを知っているとは思えなかった。何せ、暇さえあれば酒を飲んで暴れているような人たちだ。ハルミアさんがいなかったらとっくに街を追い出されていたと思う。

 で、そんな人たちが言う「とっておき」とは。

「僕、お酒は飲めませんよ」

「知ってるっての。まあ今日は酒は関係ねえよ」

「……それに、今日はそんな気分じゃないんです」

「おい、お前ら。坊主が返ってきたぞ!」

 正直まだ鍛冶屋のことを引きずっていたのでやんわりと断ろうとしたのだが、この人は僕の訴えを全く聞いちゃいない。

「あ、あの、ハポルテナさん。僕はあまり行きたいわけじゃ…」

「おいおい、遠慮すんなって!一度行けば病みつきになるぜ?」

「いや、だから…」

「まあ、俺も最初はちょっとビビってたからな。でも慣れれば楽しいんだ、これが」

「ちょっと」

 やはりハポルテナさんは聞く耳を持たない。そして、そんな押し問答?をしているうちに奥から何人かの宿泊客の人たちが現れて、僕たちを囲んでいく。この人たちは大体背が高くて厳つい顔をしているので、僕はその威圧感に何も言えなくなってしまう。

「おし、じゃあ行くか!」

 そして、ハポルテナさんの無情な掛け声によって僕はその『楽しいところ』とやらに連行されていった。

 …いや、何処に行くんだよ。教えて。ねえ。そもそも行かないって言ってるんだけど。聞いて。

 

「本当に、最悪!」

 そう叫んで、近くにあった小石を思い切り蹴飛ば…そうとしたけど空振る。そのことに余計に苛立った僕は、その石を強く踏みつけた。

 ああ、苛々する。

 苛立ちの原因は僕をここに連れてきた宿の大馬鹿者たちだ。彼らの言う「とっておき」が僕にとって楽しいものになるとは欠片も期待していなかった。だけど、まさか彼らがここまで馬鹿だとは思っていなかったのだ。

 そもそも、もう日が暮れるというのに街を出たあたりからかなり嫌な予感はしていた。街の外にある物なんて市場か安い酒場くらいしか思い当たらなかった。だが、どちらも夜は開いていない。じゃあ一体何処に連れて行く気なんだと戦々恐々していた僕だったが、たどり着いた先は僕の想像を超えた場所だった。

 もちろん悪い意味で。

 だって普通『娼館』に連れていかれるなんて思う?

 僕がハポルテナさんに殴りかかったのは当然の帰結だと思う。全然堪えてなかったけど。ムカつく。というかこの人は一体僕を何だと思っているのか。

 僕はハポルテナさんに強く抗議したけど彼は全く意に介さなかった。何だよ、「腹をくくって試してみれば案外気に入るかもしれねえぜ?」って。試すわけないでしょ。

 しかも、彼らは僕のことを放置して、思い思いに自分のお気に入りらしい女性と連れ立って中へと消えていってしまった。ハルミアさんによろしく頼まれたって言ってたの忘れてるでしょ。僕のことを口実にして自分たちが楽しみに来ただけでしょ。初めて来た場所に一人で取り残された僕の気持ち分かる?娼館のお姉さんたちにものすごく気の毒そうな目で見られたんだけど。

 そんなわけで、怒り心頭に発した僕はお姉さんたちの制止も振り切って娼館を飛び出してきたのだ。大丈夫、お気遣いなく。奏術があれば大体何とかなるので。

 月明かりの下をずんずんと進む。暫くすると夜の涼しい風で頭が冷えた僕は、今晩はどうやって過ごそうかと考え始めた。

 もう日が沈んでしまった今の時間、街の門は閉まっていて中に入ることができない。いや、正確には奏術で飛んで城壁を飛び越えることは出来るんだけど。ただ、城壁を勝手に飛び越えるような奴がどう扱われるかなんて想像に難くないのでやろうとは思えない。完全に外敵。かと言って、娼館に戻って一晩泊めてもらうというのも気が進まなかった。

「はぁ…」

 思わずため息が出る。最近は匪賊や野生動物の類はほとんど出ないらしいのでそんなに危険はない。いざとなれば奏術で飛んで逃げるなりすればいい。だから、一晩明かすこと自体はそれほど問題ないと思う。

 ただ、かと言って屋根も壁も無いところにずっといるのも心細かった。せめて廃屋の一つでもあれば一晩だけ間借りさせてもらうんだけど。

 そんなことを考えながらふらふらとさ迷い歩いていた僕は、ふと、どこか遠くから誰かの歌声が聞こえてくることに気付いた。

「え、歌?一体どこから…」

 その歌声は海の方から聞こえてきた。こんな時間に海で歌を歌う人なんているはずがない。じゃあ、一体誰の歌声何だろう?

 僕は聞き耳を立ててその歌を聴いた。月の光がそのまま音になったような澄んだ歌声。でもどこか物悲しいのは、この歌が孤独を嘆く心を歌い上げているからだろうか。

「…きれい」

 その歌声に、僕は一瞬で魅了された。

 もっと近くで聴きたいと思った。

 自然と、足はその歌が聞こえる海辺の方へと向かっていた。この街と海とは断崖で隔てられているが、僕にとっては何の障害にもならない。僕は聞こえてくる歌声に重ねるように願いを歌う。その歌によって発現した奏術で僕はふわりと浮かび上がり、切り立った崖の傍をゆらゆらと降りていった。この程度の奏術なら、ヴァイオリンを出すまでもない。

 浜辺に降り立つと、生ぬるい潮風が頬を撫でた。海の方に目を向けると、ざざん、ざざん、と波が打ち付けては返している。穏やかな夜の海が月の光に照らされて輝く。

 ふと岩場に目を向けると、何人かの人魚(ヒウリーラ)たちが集まって歌っているのが見えた。さっき聞こえたのは彼女たちの歌声だろうか?いや、確かに彼女たちの歌声は可愛らしいが、さっきみたいに心が引き寄せられるような魅力はない。それに、彼女達に孤独を嘆くような感性はないはずだ。

 もう一度、聞こえてくる歌声に注意を向ける。すると、あの歌声が岩場の奥から聞こえてくるのが分かった。僕は再び歌によって浮き上がり、岩場の奥へと進んでいった。すると、崖の下に大きな洞窟があるのが見えた。

 その洞窟の入り口は大人の男の人が屈まなくても入れるくらい大きい。深さはどれくらいか分からないけど、少なくとも月明かりに照らされても底が見えないくらいには深いみたいだ。

 あの歌はその洞窟の中から聞こえていた。

 だから、僕はその洞窟に入ることにした。

 冷静になって考えてみれば、視界の悪い夜に知らない洞窟に入るなんて危険すぎる。だけど、その時の僕はあの歌をもっと近くで聞きたい、あの歌声の主に会いたい、という気持ちに駆られてまともな判断ができないでいた。

 まあでも、それがかえって良かったのかもしれない。だってそうでもなきゃ、絶対にこんな洞窟に入ろうとは思わなかっただろうし。

「…明るい」

 洞窟の中は意外にも明るく、そして騒がしかった。その原因は洞窟内を飛び回る妖精(レヒル)たちだ。彼女達は楽しそうに歌いながら飛び回り、そしてその体から出る光で洞窟の中を照らしていた。

 ただ、彼女たちの歌もあの歌声ではない。

「ねえ、奥に誰かいるの?」

 試しに妖精(レヒル)の一人にそう聞いてみたが、キャッキャと笑う妖精(レヒル)からは答えは返ってこない。まあ、妖精(レヒル)はそんなものだと聞いているので別に腹も立たなかった。

 さて、僕は仕方なく、洞窟の中を奥へ奥へと進んでいった。歌声はますますよく聞こえるようになり、僕は歌声の主に会えるんだと胸を躍らせた。そして、洞窟の最も深いところで、僕は彼女に出会った。

 

 まるで星屑が人の姿をとったかのように白銀に輝く少女。

 

 そんな少女が、鎖につながれて洞窟の奥に座っていた。

 その姿に見惚れ、僕はしばらく固まってしまった。

 一方、その白い少女も突然現れた僕の姿に目を見開いて固まる。

 両者とも声を出すことすらできず、そのまま数拍の時が流れていく。洞窟の中には、未だ楽しそうに笑って歌う妖精(レヒル)たちの声だけが響いて消えていった。

 やがて、驚愕から抜け出した白い少女が、ゆっくりと口を開いた。

「…旅人さん?」

 そう言って、少女はおずおずと僕の方に手を伸ばしてくる。

 その姿を見て、僕はあの日の光景を思い出した。

 ああ、この子は僕があの(ヴィンタラ)によってこの世界に呼ばれたとき、歌を歌っていた子だ。あの時、会いたいと願った子だ。

――友達が欲しい。

 すべてが上手くいかない日々の生活に追われて忘れかけていた願いが心の中に蘇る。そうだ、僕はこの子と友達になりたくてこの世界にやってきたんだ。

 だから僕は、ゆっくりと彼女の手を取った。ひんやりとしたその手を握り、僕は彼女に問いかける。

「はじめまして。僕はマコトです。あなたのお名前は?」

 手を握ったとき、彼女の肩が少し跳ねたのを感じた。だけど、彼女は別に僕の手を振り払おうとはしていない。むしろ、少し控えめだったけど、僕の手を握り返した。

 そのまま、彼女はじっと僕の目を見詰めた。

 僕も、彼女の目を見詰め返す。

 やがて、彼女はフッと表情を緩め、僕に微笑みかけた。それまでのどこか冷たさすら感じた美しさとは打って変わって、花が咲いたような柔らかな笑顔だった。

「はじめまして、会いたかったわマコト。私はイーラフィティナ。イーラ、って呼んでね」

 そして、白銀の歌姫はそう名乗った。

 幸せそうな笑みを浮かべて。

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