ところで、イーラは人間ではないらしい。
なぜ彼女が洞窟の中に鎖でつながれているのかを疑問に思った僕は、どうしてなのかとイーラに聞いてみた。すると、イーラは自分が悪い
なるほど、彼女の境遇も容貌も
「…僕だって、街の皆から
言ってしまってから失敗だったと気付いた。あの時のイーラのきょとんとした顔と言ったら……
すごく可愛かった。
もとい、僕は自分の失言を大変に恥じた。本当です。
ただ、最終的にはイーラはくすくすと笑ってくれたので良しとしよう。
さておき、イーラはそれ以来ずっとここに繋がれているらしい。ご飯とかはどうするのだろうと思ったが、どうやら本物の
ただ、いくら繋がれたままでも生きていけるからと言って、それでめでたしめでたしとなるわけではない。だって、イーラは一人が寂しかったからこそ、ずっとあんな風に孤独を嘆く歌を歌っていたんだ。この洞窟には何もない。
「…寂しかったわ、ずっとずっと。もう何回の日が昇ったかは覚えてないくらい」
「イーラ…」
もう一度、彼女の手を握る。そうするとイーラは、僕の顔を見て微笑んだ。
「でも、今はもう大丈夫よ。だって、マコトがいるもの」
「うん、そうだね。これからはずっと二人一緒だ」
そして、僕たちは色々なことを話した。
彼女は僕が
正直、僕の人生なんて母さんの言う通りになっていただけだから聞いて楽しいことなんてないと思った。だけど、イーラはどんな些細なことでも楽しそうに聞いてくれたし、僕と一緒に母さんに対して憤ってくれたりした。
「イーラはなんでも楽しそうに聞いてくれるんだね」
「ん、なあに?楽しいものは楽しいものよ?」
「…そっか、そうだね」
イーラの言葉は返答になっているのかいないのか分からないものだったけど、僕には彼女の言いたいことが分かった。だって、僕自身彼女と話すのがただ楽しかったから。僕が前の世界で普段話す人は母さんと父さん、後はレッスンの先生くらいだったから、こんな風に楽しく話をするのは新鮮だった。
一方で、僕もイーラのことを知りたいと思った。だけど、どうもイーラはあまり過去のことを覚えていないようだ。ある時突然この街の近くにいたところから記憶が始まり、『悪いこと』をして、閉じ込められる。彼女のが覚えているのはそれだけだった。しかも、悪いこととは何をしたのかという事も語ってはくれない。
「…ごめんね、マコト。あの時のことはあまり思い出したくないの」
どうも、イーラはその時してしまったことをひどく悔いているらしい。そして、悲しそうにするイーラを問い詰める気にはなれなかった。
そんなわけで、彼女から聞く話は洞窟の
「そう言えば、
「あら、そうなの?こんなにたくさんいるのに?」
「…実はこっちに来てから、ほとんど街を出なかったからね」
日々の生活に追われていたというのもある。でも、一番の原因は街の人に受け入れらていないからだ。一度外に出てしまったら二度と入れてもらえないような気がしてしまい、あまり外に出る気になれないのだ。そもそも、外に出る用事自体あまりないというのもある。
「まあでも、これからはここに来るためにもっと街の外に出るようになるだろうし。そういうのもいっぱい見れるかもね」
「ふふ、そうよね。毎日来てくれても私は構わないわ」
「いや、毎日って…」
僕もイーラには出来るだけ会いに来たいとは思っている。でも、流石に毎日ここに来るのは難しい。何故って昼間は何かの依頼が入っていることが多いし、かと言って夕方に街を出て日が暮れてしまえば門が閉まって戻れないからだ。
「出来る限り会いに来るけど、毎日はムリかも」
「…え?ダメなの?」
「うぐ…」
イーラが縋るような目つきで僕を見る。僕は仄かな罪悪感で彼女と目を合わせていることができずに視線をそらしてしまった。でもだって、仕方ないじゃない。僕にも日々の生活があるんだから…
――でもだって、仕方ないじゃない。母さんには逆らえないんだから。
不意に、前の世界で毎日のように自分にしていた言い訳の言葉を思い出した。僕はそうやって、母さんの言う通りに望んでもいない演奏家への挑戦を続けていた。そんな毎日が、そうなってしまう自分がたまらなく嫌だった。
そして今も、僕はあの頃と同じように自分に言い訳をしている。毎日ここに来るのはムリだって?そんなの、試してみなくちゃ分からない。確かに難しいとは思うけど、絶対に無理だと決まったわけでもない。
もう一度、イーラの瞳を見つめ返す。この世界にきて、ようやくできたただ一人の僕の友達。そんな彼女の願いを断ち切ってまで、僕は今の生活を続けたいのか?違う。僕はここで、一歩踏み出さなくてはいけない。彼女のために、何より僕自身のために。
「…まだ絶対とは言えないけど、頑張る。毎日、イーラに会いに来る」
「マコト!」
ぱあっ、とイーラの表情が華やいだ。そして、ガバッと僕に抱き着いてくる。そんな彼女の様子を見るとこれからどんなに大変でも頑張れそうな気がするのは、僕が単純だからなのだろうか。
さすが
***
「ハルミアさん、これからは僕が自分で受ける依頼を選んでもいいですか?」
次の日の朝、宿に戻った僕はハルミアさんにそう申し出た。
今まで僕は、ハルミアさんから受け取る依頼の内容に口を出したことは無かった。だけど、それはハルミアさんに任せていれば問題ないと信任していたからで、僕にも依頼を選ぶ権利がないわけではなかった。僕にも、と言うか、宿の皆もそうだけど。
そもそもの話、僕に選り好みしている余裕もないような緊急の依頼が来るはずがないのだ。だって元々この街に腕のいい奏術師はいない。それはつまり、奏術がなくても起きた問題に対処できるような仕組みになっているという事だ。
そんなわけで、今まではこの街を良く知るハルミアさんに引き受けるべき依頼の選定をお願いしていた。だけど、これからはそうは言ってられない。イーラのところに毎日行くと約束した以上は、それが叶えられるように自分で依頼を選べるようにならなければならないのだ。
「…どうしたんだい、急に?」
ハルミアさんは、ちょっと訝し気な感じでそう聞いてきた。まあ、今まで完全にお任せしてきたもんね。そりゃあ何かあったのかと思うよね。
「いえその、ほら、流石にいつまで経っても人任せなのはいかがかと思いまして」
「確かにその通りだけど。でも、どの仕事にどれだけかかるとか、どう選べば他の仕事と時間が重ならないかとかが分からないから私が選んでいたんだろう?その辺、うまくやれるのかい?」
「うぐ…」
ハルミアさんの指摘に、僕は思わず視線をそらして押し黙ってしまう。彼女の言う通り、僕が今まで依頼の選定を頼んでいたのは怠けていたからではなくスケジューリングがうまくできないからだ。
何せ、この世界では依頼の区切りは仕事が終わったタイミングであり、時間指定などされていない。時計がないから当たり前なのだが。
本来であればそんなことは問題にならない。一日に複数の依頼を受ける僕だからこそスケジューリングが重要なのだ。
だったら一日一つの依頼に集中すればいい?稼ぎだけを考えればそれでいいのかも知れないがそうはいかない。僕が依頼を受ける目的の一つは街の皆に認められることである。そのためには、毎日出来るだけ多くの人の所へ赴いて、僕の働きを見てもらう必要があった。だって、現状で僕のことを認めてくれているのはレストランのザップさんくらいなのだ。
ハルミアさんに事情を話して協力してもらう、と言うのも無理だろう。なにせイーラは
街の人に受け入れられるのを諦めてイーラと一緒に過ごすことだけを考える?論外だ。僕がちゃんと街で生きていくことができなければ、追い出されてしまえば結局はイーラと一緒にいることはできない。それに、そんなのイーラを言い訳にして街の皆に受け入れられることを諦めたみたいになるじゃないか。
結局のところ、街の皆に認められるように働きつつイーラに毎日会うためには、僕自身が自分の力で依頼を選べるようになる必要があるのだ。
「…確かに、今の僕ではちゃんと依頼を選ぶのは難しいと思います」
「まあそうだろうね」
「でも、このままずっとハルミアさんに頼っててはダメだと思うんです」
「ふうん?」
佇まいを直して、ハルミアさんに向き直る。
「教えてください、ハルミアさん。今は無理でも、いつかきっとできるようになりますから」
そう、僕は宣言した。
確かに今までハルミアさん頼りだったのは僕には不可能だったから。でも、それを甘んじて受け入れ何の努力もしてこなかったのは僕の怠慢だ。前の世界からそうだった。僕はただ自分の置かれた境遇に甘んじているだけで、自分から行動を起こさなかった。母さんの意向に唯々諾々と従っていたように。
だけど、これからは違う。
今の僕にはちゃんとした目的ができた。街の皆に受け入れられたうえで、イーラとの友情を深める。多分それはとても大変なことだと思うけど、イーラの笑顔を思い出せばなんだってできる気がした。
「だから、お願いします」
そう言って、ハルミアさんと見つめ合う。しばし、無言の時が流れる。
やがて、ハルミアさんは相好を崩して、ちょっと呆れたような口調でこう言った。
「…その言葉、本当はもっと早くに聞きたかったけどね?」
「うぐ…」
二の句も継げず、僕はまた視線を伏せて押し黙ってしまった。ハルミアさんの言う通り、これは僕の怠慢である。
「まあでも、今まで『言われたからにはやりますけど』みたいに受け身だったマコトがようやくやる気を出してくれたみたいだから、あんまりいじめるのも大人げないかな」
「…僕、そんなでした?」
「そんなだったよ、傍から見るとね」
「うげ、全然気づいてなかった。恥ずかし…」
そう言われると、僕は自分から何かをするという事があまりなかったように思う。それこそ例外は、イーラに会いに行ったことくらいかも。
「…これからは、ちゃんと頑張るので」
「分かった。期待してるよ」
そう言って、ハルミアさんは楽しそうに笑った。
期待している。そう言えば、はじめて言われたかもしれない。
「ま、今日のところはもう決まってるから、その分をきっちりこなしてきなさい。これ、今日の分」
「はい、承りました」
ハルミアさんから依頼書を受け取る。今日は新しい人からの依頼はないけど、こういう慣れたところできっちり期待された依頼を達成するのも重要だ。
「では、行ってきます」
「はい。気を付けてね」
いつものようにそう言葉を交わして、僕は良く晴れた朝の街へと足を向けた。空高くに、
「…今なら、僕も自由に飛べるから」
そう独り言ちて、僕は朝の街を走り出した。