孤独な悪魔は友達が欲しい   作:塩崎廻音

7 / 7
第六話 森での依頼

 どうやらマコトは街の外に出たがっているらしい。自分とともに依頼の選定をしている時のマコトの様子を見て、ハルミアはそう結論付けた。本人は隠しているつもりのようだが、街の外に出る仕事の依頼を少し無理をしてでも受けようとしている。一目瞭然だ。

「…まあ、さすがにそれを指摘するのは可哀そうか」

 誰に言うでもなく、そう呟く。誰にだって触れられたくない隠し事の一つや二つはある。ハルミア自身、街の誰にも明かしていない秘密があった。

 ただ、街の外に出てどうしようと思っているのか、というのは気になった。マコトの様子を見ていれば、別にこの街を離れたいとは思っていないことは分かる。だったら、何か街の外に気になるものがある?

「でも、街の外にマコトが気に入りそうなものなんてあったかしらねえ…?」

 ハルミアが知る限り、マコトの興味を引きそうなものは思い当たらない。

 街のすぐ外には市場や安宿はあるが、あれは都市税がかからないから人が少し集まっているだけだ。宿のろくでなしどものように稼ぎが少ない人間ならともかく、マコトのように十分なお金を持っている人間にとってはさして面白い場所だとは思えない。ハルミア自身、街の外の店には行かない。

 他に考えられるのは、森か海か。しかし、急に狩人や漁師としての使命に目覚めでもしなければ基本的にどちらにも用はないはず。

 そこまで考えて、ふとあることを思い出した。海。洞窟。そこに閉じ込められたあの子――イーラフィティナのこと。

「いやまさか……え、もしかして?」

 一度思い至ってしまえば、ハルミアにはどんどんその可能性が高く思えてきた。だって、それくらいしかマコトが街の外に出たがる理由がない。街の外は、本当に何もないのだ。

 それに、マコトは急に自分で依頼を選ぶと言い出した。今までは全く仕事自体には興味を持たなかったのに。それだって、急に心変わりしたよりは、誰かの影響を受けてそうなったと考えた方が自然に思える。例えば、『悪魔(フィーブル)に操られた』とか。

「いやでも、あの子の能力はもう封印されたはず…」

 ハルミアは頭を振ってその考えを否定する。あの日以来、誰もイーラに操られたことはない。あの封印は今も正常に機能しているはずなのだ。

 それに、あの子の力で操られた人間はまるで正気を失ったように虚ろな雰囲気になっていた。一方でマコトはそんな様子にはなっていないし、今日も正常に受け答え出来ていたと思う。だから、少なくとも今はまだ操られているわけではないだろう。

 それに気付いたハルミアは安堵のため息を漏らした。

 とはいえ、ハルミアにはマコトがイーラに出会った可能性は高いように思えた。そしてそうであるならば、それはそれで喜ばしいことかもしれない、とも思った。

「…あの子、ずっと友達を欲しがってたものね」

 それは、イーラとマコトのどちらにも言えることだった。かつての事件の時にイーラとの親交があったハルミアはイーラの本当の望みを理解している。また、マコトも宿での生活の中で何度かハルミアに自分の境遇に愛する愚痴をこぼしたり望みを語ったりしていた。

 だから、あの二人が出会って、互いに友達だと思うことができたなら。

 それはきっと素敵なことだと思う。

 ハルミア自身、集団から『外れた』者の心細さは良く知っている。それでも、自分には夫がいたからその心細さを乗り越えることができた。でも、イーラにはずっとそういう人がいなかっただろうし、マコトもまた真に信頼できる友人はいなかったようだ。

 だから、あの二人が互いを信頼できる友達と思えるようになれれば良い。ハルミアはそう思った。

「…影ながら、応援してあげようかね」

 一応この街の住人としては、禁忌とされたイーラに関わることを表立って良しとすることはできない。マコトも、はじめての友達との関係に外野から口を突っ込まれたらいい気はしないだろう。

 だから、例えば街の外でやる依頼を多めに受けられるようにそれとなく働きかけたりだとか。浮かれたマコトがイーラと会っていることを悟られないように注意してあげたりだとか。ハルミアはそういう手助けをしてあげようと思った。

 あの日の代償行為と言う訳ではないけど。ハルミアは、イーラとマコトに幸せになってもらいたかったのだ。

 

***

 

 今回の依頼は森林の伐採のお手伝いだ。

 この街はすぐ近くに大きな森がある。この森は、木材資源の供給源となるとともに小麦畑を広げる際の大きな障害にもなっている。そのため、この広大な森林を伐採して生活圏を拡大することは、街にとって重要な公共事業であるのだ。

 そして、僕の今回の依頼はこの伐採作業の支援である。

 と言っても、僕自身が木を伐ること自体は望まれていない。奏術は物理的な作用を引き起こすことが苦手なので、斧で切るよりずっと効率が悪いのだ。木に語りかけるほうがまだ得意かもしれない。そしてもちろん、僕が斧を持ったところで何もできないも同じだ。

 僕に望まれているのはもちろん奏術である。具体的には、奏術によって実際に伐採する人たちの身体能力向上や疲労回復を図ることであった。音楽は元の世界でも士気向上や応援に使われているので、こういうのは得意分野であった。

「…でも、この人たちって奏術の支援、要るのかな?」

 少し離れたところでわいわいと騒いでいる作業者の人たちを見て、僕は思わずそんな言葉をこぼしてしまう。というのも、考えてみれば当たり前だが伐採作業をするのが歌の宿――ハルミアさんの宿の宿泊客の皆だったからだ。気は優しくないけど力持ち、と言うのが彼らの特徴である。こういう力仕事にはぴったりだ。

 ただ、流石に奏術の支援のあるなしで効率は違うんだろうなとは思いつつも。僕は何となくこんなことを考えてしまうのだ。

――もしかして、奏術で支援しても気付かないんじゃ?

 流石にそれは失礼な言い草かな?ただ、取り敢えず酒と喧嘩があれば毎日が楽しいみたいな大雑把な生き方をしていて、ハルミアさんの料理のおいしさも特に理解していなくて、ついでに僕を娼館に連れて行くような考えなしの彼らである。奏術で支援したところで、今日はちょっと調子がいいなくらいにしか感じない可能性はある。いや、それにすら気付かないとか。

 だから思ってしまうのだ。実は放っておいても大丈夫なんじゃない、と?

「…依頼した分は働いてもらわないと困るのですが」

「わひゃっ!!」

 そんなことを考えていたせいか、僕はいつの間にか自分の後ろに依頼者である領主代理の娘さん、ヒウリアさんが近づいてきていたことに気付かなかった。

「す、すみません。そんなに驚かれるとは…」

「あ、いえ、その、大丈夫です。考え事をしていただけなので…」

 不覚だ。それに、まさか今の独り言を聞かれていたなんて。

 僕は楽器の演奏――奏術くらいしか取り柄がないのに、その奏術の依頼に不真面目だと思われては大変だ。僕は慌てて弁明する。

「あの、えっと、今のは冗談です。あの人たちの普段の様子を良く知っているので、つい言ってしまったと言いますか…」

「…ああ、なるほど。あなたは確か、歌の宿に泊っていましたね」

「は、はい。あの人たち、こう言っては失礼ですが大雑把な方たちなので」

「まあ、何となく想像はつきます」

「で、ですよね…」

 そもそもあの人たちは街で暴れたりしてハルミアさんのところに流れついたような人たちだ。僕より街の人の方がよほど彼らについては詳しいくらいだろう。

「…ただ、それを陰で揶揄するのはあまり感心しませんが」

「うぐ……そ、そうですよね、すみません」

 ヒウリアさんの言葉に、僕はぐうの音も出ずに縮こまってしまう。確かに、悪意はなかったにしても今のはあまり褒められた行動ではない。

「私に謝られても困ります。それに、私としては仕事をきっちりこなしてもらえれば何を言っていても構いませんので」

「あ、はい、そうですよね」

「そうです。では、私は今日の作業内容を説明しているので、奏術の準備をお願いします」

 そう言って、ヒウリアさんは他の皆の元へと向かう。宿の皆は強面で体格がいい人ばかりなのに、少しも物おじした様子がない。何と言うか、格好いい人だ。

 そして、そんな格好いい人にダメなところばかりを見せてはいられない。いや、すでに結構見せている気もするが。せめて、自分に与えられた仕事くらいはバッチリやり遂げて見せたい。

「…それに、ここで頑張ればイーラにも自慢できるし」

 洞窟に閉じ込められたイーラは外の世界の様子を知りたいと言って、しきりに僕の日々の様子を聞きたがる。しかも、イーラは僕の活躍を自分のことのように喜んでくれる。ここで格好いい活躍ができれば良い土産話になるだろう。

 

 ケースからヴァイオリンを取り出し、念入りに調弦する。そう言えば、こっちの世界に来るときにいつの間にか傍にあったこのヴァイオリンもなかなか不思議だ。

 弦楽器はかなり繊細な楽器なので、本当は整備や調整もなしに使い続けられるものでもないはず。そしてもちろん、こっちの世界にヴァイオリンを整備できる職人さんはいなかった。一応、ウィラと言うヴァイオリンに似た弦楽器はあるのだが、使いまわせるのは消耗品の弦くらいで根本的には別物だ。

 そんな現状にもかかわらず、このヴァイオリンは今も来た時と全く同じ音色を奏でている。奏術を使うためにそれなりに無茶な環境で演奏したりもしたのだが。

「…もしかして、あの(ヴィンタラ)のおかげだったり?」

 それはただの思い付きではあったが、口に出してみるともっともなように思えた。そもそもあの(ヴィンタラ)に呼ばれたときは手ぶらだったのだ。なら、僕の元にヴァイオリンを送ってきたのもあの(ヴィンタラ)なのだろう。そのついでに壊れないようにしてくれたのかもしれない。

 そんなことを考えていると、ふと視界の端に小さな人影が見えた。

 その人影の方に目を向ける。そこには、険しい顔でこちらを睨む一人の男の子の姿があった。多分、この近くの農家の子だろう。両手に抱えるように、畑から抜いたであろう雑草を抱えていた。

「…えっと、何か御用でしょうか?」

 僕はおずおずとその子に尋ねた。ヒウリアさんを見習って格好良く決めたいところだが、睨みつけてくるその子に僕は少し怯えていた。

 その子は、僕の問いに答えることなく僕を睨みつけたままでいた。そのまましばらく僕たちの間に沈黙が訪れる。緊迫した雰囲気に耐えられなくなった僕は、もう一度その子の意図を聞いてみようと口を開いた。

「あ、あの…」

「…悪魔(フィーブル)

 その子は、ぼそりと一言そう言うと、踵を返して向こうの方へと走って行ってしまった。

 僕が街の皆に悪魔(フィーブル)と呼ばれているのは知っていたけど、あんな小さい子にまで浸透しているのを見ると辛い。ちょっと泣きそう。

「おや、どうかしましたか?」

 現実の苦しさに軽く打ちひしがれていると、説明を終えたらしいヒウリアさんがもう一度僕の所へやってきた。いかんいかん、悪魔(フィーブル)がつらくても今は仕事中だ。

「…いえ、ちょっと目にホコリが入ってしまって」

「そうですか。では、作業を始めるのでこちらに」

 そう言ってすたすたと歩きだす彼女に着き従うように、森の方へと歩を進める。いつの間にやら準備を終えたらしい宿の皆は既に森林の方へと向かっていて、何人かはもう木を伐り始めていた。

「今日は少し天候の調子が思わしくないですから。出来るだけ速く今日の分の作業を完了させたいのです」

「雨になる前に終わらせるんですね。良かったです。流石に雨の中では楽器は弾けないので…」

「当たり前です。雨でぬかるんだ足場で伐採など、危険極まりない」

「あ、はい、そうですよね」

 僕の懸念をぴしゃりと論理的に跳ね返すヒウリアさん。やっぱり格好いい。

 空を見上げると、灰色の雲が空のほとんどを覆っている。これは午前中にでも一雨降るだろう。これはさっさと作業が終わるよう気合を入れなくてはならない。

 ヴァイオリンと弓を構える。こういうのに向いているのはマーチとかだけど、そういう曲はヴァイオリンだけでは力不足だ。ただ、奏術は便利でこういう時には自分の記憶からオーケストラの演奏を引っ張り出して再現することができる。余分に力を使うので疲れるが、今回は絶対に必要だから仕方がない。

 森林地帯に、勇猛なオーケストラの演奏が響き渡る。その力強い響きは木を伐る男たちの意気を奮い立たせ、さらなる力をその身に滾らせる。そんな様子に僕は手応えを感じて、ますます深く演奏に集中していった。

 

***

 

 全力の演奏に没頭するマコトの様子を、先ほど悪魔(フィーブル)と言い放った少年が遠巻きにじっと見つめる。その少年の瞳には、憎悪のような怒りの感情が込められていた。

 演奏に集中したマコトはその視線に気付かない。

 その時、ごろごろとどこか遠くで雷の音が鳴った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。