仮面ライダージオウ~Crossover Stories~   作:壱肆陸

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※注意
これは本作品ダブル編で取り扱った「ダブル×ラブライブ」の物語の一部を切り取ったものです。






















Access…[Archive 2009]

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Eの怪盗/人喰いカジノ

カチリ…カチリ…

音が遠のく。旋回する思考が明後日を向き始め、頭が重くなるのが分かる。

 

 

『雪穂! 私、スクールアイドルやる! それで絶対、廃校阻止するんだ!』

 

 

そんな事を姉に言われて、もうかなり経ったような気がする。「廃校」という大人の決定に子供は逆らえないと諭した直後のことだったので、我が姉のことながら仰け反って驚愕した。

 

知らないうちに仲間も増え、自分の友人の姉まで巻き込んで、なんだかどうにかなりそうな感じになってきた。これが姉の凄いところだ。凄いとは思うし尊敬もするが、あぁなりたいとは別に思わない。もう少し地に足付けて生きる方が、自分含め多くの人にとっては合っていると思う。

 

そう思っていた。今も思っている。ただ、その考えを執拗に否定する存在が現れただけのこと。まどろむ眼の中。夢と現の境目。記憶は、過去から現在に流れて進む。

 

明るいどこかの風景に自分が溶けていく。そして僅かな痛みと共に、空の上で叩きつけられた言葉を、思い出した。

 

 

『雪穂ちゃん、太った?』

 

「…太るわけないでしょうがあああっ!!」

 

 

高坂雪穂、実家が和菓子屋の中学三年生。嫌いなアルファベットは『E』。

志望校は偏差値の高いUTX学院。どこにでもいる普通の女子中学生だと自負している。特異な事と言えば姉がスクールアイドルをしていることくらいだった……少し前までは。

 

目覚め一番とは思えない大声で、雪穂は目を覚ました。場所は自室。机の上のノートでは形を保てていない文字の上に落ちた涎がすっかり乾いていた。時間はもう朝。昨夜の受験勉強の最中、雪穂はいわゆる寝落ちをしてしまっていたのだ。

 

 

「どうしたの雪穂?」

「ごめんなんでもないお母さん。ちょっと独り言…大きめの」

 

 

通りがかった母に適当な言い訳をして、深く溜息。受験は近づく一方だというのに、ここ最近は生活リズムが狂っていくばかり。まぁ原因は明らかなのだが。

 

少し前、高坂雪穂と友人の絢瀬亜里沙は「ある宝」を巡って事件に巻き込まれてしまった。それがきっかけで出会ってしまったのだ、その宝を盗みに来た怪盗───「怪盗エターナル」に。

 

あれが不運の極みだった。あれがきっかけで雪穂の人生は崩れ去ったのだ。

 

説明は省くが雪穂に科されたのは30億円の借金。中学生にして超弩級の債務者になってしまった彼女は、それを返済するため怪盗のもとで働くことになってしまった。それから先は気分次第で呼ばれて小間使い、雑用、暇潰しの遊び相手、そして盗みの手助けまでさせられる羽目に。

 

 

(盗みは余裕の犯罪! バレたら捕まるんだよ!? 危ない場所にも普通に行かせるし、正直心臓がいくつあっても足りないってのに…あの人は私の気も知らないで!)

 

 

そんな環境で太れる奴がいるかと、枕を掴んで布団に叩きつけた。

しかしこうして息を荒げていても仕方がない。あの迷惑千万な怪盗とは別に受験はやって来るのだから、せめて普通に過ごせている時間だけでも集中しなければ。

 

そう思ったのを見計らったかのように、雪穂の携帯電話にメール。噂をすれば怪盗だ。早朝からゴミ箱に携帯を投げ入れたくなったのを抑え、文面をチラ見。

 

 

「はぁ~……えっと、『こんばんは』…挨拶はできるんだよねあの人……なになに、『最近疲れてるみたいだから素敵なプレゼントを贈ります』?? 誰のせいで疲れてると思って……!!」

 

「雪穂ぉー! 雪穂宛になんか来てるわよー! 宅配便! 大きい板みたいだけど…」

「おはよ~! ってお母さんなにこれ? 新しい机!? 」

 

 

どうやら姉の穂乃果が起床したようだ。しかし雪穂は宅配便に心当たりがない。

 

 

「次から次に…ん? 届け物? 今? ってことはもしかして…」

 

 

もしや怪盗が言っていた贈り物だろうか。メールと同時にお届け、いかにも彼がやりそうだ。その時、寒気と共に浮かんだ、怪盗との初対面の記憶。彼は前に30億円の宝玉を和菓子代として投げ渡してきた事が……

 

 

「雪穂ー、これなにー? 開けていい?」

「ダメっ!!! 取りに行くから! 私が自分で運ぶから絶対触んないで!! 特にお姉ちゃんは絶対!!」

「えぇ~…でもそう言われると逆に気になって……」

「それ触ったら一生饅頭しか食べれない呪いかかるからね!!!!」

「呪い!?」

 

 

支離滅裂な脅迫をしてでも姉を止め、雪穂は手袋を装着してその「贈り物」を自室に運んだ。それはもう息を止めて誠心誠意丁重に。

 

なんとか部屋に運びこんだそれは、一見何かの板。恐る恐る封を解くと予想通りだった。

 

 

「絵画……高い、これ絶対に高いでしょ…!」

 

 

何かの動物が描かれているのが分かるが、まず間違いなく高価なものだ。多分単位は万じゃ済まない。あの男は30億じゃ飽き足らず更に借金をかさ増しさせる気なのか。いや、雪穂の予想が正しいのなら、これは「ただの芸術品」ではない。

 

手袋越しに絵画の中心に触れる。その瞬間に絵に引っ張られた。

床に置いた絵画に一切の抵抗力はなく、雪穂の体は重力に従って絵の中に吸い込まれていった。

 

 

________________

 

 

 

「……雪穂!」

 

「ってて……うぅ、頭がくらくらする…あれ、亜里沙…!?」

 

「大丈夫? もしかして雪穂のところにも絵が?」

 

「そうだけど…あー、なんとなく分かったかもこの展開」

 

 

縦に落ちたと思ったら、今度は横に吐き出されるという平衡感覚を超越した体験だった。不時着で痛めた首を抑えながら、雪穂の目に入ったのは友人の絢瀬亜里沙。そして予想通りに、その人物も後ろに控えていた。

 

 

「やぁ亜里沙ちゃん、雪穂ちゃん。日本の時間ではオハヨウだね!」

 

「カイトーさん!」

「やっぱりミツバさんの仕業だ! で、どうせここ船ですよね!?」

「その通り! サプライズプレゼントだよ、驚いただろうダブルのサプライズ! それでこそオレも楽しいってものだ!」

 

 

亜里沙が目をキラキラさせてはしゃいでいる横で、雪穂は唾でも吐きかけるような顔で視線を送る。派手な金に爽やかな青が差し込まれているのは頭髪だけでなく人間性も同じで、輝く悪意で雪穂をおちょくるこの美青年こそが「怪盗エターナル」、その名もミツバ。

 

そしてここはミツバ率いる「地獄の怪盗団」の根城、上空2万メートルに浮かぶ飛行船「コルヴォ・ビアンコ」の中なのだろう。絵を通ってここに行きついた理由は理解できないが。

 

 

「あの絵について気になるだろう? 気になるなら聞けばいいじゃないか」

 

「カイトーさん、さっきの絵はなに? 触ったらいつの間にかここにいたのだけど…」

 

「いいね、亜里沙ちゃんは素直だ。雪穂ちゃんと違って。じゃあシオン、説明」

 

 

むすっとする雪穂に一礼する、ミツバの後ろの褐色の青年。彼、シオンはミツバの執事のようなもので怪盗団の一員だ。

 

 

「B級ガイアパーツ『闘争する霊長』、その2と3でございます。元は名のある画家が描いた複数の生物を巨大な一枚に収めた絵画でしたが、作者の死後に悪質なブローカーがそれを複数に分割。それぞれが別の作品だと偽られて売られた代物です。制作段階でガイアゲートの作用を受け、この中心の人間の絵とその他が繋がるようになってしまったようです。先程お二人の元にお届けさせていただきました」

 

「あ、ありがとうございますシオンさん…」

 

「いちいち迎えに行くのもフベンだったでしょ。これからはあの絵に触るだけでここ来れるからさ」

 

「すごいね雪穂! いつでもここに来ていいんだって!」

「もう有り得ないことが不思議にも思えない自分が嫌だ…」

 

 

“地球の意思”と作用して特殊な力を帯びた物体、それが「ガイアパーツ」らしい。巷を騒がせている「ガイアメモリ」の天然版のようなものらしいが、雪穂にはよくわからない。分かるのは、今から自分たちが危険に晒されるであろうことだけだ。

 

 

「さぁ次のお宝を獲りに行こう。今回は『賢王の右目』以来のA級だ」

 

「やっぱり!!…ってA級?」

「その右目って、雪穂の中に入っちゃったっていうお宝…だったっけ?」

「そう30億のね……それより、そのA級っていうのはもしかして…いつもより危険ってことじゃ…」

 

「あぁ。今まで二人が獲りに行ってたのはCとかBとか、精々人が死ぬレベルのお遊びみたいなもんだから。Aは扱い間違えると国が亡びるよ、気張って行こうか」

 

「………」

 

 

そのお遊びレベルで何度も死にかけたんですが。ていうかそんな核爆弾クラスの危険物に絶対に関わりたくないんですが。そう声を大にして直ちに帰宅したい雪穂だが、そうできない理由がある。

 

彼らは怪盗。法の外側の存在。

そんな彼らに常識の次元の話は通用しないのだ。

 

 

_______________________

 

 

予告状を出し世間を騒がせる一方で、この怪盗の行動にはそれ以外の前置きというものが存在しない。思い立ったら即行動。空の船を降り、既にターゲットが眠る地に降り立っていた。

 

 

「カイトーさん、ここはどこ?」

 

「ヨーロッパ地域、秩序の国ドイツ。といっても今回は秩序の裏側のような場所を覗く旅になるだろうけどね。さぁまず何しようか」

 

「ドイツ…亜里沙はソーセージやザワークラウトが食べたい! 他には何があるんだろう、楽しみだね雪穂!」

 

「いや……いやいやいやいやいや! やっぱ慣れないんですけどいつものあれ…! もう、本当にっ……!」

 

хорошо(ハラショー)、雪穂とっても似合ってる! 素敵なドレス!」

「申し訳ありません高坂女史。その服装は窮屈やもしれませんが、これより向かいます場所、ドレスコードがこざいますゆえ…」

「さっきの半袖脚丸出しのゲヒンな薄着じゃお話にならないからね」

 

「誰の部屋着が下品…ってそっちじゃなくて! 降りる時のアレですよ…!」

 

 

上空2万メートルから地上に降りる方法、それはなんとスカイダイビングなのだ。危険のないように雪穂と亜里沙には彼が保有するガイアパーツやガイアメモリを使い、その降下に耐えられるようにしているのだが、そのせいでドレスのまま2万メートルを落っこちる羽目になった。目立つからパラシュートも使えないため怖いなんてものではない。

 

 

「私…高校入る頃には白髪かな…もしかしたら生きてないんじゃ…」

「雪穂、顔色大丈夫? 気分悪いなら飲み物とか買って来るよ」

「ありがとう亜里沙…でもそれより価値観とか危機感、合わせて欲しいかな…」

 

「まぁ、そうヒカンせずに行こうよ。ライムとロイはユーキューでいないから、今夜は4人旅。シオン、行き先を教えてあげて」

「有給て…」

「ここドイツに限らず、人が集まる都市には必ず生まれる街の夜を彩る栄華の館。欲望が渦巻くその場所は……そう、カジノでございます」

 

 

カジノ。これまた日本では馴染みのない単語だ。

 

 

「カジノ…亜里沙知ってる、トランプやルーレットでお金を賭けて遊ぶ場所。テレビで見たことある」

 

「いや…ダメですよね!? 賭博は違法だし私たちまだ未成年ですよ!」

「え、日本はギャンブルって違法なの? テレビではよく見るのに…」

「そうだよ! だから日本にカジノは無いの」

 

「いや、あるさ。知らないだけだ」

 

 

雪穂の言葉を遮り、ミツバが踏みつけるように否定する。

 

 

「パチンコや競馬はカジノじゃないですよ。あれはちゃんと国の許可が出たものですし」

 

「何も違わないさ。そんなものが公にある時点で、日本人の欲望は秩序でコントロールできていないってことだ。いつまでルールの中にいんのさ雪穂ちゃん。世界は広い、もっと楽しもう」

 

「一緒にしないでください! 私たちは…普通の女子ですから!」

 

 

共にいる時間も増えたが、このミツバという男に対する恐怖は増すばかりだ。この世の一切のルールを眼中にも入れてないような傍若無人さ。そんな余りに常識を逸脱した存在は、小市民にとっては恐怖以外の何者でもない。

 

 

「ご安心を。ここドイツでは州に許可を取れば賭博は合法でございます」

 

「ちぇっ、ヨケーなこと言わなくていいのに」

 

 

シオンがすかさずそこにフォローを入れる。奇人、変人、怪人揃いの怪盗団の中で、彼だけが唯一頼れる存在だった。

 

「今から何時間か模試やるから」と家族に連絡を入れた雪穂と亜里沙。伝言とは真反対に華やかなドイツの街並みを進み、珍しく寄り道もせずに目的地へ。

 

夜に佇む真昼のオアシス。確認せずとも分かるほど、そこは「カジノ」だった。

 

 

「さぁ着いちゃったよ、ほら首出して」

 

 

ミツバはカジノに近づくと、ガイアメモリを一本取り出し、専用の装置に入れると2人の首に押し付けた。撃ち込んだのは「言語の記憶」。この装置はガイアメモリの力の一部だけを体内に注入するものだという。

 

 

「これでお二人は聞こえる言語と使う言語が統一されました。聞こえる言葉は日本語に聞こえ、発する言葉はドイツ語として発声されます。口の動きとの齟齬は消えないので、お喋りになります際は口元を隠しますよう」

 

「毎回思うんですけど、これ体に悪かったりしないんですか…? だってこれガイアメモリ…」

 

「安全かどうかは大した問題じゃない。キミたちにはやる以外の選択肢は無いからね。さて…今回はどう攻めよっか。亜里沙ちゃん、リクエストあるかい?」

 

「亜里沙? うーん…せっかくカジノに来たんだから、亜里沙はゲームがしたいかな…? でもカイトーさんは遊びに来たわけじゃないし……」

 

「いいね、素敵だ。じゃあギャンブルで遊びながら内情でも探るで決まりだな。軍資金はそうだな…一人5万ユーロで」

 

「1ユーロは日本円でおよそ130円。5万は650万円でございます」

 

「ろぴゃっ…!? いや…やりませんよ!? 亜里沙もダメ! ここがドイツでも私たちまだ未成年ですから!」

 

「でもここでお金を増やせれば、一気に借金30億、返せるかもだぜ?」

 

「そ…それは……流石に無理ですよ! いくらなんでも、えーと…500倍だなんて…!」

 

「いや、できるね。何故ならオレたちが行くのは、このカジノの地下にある『裏カジノ』。人生の一発逆転をも現実にする幻のカジノなんだから」

 

 

ミツバがその仔細を楽しそうに語り、雪穂の顔から血の気が引いていく。

この国のどこかにあると噂される『裏カジノ』。そこに足を踏み入れた貧民が、勝利を掴んで億万長者になって帰って来たという噂は巷で有名な話だ。しかし、その詳しい情報が出回ることは少ない。金持ちが道楽のために多額でその情報を買ったり、闇の世界から噂が流れてきたりする程度で、その情報網は非常に閉じたものとなっている。

 

何故なら、圧倒的に少ないからだ。行った人数に対し、帰って来た人数が。人生の逆転という甘露の誘惑を幻想だと断じ、その噂を信じた者はこのカジノを『人喰いカジノ』と呼ぶ。

 

 

「さぁ行こうか人喰いカジノ。カイブツの腹の底にあるお宝を獲りに。いいね、楽しくなってきた」

 

 

ミツバという男は自称エンターテイナー。楽しさこそが己と他者の生きる指針だと、信じて疑わない怪物。怪盗は極めて傲慢な手つきで、平凡な女子ふたりを過激な道楽の沼へと誘った。

 

 

_________________

 

 

正面からカジノに入場し、予め手に入れていた合言葉をスタッフに伝えると、別の入口に案内される。その人喰いカジノは、やはり間違いなくここらしい。

 

ドレスコードは裏口の存在を周知されないための策。一発逆転、一攫千金を狙う一般市民たちは少ない元手で服装だけを揃えて勝負に赴く。それ以外に持ち物検査などはされなかった。それはきっと「何が起こっても対処可能」だからで、それだけの闇がここにはある。

 

 

「やめろっ!! 放せ!! 放してくれ! あと一回…あと一回だけ勝負させてくれええええ!!」

 

 

カジノ入店直後。凄まじく幸先が悪い事に、暴れる男性がスタッフに連れて行かれたのを見てしまった。運不相応な望みを持った者の末路がアレだ。ここは間違いなく怪物の巣の中なのだ。

 

雪穂の心臓が破裂しそうな中500万ユーロを配分すると、ミツバは場にそぐわないテンションでスロットマシンの方に駆け出していった。こう見ると子供っぽくて可愛げもあるというものだが。

 

 

「では絢瀬女史、高坂女史、初めてのカジノとのことで私がエスコートいたします」

 

「よろしくお願いします。シオンさん!」

「本当に…よろしくお願いします……!」

 

「では、まず何のゲームから始めましょうか。ご希望があればなんなりと。コツ程度であればお教え致します」

 

「えーとね…やっぱりトランプかな。あ、あのゲームは見たことない!」

「待って亜里沙、慎重に選ぼう。ギャンブルなんて連続で勝たないと儲けられないの。欲張って30億なんて言わず、せめてこの50万を減らさない方向で、少しでも勝つ確率が高いゲームを……」

 

 

友達と行くゲームセンターとは訳が違う。大金が手にあるだけあって、慎重さに拍車がかかるというもの。そんなことを言っているとまた馬鹿にされると身構えたが、ここにいるのはミツバではなくシオンだ。

 

 

「承りました。では『キノ』などいかがでしょう。ルールも非常にシンプルで、駆け引きの要素も無い、初心者向けのゲームです」

 

「……」

 

「いかがなされましたか?」

 

「いや…シオンさんって、なんで怪盗やってるんだろう…って。会社とかでもうまくやっていけそうなのに」

 

 

親切且つ丁寧に教えてくれるシオンに、雪穂は目を丸くする。彼だけはあの船の中で良い人なのだ。ミツバ本人がいない今なら、その謎について聞ける気がした。

 

 

「尊敬し、心より尽くしたいと思った。それだけでございます」

 

「あの人のどこにそんな魅力が……?」

 

「あ、でも分かります! カイトーさんって、不思議と信頼できるというか、優しいお兄ちゃんみたいな感じがするんです!」

 

「亜里沙まで…?」

 

 

亜里沙がミツバに懐いているのは前々から不思議だったが、こうなると一向に彼を好きになれない自分に問題がある気すらしてしまう。少数派の心理とは恐ろしい。

 

 

「…ですが、我々のいた地獄では……マジェスティが、ミツバ様こそが王であったのです」

 

 

歓声が沸き上がった。その中心にはルーレットの前に座するミツバが。

 

 

「オールベット。10万ユーロ!」

 

 

ここ人喰いカジノに賭けの限度額は無い。スロットマシンで早々に倍にした元手を、一気に賭けた。しかも番号をピンポイントで狙うストレートアップ。通常、36倍の倍率となるこの賭け方だが、このカジノではストレートアップのみ更に2倍の72倍。これを的中させれば720万ユーロ=9億円以上を獲得できる。

 

そこで見てなと、人生の楽しみ方を教えてやると、そう言っているようだった。賭けられた数字は「6」。球は放たれ、ルーレットは廻る。祈る亜里沙に、思わず雪穂も手を合わせた。球が止まった場所は───

 

 

「33番」

 

「あっはは、外れた!」

 

 

隣り合うわけでもなく普通に数字は外れ、無情にもミツバのチップはディーラーに全て回収されてしまった。するとそれを見ていたスタッフたちが、ミツバの腕を掴んで何処かに引きずって行った。

 

 

「じゃー皆あとは頑張れー!」

 

「え、ミツバさん!? ミツバさぁぁぁぁん!? あの人外したし連れて行かれたんですけど! こういうのって店に借金してみたいな流れじゃないんですか!?」

 

「ですので、こちらの5万が店から借りたものです。我々は軍資金として1ユーロも持って来ておりませんでした」

 

「はぁ!?」

 

「どうしようシオンさん! カイトーさんが…カイトーさんが連れて行かれちゃった!」

 

「ご安心くださいませ絢瀬女史。マジェスティなら心配に及びません。我々は我々のできる事を」

 

 

忠誠を誓っていると言った直後にこれだ。少なくとも雪穂にはシオンの事もよく分からなくなってしまった。しかしそれよりも、あの男は自分達を置いて負けただけでなく、店の負債を押し付けたという事が問題だ。

 

手にしている5万ユーロが重い。即刻店に返却して日本に帰りたい。だがこの執事、柔らかい物腰とは反対に雪穂をここから帰す気は無さそうだった。やはり怪盗は何処まで行っても怪盗。犯罪者なのだと実感する。

 

 

「この50万無くなったら私も連れてかれて……」

 

 

人喰いカジノ。連れて行かれた後の事なんて、想像もしたくない。

 

こういう時は、こういう時に限っては姉の向こう見ず具合が羨ましくなる。姉ならなんだかんだ勝ってここを切り抜けるのだろうなと思うが、残念ながらここにいるのは自分なので勝ち残れる気が全くしないのだ。

 

 

「…勝とう、雪穂」

 

「亜里沙……」

 

「カイトーさん言ってた。人生、楽しんだら勝ちだって!」

 

「その通りでございます。では御二方、どのゲームに致しますか」

 

 

亜里沙の言っている事が的外れな気もするが、こんな場所で正論なんて何の役にも立たない。覚悟を決めるしかないんだと、雪穂は己を奮い立たせた。

 

ゲームの択はたくさんある。ポーカーやバカラはルールをよく知らないから不利。シオンが勧めてくれた『キノ』や、スロット等なら運次第に持ち込める。受験なんて比にならないほど、比喩でも何でもなく人生を賭けた選択だ。猶予の無い時間で話し合い、2人は決めたゲームを指した。

 

 

「……なるほど、良い判断です」

 

 

選んだのは「ルーレット」。ついさっきミツバが負けた光景が当然ながら焼き付いている。でも、この何も知らないカジノという場所で、何も無い0よりもその1に賭けたかった。

 

 

「やるからには勝とう! さっさと30億稼いで、この地獄から抜け出すよ!」

 

「では高坂女史、まずは手持ちの現金をチップに。ルーレットは専用のチップで賭けを行います」

 

 

亜里沙と雪穂は手持ちの全額をチップに変換した。きっと何かの熱に浮かされた判断だが、今はこの熱に乗らなければ気がどうにかなってしまいそうだった。

 

 

「数字は0から36の37個。それぞれ赤と黒で色が分かれております。これらの数字を色や奇偶のグループで賭けるのがアウトサイドベット。数字に対して賭けるのが更に高倍率のインサイドベット。マジェスティのように単一の数字に賭けるストレートアップだけでなく、2つ、3つと複数の数字にベットする賭け方もございます」

 

「え…ストレート…インサイド…!?」

 

「では賭けの対象がお決まりになりましたら声をお掛けください。私がチップを置かせていただきます」

 

 

手元の大金に今更クラクラするが、座ってしまったからには勝負しかない。日本語に聞こえるだけで吹き替え映画のようなディーラーの掛け声を合図に、雪穂は亜里沙に耳打ちする。

 

 

「最初どうしよう…私と亜里沙で赤と黒にそれぞれ賭ければ、どっちかは勝てるけど…」

 

「でもそれはあんまり解決になっていないと思うの」

 

「だよね…結局どっちかが勝ち続けなきゃいけないんだから…」

 

 

目標を再認識して心を落ち着かせる。ミツバはここに宝を盗みに来たらしいが、雪穂はそんなものどうでもいい。連れて行かれた彼の事は一旦忘れ、今は勝つことだけ考えろ。思考放棄だって一つの処世術だ。

 

 

「よし…決めたよ。せーので賭けよう」

 

「うん……亜里沙も決めた! せー…のっ!」

 

 

選択を聞き届けたシオンがチップを置く。雪穂は「赤」に1000ユーロ、少なく見えてこれでも13万円だから体が震える。一方で亜里沙は1万ユーロを「偶数」に賭けていた。

 

ベットが締め切られ、ルーレットが回った。弾かれる球が入ったポケットは───「黒」で「14」。

 

 

「黒っ……! でも!」

 

「14…ってことは、やったよ雪穂!」

 

「はい。絢瀬女史、お見事です。配当は2倍、2万ユーロの返金となります」

 

 

チップが倍になって亜里沙に渡される。

この刹那の勝利だけで130万円を稼いだのだ。これを知ってしまえば労働を放棄したくなるのも頷ける。これこそがギャンブルの破滅的な魔力。

 

 

「次のゲームです。ベットする数字は?」

 

「次は私も……これって戦略とかあるのかな…? でも、外れる時はきっと外れる…だったらやっぱり勘で!」

 

「亜里沙も決めたよ! 次は……」

 

 

再びルーレットが回る。雪穂が賭けたのはさっきよりも倍率の高い、横3列あるチップ置き場のうち1列にある数字に賭ける「ダズン」。球が止まったのは「2」。雪穂は自身が賭けた列の中からその数字を探す。

 

 

「2……あっ、あった! やった!! 賭けたのは5000ユーロだから3倍で1万5000ユーロ!? 亜里沙は……!」

 

 

亜里沙が賭けたのは更に倍率の高い「フォーナンバー」。賭けたのは2万ユーロ。その対象は「0から3」の4つのみで、倍率は8倍だ。

 

 

「フォーナンバー的中お見事でございます。絢瀬女史、16万ユーロの返金となります」

 

「うそ……」

 

 

2回の賭けで獲得した15万ユーロを合わせ、亜里沙の持ち金は20万ユーロに。極めて珍しいというほどの勝ち方ではないのだろうが、勝負に慣れていなさそうな少女の亜里沙がここまで勝っているのは流石に珍事。ルーレットの卓が騒めいた。

 

シオンは表情を動かさないまま、このカジノの「空気」を感じていた。卓の周辺に集まる人だかり、籠る熱気、特にディーラーの呼吸の変化が目に留まる。

 

この手のカジノはルーレットの数字くらい技術で操る。そうやって客を適度に勝たせつつ、損をしないように立ち回るのだ。盛り上げるために次も勝たせるか、今度は外すか、何にせよ手を打ってくる可能性が高い。

 

 

「……湿った空気、気圧。『外』からの視線…」

 

「シオンさん…?」

 

「失礼、高坂女史。そして次のゲームですが、私からひとつ提案がございます。お二人の持ち金のうち25万ユーロほどをストレートベットしていただけますでしょうか」

 

「ストレートベットって…ミツバさんみたいに一つの数字にってこと!? 無理ですよ絶対無理! そんなの外したら一発アウトですよ!? 25万なんてほとんど全額じゃないですか!」

 

「問題はございません。次の勝負、当てればよいのです。少なくとも絢瀬女史にはツキが来ているように見受けられますが」

 

「っ…でも…!」

 

「私の言葉を信頼してくださいませ。必ずや貴女方を勝利に導きますゆえ」

 

 

ツキが来ているなんてそんなもの詭弁だ。何が信頼だ、人知を超えた犯罪者に背後を取られお願いをされるというのは脅迫と言うはずだ。哀れな小市民は結局、従うしかないのだ。

 

 

「…亜里沙が決めて。私は…亜里沙になら人生賭けられるから!」

 

「……わかった。シオンさん、賭ける! やっぱりここは…μ'sの「9」、9番で!」

 

「承りました」

 

 

ずるい選択をした、雪穂は頭を抱える。亜里沙は何故か怪盗たちを信頼している。こうなるのが分かっていて、選択の責任の全てを亜里沙に押し付けたのだ。人生の際でこんな選択をしてしまう自分が嫌だ。

 

後悔を他所にルーレットが廻る。ゆっくりと回転するルーレット、目が追うのは「9」のみ。しかし球はその反対側で速度を落とす。心臓が冷える。頭が揺れる。

 

その時、風が吹いたみたいだった。球は息を吹き返し、更に半周。そして───

 

 

吸い込まれるように「9」のポケットの中に収まった。

 

 

「や…やった……! 入ったあああああ!!」

 

хорошо(ハラショー)…入った…9番…雪穂! やったよ! お姉ちゃんたちが…μ'sが助けてくれた!」

「入った! 勝った! 当たったんだよ! 亜里沙っ! ありがとうお姉ちゃん!!」

 

 

今度はカジノ全体がひっくり返るように熱狂した。紛れもない奇跡の3連勝。配当は72倍で1800万ユーロ=23億円。人生を容易に作り替えられる巨額が、この一瞬で十代女子2人の手に渡ったのだ。

 

雪穂と亜里沙は気付いていないがディーラーが明らかに焦りを見せている。勝たせるつもりは無かった、そう言いたいのだろう。そしてそれは恐らく、これを見ている奥の人間も同じだ。

 

 

「ではこちらの1800万ユーロ、再びストレートベット致します」

 

「そうそうストレートベット…ってシオンさん!!???」

 

「今夜の勝利の女神は我が主人に微笑んでいるようです。このままこのカジノの全財産を絞り尽くすまで彼女は勝ち続けることでしょう。さて、いかがなされますか?」

 

 

何が起こっているのか分からない女子2人とシオンの前に、スタッフが道を作る。その先にあるのは敗北者が向かう扉とは別の扉。

 

 

「どうぞ奥の部屋へ。当カジノのオーナーがお呼びです」

 

 

_________________

 

 

「シオンさんどういうことですか!? オーナーって!? 私たち勝ったのに連れて行かれるんですか!?」

 

「高坂女史、お静かに」

 

「ダイジョーブよ雪穂! 亜里沙たちちゃんと勝ったんだから!」

 

 

勝利に浮かれる余韻も無く、次から次へと心臓に悪い展開は続く。奥に進めば進むほど内装は豪華になり、その先にいる「オーナー」なる人物の想像図が厳つくなっていった。

 

最後の扉を開く。パーティーをするような広い部屋の最奥にソファが一つ。そこに座っているのは女性だった。だがその圧しつけるような雰囲気は、権力者のそれだ。

 

 

「やぁ幸運な御一行、驚いたな。そうだろう」

 

 

口を開いたその女性は、雪穂を指してそう言った。

 

 

「オーナーが女だってことに驚いた。それが私史上最大の幸運だと思ってるさ。女であれば相手は2、3割は油断する。勝負ってのは得てして女が有利なんだ、実はな。それを身をもって体感したはずだ、えぇ? そうだろう君ら」

 

「やっぱりこの人がオーナー…」

 

「オーナーさん。このチップ、亜里沙と雪穂で勝った分です。これをお金にしてください!」

 

「亜里沙、今はそんなこと…!」

 

「いいな、その顔は何処の血が混ざってる? ロシアと見たよ。で、そっちの引っ付き虫は純正の日本人だ。日本ってのは嫌いなんだよ。日本のイディオムに『運も実力のうち』ってのがあるだろ。正しいがその実『でも運は運だよね』って予防線が前提にある。いけ好かないんだそういう日本人の国民性が。世の中の規格に収まろうとする部品根性ってやつがさ」

 

 

オーナーの女の話は逸れながら、更に軌道を長く描いて行く。

 

 

「違う、運とはメソッドだ戦略でしかない。運こそが実力。与えられた運を120%使えるヤツがのし上がり、与えられた運も見えねぇゴミが底に落ちてく。私は運というロジックをココに飼って生きてんのさ」

 

「大変意義深いお話、恐縮でございます。が、我々とて退屈だからここに来たわけではございません」

 

 

オーナーの女の言葉は狂いながらも、何か強い力を持っていた。理解できない、わからないというこの感じはミツバと似た感覚だ。そんな常識の世界の外にいる彼女に対し、唯一同じ常識外の存在であるシオンが言葉を返す。

 

 

「アンタら怪盗だな。このイカした予告状をありがとう」

 

「えっ…!? い、いや違います! 私たちは怪盗なんかじゃなくて…!」

 

「黙んな日本の雛鳥。これもギャンブル、()()()()()()()()()()()()()()()。それが根拠だ」

 

「……なるほど、力は本物のようです」

 

 

女がポケットから取り出したのは一枚のコイン。それに軽く口づけをした後、指に挟んで三人に見せつける。一見なんの変哲もない硬貨だが、それを見るシオンの目が明らかに違う。

 

 

「A級ガイアパーツ『神への賄賂』。運命を操る力を持つ硬貨…あれが今宵のターゲットでございます」

 

「あのコインがお宝なの!?」

「運命って……嘘ですよね、流石に……?」

 

「勝ち取ったお金はちゃんと渡すさロシアの姫様。ただその前に、肌の焼けるようなもっと面白い勝負をしようって話だ」

 

 

一難去ってまた一難とはよく言うが、実際に目の当たりにしたらたまったものじゃない。どうやらこの人喰いカジノはまだ雪穂たちを帰す気は無いらしい。

 

 

_________________

 

 

 

「さてと…上の皆は楽しんでるかな」

 

 

ルーレットで大外しをしてスタッフに連行されたミツバ。ここが何処か左程興味は無いが、恐らくあの地下カジノよりももっと下の階層だろう。

 

淀んだ空気が充満している。人間の肉体由来の異臭が、そこかしこから漂う。ほんの少し懐かしい感じがして、ミツバの口角が吊り上がる。

 

 

「いいね、ここがカイブツの腹の中か」

 

 

周囲に感じる同じ敗北者たちの目線。しかし、更に奥から感じる複数の存在は人の気配ではなく、もっと奥、もっと下に居るのはそれらを遥かに凌ぐ凄まじく強大な「何か」。

 

 

「…まずはアイサツしなきゃなぁ。ここの先輩に」

 

 

 




後編に続く。
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