仮面ライダージオウ~Crossover Stories~   作:壱肆陸

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またお久しぶりです。壱肆陸です。
なんと本作これで通算100話……と思いきや、キャラ紹介が入ってるので僕的には99話です。なのでお祝いは次回に持ち越します。今回はちょっとしたカウントダウンってことでお願いします。

99話目と100話目は鎧武×まどマギ編の前半ラストスパートとなります。

今回クリックorスライドで「ここすき」をよろしくお願いします!


俺はお前を守りたいから

 この世界には無数の物語がある。

 

 誰かの言葉が誰かを救って、生き方さえ変えてしまうようなそんな出会いがあって。笑って、憧れて、努力して、そしていつか後悔もして、別れを知って。そうやって時間は進む。大人になる。物語は綴られていく。

 

 時計は何も語らない。過ぎ去った時間だけを数え、廻り続ける。

 

 決して逆行することは無い。

 過ぎ去った時間は戻らない。

 例え繰り返し、元に戻ったように見えても。時は進み、傷を負い、そして緩やかに朽ちていくのだ。

 

 その円環を成す理だけを、淡々と、時計は刻み続ける。

 いつか動くことを止める、その時まで。

 

 

__________

 

 

「『ワルプルギスの夜』の生き残り、暁美ほむらを倒せ。あの女はちょいと俺と相性が悪くてな、手を焼いてる。手伝ってくれれば同盟として、あの娘の延命くらいはしてやる」

 

 

 この森は魔法少女を救済する力を持つ。

 その真実を聞いた壮間は、アナザー鎧武───麻沼との同盟関係を呑んだ。

 

 

「条件はわかった。でも、今日のところは見滝原に帰してくれ。その『暁美ほむら』って魔法少女の捕獲は明日から力を貸す」

 

「それは別に構わねェよ。何もここに住めって言ってるわけじゃない」

 

 

 魔法少女の真相、その『魔法少女は魔女を倒し続けなければいけない』という事情があるのなら、放っておいても魔女を探しに魔法少女はいくらでも現れる。根本的な解決にはなっていないが、わざわざ美沙羅が戦う必要は無いと分かっただけでも重畳だ。

 

 これで美沙羅は明日のステージに出ることができるし、彼女が戦わなくて済む方法も見つけた。一件落着という四文字が頭に浮かび、壮間の肩から一気に重さが消え去ったように感じた。

 

 随分と時間が経ったような気がする。朝にでもなっていたら困ると、壮間はファイズフォンⅩで時間を確認しようとした。

 

 

「───この森は電波が通じるのか?」

 

「原始人の生活に戻るつもりは無いしな。場所にもよるが、森の中で通信くらいはできるようにしてある」

 

「でも外と中の通信は無理なはずだ、電波が届くわけない。じゃあ……なんで!」

 

 

 ファイズフォンⅩに届いていたのはメッセージの着信。内容はアルファベットで文章になっておらず、ただ「送った」というだけのもの。時刻はついさっき、メッセージを送ったのは香奈だ。

 

 

「なんで香奈がこの森にいる!?」

 

 

 麻沼の白衣を掴み、壮間の怒号が和やかな村の空気を割いた。

 香奈が森にいなければこのメッセージが届くわけが無い。それだけじゃない、この意味の無いメッセージから読み取れるのは『SOS』だ。香奈の身に何かが起こっている。

 

 

「なんでって……知るか。俺はクラックを開いちゃいない」

 

「それならどうして!」

 

「勝手に開くもんだ、クラックは。俺とてこの森を完全に操れるわけじゃないからな。もう一つ可能性があるとすれば……暁美ほむらもまた、森を操る力を持つということだ」

 

「ッ……香奈の場所は!」

 

「言っただろ、森の全てを把握はしてない。衛星が飛んでるわけでもないし、電波からも場所は見えない。ただ……暁美ほむらが現れるであろう場所に、心当たりはあるだろ」

 

 

 考え得る最悪の想像は、森を狙う賊『暁美ほむら』と香奈が接触していることだ。そしてその予感は恐らく正しい。

 

 麻沼から聞いた『森』と『魔法少女』の関係。魔法少女がこの森を狙うとすれば、目的は一つしか考えられない。

 

 

「日寺くん……?」

 

 

 声を荒げる壮間の様子を気にして、美沙羅が寄り添うように声をかける。

 どうすればいいもクソもあるか。やるべき事は明白だ。

 

 

「今すぐ『庭園』の場所を教えろ! 梓樹は見滝原に帰せ、俺が『暁美ほむら』を倒す!」

 

「そりゃならねぇな。お前と一緒に帰すんならまだしも、『庭園』の場所を教えてこいつだけ帰しちまえば、お前は俺の情報と『果実』を奪って自然発生のクラックから逃げることができる」

 

「誰がッ……!」

 

「戦国時代から同盟ってのは『人質』とニコイチだ。互いに裏切らねぇようにな。この娘の身柄は預からせてもらう」

 

 

 それが嫌なら麻沼も美沙羅も連れて行くしかない。だが、それはできない。美沙羅を戦わせるわけにはいかない。

 

 彼女が魔法少女のことをどこまで把握しているかは知らないが、『あんな末路』を知って正気を保てるわけがない。それを察されることすら許されないのだ。魔法少女との戦闘など禁忌に等しい。

 

 

「だったら俺も人質を要求する。アナザー鎧武のウォッチを渡せ」

 

「大きく出たな。俺の命にも等しいもんなんだが」

 

「等価だよ。ここで梓樹を救えないのは、王として死ぬも同じだ」

 

「……村を出る方角を正面に、1時の方向に直進しろ」

 

 

 麻沼は白衣を掴む壮間の腕を払うと、アナザー鎧武ウォッチを投げ渡した。偽物なんかじゃないのは触れれば分かる。これで互いに互いの命を握った状況、裏切りは無しだ。

 

 

「待って日寺くん! どういうこと……何が起こってるの?」

 

「すぐ戻る。だから、ここで待っててくれ梓樹……頼む」

 

 

 香奈がいると言えば、優しい彼女はきっと動かずにいられない。だから何も言えない。何も知らせることはできない。それが非道いことだなんて、言われなくたってわかっている。

 

 でも壮間は迷わない。彼女に嫌われたっていい。ただ、美沙羅が運命から解放されて、香奈も一緒に明日のステージに立つ。その未来があれば、それでいいはずだ。

 

 壮間は美沙羅に背を向けて『庭園』の方角に走り出す。

 

 

『助けになりたいんだ。お節介とか、綺麗事で構わない……生きる事は幸せなんだって、せめてそう思って欲しい。俺はそのために戦い抜く!』

 

 

 その背中を見て麻沼が思い出すのは、歴史から消えた若人の姿。5年前に突如として現れた未熟な将の言葉が、息を吹き返したように蘇った。

 

 

「若ぇな……」

 

 

__________

 

 

「死にたくないなら、私の質問に答えなさい」

 

 

 腰を抜かし、地面から離せない腕の傍に転がるのは、穴だらけで絶命したキュゥべえの身体。香奈の眉間に照準を合わせるのはピストルの口径と、黒鉄よりも冷徹な殺意。

 

 

「もう一度だけ聞くわ。あなたは魔法少女?」

 

 

 暁美ほむらは、怯え切った香奈に再度問いを投げかける。

 そこにあるのは幻想の欠片すら介在しない、どこまでも現実に即した『死』。香奈は声も出せず、震える身体でなんとか首を横に振って精一杯の否定を行った。

 

 

「そう。嘘ではなさそうね」

 

 

 香奈の指にはソウルジェムが無い。ほむらは香奈が魔法少女ではないと判断すると、銃を仕舞って腕を右に掲げた。彼女の意志に応じ、そこに空間の亀裂『クラック』が出現した。

 

 

「ここから外に出て、二度とこの森に関わらないと誓いなさい。あの害獣───キュゥべえにもね」

 

 

 そう言うと、ほむらは一切の興味を香奈から失ったようだった。この奇怪な森から脱出できるという事実で、無条件に気が緩む。足が自然に外界へと向かう。

 

 

「……ダメ」

 

 

 香奈の足が止まった。それ以上、生存本能に従うことはできなかった。だって香奈はキュゥべえに見せられているのだ、この森にいるのは自分だけじゃないという事実を。

 

 

「友達が……ここに閉じ込められてる。それなのに私だけ逃げるなんてできるわけない! 私は魔法少女になる! 私も一緒に戦うんだ!」

 

 

 クラックを拒絶して転身した香奈の体当たりが、油断していたほむらの体を弾き飛ばした。その手から放られたピストルを拾った香奈が、今度は逆にほむらへ銃口を向ける。

 

 

「やっぱりそういうこと……愚かね、あなたは何もわかってない。魔法少女になるということが、どういうことなのか」

 

「分かってるよ……! ミサやソウマだけに戦わせたくない。死んでほしくない! だから、私も一緒に……!」

 

「わかっていないわ。本当にわかっているのなら、冗談でもそんな事は言えない」

 

 

 ほむらの眼は微塵も臆してはいなかった。一方で引鉄に指をかけたまま、香奈は少しも動くことはできない。向けられていた時よりも息は荒くなり、体は震える。相手は怪物じゃない、自分と歳が変わらないような少女なのだ。

 

 

「本気でそう思って、魔法少女になる気だと言うのなら……あなたは私の敵よ……!」

 

 

 気付けば彼女の手は銃身を掴んでいた。香奈の手はそれを放棄するように抵抗せず、ほむらが銃を取り上げる。しかし、再び銃口が香奈に向けられようとした、その時、

 

 

「っ……!」

 

 

 内から何かに蝕まれたように、ほむらの体勢が崩れた。円盤を携えた彼女の左腕、その手の甲にある宝石───ソウルジェムは黒く濁り、白い長袖からソウルジェムに手を伸ばしているのは『植物の蔦』。

 

 半歩、倒れこんだほむらに歩み寄ろうとした香奈だったが、すぐに目を背けて逃げ出した。その弱々しく異様な容体を忘れたがるように、一心不乱に目的地も無く走り惑う。

 

 

(香奈! 僕の声が聞こえるかい!?)

 

「キュゥべえ!? よかった……生きてたんだ!」

 

(彼女に撃たれたのは分身のようなものさ。ただ、契約をするには君の前に現れる必要がある。だからとにかく今は逃げるんだ! 彼女から離れることさえできれば、僕は君を魔法少女にできる!)

 

「うん……わかった!」

 

 

 脳内に響くキュゥべえの声に希望を見て、香奈は全速力で森を進む。魔法少女になることができれば───戦う力さえ手に入れれば役に立てる。戦うのが怖くなんてない。傷つき、命を賭ける覚悟なんてとっくに出来ている。

 

 惑う事は無い───はずだ。

 

 

「あの人も魔法少女……なんだよね。なのにどうして……あの人は何なの!?」

 

(悪いけど彼女のことを説明する時間は無い。端的に言えば彼女は僕の敵であり、危険な存在だ。それは君も身をもって理解できたはずだよ)

 

「それは、そうなんだけど……でもあの人、私を逃がそうと……!」

 

(彼女は君の目的を妨害しようとしている、確かであり重要な事実はその一つだけじゃないのかい? 君が魔法少女にならなければ君が彼女に殺されるだけじゃなく、美沙羅も『魔女狩り』に殺されるかもしれない。もはや一刻の猶予も無いんだ。早く彼女の追跡から逃れて、僕と契約を───)

 

 

 この期に及んで逃げる脚が鈍ることは無い。でも、この出口も無く風景も変わらない森で惑うのと同じように、心は同じ場所をグルグルと彷徨っているだけ。

 

 やるべき事と、己の本心と、ほむらの言動で羅針盤の針は揺らめく。何を信じるべきか、今自分がどこを走っているのかも分からない。ただ、今も脳内に語り掛けるキュゥべえの声だけが、どうしようもないくらい頭に染み付いて───

 

 

『あぁ、えっと……その……変わった名前だよね』

 

 

 そんな声が聞こえた気がして、香奈の足が止まった。

 それはか細い女の子の声だった。言葉は香奈に向けられたものではなく、何かの記録のよう。香奈を呼ぶキュゥべえの声を上塗りし、迷う彼女を導くように、その声は強く鮮明になっていった。

 

 

『こんな自分でも、誰かの役に立てるんだって、胸を張って生きていけたら、それが一番の夢だから』

 

『きっと私が、弱虫で、嘘つきだったから……バチが、当たっちゃったんだ』

 

『間違ってないのに、幸せになれないなんて、ひどいよ』

 

 

 背中に熱を感じて、耳の奥から声が湧いてくるような。つい最近、香奈は似た感覚を味わったことがある。異世界の迷宮で、隠された下の階層にいる少女の声が聞こえた時にとても似ていた。

 

 これは誰の声だろう。誰の物語なのだろう。

 とても健気で、儚くて、残酷な物語だ。

 

 キュゥべえの声はもう聞こえなくなっていて、死に物狂いの足取りもいずれ穏やかになり、香奈は気付けばそこに足を踏み入れていた。

 

 

「きれいだ……」

 

 

 そこは依然として森の中。ただ、その穢れなき白木と咲き誇る桃色の花々で構成されたそのエリアに香奈を蝕んでいた不気味さは無く、むしろ楽園としか言いようのない絶景だった。

 

 木々に実る果実も、あの不安を促すような毒々しい色ではなく、透き通るように淡く、それでいて艶めいている。この暖かさと優しさすら感じる空間は、なんなのだろうか。

 

 

「今すぐここから立ち去りなさい。ここは……貴女が立ち入っていい場所じゃない!」

 

 

 暁美ほむらが香奈に追いついた。明らかな怒りと殺意を含んだ声が、香奈の耳を刺す。だが、香奈は取り乱すことも、怖がることもなく、ただ一言確かめるように呟いた。

 

 

「『ほむらちゃん』……?」

 

「っ……!? キュゥべえに……インキュベーターに聞いたのね、その名前」

 

 

 違う、香奈はキュゥべえから名前までは聞いていない。それでも口から零れてしまったのだ。断片的に見えた『彼女』の記憶の中で、そう呼んでいたのが聞こえたから。

 

 ただ、ほむらにとってはそんな事を知る由もない。呼び起こされた無念と憎悪に支配されるまま、彼女は銃口を香奈と、その先にいるであろうキュゥべえに向けた。

 

 

「そこまでだ」

 

 

 香奈が死の恐怖を思い出すより先に、ほむらの手元から銃が弾け飛ぶ。

 ほむらの手を貫いたのは赤い「Φ」の残光。この穏やかな空間でも構わず気軽に殺気を振り撒く少年───ミカドだ。

 

 

「貴方は……!」

 

「また会ったな黒い魔法少女。男女の区別はできるようになったか?」

 

「貴方の仲間だったのね、道理だわ。森を探す男と、魔法少女になろうとする馬鹿な子、揃いも揃って愚かで吐き気がする……!」

 

「友人の愚かさで言うと貴様には負ける。貴様からも言ってくれ、せめて間食は1日2度に収めろとな」

 

 

 花びらの絨毯を踏み荒らす、もう一人の影。

 彼女は指輪をソウルジェムに戻すと、その中に秘められた魔力を開放する。その姿は深紅の衣装に覆われ、開いた胸元にソウルジェムを曝け出し、長槍を手にしてその地に突き立てる。その自棄の魔法少女を、ほむらは知っていた。

 

 

「よう、久しぶりだね。暁美ほむら」

 

「佐倉……杏子ッ!!」

 

 

___________

 

 

 時は十数分前に遡る。『高町の魔女』の結界の跡地に残されたクラックから、ミカドと杏子は森に侵入。杏子は辺りを見回し果実を見つけると、それを手に取った。

 

 

「なんのつもりだ」

 

「それはこっちのセリフだろ? この構図だとさ」

 

 

 果実を口にしようとした杏子に、ミカドはファイズフォンⅩの銃口を向けた。ミカドは一切の皮肉も嫌味もなしに、直球で事実を告げる。

 

 

「それを喰えば貴様は死ぬ。正確に言えば、人間ではなくなり人格も失われる。そいつは俺の知る限り最も悍ましい即死毒だ」

 

「なーるほど……やっぱそういう感じなんだ。人じゃなくなる、ねぇ……今更って話でもあるけど、まぁらしいって言うか妥当な線だろうね。でもさぁ、それは『人間が食えば』って話で、魔法少女だと変わるかもよ?」

 

「魔法少女は人間じゃない、そう言いたいのか」

 

「だってそうだろ? 『本体はソウルジェム』で『グリーフシードで浄化し続けなければ死ぬ』。もうこの体はただの飾り。これのどこが人間だってのさ」

 

 

 ついさっき、杏子は「魔女は魔法少女にとって食事」と言っていた。そこからミカドが察した通りの事実がそこにあるようだ。

 

 魔女を倒すことで手に入る『グリーフシード』が無ければ、魔法少女はソウルジェム───即ち魂が穢れ果てた末に死に至る。死ぬまで戦うことを義務付ける呪い、それが魔法少女というシステムの正体。

 

 

「確かに、貴様の意見には一理ある。肉体に魂が宿っていない状態であれば、人格は果実の毒素の影響を受けないかもしれない。だが解せんな。それが『魔法少女の救済』とどう接続する?」

 

「ウワサじゃあこの果実が……でもなんか話と違うんだよねぇ。アンタの言う通りなら、これが『そう』ってのもおかしな話だ。だから───」

 

 

 杏子はソウルジェムを手のひらに出現させ、目を閉じる。

 

 

「ビンゴっ。やっぱアンタといるとツイてるわ」

 

 

 噂になるくらいなら難解な要素は無いはず。魔法少女なら誰でも気付くような何か、例えば『魔力』。その予想通り、遠方に魔女に近い魔力の気配を感じた。それも、かなり広範囲に。

 

 走り出した杏子を、ミカドは追いかけた。その後、この白樹の地帯に入った段階でミカドは杏子を見失い、香奈が襲われている場面に遭遇。そして今に至る。

 

 

___________

 

 

「6年ぶり? いやまだ5年だっけか。相変わらずのしかめっ面だね。折角生き残ったってのに、楽しい青春は送れなかった?」

 

「どの口がッ……! 忘れられるとでも思っていたの!? あの時、あなたが裏切りさえしなければ!」

 

「あの戦いに何の意味があったってのさ。顔も知らねぇ奴らのために、親父の話を聞きもしなかった奴らのために……何も教えてくれなかったアンタのために、なんであたしが死ななきゃいけない? だってそうだろ!? 魔法ってのは、自分だけのために使うもんだ!」

 

 

 ほむらと杏子、2人の魔法少女は怒号と共に激突した。

 槍を構えて突撃する杏子に対し、ほむらは初手から最大の殺意を以て迎え撃つ。盾の裏から取り出したのは、手榴弾。

 

 ほむらは慣れた様子でピンを口で引き抜き、手榴弾を投げ放つ。その爆発寸前に間合いを伸ばした杏子の槍先が、その軌道を上へと矯正した。

 

 大爆発。木々の葉を吹き飛ばす爆風が炎を撒き散らす。その紙一重を潜った杏子は、揺れる大気を断つように槍を振るった。

 

 それは完全に間合いの外の攻撃だったが、その槍は軌道上で曲がり、伸びて攻撃領域を拡張した。彼女の槍は変幻自在の多節棍。高速で振るわれ、力加減で如何様にも挙動を変える斬撃は、意志を持った魔物のようにほむらへと襲い掛かる。

 

 畳み掛ける猛攻に火器を使う余裕がなく、程なくしてほむらの回避行動を槍の速度が上回り、その切っ先がほむらの脇腹を裂いた。

 

 

「……何やってんだよ。動きもクソ鈍いし、あの妙な魔法はどーしたのさ? 別にあたしはもうあんたのこと、どーとも思ってないんだけどさぁ……こう半端に嚙みつかれるとムカつくんだよね。ぶっ殺してやりたくなる」

 

 

 思わず戦いを止めに入りそうになった香奈を、ミカドが止めた。ミカドはどちらの味方をする理由もなく静観しているが、香奈は知っている。ほむらの体は既に何かに侵されている事を。

 

 だが、ほむらは杏子に対する憤怒を絶やすこと無く、痛みを忘れたように立ち上がる。そして樹に実る果実を一つ捥ぎ取り、齧りついた。

 

 

「貴様、それは……!」

 

 

 果実の摂取、それが引き起こすのは怪人───インベスへの不可逆変態。しかし、ミカドが危惧したそれが起こることは無く、代わりにほむらの脇腹の傷が癒え、手の甲のソウルジェムから穢れが消えていく。

 

 杏子の予測通り、魔法少女に果実は無害なのか。それとも、この通常とは違う淡い果実は、全く別の効能を持つのか。その光景を目にした杏子の笑い声が、後者の是を肯定していた。

 

 

「……『裂け目の先の白い森。そこにある真珠色の果物。それを食べた魔法少女は、課された運命から解放される』……ね。やっと見つけたよ。その果実を食べれば、『グリーフシード無しでソウルジェムを浄化できる』」

 

 

 この事実こそが魔法少女を森へと誘うウワサの全容。グリーフシードの代替となる食物の存在は、魔法少女システムからの完全な脱却を意味する。

 

 

「やっぱり……あなたもそうなのね。どこの誰が流したウワサか知らないけれど、何人もの魔法少女が救いを求めてここに来たわ」

 

「そいつらをアンタが追い返してきたんだろ? 森にはおっかない番人がいるってのも有名だよ」

 

「えぇそうよ。ここに来た誰も彼もが愚かだったわ。私たちは祈りを捧げ、奇跡を享受した……この運命はその対価よ。己の弱さが招いた結果に向き合おうともせず、運命と戦う覚悟も無い。そんな馬鹿を救ってくれる都合のいい神様なんて、ここにはいない!」

 

 

 万全へと快復したほむらが右手を杏子へと伸ばす。それを合図とし、森そのものが杏子へと照準を定め、木々から急成長した蔦が触手のように襲い掛かった。

 

 想定外の能力にも戸惑うことなく、杏子は全方位から迫る自然を槍で細切れに刻む。しかし、次に彼女を襲うのは人工の殺意───短機関銃の全弾照射。

 

 杏子が自身の速度を上げ、戦いの次元が昇華した。混沌の戦場と化した楽園で、杏子は身に降り掛かる無数の攻撃を目にも止まらぬ動きで躱しながら、その槍先をほむらへと放つ。

 

 しかし、ほむらの姿を森が覆い隠す。虚空を貫いた槍が元に戻るより早く、ほむらは杏子の懐に潜り込んだ。至近距離から放たれた散弾銃の一発を、異常な高密度で編まれた光鎖のバリアが受け止める。

 

 戻って来た槍での薙ぎ払いに、ライフルの長い銃身が鍔競り合い、戦闘がようやく硬直した。

 

 

「そりゃそーだ。あたしはさ、別にこの身体が嫌いってわけじゃねーんだぜ。魔法は便利だし、強けりゃ食いっぱぐれることもねぇ。自己責任ってのも概ね同意見さ」

 

「だったら何故現れたというの。今更、私の前に!」

 

「この森に価値があるのは本当だろ? 誰がご高説垂れたって意味ないさ、弱いヤツはこの森をなんとしてでも欲しがる。でもさぁ、結局競争に勝つのは強いヤツだ。ならあたしが一番乗りしちまおうって話」

 

「森を、独占する気?」

 

「別に独り占めしようってわけじゃない。対価をくれりゃ誰にでも救いを分け与える仕組みを作って、そいつをあたしが管理する。あたしが魔法少女の頂点に立つんだ。それがこのクソみたいな世界で眺められる、最高の景色だと思ってね」

 

「もういいわ。墜ちたわね……佐倉杏子!」

 

 

 ライフルが槍の柄を滑り、銃口が杏子に向いた瞬間に銃声が轟く。銃弾を大げさなアクロバットで回避した杏子が空中から放つ円弧の斬撃、同時に放たれる小銃の弾丸。回避行動と攻撃が当然のように同時に繰り広げられる。

 

 無限のパターンを持つ杏子の槍術と体術に、ほむらもまた数秒置きに切り替える重火器の応酬で対抗する。幻惑と火薬の競演にして狂演。血と炎が舞う純白の園で、2人の魔法少女は踊り狂い続けた。

 

 

「なんで……なんで魔法少女同士で戦うの!? 止めないと……っ!」

 

「馬鹿か片平。燃えカスか粉微塵になりたくなければじっとしてろ」

 

「だったらミカドくんが止めてよ! こんなの絶対間違ってる……だって、魔法少女はっ……!」

 

 

 ミカドは何かを見定めているような様子のまま、香奈を戦火から庇う程度しか動かない。もしキュゥべえと契約して魔法少女になれていたら、この戦いを止められたはずだ。この目で追う事すらできない死線の連続とも言える戦いに割って入ることも、理解すら求めず衝突する、あの傷だらけの怒りを治めることだって、きっと───

 

 

(本当にできたの……? 私なんかが、魔法少女になったところで……)

 

 

 魔法少女になった2人と、美沙羅はあんなに苦しんでるのに。

 何かに変れるという事実と、壮間たちと並べるという喜び。その浮ついた幻想と一緒に自分の全てが瓦解してしまったようで。

 

 少し前まで命を賭けるくらい平気だと思ってたのに。

 誰かのためなら、きっと戦い抜けると思っていたのに。

 

 ただ単純に、心の底から、『怖い』と───そう思ってしまった。

 

 

「香奈ぁっ!!」

 

 

 停滞の暗闇に沈みつつある香奈を呼び止めたのは、聴き慣れた声だった。

 

 

「ソウマ……!」

 

 

__________

 

 

 

 壮間が麻沼から聞いた魔法少女の真実。魔法少女はソウルジェムが濁り切ったとき、絶命する。その濁りは精神の状態に直列している。そして、魔女が落とすグリーフシードが無ければ浄化はできない。

 

 この時点で魔法少女は未来永劫戦いを義務付けられる。

 だが、最悪なのはそこじゃない。問題はソウルジェムが濁り切った際の、凄惨な末路。

 

 

「ふざけやがって……!」

 

 

 壮間は全速で走りながら、腸が煮えるような怒りを巡らせる。この仕組みを作ったのはあのキュゥべえとかいう妖精なのか。だとしたら、次顔を見せた時はたたじゃおかない。ただ、今は悠長に怒りを発露している場合でもない。

 

 壮間が向かうのは『庭園』。麻沼との同盟の条件に差し出された、『人工グリーフシード』を栽培するためのエリアだ。

 

 

『ヘルヘイムの果実を食うとインベス……つまり怪物になり、その際に人格も失われる。だがオーバーロードという個体は人類と同等の理性を持っていた。つまりインベス化による人格喪失は脳の変異によるものではなく、インベス化が魂に作用した結果という仮説が立てられる』

 

『歴史が変わる前の研究で、果実は結果的に有毒なだけで万能の栄養と薬効を持つことは分かってた。それこそ、そいつだけ食べてりゃ生きていけるくらいのな。仮説から魂にもそいつが行き渡っているのであれば、魔法少女のソウルジェムの浄化も可能ではないかと考え、俺はそこから着手した』

 

『結果は仮説通りだった。魔法少女のソウルジェムを解析して無毒化に成功した品種が庭園に実る果実だ。原因療法には成り得ねぇがな、グリーフシードの代替としちゃ十分だろ。同盟を結ぶなら、その果実を永続提供してやってもいい』

 

 

 同盟の人質として、壮間の手元にはアナザー鎧武のウォッチがある。このウォッチから感じる禍々しい力から、これが本物であることは疑いようもない。これを壊せば麻沼は王の資格を失うため、裏切りは無い。

 

 同盟として課された条件は、庭園を狙う『暁美ほむら』という魔法少女の征伐。そして、読みが正しければ香奈もそこにいる。香奈と美沙羅、2人の友人の命が同時に脅かされているのだ。激しい怒りが、腹の奥から突き上がってくるのを感じる。

 

 タカウォッチロイドの視界映像で、白い木々の地帯を確認。そこに近付くにつれ、激しい戦闘音と爆炎の熱が壮間にも届く。この先で誰かが戦っている。そこにはきっと香奈も───

 

 

「香奈ぁっ!!」

 

 

 ジオウに変身して、壮間は戦場と化した『庭園』に飛び込んだ。そこにいたのはミカドと香奈、そして戦っているのは2人の魔法少女。

 

 

「ミカド! 『暁美ほむら』はどっちだ!?」

 

「ッ……黒髪の方だ。それより貴様、何故ここに……!」

 

 

 ミカドがここにいる理由は知らないが、状況から察するにあの赤い魔法少女と関係があるのだろう。ついさっき聞こえた2人の会話───『森を支配する』という赤い方の発言、それは壮間と麻沼の同盟関係に真っ向から盾突く。

 

 つまり状況は簡単、どちらも壮間の敵だ。

 

 

「っ、待ってソウマ、違うの! 戦わないで! 2人を止めて!」

 

 

 香奈が叫ぶ。何か訳ありであろうことは見て取れる。だが、今はいつものように分かり合うための余裕は、時間的にも精神的にも全くない。

 

 

「……香奈、聞いてくれ。俺はこの森を支配するアナザーライダーと手を組んだ」

 

「え……?」

 

「事情は後で説明する! とにかく今は梓樹のために……この森は絶対渡せない」

 

 

 ジオウは繰り広げられる熾烈に割って入り、双方向に敵意を展開する。その新たな介入者に過敏な反応を見せたのは、ほむらの方だった。

 

 

「そう……そうなのね。お前は……! あの男の、仲間!!」

 

 

 虎の尾を踏み抜いた、そう直感した。全身の肌が削れるような凄まじい怒気。一人の少女、その20年足らずの人生では到底生まれ得ない程の感情が、怨嗟の咆哮となって浴びせられる。

 

 

「『まどか』を……返せッ!!」

 

「まどか……!? おいどういうことだよ! アイツがどうして……」

 

 

 もはや杏子の声は、ほむらに聞こえていない。

 問答無用とはまさにこのこと。溢れ出す殺意が形に成ったかのように、召喚されたのは無数の重火器。ほむらが操る植物が彼女の3本目以降の腕として、それら全てを構え敵に───自身以外の全てに向けた。

 

 この圧死してしまいそうな怒りにも、壮間は動じない。

 壮間は一度、香奈を喪っている。時を戻し、その事実が無かったことになったとしても、あの傷は消えない。あの雨の中で叫んだ激情を忘れることは決して無い。

 

 

「もう容赦はしない……跡形も無く消えなさい!」

 

「そっちこそ、その弾が香奈に掠りでもしてみろ。ぶっ殺してやる」

 

 

 もはや怪物の形相と化したほむらが放つ、形振り構わない全火力解放。迫り来る夥しい数の銃弾を、杏子は鎖で伸長させた多節槍を縦横無尽に振り回すことで防御。ジオウは香奈から照準を逸らすように駆け、死角でジカンギレードを振りかざす。

 

 しかし、ほむらはそれを見逃さない。銃火器を召喚する時間が無くとも、この森の全ては彼女の手足であり支配下。接近するジオウの頭上、足元、四方八方から異常成長した植物が襲い掛かった。

 

 

「舐めんな!」

 

《ギルス!》

 

 

 キメラアナザーから入手したウォッチの一つ、『仮面ライダーギルス』のウォッチをジカンギレードに装填。刀身から先端に刃が備わったエネルギーの触手が伸びる。

 

 硬質の刃『ギルスクロウ』と鞭の特性を持つ『ギルスフィーラー』の同時発現。そこに掛け合わせるのはついさっき目にした、全方位を網羅する杏子の槍捌き。

 

 

《ギルス!ギリギリスラッシュ!》

 

 

 『佐倉杏子』×『仮面ライダーギルス』

 全身を使って放たれた斬撃の球殻が、迫る植物を一本残らず切り刻んだ。

 

 ただ、これはこの間のイカロス戦とは違い、見様見真似に過ぎない。かなり無理のある動きで負担も大きい。それでも、壮間は張り詰めた。身体も、心さえも、今は捨て置くほどに。

 

 それが香奈と美沙羅を守る戦いだというのは、香奈自身も分かっていた。分かっていながら何も言えない。何もできない。そんな香奈の横で、ミカドがようやく沈黙の姿勢を崩した。

 

 

「貴様らのスタンスは概ね理解した。要は貴様ら全員が森を手中に収めようとしているわけだな」

 

「この森は俺たちが手に入れる! 頼むミカド、手を貸してくれ!」

 

「断る。言うに事を欠いてアナザーライダーの軍門に下っただと? 世迷言も大概にしろ。貴様らはヘルヘイムを上手くコントロールできると思い込んでるみたいだが、俺から言わせればそれが甘い。ヘルヘイムはいずれ必ず人類を滅ぼす存在だ」

 

《ゲイツ!》

 

「この森は根絶やしにする。邪魔をするなら貴様ら全員倒すまでだ」

 

「ミカド……!」

 

 

 ミカドもゲイツへと変身し、森の奪い合いに参戦する。

 ミカドの敵対宣言でさえ怯む余裕なんて無い。香奈も美沙羅も守らなきゃいけないんだ。そんな当たり前の願いすら誰も聞いてくれないのなら───

 

 

「もういい。だったら俺は、もう誰も頼らない……!」

 

 

 三つ巴は四つ巴へと変貌し、更に苛烈を極める。しかし香奈が本当に怖かったのは広がる破壊でも、激しい戦いでもなく、激突し合うだけの怒りと思想だった。皆が自身を正しいと思っているから、振るう暴力に迷いが無い。戦いが止まる気配が無い。

 

 

「ソウマ……ミカドくん……! やめてよ……! なんで、なんでっ……私は……!」

 

 

 誰もが他人の声を忘れたこの場で、己の権利を主張できるものは力だけ。力なき者の声なんて届くはずもない。境界線を越えられなかった香奈は、この場において何者でもないのだから。

 

 

 そして、いずれ肉が抉れ血が落ちる音が聞こえ、均衡は崩壊した。杏子の槍が、ほむらの体を裂いたのだ。

 

 杏子が命を狙ったというよりは、極限まで緊張していた戦況の中、ほむらの体力が限界を迎えた結果起こった事故のようだった。しかし経緯がどうあれ、これで彼女は詰み。脱落だ。

 

 

「……悪く思うなよ。こんな運命でもさ、あたしだって最後に少しくらい……幸せになりたいんだ」

 

 

 追い詰められ、息も絶え絶えな袋小路で、ほむらは無意識に右腕の盾に触れた。しかしそれが『起動』することは無い。いま目を閉じて醒めた時、きっとそこは見慣れたベッドの上じゃなく、地獄なのだろう。ここで本当に『終わり』だ。

 

 

「何が……幸せよ。私はあなたとは違う!! 私は私の幸せなんていらなかったのに……! そうね、あなたはいつだってそうだった。ずっと自分勝手で、気分屋で、行動が読めない。あなたのせいで何度疑われて、何度不要な邪魔をされたことか。手を組めたと思えば裏切って、勝手に死んで、いつも肝心な時に役に立たない!」

 

「なんだ? 何の話だよ……?」

 

「巴マミもそうよ! 先輩ぶって先走る癖に酷く繊細で、とても面倒なんか見切れない! 美樹さやかは向いてもないのにすぐ契約して、勝手に傷ついて呪いを振り撒いて! あの子が魔法少女になった時は決まって全部台無しにする! 最初からあなた達が……私の言葉を信じて、戦ってくれてれば!!」

 

 

 その名はかつて見滝原にいた魔法少女のものだった。ただ、ほむらが叫ぶ記憶に杏子は覚えがない。まるでそれは、彼女だけしか知らない物語を全て、溜め込んだ本音と共に吐き出しているようだった。

 

 壮間はその姿に、彼女が想いを叫ぶ理由に、どこか覚えがあった。

 その理由を、きっと壮間はよく知っている。

 

 

「私は……まどかを救うことができれば、それでよかった。もう戻れなくなっても、私はあなたと約束したから……! でも、もうダメみたい……なんで失う前に気付かなかったんだろう。こんなことなら、最期の最期まであなた達が私の邪魔をするのなら……! やり直したあの時に、どいつもこいつも、殺しておけばよかった!!」

 

 

 ほむらの手の甲のソウルジェムの濁りが、輝きを塗り潰すほど濃くなっていく。ソウルジェムに溜まった穢れが限界を迎えようとしている。

 

 それが何を意味するのか、壮間は知っていた。

 躊躇いが無いはずがなかった。でも、壮間はもう知らぬうちに越えていたことを知ってしまっている。そうなる前か、後か、形だけの違いだ。迷って先送りにすれば取り返しがつかないことになる。やるしかないんだ。香奈と美沙羅を守るために。決断すべきなんだ。

 

 そんな言い訳で必死に心を固め、

 壮間はほむらの魂が入ったソウルジェムに、剣を───

 

 

「───ほむらちゃん」

 

 

 一歩躊躇った壮間と杏子の間を抜けて、香奈は動いていた。ほむらの声にならない叫びが聞こえた気がして、恐怖なんか忘れて、体が勝手に走り出していた。香奈は今にも砕けて呪いが溢れそうなソウルジェムを包むように、ほむらの手を握った。

 

 

「うん……私もそう思うよ。『カッコいい名前だね』」

 

「っ……! なんで……その、言葉を……!」

 

 

 香奈は彼女の物語を全て見たわけじゃない。見えたのはほんの断片。彼女がどうなったのかも、ほむらが何を叫んでるのかも知らない。ただ、ほむらを救えるのはきっと彼女の言葉だと、そう思った。

 

 その言葉で、ソウルジェムの汚染が止まったように見えた。

 

 

「香奈……そこを退いてくれ。俺は彼女を、殺さなきゃいけない」

 

 

 壮間は止まれなかった。何を根拠に安心できるというのか。万が一にでも香奈を喪うわけにはいかないのに。

 

 だが、壮間が絞り出すようにして放った言葉を聞いて、香奈はもう耐えることはできなかった。

 

 

「いい加減にしてよ!!」

 

「っ……!?」

 

「なんでそんなこと言うの!? おかしいよ、こんなの……! みんな悲しくて、怒ってて、それだけなのに! 戦わないでよ! ちゃんと話をしようよ!」

 

「香奈……! 違うんだ。なんで分かってくれないんだ! 俺は、お前を守りたいから……!」

 

「……聞いてやろうよ。こんなに必死に、叫んでんだからさ。話くらい聞いてやったっていいだろ?」

 

 

 壮間の前に出てそう諭したのは、杏子だった。彼女は槍を下ろし、ほむらを守ろうとする香奈に笑いかけた。

 

 

「悪かったな嬢ちゃん。あたしもこいつらも、みんな熱くなり過ぎてた」

 

 

 間違ったことは言ってないのに、ちゃんと話ができれば分かってくれたはずなのに、聞く耳すら持ってくれない。声が届かない。その辛さだけは、杏子が誰よりもよく知っていて、忘れる事なんてできなかったから。

 

 

「香奈……俺は……!」

 

 

 泣きそうな香奈の顔を直視して、壮間は自分の中から怒りが引いていくのが分かった。焦りと激情で冷静さを失っていた。救うべき相手の顔も見えなくなるほど、自分を見失っていたのだ。

 

 戦いが止まったことで、ミカドも変身を解いて戦意を収める。静まりゆく感情の炎を肯定するように、荒れた地に風が桃色の花びらを吹かせた。

 

 

「聞かせてくれよ、ほむら。この森は何なんだ? あたしが『ワルプルギスの夜』から逃げたあの後、アンタと鹿目まどかに何があったんだよ?」

 

 

 ほむらは香奈の手を離し、白く伸びる樹を見上げる。

 

 もう消えてしまいそうなほど遠い記憶だ。誰も真実を受け止められないから、誰にも頼らない道を選んで、永い時間を戦った。だから彼女と自分以外の全てが敵だということが、当然のように思うようになってしまった。

 

 

「そうね、もう、いいのかな……まどか……」

 

 

 彼女の口から語られるのは、悠久の戦いの望まぬ終わり。

 世界から『鹿目まどか』が奪われた、その時の話だった。

 

 

__________ 

 

 

 壮間が麻沼と話した後、何処かに飛び出してしばらく経つ。残された美沙羅は村の中で、子供たちの相手をしていた。この森はずっと僅かな光が射していて時間の感覚を忘れそうになる。どうかまだステージには間に合いますようにと、美沙羅は祈るしかなかった。

 

 

「日寺くんは……なにも言ってくれなかったなぁ」

 

「おねーちゃんどうしたの? わかったフラれたんでしょ!」

 

「あっ、ごめんね。なんでもないよ」

 

 

 結局自分は何がしたかったんだろう。中学の頃に壮間を好きになって、ずっと追いかけていた。でも彼に差し出せる“自分”がどこにもなかった。勉強がそれなりにできて、ブランド物を持っていて、習い事を沢山している梓樹美沙羅は、母が用意した作り物だ。

 

 あの頃の壮間は中二病だなんだと影で後ろ指さされていたけれど、美沙羅は彼のような確固たる自我が欲しかった。そしてそれは努力しても手に入らなかったから、奇跡に頼った。魔法少女という奇跡に、祈りを捧げた。

 

 でも、知らない間に壮間も特別な力を手に入れていた。少しショックだったが、それはそれで良いと思えたんだ。壮間と並び立てて、壮間の夢の役に立てる、それは最高の未来だから。

 

 

『ねぇ日寺くん。もし……もしよかったらなんだけど───』

 

 

 でも、森で襲ってきた鹿の怪物を倒した時、言い損ねたこの続きを、美沙羅はまだ言えずにいる。

 

 

「おねーちゃんって、まほーしょうじょだよね!」

 

 

 子供たちの中でも特に幼い男の子が、そう言った。その子は美沙羅の指輪を指していた。すると、今度は別の子が続ける。

 

 

「前にも何人か来てたの、ここに魔法少女が。先生が連れて来たんだ!」

 

「そうなんだ……その子たちはまだここに来たりする? お話とかしたいなぁ」

 

「ううん。みんなすぐにどっか行っちゃうの。でもね、いろんなお話聞かせてくれたよ!」

 

「そうそう! 魔法少女って、一つお願いを叶えてもらったんだよね! おねえちゃんはなにを叶えてもらったの!?」

 

 

 子供の無邪気が美沙羅の心を突く。子供は好きだが、時折怖く感じる。その純粋な瞳が、美沙羅の内側の空っぽを見透かしているように思えてしまって。

 

 

「私はね……好きな人に見てもらいたかった。だからもう一度会って……変わった自分を見てもらえますようにって、そうお願いしたの」

 

 

 空っぽから変わりたい。そして母の人形ではなく、『梓樹美沙羅』として壮間に会いたい。それが彼女が捧げた願い。

 

 その願いは『改造する魔法』として実現し、運命が捻じ曲がることで壮間は見滝原に来ることになった。しかもそこに香奈はいない。美沙羅だけを見てくれるという状況を作るためだけの願いだった。

 

 怖かった。不安だった。例えもう一度壮間に会えたとしても、空虚な自分には見向きもされないんじゃないかって。だから魔法に奇跡を望んだのだ。そんなことをしても意味はないと、わかっていたのに。

 

 

「フラれた、かぁ……やっぱり、そうかもしれない」

 

 

 わかっている。壮間は美沙羅を必要としてないことくらい。

 わかっている。自分が足手まといになっていることくらい。

 

 わかっているんだ。さっき壮間が香奈の名を叫んでいたことくらい。

 

 香奈が森に来ていて、壮間は彼女を助けに行ったんだ。その時、美沙羅は動かなかった。ほんの少しでも彼女がいなくなればいいと思ってしまった。自分がこんなにも醜いことは、わかっている。

 

 それでも、子供でいられる時間はもう無いから。伝えるんだ。

 

 

『一緒に戦えるなら怖くなんかない』

『死ぬことになったって構わない。だから』

『これからもずっと、あなたと一緒にいたい』

 

 

 あの言葉の続きを、明日のステージの後───時計がお終いを刻む、その時に。

 

 

「ねぇ、先生どこにいるか知らない?」

 

「しらなーい」

 

 

 この集落だと年長の方の、中学から高校生くらいの女の子がそこに来た。どうやら浅沼を探しているようだ。困った様子のその子に、美沙羅は声を掛ける。

 

 

「どうしたの? 私が何か手伝おうか?」

 

「『忘れ物』があったんです。今ごろ困ってるだろうし、先生に届けてもらおうと思って」

 

「忘れ物って……誰の……?」

 

 

 時を刻み続ける時計。

 その歯車が、軋む。

 

 




壮間、乱心。悩んでることが多いウチの主人公ですが、追い詰められてるって意味だと過去一だと思います。

次回は実質100話でお会いしましょう。
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