仮面ライダージオウ~Crossover Stories~   作:壱肆陸

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祝え!(実質)100話!壱肆陸です。
というわけで、平成末期からやってた本作ですが、キャラ紹介を抜いて遂に今回で通算100話を達成しました。ここまで長くやってこれたのも読者の皆さんの応援や感想のおかげでございます。放っておくと数か月間が空くような本作ですが、今後ともよろしくお願いします。

100話記念的なアレは……そうですね、補完計画で。

今回はまどマギ×鎧武編、前半ラストとなります。
今回も「ここすき」をよろしくお願いします!


この世で一番不幸なことって

「祝え!」

 

 

 預言者が高らかに声を上げる。その一言だけで全て出し切ったように清々しい表情を浮かべるが、しばらく余韻に浸って満足したかと思うと、一つ咳払いして本を開いた。

 

 

「失礼。どうしても言わずにはいられなかったもので……では気を取り直して。我が王が挑む魔法少女の物語ですが……私の姿が見えないと、皆さまさぞ不安に思ったことでしょう」

 

 

 そんなことは無い、というツッコミを待つウィル。しかし声が帰ってくることは無いので構わず進む。彼は一人遊びが趣味である。

 

 

「こと今回に関しては私の出る幕は無い。ささやかな祝福を送るだけで十分なのです。我が王はこれまで二度、大切な者を失うことで大きく傷を負った。一度目で己の無力を知り、二度目で己の愚かさを知った。そしてその度に強くなり、乗り越えて来た」

 

 

 1度目はアナザービルド。2度目はアナザー電王こと令央。

 

 その痛みは必要だったと、預言者は語る。その余りに主観的な語りは冷酷と愛が入り混じっていて、きっと紡ぎ手たちがその思いを理解することは無い。

 

 

「そして我が王が次に知るべきなのは……それは貴方の目で確かめていただきたい。それではまず魔法少女の物語、その始まりと、終わりから」

 

 

 ウィルが本を閉じ、止まっていた時が動き出す。

 それは2018年の暁美ほむらが、白い森で壮間たちに語る物語。始まりは見滝原中学校に編入してきた一人の気弱な少女、暁美ほむらと、そんな彼女の手を取った魔法少女───鹿目まどかの出会いの瞬間。

 

 

「私、その……あんまり名前で呼ばれたことって、無くて……すごく、変な名前だし……」

 

「えー? そんなことないよ! 何かさ、燃え上がれーって感じでカッコいいと思うなぁ」

 

「名前負け……してます」

 

「そんなのもったいないよ。せっかく素敵な名前なんだから、ほむらちゃんもカッコよくなっちゃえばいいんだよ」

 

 

 まどかは誰にでも心優しい少女だった。だからきっと、彼女にとってその会話に特別大きな意味は無かったのだろう。それでも、人と触れ合うのが苦手だったほむらにとっては眩しい言葉だった。

 

 その後、ほむらはそんな心の弱さを魔女に付け込まれる。だが、その命の危機をまどかに救われ、彼女が人々を守る魔法少女だと知ったことで、その出会いはほむらにとって奇跡となったのだ。

 

 鹿目まどかは優しく、強い、そんな絵に描いたような魔法少女だった。ほむらはそんな彼女を心の底から尊敬した。

 

 ただ恨み言があるとするなら、彼女は優しすぎた。彼女は最強の魔女『ワルプルギスの夜』に無謀にも挑み、散った。その身には大きすぎる使命感と、慈愛の心が、彼女自身を殺すことになってしまった。

 

 彼女を否定なんてできない。否定すべきは、弱い自分だ。守られることしか選べなかった、愚かな自分だ。そんな遅すぎる後悔の叫びを聞きつけ、魔法の使者───キュゥべえは現れた。そして彼女は祈りを捧げた。

 

 

「私は……鹿目さんとの出会いをやり直したい。彼女に守られる私じゃなくて、彼女を守る私になりたい」

 

 

 その願いは奇跡となって成就した。気が付けば時は『鹿目まどかに出会う前』に戻っていた。こうして暁美ほむらは『時間遡航』の魔法を得て魔法少女となり、鹿目まどかを救うことを決意した。

 

 そこから先は、気の遠くなるほど永い戦い。ワルプルギスの夜との戦いでまどかが死ぬ度に時間を戻し、繰り返す。何百も、何千も。ほむらはそれを詳しく語ることはしない。

 

 ただ、その戦いは彼女の心を変えていった。二度目のループで知った魔法少女の真実と、誰もそれを受け止められないという現実。そして繰り返すたびに経験するまどかや他の魔法少女たちの死。傷を負い、苦しみを抱えながら、それでも戦い続けた。いくら繰り返そうと変わることの無い、その親愛だけを導として。

 

 そして同じように繰り返していたあるループの最後で、異変は起こった。

 

 

「───やめた。やってられるかよ、こんなの」

 

「杏子……!」

 

 

 ループの最後に必ず到達する『ワルプルギスの夜』との戦い。そこで佐倉杏子が離脱し、ほむらだけが残された。

 

 今回のループでは見滝原を守っていた魔法少女、巴マミが戦死。まどかの友人の美樹さやかも魔法少女になってソウルジェムの穢れを抱え込み、死亡している。この2人がこの死に方をする場合、杏子もソウルジェムの汚濁で死ぬか、自死を選ぶことが多い。戦いを放棄するのは珍しいが十分にあり得るパターンだ。この展開自体は特段驚く程のものではない。

 

 ただ、ほむらの意識に蘇る、妙な違和感。

 少し前のことだが、まだ時間遡航をしていないのに、それと似た感覚───()()()()()()()()()が過ったのだ。それは、このループは今までに無い「何か」であるという、致命的な直感。

 

 

(今は、考えてる余裕なんて無い……!)

 

 

 空に鎮座する超巨大魔女、通称『ワルプルギスの夜』。遊戯のように大火炎を放ち、大地を耕し見えない手でビルを振り回し、幾千の手下で地上を埋め尽くす、神話の存在。

 

 ほむらはこの魔女に幾千の敗北を喫している。『ワルプルギスの夜』を倒せたのは魔法少女となったまどかだけだが、そうなったら必ずまどかは死ぬ。彼女を守るには、一人であの魔女を倒すしかない。

 

 

「ごめんね……ほむらちゃん。でも私は……私の力で、みんなを守れるなら……!」

 

「ダメよ、まどか……! どうしてあなたは……! そいつの言葉に耳を貸さないで!」

 

 

 結末から言うと、今回も彼女は失敗した。『ワルプルギスの夜』が引き起こす惨劇を前に、まどかは己の命を投げ出してキュゥべえと契約してしまった。その結果『ワルプルギスの夜』は倒され、世界が救われたとしても、意味は無いのだ。

 

 まどかは魔法少女としての大き過ぎる力の代償で、たった一度の戦いでソウルジェムを真っ黒に穢してしまう。その穢れは強大過ぎて、グリーフシードでの浄化も間に合わない。こうなってしまったらもう、手の施しようが無い。

 

 せめて彼女が世界を呪う姿を曝す前に、こんな世界は無かったことにする。時間を戻してもう一度やり直して、今度こそ彼女を救う。そういつものように右腕の盾を起動し、時間遡航の魔法を発動しようとした、その時だった。

 

 

「聞いてた通り、随分な力だな。鹿目……まどか、か。もう少し利口に育ててりゃ、話も違っただろうに」

 

 

 ジッパーのような空間の裂け目から現れた白衣の男が、荒れ地となった見滝原に踏み入った。このタイミングで現れるはずのキュゥべえの死骸を片手にぶら下げて。

 

 

「誰……? あなたは、これまで一度も見たことが無い! あなたは一体……!」

 

「なるほどな、本当に覚えちゃいない……歴史が変わってるのは確かみたいだな。俺は麻沼だ。覚える必要も、まぁ特には無いが」

 

 

 しかし、ひときわ異様な雰囲気を放っていたのは彼ではなく、その後ろにいる少年の方。

 

 

「やるなら早くしてよ。いつまでも止めてはられないし、出てからじゃ僕もお手上げだからね」

 

「わかってる。子供(ガキ)じゃないんだ、今更やめたりなんかするかよ」

 

 

 チーズの駄菓子を齧る少年───タイムジャッカーのヴォードに急かされ、麻沼はまどかの体の傍に落ちた、砕ける寸前のソウルジェムを掌に収めた。

 

 

「……っ! 返しなさい! 誰かなんてどうでもいいわ、まどかに触らないで!」

 

「話が違ぇな。時を止めてたんじゃなかったのか、タイムジャッカー」

 

「あーやっぱりか。彼女は僕らと同質の力を持ってるからね、そういう相手にはこの力は効き辛い。というわけで、ちょっと大人しくしてて」

 

 

 麻沼の右腕のみが異形となり、クラックから抜刀された朽木の大剣が、満身創痍のほむらの胴体を斬り付けた。

 

 

「あ゛ぁっ……! 何を……ッ!」

 

「魔法少女だろうがヘルヘイムの植物は有害だ。死にはしなくても、もう毒でまともには動けない」

 

「いや、彼女に限ってはまだ不十分だよ。これ痛いから気乗りしないけど……」

 

 

 ダメージで動けないほむらに近付いたヴォードは、時間操作を司る彼女の盾に触れる。すぐさまその手を振り払い、血を吐きながらなりふり構わず時間を戻そうとしたほむらだったが、一歩遅かった。

 

 

「そんな、なんで……!? 時間が戻せないっ……!?」

 

「その時計を機械と解釈して、僕の力で因果に楔を打ち込んだ。悪いけど、君はもう二度と時間を戻せない。勝手に別の時間軸に行かれる分にはいいけど、『円環の理』が生まれるのは阻止しなきゃいけないからさ」

 

 

 過度な介入のペナルティにより、片手の一部が黒味がかった靄になり実体を失った状態で、ヴォードはほむらにそう告げる。だが、そんなことを受け入れることができるわけなかった。

 

 もう二度と時間を戻せなくて、まどかを守ることが決して叶わなくなってしまって、彼女の死を覆すことができないのだとしたら。もう、ほむらが生きている意味なんてないじゃないか。

 

 数えきれないほど繰り返し、重ねた膨大な時間の絶望が全て、思い出されたかのように襲ってくる。彼女の心を深く黒い闇へと引きずり込む。

 

 

「そいつも手遅れか。それなら仕方ない、同じようにそいつのソウルジェムを───」

 

 

 ほむらからソウルジェムを奪おうとした麻沼を、ヴォードは消えかかった片手で制止した。

 

 

「ねぇ。君はさ、それだけ絶望するくらい、鹿目まどかのことが大事だったの?」

 

「まどかは……私の、大切な友達……たったひとりの友達なの……だからお願い、返して……まどかを私から奪わないで……!」

 

「そっか。たったひとりの友達、か。ごめんね」

 

 

 ヴォードの人差し指がほむらの額に触れ、その意識は崩壊しかけたまま暗転した。

 

 

 目が覚めた時には、ほむらは森の中にいた。

 

 まるで魔女の結界のような、妙な空気の森だった。ここが天国でも地獄でもないのは、音として伝わる自身の脈動が証明していた。治った傷と浄化されたソウルジェム、そして妙に冷静な思考から、相当な時間の経過を感じる。恐らく時間を止める力の応用で、ほむらは眠っていたのと同じ状態に陥っていたのだろう。

 

 『ワルプルギスの夜』に負けたというのに、ベッドの上じゃないのは不思議な感じだ。あの戦いを越えた先の時間を生きるのは初めてのことで、何をすればいいのか分からない。この絶望を抱えたまま、生きる理由を見いだせない。

 

 まどかの体も、あの男に奪われたのだろうか。せめてちゃんと弔いたかった。まどかを家族のもとへ帰してあげたかった。それすら叶わない今、もう命を絶つ以外に彼女に思いつく道は無かった。唯一残った魔法である格納空間から銃を引き出し、ほむらはその銃口を己のソウルジェムに向ける。

 

 

「まどか……」

 

 

 最期にその名をと呟いただけだった。だが、その名を呼んだ時、ほむらは微かだが確かに感じた。魔法少女となった、まどかの魔力を。

 

 

「まどか……!? どこにいるの、まどか! お願い返事をして! お願い、もう一度……私の前に……!」

 

 

 銃を捨て、何度その名を呼んでも、感じるだけで返事は無い。

 そしてほむらは気付いた。まどかの力は、辺り一帯から感じる。いや、それどころかこの森の全てから、彼女を感じるのだ。

 

 

「ここにいるの……まどか……?」

 

 

 理屈なんて皆目見当も付くはずがない。それでも彼女は確信した。

 この森は、まどかの力で構成されている。肉体は既に失われてしまったとしても、彼女のソウルジェムはこの森の何処かに眠っている。

 

 彼女を終ぞ守ることができず、魔法と共にやり直す権利も失ったほむらが、いま生きてこの森にいる意味があるとするのなら───

 

 

「私は……あの男から、あなたを取り戻す。他の誰にも渡さない。私はもう一度あなたに会って、そして───」

 

 

 もう繰り返すことも無い永かったバッドエンドの物語。その結末があるのなら、せめてそれがいい。そのただ一つの終わりを求めて、暁美ほむらはもう一度だけ戦うことを決めた。

 

 

 

__________

 

 

 

「いや待て待て。じゃあなんだよ、アンタはあたし達が『ワルプルギスの夜』と戦うまでの時間を何度も繰り返してて、鹿目まどかが死ぬ度にやり直してたってことか!? はぁ!? じゃあ本当にさやかやマミのことも全部知ってて……どういうことなんだよ!」

 

 

 ほむらが語る物語は一旦そこで終わった。杏子は自身を巻き込んだ壮大なスケールの話に何一つ理解が追いついていないようだった。それは無理もない話で、だからこそほむらは彼女を含めた誰にも、自身の境遇も未来のことも話すことはしなかった。

 

 だが、杏子以外はそうじゃなかった。部外者のはずの壮間たち3人は、ほむらの話を実感を以て受け入れていた。それもまた、当然だ。

 

 

「本当に、そうだったんだ。時間を遡って未来を変えるために戦う。俺と……同じだ」

 

「そう……もともと祈れば叶うこんな世界で、私だけが特別だなんて思ってなかったけれど……それがまさか魔法少女でもないなんてね。私もさっきの戦いで嫌でも感じたわ。あなたの怒りは、私のそれとよく似ていた。それを認めたくなかったのは、きっとお互い様でしょうけど」

 

 

 同じというには烏滸がましいのかもしれない。壮間は彼女ほど長く戦っていないし、負った傷や直面した死の数はきっと比べ物にならない。それでも同じと言わずにはいられなかった。

 

 怒りに支配されて、他者の声を自分から追い出して、こんな大事なことにも壮間は気付かないところだった。気付かないまま、彼女の物語を無視して殺してしまうところだった。

 

 

「暁美……ほむら、さん。俺は……っ!」

 

「後にしろ日寺。落ち着いている内に進める。主語は狭かったが概ねこの馬鹿が言った通り、俺たちは直に来る世界の滅びを止めるために時間を越えて戦っている。この森、そして森を操るアナザーライダーはそれに深く関わる存在だ。ここまでの話を纏めるぞ、いいな?」

 

「……もういいや。あたしの頭じゃわっかんねぇよ、時間がどうとかの話は。でもアンタが必死に戦ってたのは分かる。今はもう、それでいいよ」

 

 

 杏子が事態を飲み込んだのを見ると、ミカドはほむらの経験を精査する。気になる点は多々あるが、重要なのは最後のループのタイムジャッカーが現れて以降だ。

 

 

「『鹿目まどか』なる魔法少女がアナザーライダーの狙い、か。この街を災害から救ったと言う『救済の少女』は……」

 

「えぇ、まどかよ。私からもひとつ聞かせてくれない? あなたは……どうしてまどかの言葉を知っていたの?」

 

「私? あ、それが……わかんないんだけど、この白い森から聞こえたんだ。ほむらちゃんとまどかちゃんが出会った時と、それから先のお話が、少しだけ。その声が私をここに呼んでくれたの」

 

「あなたには聞こえたのね……羨ましいわ。私には感じることしかできなかった。まどかを強く感じるこの場所を」

 

 

 ここら一帯の白い森。麻沼が『庭園』と呼んでいた、ソウルジェムの穢れを浄化する果実が実る区域。彼女の力が満ちているこの場所を見つけるまで1年かかり、それからずっと、森に近寄る魔法少女を排除しながら鹿目まどかを探しているという。

 

 

「この白い果実を見つけたおかげで……まどかのおかげで私は生きてる。それまで、たったの1年でも地獄だったわ。武器は尽き、魔法は無い。死の淵で縋るように森の果実を口にして、私の体は人間でも魔法少女でもなくなった。それでも1年生きて、ようやく見つけた……」

 

「……さっきの森を操る力。果実を食べて、インベスになったってことか……?」

 

「話通りならアナザーライダーの攻撃からヘルヘイムの毒を喰らっていたはずだ。魂と肉体が分離していることで毒の進行が遅れ、その内にヘルヘイムへの耐性を得たとすれば……肉体のみが姿を保ったまま半インベス化し、人格は保たれたというのがそれらしい仮説か。全く奇跡的だがな」

 

 

 しかし、ほむらの傷口から侵食する植物は、ゆっくりと確実に彼女の肉体を蝕み続けている。魔法少女の体だからかインベス化が半端で、毒に適応し切れていないのだろう。ソウルジェムの穢れは杏子が持っていたグリーフシードで吸い出せたが、5年間毒に浸された体はミカドでも手の施しようが無い。

 

 怒りのままに戦い、秘めていた全てを話した。気力を使い果たしたも同然だ。

 

 彼女はもう長くない。それはもう、誰が見ても明らかだった。

 

 

「……よし! じゃあやることは決まりだよね! こうやってちゃんとお話しできて、みんなの思いを一つにできたんだから。一緒に探そう、まどかちゃんを!」

 

「おい片平、話はまだ何も……」

 

「いっしょに探しながらでいいじゃんそんなの! だって明日はステージなんだよ、忘れないでよね! みんなで力を合わせて探せば、きっとすぐ見つかるよ!」

 

 

 ほむらが5年探して見つからなかったのに、そう簡単に見つかるものか。彼女自身、気力があればそう毒づいていただろう。それでも、今はまどかの声を聴いた彼女を信じたい。不思議とそんな気持ちを抱いていた。

 

 香奈からしても強がった提案だ。でも今は、これが彼女のためにできる精一杯だと、香奈はそう信じた。

 

 

「いいじゃん、探そうぜ。いまさら償うだなんてそういうわけじゃない。あたしも会いたいんだよ、アイツに。馬鹿野郎とか、何やってんだとか、色々言いたいことはあるけどさ。本当に魔法少女になって、みんなを救っちまって……すげぇよって、言ってやりたいんだ」

 

「杏子ちゃん……」

 

「ちゃん付けはやめてくれよ嬢ちゃん。でもただ探すのもつまんねぇし……そーだ! 最初に見つけたやつは焼肉食べ放題ってのはどうよ。一番役に立たなかったやつの奢りでさ!」

 

「なんだ貴様、なぜ俺を見る。俺が一番役立たずとでも言いたいのか!? 上等だ、魔力探知できるのが貴様らだけだと思うなよ!」

 

 

 会って短いだろうにミカドの扱いが上手いなぁと、香奈は感心する。そんな光景を樹に寄りかかって見ていたほむらに、香奈は肩を貸すようにして手を引いた。

 

 

「動ける? 一緒に行こうよ。ほら、元気ないならこれあげるから! 私のとっておきだけど、友達の証!」

 

 

 香奈がポケットから出したのは、宿から持って来た2個のチョコレートのうちの1つ。

 

 不意に思い出す、まどかとの『本当の』出会いの日。香奈が当たり前のように差し出す真っ白な優しさは、どこかまどかに似ていた。

 

 包装紙から外された溶けかけのチョコレートを口に入れる。

 

 

(味が……しない……)

 

 

 この身体になってから、果実以外のものを食べられなくなってしまった。それでも、やはり思い出してしまう。

 

 魔法少女という存在を知ってから、マミの家には何度も招かれて、皆で一緒にケーキを食べた。それも最初の2回のループだけ。それから先は独りで戦うことを選び、そこに自分はいなくなった。

 

 戦い続けられていたら、こんな未来に辿り着けたんだろうか。もしくは、あの繰り返しの中で何かが違っていたら。まどかと、杏子と、さやかと、マミと……みんなでお菓子や紅茶を囲む。そんな茶番のような、下らない夢のような、

 

 あの甘さが懐かしくて、愛おしい。

 

 

「残り1個は……ソウマ、あげるよ! あんなこと言っちゃったけど……助けに来てくれてありがとうだし、ほむらちゃんとも仲直りしなきゃでしょ? ……ソウマ?」

 

 

 香奈がいつもと変わらぬように壮間にチョコを差し出すが、彼の様子は依然としておかしかった。この暖かな森の中で、壮間の表情だけは焦りと狼狽に侵されている。

 

 ほむらの話を聞き、彼女が香奈に危害を加える理由も無くなった。それはいい。問題は彼女の話に出て来た麻沼のことだ。

 

 

「麻沼が魔法少女のグリーフシードを奪って、森を作った……!?」

 

 

 麻沼はアナザーライダーだが、社会で居場所のない子供たちを保護し、その力で王と成り社会を変えようとしている。それを完全に信用したわけじゃないが、嘘を言っているようには見えなかった。

 

 だが彼は『魔法少女を救いたい』とも言っていた。この『庭園』がその結実だとも。その理想と、ほむらが語った彼の行為が壮間の中でズレる。

 

 嫌な予感がする。想像する未来が黒く濁っていく。

 暁美ほむらを捕獲するという契約は一旦中止だ。今は戻って、直接確かめなければいけない。美沙羅を置いて来たその判断が、最悪になってしまう前に───

 

 

 

「流石は大躍進の王候補だ。こんなに早く暁美ほむらを追い詰めるとはな」

 

 

 壮間の心の中を見透かしていたのか、いや恐らく全てを見ていたからこそ、今現れたのだ。無関心な拍手を鳴らしながら、壮間たちの前に麻沼が姿を見せる。

 

 

「麻沼ッ……!」

 

「暁美ほむら。随分と手間取らせてくれたが、これで終いだ。他の王候補もそろそろ動き出す。これ以上お前に割いてる時間は無い」

 

「待て麻沼! 話を……聞かせろ。なんで彼女を攻撃した! なんで彼女から、『鹿目まどか』を奪った!? 魔法少女を救うんじゃないのか!?」

 

「契約に私情を挟まれても困るんだがな。まぁ、そうか。説明とか、納得とか、まだそういうのが欲しいってのも分かるか」

 

 

 ほむらが既に動けない。他の面子は麻沼を敵視しているが、攻撃を仕掛けてくる様子はなく見極めているといったところ。そして壮間は揺れている。この状況を把握し、麻沼は口を開いた。

 

 

「全て必要だったからやったまでだ。俺のアナザーライダーとしての能力は『ヘルヘイムの生成』。領土と手下を生み出せるのは強力に見えるが、作れる面積は精々都市一つ分。社会を変える王になるには、この能力の拡張が不可欠だった」

 

「それに『鹿目まどか』が必要だったって言うのか……!?」

 

「あぁその通り。曰く、鹿目まどかはその気になれば宇宙を作り直せる程の魔法少女だ。物理法則を凌駕する願いの力、魔法少女が持つ感情のエネルギー。彼女が持つ莫大なそれを利用しない手は無かった。暁美ほむらが邪魔な理由は言った通りだ。それに殺しちゃいねぇだろ。タイムジャッカーに任せた結果、面倒事に成長したからこうなってるだけだ」

 

 

 現にこのヘルヘイムの面積は広大。民を住まわせ、兵力を蓄えるのであれば、この面積が必要なのは納得できる。納得は出来るのだが、それはあくまで理屈の上。麻沼の理論は、王というには余りにも───

 

 

「ソウマが手を組んだって言ってたから、きっと……悪い人じゃないんだと思う」

 

「香奈……?」

 

「でも、社会を変えるとか私にはよく分かんなかったけど! それって結局、まどかちゃんとほむらちゃんを犠牲にしてるってことじゃないの?」

 

「犠牲とは人聞き悪い。鹿目まどかはあの時点で救いようが無かった。再利用と言えば非人道的にも聞こえるだろうが、いわば礎になってもらったんだ。真に純粋な社会、その新たな理のためのな」

 

「じゃあ、『魔女狩り』は何? キュゥべえに見せて貰った、あなたが魔女や魔法少女を倒してるの! 魔法少女を救うんだったら、なんで魔法少女と戦わなきゃいけないの!?」

 

 

 『魔女狩り』は杏子もよく知っていた。数年前から魔女の結界内に出現し、魔女を殺してグリーフシードを奪う鎧武者と、その手下の怪物たちのこと。『魔女狩り』のせいで魔女の数は激減し、魔法少女はグリーフシードを手に入れ辛くなり、弱い魔法少女が競争に負けて死に追いやられるという悲劇がより深刻化した。

 

 そして、それに歯止めをかけようと挑んだ魔法少女も殺された。その被害に遭った者たちを、杏子は何人も知っている。その朱い敵意が、無意識に鋭さを増す。

 

 

「……森の維持と『庭園』の拡大には大量のグリーフシードを必要とする。だから魔法少女との衝突は避けられなかった。これで納得したか? 鹿目まどかのソウルジェムは森の心臓だ、絶対に渡せないっつう俺の都合も理解しろ。さぁわかったら暁美ほむらを寄越せ。それで契約は履行だ、約束通りあの娘のソウルジェムの面倒は見てやる」

 

「確かに……この果実がありゃ多くの魔法少女が救えるだろうな。あたしもそれを利用しようとしたんだ、偉そうなことは言えねぇさ。でも、じゃあ何だ? お前のせいで死んだり、お前がその手で殺した魔法少女は、そいつの言う通り必要な『犠牲』だってのかよ!」

 

「あぁそうだ、認めりゃ満足か? いい加減に聞き分けろガキ共。世界を救うために切り捨てなきゃいけねぇもんが出る。そういうもんなんだよ社会ってのはな」

 

 

 杏子の叫びに対し、麻沼がそう言い切った。それが引鉄だった。

 美沙羅を救うという結果だけを求めるのなら、ここで彼の手を取るべきだ。でも、例え愚かな行為だとしても───

 

 

「……何のつもりだ?」

 

 

 壮間は預かっていたアナザー鎧武ウォッチを掲げ、戦いの中でほむらの手から離れた銃を拾い、それを突き付ける。

 

 

「ここでほむらさんを明け渡して、どうする気だ」

 

「森を出入りし植物を操る。そんなやつが懐柔不可能で森の心臓を狙ってるとありゃ危険過ぎるだろ。俺だってやりたくはねぇが殺す以外に無い。これも必要な犠牲ってやつだ」

 

「お前の言葉に嘘は無かった。これまでも、さっきの話も、今も。でも……だからこそだ。嘘も淀みもなく『必要な犠牲』だなんて言う男に、梓樹の命を任せられるか。例え梓樹を救えても、その先に俺が望む王道は無い! 俺は、お前と共に歩めない!」

 

 

 これで美沙羅を魔法少女の運命から救う算段は無に帰すだろう。だが、望みを捨てたわけじゃない。佐倉杏子と暁美ほむら、魔法少女との繋がりを得た今、美沙羅を生き延びさせる手段は如何様にもあるはずだ。

 

 

「ここで直接お前と敵対する気は無い。同盟の破棄を申し出る! 梓樹を返せ!」

 

 

 だからまずは美沙羅を取り戻し、麻沼と決別する。これはその交渉、人質交換の一手だ。

 

 

「───世界中に繋げられるクラックを使って、他の王候補にも会った。下位の奴らは言葉が通じない獣で、上位の奴らは話が通じない怪物。その点、お前は話ができると思ったんだがな……」

 

 

 今や目の前の全員が敵で、アナザーウォッチは無い。そんな状況を心底面倒くさいとだけ吐き捨てるように、麻沼は首を傾けて息を吐く。覇気も威圧も感じない。ただ無気力に右手を胴の前に持ち上げる。

 

 

「それを否定はしねぇよ。ただやっぱり、若いってのは愚かと同義だな」

 

 

 麻沼が出した合図で、上空から急降下したコウモリインベスが壮間に襲い掛かる。しかしそれにはミカドと杏子が応戦し、アナザーウォッチは未だ手中にある。

 

 交渉決裂だ。こうなればもはや美沙羅は戦って奪い返す以外に無い。だがここでアナザーウォッチを壊してしまえば戦力の天秤は一気にこちら側に傾くはずだ。そう、これを壊してさえしまえば───

 

 

「……違う。馬鹿か! 俺は、何を言って……!?」

 

「そうだ。知ってはいたが気付かなかったか? アナザーウォッチを壊しても意味ねぇってことに」

 

 

 魔法少女の末路を聞いて動揺し、迫られた人質という選択肢に答えを急いてしまった。直近にアナザーウォッチを見せられたことで、それに飛びついてしまったのだ。

 

 なんで忘れていた、2009年でアラシがアナザーダブルウォッチを壊してもすぐ再生した様を見ていたはずなのに。『アナザーウォッチはオリジナルのライダーの力でしか壊せない』というルールを、壮間は見落としていた。

 

 

(いや、落ち着け! これは間違いなく本物だ。こいつを死守すれば話は同じ! 麻沼は変身することができないはず……!)

 

 

 その考えさえ見透かすように、麻沼は今度は左手を挙げる。

 変身したゲイツに倒される寸前、コウモリインベスが叫びを上げた。その瞬間に森が揺れ、木々が騒めく。空間をクラックが埋め尽くし、這い出て進行するインベスたち。その数は、5、10、20、50……数えるたびに、絶望が押し寄せる。

 

 香奈はキュゥべえに見せられた映像から、麻沼の力を知っていた。もっと腰を据えて話す余裕があり、情報の共有ができていれば壮間の選択も違ったかもしれない。だが、麻沼はその時間を与えなかった。

 

 

「なるほどな。ヘルヘイムにしてはインベスがいないのが妙だと思っていた。隠していたな、貴様。この兵力差を誰にも悟らせないために」

 

 

 アナザー鎧武は鹿目まどかのソウルジェムを得て、自身の能力を最大にまで覚醒させた。その能力とは剣技でも森の操作でもなく、王という個人の実力に左右されない盤石な数の力。他のどの王候補も持ち得ない、圧倒的な『兵力』である。

 

 こんなの論ずるまでもない。壮間たちに勝ちの目は、絶対に無い。

 

 

「子供は純粋で、意外にも聡明だ。嘘を見抜く視力も最適解を掴む握力もある。だが同時に浅慮で、私情と現実が区別できない。だから踊らされる。お前らが大事に抱える全部を捨て去った、薄汚ぇ大人にな」

 

 

 この広い森は麻沼の領域で、果実を食えばインベスになることも麻沼から聞いていた。それはつまりインベスなんていくらでも増やせるということだ。何もかも全部気付けたはずだ。

 

 いや、仮に気付けたとしてどうだった? 別の手が取れたか? 選択肢があったとしても壮間はそれを選べたのか?

 

 

「暁美ほむらはオーバーロードに片足踏み込んでやがる。万全ならインベスを操る力すらあったのが厄介だったが、ここまで弱れば関係ねぇ。もう一度機会を与えてやるよ、日寺壮間。信念も夢も捨てて俺の下に付け。そうすりゃ暁美ほむら以外全員、生きて帰してやる」

 

 

 全ては麻沼の手の上。壮間はこの森に迷い込んだ時点で、袋小路に閉じ込められていたんだ。

 

 このまま首を振れば死も同然だ。でも、沈黙以外の抵抗ができない。行き止まりを悟った壮間が、助けを求めるように顔を上げた。そこで見たのは

 

 

「……どういうこと、なの? 麻沼さん……日寺くん……?」

 

「梓樹……!?」

 

「ッ……!? どうなってる。なんでお前がここに」

 

 

 インベスの大群を飛び越え、薙ぎ払い、傷だらけの姿の美沙羅がそこにいた。その肩に乗っているのはキュゥべえ。

 

 

「まだ森に紛れてやがったのか、インキュベーター……!」

 

「好機だ! 全員掴まれ、離脱するぞ!」

 

《カイガン!》

《ゴー・ス・トー!》

 

 

 美沙羅の身柄さえ保護できれば、戦うという選択肢が敢行できる。ゲイツは即断でゴーストアーマーを纏い、召喚したパーカーゴーストで全員を空中に逃がした。

 

 麻沼が即座に飛行インベスたちを仕向けるが、残りのパーカーゴーストや杏子の多節槍と結界魔法が敵を一気に蹴散らし、足止めする。パーカーゴーストたちはそのままインベスの大群を突破し、広大な森の中に身を隠すことに成功した。

 

 

「っ……はぁ~~~!! 大ピンチからの危機一髪だよ! でもミサ! 無事でよかった~!」

 

「そ、そうだね。本当に……無事でよかったよ、香奈ちゃん。日寺くん」

 

「梓樹。ごめん……俺のせいだ。俺が間違った。俺のせいで、お前を危険な目に……!」

 

「違うよ日寺くん。日寺くんは悪くない。悪いのは……全部私だから。そんなことより大変なの! さっき村でこれを見つけて───」

 

 

 美沙羅の足元を回っていたキュゥべえの傍に杏子の槍が突き刺さり、会話は中断される。キュゥべえの助けで窮地を脱したことに、杏子と、特にほむらは憎悪を剥き出しにしていた。

 

 

「なんでテメェがここにいる」

 

「香奈との通信が途絶えた後、美沙羅の声が聞こえてね。日寺壮間のところに連れて行ってほしいって言うから、僕がここまで案内したんだ」

 

「よくあたし達の前に面出せたもんだなって言ってんだよ。こんな状況じゃなきゃ挽き肉にしてやってるとこだぜ」

 

 

 だがキュゥべえはそんな心境も素知らぬ様子で淡々と返す。

 

 

「今はそんなことを言ってる場合じゃないはずだ。敵はあの『魔女狩り』なんだからね。ほむら、君の力で出入口は開けられないのかい?」

 

「ッ……! 無理よ。少なくともこの状態ではね。一人分のクラックをこじ開けるのにも、かなりの時間がかかるわ」

 

 

 インベスたちの気配が近づいてきている。もはやこうして話すことすら許されなくなった。だからキュゥべえはその場の全員にテレパシーで伝える。

 

 

『絶望的な戦力差だね。見つかるのも時間の問題だ。でも、この状況を覆す方法が2つある。1つは片平香奈、君が魔法少女になることだ』

 

『お前っ……! ふざけんな! 香奈を魔法少女になんかさせるか! そもそも、お前が梓樹を唆さなけりゃ……!』

 

 

 テレパシーの通信回線で激高する壮間だが、この声は美沙羅にも聞こえている。下手なことは言えない。

 

 

『ソウマ……私は、やっぱり私の力で皆が助かるなら……!』

 

『待ってキュゥべえ! ダメだよ、香奈ちゃん。そんなことしたら……』

 

 

 そんなことしたら自分が特別じゃなくなる。香奈の劣化品になる。美沙羅は心の中でその本音を殺した。この期に及んでなんて醜い本音だろう。嫌悪感が、美沙羅の胸の奥を突き刺す。

 

 

『もう1つの方法は美沙羅、君の力を使うことだ。可能なら僕も避けたかった選択さ。君には酷な方法だからね、無理強いはできない』

 

『なんだよそれ! まだ梓樹に、何かさせようってのかこのクソ野郎!』

 

『私にできることなら何でもやるよ! 香奈ちゃんが戦わなくてもいい。みんなが助かる。そんな風に私が役に立てるなら、そのための魔法なんだよ。日寺くん、あなたの役に立てるのが、私の幸せで願いだから』

 

『そうか。わかったよ美沙羅。それが君の願いなら、僕はそれを聞き届けよう』

 

「なァ、もういいか。そろそろかくれんぼも終わりにしようや」

 

 

 テレパシーに割って入る麻沼の肉声。この距離で麻沼がインベスを動かせばたちまち見つかってしまうだろう。

 

 

「君に一つ聞きたいんだ、『魔女狩り』。いやアナザーライダーと呼ぶべきかな」

 

 

 インベスが迫り、壮間たちが時間を稼ぐために応戦を覚悟した矢先、キュゥべえが麻沼の前に姿を現した。なんのつもりだと憤慨したくもなるが、壮間たちは動けない。今は様子を伺い、ほむらがクラックを広げる時間を待つのが最善手だ。

 

 

「そこにいたのか。礼も文句も、言われる筋合いはねぇと思うんだが」

 

「そうだね。君の存在はいわば途轍もなく強い魔女のようなものだ。今のところ君の行為は僕らの目的に大きな影響は及ぼしていない。まどかの件は、少し無念というべきかもしれないけどね。だからこれはただの興味だ。君は本当に、魔法少女を救うつもりなのかい?」

 

「焦ってるのか? グリーフシードが不要になれば魔法少女が戦う必要は無い。そうなりゃ人間の娘の感情……主に絶望を収集するのは難儀になるからな。もう何千何万の人間を消費しただろ、いい加減足るを知ってくれ」

 

 

 魔法少女のことについてよく知らない壮間も、ミカドも、薄々勘付いてはいた。魔法少女のシステムは明らかに作為的で、魔法少女の死が最終目標のように組み立てられている。

 

 香奈と美沙羅も、魔法少女という道の過酷さは、戦いという道がそうであるだけだからだと思っていた。でもその導き手のキュゥべえにあるのが善意では無いとするのなら、話は裏返る。

 

 キュゥべえへの疑念は麻沼の話を聞くたびに、濃くなっていく。だが時間を稼げているのは事実で、クラックは少しずつだが広がっていた。このまま脱出することさえできれば、今はなんでもいい。

 

 

「安心しろインキュベーター。アイツらは何か勘違いしてたみたいだがな。魔法少女を救済するつもりは、無い」

 

 

 「は?」と声が出そうになった。魔法少女という括りを救うため、一部を切り捨てるというのが彼の言い分だったんじゃないのか。

 

 

「子供ながらお前に頼るしかなかった被害者だからな、最初は魔法少女システムを壊してやろうと思ったのは本当だよ。グリーフシード争奪で奴らと敵対しないためにもな。だが改良した果実は、圧倒的に数が足りねぇし効率も悪かった。何十人かの命は賄えてもそれ以上は無理だ。だから諦めて、魔法少女は減らす方向に()()()()()

 

 

 麻沼が何を言っているのか、壮間には分からなかった。

 

 

「まず魔法少女どもに果実の噂を流布し、各地の魔女結界内にクラックを開いた。そこからこの『庭園』に辿り着く聡いやつは救われりゃいい。だがそうじゃない奴らはその前に普通の果実を食べる」

 

「なるほど、君は敵対勢力の魔法少女に果実を食べさせ、怪物にすることで逆に配下を増やしていたのか。残ったソウルジェムは森の維持に使える。実に合理的なシステムだね」

 

「それも暁美ほむらに邪魔されて、思うような成果は出なかったがな。だから魔法少女由来の個体には大きく劣るが、兵力を人間由来で水増しする羽目になったわけだが」

 

 

 アナザーライダーとは『主人公になれなかった者たち』というのが、壮間の解釈だった。手段は間違っていてもそこに信念や願いがあって、壮間はそれを否定はしたが尊重していた。

 

 でも、麻沼は何もかもが違うと、ようやく理解した。

 大義と理性がある。王になるための綿密な算段がある。その上で、正義というには余りに爛れて、邪悪。悪意なき害意、静かに狂う正真正銘の怪物だ。

 

 

「───ふざけんな」

 

 

 挑発なのは明白だった。でも、杏子はその怒りを抑えることができなかった。振るわれた槍が空気と共に樹々を切り裂き、麻沼の首を飛ばす軌道を描く。しかし、それは傍にいたインベスの身代わりによって阻まれてしまった。

 

 杏子の行動で全員が見つかってしまった。だが、誰も彼女を責めない。それを開戦の合図として、壮間とミカドもドライバーを構えて前に出た。溢れる怒りを抑えられないのは同じだった。

 

 

「案外早かったな。我慢切れか」

 

「口を開くなド屑が。この時代に来て初めてだ、ここまでの外道に会ったのはな」

 

「ッ……麻沼っ!! お前は、何なんだよ! 魔法少女だって人間だろうが! お前が救ってた子供たちと何も変わらないだろうが! なんでそんなことができるんだ……人の命を、何だと思ってるんだ!!」

 

「救うべき存在だと思ってるよ。でも無理なものは無理だ、仕方ねぇだろ。世界人口の8割以上殺すよりはマシだ。俺だって仕方ないなりに次善を尽くして───」

 

 

 無言で変身をしたジオウとゲイツが、一片の躊躇いもなく麻沼に殴り掛かった。しかしまたしてもインベスがそれを守る。そうだと知ってはいたが、このインベスが魔法少女の末路だと思うと、どうしても鈍る。麻沼の卑劣さに、腸が煮えくり返る。

 

 戦って時間を稼ぐ展開になった以上、勝ち筋はほむらが開けるクラックにかかっていた。彼女もまた蝕まれた体に怒りを巡らせ、空間をこじ開ける。

 

 

「……あの果実を食べた人が、怪物の正体……?」

 

「ミサ……?」

 

 

 香奈は余りの残酷さに言葉も出ず、立ち上がれもしない。

 でも、その横で美沙羅は、自分の声すら忘れた様子でただ目を見開く。

 

 その手から落ちたのは、村に残されていた『忘れ物』。

 これを見つけたから美沙羅は壮間のもとに来たのだ。村の子が、『彼女』は『戻らなきゃ』と言ってすぐにどこかに行ってしまったと教えてくれたから。早く探して『彼女』を見つけないと危ないと思ったから。

 

 

「それって、ヒカリの携帯……?」

 

 

 香奈の口から聞こえた名前で、壮間が振り返った。

 

 成湖晶。壮間と共に魔女の結界に飲み込まれた、美沙羅と壮間の友人。あの直後に壮間たちは森に吸い込まれて、その時に成湖の姿は無かったから、結界の崩壊と共に現実世界に戻ったものだと思っていた。

 

 でも、彼女の携帯がここにあるということは。

 

 そうだ。そもそもアナザー鎧武と同じクラックから入ったとしたら、麻沼が壮間と美沙羅が落ちた場所にはいなかったのは妙だ。仮にアナザー鎧武が別のクラックから森に逃げていて、そっちに成湖が吸い込まれていて、麻沼と共に村に下りていたとしたら───

 

 壮間たちが麻沼と最初に会ったのは、『2人でインベスを殺した後』だ。

 

 

「梓樹……! 違うっ! 落ち着け! 違うんだ……そうと決まったわけじゃない! だから、だから頼む! 俺の話を聞いてくれ!」

 

 

 美沙羅の記憶がフラッシュバックする。インベスを殺した時の記憶だ。何度も何度も早回しで逡巡する。もしあれがそうでなかったとしても、人間を殺したことに変わりはない。人を殺したのだ。もしかしたらそれが、親友だったかもしれない。

 

 

「私、晶ちゃんを……殺して、私……日寺くんの役に立てたって、喜んで、それで、私、笑って……」

 

 

 そんなことがあるか。あってたまるか。まるで振って来たような絶望だ。避けようが無い。知りようすら無かったんだ。だから自分を責めないでくれ。絶望しないでくれ。

 

 そんな壮間の叫びも、傍で呼びかける香奈の声も、もはや何も届かない。

 

 届いたのは、壮間たちに言い聞かせるように発した、麻沼の言葉だった。

 

 

「そもそも魔法少女は救いようが無いんだよ。お前らは俺を非難するが、結果は同じだろ。このクソみたいな社会に曝され、ソウルジェムが穢れた魔法少女は果実を食わせるまでも無く怪物に───()()()()()()()()()()

 

 

 さも当たり前の事実のように、その真実は明かされてしまった。

 

 魔法少女のソウルジェムが穢れきった末路は、単なる死じゃない。魔法少女はその瞬間に魔女となり、理性も善意も溶けて無くなり、現世に呪いと死を振り撒く。

 

 美沙羅は思い出す。今まで人々を守り、自分が生きるために、殺してきた魔女のことを。とっくの昔に殺していたんだ。それを知らずに変われたと悦に浸っていた。

 

 あぁこれでようやく、願いが叶ったんだって。好きな人に見てもらえるような、そんな立派な自分に成れたと。思い込んでいた。想いを伝えられると。大人になれると。

 

 

『俺らちゃんと一緒に大人になろう』

『そんで、大人になってもこんな感じでさ』

『取り留めないこと喋って笑えたらいいな』

 

 

 あなたと一緒にいたかった。

 でも私は人殺しで、これからもずっと人を殺すらしい。

 

 しっかりしろ。行かないで。諦めるな。死なないでくれ。

 みんなが呼びかけてる。でもそんな価値、私にはないんです。

 

 私は最期まで、何も知らない人形で、

 都合よく踊らされるだけの無個性の量産品でした。

 

 

「ごめんね。約束、守れなかった……」

 

 

 美沙羅のソウルジェムが、黒に呑まれ、砕けた。

 

 

「なんで。なんでこうなるんだよ……!」

 

 

 壮間はもう、嘆くことしかできない。

 砕けた美沙羅の魂は、辺りに闇を放出して結界を作り出した。あの気色の悪い作りものの空間だ。何本ものコンベアが敷かれ、その周りを洋服を着たブリキの使い魔が並んで、流れてくる物質を繋ぎ合わせて仲間を増やしている。

 

 コンベアを遡った先にいるのは、毛糸の筋肉と樹木の骨を剥き出しにして、それを文字だらけの紙の皮膚で覆い、お菓子の歯車で作動する、造り物で創られた歪な魔女。

 

 『工場の魔女』。それはさっきまで、梓樹美沙羅だったものだ。

 

 

「上手くいったね。さぁ今のうちに出口を広げるんだ」

 

「……何言ってるんだ、お前」

 

 

 キュゥべえが邪気もなく、そんなことを言った。

 壮間は絶望の底で、落っことすように声を発する。

 

 工場の魔女はインベスや樹々を掴んでは飲み込み、解体してコンベアに流す。そうして新しく使い魔が造られ、ロボットのように魔女に従う。それを見てキュゥべえは、失意の壮間に首をかしげて答えた。

 

 

「美沙羅を魔女にすることで戦力の増強を図ったんだ。『魔女狩り』のやっていることは勿論知っていたさ。そこでちょうど美沙羅のソウルジェムがかなり濁っていたからね、これまでの傾向から、その真実を明かすことで魔女化には十分だと判断した。相変わらず、何故そうなるのか理解はできないけどね」

 

 

 誰一人として、怒りを言葉にもできなかった。この怪物に何を言っても無駄だと、そう思ってもしまった。

 

 キュゥべえは美沙羅をわざと魔女化させたのだ。

 

 

「しかし驚きだ。彼女を見るといい、凄まじい力だよ。美沙羅の素質は契約時点では並以下だったんだけど、君と再会することでそれはどんどん高まっていったんだ。君のおかげさ、日寺壮間」

 

「……俺の……?」

 

「君はまどかと似ている。不自然なほど因果は君を中心に収束しているのさ。恐らく君の、その魔法とは違う力が関係しているのだろうね。だから君と関係が近かった美沙羅や香奈は、魔法少女として破格の器となった。このまま美沙羅の成長を観察するのも興味深かったけれど、今はそれを上回る素材である香奈を生かすことを優先し───」

 

 

 その言葉の続きは、ゲイツの斧がキュゥべえを斬り潰したことで途切れた。

 

 

「っ……ミサ! 返事をしてよ。帰ってきてよ……明日、ステージがあるんだよ……? 最後に一緒に踊って、終わろうって……ソウマに伝えたいんだって言ってたじゃん……! 元のミサに戻ってよ!」

 

「……無駄だよ、嬢ちゃん。魔女になった魔法少女を元に戻す方法は……無いんだ。あいつにはもう、声は届かない」

 

 

 泣き叫ぶ香奈を、杏子がそう諭す。その言葉は決して無情ではなく、歯を食いしばり、血が滲むように染み出た声だった。

 

 杏子からすれば美沙羅は、突然現れただけの魔法少女だ。でも、彼女が心優しく、正義に対して純粋で、その目はずっと壮間を追っていたのに気づいていた。

 

 

「ほむら、出口を開けたらそいつらだけ逃がしてくれ。あたしのことはいい」

 

「杏子……!」

 

「あたしは魔女にされたアイツの呪いを終わらせてくる。先輩として、友達を悲しませるバカは叱ってやらなきゃだろ? これでいいんだ。あたしは……誰のためにも、死んでやれなかったからさ」

 

 

 魔女になった美樹さやかを救えなかった。それからも、生きる理由もなくただ彷徨い、いろんな魔法少女に会った。復讐のために魔女を狩る魔法少女や、自ら命を絶とうとした過去を持つ魔法少女、こんな自分に施しや贈り物で感謝をしてくれた者もいた。自分を親のように慕う、健気な妹分がいたこともあった。

 

 誰も救えなかった。次に彼女たちのもとを訪れた時にはもう消えていたか、杏子の目の前で死んだ。それでも生きて戦い続けた。『自分のために戦う』という虚と化した信念が、意味を失って彼女を生かした。

 

 でも彼女はずっと償いたかった。佐倉杏子は生きながら、死に場所を探していた。

 

 杏子は失意に沈む壮間の手から、アナザー鎧武ウォッチを取り上げ、それを挑発するように麻沼に見せつける。

 

 

「でもその前に、アンタのことは一発ぶん殴らなきゃ死にきれねぇな!」

 

「お前らに付き合ってやる暇はねぇんだよ。憐れんでやるから引っ込んでくれ」

 

 

 杏子とインベス、そして工場の魔女による戦いは、もはや戦争だった。杏子は捨て身の戦いぶりで眼前の敵を切り裂いていく。かつては人だったそれらを、ただひたすらに葬る。力添えしようとするゲイツを突き放し、自分だけが前に出てその罪を引き受ける。

 

 

「魔法少女のシステムは最悪で、インキュベーターは人に仇成す害虫だ。でもな、魔法少女は腐り切ったら死んで魔女になるってのは、意外に悪くないと思わねぇか? 子供が子供のまま死ねる、それも俺の理想だ」

 

「大人になれないまま死ぬことの、何が幸福なんだよ!? あたし達は戦わなきゃ生きられないゾンビさ。それでも希望と夢を必死に抱えて、いつか救われることを願って生きてるんだ! それを勝手に奪う権利がテメェにあんのか!」

 

「その尊い夢や希望ってやつは、死ななくたっていずれ消えるんだよ。大人になったら、諦めを知らなきゃ生きて行けねぇって教えられるんだ。不実だけが賞賛され、お前のそれは無価値だと笑われ、唾を吐かれる」

 

 

 一騎当千の勢いを見せる杏子だったが、連戦に次ぐ連戦で息が上がる。使い魔とインベスに囲まれ、その攻撃を凌ぎ切れない。鮮血が飛び散ると共に、その手からアナザー鎧武ウォッチが放られてしまった。

 

 

「くっそ……!」

 

「大人はな、怪我の治りが遅いんだ。間違えちまったらもう元には戻らない。前は旨かったものが不味く感じるようになる。楽しかったものに心動かされなくなる。美しいと思ってたものが滑稽に見える。魔女やインベスに成るのと変わりゃしねぇ。社会が言う大人ってのは願った分だけ他人を呪う怪物だ。成りたかった自分になんて、成れねぇんだよ」

 

 

 麻沼の抱えるそれは憎悪や情熱のようではなく、とうに色褪せてしまった、名前の無い燃え滓のような感情。叫ぶ力すら残ってない、悲鳴というにはくたびれた、嘆き。

 

 アナザー鎧武ウォッチが起動し、麻沼の体に埋め込まれた。頭上に生成された腐った果実が、割れて、溶けて、麻沼に滴り落ちる粘性の果汁が鎧となって固化した。そうして顕現したアナザー鎧武が狙ったのは

 

 

「酒も煙草も博打も大して楽しくねぇ。辛いだけだ、大人ってのは。なぁお前ら、この世で一番不幸なことって、何だかわかるか?」

 

 

 剣から枝分かれして射出された錆色のクナイが、ほむらの体を貫いた。

 

 

「───大人になることだよ」

 

「ほむらぁぁっ!!」

 

 

 開きかけていたクラックを麻沼は見逃さなかった。満身創痍の状態でのこの傷は、紛れもなく致命傷だ。ほむらは血を吐き、完成間近のクラックが歪む。

 

 消えかかった意識でアナザー鎧武を睨みつけるより先に、ほむらは周囲を見回した。魔女となった友を前にして、戦う意志すら折られた壮間がそこにいた。香奈はその横で泣きながら後悔を叫ぶ。

 

 ふたりが何を思っているのか、ほむらには痛いほどよく分かった。

 

 

「立って。こんな運命に屈しちゃ駄目。あなたの戦場は……ここじゃない」

 

 

 ここで都合よく魔法が復活したりとか、まどかが力を貸してくれたりとか、このクソみたいな世界でそんな都合のいい奇跡は起きない。だからほむらは、持てる全てを出し切って、彼らを生かす。

 

 クラックを無理矢理こじ開け、迫るインベスに停止の命令を下し、アナザー鎧武を森の植物で押し返す。身体の状態を無視した能力の強行行使だ。緩やかだった毒の回りは急激に加速し、彼女の命が食い千切られていく。

 

 アナザー鎧武も同質の能力でほむらに対抗する。拮抗できるのは、ほむらの命が原型を留めている間だけ。

 

 

「どれだけ嘆いたって、私はもうやり直せない。でも、あなたは違うはずよ。あなたの友達を救えるのは……この最悪の結末を変えられるのはあなたしかいない! だから……!」

 

 

 インベスの異形と化した腕で、杏子は壮間に黒のライドウォッチを渡した。家紋のようなクレストに「2013」の文字、力が宿っていない鎧武のプロトウォッチだ。

 

 5年前、目覚めた時には持っていたこの時計。時間を超える力を感じたが、いくら試してもほむらでは使うことができなかった。これを持っていた意味が、今なら分かる。

 

 

「行って!」

 

「じゃーな、ミカド。アンタと組めて楽しかったよ」

 

「ほむらさん……!」

 

「……行くぞ日寺、片平」

 

 

 森にほむらと杏子を、そして魔女となった美沙羅を置いて、ミカドと壮間はクラックの中に逃げ込んだ。ただ、最後に出口の前で、香奈は立ち止まって残された美沙羅に振り返ってしまう。

 

 やっぱり彼女は優しく、強い。己の身すら顧みない大き過ぎる慈愛は、きっと───

 

 

「この末路を見て、あなたはまだ魔法少女になりたいと思う?」

 

「私は……っ……!」

 

「一つだけ、忠告しておくわ。今とは違う自分になろうだなんて、もう絶対に思わないことね。あなたは……あなたのままでいい。その優しさだけで十分に人を救える。それをどうか、忘れないで」

 

 

 ほむらが香奈を突き放す。

 香奈の体がクラックに入り切った瞬間、クラックは閉じられた。

 

 

「未来は変わるわ。あなたはそうなってしまう前に、彼らに負ける。まどかに手は届かない」

 

「変えられねぇよ。綺麗なままの、子供の理想にはな」

 

 

 アナザー鎧武が剣を振り下ろす。

 永かった物語の幕は、そこで下りた。

 

______________

 

 

 クラックから出たらそこは、見滝原の街だった。太陽はまだ出ていなかった。こんな世界が終わるような思いをしても、そんなこと知らないとでも言うように時間だけは正しく進む。

 

 

「プロトウォッチは手に入れた。クラックが閉じたとはいえ、ヤツがいつ追ってくるかも分からない。今すぐ2013年に飛ぶぞ」

 

 

 ミカドは壮間と香奈に声を掛ける。しかし、立ち上がれるはずもなかった。失ったものが大きすぎる。突き付けられた絶望が深すぎる。そんな壮間の胸を掴んで顔を持ち上げた。

 

 

「立て。まだ俺たちは負けていない。やり直して救えばいい、それが俺たちの戦いだろうが」

 

「……なんだよ。じゃあ、どうすればよかったんだよ!! やり直して救えばいい? やり直せるから失っても平気!? そんな風に思えたことなんか一度も無い! 俺は……ずっと死ぬほど辛かった。大事な人を失って、俺の目の前で誰かが傷ついて、辛かったんだ! だからもう間違えたくなくて、必死に考えて、俺が今まで手に入れた全部を使って……それでも守れなかった」

 

 

 壮間はずっと本気だった。できることは全てやりきった。自分が魔女やインベス───人間を殺していたと知っても、吐き戻しそうな自責を滅して守ることに徹した。それでも手段を選ばない邪悪の前には無力だった。

 

 あと1回しかない。その1回で、どうやって麻沼に勝てばいいんだ。これで駄目だったのに勝てる自信なんてない。仮に勝てたとしても美沙羅が救えるわけじゃない。魔法少女という巨大すぎるシステムを壊さないと、彼女はいずれ耐えられなくなる。

 

 そんなのできるわけがない。

 壮間の心はもう、限界だった。

 

 

「アイツが言ってた。香奈と梓樹に目を付けたのは、俺のせいだって……俺のせいで梓樹は死んだんだ! 成湖だって知らないうちに死んでたかもしれないんだぞ! 俺は、あの未来を……みんなを救える王様になりたかったのに。俺が王なんて目指さなければ───」

 

「それ以上言ったら俺は貴様を殴る。それで引きずってでも2013年に連れていく。力を持つ貴様がここでその責任から逃げるなんて、俺は絶対に許さない」

 

 

 今まで会って来た人に申し訳が立たない。そんな自己否定の情けない壮間の叫び。壮間はミカドに殴られ、見捨てられると思っていたのに、ミカドはそうしなかった。

 

 

「自惚れるなよ。主人公だなんだと自称するのは勝手だが、貴様以外の人間はちゃんとそれぞれの人生を生きている。貴様に全て背負ってもらう筋合いなんてどこにもない。そして卑下もするな。俺の知る限り、貴様は今回何も間違ってない」

 

「そんなわけないだろ……俺が麻沼と組まず、もっと上手く立ち回っていれば……! そうだよ。お前だったら、こんな風にはならなかっただろ!」

 

 

 ついこの間のことだ。ミカドも今の壮間と同じように己を否定した。そこにいたのが壮間だったら全部救えていたはずだと、正義を過ちだと断じたのだ。

 

 だが正義を恐れる必要は無いと教えられ、ミカドはもう一度だけ自身のそれと向き合った。そこで一つ、気付いたことがある。

 

 

「あぁそうだ、俺だったら絶対に奴の手は取っていない。だがそれはただのポジショントークに過ぎない。俺が貴様と同じ境遇なら、同じ選択をしていたかもしれん」

 

 

 正義や信念は、穴だらけの『壁』だ。並べ、重ね合わせて初めて他者を守れる『盾』になる。その解に辿り着くまでに、ミカドは随分と回り道をした。失わなくていいものを、いくつも失ってしまった。

 

 

「誰か一人が間違わなかったところで、人は死ぬのがこの世界だ。貴様がいくら強くなろうと、守れないものはある。一人では守れるものも守れない」

 

「っ……! そんなのとっくに分かってるよ! だから……俺だって、お前が横にいてくれたら心強いって、ずっと言ってる!! でもお前はいつも、いつも勝手に動いて……! 俺と一緒に戦ってくれないだろうが!! お前さえ、いてくれたら……!」

 

「だからこれは俺の過失だ。貴様のじゃない。分かっていても、俺は貴様の力に嫉妬していたんだ。すまなかった、日寺」

 

 

 ミカドが壮間に頭を下げ、己の非を謝罪した。少し前なら、いや今だって考えられない光景だった。そうまでしてミカドは壮間と対話をしようとしている。

 

 壮間はずっと怖かったんだ。自分がやるしかないと思って、怖かった。あの時より強くなったはずなのに不安は拭えず、虚勢を張って無理をして戦って、思った通り失敗した。本当に情けない話だ。一人じゃないと分かったのなら、まだ立てると思うだなんて。

 

 

「アナザー鎧武は狡猾で、強い。もしかしたら、ヤツこそが未来を支配する王なのかもしれない。だからこそ俺と、貴様と……片平、全員で戦うべきだ」

 

「私も……? 私だってミサを助けたい。まどかちゃんや、ほむらちゃんだって。みんな助けたいよ! でも、私はどうしたら……!」

 

「戦い方は貴様が決めることだ。選ぶ権利があり、迷っているのなら、己が見たものと己の本音でしっかりと考えて選べ。それでいいな、日寺」

 

「……あぁ、分かった。俺たちと、ほむらさんたち魔法少女。それに2013年の仮面ライダーみんなで、麻沼を倒す! この運命を変えてやる!」

 

 

 壮間は託されたプロトウォッチを握りしめ、仲間と共に立ち上がった。時空を繋ぐ大穴が開かれ、二隻のタイムマジーンがその中へと飛び込む。

 

 天を獲れ。

 世界を変えろ。未来をその手で選べ。

 それを叶えた者こそが、王だ。

 

 

___________

 

 

2013

 

 

 地方環境都市『舞茂(まいしげ)市』。世界有数の福祉企業『ユグドラシル・コーポレーション』の日本支部によって再開発が行われ、ユグドラシルという一企業に実質的に統治されている都市である。

 

 

『ハロー舞茂ユーザーズ! バーチャルMC、千織カノンのインベスゲーム大実況! 今日は大・大・大注目! チーム魍魎VSチームレッドホットの全面戦争だ~~!!』

 

 

 誰かのスマホに映る、派手な髪色と豊満な体つきの、現実離れした容姿のCGの美少女。彼女───千織カノンが実況・解説するのは舞茂市の大人気コンテンツ『インベスゲーム』だった。

 

 ユグドラシル・コーポレーションが開発したとされる装置『ロックシード』を使うことで、仮想リング内にインベスを呼び出し戦わせるのがインベスゲームの基本。この街の若者たちはロックシードを集めて徒党を組み、このゲームに熱狂していた。

 

 

『ちょっとちょっとぉ、食いつき悪いよリスナーちゃん! え、なになに? 『いまさらそんな弱小チーム見たってなぁ』? まー確かにアーマードライダーのいない2チーム、地味っちゃ地味だね~。でも腐っても10位と11位! どちらもランクAロックシードを引っ提げての登場だ~! さぁさドシドシ勝敗投票しちゃってリスナーちゃん諸君!』

 

 

 インベスゲームでは運営のユグドラシルから『ミッション』が発行されることがある。まさしく『ゲーム』だ。今回は特定の場所に出現する巨大インベス『セイリュウ』の討伐で、そこに2チームがブッキング。まさに衝突しようとしていた。

 

 両チームのリーダー格の男がロックシードを開錠し、上級のシカインベスとビャッコインベスが召喚される。手下たちはそれぞれ低ランクロックシードで下級インベスを呼び出す。

 

 戦いは始まった。両陣営がチームのランクを上げるため、一斉にセイリュウにインベスをけしかける。その開戦直後のリングに割って入り、全てを掻っ攫う、第三陣営。

 

 

「───行くぞ日寺。こいつでランク入りは頂く」

 

「あぁ! 一瞬でぶっ飛ばしてやる!」

 

『キタキタキタ~!! うっはぁコメント大盛り上がり、視聴数急上昇ッ!! みんなやっぱり待ってたよね~! そう最近、彗星のように突如として現れた、ロックシードを使わない謎のアーマードライダーチーム……その名も『チームジオウ』!』

 

 

 視聴者の勝敗予想投票が『チームジオウ』に一極集中。コメント欄の話題は一色に染まり、誰もがジオウとゲイツの躍動に注目している。

 

 魍魎とレッドホットのインベスたちを怒涛の勢いで薙ぎ倒し、セイリュウインベス強化体の懐に入り込むと、ジカンギレードとジカンザックスにそれぞれビルドとドライブのウォッチを装填する。

 

 

《ビルド!》

《ギリギリスラッシュ!》

 

《ドライブ!》

《ギワギワシュート!》

 

 

 ジオウの側では仮面ライダービルドの能力、『4コマ忍法刀』による分身の術が発動し、その巨体全てを斬り刻むように無数の斬撃が繰り出された。

 

 ゲイツの側では仮面ライダードライブの能力、『ランブルダンプ』のドリル刺突が矢となって放たれる。その一撃は装甲を削られたセイリュウの体を貫通し、大爆散。

 

 

「祝え! 我が王率いる『チームジオウ』が、また一つ勝利を収めた瞬間を!」

 

 

 ジオウとゲイツが2チームを圧倒した様を、ウィルが中継カメラに向けて盛大に祝福する。コメント欄では『また出たwww』『祝えニキ』『結局こいつ誰なの?』と大盛況。そんな彼らにも向け、ウィルはさらに祝詞を捧げた。

 

 

「誰かが言った。“どんな勝利も、他の勝利の保証になどならない”。逆もまた然りではないでしょうか。いくら我が王が凄惨な敗北を積み重ねようと、次も負けるなどと誰が言えようか! 世界よ見届けると良い、彼らの王道が真に勝利する瞬間を!」

 

「ウィル、恥ずかしいからやめて。帰るぞ」

 

 

 少年は1度目の敗北で『無力』を知り、強くなる道を選んだ。

 2度目の敗北で己の『愚かさ』を知り、自身の強さの肯定を覚えた。

 

 そして3度目の敗北で『限界』を知った。それはまだ遠く、超えることのできない悪意の壁。それを突破するため、少年は新たな強さではなく『仲間』を求めた。

 

 2013年、舞茂市。

 アーマードライダーたちが群雄割拠する現代の戦国で、『チームジオウ』は天下を獲るために旗を掲げる。

 

 

_________

 

 

次回予告

 

「仮面ライダーも、魔法少女も、この街ではゲームとして認知されている」

「これは遊びじゃない。生き残りを賭けた戦争だ」

 

『魔法少女』と『仮面ライダー』と『インベス』

ユグドラシルが仕組んだバトルロイヤル。

 

「最短経路で頂点を奪う。そうすれば自ずと力は集まる」

「まず仲間にするべきなのは、この時代のほむらさん。そして、仮面ライダー鎧武だ」

 

最悪の結末を変えるため、最強の『チームジオウ』を作り出せ!

 

「この街は何かがおかしい。私はそれを確かめに来たんです」

「バカみたい。そういうことじゃないでしょ、戦うってことは」

 

「気高く、非情であれ。勝ち続けてこそ意味がある」

「信用なんてできないよね、所詮他人のことなんて」

「どんな罪を背負っても世界は救う。君の幸せを失わせはしない」

 

「必死で戦う人を後ろから支えられる、そんな強さが俺は欲しかったんだ」

 

舞茂に見滝原の魔法少女が集い、運命は動き出す。

 

「いつか大人になったとき、私が本当になりたい私って……」

「子供じゃ願っても何も叶えられねぇ。だから黙ってろ、俺が世界を救ってやる」

「俺の願い、俺が選ぶべきだった道。その答えを、俺は見つけた!」

 

少年少女の覚悟が、新たな未来を斬り拓く!

 

「じゃあな、梓樹……」

 

次回「コネクトオン2013」

 




工場の魔女(Rossumovi)
その性質は没個性。どこにでもある落し物を繋ぎ合わせて、自分らしい何かを作ろうとする魔女。出来上がるのはどこかで見たものばかりだが、舞台の脇役には便利で丁度良いともっぱらの評判。迂闊に近付くと手下に捕まって製品の材料にされてしまうので、注意が必要。名前も忘れた誰かに贈るのに相応しいものが作れるまで、彼女は結界を広げて製造ラインの稼働を続ける。


またバッドエンドの100話でした。後半からは一気に鎧武っぽくなります。
まどマギもジオウも時間遡航ものなので、いぬぼく編の時と差別化しつつ、そこを軸に回していけたらなと思います。頑張ります。

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今回の名言
「どんな勝利も、他の勝利の保証になどならない」
「ハイキュー!!」より、武田一鉄。
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