仮面ライダージオウ~Crossover Stories~   作:壱肆陸

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就職目前です壱肆陸です
令央来たところから始まります

その前にカス共の会話から始まります


覚醒前夜

 有史以前、2つの存在が人類に知恵と力を与えた。

 片方は人類を宇宙の糧として利用するため。

 もう片方は人類が行き着く果てを見るため。

 

 

『いい加減、貴方も認めてはどうですか? 人類という種が持つ可能性を』

 

「この議論は無意味だ。苦難や争いを手段として用いることはあれど、それ自体に意味は無い。君の言う可能性は宇宙の維持とは全くの無関係であり、むしろ安易に不確定要素を生むだけの悪手だよ」

 

『それは泣き言でしょうか。元を辿れば、貴方の支配から逃れんとする魔法少女───“葦那しきみ”を生んだのは貴方自身ですよ、インキュベーター』

 

「僕が危険視しているのは彼女ではなく君さ。可能性を論じながら人類を滅ぼそうとするなんて、君の思考は支離滅裂で理解できないよ。ヘルヘイム」

 

 

 舞茂の街の外でキュゥべえ───インキュベーターと話すのは、ホログラムの少女『千織カノン』。またの名は『蛇』であり、またの名を『ヘルヘイム』。世界を蝕む厄災そのものが彼女だ。

 

 

『安寧に進化は無い。貴方が幾千年を経ても変わらぬのが証明。だから敗北するのです。ある魔法少女を救うため、3人の少女が貴方を出し抜いたように』

 

「それは僕たちの記憶には無い話だね」

 

『それはそうでしょう。これは無限に並行する中のどこか、少女が小石を蹴った世界の記録(レコード)なのです』

 

「並行宇宙理論には僕は懐疑的さ。新たに別の宇宙を生み出すのに必要なエネルギーなんて、想像もつかないよ。それが君の妄想による虚構じゃないとして、何故君はそれを認識できるんだい?」

 

『残念ながらこの世界の彼女たちは、何も成せずに命を落としました。しかしそれと同位の運命が“彼女”に宿ったのです。世界がどう分かれても、貴方に苦難を与えられた少女たちは、貴方を阻む何かを産み落とす。これはそういう因果なのです。わたくしと貴方が同じ因果から生まれたように』

 

 

 両者の会話は通じ合わない。その内側に巡らせた、悠久が培った理論が全く異なるからだ。同質の存在でありながら、認識する宇宙から異なっているようだった。

 

 

『しかし、貴方が与える苦難は酷くつまらない。貴方は筋書きを都合のいい結末から描く。絶望とは生を打ち切る手段ではなく、乗り越えるための壁であるべきなのです』

 

「意見の相違だね。優先すべきは“宇宙の永続”だ」

 

『“滅びによる進化”です。この毒を飲む覚悟無き者に、永遠の繁栄など在り得ない。あぁ、世界を侵す“新たな苦難”に祝福を。そして、貴方にも良き苦難と進化があらんことを』

 

 

 数えきれない程交わした無意義な議論が、また一つ終わった。

 

_______________

 

 

 アナザー鎧武襲来に備え、仲間を集める壮間たち。

 そんな中、壮間はようやく仮面ライダー鎧武、奏多燈理と邂逅を果たした。しかし、その僅かな進歩を嘲笑うように、彼は画面越しに壮間の前に現れた。

 

 

『出来の悪い舞台で踊る、哀れな贋作諸君。災厄は私だ』

 

「令央……!?」

 

 

 かつて壮間の眼前で最悪を描いたように、彼は挨拶代わりとしてチーム『蒼天』の蹂躙という惨劇で画面を塗り潰した。

 

 硬直する壮間の横で、燈理はミカドの腕にあった『バイク』と書かれたウォッチを奪い、有無を言わずに飛び出した。初見でライドストライカーを走らせ、画面の中の場所───チーム『蒼天』の拠点へと向かう。燈理は壮間たちに何も聞かなかった。表情が見えないほど速く先を駆ける燈理のバイクが、突然動きを止める。

 

 

「インベス……! クラックが空きやがったのか、こんな時に!」

 

「おい、この際だバイクは返せとは言わん。だがどうする。互いに先を急いでるわけだが」

 

「んなもん、放っとけるかよ!」

 

 

 壮間の運転の後ろに乗って追跡していたミカドの言葉に、燈理は即答してドライバーを取り出した。辰明や神威が持っていたものと同型の『戦極ドライバー』を装着すると、開錠したのは橙の錠前。

 

 

《オレンジ!》

 

「変身!」

 

《ロックオン!》

 

 

 市民を襲っているインベスに飛び蹴りを見舞い、ブレードを下ろしてロックシードを展開。果実の断面が明るく輝き、クラックより降りた蜜柑(オレンジ)が甲冑となって、燈理の姿を鎧武者へと変貌させる。

 

 

《ソイヤ!》

《オレンジアームズ!》

《花道 オンステージ!》

 

 

 兜と鎧、腰と手には二振りの刀。まさに紛うことなき和の様相、侍の姿。

 これがこの乱世の時代の中心、仮面ライダー鎧武。

 

 

「ここからは俺のステージだ!」

 

 

 右手に黒刀『無双セイバー』、左手にオレンジを模した刀『大橙丸』を構え、鎧武はインベスへと飛び込むように斬りかかった。一撃一撃が全身を乗せた全力の斬撃。敵は下級数体、上級のセイリュウインベス一体だが、この多勢に対して鎧武は我武者羅にぶつかっていく。

 

 ミカドと壮間も変身して加勢。どこからか沸いて出てくるインベスたちを3人がかりで必死に押し返しながら、ゲイツとジオウは肩を並べた鎧武の姿を観察する。

 

 

「不思議な男だ。他のこの時代のライダーとも全く違う、雑だが芯のある戦いぶりだな」

 

 

 鎧武の身体能力には目を見張るものがあるが、総合的な戦闘力は高いというわけではない。明らかな経験不足を勢いで誤魔化す不格好な戦い。経験が無いからこそしっかり考えて動く壮間とは対照的だ。

 

 しかし、その真っ直ぐな不格好さが目を惹く。どんな敵にも力強く立ち向かうその姿は、暗闇に灯された炎のように、隣にいる者に熱を与え、行く先を照らす。周りを巻き込んで鼓舞する。まさしく将としての戦い方だった。

 

 

「こういうヤツがいると部隊の士気が上がる。奴らのリーダーというのも納得だ」

 

 

 ミカドが他人をこうも素直に褒めるのは珍しい。壮間から見ても、燈理が魅せる強さは眩しかった。しかし……

 

 

「……違う。駄目だ! この強さじゃ、アイツには……令央には……!」

 

 

 仮面ライダーゴースト、仮面ライダースペクター、仮面ライダーネクロムを単騎で蹴散らした令央の圧倒的な強さを前に、そんな不確かな強さは無意味だと、壮間はそう思ってしまった。

 

 勝つイメージが湧かない。インベスを倒して、この先に行くのが怖い。

 敗北のトラウマが壮間の脚を止めてしまう。

 

 

「私を呼んだように聞こえたが、惨く死ぬ準備ができたと捉えていいな? なぁ、最低の贋作」

 

「───お前……っ!?」

 

 

 戦っていたインベスが気付けば塵になっていて、ジオウは反射的に剣を振った。

 それを生身の片手で受け止めた彼は、怒号にも似た笑い声を上げた。憎しみと歓喜を継ぎ接がれて創られた醜い感情、それこそ自分の作品そのものだと言わんばかりに、彼は見せつけるように嗤う。

 

 翠眼の怪人、『令央』。その狂気に、存在に、世界が怯えて歪む。

 

 

「時代は違えど、私と貴様らは『軸』を共有している。久しいと思ってもらって問題無い。そうしてもらった方が私も清々しく向けられるというものだ。Wの贋作に塗りたくられた屈辱と、怒りをな」

 

「今度は……何をする気だ! お前には関係無い話だろうが! 関係無いんだから、消えろよ!!」

 

「関係無いのはお前たちだ。インクの染みや消しゴムのカスですらない、関係も無いのに机上に散る埃がお前ら贋作だ。それを払い除けるのに理由はいらないだろう? それを出来るだけ劇的に掃除してやろうという私の善意に……まぁ喜んでもらわなくてもいい。喜ばれるとノイズだ、私が描きたい芸術のな」

 

 

 対話が出来るはずも無かった。話せば分かるような奴は、あんな残酷な真似はしない。

 この理解できない憎悪にも立ち向かわなければいけない。そして勝たなければ今度こそすべて奪われる。自分の命も、香奈も、未来で死ぬ運命にある美沙羅も。

 

 越えなきゃいけない問題が多くなり過ぎて、怒りも恐怖も湧いてこなくなった。ただ先が見えない。望む未来までの暗闇が深すぎて、壮間はただ佇むしかなかった。

 

 

「───お前、“蒼天”の奴らをどうした」

 

「んぁ? さっきのアレらのことか鎧武の贋作。生憎だが私は自分の作品は愛でないクチでね、作って直ぐ棄てるもんだから今『どう』なってるかまでは興味が無い」

 

「……あぁそうかい。だったら助けに行くだけだ、お前をぶっ倒してな!」

 

 

 鎧武の声が壮間を戦場へと引き戻した。

 怒りを向けても悪意が返されるばかりで、対話は無意味。鎧武は問答無用で刀を抜く。

 

 瞬間、令央の体が堅牢なる装甲に覆われ、鎧武の斬撃を弾き返した。

 

 その姿もまた『武将』。銀色の炎が揺らめいているような、龍の残影を纏った赤き鱗の闘士。鉄仮面の隙間から見える眼は、向けた憎悪を反射するように戦士たちを覗く。

 

 『2002』『RYUKI』───その名は、アナザー龍騎。

 

 

「前と姿が違う……!?」

 

「貴様はアナザー電王だったはずだ。まさか、強奪したウォッチは『使える』のか。俺たちと同じように」

 

「資格に酔って自分たちが特別だと思っていたのなら、その思い上がりには辟易を越えて怖気がする。葬った贋作共から取り返した歴史だ。お前たちよりも、奴らよりも、せめて私が正しく使ってやる」

 

 

 殴りつけるように突き出した左腕、それに備わった龍の頸が高密度の炎を放った。至近距離から追撃をしようとした鎧武が正面から炎を喰らってしまう。

 

 

「燈理さん!」

 

 

 鎧武の助けはジオウに任せ、ゲイツは距離を取って弓矢でアナザー龍騎への攻撃を試みる。しかし、アナザー龍騎は後退するどころか剣と拳で矢を叩き落とし、距離を詰めたところで再びの大火炎。

 

 アナザー電王の矢継ぎ早の波状攻撃とはまた違う、高水準の馬力を存分に発揮するための正面突破スタイル。『龍騎』の力に最も馴染む戦い方を、彼は完全に理解し使いこなしている。

 

 

「やってくれたな、この野郎!」

 

「誰の許可で燃え残っている、汚らしい雑種の果実が」

 

 

 ジオウの心配も他所に、立ち上がった鎧武は再度アナザー龍騎へと突撃した。アナザー龍騎は煩わしそうに毒言を吐き捨て、刀に対して構えたのは1枚の『カード』。

 

 

《GUARD VENT》

 

 

 今度は鎧ではなく、突然出現した盾が鎧武の攻撃を拒絶した。人間を1人その影に収められそうなほど大きな盾。ただ、濃淡の緑の縦模様に、宝石をあしらったファンシーな盾は、アナザー龍騎の容貌に対して余りにも不似合いに映る。

 

 

「その盾……! どうなってんだ、なんでお前がそれ持ってやがる!」

 

「あぁ、貴様にも彼女が『見えて』いたのか。烏滸がましいぞ、弁えろ」

 

《SWORD VENT》

 

 

 次にアナザー龍騎の手元に召喚されたのは『オレンジ色の扇』。そこから放たれた炎は、先刻のものとは明らかに性質が違う。『盾』も『扇』も、まるで『借り物』のよう。

 

 

「お前……アイツらに、俺の仲間に何しやがった!!」

 

「悲しいことだ。私もこんなことはしたくなかったんだよ。だが朱に交われば赤くなる、お前たちが悪いんだ。お前のような贋作が『仲間』だと抜かすその現実から、誤りから! まずは洗わねばならない」

 

「話は見えん。だが、その武器は『魔法少女』のものに見えるが、貴様……!」

 

「察しは良いなゲイツの贋作。『龍騎』は契約を結んだ対象の力を拝借する能力がある。が、私もまた介入者、彼女たちと契約を結べる立場じゃない。だから『ブレイド』の封印能力で自由意思を失ってもらい、危害を加えない条件で一方的に契約をさせてもらった」

 

 

 アナザー龍騎はカードの束を、絵柄を見せつけるようにしてシャッフルし、再び束に戻した。そこに刻まれていたのは少女たちの絵。燈理の反応から察するに、チーム鎧武の魔法少女たちに違いない。

 

 

「そうだ、お前が私にそうさせた、よくも私にこんな事をさせたな! お前がいなければ、不相応にも関わろうとしなければ、彼女たちはこんな紙切れになることは無かったんだ! 反省し、悔い、恨み、呪え、この世に息づいてしまったことを! この無生産の産物共が、猿真似のネームド気取りが、存在することが間違っているんだ。生まれたことが贖えぬ罪なのだ。それを理解し謝罪を吐き連ねながら白紙へと還れ。無でも滓でもなく誤りとして消えろ冒涜者の贋作が」

 

 

 アナザー龍騎の火炎が、至近距離からその怨嗟と共に鎧武へと吐き出された。

 

 

「さぁ、その分不相応な仮面を剥ぎ取り、偽物らしく歪んだ絵を私に───」

 

 

 変身が解除されてしまい、仲間も奪われた。

 その絶対絶命の状況で、奏多燈理は───笑っていた。

 

 

「気色が悪い」

 

「お前が言ったんだぜ、アイツらに傷は付けられねぇってな。だったらお前をぶっ飛ばせば! 皆を取り返せるってことだろうが! っしゃあ……俄然出て来たぜ、やる気がよぉ!」

 

「見るに堪えないと言っている。これ以上不快を撒き散らす前に、やはり貴様は灰になれ」

 

 

 もう1度燻る左腕を向けるアナザー龍騎。しかし、その過剰な鎧武への殺意と執着が、ゲイツの攻撃への反応を著しく鈍らせた。不意打ちでアナザー龍騎の体勢が大きく崩れる。

 

 

「ここは一旦退くぞ!」

 

《ドライブ!ギワギワシュート!》

 

 

 ドライブウォッチを装填したジカンザックスの矢は、アナザー龍騎の眼前で眩い光とけたたましい音楽を鳴らし、彼の感覚の大半を占領した。ドライブのシフトカー、『デコトラベラー』の能力だ。

 

 再び周囲を認識できるようになった頃には、3人の姿は消えていた。

 矛先を失った憤怒は猛熱となり、一帯に広がるヘルヘイムの植物から生気を奪って焦土と化す。

 

 

「まぁいい。冒涜には相応しい終わりを、私が描くだけだ」

 

 

 こんな終末(ヘルヘイム)では生温い。キャンバスを次なる最悪で塗り替えるため、令央はユグドラシルタワーに視線を向けた。

 

 

_______________

 

 

 マミを探すため市内に散らばっていたチーム鎧武の魔法少女たちは、令央の手によってほとんどが封印されてしまっていた。辛うじて難を逃れたのは数人で、美樹さやかもその一人だった。

 

 

「なんかキーンって耳鳴りがしたかと思って、慌てて振り返ったら、鏡の中のあたしがそいつになってた。そしたら急に何か投げてきたから、それを避けたの。そしたらそいつどっか消えてさ……ワケ分かんない。でも、そいつが皆を……!」

 

「尖った風の音のような耳鳴り、“ミラーワールド”出現の合図だ。察するにヤツの能力の一部だろう。死角から魔法少女の不意を突き、反応されたら撤退。中途半端な強襲だ。完全に舐められているな」

 

「ふざけんな……ふざけんなよ! さやかさんが無事だったのは運が良かっただけだ。アイツはまた、執念深く、俺たちが最も絶望する手を打ってくる! あんなクソみたいな野郎に、向き合ってられるかよ……!」

 

「ソウマ……」

 

 

 命からがら拠点に戻り、香奈が無事で壮間は安堵した。だがチーム鎧武の魔法少女を先制で奪い攫った令央にとって、いつ前のように香奈を狙うかも彼の気分次第。壮間たちはあの理由の分からない悪意の手の中から逃げられない。

 

 詰み、そう感じてしまった。美沙羅の命がかかったやり直しの効かない戦いで、まだ誰も仲間を得られていないこの状況で、どうやって令央と麻沼に立ち向かえばいい。

 

 

「大変なことになっちまったなぁ。でも、流石さやかだぜ、無事でよかった! 森にマミも助けに行く。そんでアイツぶっ飛ばして皆を元に戻す! そうすりゃ、その……なんだっけ? 俺のニセモノになんか負けねぇってんだ!」

 

「そうだね……とにかく運営から早く新しいロックビークル貰わないと。あぁもう……こんな時だってのに辰明のやつ……!」

 

「アキにはアキの事情があるんだろ。とにかく、腹が減ってはなんとやらだ! ちょっくら俺が飯作ってやるから、お前らは……」

 

「───なにヘラヘラしてるんですか」

 

 

 その言葉に、香奈が真っ先に振り返った。それは壮間の言葉だった。

 いつもの彼なら絶対に言わない言葉だった。言ってはいけない言葉のようにも思えた。それでも、一度零れてしまった心は止められない。

 

 

「なんで笑ってるんですか。仲間が襲われたんですよ。これからアナザー鎧武とも、あのバケモノとも戦うってのに、味方はほんのこれだけしかいないんですよ? これから取り返しのつかない事になるかもしれないのに、どうして笑ってるんですか!?」

 

「……でもな壮間くん。落ち込んでたって何も始まらねぇぜ。まずは一歩ずつ、出来るとこから前向きにってやつだよ!」

 

「そんなまどろっこしいこと言ってないで、出来ることならあるでしょ。もっと確実に戦況を変える方法が」

 

「なんだよ。いや、俺は頭がアレだからなぁ! 悪いけど何も……」

 

「麻沼───アナザー鎧武の居場所を教えてください。先制攻撃で仕留めれば、あんな奴と戦わずに勝ち逃げできる」

 

 

 現状、アナザー鎧武はマミを森の中に拉致しただけで、あれだけ大々的に動いていた壮間たちに干渉していない。まだ事情を聞いていないか、それほど壮間たちを危険視していないかのどちらかだろう。今ならギリギリで先手を取ることが可能なはず、というのが壮間の考えだった。

 

 アナザー鎧武を倒せば鎧武の歴史の所有権は壮間に移り、美沙羅が魔女化する歴史が消える。そうなればもうこの時代そのものが修正され、令央と戦わずして事が終わる。彼女を魔法少女の呪縛から解き放つ方法こそ見つけられないだろうが、一先ずこれが最善のはずだ。

 

 

「そのためには鎧武ウォッチも必要です。今すぐ鎧武の力を俺に渡してください」

 

「待て待て待て! 言っただろ、恵吾さんはずっと俺が世話になってきた人だ。俺のニセモノは別のヤツに決まってる! 恵吾さんはそんな……未来で悪さするような人じゃないって!」

 

「なに寝ぼけてるんですか!? このタイミングで、鎧武と関係のある同姓の人物!? 別人なんて()()()()()()()()! もう一刻の猶予も無いんだ! どうしても、言う事を聞いてくれないなら……!」

 

 

 壮間が構えようとしたところで、香奈が思わず立ち上がった。

 しかし、彼女より先にその腕を掴んだのは、ミカドだった。その瞬間に壮間も我に返ったようで、自分の言葉が信じられないという様に視線の行く先を忘れ、口を閉ざす。

 

 

「貴様がそれを言うのか。俺にそうさせなかった、貴様が」

 

「ッ……違っ……俺は……!」

 

 

 今まで散々と綺麗ごとを言っておいて、追い詰められて出た言葉に辟易する。ジオウになる前から何も変わってない。いや、それどころか、現実に負けて理想から遠ざかっている。そんな気さえしてしまい、吐き気がした。

 

 僅かにでも、敵意を向けた。だから壮間は誰の顔も見られなかった。鏡写しとなって帰ってくる敵意が怖くて、壮間は俯いたままガレージを飛び出した。

 

____________

 

 

 香奈が彼を───令央を見たのは、過去に2度。

 最初は2005年、妖館で。その時はアナザー響鬼の出現場所を伝えに現れただけで、不気味だが親切な人だと思っていた。

 

 2度目は2015年。仮面ライダーゴースト、朝陽と別れた香奈のもとに突如現れた令央は、呆然としていた彼女を前に『2011』と刻まれた白い姿に変わり、暗闇の渦を呼び出した。

 

 

『これは……いい画材になる。恨むといい、私と……贋作として選ばれてしまった彼を』

 

 

 香奈は渦に飲み込まれ、気付けばアナザーゴーストと一体化させられていた。

 一瞬だけ彼の顔を見て、その心に触れた。それは汚い色でぐちゃぐちゃに塗り潰された何かで、香奈はそれがただ恐ろしくて、目を逸らすように意識を失った。

 

 

「ソウマも、怖いんだよね……そりゃそっか。戦いたくなんか、ないよね……」

 

 

 戦うということは、アレに目を向け続けるということだ。

 日が落ち、数多の街灯に星の光が掻き消された、この真っ暗な夜空よりも黒い彼の悪意と。

 

 何度「わかっていたつもりだった」を晒せばいいのだろう。

 怖いなら逃げればいいのに。怖いのが分かってるなら、「逃げてもいいよ」と言ってあげればいいのに。何もかも中途半端でみっともなくて何にも成れない自分が、本当に嫌だ。

 

 

『ねぇ、香奈ちゃん。明日が終わったら、香奈ちゃんは何になるの?』

 

 

 美沙羅を本当に救えたとして、彼女にどう答えればいい。

 ひやりとした夜風が、傷跡に沁みる。美沙羅と会って約束した夜を思い出す。

 あの夜は、居ても立っても居られなくて飛び出して、そこで独り踊る美沙羅が───

 

 

「……音楽が聞こえる」

 

 

 あの時は音楽は無く、彼女が芝生の上で踊っているだけだった。でも香奈は思わず走り出した。確信があったのだ。この先で、この旋律に乗って誰かが踊っていると。

 

 香奈は縋るように走った。チーム鎧武のガレージから少しだけ離れた広場で、誰もいないダンスステージの上で、踊っていたのは燈理だった。

 

 

「燈理さん……?」

 

 

 美沙羅じゃない。過去の世界なのだから、当たり前だ。だけど香奈は目を奪われる。

 単純に上手い。身体能力が女子ダンスとは段違いだし、男子の中でも上澄みだろう。でも、そういう能書きには留まらない魅力がそこにはあった。

 

 音楽という波に乗って舞う大きな体は、重力なんて忘れたように軽々しく動く。何にも縛られず、どこまでも自由に、時に不格好に、燈理は踊っていた。

 

 ステージの下で香奈が観ていることに気付いた燈理は、動きを止めることなく指先を香奈へと向ける。笑って送られる「上がって来いよ」のサインに、香奈も思わず応えてしまった。昂ぶりが止められなかった。

 

 全然知らない曲だった。でも、香奈は思うままに踊った。燈理に引っ張り上げられるように、燈理を引っ張り上げるように、ただ楽しむこと以外の全部を投げ捨てて踊る。憂いも自責も今だけは忘れて、踊れ。

 

 

「───こんなふうに、ずっと踊っていたかったな」

 

「だよな。分かるよ、俺もだ!」

 

 

 音楽が止まった頃には、香奈と燈理は汗だくになってステージに寝転んでいた。

 楽しかった。いつか来る終わりも気にせずに、何も知らないまま何も背負わないままただ踊っていた頃も、きっとそうだった。

 

 

「燈理さん、めっちゃダンス上手いですね! ていうか、なんで私がダンスやってるって知ってたんですか!?」

 

「んーなんか雰囲気じゃね? 踊れるヤツ独特のアレっつーか……姉ちゃんをずっと見てたからかな。似てたんだよ。まさかここに来るとは思わなかったけどさ」

 

「お姉さんいるんですか?」

 

「あー、うん。そう。もう結構昔だけどさ、アイドルやってたんだぜ俺の姉ちゃん」

 

 

 アイドルという単語を聞き、香奈が跳ね上がった。

 

 

「スクールアイドルですか!?」

 

「え、や……部活とかじゃなくて、テレビで踊る感じのやつ。めっちゃ芸能人。本名でやってたんだけど、奏多(かなた)輪華(りんか)って知らね?」

 

「んんんえぇぇぇぇぇ!? もちろん知ってますよ!! 90年代に活躍した学生アイドルグループ『サーキュレーション』のセンター! スクールアイドルのご先祖様とも言える凄い人じゃないですか! 『サーキュレーション』を筆頭に『UTX』や『蓮ノ空』、あと『椿咲花』や『滝桜』が学生のアイドル活動の先陣を切り、そこから徐々に全国各地でスクールアイドルが……あ、ゴメンナサイ……」

 

「いや……知ってるって言われんのもマジ初めてなのに、そんなテンションで来られるとは思わなかった」

 

「そうなんですか!? 誰ですかその不届き野郎は私がぶっ飛ばしますよ! ってあの輪華ちゃんの弟さん!?」

 

「今かよ!」

 

 

 香奈と燈理が一緒に吹き出す。燈理が余りにも眩しく笑うから、香奈も何も考えずに腹から笑えた。仲間も失って、あの悪意を向けられて、燈理だって壮間と同じくらい辛くて怖いはずなのに。

 

 

「ってことは結構歳の離れた姉弟なんですね。『サーキュレーション』が活動してたのは、えっと……今から十何年か前で、その時に輪華ちゃんは高校生だったので」

 

「そん時は俺も鼻水出したガキだったからな。でもしっかり覚えてる。姉ちゃんみたいになりたくてダンスもやって……まぁなんやかんやで続けられなくなったんだけど、今もたまに一人で踊るんだ」

 

 

 燈理の懐かしむような目。『サーキュレーション』は輪華が行方不明になって活動中止したことを香奈は思い出し、咄嗟に口を押えた。だが、燈理が語った真実は、もっと残酷なものだった。

 

 

「魔法少女だったんだ、俺の姉ちゃん」

 

「え……?」

 

「俺だけは姉ちゃんに聞いてた。だから知ってる。姉ちゃんは魔女に負けて、死んだんだって」

 

 

 美沙羅が最期に見せた顔を思い出し、心臓が締め付けられるように痛む。でも、こんな真実を語る時でも、燈理は辛さを見せず上を向いていた。

 

 魔法少女は香奈が思っていたよりもずっと長く、ずっと根深く人間世界にあったようで、輪華もその中の一人だった。何を願ったのかは教えてくれなかったが、その代償に輪華は魔女と戦い続けたらしい。

 

 

「姉ちゃんは……独りだった。魔法少女の仲間は誰もいなくて、グループのメンバーとも仲悪かったみたいだった。ずっと独りで魔女と戦ってたんだ。俺も何もしなかった」

 

「っ……でも、燈理さんは!」

 

「わかってる。きっと何も『できなかった』んだと思う。でも俺は、傷付きながら頑張る姉ちゃんの姿を見てるだけだった。もし俺が姉ちゃんの助けになれてたら、姉ちゃんはまだ生きてたかもしれない。必死で戦う人を後ろから支えられる……そんな強さが俺は欲しかったんだ」

 

 

 だから力を求めた。この街でインベスゲームが始まり、再び魔法少女と出会い、今度は戦う力が目の前に現れた。そして掴んだ。魔法少女たちと同じように、燈理は自分の手で戦う運命を選んだのだ。

 

 香奈はその時に思った。きっと、自分の未来を強い意志で選べることが、強いということなのだろう。

 

 

「私も……ソウマを助ける力が欲しいです。でも、いまさら怖くなっちゃった。私も燈理さんみたいに、ソウマみたいに……! 選ばなきゃいけないのに、私だけまだ子供のままで、選ぶ勇気が持てない……」

 

「焦らなくたっていいだろ。変わりたいって思ってるなら、子供も大人も関係ない。俺だって皆だって、その時が来たから心が勝手に選んだんだ。問題はその先だよ香奈ちゃん。どんな道を選んだって、きっと人生は辛い。選んだことを後悔する」

 

 

 それはきっと姉の輪華がそうだったように。今の壮間がそうであるように。

 魔法少女たちが己の運命に苦しみ、いずれ魔女となるように。

 

 

「だから俺はチーム鎧武を作った。戦うことを選んじまった魔法少女の力になりたかった。選んでしまったことを変えられねぇなら、せめて生きてることを恨まないで欲しかった。どんな苦しみの中でも、光はあるって信じていい! 俺は……皆に笑って生きて欲しいんだ」

 

 

 だから燈理は笑うのだ。だから燈理は、決して仲間に弱さを見せない。

 犠牲を払いながら生き続ける、そんな世界の在り方を斬って捨てるかのように、燈理はもう一度だけ笑った。

 

 

「大丈夫。どんな道を選んでも、きっと香奈ちゃんは笑えるよ。いい仲間じゃん、アイツら」

 

 

 気付けば雲は晴れていた。覆い隠されていた星空は、香奈が見滝原で見たものと同じくらい美しかった。

 

 

「悪ぃね。関係無い俺の話ばっか聞いてもらって。俺もちょっとだけ、迷ってた。でもこれでスッキリした!」

 

「……私も。まだ、どうすればいいか分かんないけど……! まだ全然、答えとかそんなん分からないけど───」

 

 

 冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んで、満天の星空に香奈は叫んだ。

 ただ未来が怖かったんだ。だから壮間に頼ってほしかった。でもそれは、いずれ来る後悔の言い訳を他者に押し付けていただけだと気付いた。

 

 怖がりながら進んでやる。戦う意志ならここにある。これは、どこかで見ている神様への選手宣誓だ。

 

 

「とりあえずソウマ見つけて謝らせるんで! 燈理さんに酷いこと言った!」

 

「いいよ別に。壮間くんがあんなに必死になってんだ、俺には分かんねえけどデタラメ言ってんじゃないのは分かる。俺も恵吾さんと話するよ。もし本当にそうなら……俺が───」

 

 

 その時、星が落ちるような衝撃が轟音となって響き渡る。

 舞茂の街が、揺れた。

 

 

_____________

 

 

 ガレージを飛び出した壮間は、チームジオウにもチーム鎧武にも戻れないまま、ただ無駄な時間を過ごしていた。こんなことをしている暇なんてある訳がない。わかっているのに、体が動こうとしない。

 

 

「俺一人じゃ絶対に勝てない。誰も力を貸してくれないなら、ここで麻沼を倒すしかない。それしかないのに……!」

 

 

 魔法少女やアーマードライダーの力を合わせなければ絶対に勝てない。燈理の知る『麻沼』は絶対にアナザー鎧武で、先手を取るなら今しかない。令央はまた、最悪なタイミングと最悪な方法で襲ってくる。

 

 これは全部、壮間が想像した光景。壮間にとっては確信なのだ。

 でもそれは所詮、他の誰も体感できない感覚にすぎない。

 

 

「俺がやるしかない……!」

 

 

 誰にも頼らなければまた敗北するだけだ。

 誰も動かないのは、壮間が未熟なせい。だったら動かしてやる。王として、壮間が思い描く最善の戦局へと。

 

 美沙羅を救う。香奈を守る。あの未来を覆す。

 逃げることは許されないのだから。

 

 その瞬間、脳裏に浮かぶ令央の残影を掻き消すように、夜景の奥で爆炎が噴き上がる。

 巨木が火炎の華で満開になるかの如く、燃えて崩れているのは───ユグドラシルタワーだった。

 

____________

 

 トルーパー部隊の襲撃、謎の人物の配信ジャック、そしてチーム『蒼天』の被害。

 度重なる非常事態で不夜城と化したユグドラシル・コーポレーションだが、何よりも致命的だったのは、主任の逸月岳晴の不在だった。

 

 リーダーが突如として姿を消したことで、現場は完全に機能を失った。

 それがアナザー鎧武───麻沼恵吾の謀略であることは、まだ誰にも知られていない。

 

 

「もはやドライバーの処分は問題じゃない。次の課題は、告発の根回しか」

 

 

 手元にあるのはアナザー鎧武のウォッチ。ヴォードと名乗る少年からこの力を受け取った時、与えられた使命と、それによって起こる事象を把握した。

 それは、この歴史の消滅。資格の種類によって様々らしいが、麻沼の場合は「ヘルヘイム」に起因する全てが無かったことになるらしい。

 

 余りに好都合だった。ヘルヘイムが消えればこの狂った「プロジェクト・アーク」は消えてなくなり、世界人口の8割は犠牲にならずに済む。

 

 

(いや、それどころじゃない。この力の活用次第では、歴史の消滅後もより多くの人々を救えるはずだ)

 

 

 ユグドラシルでやりたかったはずのことを、今度こそ実現する。

 この腐り切った世界を正せるだけの力がこの手にある。

 

 歴史消滅の条件は『仮面ライダー鎧武』から資格を奪うこと。最も手っ取り早いのは鎧武───奏多燈理を殺すことだが、論外だ。犠牲を払って得る理想なんて、プロジェクト・アークと、あの女(プロフェッサー)と何も変わらない。

 

 だから他の手段をヴォードに聞いた。

 

 

『主役の座を奪えばいい。この物語から鎧武を追い出せば、そこで物語は破綻して消える』

 

 

 麻沼はその言葉の真意を一度で理解する。

 要はヘルヘイムと燈理が戦う未来を摘み取ればいいのだ。まず前提としてアーマードライダー達から戦極ドライバーを没収する。だが、これで諦めるほど燈理の意思が弱くないのも知っている。

 

 ユグドラシルが保有する量産型ドライバーや新型、ロックシードも全て破壊する。これでもまだ不足だと麻沼は考える。戦うべき敵がいる限り、燈理は立ち上がるだろう。だったら、人類の敵の役割をユグドラシル・コーポレーションに押し付けてしまえばいい。

 

 ヘルヘイムの存在を伏せ、プロジェクト・アークをテロ計画として全世界に告発する。

 

 『インベスはユグドラシルが開発した生物兵器。インベスゲームはその運用実験。魔法少女に関しても、テロ手段の一環として利用を検討していた』。そういう筋書きにし、燈理の敵をユグドラシルに一極化させたうえで、告発によって燈理ではなく社会がユグドラシルを殺す。

 

 その時にドライバーもロックシードも無ければ、拳を振り上げたまま立ち尽くすしかできないはずだ。

 

 

「燈理くんは何も知らないでいい。君の戦いはそこで終わる。それから先は俺が引き継ぐ」

 

 

 懸念すべきイレギュラーもあるが、そのリスクを最大限潰す動きも既に進めている。最も警戒すべき岳晴を排除し、葦那しきみは手元に散らばった雑兵になど興味は無い。

 

 順調だった。まずは内部の戦力を襲撃することで、告発への抵抗力を削ぐと同時にドライバーとロックシードを破壊する。燈理たちのドライバーを奪うのは、告発の直前だ。最後にユグドラシルだけが然るべき制裁を受ければ、歴史の是正は果たされる。

 

 

「───なるほど、実に鮮やかで見事な青写真だ。奥行きの無いリアリティに欠けた凡作であることを除けばな」

 

 

 現場の混乱から抜け出し、思考していた麻沼の後ろに立っていたのは、配信をジャックした謎の人物───令央。

 

 さも当然のように考えを見透かされたが、そんなこと些末だ。映像とは比べ物にならない圧が麻沼の全身に浸透する。咄嗟に隠したウォッチから伝わる、病の拍動よりも遥かに重篤な警告(アラート)

 

 麻沼の体を駆ける信号の全てが、この男は危険だと告げている。

 

 

「……誰だ!?」

 

「同じ資格者だよ。聞いたはずだ、いずれ私たちは一つの王座を奪い合う。望む世界を描くつもりがあるのなら、作品のために目を向けるべきは、もっと先だ」

 

「先……だと……?」

 

「有り触れた言い方をすれば、現実というやつさ。その目で確かめるといい。君の理想を侵略する、本当の敵という奴を」

 

 

 令央の手が麻沼の頭を掴むと、体が引き裂かれるように揺さぶられた感覚と共に、麻沼は見知らぬ場所に立っていた。

 

 

「おっさん誰ェ?」

 

 

 鼻腔を刺す死臭が吐き気を呼ぶ。眩暈がするような血の香りは、牛や豚のものとはまるで異なる。麻沼もよく知っている、これは人間の死体の臭いだ。

 

 そして、形が残ったその肉を喰らう白髪の子供が、赤く染まった片眼で麻沼の顔を覗き込んでいる。何がなんだか分からないが、目を合わせた瞬間に互いに通じ合ったのを、麻沼も感じた。

 

 この子供は麻沼と同じ、タイムジャッカーに選ばれた王の資格者だ。

 

 

「───あァ、同じか。後輩? 弟かな? カワイイなぁ。鋼太朗みたいだ。食事を見たのは許すよせっかく会えたんだ。怒ってないさ、本当だよ、だって僕は喰種(グール)じゃない。違うんだよ! 分かるだろ!?」

 

 

 紡ぐ言葉に正気を感じない。言葉が通じる気がしない。こんなのが王として選ばれたのか? こんな獣と自分が同じなのか?

 

 それでも確かめねばなるまい。恐る恐る、確かめるために、麻沼は白髪の資格者に言葉を投げかけた。

 

 

「王に……なるんだろう。何のために。王になって、その力で何をする気だ……?」

 

「喰種皆殺し。そしたら誰かが褒めてくれる。僕を受け入れてくれる。それでもだめなら次は人間だ。殺してればそのうち、また家族でいっしょに食事ができるでしょ?」

 

 

 狂っている。これまで麻沼が見て来た邪悪を名乗る連中が、子供騙しにしか思えない程に。もし仮にこんな奴が王になれば、世界はどうなるかなんて考えるのも悍ましい。

 

 麻沼が呼吸を思い出すと、また別の空間に移っていた。

 これから自分の身に何が起こるのかはそこで察した。その予想通り、麻沼の前には次々と狂気が姿を現した。

 

 

「天界の次は、下界にも戦争を起こす。不要なものを掃き捨てるためにな。そして、かつてのように天界が下界を管理する健全な世に作り直す」

 

「どうでもいい……壊すだけ……私たちを縛る家も、仕組みも……運命も……!」

 

「いいねぇー! 将来設計! 人生計画! くっだらなくて大っ嫌いでクソウケる!! じゃあまずそういうこと言ってる賢ぶったヤツ全員殺そっかな。そんでさぁ、みーんなバカ晒して何も考えず気持ちよくなれる世界! あーいいね、それ最高」

 

 

 頭がおかしくなりそうだった。こんな人間でもないような連中が、この先に何人も立ち塞がるというのか。こんな主張とも呼べないような支離滅裂な思想から、自分が叶えたい理想を守らなければならないのか。

 

 だが、そんな気の遠くなるような憂いさえも、最後に現れた王が蝕み尽くした。

 

 

「───ダメだよお前」

 

 

 麻沼が一言声に出した時には、その男は目の前に立っていた。吐息がかかるほどの距離で、その男の目に映る自分自身が、不気味に蠢いて嘲笑っているように感じる。

 

 認識できたのはそれだけだ。麻沼はその男の顔が『分からなかった』。

 それだけの恐怖。個でありながら大群と錯覚するような圧力。それは令央と同等でありながら、まるで異質。

 

 

「国境っていると思うか? 人種は? 苗字は? 集団に属するから、お前みたいな奴が育つ。自分の『言語』を持たない奴だよ。俺はなぁ、異文化交流がしたいんだ」

 

 

 他の王よりも理性的な口ぶりで、信念に聞こえるそれを語る。だが彼の言葉から伝わってくるのは、殺意でもあり敵意でもあり悪意でもあり害意でもあり狂気でもあり混沌でもある、言語化できない何か。少なくとも人間が抱えていいものではない、何か。

 

 下手な言葉を紡げば殺されることだけが分かる。王として、天と地ほどの差があるのが分かる。

 

 

「他人の言葉で喋るな。自分を分類するな。己が唯一であり群生体であることを自覚しろ。世界はもっと、多様だ」

 

 

 水底から引っ張り上げられたように、麻沼は我に返った。そこは見慣れたユグドラシル・コーポレーション。この腐り切った安い地獄に戻って来て、麻沼は心の底から安堵すると同時に、未来に絶望した。

 

 

「どうだった。その目に映ったか、現実が」

 

 

 まだそこにいた令央も、あの男も、空想の範疇すら超越した真性の化け物。

 

 人類がヘルヘイムの脅威から脱したとして、待ち受けるのはこの狂った連中の誰かが支配する世界だ。そうなったらまず間違いなく、人間社会は悲惨な滅びを迎えるだろう。

 

 それを防ぐためには自分が勝ち残り、王に成るしかない。

 この化け物共を打ち倒して───絵空事だ。これが『現実』だ。人類はとうに詰んでいたという、現実。

 

 今度こそ成りたい自分に成れると思っていた。守りたいものを守れる自分に。憧れたあの人のような自分に。

 

 

「───考えろ」

 

 

 考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。

 賽は投げられた。力は受け取ってしまった。人類を守るには王になるしかない。あんな生温い机上論は破棄する。確実に世界を救う道を。化け物共を殺すための方法を。

 

 

「必要なものは、何だと思う」

 

「……力だ。お前たちのような化け物共と渡り合えるだけの、圧倒的な力」

 

「それだけか? 力と手段は常に一体だ。芸術とは一筆目から、完成像を見据えたものでなければならない。どんな力が欲しい。どんな風に世界を変える。どんな風に、私たちを殺すことを望む」

 

 

 そして何よりも必要なのは、こいつらと向き合って壊れないだけの───狂気。

 

 かつて、狂気の独裁者ポル・ポトはこう唱えた。

 『腐ったリンゴは箱ごと捨てなければならない』。

 

 

「そうだ。もうどうでもいい。腐った果実は、樹ごと焼き払う」

 

「面白い色だ。君が描く物語の終焉に、精々期待しよう」

 

 

 令央が筆を持った手を挙げると、タワーのどこかが爆発した。

 悲鳴や混乱よりも先に破壊が伝播していき、世界を救うための───人類を殺すためのシステムが瞬く間に崩壊していく。

 

 正義を掲げた独裁の城が炎上する。理性で人の命を管理し続けた罪人共も、次々と瓦礫の中に沈んでいく。

 

 ずっとこうなればいいと思っていた。

 令央が去り、崩れ去っていく地獄の中で、ヘルヘイムの草木に囲まれた麻沼は笑い声を上げた。

 

 

 




境界線を越えた者
境界線が目の前にある者
境界線の上にいた者

等しく夜が明けて、戦が始まります

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