仮面ライダージオウ~Crossover Stories~   作:壱肆陸

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Eの怪盗/エターナル・コード

A級ガイアパーツ『神への賄賂』。

元はとある国家が戦争に勝利した際に製造された記念貨幣。しかし、その国はその直後に討ち滅ぼされ、途端に無価値なものとなった貨幣はほとんど失われた。そのうち偶発的に発生したガイアゲートへと落下した一枚が『神への賄賂』である。

 

それを手にした者は運命を操ると言われており、このコインを拾った兵士は最前線で傷すら負うことなく、天候さえも尽く味方し、一触即敗北の状況から敵国を討ったという逸話も残っている。

 

 

「……で、そのとんでもないコインが…」

「あちらに」

 

 

無理では? 雪穂はそう思った。運命を操るなんて反則にも程ってものがある。素人が描いた漫画だってもう少し自重する。そんな宝をどうやって盗めというのか。願わくば亜里沙が勝ちとったお金だけ貰って帰りたい。いや最悪お金もいらないから帰りたい。

 

 

「勝負の前に名乗るのが日本の礼儀だったか。そりゃ戦争なら名乗る前にズドンだが、ギャンブル勝負は相手の事を知った方が熱いからね。愛称だがギーラと覚えてくれ。そちらは? ロシアの姫様」

 

「亜里沙…こっちは友達の雪穂で、こっちはシオンさん」

 

「オーケー、アリサ。華麗な3連勝で人生を変えたアンタと勝負がしたい。私が勝ったらアンタら怪盗は私の手足になるってのはどうよ。地下から世界統べんのが私の夢だ」

 

「じゃあ亜里沙が勝ったら…ええと…」

「確かめる必要もございませんが、そちらの『神への賄賂』を頂戴いたします」

 

 

堂々とした怪盗がいたものだと、ギーラは口笛を吹いた。雪穂にとってはこんなのも慣れっこで、この地獄の怪盗団に凡そ戦略や作戦と呼べるものは存在しない。基本的に行き当たりばったりの力技でターゲットを強奪するのが彼らだ。

 

しかし、ここで黙って成り行きを見守っていては破滅一択。恐る恐る雪穂はその勝負交渉に待ったをかける。

 

 

「勝負って、ギャンブルですか…?」

 

「当たり前だろ能無しが。ここを何処だと思ってるのさ。その顔に引っ付いてるのがガラス玉だったら悪いから言っておくが、カジノだ」

 

「そんなの勝てるわけないじゃないですか! だって…そのコイン! 運命を操るなんてされたらギャンブルなんて100%勝てっこない!」

 

「弱い癖に自分都合で話が進むと思うな? ここは私の巣だから私が有利なのは当然だ。そもそもさ、このコインとアンタら強盗の身柄が釣り合うと思ってんのか?」

 

「では我々の存在に替えの効かない価値があると証明できれば、公平な勝負をしていただけるということでよろしいですか」

 

 

シオンはそう挑戦的に言い放つと、どこからかナイフを出す。その鋭利な切っ先を向けた方向は、自分の首筋。

 

 

「高坂女史、念のため絢瀬女史の目をお塞ぎください。あと汚れないよう私の後ろに」

 

「シオンさん何を……っ!?」

 

 

シオンは躊躇いなく自身の首をナイフで掻っ切った。

刹那に襲い掛かった衝撃的な光景。悲鳴を上げそうになったが、想像していた一秒後とは違う現実が広がっていた。シオンは一歩もたじろがず、血は吹き出ずにただ重力に従ってネクタイを赤く染めただけだった。

 

 

「『NECRO OVER』…研究内では『NEVER』と略されているようです。御存じでしょうか」

 

「……眼で見たのは初めてさ。死体ベースで作られた不死身の改造人間、『組織』が生んだ最高傑作の生物兵器」

 

 

細胞維持酵素を打ち込むとシオンの傷口が一瞬で閉じた。研究資料で見た通りの挙動で、最早その真偽は疑いようも無い。

 

 

「我々地獄の怪盗団、『NEVER』4体をベット致します。賭け金として不足でしょうか」

 

「まさか。いいさ、乗った。ついて来な」

 

 

勝負の交渉が終了し、場所を移動するようだ。しかしそれがどうでもよくなる程、賭け皿に出された情報はショッキングで、雪穂と亜里沙は当然問い質さずにはいられない。

 

 

「どういうことですか!? ネバー? 死体!? そりゃ妙に丈夫だと思ってたけど…特にロイさんとか…でも! えっ…!?」

 

「シオンさんもカイトーさんも…えっと…だから、ゾンビってこと…?」

 

「その通りでございます。我々は皆、一度死んだ身。ゾンビという表現、素晴らしいセンスです絢瀬女史」

 

「そんな…死ななきゃいけなかったなんて…だってミツバさんは、あんなに……? あれ…!?」

 

「……亜里沙?」

 

 

何故だか亜里沙の言葉が詰まる。出所の分からない悲しみが喉を塞いだようだった。そんな少女たちの感情を他所に追いやるように、シオンはさっぱりとこう言い切る。

 

 

「我々は死にました。そんな事は些事なのです」

 

「サジ…?」

「何が些細なんですか! 勝手に巻き込んで、危険に放り出して、挙句の果てにはそんな大事なことも説明しないで! 全然意味が分からないですよシオンさんもミツバさんも!」

 

「些事なのです。故に説明も不要。我々は命有ろうと無かろうと、マジェスティの望むままに。貴女がたも、そのための大切なピースなのです」

 

 

何も意味が分からない。周りで起こっている事の全てが分からない。分からないままに勝負の場にやって来てしまった。大きい円形のステージを挟み、恐らく両者が座るであろう座席がある。

 

 

「要は『神への賄賂』が手元に無けりゃ文句ないワケだ。だったら勝負するゲームなんて『コイントス』以外有り得ないと思わないか?」

 

「コイントス…? でもそんなの、いくらでもイカサマできそうじゃないですか!」

 

「五月蠅いな。話を最後まで聞けない子供は死んどけよ。いいかまずこのコイン、見りゃわかるけど両面全く同じ鳥の模様だ。表裏の判別は不可能。そこで、()()()()()でこのコインを磁化させてN極・S極で表裏を定義する」

 

「僭越ながら理解しました。そのような仕様上、空中のコインを見て表裏を判断する芸当は不可。コインを操作しようにも、自由落下運動に異変があれば一目瞭然…というわけでございますか」

 

「その通りさ。まだ疑うなら気なる部分は全て調べればいい。この勝負が正当な運によるギャンブルであることに一切の相異は無いからね。文句が無いなら座れ盗っ人たち」

 

 

______________

 

 

「……飽きたな」

 

 

ミツバが地下に放り込まれて時間が経った。ミツバを何処かに連れて行こうとするスタッフを伸して、喧しいカジノの敗者たちも黙らせ、地下を散策していたが退屈で欠伸が出る。

 

この地下空間は異常だ。監獄のような、何かの遺跡のような、少なくとも幾つもの物理法則を無視して作られた空間。ガイアメモリの能力によるものだろう。その主は恐らく、この中心で胎動する巨大な気配。

 

それと関係あるかは知らないが、そこかしこに人らしきものが転がっている。生気の感じない肉塊だが呻き声を出すくらいの意識は残っているようだ。

 

ミツバは分かりやすく舌打ちした。気分が悪くて退屈が飽和しそうだ。

 

だからその巨大な気配に向かって歩いていた。

しかし、その溜息を吐き出した一瞬。その気配は距離を一気に縮めた。

ミツバを軽く覆う影と威圧感。地下の主は待っていた、ミツバが張り巡らせた注意を緩めるその瞬間を。獲物を狩る獣のように。

 

 

「───いいね」

 

 

___________

 

 

 

勝負のルールはシンプルだ。自動で投げられたコインが頂点に達する前に「表」か「裏」を選択。落下後、ステージ上の装置が磁気を読み取って表か裏かを表示する。それを5回で1ゲームで的中数が多い方が勝ち。怪盗陣営に合わせ、3ゲーム行う。

 

ゲーム終了時、勝利側は相手からなんでも一つ奪うことができる。

 

 

「そっちは一回勝って『神への賄賂』を獲れば終わり。どう考えてもそっち有利のルール、文句は言わせないよ」

 

「痛み入ります。では代わりと言ってはなんですが、対戦相手は誰をご所望でしょうか」

 

「ほぉ、そう言うなら使命しようか。来なアリサ。最初はアンタだ」

 

「……うん、わかった。行くよ」

 

 

言われた通り亜里沙は着席し、ギーラが『神への賄賂』をステージ上に置いた。

 

 

「雪穂、表と裏…どっちにしたほうがいいかな…? これを失敗しちゃったらシオンさんたちが……」

 

「落ち着いて亜里沙! コイントスなんて1/2の運ゲーだよ。どうもこうも、5回選ぶしかない…こっちは3人いて有利なんだから!」

 

 

確率が収束すれば勝てる勝負だ。それでも、運次第で負ける時は負ける戦い。準備すればほぼ確実に勝てる試験とは違うんだ。今はただ勝てると言い聞かせるしかない。

 

コインが投げられた。亜里沙は「表」、ギーラは「裏」を選択。

落下。表示されたのは「裏」。

 

 

「そんな…!」

 

「悪いね、先に一点だ」

 

「大丈夫! まだ一回目だから! 次当てればいい!」

 

 

もう一度投げられる。今度も選択面は異なり、亜里沙は「裏」、ギーラは「表」。出た面は……「表」だった。

 

 

「これで2点」

 

「ど…どうしよう雪穂!」

 

「落ち着いて! ほら、さっきだって3回連続勝ったんだから、ツキは絶対亜里沙に……!」

 

「あ、さっきも言ったがズルは即バレだ。そっちの執事が()()()()()()()()()()()なんてのもドボンさ。あぁ表裏分かんないし無意味だったな失礼」

 

 

『風を操って』、その文言に記憶が引っ掛かった。さっきのルーレット勝負の事だ。あの時に勢いが死んだ球が、まるで()()()()()()()()()()()()()()()、亜里沙が賭けた数字に入った。

 

 

「シオンさん…もしかしてさっきのルーレットって、シオンさんが…!」

 

「さぁ3回目だ。選びなラッキーガール」

 

 

シオンは無言を貫く。もしさっきの勝負がイカサマだったとしたら、亜里沙の天命的な運も嘘ということになる。そう考えた途端、支えていた運の糸がプツンと切れ、

 

亜里沙の思考は止まってしまった。定められたタイムリミット、コインの軌道が頂点を通過する瞬間を過ぎても選択をすることはできなかった。

 

 

「タイムアップだ。ちなみに私が選ぶのは、表」

 

 

出た面は『表』。この瞬間、亜里沙は0的中に対しギーラは3的中。第一ゲームの敗北が決定した。

 

 

「そん…な…ごめんなさい…亜里沙が選ばなかったから…ごめんなさいシオンさん…カイトーさん…!」

 

「違うよ亜里沙のせいじゃない! そうよ、3回連続なんておかしい! イカサマしてるに決まってる!」

 

「はっ、みっともないな日本人。たかが1/8の確率。それに最後、勝負を放棄したのはそっちだ。悪くない? 違うねそいつが悪い」

 

「でも…!」

 

「鬱陶しいんだよ間抜け。お前みたいなやつが、運次第だ~神様に祈れば勝てる~って思考停止してドブに沈むんだ。勝てないかもしれない勝負に命賭けるヤツは全員ゲロなんだよ。私は違う。懇切丁寧に教えちゃやらんが、この勝負は100%私が勝つ理屈がある。いいか、運ってのはランダムって意味じゃない。ロジックって意味だ。ここで、覚えな」

 

 

運の勝負なんかじゃなかったことを、ようやく痛感した。これはれっきとした命の取り合い。怪盗陣営は目の前の怪物に何段も実力で劣るという窮地にあるのだ。

 

 

「さぁ私の要求を言う。持ってる細胞維持酵素を全て寄越せ」

 

 

シオンはアタッシュケースから2本、NEVERの活動を維持するための細胞維持酵素をギーラに渡した。船に帰ればあるとはいえ、これでこの場所でのシオンの生存権は握られてしまったのと同義だ。

 

 

「えらく余裕そうじゃないか。次はアンタだ執事」

 

「承りました」

 

 

不必要な言葉を交わさず、指名に応じてシオンは席に座った。

ゲームは滞りなく進む。流石にさっきのような一方的な展開にはならず、互いに当てて外してを繰り返して最終第5投にもつれ込むが、最後に選んだ面が分かれた。シオンは表を選択。しかし、出た面は「裏」。

 

 

「私の負けです。御見それいたしました。ご所望は?」

 

「潔いのもここまで来ると気持ち悪いよ。流石は死人ってとこか? で、貰うのは……『細胞破壊酵素』だ。持ってるんだろ? イザって時の自決用に」

 

 

不死身のNEVERにも死の概念は幾つか存在する。その中の一つが『細胞破壊酵素』で、NEVERはこれを打ち込まれると途端に身体が崩壊する。そしてそれはギーラの読み通り、シオンのアタッシュケースの中に。

 

 

「これで私はアンタらの『生』と『死』を手中に収めた。あとはガイアメモリさえ奪っちまえば怪盗NEVER軍団は私のものだ。さぁ日本の雛鳥、席につけ」

 

「……で、でも…」

 

「座れ!」

 

 

駄目だ、逆らえない。ここから逃げることもできない。雪穂は一寸先の運命から目を背けるように、席につく。

 

 

「アンタとアリサはNEVERじゃないね。死に慣れてない平和ボケした面だ。随分と育ちが良いと見た」

 

「……そうよ。私はあんなバケモノじゃない…普通に生きてた! これからも高校行って、普通に生きる…そのはずだったのに!」

 

「可哀そうに同情するよ。だが私の方が更に不運だ、お前らと比べられないほど泥水啜ったクソみたいな生き方をしてきた」

 

「……」

 

「色んな国を巡ったがドイツはいい。秩序の国じゃ合理性を極めれば勝ちが手に入る。肌に合った。それに比べて日本は最悪だったね。偽善と慣れ合いに浸かり、敗戦国で養殖された平和はドロドロ。吐き気がした。勝利に最も遠い国で生まれた時点で、お前の運は尽きてたのさ」

 

 

コインが宙を舞う。雪穂は表、ギーラは裏を選択。

出たのは裏。絶望が更に一つ歩み寄った。

 

 

「怪盗ってのは誰だ? そこの執事じゃないのか?」

 

「…ミツバさん。さっき、連れて行かれたけど……」

 

「あー、一人負けてたなそういえば。じゃあそいつも終わりさ。なにせ、地下にいるのは『組織』から貰った人喰いの怪物。負けた奴はそいつのエサになって、地下世界を広げる糧になる仕組みだ。機嫌が良いから教えてやるよ」

 

 

2投目。雪穂とギーラ、双方「裏」を選択。そして出たのは「表」。両方外れだ。

 

 

「『墳墓の記憶』、グレイヴメモリ。人間の生気、寿命、感情なんかを喰って『墓』を作るメモリさ。古代の権力者が奴隷でデッカい墓作ってたみたいにな。曰くロードメモリってやつの上位種らしい。そいつに過剰適合したのはかつて戦場で『死神』と呼ばれた軍人らしい。人に戻れなくなったそいつがこの地下に住んでるんだ」

 

「死神……ですか…?」

 

 

珍しくシオンが反応を見せた。勝利を前に気が乗っているのか、ギーラはそれに大きく返す。

 

 

「有名人だから知ってるか? まぁ兎角デタラメに強い。それに加えて、喰われた人間の『余り』は抵抗もせずメモリ・薬品・改造の馴染む恵体ってことで、色んな生物兵器の試作が転がってる。それこそNEVERみたいなのがな。つまり地下墳墓はバケモノ共の巣だ、生きて帰れないって理解しろ」

 

 

3投目。選択はさっきと全く同じで双方「裏」。今度は「裏」が出たため両方当たりとなった。残る勝負はあと2回。次に負ければ3対1で勝負が決してしまう。

 

 

「分かってるよな? 欲しいのはNEVERと、精々横に置く用のアリサだ。お前はいらない。負けた後に行くのは地下で、私の帝国の一部になってもらう」

 

 

脅すように言うと、ギーラは雪穂の頭を指して宣言した。こんな勝負はもう面倒だと言わんばかりに、勝敗を加速させる宣言を。

 

 

「私は表を宣言する。表でダブったとこで同じこと。勝って生き延びたければお前は裏って言うしかなくなったワケだ」

 

「…なにそれ、もう私にはできること無い…って? 死にそうだっていうのに…?」

 

「雪穂……どうしようシオンさん、このままじゃ…このままじゃ雪穂が!」

 

 

亜里沙が助けようとシオンに泣きついている。それでもシオンの表情は変わらない。泣きついたって無駄なんだ、ここに居る人間は雪穂と亜里沙だけだ。

 

何も出来ることは無くなった。あとは「裏」と言って全てを終わらせるしかない。もし姉の友人だというあの探偵の男子がいたなら、彼女の理不尽な幸運を看破してくれただろうか。姉ですらもきっとなんとかした気がする。

 

何もわからない。怪盗たちのことも、NEVERのことも、彼女の幸運も、自分がこんな目に遭っている理由も、自分が普通でいられなかった理由も、ここにいるのが自分じゃなきゃいけなかった理由も。

 

 

でも一つだけ。ただ一つ、なんとなく分かったことがあった。

 

 

「……ふざけんなっての」

 

 

コインが投げられた。

分かったこと。それは、ミツバたちにとって自分達の存在は些細なものだということ。風が球を導いたように、亜里沙と雪穂がどんな動きをしようと、それは彼らの行き先に何の影響も及ぼさない。だからシオンは無表情にこちらを見ているだけなんだ。

 

だったら、この恐怖は何なんだ。あれだけ心臓を鳴らした理由は、汗をかいた理由は、何度も何度も死を覚悟しなきゃいけなかった理由は何処にあると言うんだ。無いと言いやがるなら、文句言ってやる。相手が犯罪者だろうと知った事か。

 

 

「勝手に決めないで。私たちはここにいるだけの人形じゃない。何をするか、どこに行くか、通う高校だって自分で好きに決めるよ! 私の人生は私だけのもんだ!」

 

 

どうせ何をしても変わらないのなら、常識の中から必死に抗ってやる。このギャンブルにも、怪盗にも。だから雪穂が選ぶのは「表」ではなく、「裏」でもない。

 

 

「どっちでもない! そのコインは……表にも裏にも落ちない!」

 

「馬鹿だな。ユーモア気取りの汚い仇花だ!」

 

 

コインが落下を始めた。そして───ステージが、カジノが揺れた。

 

 

「地震…!? 有り得ないここはドイツだ、なんで今……!」

 

 

地震なんかじゃない。何かの音と脈動が下から迫ってくる。

ひび割れる床とステージ、座席。全てを破壊して現れた腕は、地面に落ちる前の『神への賄賂』を掴み取った。

 

「表」でも「裏」でもない結末。それは怪盗エターナルの手の中に。

 

 

「カイトーさん!!」

 

「おかえりなさいませ、マジェスティ」

 

「久しぶり雪穂ちゃん。楽しかった?」

「全っ然楽しくないですけど!?」

 

 

地下に居たはずのミツバが、床を突き破って『神への賄賂』をキャッチした。そんな有り得ない現実をシオンと雪穂だけが見据えていたのだ。

 

 

「……第4投、高坂女史の勝利でございます。これにて2対2。勝敗の行方は最終ゲームに委ねられましたが、いかがなさいますかオーナー様」

 

「ん? なにゲームしてたの雪穂ちゃん。いいね……楽しそうだし、ラストゲームはオレに交代だ。その()()()()()()()()()()()を賭けて、やろうよ」

 

「は……本物…!? もしかして、さっき使ってたコインは…偽物ってことぉ!?」

 

 

ミツバの手の中でコインが砕ける。更にギーラが懐から出した『神への賄賂』を見て、雪穂は今世紀最大の憤りを大口を開けて絶叫。道理で表裏が当たるわけだ、何がロジックだふざけんなと憤懣やる方ない。

 

 

「もー本当にあったま来た! 結局イカサマしてんじゃん!」

 

「当たり前だ、誰が馬鹿正直にホンモノを出すか! まさか地下から帰って来るとは驚きだけど、どーせ逃げて来たんだろ? じゃあすぐ追いつくさ、死神の足音はなぁ!」

 

 

ミツバが開けた穴をこじ広げ、フロアを粉々に砕きながら、その巨大な異形は一つ上の階層に這い出でる。過剰適合により人の姿を保てなくなった、異臭と嫌悪感纏う石と腐乱死体造りの8足歩行生物兵器。

 

 

「盗っ人を磨り潰せ、グレイヴ・ドーパント!!」

 

「Ого! 早いな、足が8本もあるもんな。シオン、やっぱさっきのナシだ。オレはこっちやるからラストゲームは任せた」

 

「承知しました。ではマジェスティ、こちらを」

 

 

シオンが『ロストドライバー』をミツバに投げ渡すと、何処からか飛来した白いガイアメモリがミツバの手に収まった。その記憶の名は『永遠』。

 

 

《エターナル!》

 

「変身!」

 

 

腰に装着したロストドライバーにエターナルメモリを装填し、右側のみのスロットを展開する。その瞬間、破壊されたフロアに広がる琥珀の波と、蒼い稲妻。

 

その一瞬だけ誰もが死相を感じ取らざるを得なかった。足元を這う蒼炎と白の爆発が命を吹き飛ばすイメージが焼き付いたのだ。何故なら、「仮面ライダーエターナル」がそこに顕現したのだから。

 

 

「───ッ! 殺せ、『死神』ッ!」

 

 

グレイヴの細胞がボコボコと増殖し、肥大化した腕が伸ばされる。その殴撃に対しエターナルはマントをなびかせると、握った拳一つで迎え撃った。

 

10倍はある対格差。それなのに、弾き飛ばされたのはグレイヴの方だった。

 

 

「カイトーさん…強い……」

 

「あそっか、亜里沙は初めて見るんだっけ…ほんと、めちゃくちゃなんだから…あの人は」

 

 

不可視の速度で高熱の鞭を繰り出すグレイヴ。触れた部分が一瞬で焼き切れるその理不尽に、エターナルは踊るように走って全てを躱す。小型ナイフ「エターナルエッジ」一本を手に懐に潜り込むと、刃渡り僅かの斬撃がその巨躯を引き裂いた。

 

 

「有り得ないだろ…! あの地獄の支配者の、『死神』だぞ……!?」

 

「アレが地獄? 随分と育ちが良いんだなお嬢さん。じゃあオレが……本物の地獄の作り方ってヤツを教えてやるよ!」

 

 

エターナルの胸のスロット、そのうちの一つにドーパントのメモリを一本装填。右腕を高く掲げ、倒れたグレイヴに全力の衝撃を叩きつける。

 

 

《エクスプロージョン!マキシマムドライブ!!》

 

 

『爆発の記憶』が目覚める。拳から反響した衝撃が、僅かな歪みで次々に破裂し、地下空間やゲームフロア、地上をも巻き込んで絶叫は爆ぜた。ただ一人の笑い声を中心に。

 

 

「……お楽しみになっている所、失礼します。我が主に命じられた通り、『神への賄賂』を賭けたゲームの続行を」

 

「はっ……ゲームだぁ…!? あぁいいさ、受けてやるよ…ルール無用の殺し合いでよけりゃな!」

 

「なるほど、良い判断です」

 

 

表情一つ変えず淡々と現れたシオン。目の前の惨状に半狂乱になり、ギーラは自分のガイアメモリを起動し、首に端子を押し付けた。

 

 

《エナジー!》

 

 

『エネルギーの記憶』をドープしたエナジー・ドーパントは、全身を巡る導線を電磁エネルギーで満たし、指先から最大出力で放つ。人間の体など数秒で炭化させる電圧を変換した、合金をも砕く威力を持った攻撃だ。

 

それをシオンは易々と指で受け止めた。

その姿が変貌していることに、エナジーは気付かなかった。

 

 

「メモリを使ってないだろ、どうなってんだよ…!」

 

「白亜紀を制した史上最大級の翼竜。名の由来は、古代アステカ文明で水の神と崇められ、いつしか火の神、風の神と習合された大自然を司る蛇神。その名を御存じでしょうか」

 

 

元はゴールドメモリとして存在していたガイアメモリの、潜在能力を引き出す研究。それ即ち秘められた記憶の解放。

 

巨大な翼を広げ、黒曜石の爪を備え、牙と鱗をも併せ持つ猛禽と爬獣を内包した絶対者。『ケツァルコアトルス』は、神の存在となって人の身に降りたのだ。

 

 

「不死身の神様…だからなんだって? 忘れちゃいないよな私には運が味方する!」

 

「失礼ながら───」

 

 

相手は不死身だが、エナジーの手元には細胞破壊酵素がある。これさえ撃ち込めば勝ちで、加えて運命を操る『神への賄賂』で勝機は盤石だ。ここまで運を操って勝って来た自分に敗北の未来なんて有り得ない。

 

そんな幻想は、翼を羽ばたかせた瞬間に霧散した。

太陽の光を間近で浴びているような破滅的な熱波。死の風。空気から水分が消え、命あるもの全てが干からびる。

 

水分が介在しない環境下。防衛本能で放った僅かな電流で、エナジーの体が発火する。途端に送り込まれる風が炎を成長させ、その姿は大火災に等しい炎獄の渦に消えた。

 

 

「私が貴女様に負ける未来など、万に一つもございません」

 

 

0の確率が前では神秘の力さえも無力。風で巻き上げられた『神への賄賂』は、戦いの最中に居たエターナルの手中へ。

 

 

「A級ガイアパーツ『神への賄賂』、確かに頂戴した」

 

 

その一瞬を見計らったグレイヴは、ありったけの熱光線、重力波、そして肥大化させた己の体躯を全てエターナルに圧しつけた。肉も骨も残さない、敗者に墓標すらも与えない残酷非道な死神の一撃。

 

当然、エターナルは死なない。蒼い炎は絶えない。闘いの中で彼の命は『永遠』を意味するのだから。

 

 

「いいね。さぁ、もっとだ!」

 

 

グレイヴ・ドーパントに残った極小の意識。その中で人間だった時の記憶が息を吹き返す。誰もが戦場で自分を恐れた傭兵時代、奪うだけで満たされた人生の絶頂を児戯のように蹴り崩したのは、少年の形をした悪魔。いや───

 

 

「………Смерть(死神)……!」

 

「戦場で会ったか? まぁ覚えてられないくらい弱かった、アンタが悪い!」

 

 

亀裂の入った建物が激しい戦いの余波で崩れ始める。終わりがそこまで来ていることにも気付かず、エターナルは殴ることに、蹴ることに、斬ることに没頭していた。恐怖や戦慄を感じない人間など、きっといるはずもなかった。

 

怪盗エターナルの正体は、誰がなんと言おうと常軌を逸した怪物だ。

 

 

《エターナル!マキシマムドライブ!!》

 

Давайте потанцуем(さぁ、踊ろうか)!!」

 

 

エターナルの親指が地を向いた。グレイヴの攻撃を正面から浴び、傷を負いながらその熱狂は上昇のみを続け、エターナルの右手がグレイヴの頭蓋を掴んで砕く。その巨大かつ強固な石の肉体にも破壊は連鎖する。

 

壊れ転がる絶対強者だった肉塊は、まだ意識を保っていた。

しかし、『最強』は紛い物が立つことを許さない。

 

 

「死ね!」

 

 

絶対的な言霊と共に叩きつけられた拳。

床が崩れ、人の命で作られた地下墳墓に巨体が堕ちて行く。墳墓の支配者の死が、パーティーの終わりを告げる爆発が、地下墳墓を消し飛ばし、その罪の全てを土の底に閉じ込めた。

 

 

「地獄で待ってな。さて……」

 

 

エターナルが勝利し、『神への賄賂』も奪った。目的は達成。一見すると眼前に死があったあの状況から2人は救われたように見える。しかし、そう喜べる状況じゃないのは明らかだった。

 

何故なら、戦いが激し過ぎてカジノが倒壊しそうなのだから。

 

 

「またやっちゃった。逃げよっか!」

 

「ですよね!? 何やってんですかほんとにぃぃぃっ!!」

 

 

大急ぎで逃げようとする怪盗たち。シオンに抱きかかえられてる亜里沙に対し、雪穂はどうやら走らなければいけないらしく納得できないが、良しとしよう。しかし、そんな感じで流せないほど大きな違和感が、胸の内に引っかかっていた。

 

 

「…どうしたの、雪穂?」

 

「いや……なんか忘れてるような気が……」

 

 

そんなことを言っていると瓦礫の底に生け埋めだ。取り合えず疑念に蓋をして地上に急ぐ。しかし、もう引き返せないところにまで来たところで、蓋は外れてしまった。

 

 

「あっ……!!」

 

 

その夜、ドイツのカジノが一つ、突如として崩壊した。

 

__________________

 

 

その後、なんとか船に帰ることができた4人。警官の追跡が無かった分、あれ以降特に苦労することは無かったのだが、雪穂の気分はあれ以降ずっと沈みに沈んでいた。

 

 

「元気出して雪穂! ほら、シオンさんがドイツのお土産くれるって!」

 

「そうだよ、そんな落ち込まないでよ雪穂ちゃん。ふふっ…」

 

「笑ってんじゃないですよ! だって…だって…! 亜里沙が勝った分の23億円が!」

 

 

雪穂の忘れ物とは、カジノから受け取るはずの23億円だった。あれがあったら今頃30億の借金の大半を返済することができ、命を懸けた意味もあったというものだ。しかしカジノが瓦礫になった今、死ぬ思いだった半日は完全に徒労へと変わってしまった。

 

一応確認したが、情状酌量で借金を低減なんてしてくれないらしい。雪穂はミツバのことが更に嫌いになった。

 

 

「いやぁー楽しかったね」

「私は全然楽しくなかったですけど」

「欲を言えばゲームでもうちょっと遊びたかったかな。3人がしたゲームってどんなのだった?」

 

「その事ですがマジェスティ。高坂女史が……」

 

「へぇ……雪穂ちゃんがそんなことを。ちょっとだけ変わったね、雪穂ちゃん」

 

「嬉しくないですよ褒められたって。ほら、もう日本に帰ろう。亜里沙」

 

 

この人たちを関わると損しかしない。これ以上何か失う前に立ち去ろうと亜里沙の手を取る雪穂だったが、今度は亜里沙が足を止めた。

 

 

「亜里沙?」

 

「カイトーさん。さっきのオーナーさんと、地下にいたって人たち…死んじゃったの?」

 

「あぁ、死んだよ。それが?」

 

 

あっさりと答えるミツバ。こういう不意の問答からも、彼と自分達は根本的に違うのだと思い知る。雪穂にとっては、それはあまり触れたくなかった部分だった。そっちはもう雪穂たちの世界じゃないから。

 

しかし人を水平な世界で見る亜里沙は、躊躇せず踏み込む。

 

 

「亜里沙、カイトーさんのことは大好きだよ。でも……お宝が欲しいからって、誰かを殺しちゃうようなことはしないで。それってとても悲しいことじゃないの?」

 

「悲しい、ねぇ。楽しい以外はいらないんだよ、オレ達には」

 

 

心臓が無くなったように。今日一番、その瞬間のミツバが怖かった。グレイヴ・ドーパントよりもギーラよりも遥かにだ。でも亜里沙は一歩も退かなかった。

 

するとミツバは笑い、今度は雪穂に視線を向けた。

 

 

「地獄の怪盗団、この名前も飽きた。新しいオレ達6()()の名前を考えてよ、雪穂ちゃん」

 

「へ…私!? なんの話!?」

 

「それが条件だ。じゃあまたねふたりとも」

 

 

急転した話題に追いつけないまま、ミツバが指を鳴らすとシオンに退出させられてしまった。何が何だか分からないが、彼らと関わると面倒しかないのは間違いないようだ。雪穂は絵の前で溜息を吐いた。

 

 

________________

 

 

 

「雪穂ぉー、お昼食べないのー?…ってどーしたの雪穂!?」

 

「お…お姉ちゃん…いや、点数が悪かったから、ついなんか変に…」

 

「その服は…」

「気分転換!」

 

「あ、そう…? そうだ私が教えてあげよっか!」

「大丈夫。期待してない。お昼は後で食べるから!」

 

 

絵を通って帰ってきた直後に穂乃果が現れたものだから、布団で絵を隠して頭のおかしな人みたいな体勢になってしまった。あの姉はなんでこうも絶妙なタイミングで来るのか。

 

 

「あーもー! 何よ名前って! 亜里沙も亜里沙だし! も―知らないから本当に知らない!」

 

 

半日のこの疲労感で勉強は何一つ進んでないのは控えめに言ってグロい。しかし次会うまでに名前を考えておかないとただじゃ済まなそうだ。亜里沙にも申し訳ない。

 

 

「名前ってお姉ちゃんたちのμ'sみたいな? アイドルじゃないんだから全く…」

 

 

ミツバ達のことを考えて出る結論は一つ。「分からない」だ。

 

彼らと過ごし、巻き込まれる時間の全てが、常識でできた脳みそでは理解できない。そもそもミツバの過去も知らなければ、その行動の意味も知らない。

 

宝を盗んでいる理由。

NEVERである理由。

「死神」と呼ばれた理由。

あんなに強い理由。

楽しみに固執する理由。

雪穂と亜里沙にこだわる理由。

 

ただ一つ確かだと感じたのは、「何か意味がある」「伝えようとしている」ということだ。ハチャメチャに見える彼の行動には、まだ言葉にはできないが何かの「柱」がある。

 

 

「これからも巻き込まれる。でもどーせ、私じゃ何もできっこない。だったら……私が暴いてやろうじゃん。そんで絶対あっと言わせてやる!」

 

 

巻き込まれるだけの小市民だって、怪物の「何か」になってやる。それが常識の中から放つ最大の仕返しだと、この滅茶苦茶な結論を雪穂は固く信じる。

 

高坂雪穂、実家が和菓子屋の中学三年生。嫌いなアルファベットは『E』。

 

理解できない一挙一動の行列。常軌を覆すテロリスト。

その名前を、空高く見下ろす船へと送信した。

 

 

________________

 

 

「驚きました。まさかマジェスティが、高坂女史に『名前』を託すとは」

 

「そうか? 『名前』ってのは…大事だからね。大事な人に決めてもらいたい」

 

「随分と気に入られたのですね。高坂女史のことも」

 

 

朝に送ったメールの返信として、携帯電話に届く雪穂からのメール。そこに書いてあった名を見てミツバは満足そうに再び笑う。

 

 

「いい名前だ。オレたちは、これからも世界に提示し続ける。誰も知らないエンターテイメントと、地獄と、死人(オレたち)の生きる意味を。

 

『Eの暗号』───オレたちの名前は『cod-E』だ」

 

 

秘められた意味を解くのは正義の警察か、街を守る探偵か、それとも日々を生きる少女か。いつか理解されるその時まで、白いカラスは世界を壊し、空を巡る。

 

 

 




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