仮面ライダージオウ~Crossover Stories~ 作:壱肆陸
これは本作品ファイズ編で取り扱った「ファイズ×東京喰種」の物語の一部を切り取ったものです。
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「おい…これギャーギャーやってる余裕、ないんじゃねぇのか?」
「チッ……いいか、これは俺じゃなく君の発案だ。断じて俺の判断じゃない」
「なんでもいいよ。とにかく、一時共同戦線だ!」
〔CCG〕に所属する捜査官、瀬尾潔貴───『カイザ』。そして正体を隠しオルフェノクや喰種と戦う青年、荒木湊───『ファイズ』。2人は互いに相容れることの無い存在。
しかし、彼らと相対する強敵は、ラッキークローバーのS+レート『キャラビッド』。地を這う王、歩行虫『オサムシ』の特質を備えた重戦車の如きオルフェノクを前に、ファイズとカイザは一時的に同じ方角を向いた。
「ア゛アアアアアアッ!!!」
大地の震えと錯覚するようなキャラビッドの咆哮。最強の一角であるそのオルフェノクは、障害物も、間合いも、張り詰めた空気も、目の前の全てを喰らい散らして前進する。2人の戦士とキャラビットが激突し、圧縮された時間で死闘を繰り広げた。そして、
《Exceed Charge》
「はああああッ!!」
「…せあああッ!!」
二つの拳がキャラビッドの固く閉ざされた装甲を打ち砕き、青い炎が灯る。ファイズとカイザが同時に放った『グランインパクト』を正面から喰らい、キャラビッドオルフェノクは重なる「Φ」と「χ」のマークの後ろで灰化した。
こうしてラッキークローバーの一柱は陥落した。これが数週間前の話。
「報告が遅れたが、真桑木が死んだ」
山間の川に背を向けて話す強面の男という、妙な光景。
ラッキークローバーの一人、馳間練道が言葉を向ける相手は、その清くせせらぐ川の中心にいた。
「由々しき事態だが、ここで真桑木の代わりを補填できれば賛同派の信頼を高めることに繋がり、非賛同派には我々の戦力層を見せつけることができる。そこで……っ、聞いてるのか、
「…真桑木……? 誰だ?」
そんな不思議そうな彼女の返答に、馳間は頭を痛めた。
ラッキークローバーには4人の席がある。『コンドル』、『カメレオン』、そして先日戦死した『キャラビッド』。残る一つの席こそが、馳間の背後で妖精のように水浴びをしている美しき少女、『レヴィアタン』だ。
翠と呼ばれた彼女は自由奔放で唯我独尊、強さという意味でも常識という意味でも世の水準から離れすぎている。故に馳間も探すのに手間取った。まさか山籠もりしているとは誰が思うか。
「そういえばどうした、なぜ背を向けている?」
「自分の年齢と条例や法律くらいは理解しろ。服を着るなら顔くらいは見てやる」
「相変わらず世の顔色を窺って生きているようだが、甚だ理解できんな。私なら屈辱で何度か世界を滅ぼしていように」
「…はぁ…大勢が生きる上で規則は必要で、秩序が無ければそれこそ世界は滅ぶ。オルフェノクの未来を慮るなら、少しはその辺りを理解して欲しいものだが」
「やはり解せんものだな。この世の中、尊重すべき生命など私以外にいないだろう?」
「時間の無駄だった。今の会話は忘れろ」
このやり取りだけでは、彼女はただの奇天烈な世捨て人だ。
しかしその強さと異常な精神性を示すように、川の付近には人間の死体が数多く転がっている。運悪く彼女に突っかかったか、水浴びを見たか、もしくは死臭を感じて彼女の縄張りに踏み入ったか。
数は少ないが、喰種の死体やオルフェノクだった灰もある。いずれも抵抗や戦闘の痕は無く、即死。瞬殺。
現存するオルフェノクで、彼女は間違いなく最強の一人だ。世界を楽々と変える力を持っている。故に馳間は彼女に敬意を払っているのだが、彼女と関わる上での気苦労はその敬意を掻き消して余りある。
「要点だけ伝える。ラッキークローバーに新たな顔を加えようと思う。予め選定済みの候補から絞り込む作業と引継ぎをしたいが、俺は別件の交渉が入っていて手が離せない。だから手伝いを求めに来たんだが」
「断る。お前の頼みで居てやっているが、ラッキー何某とやらに元来興味はない」
「……だろうな…香賀に頼む」
こうなることは分かっていても、一応で動かなければいけないのが管理職の辛いところだ。時間と体力を無駄にした末に、馳間は立ち去った。
ラッキークローバー。馳間が創設したオルフェノクの力と願いの象徴。
この世界は三つの種が争い、歪んで成り立っている。
非力ながら数と立場で世界の所有権を握る『人間』。
影に生き人を喰らう人ならざる社会悪『喰種』。
そして、まだ少数でしかない孤独な人類の進化系『オルフェノク』。
馳間が願ったのは、この世界でオルフェノクが生き残る、そんな『幸運』だ。そのために四葉を欠けさせるわけにはいかない。
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「どうかなミナトくん。魔猿のスペシャルコーヒーのお味は!」
「…豆の香りと苦み、仄かな酸味が上手く調和しながら、鼻の奥からグッと来る熱気が強い風味を連れて来る。強いて言うなら主張が激しめだけど、まぁ美味いんじゃないか」
「ふっ…まぁ当然だろうね。なにせこの魔猿が直々に淹れたコーヒーなんだから」
一息つきにコーヒーを飲んでいたはずのミナトだったが、目の前の丸鼻の店員がくどく得意げにするものだから本当に休めているのか不安になっていた。
ここは20区の一角に店を構える喫茶「あんていく」。ミナトがよく訪れる店だ。というのも、ただの常連という訳でなく、かなり特殊な理由があってのこと。
「少し久しぶりだったね、荒木君。また忙しくしているのかい?」
「芳村さん…や、俺が勝手にやってるだけなんで。こっちこそ忙しい時に邪魔して…」
「大丈夫だよ荒木君。今日はまだ開店前、荒木君が見えたから早めに店を開けたんじゃないか。しかし…忙しいと言えばそうだね。嬉しい事にお客さんも増えてきて、手が足りないくらいだよ」
ミナトに優しく語り掛ける老年の穏やかな男性は、この喫茶店の店主である芳村。彼は“喰種”だ。そしてついでに言うなら、さっきコーヒー自慢をしていた店員の古間円児も喰種だ。
ここ「あんていく」は今年にオープンした“喰種”の喫茶店。
といっても別に人間が調理されて出てくるどこかの宮沢賢治作品のような店ではなく、コーヒーが売りでごく普通の、人間と喰種の両方が訪れる喫茶店。
コーヒーは喰種と人間が共有できる数少ない品。
「あんていく」はひとときの安息を求める喰種たちの居場所であり、人間と喰種の社交場でもあるのだ。
「いやでも、久しぶりに来たら円児がコーヒー淹れるってんだから驚きました。あの万年掃除係の円児が」
「はは、そうだね。いまや古間君は掃除も一流、コーヒーの腕も一流の人気店員だよ。彼にはいつも助けられてる」
「聞いて驚けミナトくん。俺のコーヒーはあの翼ちゃんにも認められた一品なのさ」
「誰だよ」
「常連さんだよ、人間の」
「そしてこれがッ! 魔猿特製スペシャルナポリタンだ! たんと召し上がれ」
頼んだ覚えのないナポリタンが机に置かれるが、どうやら芳村の奢りのようだ。しかし朝からナポリタンとはいかがなものか。ミナトは怪訝な態度でフォークに麺を絡め、口に入れる。
「お味はどうだい?」
「……グニグニと歯に逆らうパスタ麺、絶妙な火の通り具合が不快な具材、何を混ぜたのかあまり詮索したくない味わいのベシャベシャなケチャップソース……クソ不味ぃ。なんすかこれ」
「…この店の悩みを知って欲しくてね。古間君はレシピ通りに作ってくれてるつもりみたいだけど、この通りだ。そもそもの話ではあるが、喰種というのは人間の食文化には疎い。料理と言うのは少し難しいらしい」
仕方のない話だ。喰種は人間の肉からしか栄養を摂れず、人間の食べ物の味はわからないのだから。ミナトはひとり料理ができる喰種を知っていたから錯覚していたが、よく考えれば当然だ。
「この間新しく入ってもらった子も料理は不得手みたいでね。そこで提案なんだけど…荒木君、この店で働いてくれる気はないかな?」
「……俺がっすか? でも俺は……」
「あんていくのモットーは互いに助け合うこと。それは喰種に限るつもりは無いよ。ここを君の帰る場所にしてくれればいい」
それは喰種でもなければ人間でもないミナトに対する、芳村の優しい提案だった。感情の話で答えを出せるならとても嬉しかった。しかしミナトは、不味いナポリタンを口に入れては返答を濁す。
「…すぐに返事はいらない。よく考えて決めてくれればいいよ」
「すんません……つか不っ味い! おい円児、お前レシピ通りに作ったって嘘…」
「おっとおかわりを持ってきたよミナトくん。魔猿からの心ばかりのサービスだ」
半分近く消費したナポリタンの横に新たな一皿が運ばれ、怒りか絶望かフォークを持つ腕が震えた。しかし運ばれた料理を無駄にするわけにもいかないので、ミナトは果敢に挑み続ける。そんな彼の気も知らず、古間は「ふぅ」と思わせぶりに溜息をつく。
「この魔猿、20区に数多の子分がいることは知っているね」
「溜息は無視したつもりだったんだけどな」
「その子分の一人が、労働を終えた俺様に泣きついて来たんだ…不甲斐なさで心がいっぱいになったよ。子分の涙は俺様の涙、伝説の魔猿として放っては置けない。そこで俺は腰を落とし、子分の話を聞いたのさ…」
「お前、話長いって言われねぇ? もういいよ話せよ」
「子分は猿面の内側に涙を溜めて、俺に縋りつく。『魔猿の兄ィ! そのカリスマで俺の妹を───」
揚々とそこまで言って、古間は言葉を喉に圧し留めた。
「…どうしたんだよ」
「いや、俺としたことが私語が過ぎたみたいだと反省したのさ。もうすぐお客が来る頃合い…魔猿スペシャルクリーニングで店をピカピカにしなければ!」
「あぁそうかい、朝から忙しくて結構なこった」
古間が急に話を止めたのは、ミナトが「妹」という単語に反応したのもあるが、それはきっかけに過ぎないものだ。主たる理由は単純。捜査官であるミナトに聞かせるべき話ではなかったことに尽きる。
ミナトは事情あって「喰種捜査官補佐」を務めている。それこそこちらも事情あって友好関係を築いているが、本来は古間や芳村とは命を奪い合う間柄だ。
(すまないねミナトくん…君のことは信頼しているが、億…いいや無量大数が一にも頭の失態で子分を危険に晒すわけにはいかないのさ)
しかし、勿体つけて話さないと言うのもモヤモヤする古間。
聞きたいだろう? 魔猿に飛び込んだ秘密のミッションを! と、イマジナリーオーディエンスにむけて古間は心内解説を始めた。
その話もまた妄想じみて長いため、要約するとこうだ。
古間の子分の妹…当然ながら喰種なのだが、彼女は近頃危ない遊びに手を出した始めたらしい。ある特定の店で人間の合コンに混ざり、釣れた人間の男を『喰う』というなんとも喰種らしい凶悪な遊びだという。
しかし、そんなことをしていれば当然ながら捜査官に目を付けられる。その店を捜査官が調べているなんて情報もあるとか。だからすぐにそんなこと辞めるように言ったらしいのだが、聞き入れてはくれないらしい。古間の子分という事は20区「猿面」の喰種集団の一員で札付きの悪だ。そんな兄が何を言っても説得力に欠けるというもの。
以上、説明終わり。
不良となった妹を改心させる。古間はこのマル秘任務を一人でやり遂げる事を決意した。なに、魔猿に不可能はないのだ。
一方で、掃除しながら適宜キメ顔を見せる古間を気味悪がるミナト。不味いナポリタンを嚙みながら「なんだアイツ」と呟くと、ファイズフォンに着信が。
相手は20区支部の喰種捜査官、土岐昇太だった。一応だがミナトの上司にあたる。喰種と一緒なタイミングで間が悪いと言うかなんと言うか。着信に応じると飛び込んできたのは、前後の文脈を排除した単文の砲撃。
『ミナト! 一緒に合コン行こうぜ!』
不味いせいが4割、5割は呆れで1割が吃驚。ナポリタンがミナトの口からボトボトと零れた。
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「いやーまさかミナトが来てくれるとは! 絶対断られると思って連絡したけど、誘ってみるもんだな!」
「そう思ってるなら誘うんじゃねえよ…! 人足りないって電話越し土下座までしやがって……いるだろ、丸手准特等んとこの出っ歯とか…お前仲良かっただろーが」
「馬淵誘ったら丸手さんにブチギレ喰らっちった、しっかり。っぱ丸手さんも誘うべきだったかなー…?」
土岐昇太はアカデミーを出た二等捜査官だが、どこか間が抜けたパッとしない男だ。殺意と正義でギラつく〔CCG〕の中では異質ともいえるほど温厚で、一般人に近い感性を持っていると言える。
そして、強制参加を喰らったミナトともう一人、誰よりも気合を入れて合コンに臨む者がいた。
「出会いは電撃の如く。いざ吹かせん恋の風…ハイパーロマンチスト古間円児、参る!」
「でよぉ、なんで『あんていく』の古間さんが…?」
「人足りないって言ってただろ。瀬尾とどっちがいいんだ」
「そりゃ古間さんの方が遥かにマシだけどよ…まぁいいか」
ミナトから「合コン」の話を聞き、店の名前を確認し、古間に電撃が走った。それは件の子分の妹が「喰い場」としている店だったのだから。これは運命が引き寄せた不運か、それとも幸運か。少なくともその店に捜査官が行くのを見過ごすわけにはいかない。
『芳村さんっ! 今日の業務は早めに切り上げ、この魔猿にどうかお暇を!』
かくして合コンの男メンバーはミナト、土岐、そして古間となんとも言葉にしづらい組み合わせとなった。
「なんでっつうなら、昇太こそ急にどうしたんだよ」
「理由なんて仕事のストレスに決まってんだろ! 瀬尾特等のアレはパワハラってレベルじゃないからな。俺の事を公衆便所のカマドウマか何かと思ってるんだよ絶対」
「そんなに酷いのかミナトくん、例の特等捜査官というのは」
「否定できないどころか肯定したいくらいには酷い」
「もう死んだ顔でボゲーッとしてたんよ、そしたら駅前で可愛い女の子に話しかけられちゃって! で何かと思ったら合コンよ合コン! そんなん行くしかなくね!? いや行くしかないんだよ!!」
知人の誘いか何かかと思いきや完全に逆ナンパ方式だった。古間の中で疑惑が深まり、ミナトの中でやってられるかの気持ちが強まる。
ここで女の子とお近づきになりたい土岐、子分の妹を守りたい古間、どーでもいいからとっとと帰りたいミナトの三者三様の願望が渦巻く合コンが、いま始まる……!
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合コン会場は入りやすい雰囲気の、客層も民間的なレストランだった。服装をある程度整えて会場に向かい予約席を見つけると、待っていたのは3人の派手な女性。
「ミオでーす!」
「ルリでーす!」
「ユーコでーす!」
いかにも男漁りに来ましたと言わんばかりの化粧。そして服装の大胆さ。ミナトの頭は早々にクラついた。一方で古間はというと、その中の一人であるミオを見て指を鳴らす。
(ふっ…ビンゴ!)
強めの香水で匂いを隠しているが、喰種特有の匂いを古間は感じ取った。子分に見せてもらった写真とも一致する。彼女こそ喰種で、古間が説得すべき子分の妹だ。となると、自分のことを含めそれを土岐に察せられると困ったことになる。難易度はべらぼうに高いミッションだ。
然し、魔猿の心は揺るがない。
頭としての責務を果たすべく、この窮地でも見事に立ち回ってみせよう!
「ミオちゃんっていうんだ! 今日は誘ってくれてホンットありがと! んじゃあ俺らも自己紹介…俺は土岐昇太っていいます!」
「俺は20区のまえ…ゲフンゲフン! 失敬、古間円児さ。今宵は素敵な思い出にしよう」
そこまで言って、しまったと古間は仰け反った。古間も匂いは強めに隠してはいるが、この魔猿の本名を名乗ってしまっては意味がないではないか。すぐに喰種だと気付かれてしまう。
が、しかし。そんな古間の後悔は杞憂に終わったらしく、ミオは魔猿=古間という名前の等式を知らないようで、特に動揺を見せなかった。バレなかったのは幸運だが、猿面集団の一人を兄に持ちながら知られていないというのは、古間にとっては少々ショックだった。
「なんで一人で忙しいリアクションしてんだよ、円児」
「俺は悩み多き男なのさ。それより君も自己紹介したらどうだ」
「んなこと言っても、あー……荒木湊だ。よろしく」
自己紹介が一巡したところで、現時点での状況はと言うと…
「ミナトくん歳いくつ?」
「20」
「へー年下なんだー! お酒飲めるんだね! お姉さんが奢ってあげよっか?」
「私の一つ上なんですね~! 大学生ですか?」
「学校には行ってない。働いてる」
「ねぇねぇ、好きなタイプはどんな子? この中だったら誰がタイプ?」
学級の隅で本でも読んでそうなパッとしない土岐、気取った割には世辞でもハンサムとは言い辛い顔立ちの古間を置いて、人気は顔も良くてクールっぽいミナトに一極集中。早くも合コンがミナトのハーレムに変わりつつあった。
「…古間さん、とりあえずビールでいいっすか」
「…いいや、俺は酒は飲まないタチでね。すまないね」
「そっすか……」
やることが無いので全員分の飲み物と料理を注文した土岐。
注文を受けた店員がキッチンに戻る際、その店員はカウンター席で店長が客と話している珍しい光景を見た。その相手は、忙殺されそうな業務の中でも止まって眺めてしまうような美青年だった。
「極上の料理を用意してはくれまいか…そうだな、肉料理が良い。彼…亡き真桑木のように力強く、俺を満たしてくれるようなスペシャリテを…」
こんな庶民的なレストランには不似合いなオーラを放つのは、ラッキークローバーの一人である香賀雪哉。
彼は死を超えて覚醒した全てのオルフェノクを愛する男。故に、自身と肩を並べる『キャラビット』の訃報に絶望していた。そんな彼の無茶なオーダーに対し、店のオーナーを務める男性はこう答える。
「誠に申し訳ございませんが…貴方の目に適うような料理はお出しできそうにありません。ですが、真桑木様の代わりにこの私が、貴方の心の穴を塞いでみせましょう」
「へぇ……いいじゃないか、綺麗で据わった瞳だ…!君が馳間の言っていた、新たなラッキークローバー候補か」
「えぇ、馳間様からこの店を任されております。強羅と申します」
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土岐は後悔していた。そして自分の先見性の無さに失望が尽きない。
仕事のストレスを発散するために来たはずの合コンに、何の考えも無しにミナトを連れてきてしまった。忘れがちだが、彼は顔が良いのだ。だからこうなることは予測できたはずだ。
「ミナトくん、はいっあーん♡」
「ズルいですよ~私も私も!」
「ミナトくんの携帯電話変わってるー! そうだ、連絡先交換しない?」
「畜生……っ!」
土岐を誘ってくれた派手好きらしいミオ、一番年下らしくアイドルっぽい可愛さのルリ、大人なファッションに身を包むオシャレなユーコ。
そんな女子が全員ミナトに奪われた。当の本人は奪った自覚も心当たりもないので、心底困った顔をしているのが土岐にとっては余計に苛立たしかった。
「…おい、あんた」
「ん? なんですかぁ?」
「俺の一つ下ってことは未成年だろ。酒は飲んじゃダメだ」
「え~? 学校の子たちは皆もう飲んでますよ! だからだいじょーぶですって!」
「へー、ミナトくんってそういうの気にするタイプなのね。意外だわ」
「ダメなもんはダメだ。俺は医者じゃねぇから、なんかあった時に責任は取れない。自分は大事にしろ」
そう言ってミナトは、ルリの手からビールジョッキを取り上げた。
その会話が聞こえ、土岐が少し顔を上げた。そうだミナトだって完璧人間じゃない。彼はたまにお節介になるというか、年下に対しては真面目臭いことを言う事がある。イマドキの子はそういうの嫌うはずだと、土岐はガッツポーズ。
「ステキです…! カッコいいだけじゃなく、しっかりしてるなんて…!」
「面倒見がいい男の人も、いい…」
「私も叱ってほしい……」
あぁもう全然ダメ。むしろ逆効果で、女子の眼にもはや土岐は入ってない。行き場のない憤りを飲酒に傾け、頭と腹が熱くなってきた。
いやいや、まだ諦めるには早い。土岐はビールを飲み干し立ち直る。土岐にはこの戦況をひっくり返す切り札があるのだ。このまま不完全燃焼で瀬尾が待つ明日の職場に行けるものか。
「おーっし! はい注目! 料理も来たし場も温まって来た所で、ここらでいっちょ自己アピールってのはどうよ!」
「はぁ…自己紹介ならさっきやっただろ」
「名前言っただけだろ? 俺らはもっともーっとミオちゃんたちのこと知りたいんだって! じゃあまず俺からね! なにか質問ある?」
女子が明らかに興味なさそうに見ている。心臓がヒュっとなった。辛い。しばらくするとユーコが「じゃあ…お仕事ってなにされてますか?」と空気を読んでくれた。そう、それこそ土岐が待っていた質問だ。
「ふっふっふ…何を隠そう俺は、あの『喰種捜査官』やってます!」
「おい昇太!?」
「えぇっ、喰種捜査官! じゃあお給料って……年いくらくらい…」
「…こんくらい」
「こんなに!? いや…よく見ると土岐さんって結構ハンサムですよね! 私は好きだなー!」
「喰種捜査官って、あの喰種と命懸けで戦うお仕事なんですよねぇ? すごーい、憧れます!」
「ははははっ! いやぁそれほどでもないよ! 今日は特別に色んなこと教えちゃおっかなー!」
計画通り。女子が食いついた。喰種捜査官という肩書は、やはり強力な光を放つ。世の中やはり金と名誉だ。だがまぁ余りデカい声で言いふらしていい話でもないので、見かねたミナトが止めに入る。
「おいバカ落ち着け! 一般人にいらんこと漏らしたら、それこそ瀬尾の奴に…」
「えっ、ミナトくんも…もしかして捜査官?」
「っ…それはだな…」
「そう! コイツ、俺の部下なんよ! なんてったって俺…この辺じゃエースやってるからね。土岐一等っていえば、俺のことよ」
訂正するが、土岐は二等捜査官だし、そもそもオルフェノク対策課の下っ端である。だが土岐はどんな手を使ってでもモテたいという覚悟を決めて動いている。更に酔っている止まることはない。
ユーコとルリが土岐に興味を持ち始めた一方で、ミオだけは「喰種捜査官」という言葉に顔を強張らせた。そんなミオに、完全に一人取り残されていた……否、冷静に場を見定めていた古間が「今だ!」と声を掛けた。
「どうかしたかな? そんな浮かない顔、俺は放ってはおけないな」
「えっ…と、いやなんでもないですよ。古間さんも、もしかして捜査官だったり?」
「いいや、俺はとある至高の喫茶店に務める、しがない店員さ」
改めて確認するが、古間の目的は彼女。
ミオは喰種だ。その証拠に、頼んだ料理はシンプルな味付けかつ噛み切りやすくて飲み込みやすい、『喰種向け』の料理ばかり。飲んでいるのもお冷だけだ。人に紛れての食事が手慣れている。
古間は自身の子分の妹である彼女を説得し、人を捕食する遊びをやめさせなければいけない。ようやく手に入った一対一の会話権だ。どこから攻めるべきか、魔猿の頭脳を以てしても難しい。
「へぇ、喫茶店! 私コーヒーには目が無くて! 最近はインスタントじゃどうも満足できないっていうか…」
「実に惜しい。今ここに豆とミルがあったなら特性スペシャルブレンドを振舞えたのに…特に俺が敬愛するマスターのコーヒーは最高の一言。是非とも君に味わってもらいたいね」
「そこまで言うなんて凄いですね。なんていうお店なんですか?」
「よくぞ聞いてくれたね。そこは知る人ぞ知る20区の名店、その名も『あんていく』!」
「『あんていく』……? その名前、どこかで……!あっ!」
ミオの眼から笑いが消えた。数秒遅れて古間も気付いた。
『あんていく』、もうその名前は20区でも有名。今年開店したという、『喰種』がやっているという喫茶店。そして全く手が付けられていない古間の料理。
「古間さんも、喰種だったんですね…!」
やってしまったと天を仰ぐ。
魔猿、圧倒的失態───
後編に続く。